とある科学の永久機関   作:弥宵

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説明回。どうにも冗長になっていけませんね……かといって削るのも躊躇われるので難しいところです。


第二章 あまりに遠い一歩の距離 MöbiusRing.

「どうして爆発しない⁉︎」

 

 セブンスミスト付近の路地裏で、介旅初矢は苛立ちを募らせていた。

 

「制御にミスはなかった……素材(アルミ)だっていつも通りだ……誰かが邪魔したのか?」

 

 介旅の『量子変速(シンクロトロン)』は元々は異能力者(レベル2)。爆弾と言ってもせいぜい虚仮威しにしかならず、直接フォークで目でも突き刺した方がよほど殺傷力が高かった。

 それが()()()()を使い始めて以来劇的な成長を見せ、今や大能力者(レベル4)の中でも上位の出力を誇るまでになっていた。

 前兆がわかりやすいこともあってこれまでは重傷が関の山だったが、今回こそは死人が出るほどの威力を発揮できる。そう確信していたのだ。

 

 だというのに、ここにきての不発。こちらに手落ちがなかった以上、何者かの邪魔が入ったとしか考えられなかった。

 

「くそっ‼︎ 次だ、次こそは風紀委員(ジャッジメント)の無能どもをぶち殺してやる‼︎」

 

「何だおい、一人でそんなに盛り上がって。随分と楽しそうじゃねえかよ?」

 

「……………あ?」

 

 やり場のない怒りをアスファルトへ発散していると、唐突に背後から声がかかる。

 振り返った先に立っていた少年の手には、見覚えのあるスプーンが握られていた。

 

「お前、か」

 

 自分の完璧な計画を狂わされた。

 恐らくは、その元凶。

 

「お前か! 僕の邪魔をしたのはァァァああああああ‼︎」

 

 それを認識した瞬間、介旅は激昂した。

 本当に邪魔をした本人であるならこの男は己の能力に軽々と対処できることになるのだが、怒り狂った介旅は思い至らない。

 

「何つーか、まあ。小物だとは思っちゃいたが、ここまでくると逆に清々しいよな」

 

 介旅が懐からスプーンを取り出す様子を、日輪は止めもせずに眺めている。アルミを爆弾に変える『量子変速(シンクロトロン)』を前に、その行為がどういう意味を持つかなどわかりきっているというのに。

 

「死ねぇっ‼︎」

 

 爆発寸前となったスプーンを握りしめ、大きく振りかぶる。そのまま目の前の邪魔者を抹殺せんと力強く投げ放ち、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぐ、っえぁ! なん……⁉︎」

 

「ほら手元手元」

 

「っ、ひぃっ‼︎」

 

 呆ける暇もなく、爆弾が手元に残っていることを指摘され慌てて飛び退く介旅。

 そして直後、さらなる異常がこの空間を支配する。

 

「爆発……しない……?」

 

 爆発寸前だったスプーンが、その状態を維持したままで留まっていたのだ。

 位置もまた同じく、先程手を離した地点から動くことなく空中に浮いている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前の『量子変速(シンクロトロン)』は、俺の『永久機関(メビウスリング)』にどこまで対応できるかな?」

 

「……………は?」

 

 一体、目の前で何が起こっているのか。日輪の発した言葉を拾ってもなお、介旅には見当もつかなかった。

 だが確実にわかるのは、この男には自分の能力がまるで通用していないということだ。

 

「だ、誰か!」

 

 ここにきて勝ち目がないことを悟ったのか、介旅は突如喚き声を上げ始めた。

 

「誰か来い! おい風紀委員(ジャッジメント)! 早く来い、僕を助けろよ‼︎」

 

 錯乱して叫び続けるが、その声に応える者は一向に現れない。

 

「くそっ! あいつらはいつもそうだ……! この僕が襲われてるっていうのに、毎度毎度遅れて来やがって!」

 

「そりゃそうだろ。お前が起こした事件の後始末に追われてんだから」

 

 一連の事件ではただでさえ多数の負傷者が出ており、人手が不足しているのだ。今回は未遂に終わったとはいえ、路地裏の見回りなどよりも優先すべき事案であることは間違いない。

 

「来るのが遅いとか文句言っといて、自分からその手助けをしてる辺り滑稽っちゃあ滑稽だが。まあ、そんなことはどうだっていいんだよ」

 

 喚く介旅を呆れたように見ていた日輪だったが、こんなことに時間を費すのも馬鹿らしいと本題へ入る。

 

「『幻想御手(レベルアッパー)』。こいつについて知ってること洗いざらい吐け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、あの場にはたまたま通りかかったと」

 

「ん」

 

「そしてたまたま重力子の加速を知覚できる能力を持っていて」

 

「ん」

 

「たまたま貴方が超能力者(レベル5)だったから成り行きで解決したと」

 

「ん」

 

「ナメてやがりますの?」

 

「実際そうとしか言えないんだが……」

 

 爆弾を処理し犯人を捕縛した日輪は、現場へ駆けつけた白井黒子に事情聴取を受けていた。当然ながら正式な聴取は警備員(アンチスキル)が行うため、あくまで空き時間を利用した個人的なものだが。

 

「同僚の危ないところを助けてくださったそうですし、もちろん一個人としてはお礼を申し上げますの。ですがそれはそれとして、超能力者(レベル5)とはいえ一般の方が事件に関わるのはなるべく避けてくださいまし」

 

「随分とまあ仕事熱心だな。とりあえず今回は、わざわざ後手に回ってやる必要もなかったと納得しといてくれんかね」

 

「そう言われてしまうと、まあその通りではあるのですけれど」

 

 実際、現場にいた風紀委員(ジャッジメント)が戦闘力に乏しい初春だけだった以上、増援を待っていては余計な手間や被害が生まれた可能性は否めない。それにどのみち、日輪が手を出さずとも他の一般人(お姉様)が黙っていなかっただろうし。

 

(それにしても、この方が第三位……お姉様よりもさらに上位の超能力者(レベル5)という割には、些か覇気に欠ける殿方ですわね)

 

 白井は改めて眼前の男を見遣る。

 顔立ちは割と整っているが、無気力そうな仏頂面と気怠げな雰囲気のせいか強者の風格などは全くと言っていいほど感じられない。その辺のチンピラの方が迫力があるとすら思えるほどだ。

 言い換えれば究極のマイペースということなので、変人という意味では超能力者(レベル5)に相応しいのかもしれないが。

 

「ともあれ、この度はご助力ありがとうございました。先程も申し上げましたが、これはわたくし個人の言葉ということにしてくださいまし」

 

「ん、了解了解」

 

 本当にわかっているのか不安になるような棒読みの返答だったが、生憎とこれがデフォルトである。基本的に日輪はローテンションのダウナー系なのだ。

 

「そんじゃ、俺は警備員(アンチスキル)の方に行ってくるから」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 立ち去ろうとした日輪を呼び止めたのは、第四位こと御坂美琴だ。先程までツンツン頭の少年と話していたが、そちらは一段落ついたようだ。

 

「よっ、どしたんミコっちゃん?」

 

「ノリ軽いし馴れ馴れしいってのチャラ男かアンタは‼︎」

 

 気さくに挨拶してみたところ、何故か怒鳴られてしまった。これが近頃のキレやすい若者というやつだろうか。

 

「そんで何よ。サインでも欲しいのか?」

 

「要るかっ‼︎」

 

 日輪の精一杯のファンサービスをあっさり突っぱねる美琴。まあ有名人という意味では、むしろ美琴のサインの方が価値は高いだろうが。

 

「ったく―――まずは、私からもお礼を言っておくわ。初春さんを守ってくれたこと」

 

「はいどういたしまして。そんで本題は?」

 

 別に感謝されて悪い気はしないが、そんなことより話を進めてほしい日輪である。

 

「……はあ。察しはついてんでしょ? アンタの能力のことよ」

 

 根底にあるのは好奇心か、あるいは対抗心か。

 第三位と第四位、序列の差はたった一つ。だが先程の一幕、日輪は間に合い美琴は間に合わなかった。

 それは本当に、偶然や相性で片付けられる差なのか? あるいはもっと根本的な、別の要因があったというのか。

 そこをはっきりさせないことには、美琴は気が済みそうになかった。

 

「んー、まあいいか。まずはそっちの推理を聞こうかね」

 

 日輪としても、その気持ちはわからないでもない。特に第二位に関しては、過去に一悶着あったことも手伝ってかなり対抗意識を燃やしていると言える。

 能力の詳細は多少の機密事項だったりもするが、日輪としてはそこまで秘匿にこだわる意義も感じない。暇潰しのネタになるなら使い道としては十分だった。

 

「学園都市第三位『永久機関(メビウスリング)』。名前からしてエネルギー保存系の能力だとは思ってたけど、アンタのそれは桁が違う」

 

「ほうほう。その心は?」

 

 促され、美琴は自身の出した結論を述べる。

 

「『エネルギー総量の完全保存』。どう、間違ってる?」

 

 その答えを聞いて、日輪はもどかしそうに眉根を寄せた。

 

「惜しいな。うん、かなり惜しい」

 

 核心をついてはいるのだ。ただ少しだけ、ほんの少しだけスケールを見誤っているが。

 ここまで正解に迫ったのなら、褒美代わりに教えてやってもいいだろうと日輪は答えを口にする。

 

「エネルギーの総量だけじゃない。俺の能力は『物理量の完全保存』だ」

 

 より厳密な定義は『エネルギーの総量および変化量の固定』。すなわち質量や速度、加速度、熱量、電気量などの値を一定に保つ能力である。

 系統としては定温保存(サーマルハンド)絶対等速(イコールスピード)の直接的な上位互換であり、ほぼ全ての物理現象を()()()()()()()()()()()という名前通りの代物(永久機関)なのだ。

 

 説明を受けた二人の反応は対照的だった。

 

「―――――! 何よそれっ……⁉︎」

 

「は、はあ……?」

 

 美琴は戦慄。

 白井は困惑。

 

「お姉様? どうかされましたの?」

 

「黒子、わからない? こいつの言ってることがどれだけヤバいのか」

 

「ええと、工業的な価値の高さは察せますけれど……」

 

 美琴の驚きぶりが腑に落ちない様子の白井。

 超能力者(レベル5)の序列は実力順という訳ではなく、工業的な利用価値の高さによって定められる。その点から見れば高位に位置づけられるのは頷けるが、()()美琴が戦慄するほど強力な能力だとは思えなかった。

 

「レベルが低ければ確かに大したことないけどね。でも、これが超能力者(レベル5)の演算力と干渉力で振るわれるんなら話は別」

 

 日輪を一瞥して自分で答える気がないことを見て取ると、美琴は白井の方へ向き直った。

 

精神感応(テレパス)系なんかは微妙だけど、私達の能力は基本的に物理現象でしょ。それを一定に保つっていうのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことなのよ」

 

「……………っ⁉︎」

 

 美琴の語る推測に、白井もまた息を呑む。

 本当にそんなことが可能ならば確かに反則的だ。何せ、同じ超能力者(レベル5)であるはずの美琴が完封される可能性すらあるのだから。

 

 そして美琴の言の通り、この能力は他の能力に比べ演算力の影響を一際大きく受ける。同時に複数の物理量へ干渉できなければ、異なる系統の能力者で囲むだけで簡単に攻略できるからだ。

 頂点たる超能力者(レベル5)だからこそ、『永久機関(メビウスリング)』は凶悪な性能を発揮するといえる。

 

「これで第三位とか、上の二人はどんだけヤバいってのよ」

 

 第四位として相応の自負がある美琴だが、たった一つの差の大きさに少なからず衝撃を受けていた。

 

「あーうん、まあ大体そんな感じだ。解説ご苦労さん」

 

「アンタねぇ……」

 

 対する日輪は平常運転である。あまりの適当さに気が抜け、同時に戦慄とか畏怖とかそういうのも引っ込んでしまった美琴。

 

「実のところ、そこまで万能って訳でもないけどな。何にでも使えるが何でもはできないのさ」

 

永久機関(メビウスリング)』はあくまで物理量を保存・固定するだけであり、好きに操作できる訳ではない。組み合わせ次第で間接的に操ることは可能だが、それにどれほどの演算が必要かは推して知るべしといったところか。

 

「ああそうだ、レベルといえば。今回の犯人はいくつだったんだ? 高位の『量子変速(シンクロトロン)』は一人だけって聞いたが、多分()()のことじゃねえだろ?」

 

 ふと思い出したように、日輪は白井へと問いかけた。白井もその内容に思うところがあったのか、腑に落ちない様子で答えを返す。

 

「―――最後の身体検査(システムスキャン)時点では異能力者(レベル2)だったようですの」

 

「えっ、爆発の規模は大能力者(レベル4)並って話でしょ? この短期間で伸びたってのは流石に無理があるわよね」

 

「明らかに『書庫(バンク)』とズレがあるな。そういや、能力を強化する『幻想御手(レベルアッパー)』なんて噂があったが」

 

 日輪がややぼかして伝えた真相への手がかりに、思い当たる節があった美琴が反応を示した。

 

「そういえば佐天さんがそんな話をしてたような……」

 

「眉唾ですけれど、まさかそれが……?」

 

 所詮は噂話とはいえ、不可解な現状に説明をつけられる代物とあっては無視もできない。

 

「念のため、一度調べてみる必要がありますわね」

 

「おっ、頑張れ風紀委員(ジャッジメント)。しがない一般市民の俺はのほほんと日常を謳歌してるから」

 

「言い分はごもっともですけれど、面と向かって言われるとイラッときますわね……!」

 

「おーこわ」

 

 青筋が浮かぶ一歩手前くらいの形相となった白井から逃れるように、日輪は警備員(アンチスキル)の元へと退散する。そろそろ自分の事情聴取も始まる頃合だ。

 

(よし、こんだけ誘導しときゃ十分だろ)

 

 日輪は内心で小さくガッツポーズを取っていた。

 わざわざこんな話題を振ったのは、二人に『幻想御手(レベルアッパー)』のことを早々に意識させるためだ。

 

 介旅から得られた情報で、『幻想御手(レベルアッパー)』の大まかな仕組みは理解できた。同時に、この件は大して深い『闇』ではないと確信した。

 何せやり方が()()()()。暗部と呼ぶには綺麗すぎる手合だ。この程度ならば日輪が手を出すまでもなく、勝手にそこらの連中に敗れ去って淘汰されていくだろう。

 

 そんな訳で、日輪は美琴達(そこらの連中)に黒幕への対処をぶん投げようとしているのだった。

 日輪は別に自身の手で黒幕を捕えたい訳ではなく、絡んでくる馬鹿が減ればそれでいいのだ。第二位や『木原』でも出てこない限り、『超電磁砲(レールガン)』がそうそう遅れを取ることもないだろうし。

 

(頑張ってくれよ、いやマジで。俺の安寧がどれだけ早く訪れるかはお前らにかかってる)

 

 年下の少女に割と最低な祈りを捧げながら、日輪は警備員(アンチスキル)の元へと向かっていった。


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