一匹狼の見る夢   作:織倉こた

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幕間 それぞれの起源①

 夢を見る。

 過去の、以前の、懐かしい夢を。

 名前を呼ぶ幼馴染の少女の後ろ姿を。

 もう忘れつつあるその声で彼女に名前を呼ばれながら、灰崎は目を覚ます。

 彼女に向かって差し出したはずの腕が空を裂き、自分が夢から覚めたのだと思い知りながらその手で長い髪を掻き乱した。何度も何度も繰り返し見た夢なのに呼吸は乱れ、僅かに冷や汗が滲んでいる。

 もう慣れたと思っていたのに、見る度にこの調子なのだから笑えない。

 気持ちを落ち着かせるように深い溜息を吐く。そして、思い出すのはあの日の最期に会った後ろ姿だ。

「またこの夢かよ、茜」

 救えなかったあの後ろ姿を何度も何度も思い出しては、復讐を誓ったこの胸を熱く燃やすのだ。

 夢を見たせいか落ち着かず、今日はようやく狩りに遠出する日だと言うのにずっとそわそわしてしまっていた。

「灰崎」

 そんな灰崎を呼び止めたのは鬼道だ。

 鬼道にチラリと視線を寄越しながら、先程から手入れをしている弓に再び視線を戻しながらこれから先も相棒として使っていく弓に不備がないか点検して行く。鬼道自身もそれを眺めながら特に咎めることもせず、そのままでいいから言葉を聞けと言わんばかりに話を続けた。

「用意はもういいのか?」

 先程からこうして点検をしているのももう本日で三度目。それでも入念に手入れをする灰崎を見兼ねての言葉だろう。ようやく灰崎も満足したのか、視線を上げて睨むように鬼道を見やると凶悪そうな笑みを口元に浮かべた。

「ハッ、誰に聞いてんだ。ンなもんとうの昔に出来てんだよ」

 そう、用意自体は昔から出来ていた。茜が、あの目の前で幼馴染が人狼に殺されるのを見た日から、灰崎の心は復讐に燃え仇を打たんと準備を整えて来た。そしてようやくその復讐を果たすチャンスがやってきたのだ。

 人狼を。大事な幼馴染の仇を殺す、チャンスが。

 弓を大事に腰のホルダーに差すと矢のあり所を確認する。ちゃんとある。ただ、これだけの数でキチンと殺しきれる保証もなければ己の弓で殺せる自信もない。しかし、掴んだチャンスは逃さない。確実に殺るという気概がなければ人狼を殺すなんて出来ないのだから。

 誓を胸に抑え込むように胸に手を当て、強く握る。

(茜、必ず俺が仇を取ってやるからな)

 思い返す茜との思い出。

 いつだって忘れたことの無いあの笑顔を取り戻せなくても。

 きっと、この復讐を遂げてみせる。

 

 

 親というものは存在しない。

 否、この世界に人間として存在しているのだから母胎となったものは居たのだろう。

 しかし、父親と呼べる存在も母親と呼べる存在も居ない。手元にあるのはこの先祖代々受け継いできたと言われる一冊の本のみだ。

 それが野坂悠馬の世界だった。

 残されたその本には御伽噺のようなことが書かれており、誰もがそれをただの妄想だと嘲笑う。それが悔しくて悔しくて、色々な勉強をした。体が弱く、外に出れない分たくさんの知識を身につけようと、その本に書かれたことを本物に出来るようにと大量の知識を求めた。

 いつしか彼は知恵の皇帝と呼ばれ、彼のことを馬鹿にするものはいなくなった。

 相も変わらず身体は弱く、本のことは信用してもらえないが嘲笑うものはいなくなった。

 でも、それでは足りなかった。

 外の世界というものに、触れたくなったのだ。

 知識だけではない、知識を一層深めるための外の世界に。そんな時に彼が現れた。

「野坂、一緒に遊ぼうよ」

 稲森明日人。それが西蔭以外で初めて野坂悠馬を個人で見てくれた人物だった。知恵の皇帝でも、なんでもない。ただ一人の人間として接してくれた、そして外の世界へと連れ出してくれた唯一の人だった。

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