とある科学の永久機関 作:弥宵
穏やかな昼下がりだった。
「はぁ」
『
後はただ待つだけで事件は解決、路上での面倒な絡みも減って一件落着。
―――と、そのはずだったのだが。
「なーんでこうなるんかねぇ……」
今の日輪はいつにも増してローテンションだった。というのも、あれから数日後に『仲介役』の男から連絡が入ったからだ。
その内容を要約すると、『お前最近「
「あの野郎、今度会ったら頭皮の血流『固定』してハゲさせてやる」
放っておいてもじきに解決するのに、と恨み言を零す日輪。かといって、
「まーまー、
「そうは言ったってなあ、第四位がいるんだぞ? 戦力的にはそれで十分だろ」
隣から掛けられた声に普段の五割増しの無気力さで返す。予想通りの返答に、声の主である一五歳ほどの黒髪ポニテ少女―――
暗部組織『ユニット』。それがこの二人を結びつける場の名前だった。
正規構成員は他にもいるが、そちらは別件に駆り出されており今回の仕事には参加していない。
日輪のぼやきをいつものことと流しつつ、潮凪はあっさりと結論を告げる。
「なら話は簡単なんじゃない? 上は
「だから面倒臭せえんだっての……どう考えても後々まで尾を引いてくるヤツじゃねえか」
学園都市統括理事長アレイスター=クロウリーが推し進める『
「この際、俺を利用すること自体は別にどうでもいい。だけどな、その過程でどれだけの厄介事に出くわすかと思うとやってられんよ」
「あー、うん。頑張れっ」
「お前も巻き添えに決まってんだろ」
「えー」
軽口を叩きながら、二人は道路を無視して一直線に空を進んでいく。能力で高度と移動速度を固定するだけのお手軽飛行だ。
「んで、敵さんは木山春生……大脳生理学者だっけか?まあ妥当っちゃ妥当なラインなんだろうが」
既に『
頷きを返し、潮凪は自身の推測を語る。
「目的は一万人分の演算能力そのものってところかな? この人、『
「そんなとこだろうな。つっても、
万の頭脳、万の能力。数にしてみれば大層なものに聞こえるが、その大部分は
そして、能力者の戦いにおいて演算力の差は純粋な地力の差。最も単純かつ明確な格の違いを表しているのだ。
「理論云々以前に、まず絶対量がないことにはな。一万と言わず五〇万くらい集めてようやくスタートラインってとこだろ」
「そうならないうちに叩いとけってことなんじゃない?」
「それもそうか」
話しているうちに目的地が見え始めた。木山の姿は確認できたが、どうやら既に美琴に倒された後らしい。
その代わりというか何というか、半透明の肉塊のような化物が雄叫びを上げながらどこかへ突き進んでいるが。
「さーて、とっくにボス戦が終わってるって部分はひとまず置いとくとしてだ。……何あれ?」
「えーと……能力、というかAIM拡散力場の集合体だね。あれじゃない、虚数学区? ってやつ?」
謎の巨獣の真上に陣取り、潮凪が
『
「名付けて『
「おーけー把握。なんか進路上に原子炉あるっぽいし、これ以上好きにさせるのも面倒だ。とっとと行って終わらせてくる」
「いってらっしゃーい」
一万人の能力の結晶たる『
暢気に手を振る潮凪に見送られながら、日輪は怪物の直上五〇メートルから垂直落下していった。
突如として現れた怪物に、御坂美琴は殊の外手を焼いていた。
何せこの化物、吹き飛ばしても再生するのだ。流石に無尽蔵ではないにせよ、このままでは埒があかないのも事実。かといって最大火力で押し切ろうとすれば周辺被害が馬鹿にならない。
そうこう悩んでいるうちに、『
「ええい、やるしかないか……!」
もはや躊躇っている場合ではなかった。万一原子炉に辿り着かれれば大惨事になることは目に見えている。
自身の代名詞たる『
「そいやー」
手始めにと雷撃の槍が放たれる寸前。
気の抜けるような掛け声とともに上空から降ってきた日輪が
「ア、アンタ……!」
「んー、核は完全にぶち抜いたはずだが……まーだ再生するか。やっぱネットワークの方を解体しなきゃダメかねこいつは」
瞠目する美琴を余所に、一人考察に耽る日輪。
修復に手間取ってはいるようだが、それでも徐々に元の姿を取り戻している。完全に仕留めるには一撃で消し飛ばすか、基盤となっているネットワークを分解するほかないだろう。
だが、日輪の『
「となるとやっぱアレかねえ」
「ちょっと、ちょっとアンタ!」
「あん?」
勝手に自己完結している日輪に業を煮やしたのか、やや乱暴に呼び止める美琴。
「何でアンタがここにいるのよ?」
「あんなのが原子炉向かってたら止めるだろ普通」
「そうじゃなくて、『
「俺もそうしたかったんだけどなあ」
要領を得ない返答だが、状況が状況なだけに追及する時間も惜しい。
「状況はわかってんの?」
「おおよそはな」
「解決策は」
「
ほんの二往復で疎通を済ませ、学園都市の頂点に君臨する怪物達が並び立つ。相対する『
「一発でいい、普通に撃て。それで終わる」
「……いいわ、乗ってあげる」
断言する日輪に、美琴は小さく頷きを返す。あの再生能力を目にした上で問題ないと言い切るのなら、それをどうにかする手立てがあるということなのだろう。
キン、という軽やかな音を響かせてゲームセンターのコインが宙を舞う。突き出した右腕の直線上に二億ボルトもの高圧電流からなるレールが敷かれ、その膨大なエネルギーの矛先を探すかのようにバチバチと辺り一帯の空気を灼いた。
「お望み通り―――」
重力に従い、上空のコインが美琴の手元へと帰還する。暴れ狂う電磁力が、その全てを推進力へと変換すべく
「―――一撃で決めてやるわよ!」
そして、一条の閃光が空を割った。
その一撃はようやく形を取り戻した怪物の巨躯を軽々と突き破り、体内の核を再び貫いて跡形もなく粉砕した。
復元は―――起こらない。
虚数学区より生まれ落ちた赤子は風穴の空いた胸部から分解を始め、緩やかにその姿を崩していった。
「そもそも『
日輪が具体的に何をしたのか、疑問を抱く美琴へと種明かしが語られる。
「その交信は双方向。まず
なら話は簡単だ、と軽い調子で嘯く日輪。
「
それはつまり。
「無茶苦茶ねアンタ……」
事もなげに言い放った日輪に美琴は嘆息する。
認めざるを得ない。現状、学園都市第三位と第四位の間には俄かには埋めがたい隔たりがあるのだと。
『
しかし、その電気という圧倒的な汎用性をしてなお『
今の美琴に、その万能性を正面から攻略する術はない。
「……………って、そうだ木山先生!」
厳然として横たわる実力差をしばし噛み締めていた美琴だったが、一連の事件の首謀者である木山春生を放置していたことに遅ればせながら思い至る。
辺りを見渡すと先程戦った位置からそう動いてはいなかったようで、駆けつけた初春とともにこちらへ視線を向けているのを見て取れた。
「なるほど、あれが木山か」
同じ方向を見遣った日輪がおもむろにそちらへと歩を進め、一瞬呆気に取られた美琴もすぐに我に返って日輪の後を追う。
程なくして日輪と木山、深さは違えど同じ暗部に身を置く二人が相対した。
「第三位の『
「無理だろ。お前の最終目的の成否はともかく、この計画に限って言うならどう足掻いても失敗したよ」
木山の未練を断ち切るかのように断言する。
理由はいくらでも挙げられるが、何よりもまず戦力が足りない。たとえ日輪が、あるいは『ユニット』全体が力を貸してもどうにもならないほどに。
「……そう、か。まあ仕方ない、今回は駄目だったというだけの話だ。これからも私はあの子達を救う方法を探し続けるし、そのための手段を選ぶつもりもない」
「うん、まあ頑張ればいいんじゃないか?知らんけど」
「適当だな……」
当然だ。顔を合わせたのはこれが初めて、経歴どころか名前さえもつい先程知ったのだから。苦笑する木山に「何言ってんだお前」的な視線を向けてやると、それもそうだといったように肩をすくめられた。
続けて、木山は美琴の方へと視線を移す。
「そういう訳だ。気に入らなければ、その時はまた邪魔しにきたまえ」
「はあ……アンタねえ」
溜息をつく美琴。呆れる一方、それでこそという思いがないでもない。
ここでようやく
「しっかし、脳波ネットワークなんて突拍子もないアイデアをよく実行に移そうと思ったわね」
美琴としては、その言葉に別段深い意図はなかった。だが木山は穏やかだった雰囲気を俄かに尖らせ、日輪はつまらなそうに瞑目してその場を立ち去った。
空気の変化を感じ取ったものの理由がわからず困惑する美琴に、木山が一つの真実を告げる。
「複数の脳を繋ぐ電磁的ネットワーク。『
「は? 私そんな論文書いた覚えないわよ?」
「そうじゃない。君のその圧倒的な力をもってしても抗えない……」
以前、教え子達を救う手立てを探す過程で偶然見知った計画を木山は想起する。目の前の少女と、
自分などとは比べ物にならない、学園都市の真の闇の一端を。
「君もまた私や彼と同じ、限りなく絶望に近い運命を背負っているということだ―――」
去り際に呟かれたその言葉が、妙に美琴の耳に残った。