一匹狼の見る夢   作:織倉こた

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第二深夜「妖狐」

 明日人達が発ってからしばらくした後、再びドアを叩く音が響いた。

 苛立ちを隠せない西蔭を制しながらドアを開けるとそこには予想していなかった人物が立っていた。

「まさかお二人が来るとは思っていませんでしたよ、風丸さん、吹雪さん」

 神妙な面持ちで立つ二人は野坂の揶揄を気にした風もなく真剣な眼差して野坂を眺めた。

 てっきり明日人か灰崎かが戻ってきたのかと思っていた野坂は少し肩透かしをくらいながらも何も答えない二人を招き入れると適当に座るように指示した。

 それにしてもまた妙な二人組が来たものだと野坂は首を傾げる。

 村人である吹雪と外部から来た人間である風丸。まるで接点のない二人が共にここに来た理由が分からない。もしかすると二人が人狼で、二人がかりで自分を襲いに来たのかと言う可能性も考えたが、それならば家に入れた瞬間に自分は息をしていないだろうと思考してその可能性を排除する。

「西蔭、お茶を」

「ああ、いや。そこまで長居をするつもりは無い」

 野坂の命で渋々とお茶の準備をしに行こうとした西蔭を止めるように風丸は声を掛けると一つ深呼吸をした。その横で吹雪は不安そうにソワソワと身体を揺らしてる。

「野坂が占い師と聞いてお願いがあってきた」

 深呼吸して落ち着いたのか、吐き出すようにそういうと風丸は野坂の目を真っ直ぐに見つめる。

 占い先の指定か、はたまた占い結果を聞きに来たのか。

 お願いとはなんだろうかと考えながら野坂は言葉を待つ。

 吹雪の方を一瞥してから意を決したようにその言葉を吐き出された言葉は、

「────俺達を()()()()()()()()()()

 またしても思いもよらないものだった。

 

 

 

 深々と更けた夜。

 人狼の被害もあってか広場には誰も居ない。そんな中、少年は一人置かれた処刑台を見上げていた。夜空に浮かぶ月に照らされ、煌々と刃を反射させるソレは人の命を奪ったにも関わらず美しく輝いていた。

「あれ、明日人君?」

 そんな彼を呼び止める声。

 声の方向へ振り向くとそこには一星がいた。

 その手は黒く汚れ、赤い雫が伝っている。

「一星……」

 一星の姿は明日人の知る姿ではなかった。頭上には獣を彷彿とさせる耳が生え、微笑む口元にはおよそ人のものとは思えぬ牙が見えている。そしてその腕は毛深く鋭くなっていて、臀部にはしっぽまで生えていた。その姿はまるで御伽噺の人狼だ。

 しかし、その姿をしているのは一星だけではない。声を掛けられた明日人自身も同じように獣のような姿をしていた。

「やっぱり、明日人君も人狼だったんですね。いやぁ、まさかこんな所で仲間と出会えるとは思わなかったな」

 ぺろり、と汚れた手を舐めると一星は目を細めて笑った。

「……俺は」

「でも今日も俺が殺しちゃった。ごめんね、明日人君も殺しに降りてきたんでしょ? 今日はおしまい」

「違……っ」

 殺しにきたのでは無い。むしろ一星を止めに来たのだと声に出そうとするが上手く出てこない。一星はそんな明日人を見ながら「ふぅん」と小さく呟いた。

「今日の獲物は誰になったか知ってる?」

 一歩一歩ゆっくりと一星は明日人に近寄った。

 明日人は首を横に振る。ついさっきここに来たばかりだ。止めるのに間に合わなかった。救えたかもしれない犠牲者の顔を見るのが怖くて、一星の後ろで倒れている人物を見ないようにしていた。

 それを知っているかのように意地悪そうな笑顔を浮かべた一星は明日人の目の前で止まると俯く明日人の顔を覗き込むようにして見た。

「見てよ」

 指さされた先には己の血溜まりに倒れ込む一人の人物。よく見覚えのあるその姿は、夕刻まで共に言葉を交わしていた剛陣そのものだ。

 真っ赤な水溜まりに染められながらピクリとも動かぬそれはもう既に息を引き取っているのだと嫌でも分かる情景に明日人は顔を思いっきり歪めて、一星の胸ぐらを掴む。

「なんで、剛陣先輩を殺したの……!」

 その問いかけに、一星は笑顔を浮かべるのをやめて見下すような瞳で明日人を睨みつけた。自身を掴む腕を振りほどきながら、出来たシワを整えて怒りに任せる明日人の問いに答える。

「なんでって。明日人君の方こそ人狼なのにおかしいんじゃない? 人狼は村人を殺すものでしょ」

 さも当然だと当たり前だと言う風に淡々と告げる。おかしいのは君の方だと、おかしなものを見るような視線で。

「今一度自分が何者なのか考えた方がいいんじゃない? 俺達が人狼である以上人間と仲良く、だなんて出来ないんだから」

 諦めたようなその闇に充ちた瞳を揺らしながら立ち尽くす明日人の横を通り過ぎる。

「それでも……っ」

 そんな一星の背に声を掛けようと振り返ると立ち止まった一星の冷たい視線と目が合った。それでも、なんだと言うのだろうか。

 それでも半分は人間だと、それでも気持ちは人間だと、訴えたところで結局は人狼であることには違いない。水に一滴の泥水を混ぜてしまえばもうそれは水ではない泥水なのだと同じように。人狼である以上人ではないのだ。

「それでも?」

 言葉に詰まった明日人を嘲笑うかのように一星は問いかけた。

「それでも俺達は人間だって言うつもり? 明日人君、分かってる? 人狼が一体なんなのかを」

 人狼と人間の違い。

 見た目はもちろんのこと、人狼と人間は大きな違いがあった。

 人狼。言葉通り人と狼の力を兼ね揃えた存在で、その起源は古来人に縄張りを侵され虐げられた狼の呪いによってその姿を変えられた元人間だ。昼間は人として、夜は狼として呪いによって人間を殺すことで己を維持している。

 人を殺さなければ生きていけない人狼は、今でも人間達から嫌われ虐げられているせいかその呪いが解けることはないのだという。

「分かってる……分かってるよ」

「分かってるならなんで殺さないの? そろそろ限界だろ?」

 確かに人狼としての呪いを受けてから明日人はもう長らく人を殺していなかった。呪いの衝動で何度か手にかけそうになったことはある。それでも何とか耐え、今まで自我を保ってきていた。人を殺してしまえばそれこそ人に戻れなくなる気がして。

 都合よく家が村から離れていたお陰もあってか、夜に姿を見られることもなく穏便に過ごせていたのもあったのだろう。それでも、耐えれば耐えるほど呪いの効力というものは上がるようで、正直言ってしまえば限界は近かった。

「……」

 答えないことを肯定と見たのか、一星は不気味に微笑むとその枷を外すかのように言葉を紡いだ。

「明日人君ってお父さん、行方不明なんだよね?」

「…………」

「実は俺、君のお父さんのこと知ってるんだ」

 その言葉に無言を貫いていた明日人の眉がピクリと反応する。幼い頃から気がつけば行方を眩ませていた父親のこと。それは母から聞き伝った程度の存在でしっかりとしたことは何一つ知らない人物のこと。

 大きくなってからその存在を意識しては、どんな人なのかと想いを募らせていた人物だ。

 今、それを一星が知っていると言った。

 何故?

 そんな疑問と同時に、父親という存在が確かに存在していた事実に驚きながらも怪しい笑みを浮かべる一星を見る。

 その反応を見て一星はさらに笑みを強めた。

「知りたいよね?」

 知りたい。

 母以外からの父親という人物像を。

 何故、自分と母を置いて出ていってしまったのかを。

 今どこにいるのかを。

「……知りたい」

 自然とそう、口から言葉が漏れた。

 知りたいに決まっている。

 どうして一星が父のことを知っているのかは分からない。それでも少なからず探していた数少ない手掛かりには違いなかった。

 その答えを聞いて一星は一層微笑んだ。

「じゃあ、取引しようよ」

「取引……?」

「俺が明日人君の父親のことを話す代わりに、明日人君には灰崎君を殺して欲しいんだ」

「灰崎を、殺す……?」

 一星の提案に明日人は唾を飲み込む。

「そう。灰崎くんを殺すことが君のお父さんについて話してあげる条件」

「どうして、灰崎なんだ」

 確かに灰崎は一星の事を疑い、目星を付けていた。しかし鬼道の勘という根拠の薄い発言などどうにでもなるハズだ。占われてしまえばその根拠は根強いものになってしまうが、それさえ回避してしまえればこれ程言い回しが出来る一星のことだ。どうにか自身が吊られることは回避出来るだろう。

 なのに、よりにもよって何故灰崎をターゲットにするのだろうか。

 そんな質問を嘲笑うかのように一星は笑った。

「どうしてって彼、狩人だよね? 僕達の天敵だよ。早急に殺っておかないと」

 狩人。

 人狼の襲撃から村人を守る術を持つもの。確かに襲撃に失敗し狩人に見つかれば動きにくくなる所かこちらの姿を見られれば終わりだ。確かに人狼側としては早急に手を打つべき存在なのだが、明日人はその提案にイマイチ気分が乗らなかった。

 そもそも自身の欲求のために今までこうして仲良くしてくれた“仲間”達を裏切るような行為をしてもいいのかと明日人の中で葛藤が生まれる。

 父のことは知りたい。

 でも、その為だけに村の人たちを殺す一星をこのままにしておいていいのか?

 そして、そのために自分がその行為に手を染めてもいいのか?

 自ずと天秤に掛けたその二つの重さはどちらも同じでなかなかどちらかに傾いてはくれない。グルグルと思考が回り始めて空回りする。

 そもそも一星は何故明日人の父親の事を知っているのか。それに灰崎を殺してもその情報があっているのか、確認する術はあるのか。聞きたいことが山ほど出てくる。

 しかし、そんな時間もないようで一つの足音がこちらに近付いてくるのを察知した一星が素早く反応する。

「どうやら今晩はもう時間がないみたい。それじゃ、明日人君。また朝に。答えはまた夜に聞かせてよ」

 手をひらりと振ると音もなく暗闇に消えていく。遅れて足音に気がついた明日人は逃げようとするも、思考が上手く働いてくれないおかげで逃げそびれてしまった。

「明日人じゃないか!」

 足音の主はそんな明日人の姿を捉えると親しげに声を掛けてくる。その声は随分懐かしく、明日人は驚きながらも声の方を見た。

 そこに居たのは村から長らく離れていた円堂と豪炎寺の二人で、「よっ!」と気楽に挨拶を送って来ていた。

 明日人は慌てて自身の獣耳、尻尾、腕を確認してそれらが消えている事を確認すると微妙な表情のままそれに返す。

「おかえりなさい、円堂さん豪炎寺さん」

「ただいま。時間が時間だが、随分と村が静かだな」

 矢筒を降ろしながら豪炎寺は広場を見渡した。夜明けにはまだ少し掛かるせいか周りはまだ薄暗い。しかし月明かりだけでも広場の全体だけは見渡せるほどの明るさで、その目には例の処刑台が止まる。

「あれは……」

「ん? なんだあれ。鐘にしては変な形だな」

 同じく処刑台に目を止めた円堂が首を傾げた。そしてそのまま答えを求めるように明日人へと視線が向く。

「あ、えっと……」

 どう答えるべきかと狼狽える明日人を見かねてか、二人は互いに目を合わせると苦笑して、話題を変えることにしてくれたようだ。

「すまない、少し疲れているみたいだ。詳しい話は朝にしよう。稲森も休め」

 何故こんな時間に出歩いているのかなどという野暮な質問もなく、豪炎寺はそう言うと荷物を背負いながら円堂に目配せした。その視線を受け取った円堂は「ああ」と頷くとその後ろを追うようにしてついて行く。

「じゃあなー、明日人」

 そう言って手を振る円堂を見送りながら、明日人はホッと一息つく。どうやら剛陣の死体は暗いのと処刑台おかげで見つからなかったようだ。どちらにせよ今朝には見つかるのだろうからただの先延ばしなのだが、今この場で見つかれば怪しまれるのは自分だ。その安心感と夜中に出歩いていることに不信感を持たなかった二人に感謝しながらも明日人は再び処刑台を見上げた。

 帰ってきた二人。今日の占い結果。そして明日の犠牲者。

 加速するように動き始めた日々に目を閉じながら、明日人は帰路を辿った。

 

 

 

 占わないで欲しい。

 そう告げられた野坂は意外な提案に目を丸くした。占って欲しい人物を告げるならいざ知れず、自分達を占うなというのは、自分たちが人狼だと暗に伝えているようなものでは無いかと疑う。

 しかし、そうだとしてもわざわざそれを言いに来る理由があるに違いない。裏があろうとなかろうとまずはそれを聞いてからにしようと、野坂は椅子に深く座り直し二人を見つめた。

「もちろん、理由はある。ただ、それを伝えても信じてもらえるかどうか分からなかったし、正直悩んだんだ。これは、村の為になるのかって」

 相変わらず口を開こうとしない吹雪の分と言わんばかりに風丸が言葉を紡ぐ。どうして村人である吹雪と外からやってきた風丸の組み合わせなのだろうかと考えながらもその言葉を聞きながら野坂はゆっくりと瞬きをして見せた。

「それで、貴方達を占わないことが村の為になる、と思って僕に相談しに来た……というわけでいいんでしょうか?」

「いや、正直村の為になるかどうかは分からなかった。でも、信じてもらえるのなら今後村の為になるように動こうと思う」

「へぇ」

 しっかりと意志を告げる風丸に野坂は少しだけ口角をあげながら笑みを浮かべる。思ったことを隠さない素直な言葉は嫌いではない。真っ直ぐな彼の性格が伝わってくるからだ。真意がどうであれ、聞くに値する内容であるだろう。

 しかし、依然として吹雪の方は口を開こうとはしていない。意思が固まっていないのか、不安そうに俯いたり時折風丸の方を見たりしている。

 そんな吹雪を見て少し呆れたようにしながら、風丸は意を決したかのように視線を定める。

「俺たちは妖狐の生き残りなんだ」

「妖狐?」

「さすがに知恵の皇帝も知らないことがあるんだな」

 ふふ、と笑った風丸の言葉には嫌味を含む様子はなく、相手も人間だと言うのを確認出来て安心したような口ぶりだった。そんな姿に少しだけ眉を顰めるも言い返す言葉もなかった野坂は説明を求めるように腕を組んで見せた。

「この村じゃあまり伝えられてないみたいだから吹雪もこうしてこの村に留まれたんだ。……妖狐は、俺達は人に化ける。人狼と同じだけれどそれだけだ。ただ、その名の通り妖力を使っているから、他の────占い師の力と対半して占われたら死んでしまう」

「……なるほど。風丸さん達のことはだいたいわかりました。けれど、貴方達を生かすことによっての村のメリットはあるんでしょうか? それにわざわざリスクを犯して人間に化けているのもよくわからないな。元が化けきつねというのならば、狐のままでもよかったんじゃないですか?」

 野坂の言い分に二人は顔を顰める。言い分はもっともで、ハンターがいるにしても狐のままの方がまだ平穏な生活を送れていただろう。なのにわざわざ人に化けてこうしてリスクのある話し合いをするのには理由があった。

「俺達は以前別の村で円堂に救われたんだ。だからその恩返しのためにリスクを犯してでもこの村を守りたいんだ」

 風丸のその言葉に吹雪も頷いた。

「円堂君は……円堂君達はボクに希望をくれたんだ。だから、ボクもそれに応えたい。そのためにこうして野坂君に打ち明けたんだ」

 先程まで寡黙を貫いていた吹雪の言葉だけに、その発言は真っ直ぐとしていてそれが真意なのだろうと野坂には伝わった。

 暫く考える素振りを見せてから、野坂は頷く。

「わかりました。お二人のことを信じます。その代わり、こちらの条件も一つ呑んでもらいますよ」

 そう提案するとニコリと微笑んでみせた。

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