とある科学の永久機関   作:弥宵

4 / 8
第三章 幻想より出づる妄念 AIM_Burst.

 穏やかな昼下がりだった。

 

「はぁ」

 

幻想御手(レベルアッパー)』にまつわる一連の騒動は、『超電磁砲(レールガン)』御坂美琴らが解決に乗り出したことで順調に終息へと向かっている。これ以上日輪の出る幕はない。

 後はただ待つだけで事件は解決、路上での面倒な絡みも減って一件落着。

 

 

 ―――と、そのはずだったのだが。

 

「なーんでこうなるんかねぇ……」

 

 今の日輪はいつにも増してローテンションだった。というのも、あれから数日後に『仲介役』の男から連絡が入ったからだ。

 その内容を要約すると、『お前最近「幻想御手(レベルアッパー)」のこと探ってたみたいじゃん? ちょうどいいから潰しといて』である。

 

「あの野郎、今度会ったら頭皮の血流『固定』してハゲさせてやる」

 

 放っておいてもじきに解決するのに、と恨み言を零す日輪。かといって、職務放棄(ボイコット)でもしようものならどんな埋め合わせを要求されるか知れたものではない。

 

「まーまー、()()()()()()()を大したことないなんて言えるのはきみたちくらいなんだし。わざわざぼくときみにお声がかかるだけのことはあるってことだよ」

 

「そうは言ったってなあ、第四位がいるんだぞ? 戦力的にはそれで十分だろ」

 

 隣から掛けられた声に普段の五割増しの無気力さで返す。予想通りの返答に、声の主である一五歳ほどの黒髪ポニテ少女―――潮凪(しおなぎ)来瀬(くるせ)は苦笑して肩をすくめた。

 暗部組織『ユニット』。それがこの二人を結びつける場の名前だった。

 正規構成員は他にもいるが、そちらは別件に駆り出されており今回の仕事には参加していない。

 

 日輪のぼやきをいつものことと流しつつ、潮凪はあっさりと結論を告げる。

 

「なら話は簡単なんじゃない? 上は()()()()()()()()()()()()()()ってだけのことでしょ」

 

「だから面倒臭せえんだっての……どう考えても後々まで尾を引いてくるヤツじゃねえか」

 

 学園都市統括理事長アレイスター=クロウリーが推し進める『計画(プラン)』は、この街で発生したあらゆる事態を組み込み利用して前進していくという代物だ。おそらく今回もその例に漏れず、日輪達を動かすことで何らかの進展を目論んでいるのだろう。

 

「この際、俺を利用すること自体は別にどうでもいい。だけどな、その過程でどれだけの厄介事に出くわすかと思うとやってられんよ」

 

「あー、うん。頑張れっ」

 

「お前も巻き添えに決まってんだろ」

 

「えー」

 

 軽口を叩きながら、二人は道路を無視して一直線に空を進んでいく。能力で高度と移動速度を固定するだけのお手軽飛行だ。

 

「んで、敵さんは木山春生……大脳生理学者だっけか?まあ妥当っちゃ妥当なラインなんだろうが」

 

 既に『幻想御手(レベルアッパー)』の正体に行き着いていた日輪にとって、その情報は特に意外性を感じるものではなかった。むしろ順当すぎて罠を疑ったほどだ。

 頷きを返し、潮凪は自身の推測を語る。

 

「目的は一万人分の演算能力そのものってところかな? この人、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用申請を何度も取り下げられてるみたいだし」

 

「そんなとこだろうな。つっても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 万の頭脳、万の能力。数にしてみれば大層なものに聞こえるが、その大部分は無能力者(レベル0)低能力者(レベル1)。全て足し合わせても超能力者(レベル5)一人分にすら満たないだろう。

 そして、能力者の戦いにおいて演算力の差は純粋な地力の差。最も単純かつ明確な格の違いを表しているのだ。

 

「理論云々以前に、まず絶対量がないことにはな。一万と言わず五〇万くらい集めてようやくスタートラインってとこだろ」

 

「そうならないうちに叩いとけってことなんじゃない?」

 

「それもそうか」

 

 話しているうちに目的地が見え始めた。木山の姿は確認できたが、どうやら既に美琴に倒された後らしい。

 その代わりというか何というか、半透明の肉塊のような化物が雄叫びを上げながらどこかへ突き進んでいるが。

 

「さーて、とっくにボス戦が終わってるって部分はひとまず置いとくとしてだ。……何あれ?」

 

「えーと……能力、というかAIM拡散力場の集合体だね。あれじゃない、虚数学区? ってやつ?」

 

 謎の巨獣の真上に陣取り、潮凪が()()()()を端的に伝える。

組成解析(アナリティックヴィジョン)』。目視した対象の構成要素や状態を瞬時に把握する能力である。肉眼で視る必要があるため距離が開くほど精度が落ちるが、これだけわかれば日輪にとっては十分だ。

 

「名付けて『幻想猛獣(AIMバースト)』ってところかな。体内に核があるけど、それを壊しただけで倒せるかは微妙だね」

 

「おーけー把握。なんか進路上に原子炉あるっぽいし、これ以上好きにさせるのも面倒だ。とっとと行って終わらせてくる」

 

「いってらっしゃーい」

 

 一万人の能力の結晶たる『幻想猛獣(AIMバースト)』。それを眼前に捉えても、日輪は普段通りの無気力そうな調子を崩さない。

 暢気に手を振る潮凪に見送られながら、日輪は怪物の直上五〇メートルから垂直落下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として現れた怪物に、御坂美琴は殊の外手を焼いていた。

 何せこの化物、吹き飛ばしても再生するのだ。流石に無尽蔵ではないにせよ、このままでは埒があかないのも事実。かといって最大火力で押し切ろうとすれば周辺被害が馬鹿にならない。

 

 そうこう悩んでいるうちに、『幻想猛獣(AIMバースト)』が新たな動きを見せた。ゆっくりとどこかへ向かい始めている―――実際にどこを目指しているのかは定かではないが、その方角には原子力実験炉が存在していた。

 

「ええい、やるしかないか……!」

 

 もはや躊躇っている場合ではなかった。万一原子炉に辿り着かれれば大惨事になることは目に見えている。

 自身の代名詞たる『超電磁砲(レールガン)』を解き放つことも視野に入れ、改めて怪物に攻撃を仕掛けようとした美琴だったが―――

 

 

「そいやー」

 

 

 手始めにと雷撃の槍が放たれる寸前。

 気の抜けるような掛け声とともに上空から降ってきた日輪が()()()()()()()()()()()()()()()()()、ッッッドンッ‼︎ という轟音とともに地面へと着弾した。

 

「ア、アンタ……!」

 

「んー、核は完全にぶち抜いたはずだが……まーだ再生するか。やっぱネットワークの方を解体しなきゃダメかねこいつは」

 

 瞠目する美琴を余所に、一人考察に耽る日輪。

 修復に手間取ってはいるようだが、それでも徐々に元の姿を取り戻している。完全に仕留めるには一撃で消し飛ばすか、基盤となっているネットワークを分解するほかないだろう。

 

 だが、日輪の『永久機関(メビウスリング)』では前者の手段は取りにくい。『物理量を一定に保つ』この能力は、()()()()エネルギーを集約するという行為に致命的に向いていないのだ。

 

「となるとやっぱアレかねえ」

 

「ちょっと、ちょっとアンタ!」

 

「あん?」

 

 勝手に自己完結している日輪に業を煮やしたのか、やや乱暴に呼び止める美琴。

 

「何でアンタがここにいるのよ?」

 

「あんなのが原子炉向かってたら止めるだろ普通」

 

「そうじゃなくて、『幻想御手(レベルアッパー)』の件には関わらないんじゃなかった訳?」

 

「俺もそうしたかったんだけどなあ」

 

 要領を得ない返答だが、状況が状況なだけに追及する時間も惜しい。

 

「状況はわかってんの?」

 

「おおよそはな」

 

「解決策は」

 

()()()()()()

 

 ほんの二往復で疎通を済ませ、学園都市の頂点に君臨する怪物達が並び立つ。相対する『幻想猛獣(AIMバースト)』が、一瞬何かを恐れるかのように身体を震わせた。

 

「一発でいい、普通に撃て。それで終わる」

 

「……いいわ、乗ってあげる」

 

 断言する日輪に、美琴は小さく頷きを返す。あの再生能力を目にした上で問題ないと言い切るのなら、それをどうにかする手立てがあるということなのだろう。

 

 キン、という軽やかな音を響かせてゲームセンターのコインが宙を舞う。突き出した右腕の直線上に二億ボルトもの高圧電流からなるレールが敷かれ、その膨大なエネルギーの矛先を探すかのようにバチバチと辺り一帯の空気を灼いた。

 

「お望み通り―――」

 

 重力に従い、上空のコインが美琴の手元へと帰還する。暴れ狂う電磁力が、その全てを推進力へと変換すべく弾丸(コイン)の到来を待ちわびる。

 

「―――一撃で決めてやるわよ!」

 

 そして、一条の閃光が空を割った。

 その一撃はようやく形を取り戻した怪物の巨躯を軽々と突き破り、体内の核を再び貫いて跡形もなく粉砕した。

 

 復元は―――起こらない。

 虚数学区より生まれ落ちた赤子は風穴の空いた胸部から分解を始め、緩やかにその姿を崩していった。

 

 

「そもそも『幻想御手(レベルアッパー)』は、使用者達の脳波パターンを一つの形に統合することで演算力を束ねて強化するって代物だった」

 

 日輪が具体的に何をしたのか、疑問を抱く美琴へと種明かしが語られる。

 

「その交信は双方向。まず使用者(端末)の脳波を共感覚性を利用してネットワークに接続し、そこで演算処理を行った上でそれぞれの元へ送り返す。この『送り返す』工程で自分と異なる脳波パターンが取り込まれ、そのズレによる負荷が蓄積して昏睡に至る訳だが」

 

 なら話は簡単だ、と軽い調子で嘯く日輪。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それはつまり。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という荒業を、『永久機関(メビウスリング)』はやってのけたということだ。

 

「無茶苦茶ねアンタ……」

 

 事もなげに言い放った日輪に美琴は嘆息する。

 認めざるを得ない。現状、学園都市第三位と第四位の間には俄かには埋めがたい隔たりがあるのだと。

 

超電磁砲(レールガン)』などという異名を戴いてこそいるが、美琴の真髄は火力ではなく応用力にある。雷撃の槍や砂鉄の剣など多彩な攻撃手段を誇り、機械相手ならばハッキングにより無力化どころか乗っ取ることさえできる。

 しかし、その電気という圧倒的な汎用性をしてなお『永久機関(メビウスリング)』には及ばない。保存という一種類の操作しかできないとはいえ、あらゆる物理現象への干渉を可能とするそれは実質万能の手札と化す。

 

 今の美琴に、その万能性を正面から攻略する術はない。

 

「……………って、そうだ木山先生!」

 

 厳然として横たわる実力差をしばし噛み締めていた美琴だったが、一連の事件の首謀者である木山春生を放置していたことに遅ればせながら思い至る。

 辺りを見渡すと先程戦った位置からそう動いてはいなかったようで、駆けつけた初春とともにこちらへ視線を向けているのを見て取れた。

 

「なるほど、あれが木山か」

 

 同じ方向を見遣った日輪がおもむろにそちらへと歩を進め、一瞬呆気に取られた美琴もすぐに我に返って日輪の後を追う。

 程なくして日輪と木山、深さは違えど同じ暗部に身を置く二人が相対した。

 

「第三位の『永久機関(メビウスリング)』か……君が『幻想御手(レベルアッパー)』に組み込まれていれば―――いや、それは不可能か。せめて君の協力を得られていれば、私の計画にももう少し余裕が持てたのだが」

 

「無理だろ。お前の最終目的の成否はともかく、この計画に限って言うならどう足掻いても失敗したよ」

 

 木山の未練を断ち切るかのように断言する。

 理由はいくらでも挙げられるが、何よりもまず戦力が足りない。たとえ日輪が、あるいは『ユニット』全体が力を貸してもどうにもならないほどに。

 

「……そう、か。まあ仕方ない、今回は駄目だったというだけの話だ。これからも私はあの子達を救う方法を探し続けるし、そのための手段を選ぶつもりもない」

 

「うん、まあ頑張ればいいんじゃないか?知らんけど」

 

「適当だな……」

 

 当然だ。顔を合わせたのはこれが初めて、経歴どころか名前さえもつい先程知ったのだから。苦笑する木山に「何言ってんだお前」的な視線を向けてやると、それもそうだといったように肩をすくめられた。

 続けて、木山は美琴の方へと視線を移す。

 

「そういう訳だ。気に入らなければ、その時はまた邪魔しにきたまえ」

 

「はあ……アンタねえ」

 

 溜息をつく美琴。呆れる一方、それでこそという思いがないでもない。

 

 ここでようやく警備員(アンチスキル)の増援が到着。身柄を拘束され連行されていく木山に、美琴はふとした疑問を投げかけた。

 

「しっかし、脳波ネットワークなんて突拍子もないアイデアをよく実行に移そうと思ったわね」

 

 美琴としては、その言葉に別段深い意図はなかった。だが木山は穏やかだった雰囲気を俄かに尖らせ、日輪はつまらなそうに瞑目してその場を立ち去った。

 空気の変化を感じ取ったものの理由がわからず困惑する美琴に、木山が一つの真実を告げる。

 

「複数の脳を繋ぐ電磁的ネットワーク。『学習装置(テスタメント)』を使って整頓された脳構造。これらは全て君から得たものだ」

 

「は? 私そんな論文書いた覚えないわよ?」

 

「そうじゃない。君のその圧倒的な力をもってしても抗えない……」

 

 以前、教え子達を救う手立てを探す過程で偶然見知った計画を木山は想起する。目の前の少女と、()()()()()()()()()()()()()関わりのあるその計画。

 自分などとは比べ物にならない、学園都市の真の闇の一端を。

 

「君もまた私や彼と同じ、限りなく絶望に近い運命を背負っているということだ―――」

 

 去り際に呟かれたその言葉が、妙に美琴の耳に残った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。