とある科学の永久機関   作:弥宵

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お久しぶりです。大変お待たせいたしましたが、更新再開となります。


第七章 対話によって得たものは Ladies_and_Gentlemen.

「ふん、ふん、ふふーん、ふふん」

 

 第七学区、『学舎の園』。徹底的な男子禁制を敷き、文字通りの『深窓の令嬢』『箱入りのお嬢様』なる人種さえ実在している乙女の領域。

 その秘境を構成する五つのお嬢様校の筆頭として真っ先に名を挙げられる学校といえば、常盤台中学の他にないだろう。

 学園都市でも五指に入る名門であり、今現在八人中二人の超能力者(レベル5)を擁する強豪校。例年の『大覇星祭』では優勝候補常連、入学条件からして強能力者(レベル3)以上が必須とされるほどの実力主義。どこぞの国の王族を容赦なく入試で篩い落としたなどという逸話すらあるほどだ。

 

「ふっふふーんふん」

 

「げっ」

 

 そんな狭き門をくぐり抜けたエリートお嬢様白井黒子の第一声は、潰れたカエルのような呻き声だった。

 理由は単純。ちょうど今しがた、廊下の向かい側から鼻唄交じりに歩いてくる人物の姿を見つけてしまったからである。

 

「あら、白井さん。ごきげんよう」

 

 何とかして接触を躱そうとするも時既に遅し。あちらから柔和な笑みを浮かべて歩み寄ってこられては、もはや逃げ場はない。一瞬『空間移動(テレポート)』の使用も考えたが、それはそれで寮監からの折檻が待ち受けているだけだった。

 どうやら観念して捕まる以外に選択肢はないらしい。

 

「……ごきげんようエクシアさん。わたくしに何か?」

 

「ふふ、いいえ? ただ姿をお見かけしたのでご挨拶を、と。それだけですわよ?」

 

 エクシア=フォルセティ。白井の同級生であり能力も並んで大能力者(レベル4)、そしてそれ以外はおよそ似ても似つかない少女。

 その差異は普段の振る舞いであったり、金髪を蝶結びのように後ろでまとめた独特な髪型であったり、とある女性らしさの一要素となる部位における身体的特徴であったり、有する能力の系統であったりするが、何よりも異なっているのはお互いに対する好感度だろうか。

 白井はエクシアに何故かやたらと気に入られているが、逆もまた然り……ということは残念ながらない。むしろ夏休みにまで顔を合わせるなんて、とげんなりする程度には、白井はエクシアに対して隔意がある。

 この常盤台で白井が苦手な相手を三人挙げるとするなら、彼女は寮監と第六位の超能力者(レベル5)に並んで名前が浮かぶであろう人物だった。

 

()()()()()()()なら間に合ってますわよ」

 

「もう、白井さんったら……わたくしだって時と場所くらい選びましてよ?」

 

「TPO弁えりゃ良いってモンじゃねえんですのよ……ッ!」

 

 がるるる、とツインテールを逆立たせて威嚇するも柳に風。こういった普段の振る舞いは深窓の令嬢然としているのだからたちが悪い。

 一度でもその本性を目のあたりにしてしまえば、この一見楚々とした佇まいも獲物に飛びかかる寸前の猛獣にしか見えなくなってしまうのだが。

 

「まあ確かに、その警戒は()()()()()()()()()()()一〇〇点満点ですけれど……学友であれば挨拶くらい交わすものでしょう? こんな時くらい、素直に受け取ってくださいな」

 

「今一度ご自分の行いを顧みても本当に信用されると思えますのそれ?」

 

 ジト目を向けようが依然にこやかな笑みを崩さないエクシアに、白井は隠そうともせず溜息をついた。

 項垂れた拍子に少しばかり目線が下がり、視界に映った同い年らしからぬ()()をぐぎぎぎ……と恨めしげに睨みつける。

 

「……はぁ」

 

 しかし、そんな百面相も長くは続かない。

 再び溜息を一つ。小さく頭を振って、余計な雑念を追い払う。

 今の白井の前には、エクシアへの警戒や怨嗟などよりずっと優先順位の高い問題が立ちはだかっているのだ。

 

「あら、ご気分が優れないのですか? まるで愛しのお姉様のお役に立ちたいのに全然頼ってもらえないのがもどかしくて仕方ない、みたいなお顔をなさっていますけれど」

 

「何なんですのそのやたら具体的かつ的確な形容……」

 

 はて、この女はいつから読心能力者(サイコメトラー)に転向したのやら、なんて気の抜けた思考が頭を過る。ほぼほぼドンピシャで内心を言い当てられた訳だが、今更大仰に驚くようなことはない。白井にとって、目の前の少女は妖怪やUMAの類と同じカテゴリに入っているのだった。

 

(……というか本当に謎だらけですわよ実際。本人の優秀さを考慮に入れるとしても、明らかに情報網が『派閥』の規模を超えていますし)

 

 エクシア=フォルセティは、一年生にして既に自身の『派閥』を形成している傑物だ。

  規模にして十数人。最大勢力たる第六位のそれには到底及ばないものの、その存続を許されているという時点でステータスとしては十分に機能する。

 だが、それはあくまで常盤台や『学舎の園』の中での話。学園都市全体に目を向ければ、彼女の『派閥』は決して大きな勢力とは言いがたい。

 

 にも拘らず、彼女は時折風紀委員(ジャッジメント)の白井ですら知らないような情報を握っていることがある。

 実は水面下で『派閥』を拡大しているのか。あるいは、学園外部に別の手勢を有しているのか。何にせよ真っ当なものとは考えにくく、一度背後関係を洗ってみたが尻尾は掴めずじまいだった。

 次に機会があれば、今度は情報処理に長けた初春に調査を頼もうと割と本気で考えていたりする。

 

(まあ。本当に怖ろしいのは、()()()()()()()()()()()()()()()ですけれど)

 

 そしてこの女。どうにも白井の何かが琴線に触れてしまったのか、事あるごとに色とりどり選り取り見取りの厄ネタを持ち込んでくるのである。そしてそれを解決すべく奔走する白井を眺めて楽しんでいる、というか嬉々として自分も参戦してくる。

 味方としては頼もしいし、勢い余って敵側についたりしないのはせめてもの救いだが……顔を見るたびに警戒態勢をとってしまうのは無理からぬことだろう。

 そのうえ結果的には学園都市内の事件が一つ解決し、治安維持に一役買っているため強く糾弾もできないときた。ひどい脱法行為もあったもんですわ、と内心毒づきながらも、毎回体よく働かされてしまっている。

 

 そんな訳で、このエンカウントは白井としては心底勘弁願いたい出来事なのだった。癪ながら彼女の指摘通りの状況にある今現在、わざわざ別の厄介事など抱え込みたいはずもない。

 それでもいざ問題を目の当たりにすれば、何だかんだ言いつつ首を突っ込むことになってしまうだろうが……だからこそ、今ばかりは余計なことを耳に入れたくはない。

 

「……こほん。本当に用件がそれだけなのでしたら、わたくしはこれで。あなたの仰る通り、お姉様をお支えするためにやるべきことが山積みですので」

 

「ええ……ですけど白井さん、その前に」

 

 余計な話題を振られる前に早々に立ち去ろうとする白井を、しかしエクシアは呼び止めて。

 

「もしもお困りのようでしたら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 思わず見惚れそうになるほど華やかな笑みとともに、そんな提案を言い放った。

 

「……、結構ですわ。これはわたくし個人の問題ですので」

 

 返答までに、一瞬の間が空いた。

 悟られていない、と考えるのは流石に見積もりが甘すぎるだろう。厄介な相手に隙を晒してしまったことに、白井は内心舌打ちを零す。

 

 普段の白井ならば、逡巡の余地もなく一蹴していた。ここで頷けば確かに協力はしてくれるだろうが、この女に借りなど作っては収支マイナスも良いところだ。

 しかし脳裏に過るのは、敬愛するお姉様の尋常ならざる様子。超能力者(レベル5)たる彼女があれほどまでに追い詰められるなど、はっきり言って異常事態だ。

 何せ彼女は、あの『多才能力(マルチスキル)』や『幻想猛獣(AIMバースト)』相手にも多少手こずりこそすれ窮地に陥ることはなかった、学園都市第四位の『超電磁砲(レールガン)』なのだから。

 

 それが今朝は、鬼気迫るといった様子で自室へ戻ってきたかと思えばまたすぐに抜け出していった。表情はどうにか取り繕っていたが、その程度のことが白井に見抜けないはずもない。

 これまでに遭遇してきた事件とは一線を画す、とんでもないモノが待ち受けているかもしれない……そんな思いが、この提案を即座に切り捨てることを躊躇わせた。

 

 それでもやはり、無条件でこの女を頼るのは得策ではない。白井の勘はそう告げていたし、彼女をよく知る人物ならば誰に訊いても同じように答えるだろう。

 

「ふふ、そうですか……もし気が変わることがありましたら、いつでもお声がけくださいまし」

 

 対するエクシアは、相も変わらず優雅な微笑を湛えたまま。

 意外にもあっさりと引き下がったことに少しばかり違和感を覚えたものの、今はそんなことに構っている暇はない。

 こちらから事情を聞き出すことができないのなら、せめて彼女が自分を頼ってくれた際には全力で助けにならなくては。そう心に決めているのだから。

 

(……あるいは、ですが)

 

 あまり考えたくない仮定ではあるが。

 彼女にとっての最適解が、自分を頼ることではなかった場合。

 

(わたくしの他に、お姉様が頼れる相手がいるとするなら……それは)

 

 思い浮かんだ顔は、そう多くはない。

 単純な戦力として力になれる人物はさらに少ない。

 そしてエクシア=フォルセティは、間違いなくその内の一人に含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じく、第七学区。

 とある路地裏に、カツカツと単調な靴音が響いていた。

 日の当たる表の街並みから隔離された非日常、不良(スキルアウト)の蔓延る無法地帯。そんな場所へと踏み込みながら恐怖に足を早める訳でもなく、スニーカーの奏でる鈍い音色は一定のリズムを保ったまま。

 それは彼がこの道を歩き慣れていることを意味してもいたが、最大の理由は別にある。

 すなわち―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という単純な事実。

 

 そして。

 この街においてそんな態度を貫くことができる人物など、大方相場は決まっている。

 強者とは、すなわち高位能力者。それが他を寄せつけないほどに圧倒的な強者となれば、答えはほぼ決まったようなものだ。

 

「……、」

 

 そうして淡々と続いていたリズムに、ふと変化があった。

 少年の歩調が乱れた訳ではなく、その背後から新たに響く靴音があったのだ。

 ペースは彼のそれよりも少し速いか。急ぎ足というほどではなく、しかし確実に距離を詰めてきている。

 二つの音源の間隔は徐々に狭まっていき……やがて、手を伸ばせば届くほどにまで近づいた。

 

「よお」

 

「……あン?」

 

 そこで初めて、言葉があった。

 単語としての意味すら成さない音の応酬。しかし、呼びかけにはそれで十分だ。

 こんな場所でお上品な礼儀作法を期待する馬鹿などいない。ルールと呼べるものがあるとしても、それは『弱肉強食』の四文字で事足りる程度のものだ。

 

 だから。

 背後からの呼びかけに足を止め、億劫そうに振り返った少年―――その眼前にいきなり握り拳が迫っていたとしても、別段驚くほどのことではない。

 

「ちょいと『お話』しようぜ、()()()

 

 ボッッ‼︎ と。

 拳が顔面に吸い込まれた瞬間、鈍い破裂音が響き渡り。

 

「―――は、」

 

 そうして、一つの『対話』があった。


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