とある科学の永久機関   作:弥宵

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今回けっこう長めです。


第六章 早起きは三文の徳 “Unit”.

 もう何年も、毎日のように同じ夢を見続けている。

 

『根本的に、私とあなたじゃ「立場」が違う』

 

 優秀な頭脳の賜物か、あるいは単純にその記憶が鮮烈すぎたせいだろうか。

 CDやレコードのように同じ旋律を繰り返すばかりなのに、風化して色褪せることもない原風景。あらゆる情景が当時のまま保存され、何の違和感もなく生き続けている。

 

『だから、きっともう私達の道が交わることはない』

 

 それを諳んじられるということが、果たして良いことなのか否か。

 ただ一つ間違いないのは、日輪示現の『今』を形作る根幹はここにあるということだった。

 

『けれど、それでも。もし本当に、もう一度巡り逢ったなら』

 

 その少女の声音や表情、一挙手一投足までもが今なお鮮明に蘇る。

 日輪よりいくらか歳上だったのだから、今ではとうに少女の域など脱していることだろう。それでも今この場では、ただ忠実に記憶の中の姿がそのまま再現されている。

 

『その時は―――』

 

 交わしたのは一つの約束。

 少女が少年に括り付けた、一方的で強引な赤い糸。

 答えを返す間すらなく、二人の距離は無限に離れてしまったけれど。

 少女が遺した言葉だけは、どうしようもなく胸の奥に焼きついていた。

 

「……もう少しだ」

 

 呟き、静かに目を開ける。

 いい加減、見飽きた夢を前に進める頃合だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝、第七学区にて。

 学生達が夏休みらしく惰眠を貪る中、今日も今日とて『ユニット』は流れ作業(たのしいおしごと)の時間なのだった。

 

「ふふ」

 

 学区の片隅にひっそりと佇む研究所。特別規模が大きい訳でもなく、能力開発に利用される場所でもないため学生は寄りつかず、少数の研究員のみが出入りするだけの閑散とした空間である。

 

「うふふ」

 

 しかし現在、そんな研究所の内部では複数の怒号や銃声が飛び交っていた。

 施設の警備兵というよりは戦場上がりの傭兵といった風体の、『殺しのための装備』で身を固めた部隊。プロの技術と最先端の装備を兼ね備えた『雀蜂部隊(キラービー)』といったところか。

 

「うふふふ、あははっ」

 

 相対するのはたった一人、真紅のドレスに身を包んだ中学生ほどの少女。長い金髪を蝶結びのように後ろでまとめ、全体的に夜会にでも赴くような装いながら、靴だけは実用性を重視したヒールが低めのものを履いている。

 その華奢な体躯に反し、彼女はたった一人で屈強な傭兵部隊と渡り合って―――否、圧倒していた。

 

「あっはははははは‼︎ もっと、もっと踊りましょう? わたくし、まだまだ燻り程度にしか燃えておりませんのよ!」

 

 豪炎が渦を巻く。舞踏会にでも出るかのような煌びやかなドレスが翻るたび、地を浚う熱風が辺り一帯を席巻する。

 しかし、そんなものはあくまで余波。カツリと踏み鳴らしたヒールの音こそ、彼女の本命が繰り出される合図だった。

 

「ふふ―――あはははッ‼︎」

 

 ボッ‼︎ と。

 爆発的な加速を得て瞬時に距離を詰め、勢いそのままに少女の細腕が突き出される。

 

「ご、がっ……!」

 

 低姿勢からの掬い上げるような一撃。警備員(アンチスキル)などより遥かに高性能な装備も意に介さず、威力の全てを徹されて大柄な成人男性が二メートル近くも宙を舞った。

 一拍置いて床へ墜落した男はすぐには立ち上がれず、灼けるような痛みに苦悶の表情を浮かべ蹲っている。

 

 いや、正確に表すならば。

『爆発的な』ではなく、『爆発に後押しされた』。

『灼けるような』ではなく、『灼き焦がされた』。

 つまるところ、少女は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 単なる発火能力者(パイロキネシスト)と断定するには異質すぎる戦闘スタイル。それを操る少女自身は煤一つ被ることなく、相対する敵のみを炙り焦がしていく。

 

「ぐ……クソったれが……!」

 

 同じようにして倒れ込んでいる男達が総勢一七人。未だ健在の人員は、もはや二〇にも満たなくなった。

 時間にしてほんの数分。最先端の装備に身を包んだ精鋭のおよそ半数が、それだけの時間でたった一人の少女に蹴散らされてしまっている。

 

大能力者(レベル4)とはいえガキ一人だぞ! 俺達プロが揃いも揃って、何を良いようにやられてやがる!」

 

 どうにか士気を上げるべく啖呵を切った一人は、銃口を向けようとした矢先に側頭部をヒールで打ち抜かれた。それに動揺した近くの二人が熱風に煽られて体勢を崩し、鳩尾を一発ずつ抉られその場に沈む。

 すぐさまF2000R『オモチャの兵隊(トイソルジャー)』の自動照準が少女を射抜くも、引き金を引くより早く爆風とともにその姿が掻き消える。再演算に従って照準を整えた時には既に、爆心地が懐にまで迫っていた。

 

「ばっ―――」

 

「どーん☆」

 

 瞬間、視界が白一色に染め上げられた。

 音速にも届く勢いで衝撃波が走り抜け、遅れて爆炎が這い回る。鋼鉄よりも頑丈な壁さえ障子紙のように食い破り、視界一面を灼熱の海に変えるほどの絶大な熱量が炸裂した。

 

「がァァァああああっ⁉︎」

 

 盛大な自爆―――正確には、身体に纏わせた炎熱を全方位に解放したことによる大熱波。

 至近距離で業火を浴びた数人が堪らず絶叫した。()()()()()()()

 圧倒的な破壊の嵐は、しかし絶妙な制御によって無造作な天災から理性ある人災へと姿を変えている。本来ならば一瞬で消し飛んでいたはずの命が死神の鎌から逃れ、五体満足で倒れ伏すに留まっている。

 

「さて、と。それでは皆様、もう一曲お付き合いくださるかしら」

 

「、お」

 

 もっとも。

 その救いが希望となり得るかどうかは、また別の話であるのだが。

 

「気張りなさいな。投了(リザイン)は興醒めでしてよ?」

 

「おォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ⁉︎」

 

 その後の展開は、もはや戦いと呼べるものですらなかった。

 残り僅かとなった『雀蜂部隊(キラービー)』は、炎による一網打尽を避けるため分散した陣形を取らざるを得ない。たとえ一対一では勝ち目がないとわかっていても。

 それらをただ、淡々と各個撃破していくだけ。番狂わせも起こらず、ただ実力差に従って順当な結果が得られただけだ。

 最後の一人が地に伏すまで、一分とかからなかった。

 

 

「ふざ、けるな……」

 

「あら、まだ意識がありましたのね」

 

 どうにか上体を持ち上げた『雀蜂部隊(キラービー)』の一人が、愕然とした様子で声を漏らす。

 少女は意外そうに眉を上げたが、その態度に憤る余裕もない。そんなことよりも重要なのは、これだけ暴れ回った彼女が敵の『本命』ではないという事実。

 

「これで、これだけやっておいて、まだ最高戦力じゃないとでも? この上にまだ、超能力者(レベル5)が控えているってのか……⁉︎」

 

 雇い主の説明によれば、敵の最高戦力は第三位の『永久機関(メビウスリング)』とのことだった。

 楽な相手とは無論思っていなかったが、大能力者(レベル4)ならば何度も狩った実績がある。その延長線上で戦いようはあるし、時間稼ぎ程度であれば十分にこなせると踏んでいたのだ。

 ところが蓋を開けてみれば、第三位どころかその前哨戦で蹴散らされる始末。これまで積み上げてきたプライドは根こそぎへし折れる寸前だった。

 

「ああ、その心配は不要ですわ。リーダーはこちらには来ませんから」

 

「……何?」

 

 しかしながら、少女の回答は若干主旨が違っていた。

 己の実力を誇るでもなく、男達の思い上がりを正すでもなく。

『後続は控えていない』と、前提条件の方を否定したのだ。

 

「だってわたくしは陽動ですもの。思ったより早く片付いてしまいましたが……まあ、あちらは問題ないでしょう」

 

「………………ま、さか」

 

「ええ」

 

 情報を調べ上げ、陽動で釣り出し、丸裸にした標的を叩き潰す。この基本戦術で大抵の相手はあっさりと仕留められるし、それで足りずとも容易にリカバリーが可能なだけの戦力が揃っている。

 単純な話、暗部組織としての格が違ったのだ。『雀蜂部隊(キラービー)』と『ユニット』の間には、逆立ちしても埋められない実力差が横たわっている。

 

 今度こそ、立ち上がる気力さえなくなった男に向けて。

 派手な()()()()()()()を終えた少女は、この上なく優雅に微笑んだ。

 

「チェックメイト、ですわ」

 

 

 

 

 

 同時刻、研究所から数キロ離れた高層ビル街。

 

「とまあ、そういう訳だよ宝城(ほうじょう)築名(きずな)。俺がここにいるってことで大体の事情は察せると思うが」

 

「……なるほど。あの程度では足止めにも不足だったか」

 

 ひしゃげた車から身を乗り出しながら、男は瞑目してゆるゆると頭を振った。

 少々派手に『挨拶』をかましてやったためか、白衣を着込んだ研究者らしい出で立ちにはやや乱れが見受けられる。宝城は進路を妨げた張本人に改めて視線を向け、困ったように肩を竦めてみせた。

 

「元より急拵えの戦力、さほど期待していた訳でもないが。それにしたってもう少し頑張ってほしかったものだね」

 

「まあそう言ってやるなよ。今回ばかりは相手が悪かった」

 

 何せ、今回の陽動役は()()エクシア=フォルセティだ。元々ソロで活動していたところを日輪がスカウトした人材であり、純粋な戦闘力では超能力者(レベル5)にも引けを取らない。

 

「で、だ。普通に考えて、こうなりゃほぼ詰みの局面だと思うんだが」

 

 正面に仁王立ちして道を塞ぎつつ、日輪は怪訝そうに眉根を寄せた。

 

「その割には観念したって感じでもなさそうだよなぁどうも。まだ隠し玉があるって面してやがる」

 

「まあね。命を預ける切り札というのは、常に手元に置いておくものだろう?」

 

 無念そうに溜息を吐きつつも、宝城の顔から未だ余裕は消えていない。

 それはつまり、この状況を覆し得る手札を残しているということ。日輪という刺客を退け、この場から離脱するための術が存在するということだ。

 

「私の研究内容は知っているかな」

 

「……表向きのお題目は、ウイルス型ナノデバイスを利用した擬似ワクチンの製造。その実態は生体と電子に続く『第三のウイルス』の開発ってとこか」

 

「その通り。そして研究はそこそこ順調に進んでいてね。こうして君ら猟犬を嗾けられる程度には成果を上げていたという訳だ」

 

 それはそうだ、と日輪は内心頷いた。

 単なる無能を一匹処分するだけならば、わざわざ『ユニット』を動かす必要などない。もっと下位の暗部組織か、何なら身内で片付けてしまえば済む話だ。

 そういう意味では、この男は日輪クラスでなければ対処困難な『強敵』として見るべき相手なのだろう。

 

「『静質侵菌(イリーガルプレイグ)』。これが私の作り上げた、()()()()()()()()()()()()()()

 

 宝城が告げると同時、地響きのような轟音が八方を取り囲んだ。

 

「っ、こいつは……」

 

 べこり、と。

 日輪の足下が勢いよく陥没し、半径五メートル近い円錐形の蟻地獄が現れる。

 当然ながら、ここ学園都市に砂漠地帯などありはしない。至って普通のアスファルトが突如として滑らかに流動し始め、即席のトラップを一瞬で作り上げたのだ。

 

「ふむ。まあ、これで潰れるようでは拍子抜けというものだしね」

 

 とはいえその程度で出し抜けるようならば、超能力者(レベル5)は怪物などと呼ばれはしない。

 位置エネルギーの保存。日輪は元の座標から微動だにせず、そこに変わらず地面があるかのように大気を二本の足で踏み締めていた。

 そしてそのまま、コツコツと足音を響かせながら空中を歩み寄る。急ぐ素振りも見せず、まるで散歩でもしているかのように。

 

「一発芸は終わりか?」

 

「いやあ、まさか」

 

 円錐形に広がる陥没地帯の(へり)に到達する直前、灰色の津波が日輪めがけて押し寄せる。

 その正体は、先程抉れるように消失した地面を捏ね集めたものだろう。不自然に隆起し脈動するアスファルトの奔流を前に、やはり日輪は悠然と歩みを進めるばかり。

 避ける必要さえない。流れ来るのが大質量の土砂だろうと人体を溶かす劇毒だろうと、日輪にとってはそよ風が吹き抜けるのと何ら変わりはしないのだから。

 

「肉体の保存もお手の物か。流石は学園都市第三位、防護性において部分的には第一位さえ上回るというだけはある」

 

「どうだか。理論値でさえない期待値の話なんぞ持ち出されてもな」

 

 外野の寸評など意に介さない。カタログスペックを比較したところで、そんなものは実戦ではいくらでも覆ると理解しているから。

 たとえ第一位と直接戦ったとして、その勝敗が単純に強弱を決定づける訳でもない。同じ土俵にさえ立てるのならば、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の予測演算でさえ絶対の指標とはなり得ないのだ。

 

 逆に言えば。

 同じ土俵に上がれないほど実力がかけ離れているならば、その結末は必然のものでしかない。

 

「じゃ、そろそろこっちからも行くぞ」

 

 日輪が懐から拳銃を抜き放つ。

 レディースモデルのような軽量で安い小型のもので、弾丸の射程や威力もそれ相応。よほど的確に急所を貫かなければ、一発で人を殺せるかすら疑わしいような玩具に過ぎない。

 その使い手が、『永久機関(メビウスリング)』でなければの話だが。

 

()()()()()

 

 まず、射線上から音が消えた。

 その空隙をなぞるように白熱した閃光の軌跡が生じ、穿たれた境界から押し出された大気が割れて弾け飛び、全てを薙ぎ払う旋風の中にようやく音が追いついて悲鳴を上げた。

 等加速度直線運動。弾丸は射出された瞬間の加速度を保存され、加速を続けながら無限遠の彼方へと消えていく。

 実際には能力の有効範囲や銃弾の耐熱性の関係で無限に進み続ける訳ではないが、それでも第四位の『超電磁砲(レールガン)』が霞んで見えるほどの砲撃だった。

 

 そして当然、その射線上には宝城築名が置かれている。

 並大抵の防御では間に合わないし受けきれない。同様に回避も困難を極める以上、能力者でもない宝城に対処の術はないはずだった。

 

「……へえ」

 

 だが、弾丸は文字通り空を切った。

 銃口を向けられた直後に宝城の身体が()()()と浮き上がり、銃撃に伴い生じた気流に流される形で致死の一閃を回避したのだ。

 二発、三発と続けて放つも、やはり同じように宙を漂い射線上から逃れられる。埒があかないと判断し、日輪はひとまず拳銃を懐に戻した。

 

「いや、流石に肝が冷えるね。挨拶代わりでこの破壊力とは」

 

 ふわふわと綿毛のような動きで降下し、宝城は再び大地に足をつける。

 恐らくは『静質侵菌(イリーガルプレイグ)』とやらが働いた結果なのだろうが、いかんせん正体を推測するには情報が足りない。宝城の反応を窺う限り、超能力者(レベル5)相手にも通用すると確信してはいたようだが。

 それでも顔が若干強張って見えるのは、実戦への投入が初めてだからか。あるいは単純に、何の変哲もない拳銃から放たれた予想外の威力に驚いただけか。

 

(とりあえず、ウイルスと銘打っちゃいるが本質的にはナノデバイスで間違いねえな。これだけ高い制御性がある以上、生命体と考えるよりそっちの方がしっくりくる)

 

 細菌やウイルスといったバイオ兵器の特徴は、何と言っても無差別であることだ。

 故に、その用途は基本的に辺り一帯を殲滅するようなものに限られる。学園都市製ともなれば、防護服やワクチンも容易く貫通して周囲を死の領域に変えるだろう。

静質侵菌(イリーガルプレイグ)』がその類の兵器であるなら、先程の宝城を守るような挙動はあまりに不自然だ。機械的な操作を受け付けている、すなわちナノデバイスの類と考えるのが自然だろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 とはいえ、日輪のそんな謎解きに手慰み以上の意味はない。

 

『うん。「静質侵菌(イリーガルプレイグ)」の仕組みは大体わかったよ』

 

 なぜなら。

 その解答を完璧に導き出せる能力者が、『ユニット』には存在するのだから。

 

「説明よろしく」

 

『じゃあ手短に。大まかな正体はそろそろ察してると思うけど、具体的には―――』

 

 耳に装着した小型インカムから流れる声は、紛れもなく潮凪来瀬のそれだ。

 彼女の現在地は、五〇〇メートルほど離れたビルの屋上。出綱の()によって視力を大幅に強化し、肉眼による目視という『組成解析(アナリティックヴィジョン)』の条件を満たしている。

 

 これまで日輪が急ぐ素振りを見せなかったのは、確実な解析が可能な潮凪の準備を待っていたから。

 九九パーセントの勝利を一〇〇パーセントにする、『詰みの一手』を用意するためだった。

 

(通信……? ……どこに繋いでいるのかは知らないが、この隙を活用しない理由もない)

 

 日輪の動きを、宝城もただ眺めているだけではない。

 いくら気が逸れているとはいえ、ここで安易な攻めや逃走を許すほど甘くもないはずだ。ならば今のうちにと、可能な限りの仕込みを進めることに専念する。

 

「………………、」

 

 時間にして十数秒、戦地にあるまじき静寂が場を支配した。

 手短にと潮凪が告げた通り、その膠着はすぐに終わりを迎えたが。

 たったそれだけの間隙を挟んだことで、戦局は完全に決定された。

 

「……要件は済んだのかな?」

 

「ん? 何だよ、わざわざ律儀に待ってたのか?」

 

 通信を終えた日輪が仕切り直すように告げる。

 

「まあ何でも良いが。これが最初で最後のチャンスだったって点を除けば妥当な判断だしな」

 

 いいや、仕切り直しではない。

 これから下されるのは、幕引きの宣告に他ならない。

 

「そいつのタネは全部割れた。ご自慢の研究成果、もう俺には通用しないと思え」

 

 あらゆる物理現象に対して絶対的な優位を誇る、物理量保存能力者。

 学園都市第三位の怪物が、いよいよその本領を発揮する。

 

「……言ってくれるね。私はまだ、こいつの性能の三分の一も披露したつもりはないのだが」

 

 相対する宝城も、空気の変化を感じ取ったのだろう。

 その言葉は紛れもない本音ながら、額には一筋の汗が伝っている。

 

「今の通信で何かを得たのか、あるいはそうでないのか。何にせよ、この時間がそちらばかりに味方したとは思わないことだ」

 

 直後。

 日輪の懐の拳銃が震えたかと思うと、ぐにゃりと銃身がねじ曲がって照準を日輪へ向けた。

 

「うおっと」

 

 パン、と軽い破裂音。

 持ち主の意に反した―――否、所有権が移ったと言うべきか。ほぼ一八〇度ねじれた銃身をどのように通過したのか、本来の威力をそのまま保った弾丸が日輪めがけて撃ち出された。

 ゼロ距離から、心臓を射抜く軌道で。いくら軽量モデルとはいえ、常人に直撃すれば即死は免れないが。

 

(この程度で『永久機関(メビウスリング)』を貫けるとは思っていない)

 

 宝城とて、今更不意を突いた程度でどうにかなる相手ではないことは理解している。

 第一位の『反射』ほどではなくとも、超能力者(レベル5)級の演算能力があれば能力を常時発動させておくことさえ可能となるのだ。日輪の能力の性質上、自動防御の類があっても何らおかしくはない。

 

(だがほんの一瞬、動揺とまでいかずとも意識をそこに向けられさえすれば。たったそれだけの時間でも、そこかしこに散りばめた『感染物』を動かすには十二分だ)

 

 例えば、周囲の高層ビル群を丸ごと溶かして大津波を起こしたり。

 例えば、空気経由で体内に侵入して水分や骨に干渉したり。

 例えば、上空数百メートルまでの大気をまとめて圧縮して莫大な斥力場を発生させたり。

 例えば、地盤そのもので挟み込んで―――

 

「効かねえっつったぞ」

 

 止まる。

 銃弾、だけではない。地面の蠢きが、大気の流れが、『静質侵菌(イリーガルプレイグ)』の侵食が、宝城築名の統べる世界が。

 音も立てず、崩れ去ることも許されず、完膚なきまでに()()()()()()

 

「…………馬鹿な」

 

「無機物の分子運動の支配。これだけ汎用性の高い効力を、ウイルスみたいに感染させるって発想は大したもんだが」

 

 その正体を、既に日輪は知っている。

 そして原理を理解したなら、その現象を根こそぎ掌握できるのが『永久機関(メビウスリング)』だ。

 

「忘れたのか? 『保存』は俺の専売特許だぞ」

 

「不可能だ!」

 

 認めがたい現状を前にして宝城が叫ぶ。

 

「確かに、その能力ならば理論上は分子運動を保存することも可能だろう。だがそいつの燃費の悪さは折り紙付きだ! ここら一帯の全ての無機物を抑え込むなど、とても演算を賄いきれる訳が―――」

 

「制御キー」

 

 端的な答え。

 それだけで、苛烈極まる剣幕がぴたりと収まった。

 

「ナノデバイスへの指令は、全てお前の脳波によって行われている。それがわかれば話は簡単だ。脳波の計測機器さえ止めちまえば、『静質侵菌(イリーガルプレイグ)』は一気に無力化できる」

 

「……………………は、は」

 

 宝城の口から、思わず乾いた笑いが零れた。

 そこまで読みきられているのならば、確かに抵抗の余地はない。

 脳波を計測しているのは、宝城の頭蓋骨に縫い付けられたマイクロチップだ。それに干渉できるということは、日輪は他人の体内でさえ能力の対象にできるということ。すなわち心臓や血流を今すぐ止めることさえ可能であり、生殺与奪を完全に握られているに等しいのだから。

 

「……だが解せないな。それができるのなら、最初から私自身を狙えば良かっただろうに」

 

 そう。

 日輪がその気になれば、いつでも宝城を容易く仕留められていたはずなのだ。

 あんな面倒な過程を経る必要もなく、たった一度の演算を行うだけで。

 

「あん? どうして俺がお前の命を背負ってやらなきゃならねえんだ」

 

 そんな疑問に対して、日輪の答えはシンプルだった。

 

「殺さないように加減したとしても、人体を無理に堰き止めりゃどこかしらに負荷は蓄積する。後遺症にまで発展するかは個人差だがな」

 

「……つまり、何だ。私を殺さなかったのは」

 

「抱え込む必要のねえ怨恨なんざ避けるに決まってる。ここで手間を惜しんだばかりに、後々妙な悪縁でもできたら堪らないからな」

 

 つまるところ。

 殺したくないから殺さなかった、という一言に尽きるのだ。

 

「私自身がいずれ復讐に来るとは思わないのか?」

 

「思わねえな。お前の反抗心はもう折れてる」

 

「わざわざこちらの大技を破ってみせたのはそういうことか……」

 

 それを甘さと捉えるか、日輪なりの処世術と捉えるかは受け手によるだろうが。

 そうして奪われずに生き存えた命が、この街にはそれなりの数転がっているのだろう。

 

「なら『永久機関(メビウスリング)』、一つ教えておくとしようか。その甘ったるい精神を、このクソったれな世界で貫く姿に敬意を表して」

 

「?」

 

「『絶対能力進化(レベル6シフト)』。この名前は君も知っていると思うが」

 

 日輪の眉が上がった。

 無言で続きを促すと、宝城は首肯し再び口を開く。

 

「こんな話を小耳に挟んだ。第四位の『超電磁砲(レールガン)』が、実験阻止のため破壊工作を行っていると」

 

「……なるほど。良い情報だ」

 

 その後、宝城の回収要員が現場に到着するまで二人は言葉を交わさなかった。

 拘束され連行される宝城をぼんやりと見送り、しばらくして陽動を終えたエクシアが合流するまで日輪はその場から動かなかった。

 

「あらリーダー、ご機嫌ですわね。何か良いことでもありましたの?」

 

「ん? ああ……」

 

 エクシアの問いに、日輪はほんの少しだけ口角を上げて。

 

「わざわざ早起きした甲斐はあったんじゃねえの」

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