燦々と降り注ぐ陽射しの中を、クラスメイトを乗せて走るバスの車内で、呂・宝仙は窓に張り付き、流れる景色を眺めていた。
「鈴音、海だよ!」
「ふふ、そうね」
「青いよ! キレイだよ!」
「ほら、
「ん!」
目を爛々と輝かせた宝仙は、鈴音の言う通りに席に座るが、落ち着かずソワソワと、窓と鈴音を交互に見ていた。
鈴音がよしと言えば、すぐさま海に飛び込みかねない。そんな宝仙を宥めながら、鈴音は海を眺める。
目映いばかりの太陽が、波間に反射して、平面の万華鏡を見ている様で、宝仙が夢中になるのも頷ける。
だが油断は出来ない。
「ほら、小虎。ダメよ」
「ダメ?」
「そう、ダメ」
獲物を狙う猫科の様に、宝仙の集中力は一点に集約される。ただその一点のみに集中し、最高潮に達した瞬間、その膂力を以て、一気に駆けていく。
だから、こうして駆け出す前に止めなくてはならない。
「……鈴音」
「あら、どうしたの?」
頭を撫で、大人しくなっていた宝仙だが、不意に海へと視線を戻した。
細く鋭く引き絞られた視線、警戒を強めている。何かあるのかと、鈴音が海に視線を向けるが、そこには先程から変わりなく広がる海と、青空に浮かぶ雲だけがあった。
「何か変なの居た?」
「居たって聞かれても、私には何も見えないわ」
「うー……」
目をしばたかせ、首を傾げて唸る。炉心は稼動していないが、宝仙の感覚は鋭い。
彼女が何か感じたのなら、そこには何か居たのだろう。
「二つ居たのに……」
「二つ?」
首を傾げる宝仙を撫でながら、再度海を見る。
そこには何も無い、平和な海が広がっていた。
何も無ければいい。
「そうなの。小虎、喉渇いたでしょ。ほら、水飲みなさいな」
鈴音はそう願い、宝仙にペットボトルを手渡した。
窓の外には何もない。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
眩いばかりの白い砂浜、初夏を感じさせる強い日射し。
砂浜で海だとはしゃぐ同級生を尻目に、宝仙は潮の引いた磯に出来た、小さな水溜まりを観察していた。
「ウニ?」
びっしりと黒い棘を生やした、小さく丸い海胆を不思議そうに見詰める。僅かに蠢くそれを眺め、何度か首を傾げる。
「……黄色くない?」
キョトンと、そう言って学園の食堂で、一度見た軍艦巻きを思い出す。あれは、下は黒かった。けど、あの黒いのは海苔だと、鈴音が言っていた。
鈴音は、海胆は磯にいる丸い、トゲトゲしたやつだと言っていた。
鈴音が言う事に間違いはない。黄色くないが、この黒い長いトゲトゲが海胆だと、宝仙は手を伸ばす。
「ああ、それはダメだ、呂・宝仙」
「ラウラ?」
だがその手は、軽装のラウラに止められた。
「それはガンガゼと言ってな。棘が刺さると抜けないし、僅かだが毒もある」
「でも、鈴音海胆食べたいって言ってた」
「それとガンガゼは、あまり味はよくないらしい。あと、今日の昼食は海鮮だ。恐らく、海胆も出るかもしれん」
「そうなんだ」
ラウラがそう言うと、宝仙はガンガゼから興味を失い、同じく磯で動いていた蟹を掴む。手のひらよりも、一回り小さな蟹をラウラに見せた。
「じゃあ、これは?」
「ふむり、毒は無いだろうが、食べるには量が少ないな」
「そっかぁ……」
ショボンと蟹を放し、また何か無いかと磯を探索し始める。水着姿で、湿った岩場を彷徨くのは感心できないし、万が一宝仙に何かあれば事だと、ラウラは後に続く。
不規則に窪み、尖った岩場はとても歩き難いものだが、本来の肉体性能が違う二人は、苦も無く進んでいく。
「ラウラ、これ」
「イソギンチャク、そのウネウネで小魚等を捕まえて食べる」
「強い?」
「ははは、どうだろうな」
難しい言葉で説明しても、宝仙には届かない。だから、ラウラは出来る限り簡単な言葉を選ぶ。
ドイツ本国の見立てでは、呂・宝仙は長くは生きられない。これは凰・鈴音も気付いている筈だ。
彼女の体中に搭載された宝貝は、その一つでも人体を容易く崩壊させる。仮に、ISによる保護があったとしても、何らかの後遺症が発症する事は避けられないだろう。
その超兵器を、宝仙は〝雷公鞭〟以外にも、幾つか搭載されている。今こうして、無邪気に振る舞っている事は、奇跡としか言い様が無い。
「そう言えば、凰・鈴音はどうした?」
「鈴音、一夏と難しい話するって」
「ふむ」
十中八九、呂・宝仙の事だろう。織斑・一夏は至らぬ所は多々あるが、概ね好感の持てる善人だ。人々に頼られ、支えられ、陽の当たる場所を歩いていく。
英雄と、善なる者と、そう呼ばれる素質がある。
故に、身近にある闇に気付いた。
「鈴音、少し困ったみたいな顔してた。……一夏、鈴音に意地悪する?」
一瞬だが、宝仙の指先に紫電が走った。
このタイミングか。ラウラは内心で、重く鈍い汗を流した。
今、この場で言葉と判断を誤れば、最悪の事態が起こる。
この場に鈴音が居ない事を、ラウラは恨んだ。
「ふむり、そうだな。意地悪と言えば、意地悪になるだろうが、本当は違う」
「意地悪だけど意地悪じゃない?」
「ああ、難しいだろうが、本当は違う」
「うー、ラウラ難しい事言う」
唇を尖らせ、指先で水面を叩けば、集まっていた小魚が逃げ惑う。
確かに、そうな様でそうではないという話は、宝仙が言う様に難しい。
見方によって、どうとでもとれ、善とも悪ともつかない。是か非、0か一、鈴音が許すか許さないかしか無い宝仙には、こういったどっち付かずなものは、判断がつかない。
「はっはっはっ、いずれ解る様になるさ」
「そうかな」
「そうだとも。ほら、そろそろ昼食の時間だ」
「あ、鈴音!」
唇を尖らせ、水面を叩くのを止めた宝仙が、砂浜から旅館へと戻る、専用機持ち達の中に居た鈴音を、見付けて駆け出す。
「ああ、そうさ。いずれ解るんだ」
遺伝子強化個体、宝貝搭載人間、どちらにせよ、自分達は只人の様には生きられない。
だがそれでも、未来に希望を抱いてもいいじゃないか。
ラウラは鈴音に抱き着く宝仙を見て、祈る様に晴天を見上げた。
空はどこまでも青かった。