あの事件、あの日から半年。中国で起きた、あの忌まわしい実験が終わった日から半年。
織斑千冬は一人、書類と睨み合っていた。
「まさか、こうなるか……」
一枚には凰・鈴音、もう一枚には呂・宝仙の名が記されている。
生徒の経歴が簡略に記された書類は、そう分厚くはならない。だが、この二人の書類は違った。
「忌まわしき実験、〝人中計画〟……」
隣国に於ける最悪の実験、現代に神代が誇った武を再現する。その実験で、生き残ったのはただ一人。
呂・宝仙のみ。
「頼むぞ、凰」
私に彼女を斬らせてくれるな。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「
「うん」
「直ぐに終わらせて帰ってくるから、そうね。今日は夜更かししちゃいましょう」
「いいの?」
宝仙が機体を纏ったこちらを見上げて、首を傾げる。
何時もはこちらが見上げているのに、なにやら不思議な気持ちにもなる。
「いいのよ、私の
勝利祝いよ。
幅広の片刃、それを二刀構えて、鈴音はふわりと浮かび上がる。
柔らかく微笑む鈴音、彼女を見送る宝仙。彼女の身を、僅かな紫電が這っていた。
それに気付いたのは、本人と背を向けた鈴音だけ。
「よう、鈴」
「面倒な話よね」
自分から切り出した話だが、さっさと終わらせてしまおう。どうにも、自分は喧嘩早くて困る。
「一夏、ごめん。早く終わらせるわよ」
だから素人でも容赦しない。
鈴音はそう言うと、不可視の弾幕と共に、一夏の間合いに突っ込んだ。
「なっ!」
「遅い」
幅広の片刃、二刀の双天牙月を巧みに操り、一夏の機体の装甲を削り、不可視の弾幕、龍砲を用いて逃がさない。
まあ、勘弁してもらおう。自分は下手に傷を負う訳にはいかないのだ。
……
自分が下手に傷を負えば、あの子は必ず出てくる。そうなれば確実に、目の前の友人は死ぬ。だから、このまま封殺する。
鈴音は縦に横に、縦横無尽に回転し、まるで小さな嵐の様に、鈴音は一夏を攻める。
だが、攻めきれない。紙一重、寸でのところで、決定打が入らない。
……相変わらず、目の良い奴ね!
天性の動体視力と反射神経、まったく嫌になる。ISに関わり始めて、半年足らずどころではない期間でこれなのだ。だから天才とかに分類される人間は嫌いだ
……でも、
あの子は天才だ。そう紛れもない、闘争の天才。彼女の意思が否定していても、体は闘争の為の頑強さと俊敏性を持ち、精神はそれに依って昂りを得る。
さっきも紫電が這っていた。〝炉心〟が動いている。あの子に埋め込まれた、あの忌々しい〝炉心〟に火が入る前に、決着をつけなくては。
そうしないと、きっとあの子は
「早く、落ちなさい……!」
私に涙を流させた一夏を殺してしまう。
あの子に二度と命を奪わせない。その為には、一夏との決着を早くしなくては。
鈴音の心に焦りが生まれる。そして、素人とはいえ天賦の才の持ち主が、それを見逃す事は無い。
大振りをと、背を反らした体勢。そこを居合いの刃がなぞる。体勢的にも、刃の軌道的にも回避は間に合わない。
この一撃を浴びれば、間違いなく己の負けが決まる。そうなれば、次は自分だとあの子が出てくる。
そうだ。あの〝炉心〟に火が入った彼女が、戦場に出てしまう。
「ダメよ、
制止の声を挙げ、それでも鈴音は青竜刀を振り下ろした。
間に合わない。
そう思い、彼女を止める方法を考えた瞬間、鈴音と一夏の間に光条が走った。
「なんだあれ?」
「……何処か遠くから、仲良くなりにきた異邦人、って訳でもなさそうね」
突如現れた異形に、内心の焦りが加速していく。甲龍のディスプレイ内に表示された数値が、さっきの光条で上昇を見せていた。
……まだ待機状態。だけど
その待機状態の出力でも、充分過ぎる。それだけでも、このアリーナが壊滅するだけの威力を発揮出来る。
「……一夏、一撃よ。一撃で倒すわ」
「どうしたんだ、鈴? らしくないぞ」
「一夏、お願い。私には守らなきゃいけない子が居るのよ」
「宝仙さんの事か?」
「……何も言わず、協力しなさい」
「判った」
元より余裕はそれほど無い。一撃で倒すのではなく、一撃で倒さなければ後がない。
つまり、
「一夏、あんたのそれが切り札よ」
「そうなるよな……」
心無しか、声が堅い。だが、相手のエネルギーを一撃で刈り取れる武器は、一夏の持つ雪片しかない。
嫌でもやってもらわねば、この場の全員が死ぬ可能性がある。
「まあ、やるさ」
「頼むわよ」
教員部隊は間に合いそうにない。というより、通信が通じない。避難も遅れが出ている。
間違いなく、あの腕回りを異様に強化した機体が、原因だろう。
鈴音は一夏が攻撃する隙を作る為、彼の前に出る。その間にも異形に動きは無く、ただこちらを観察する様な気配を見せる。
「顔が見えないし、なにあれ? 形おかしくない?」
「確かに、なんかおかしいよな?」
青竜刀で斬りつければ、巨大な腕で受ける。動きは速くなく緩慢、しかしその強度は見た目通りで、刃が通らない。
攻撃も遅く、掌を向ける動きを避ければ、攻撃を中断する。
人、人間があの中に居るなら、えらく機械的な人間だ。
「まさか、無人機?」
そんな事があるのか。
鈴音が一瞬、そんな思考の海に沈みかけた時だった。
「ぐぁっ!」
一夏が弾き飛ばされ、アリーナの壁面に叩き付けられた。
増援、それも二体同時。ああ、どうして気付けなかったのか。
そうでなければ、あまりに間抜けな展開だった。なのに、増援の可能性を考えず、今眼前に迫る凶刃に、目を見開いている。
一夏が叫んでいる。急ぎこちらに向かっているが、もう一体がそれを遮る。
……ごめん、
何故だか、この刃が己の命を絶つのだろうと思えた。
そしてそれと同時に、
「鈴……!!」
この刃が己に届かないと、理解していた。
「鈴音、苛めた……」
「……
長柄の穂先の基部両側に、三日月の刃を取り付けた槍を手に、宝仙がそこに居た。
祖国の武将が使っていた鎧によく似た、軽量の装甲を纏い、紫電を這わせた宝仙が、武器である戟〝
力に任せたそれは、鈴音を斬り捨てようとした敵を、豆腐でも斬るかの様に、容易く両断した。
「鈴音、苛めた……!」
鈴音がその場に膝を付き、双天牙月を手から取り落とす。
一夏も同じく、呆然とそこに広がった光景眺めていた。
宝仙が戟を振ればそれが当然と、刃に敵が両断され、柄に粉砕され、戟を突けば敵が貫かれ、消し飛ぶ。宝仙が武器を振れば、敵が散る。
蹂躙、ただそれが相応しい。そんな圧倒的な光景だった。
「
「鈴音、大丈夫?」
敵はやはりか、無人機だった。その事実に鈴音は安堵を覚え、何時もと変わらぬ何処か怯えた様な、頼り無い表情を向ける宝仙を、その胸に抱き寄せた。
「鈴音、どうしたの? 何処か痛いの?」
「大丈夫、大丈夫よ、私の
「うん、もう鈴音苛めた奴は居ないよ」
「そうね……」
こちらを見上げる頭を撫でれば、心地よさそうに目を細める。
……ごめん、ごめんね。
教員部隊と一夏が慌ただしく寄ってくる中、声には出さず、己に甘える宝仙に、鈴音は謝り続けた。
感想とか質問とか作者当てとか、色々お待ちしているよ?