とある科学の永久機関   作:弥宵

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お久しぶりです。


第四章 激突する頂点の二 Level5_vs_Level5.

 学園都市における超能力の強度(レベル)は、文字通りその出力によって定められる。

 単純な話、数字が大きければそれだけ強い。同系統の能力者同士の力比べにおいて、下克上はまず起こり得ないと言っていい。実際の戦闘となればまた話は変わってくるが、真正面から能力をぶつけ合うのなら強度(レベル)の高い側に軍配が上がって然るべきだ。

 

 翻って、そのピラミッドの頂点に君臨する超能力者(レベル5)。学園都市に僅か八人しかいない最高峰の能力者達には、第一位から第八位までの序列が割り振られている。

 こちらの格付けは必ずしも実力順という訳ではなく、能力の研究を応用することで得られる工業的な利益の大きさが主な評価基準となっている。この事実は意外と浸透しておらず、超能力者(レベル5)といえども下位ならばと淡い夢を見ては玉砕していく身の程知らずは後を絶たない。

 工業的な利益を生みにくい―――それはすなわち、既存の科学の枠から外れているということ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()厄介極まりないビックリ箱なのである。

 

「クソったれが、相変わらずふざけた能力しやがって……!」

 

 では序列と強さとの間に相関性がないのかというと、これもまた否であったりする。

 工業的な利益を生みやすいという事実は、その能力の汎用性の高さの証明に他ならない。御坂美琴の『超電磁砲(レールガン)』を見ればわかるように、切れる手札の数が桁違いなのだ。加えてそれらの手札は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()代物である。

 使い勝手が良く、応用が利きやすい高火力。単一の能力をぶつけ合う戦闘において、これほど明確な強みは他にない。学園都市第一位が最強と呼ばれるのも、決して故なきことではないのである。

 

 万能性が売りである日輪の『永久機関(メビウスリング)』は、当然ながら後者にあたる。

 制限はそれなりにあるもののおよそ全ての物理現象を封殺でき、欠点といえる火力の乏しさもいくらでも補いようはある。演算処理が破綻するほどの飽和攻撃くらいしか攻略法は存在しないが、それとて学園都市で三番目の頭脳を相手に実行するのは至難の業だ。

 最低でも同格の超能力者(レベル5)でなければ土俵にすら上がれない。上がったところで、あくまで物理法則に則る学園都市の超能力では軒並み相性不利を押しつけられる。

 

「第三位! 今日こそはその腐った根性を叩き直してやるぜ!」

 

「うるっせえよバーカ! 余計なお世話にも程があるわ‼︎」

 

 そんな紛うことなき頂点の一角、学園都市第三位たる日輪示現は現在。

 柄にもなく全力で罵声を飛ばしながら、たった一人の能力者を相手に絶賛逃亡中なのだった。

 

「すごい―――」

 

「チッ……!」

 

 背後で拳が引き絞られる気配を察知し、日輪もまた迎撃の態勢を整える。

 生み出すのは空気の壁。窒素分子や酸素分子の三次元座標を固定することにより、流動する大気は絶対不可侵の障壁と化して聳え立つ。

 空気の粘性を高める『空気風船(エアバッグ)』のような能力でも、擬似的な再現はできるだろう。もっともそこには『超能力者(レベル5)相当の演算能力を有していれば』という前提がつくが。

 その分野に特化した能力者が出し得る理論上の最高値さえ、『永久機関(メビウスリング)』にとっては氷山の一角でしかない。とはいえ、やっていることは分子を一つ一つその場に抑えつけているようなもの。演算の規模は相当のもので、日輪であっても無闇に濫用するのは少しばかり負担が大きいのだが、今はそうも言っていられない。

 

 

「―――パーンチ!」

 

 

 なぜならば。

 その堅固な壁を一撃で殴り割るような輩に対して、これ以下の防御など無意味に等しいからである。

 

 夏の盛りでもそろそろ夕闇が広がり始める程度の時刻。都市部から離れた第一九学区には既に人気はなく、静寂に満ちた空間に響くのは二人の怪物の激突音のみ。

 追われる側は、第三位の怪物たる日輪示現。

 であれば、追う側もまたそれに相応しい怪物に他ならない。

 今まさに背後へと迫っている、白の学ランにハチマキと旭日旗のTシャツというふざけた格好の男こそ、紛れもなく日輪と同格の超能力者(レベル5)なのだった。

 

 

 学園都市第八位、削板軍覇。

 それが追手の正体であり、日輪にとって数少ない天敵でもある男の名だ。

 

 

「この程度じゃ時間稼ぎにもならねえんだよな……」

 

 この攻防も、既に数えるのが億劫なほど繰り返した。故にわかりきっていた結果ではあったが、それでも小さく溜息が零れる。

 あっさりと砕け散った障壁も最低限の仕事は果たしたようで、背を打つ余波にはさほどの勢いはない。本来は対戦車ライフルを連射されても余裕で受け切れる代物を贅沢に使い捨てながら逃げ回って、ようやく成立しているようなギリギリの鬼ごっこだ。

 一応まだ余裕はあるが、向こうとて全力には程遠い。防御手段は他にもあるとはいえ、それすらも強引に突破される可能性は否めない。

 有り体に言って、このままではジリ貧だった。

 

 今でも時速にして数百キロものスピードを出しているが、さらに速度を上げることはできる。だがその速度域で小回りを利かせようとすれば演算はさらに重くなり、防御に割いている分をいくらか削る必要が出てくる。この状況で、無理な挙動を取って自身の守りを疎かにするのは最悪手だ。

 まともに受ければ一撃で()()()()()()()。リスクを冒すにしても、それは単なる無謀な特攻であってはならない。

 

(結局、コイツを突き放すにはどこかで一撃入れる必要がある。ゼロ距離なら座標の演算が要らない分出力を上げられるが、正面からぶつかり合ったんじゃ意味がねえ)

 

 防御にリソースを割いている限り、この意味不明な能力者に有効打は入れられない。当てるのは一度で十分でも、そこに全霊を込められなければ相手の能力を貫けず不発に終わる。

 故にここで採るべき手は、

 

(カウンター)

 

 単に防御を捨ててのインファイトでは話にならない。

 重要なのは切り換えのタイミング。相手の動きをいかに読み切れるかが勝負の分かれ目となる。

 

(ヤツの攻めを崩した隙、そこだけが狙い目だ。攻めのパターン自体は至って単調。一発誘い込んで、返す刀で本命を叩き込む!)

 

 そんな思考の合間にも、絶え間なく攻防は繰り返される。

 空気の壁は一撃で粉砕。身体の座標を固定しても、カラフルな謎爆発とともにすぐに支配を脱してくる。速度を固定して蹴飛ばした小石は着弾してもさほど堪えた様子はなく、より大きな弾丸を使えば前のめりに躱してむしろ距離を詰められる。

 

 体力勝負に持ち込まれれば勝ち目は薄い以上、逃げに徹するのもそろそろ限界だ。仕掛けるならばもうすぐだろう。

 そもそもなぜ日輪が防戦一方なのかといえば、生半可な攻撃では碌にダメージを与えられないため隙を窺っているというのが一つ。もう一つは、最初に出くわした場所が市街地のど真ん中だったためだ。

 

 周囲への被害を躊躇するだけの良識があるから、ではない。仮にも暗部の最高戦力である超能力者(レベル5)が注目を集めるのを嫌った、という訳でもない。

 巻き込めば、それだけ面倒事が増える。単純にそういう話だった。

 因縁など少ないに越したことはない。ただでさえ薄暗い世界に生きる身である。その大小も正負も関係なく、わざわざ何かを抱え込んでも碌なことにはならないというものだ。

 

「まだまだ行くぜ! すごい―――」

 

「この、いい加減に―――」

 

 しかし、ここまでくれば余計なものを巻き込む心配はない。

 再び構えられた拳に対して、今度は日輪も反転して打ち合いの姿勢を見せる。

 自身の座標を固定してその場に停止。しかしその際に慣性を殺しきらず、体幹を回転軸とした円運動から蹴りを放つ。回転速度を固定してあらゆる干渉を弾き、肉体組成を固定して反動を無効化。これにより等速円運動は保存され、半永久的な持続を可能とする。

 

 端的に言い換えれば、その蹴りは決して打ち負けず止まらない……()()()()()

 

「―――パーンチ!」

 

「―――しやがれ!」

 

 結果として、そこに生まれたのは拮抗状態。日輪の脚が、軋むような音を立てながら削板の拳に抑え込まれている。

 単純な力の大きさならば削板の方が上だろう。しかし『永久機関(メビウスリング)』の支配下にある以上、保存された物理量は外部から一切の干渉を受け付けないはずなのだ。それを強引に止めた当人は理屈など理解しておらず、しかし単なる力業と呼ぶにはあまりに不可解極まりない。

 

 これこそ理不尽。

 まさしく不条理。

 学園都市のあらゆる研究機関が匙を投げた、詳細不明の第八位。

 

「ハッ、中々の根性じゃねえか! 後は真っ直ぐに叩き直せば文句なしなんだがな!」

 

「いちいち突っかかってきやがって、いい加減鬱陶しいんだよ根性馬鹿が……!」

 

 衝突から数瞬、思い出したように運動エネルギーが破裂した。

 身体を縫い止めている日輪はその場に留まり、後方へ吹き飛んだ削板は瞬きの間に体勢を整えて再び日輪に迫る。

 音速の壁をいとも容易くねじ伏せる踏み込み。コマ送りのように削板の姿がぶれ、離れたばかりの彼我の距離が急激に圧縮される。

 さらに一歩。既に最高速に達した身体を強引に堰き止め、持て余して暴れ狂うエネルギーを片腕で握り潰す。アスファルトを踏みしめた左脚が沈み込み、振りかぶった右拳がカタパルトのように射出される、

 

 その寸前。

 削板の身体が、突如としてその場につんのめった。

 

「おぉっ⁉︎」

 

 その正体はお馴染みの空気の壁だが、これまでとの違いは範囲と用途。踏み込みの瞬間を狙って設置されたそれは膝下程度の高さしかない。音速挙動の最中に足を引っ掛けでもしようものなら、何が起こるかは火を見るよりも明らかだ。

 勢いを殺しきれるはずもなく、バランスを崩したまま日輪の元へと飛び込んでいく削板。この状況を作り上げた側である日輪は当然、それをしっかりと待ち構えている。

 

「吹っ飛べ」

 

 飛来した削板に脚を沿わせ、軌道をやや上に逸らすようにして蹴り上げる。そして同時に、『永久機関(メビウスリング)』によってその速度を固定。

 射出角三五度で放たれた音速の砲弾は、一切の減速なしで彼方へと去っていく。

 

「おおおぉぉぉぉぉ……」

 

 削板軍覇は星になった。

 演算も永続させられる訳ではないので、学区二つ分くらいすっ飛ばしたところで制御を手放す。これだけ雑に扱っても死なないという確信が持てる辺りは、あの男の数少ない長所といえるかもしれない。

 

「はぁ……今のうちに帰るか」

 

 ここまでやっても、もたもたしているとすぐに復活してくることは経験上理解している。そんなこと理解したくもなかったが、今となっては後の祭りだ。

 

 こうして襲撃を受けた回数も、既に片手で数えられる分を超えただろうか。数字にしてみればさほど多くはないものの、毎度毎度こんなギリギリの戦いになれば嫌でも記憶に焼きつけられる。

 そもそも何が原因なのかといえば、とにかくファーストコンタクトが最悪だった。『ユニット』の仕事の最中、それもターゲットを仕留める寸前というタイミングで、ヤツは何の必然性もなくひょっこりと現れやがったのだ。

 さらに厄介なことにその日は虫の居所が悪く、普段ならば手早く済ませるところを執拗に甚ぶって憂さ晴らししていたものだから、向こうの第一印象は底辺をぶっちぎっていたことだろう。

 やれ性根が腐ってるだの根性なしだのと言いたい放題の削板に当然キレた日輪だったが、初見で飛び出してきたのはあの意味不明な能力。最終的にどうにか逃げ切ることはできたものの、勝利とは到底呼べない無様を晒す羽目になった。

 

 怠惰一直線の日輪といえど、超能力者(レベル5)という実力に対しては一定のプライドがある。

 二度目の遭遇の際には素直にリベンジの機会と捉え、真っ向から応戦した。

 三度目以降はその顔を見た瞬間に踵を返して逃走を図った。

 プライドのために体を張る相手としては、どう考えても割に合わないというのが結論だった。

 そんな訳で日輪としては極力関わり合いになりたくないのだが、いかんせん学園都市はそう広くない。偶然の鉢合わせはどうしても発生してしまうのだ。

 せめてもの救いは、向こうも積極的に探し回っている訳ではないということか。四六時中鬼ごっこなど考えたくもない。

 

「つってもまあ、流石に今日はもう大丈夫だろうがな」

 

 吹っ飛ばした方向も日輪の自宅とは別方向だ。仮に復活してきたとしても、早々にこの場を立ち去ってしまえば追跡はされないだろう。

 すっかり暗くなった空をぼんやりと見上げながら、最先端の都市にしては寂れた街並みを歩き去る。明日は筋肉痛の予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 特に脈絡もなく街角でばったり再会した。

 

「いや何でだよ……」

 

 もはや声を荒げる気力もない日輪に対して、案の定削板はピンピンしていた。

 その場で一八〇度方向転換しようとするも抑え込まれ、仕方なしに視線を戻す。

 

「何故かっていうなら、そりゃあ俺がお前を追いかけてきたからだが」

 

「いやここ第一一学区だぞ、どうやって追ってきやがった」

 

「それはもちろん根性で虱潰しに探し回ってだな」

 

「これだからイカれ根性馬鹿は……!」

 

 実際、この男ならやってのけても不思議じゃない。何か野生の勘的な謎パワーで居場所を探し当てたりしてきそうな雰囲気である。

 

「はあ……もういい、そんなもん気にするのは世界で一番無駄な時間だ」

 

 溜息に乗せて雑多な思考を流すと同時、空気に冷たい色が宿った。

 

「で、何の用だよ第八位。まだやるってのか? これ以上面倒な真似するなら本気で潰すぞ」

 

 普段は気怠げに細められている目元が、いつになく鋭い光を宿して()を睨め付ける。

 先程の戦いは、言ってしまえば小競り合いのようなものだ。日輪は周りの被害を気にするだけの余裕を残していたし、削板は無闇に相手を殺そうとするような性格ではない。超能力者(レベル5)二人が全力でぶつかればあの程度で収まるはずがないのだ。

 その一線を、返答次第では踏み越える。被害も消耗も全て無視して、目の前の敵を殺すためだけに全力を注ぐ。

 それだけ日輪は苛立っていたし、削板軍覇という男を警戒していた。

 

「いや、今日はもうやり合う気はねえ。さっきの一撃は結構効いたぜ、かなり根性があった」

 

 果たして、削板の答えは否。

 災厄の勃発はひとまず見送られた。

 

「……そうかよ。ならそれで満足して金輪際突っかかってくんじゃねえ」

 

 言い捨てて立ち去ろうとするも、やはり引き止められる。先程の数割増しで胡乱な視線を向けると、削板は神妙な顔でこんなことを口走った。

 

「俺はお前のことを性根の腐ったクソ野郎だと思ってるが―――」

 

「よしケンカ売ってんだなそうなんだな今なら特別に買ってやるから構えろコラ」

 

 色々と我慢の限界だった。

 客観的にも主観的にも事実ではあるが、それはそれとして普通にイラっときた。

 そしてそんな様子もお構いなしに言葉を続ける削板。次にふざけたことをほざいたら頭に風穴を空けてやるくらいの勢いで日輪は両手をわなつかせ、

 

「その割に妙なところでしっかり根性見せやがる。お前、本当はけっこうまともなヤツなんじゃねえのか?」

 

 スッ、と全ての熱が引いた。

 

「まとも? この、俺が?」

 

「おう」

 

「……冗談にしても面白くねえ。本気で言ってんなら節穴にも程があるぞ」

 

 感情の籠っていない平坦な声音。

 これ以上問答をする気はないとばかりに、目を伏せて視線を切ったまま削板の横を通り抜ける。

 今度は呼び止められはしなかった。

 

「……チッ」

 

 日輪示現は悪党だ。

 大層なお題目などなくとも気分次第で外道に手を染める、そんな救いようのない加害者だ。

 それでいい。その立ち位置に不満などなく、変えようとも思わない。

 

 

 だって、こんな自分がまともだというのなら。

 記憶の中に棲むあの少女は、どうしようもなく狂いきっているということになってしまうではないか。

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