クロスロード   作:resot

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今回から投稿するのは、君の名はの小説です。
亀ですが、頑張って書いてみようと思います。


よろしくお願いします!


第1話 星にまで願って

皆さんは、今、何歳だろうか。

 

 

小学生?こんなとこで小説を読む子も珍しい。

中学生?高校生?それとも、大学生?ひょっとしたら社会人かもしれない。

そんなあなたに尋ねてみよう。

 

 

一番あなたが過ごした中で、苦しく、だが意味のあった時期っていつだろうか。

 

 

その女の子は、多くの人が答えるであろう時期の一番初めに立っている。

目の前に真っ直ぐ、ただひたすらにまっすぐ伸びている道・・・。

果てしなく続くその道の先には何も見えない。両側には野原が広がっていて、白く舗装された道がどこまでも続いている。

 

 

その先に、誰かいる。ぼんやりしていて、小さくて、誰かはわからない。でも、誰かいる。

 

 

「・・・。」

 

 

 

女の子は、ゆっくりと目を開けた。

見慣れた自分の部屋。夜11時を指し示す時計の針。並ぶ参考書や教科書の本棚が、机の上の棚に並んでいる。

 

 

少しウトウトしてしまっていたようだ。気を取り直して、目の前の紙に向かう。

 

 

「志望調査書」

 

 

そう書いてある。女の子の手にはボールペン。そうして、私は踏み出した。

 

 

 

 

『東京大学 文科一類』

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

この紙に、自分が「書いていい」名前がいくつあるのだろう。目の前の志望調査票は今の俺にとっては最大の試験だ。

 

 

もし、もしも、これを書くことだけでも許されるのなら?

 

 

「・・・。」

 

 

目を閉じると、なぜか真っ直ぐな道が見える。それは、真っ白な道だ。両側には野原が一面に広がっていて、あとはずーっと道が続いている。

 

 

そして、その先に誰かいる。

 

 

誰だ?わからない。

 

 

その男の子は目を開けた。手元のボールペンを手に取る。父がアメリカ土産で買ってきた、スペシャルなやつ。

大事な時、大事な紙には、これで書くのが習慣になっていた。

 

 

 

 

『東京大学 文科一類』

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

その日、俺たち、私たちの歩みは、始まったのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「はっ、はっ、はっ…。」

 

 

 

4月23日、朝。

日本本土を覆う低気圧の影響で、一日中雨が降るという、全国の進級、進学した学生に優しくない予報が朝一から流れたこの日。

そんな中でも、その女の子は自転車で通学していた。

 

 

その頭上に広がるのは光る太陽。

照っている光が女の子の若々しい黒髪から照り返されて、キラキラ光る。

 

 

 

この街には雨が降っていない。

 

 

 

自転車のペダルを思い切り踏み込む。「円田商店」と書かれた店のある角を曲がると、ひときわ高い土地にある佐渡ヶ谷高校へと続く、通称『地獄坂』を登らねばならないからだ。

 

 

 

(3、2、1、ゴー!)

 

 

 

ペダルをもっと思い切り踏み込む。

ここ2年間、謎のプライドを発揮した彼女は、ギアを変えることを良しとしていない。一番重いギアのまま、思い切り漕ぐ。

 

 

まず、男子が正面や後ろにいないことを確認。スカートの下を見られないようにするためだ。

 

 

よし、大丈夫そう。

 

 

4月。少しずつ暖かくなっている空気が、朝の柔らかい光とともに、私の体を包む。一気に汗が吹き出る。

でも、額に滲む汗は、風に流れていく。落ちそうになるメガネに落ちるなと念じながら、重いペダルを体重をかけて押し、体を自転車に引きつける。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ…。」

 

 

と、その時。

 

下を向いたまま漕いだ自転車が、ふわっと軽くなった。

顔を上げると、見慣れた校門に、何人かの生徒の後ろ姿が見える。

今日もいつも通り、坂を登りきった。

 

 

「ふう…着いた。」

 

 

ここがこの女の子の通う、佐渡ヶ谷高校である。

 

 

佐渡ヶ谷島。

 

 

この島は、翔那諸島と呼ばれる島群の、一番大きな島だ。

本土から100キロほど離れたこの島たちは、本土と天気が一致しないこともしばしば。よって、全国雨だという予報なのにも関わらず今日は晴れ。普段通りの登校だった。

そして、この高校が群島の唯一の高校。周囲の島からは、船で通学している子もいる。

 

 

そんな高校に通うこの女の子の名前は、立花海帆(みほ)だ。

 

 

「おはよー。」

 

 

ガラリと戸を開けて教室に入ると、何人かの顔がこっちを向いた。

 

 

「あ、海帆!おはよう!」

 

「おう、海帆。おはよう。」

 

 

その中でも、扉の脇にいた二人が真っ先に声をかけてくる。

 

 

「おはよう、はるっち、じゅん。」

 

 

一人はあまり長くない茶色がかかった髪の毛をツインテールでまとめた女の子。もう一人は、少し天然パーマのかかった髪の毛に、ガタイのいい体から、いかにも男子高校生、といった男の子。はるっちとじゅん。海帆の親友たちだった。

 

 

 

二人の前の私の席に腰を下ろすと、はるっちが目を輝かせて私に話しかけてきた。

 

 

「なあなあ、海帆!昨日のテレビみた!?」

 

「ああ、東京の美味しいお店を紹介するぶらり旅のこと?」

 

「ああ、ええよなぁ。行ってみたいわぁ。」

 

「そんなこと言わなくてもまた連れてってあげるよ、二人とも。」

 

「え?俺はええてべつに。」

 

「じゅん!強がらんでもええんやで、羨ましいんやろ?」

 

「何いうてんのや!それに、この前東京行った時もやれアレを食べるコレを食べる言うてたやんか!まだ行き足りんの?」

 

「美味しいもんをお腹一杯食べることの何があかんの?」

 

「うるっさいなぁ、二人とも。痴話喧嘩ならよそでやってよ。」

 

「「誰が痴話喧嘩や!」」

 

「…ハモってるやない。」

 

 

 

 

はぁ、とため息をつきながらもにっこりとする。こんな言い合いをしながら過ごす朝。いつもと変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうやって、海帆たちは駄弁りながら、この小さな島の中で生活してきた。この小さな島には、何もない。

コンビニも島に一つしかないし、あとは全部こじんまりした商店だけ。

 

部活帰りによるところもないし、休日に遊べるところもない。だから、私たちはこんな風に毎日席について喋りながらも、「都会」に強い憧れを持っている。

 

 

「それより、うちらは目の前のことやらなあかんやん。ささ、勉強しよ。」

 

「海帆、英語の宿題見せてくれ。」

 

「じゅん、あんたまたやってへんの?」

 

「しゃあないやんけ。昨日、親と進路話し合っとったもん。…そういや、今日やら、海帆?」

 

「でも、海帆なら問題ないやろ?ええなあ、三者面談が苦やないなんて。」

 

「そんなことあらへんて。ささ、今日も勉強、勉強。もう私ら、受験生なんやから。」

 

 

そう言って、世界史の教科書を開く。スピードを上げなければならない。

残り、10カ月。時間はあるようでないんだと言われているし、多分そうなんだろう。

 

 

無駄にできないな、と少し気合を入れて、海帆は字面に集中した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「また明日ー!」

 

「うん、また明日ね。」

 

 

女生徒たちが遠くの廊下の端で、すれ違いながらさよならを言っているのが聞こえた。海帆も顔を上げると、ふとその子と目が合う。

手を振ると、その子も振り返してくれた。そこそこ仲のいい女の子だ。

 

この学校ではクラスも何も関係ない。一学年が2クラスしかないし、小中高と通っていれば知らない子なんていない。

 

それを遠目に見送りながら、海帆は廊下に置かれた椅子に座っていた。

後ろの窓から光が差し込むのを感じる。朝と同じ、柔らかな光だ。

 

 

ふと、外に目をやる。その先には、東京のおじいちゃんの家の窓から見える高層ビルも、大きな駅も、何もない。

あるのは茂る木々だけだった。

 

 

 

東京の23区の外にありながら、そこそこ大きい海帆の父方のおじいちゃんの家の近くには、コンビニもスーパーも映画館も、カラオケもボーリングも、なんなら怪しいバーもある。

 

 

 

それと比べて不公平だ、この街は。あ、でも母方のじいちゃんの家もこんな感じか。全く、なぜお父さんはお母さんに合わせてるんだろう。きっと、お父さんも都会に住みたいに決まってるのに。

 

 

そんなことを考えていると、廊下の向こうから人が歩いてくるのに気がついた。

 

 

「海帆。」

 

「・・・あ、お母さん、お疲れ様。」

 

「うん、時間間に合った?」

 

 

うん、と答えながらその女性に目を向ける。海帆の母親だった。

意外と高い背に、大きな目。サラサラした黒髪のロングを、いつもの特殊な結び方で後ろにまとめている。

お母さん曰く私にしかできないと言っていた。海帆としても今の自分の髪型が気に入っているし、やってほしいなんて言わないけど。

 

 

…ちなみにうちの母親は、すごく美人だし、スタイルもいいと思う。

それこそ世の男性がほっておかんくらいには、間違いなく。

 

 

「海帆、またせちゃった?」

 

「ううん、全然。」

 

「そっか。」

 

「こんにちは…。っと、お母さんも。

今日はよろしくお願いします。」

 

 

 

その時タイミングよくドアが開く。そこには、担任の海原先生が立っている。歳をとった、国語の先生だが、教え方がうまいので、評判もいい先生だ。ちなみに、私の担任になって三年目。

 

 

「立花さん、どうぞ。」

 

「失礼します。」

 

 

誰もいない教室に入る。毎年毎年面談のたびに思うけれど、いつも賑やかな教室は面談のとき、とても広く感じる。気のせいだとわかっていても、教室のこういう雰囲気にはまるで慣れなかった。

その真ん中ほどに、4つの席が動かされて、対面して座れるようになっている。海帆とお母さん。そして海原先生も、そこに腰を下ろした。

そのまま先生は、早速切り出す。

 

 

「では、三者面談ということで、始めさせて頂きます。立花さん、お母さん。今年もよろしくお願いします。

よろしくお願いします。」

 

「よろしくお願い申し上げます。」

 

「立花さん、学校はどうですか…」

 

 

そのあとはとりとめもない話が続く。そんなこと、先生にはどうでもいいはずなんだけどなぁ、と思う。

適当に答えながらも、海帆はシミュレートしていた。この後に続くはずの質問の答えだけが、昨日から海帆の頭を占めていたからだ。

 

 

「では、本題に。立花さん、前々からいうように、志望校は…」

 

 

そんなことを思っていたら、来た。

 

 

これが今回の三者面談の一番のテーマのはず。

 

 

 

志望校。高校3年生の自分にとって、大学受験は一つの大きな人生の節目になる。正直、それをどうするか海帆はまだ迷っていた。

 

ここで言ったら、引き返せないかもしれない。

確かにダメかもしれない。でも、譲りたくもない。

 

 

「はい、東大文一にします。」

 

 

だから、海帆はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その、少し後のこと。

海帆は、海沿いを自転車で走っていた。ちなみにお母さんは車で帰った。でも、家までそう遠いわけでもないし自転車を置いていくわけにもいかない。それにこの時間の海沿いの道の帰宅が、海帆は何よりも好きだった。

 

 

カモメが真っ赤に染まった空を飛びながら鳴いている。遠くに見える漁船が島に向かってやってくる。それも含めて夕日を浴び、真っ赤に染まった世界。海から吹き付ける涼しい風。いつもと変わらないけれど、今の私には全然違う景色に見える。

 

 

さっきの宣言を思い出す。

 

 

海帆は頭が良かった。学年で一番を取り続けて、一回も譲ったことはない。勉強も嫌いじゃなかった。

 

 

だから、今年志望校として、海帆は東大を志望した。

 

 

もちろんいくら学年一位の海帆だって、無謀なのはよくわかってる。

こんな絶海の孤島から、東大に行く人なんてほぼゼロだ。そんなチャレンジに意味はないかもしれない。

打ち砕かれる可能性の方が高い。

 

 

ふと、漁船に混じってよく見る、走る船が見えて自転車を止めた。

周囲の島と佐渡ヶ谷島を結ぶ連絡船。いつもは近くの島に住むはるっちを船着場まで送って帰っている。あの船に乗ってるかな、と思ってぼうっと見ていた。

はるっちに言われたことを思い出す。

 

 

「こんなとこから東大なんて、すごいけどなんでなん?たしかに、うちらも東京に出たい。でも、大学なんて、東京にはいっぱいあるよ?なんか理由あるん?幸せになりたーい、とか、そんな感じなん?」

 

 

幸せ、か…

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

駅のホームから降りて、スタスタと歩く。この駅は各駅停車しか止まらない駅だが、この時間帯だけはうちの高校の生徒で駅は混み合う。だから、どうせ止まるくらいならと少しでも早足で歩いて距離を稼ぐ。

 

 

学ランを着込んだその男の子、針宮翔太は、傘を準備しながら前を歩く人に着いていっていた。

 

 

 

4月23日。日本を覆う低気圧の影響で、一日中雨の予報。ピタリと当たった空が当たり前のように雨を降らせていた。天気と同様、その男の子の心もかなり憂鬱である。

傘をさし、駅の改札を出て、学校に向かって歩く。徒歩五分。学校はすぐそこだが、いやに遠く感じる。

学校に行きたくない。

ため息をつきながら歩いていると、後ろから突然肩を組まれた。

 

 

「おっすー、ハリ!なんか元気ないけど、大丈夫?」

 

「…おう、ちょっとな。」

 

 

振り向くと、自分の親友がいた。

少しだけ微笑んでおく。

それにしてもこいつは、と思う。髪の毛は寝癖がついたまま。制服もシワシワのままだ。ガサツな性格は昔から変わっていない。

 

 

原口尚人。翔太の唯一無二の友人だが、その実態は超天才高校生。

 

 

成績でいえば、全国模試を受ければ常に全国トップ5に入り、苦手科目といった苦手も存在しない。

 

それでいて性格は軽い。とにかく軽い。まるで勉強できそうな雰囲気を、この友人は出さない。でもテストになれば、ペンが止まるのを少なくとも翔太は見たことがなかった。

 

 

「どうした、ナオ。」

 

「お前こそ!元気なさすぎるって。」

 

「朝だしな。それに、今日は三者面談だろ?それでな。」

 

「そんなに嫌?」

 

「お前とは違うっての。」

 

「それは関係ないと思うけど…

ま、いいや。楽しくやんなきゃだめだぞ!」

 

 

そんな感じで、軽く尚人と喋っていると、翔太たちの高校が見えてくる。

 

 

(…相変わらずでけえ高校だこと。)

 

 

異様に大きな校舎を見て、翔太は改めて感服した。

 

 

 

 

 

 

私立味沢高校。

翔太の通うその高校は、東京でも指折りの名門私立だ。

毎年難関大の合格者では他の追随を許さず、当然東大で言えば合格者は全国一位。まさに日本一の高校といってもあまり差し支えないだろう。

 

例年、生徒の半分ほどは東大を受験する。残りも大概は難関大だ。

 

 

 

 

 

 

だが…翔太は、そこに通っているだけの、普通の学生だった。

 

 

入学の時は、胸に期待をこめ、それまでの苦しかった高校受験生活を振り返りながら、門をくぐった。だが、この環境は選ばれたものだけの環境だった。

 

 

 

点が、取れない。

成績が、上がらない。

 

 

 

周りの圧倒的な才能に、翔太は太刀打ちできなかった。

 

 

 

 

そして、2年間が過ぎ、俺は3年、受験生になった。相変わらず、ドベに近い成績は変わらない。

 

 

それでもーーー。

 

 

今日は三者面談。それも志望校の共有という内容である。今から怖い。自分は先生に何を言われるだろうか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

いつも通りの難解な授業も終わり、放課後に突入した時間。

翔太の三者面談は今日の最初だった。よって、俺は教室に一人で残っている。他の奴らは大体塾か図書館で勉強しているのだろう。ここでは勉強だけが、自分を高め、保証してくれる分野なのだ。しかし…

 

 

 

(…全くわからん。)

 

 

 

親を待っている間解き始めた古典のプリント。それを見ながら、翔太はうんうんと一人で唸っていた。

 

なぜこの光源氏とやらは山に行った?考えるほど頭がこんがらがる。目の前の意味不明な文章を見ながら、翔太は頭を抱えていた。

 

 

 

「…はぁ。」

 

 

 

考えてもダメだ。思わず、ため息をついて天井を見上げた。

ああ、全く。俺はほんと、何してんだろう。

楽な道なんて、いっぱいあるはずなのに。

 

 

ガラリ。

 

 

「…あ。」

 

 

その時、ドアが開いた。見ると自分の母親だった。肩ほどの髪の毛に、軽いパーマをかけたその姿は、ナオから魔女と評されたこともある。

でも、とても優しい母だ。

 

 

ただ、少し病気を患っていて、身体もあまり強くない。俺が家のことをやるのも、しょっちゅうだった。

 

 

「おっす。」

 

 

とりあえず手を軽く上げて挨拶する。

母さんも翔太に手を上げて挨拶をした。

 

 

「母さん、ここ座って。」

 

「ん、ありがと。」

 

 

そう言いながら座る母。

 

 

「針宮…って、来ていたか。」

 

 

と、戸が開いて先生も入ってきた。

 

 

「こんにちは。」

 

「こんにちは。」

 

 

にこりともせず、ぶっきらぼうに言い放ったのは担任の西口先生。世界史の専門で、それに関する知識は日本でも指折りらしい。

ひたすらに受験のこととなると厳しい。その有無を言わさない物言いで、数々の生徒を泣かせたとかいないとかで大変に有名な先生だった。

 

 

「こんにちは、針宮さん。今日はありがとうございます。」

 

「いえいえ、今日はよろしくお願いします。」

 

 

親と先生が互いに礼をする。

翔太もそれに倣った。

 

 

「では、始めますかね。」

 

 

そう言って、翔太の三者面談は始まる。

そこから先は、当たり障りのない話が続く。あまり笑顔を見せない西口先生だが、親が目の前にいるとこんな顔もするのだな、と翔太は少し驚いていた。愛想だろうとなんだろうと、人前で笑顔を見せるこの人を想像できなかったが、自分の母親に少し笑みを浮かべながら話を聞いているのを見て、この人も大人なんだな、と実感する。

と、ぼうっと話を聞いたり、答えたりしていて、

 

 

 

「ずばり、針山くん。志望はどうしたい?」

 

 

 

そして突然に、その質問がやってきた。思わずビクッとしてしまう。

 

 

それでも、すぐに頭を切り替える。

翔太はすっと息を吸った。西口め、と思う。志望調査書は出してるのに、何て意地悪なことを聞くのだろう。でも、ここで言わなきゃ、それは本物の覚悟じゃない。

 

 

多分この担任も、それをわかって聞いてるんだろう。

 

 

「東大の、文一にします。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の空気もすっかり途切れ、春が訪れようとしている。だが、翔太はポケットに手を突っ込んだまま。

中学時代からこの癖は治らない。

この癖がある人はストレスを溜めがちな人、なんてくだらない診断を受けたのをふと思い出す。でもまあ、たしかに、とすぐに納得した。

 

思えば、この味沢に入って6年間、悩んでばかりだ。

 

 

線路を横断する、高架の階段を上っていた。息が上がる。部活を勉強がきつくてやめてから、すっかり体力は落ちた。ハアハア、と言いながら上に登りきる。下を見ると、ちょうど電車が走っていた。

 

 

「…。」

 

 

その光景を見て、ワクワクしていたのは何才までだっただろう。

頭の良かった小さい頃の自分は、もっと色んなことに自信を持てていたはずなのに。

でも今の翔太には、なにも感じなかった。ただ、決められたルートを辿る電車を羨ましく思うばかり。

 

 

受験もやる前から受ける場所を決めていれば、どんなにラクだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきの先生の言葉をふと思い出した。

 

 

「まあ、止めはしない。ただ、苦しい戦いになるぞ。それに耐えられるか。まあ、お前のやる気次第だな。なぜお前は東大に行きたいんだ?たしかに、入れれば将来は確かかもしれない。だが、目的もないのに頑張れるほど、東大は甘くないぞ。」

 

 

 

確かな将来、か…。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ーーー別に、幸せになりたいわけじゃないし

 

ーーー確かな約束が欲しいわけでも、ない。

 

それよりも、もっと。

遠くにあるはずの、どこか。

 

 

私は。

俺は。

 

ーーそこに、行きたいんだーー

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