魔法少女リリカルなのは Order   作:やみなべ

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前回投稿した「EX02 闇の書事件」に一部加筆を加えました。リインフォースとはやてのやり取りの少し前あたりですね。気が向いたら見てみてください。

それはそうと、バルバトス君が美味しい(モグモグ)。リンゴを付け合わせになんとか100本くらいもぎましたが、皆さんは如何でしょう。採集戦はサイコーですね! 素材は落ちるし、QPは稼げるし……殺したいほど愛おしい、まさに殺し愛。しかし、殺したいけど死んでほしいわけじゃないんだよなぁ。


フローリアン姉妹の場合

懐かしいですねぇ、もうあれから10年以上経ちましたか。

あの小さかったなのはさんにもこんな大きなお子さんがいて、時間の流れを感じますねぇ……。

 

―――いや、お姉ちゃん? ちょっとそれ、おばさんっぽくない?

 

失礼な!? そんなことありませんっ……ありませんよね?

 

―――(まぁ、子どもたちの友達からすれば、十分おばさんなんでしょうけど…女として、素直に認められないのも事実なのよねぇ~)

 

ぁ、まだまだ全然若い? 20歳どころか十代でも通る?

いやですねぇ~、そんなお世辞ばっかり~(テレテレ)。……大変良い子なヴィヴィオさんには、フローリアン農場自慢のお野菜を山盛り・特盛・てんこ盛りのYTTで差し上げましょう!

 

―――うわぁ、うちのお姉ちゃん…チョロ過ぎ。

 

だ、誰がチョロいですか!? そういうキリエこそクロノ執務官…あ、もう提督でしたね。事件後、提督に優しくされてコロッといきそうになっていたでしょう!

 

―――はぁっ!? そんなことあ~り~ま~せ~ん~!

 

あ~り~ま~す~! 生まれた時からキリエを見てきたこのアミタが言うのだから間違いありません。アレは絶対にコロッといってました。

だって、義弟(おとうと)くんとお付き合いを始める直前のキリエがあんな感じでしたから!

 

――ちょっ!? ……ふふん。ままままったく、アアミタもとんだ節穴ね。ま、まぁ、それはそれとしてその話、口外禁止だから。変な誤解されても困るし。そう、誤解はいけないわ!

 

(私だけ口止めしても意味がないでしょうに。レヴィあたりから漏れそうな気はしますが……妹の家庭崩壊を黙って見過ごすわけにもいきません。ここは、お姉ちゃんがちゃんと根回ししておかないと。

お父さんの墓前に、妹の離婚報告とか絶対したくありませんしね)

 

―――ほら、ヴィヴィオちゃんがアワアワしてるじゃないの。はいは~い、大丈夫よ~。別に喧嘩してるわけじゃないから。というか、それを言ったらお姉ちゃんはどうなのよ?

 

どうとは?

 

―――立香さんのこと。ちょ~っと熱っぽい目で見てた気がするんだけどぉ?

 

完全無欠にキリエの勘違いですね。

 

―――…………言い切るじゃないの。

 

後ろめたいことなんて何もありませんから。

そりゃまぁ、キリエのことを「昨今珍しい孝行娘」と言ってくださいましたし、色々と相談には乗っていただきましたが……主にキリエ関連で。そのことには感謝していますけど……好意とかはありませんでしたよ。あくまでも、お友達としてです。

 

―――ふ~ん……というか、基本“猪突猛進”「壁は乗り越えるものじゃなくて砕くもの」な突撃思考のお姉ちゃんが、やけに大人な対応をしてきてたから不思議だったけど…あの人の入れ知恵だったのね。私が言うのもなんだけど、あれだけ迷惑かけておいて普通に相談に乗るとか、どういう懐の深さしているのかしらん?

 

あまり行為の善し悪しには突っ込まない人ですからね。目の前で起こったことなら別かもしれませんが、過ぎたことは引きずらないというか、その奥の“想い”を重視する方ですから。

 

―――……そんな顔しながら“好意はない”っていわれても、説得力ないわよ? あ~あ、お義兄ちゃんってばかわいそ~。

 

失礼な。好感はありますが、好意がないのは本当ですよ。……ただまぁ、今思い返すと若干の違和感はあるわけですが。

 

―――違和感?

 

ええ、なんというかこう……変な言い方ですが、“調整”されたような……。

 

―――はい? って、ヴィヴィオちゃんもなんで思案顔? え? ティアナちゃん…確かなのはちゃんの教え子よね。その子も似たようなことを? ほうほう「昔、馬鹿なことをしでかす前に止めてもらった」「ちょっといいかも……と思ったことは否定しないけど、そこまでチョロいつもりはない」「ただ、振り返ると他にも細々と色々あったし、好きになっててもおかしくない気はする」「なのに、不思議と好意は湧いてこない」と。どういうこと?

 

まさかとは思いますが、“好感”が“好意”に発展しないように動いたということでしょうか?

 

―――そんなことしてたの?

 

……正直、当時は全く違和感はなかったですし、特に距離を取られたということもなかったはずです。ですが、どうにも拭い難い違和感が付きまといまして……当たるはずの弾丸が微妙に逸れて行ったような。

 

―――それって、自分の撃った弾? それとも相手?

 

……強いて言うなら相手の、でしょうか。こう、胸に弾が当たると覚悟していたら外れていって肩透かしを食ったような感じです。

 

―――そういえばあの人、フェイトちゃんの好意を何とか有耶無耶にしようとしてたのよね。もしかして、他の人にもそういうことにならないよう立ち回ってたの? 狙いはわからなくはないけど、器用なことするわねぇ。

 

……こういうのも弄ばれたというのでしょうか? いえでも、別に何をされたわけでもありませんし……。

 

―――恋心に発展する前に芽を摘む、ある意味優しさかもしれないわねぇ。本人、応える気がなかったわけだし。

 

そう、ですね。過去から現在のどの関係性にも特に不満はありませんし、今私は「幸せです」と断言できますから、これで良かったのでしょう。

 

―――下手したら、今頃三人かそれ以上で襲ってたかもしれないわけだし、良かったんじゃない? というか、立香さんの英断というべきかしら。人間関係が泥沼になる前に処理してたんだから。

 

そ、それはそれでゾッとしませんね。

 

―――(お義兄ちゃんに悪いから言わないけど、その場合パパも応援してくれてた気はするけどね。ハーレムとかどうかと思うけど、立香さんだったらそれでも上手くやれそうだし……)

 

って、はい? 「襲うってどういうこと?」あ~え~、その~……キリエパス!

 

―――ちょっ、そんな無茶ぶりされても困るんですけどぉ!? え~っと、なんというか…一度に何人も女の子とお付き合いするとか不誠実なことしてると、怒られるわよっていうお話。

 

(それだと、マシュさんとフェイトさんのお二人と結婚している立香さんの現状は十分“黒”なのですが……そのあたりが落としどころでしょう。さすがに、十歳の子どもにする話ではありません……って、そういえばフェイトさんも「二股されてるんですか」と保護している子どもたちに心配されたことがあると言ってましたね。

あの時は笑い話のつもりでいましたが、まさか私が似たような思いをする羽目になろうとは……当然、立香さんの男性機能回復に使える薬や技術がないか相談されたのも言えません。断固黙秘ですよ、キリエ)

 

―――ま、まぁ人間関係っていろいろ大変なのよ。ヴィヴィオちゃんはいろいろ目立つし、気を付けた方が良いわよ。もちろん、それはそれとして自分磨きを怠っちゃダ・メ♪ しなくてもキレイ~なズッコい人もいるけど、お姉ちゃんとかなのはちゃんとかね。

 

なのはさんはともかく…わ、私もですか? え、あとユーノ司書長? あ~、それは~……。

 

―――あの人はあの人ですごいわよね。中性的というか、衣装次第じゃお化粧抜きで美女になれるもの。まぁ、それはそれで大変なんでしょうけど。

 

(そういえば、異性どころか同性からも狙われているというお話を聞いた覚えが……「ユーノ君となら性別の壁を越えられる!」「彼は男性ではない。ユーノ・スクライアという性別なのだ!」「抱かせてくれ…何なら抱いてくれてもいい!」とかいう人が多くて、言い寄る女性への牽制よりそっちの駆除が大変だとなのはさんが愚痴ってましたっけ)

 

―――ゴホン。とにかく、ズルい人は世の中にはいるし、“例の人”と大人モードっていうのを見るにヴィヴィオちゃんもそっち側だと思うけど……それでも、いざって時にモノを言うのは日々の努力、その積み重ね。実際、私の方がお姉ちゃんより結婚も子どもができるのも早かったしね。

 

くっ、それを引き合いに出されると分が悪いですね。私の場合、むしろキリエに後押ししてもらったわけですから……。

 

―――(でも、うちの旦那様も最初はアミタに見惚れてたのよね。熱血ノリのせいですぐに“男友達”な付き合いになってたけど…………ぁ、思い出したら何だか腹立ってきた。今日はちょっと“いぢめ”てやろう、そうしよう)

 

 

どうしました、キリエ? 何やらこちらをジッと見て……。

 

―――べ~つに~。っと、話が横道に逸れちゃったわね。お姉ちゃんとしては、あの頃の思い出って何かある?

 

思い出というわけではありませんが、ある意味一番インパクトがあったのは美遊さんの世界や剪定事象の話でしょうか。正直、聞いた時は肝が冷えるどころか身が凍るような思いでしたよ。

 

―――あ~、それね~。アレ聞くと、エルトリアはまだだいぶマシって思えるわよ。星が“命を育む船”として終わっているんじゃなくて、星が“今生きる生命を見限った”世界とか……土台から全否定ですものね。

 

そちらも恐ろしいですが、私は剪定事象という概念に戦慄しましたよ。

あの当時のエルトリアの状況は、それこそ『先の展望が見えた』と言われてもやむを得ないものでした。条件に当てはめて考えるなら、十分剪定される可能性がありましたからね。

 

―――でも、結果的にエルトリアの惑星再生は進んでる。だから剪定されなかったのか、それともそもそもこの宇宙にそのシステムがないのか……ダ・ヴィンチちゃんは後者を支持してたっけ。

 

ええ。魔術論的に見るのなら、この宇宙は並行世界とも異なる別世界。立香さんの世界とは枝葉末節の差異によって生じる並行世界ではなく、そもそもの幹から異なるということでした。地球に関して言えば、たまたま同じような流れを進んできたのだろう、と。

だからこそ、世界のシステムも違っているそうで……こちらには基本、抑止力などは存在しないんだとか。ただ、“あの人”のこともあるので、立香さんたちの存在を通してあちらの世界のシステムを取り入れている可能性は否定できないそうですが。

 

―――ま、世界のシステム自体をどうこうすることは私たちにはできないし、どういうシステムで世界が運営されているのか、しっかり見定めてやっていくしかないんでしょうけど。

 

あ、“あの人”で思い出しましたが、あと立香さんの人材運用術、あれは圧巻ですね。なんというかこう……。

 

 

―――仲の悪い人たちを仲が悪いまま回すとか……普通出来ないわよ。精々、お互いに関わらないようにしっかり分けるくらいしか思いつかないもの。

 

そうも言っていられないほどギリギリの状態だったというのもあるのでしょう。破綻した場合のリスクは計り知れませんが、かといって仲良くさせようと思ってできるかと言えば……。

 

―――いや、無理でしょ。酒呑ちゃんと頼光さんとか、スパルタクスさんと皇帝さんたちとか。

 

ですねぇ……ああ、思い出しました。これはイシュタルさんとエルキドゥさんなんですが、召喚されるなり殺意極高の嫌味の応酬が始まり、立香さんがとりなして渋々戦闘に向かったのですけど、お互いに隙あらば殺してやろうと虎視眈々なんですよ。イシュタルさんはエルキドゥさんを敵陣深くに置き去りにして巻き込む気満々ですし、エルキドゥさんも戦いながらどさくさに紛れて不意打ちできないか狙ってたそうで……アレでどうして上手く回るんでしょうね。

 

―――うわぁ、やりそう……。

 

立香さんが言うには、どちらも能力的には超一流なのが肝なんだとか。一応優先順位の一位は間違えませんし、お互いを殺そうとするのはいくつか下なんだそうで……そして、そんな片手間で殺そうと思って殺せる相手ではないからこその超一流、巻き込まれたり不意打ちを赦したりするような不手際は侵さないらしいですよ。

連携するわけではなく、協力するわけでもなく、信頼も信用も全くしないまま、周りの能力とスタイルから行動を予測、併せて自分がやりやすいように立ち回る。要は、お互いに相手のことを利用して好き勝手にやっているわけですね。ああいう人たちの場合、その方が上手く回るんだそうです。

 

―――チームワーク、カルデアでは虚しい言葉よね。

 

別にそういう人ばかりなわけではないでしょうが、一部はその方が効率的なのでしょう。まぁ、サーヴァントは各々がその道の超一流揃い、そんなカルデアだからこそ成立するやり方でしょうが。

他だと絶対破綻しますし、カルデアでも立香さんがマスターでなければ不可能なのではないでしょうか。

 

―――実際、「あの人(マスター)の道を開く」って点で方針が一致しているからこそでしょうね。横の信頼はなくても、縦の信頼がある。あの個性の塊たち相手に、それだけの信頼関係を結べているってのがすごい話だけど。

 

あの人たちに自由にやらせる肝の太さ、いがみ合う人たちの間に入る緩衝材としての忍耐力、適材適所に配置するだけでなく今いる人材でやりくりする調整力……どれも感服します。

 

―――案外、他の職場だとパッとしなかったりしてね。手に負えない問題児専門に特化してたりとか……。

 

上司の方に怒られていたり、職場の片隅で肩身が狭そうにしてたりする立香さんですか……違和感が凄いですが、イメージできるものですね。

もしかしたら…………そういう可能性もあったのでしょうか。

 

―――ある意味、究極の昼行燈なのかもね。平時では特に必要とされないし、カルデアみたいな特殊な環境下でのみ光る、的な。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「レヴィ…って言ったっけ。その子には“ダメ”とかよりも、“こうした方が良いよ”って教えた方が良い。ほら、そこって照明が水や魚、ガラスに反射して綺麗でしょ、だから“綺麗だよ”“壊したらつまらないよ”ってね。そうそう、それでそのあとは……」

 

リンディから要請されたのは「機動外殻」への対処。そこには当然犯人一党への対応は含まれていない。なので対人戦には直接関与できないが、口を挟むことはできる。

今まさにオールストン・シー内の水族館エリアで自分と瓜二つの「レヴィ」を名乗る水色の少女と大立ち回りを演じているフェイト。だが、管理局員として公共施設などの破壊は論外。自分で壊すのもそうだが、犯人が壊すのを可能な限り防ぐのも職務の内。そのため戦い方が極的になり、代わりに説得を試みているがまるで聞く耳を持ってくれない。管理局がばらまいたサーチャーなどから送られてくる映像を見るに、人の話を聞かないやんちゃ娘……といった様子のレヴィにほとほと手を焼いているフェイトを見かねてアドバイスする立香。

 

頭の痛い問題児連中の誘導術において、立香の右に出る者はいない。レヴィなど、要点さえとらえれば素直な分やりやすいくらいだ。

あの手のタイプは、“気持ちのいいこと”“楽しいこと”が鍵になる。やめさせたいことがあるのなら“面白くない”と思わせ、より“楽しそう”なことを提示するのが一番。早速立香のアドバイスを実践してみれば、それまでフェイトがいくら「物を壊さない」「遊んじゃいけない場所です」と言っても聞かなかったのがウソのようにあっさり屋外へと飛び立っていく。

呆気にとられながらも慌てて追いかけるフェイト。向かう先は水上ステージ。開けたあの場所なら、フェイトもあまり周りを気にせず戦うことができるだろう。

 

「どうですか、先輩?」

「フォウフォウ」

「うん、フェイトの方はうまくいった。手が出せないのは歯がゆいけどね……」

「こればかりは、仕方がありません。他のお二人の方はいいんですか?」

「やり取りを聞く限り、どっちも意志が固そうだ。少なくとも“戦わない”っていう選択肢はなさそうだからね」

 

あるいは、相手の目的がもっとはっきりわかれば何らかの取引を持ち掛けることもできるだろうが……不明点が多すぎる。立香は感情の機微に聡いのであって、心を読むかのような洞察力があるわけではない。現状からでは、相手の狙いも目的も判然としない。目当ては夜天の書だけではない、ということくらいだろう。

こういう時頼りになる探偵もまだ確信を得ていないらしく、いつもの調子で思わせぶりなことしか口にしない。

 

「フェイトさんですが、今リンディ次長がデバイスを届けに向かったそうです。これで少しは状況が良い方向に向かうとよいのですが……(コソコソ)」

「ん?」

(それと、どうやらアリシア……プレシアさんがこちらに来ているそうで)

(そうなの?)

(はい)

 

あちらはあちらでフェイトが心配でいてもたってもいられず、会わないと言い張りながらも来てしまったらしい。今はリンディの進路を妨害する瓦礫や戦闘の余波にこっそり対処しているようだ。裏方に徹してないで、さっさと会いに行ってやればいいのにと常々思う。

だがまさか、プレシアの匂いに気付いたアルフに追われる羽目になるとは……。

 

「他の様子は?」

「上空の個体名称“アメティスタ”はリップさんに圧縮され沈黙、レヴィさんとともに現れた“トゥルケーゼ”は藤乃さんが各部を捩じ切ったものの復元を繰り返しています」

「再生…あるいは再構築能力か」

「はい。おそらく核になる部分があるということで、シャマルさんが探査を……あ」

「どうしたの?」

「たったいま部分ではなく全体、核も武装もまとめて雑巾絞りにしたと。どうやら、無事機能を停止したようです」

 

“夜の遊園地”というシチュエーションに加え、相手は巨大ロボット。基本的に清楚かつ慎み深く落ち着いた物腰の大和撫子な藤乃だが、結構そういうのは好きだ。とりわけ、怪獣大決戦的な感じとか。

おそらく、それではっちゃけ過ぎてしまったのだろう。二人の戦いを見た局員の皆さんは、さぞかし驚いているだろうが。

 

「俺近くにいないんだけど、魔力大丈夫?」

「実はかなり消耗しているらしく、今はシャマルさんが介抱してくださっています。“湖の騎士”として、あの穀潰しにぜひ見習ってほしいです」

「フォッフォ~……」

(召喚早々リンディさんに粉かけたの、まだ怒ってるんだ……)

 

曰く「あまりに美女だったのでつい」「未亡人に目がくらんだ」と頭の沸いたことを宣う円卓の恥さらし(ランスロット)。そりゃマシュも怒るというものだ。

TPOを弁えて……いや、そもそもナンパをするなと言いたい。

 

「で、そのランスロットの方は……」

「管理局の皆さんの支援を受け、個体名称“グラナート”への騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)の発動に成功。現在は待機しているようです……シグナムさんをはじめ、女性局員の皆さんには即刻離れていただきましたので、円卓の品位は保たれたと思います」

「マシュ……GJ!」

「はい、危うくアルトリアさんに顔向けできなくなるところでした」

「フォウ!」

 

やたらと派手に遠距離攻撃をまき散らしていた“トゥルケーゼ”ではなく、重装甲な分動きの遅い“グラナート”の方を担当させたのでそちらの心配はしていなかったが、別の不安もマシュの気配りで杞憂に終わったらしい。

 

とはいえ、まだまだ状況は流動的だ。

サーヴァントたちが機動外殻を抑えた分、管理局は空いた人手を犯人確保に向かわせているものの、いまだキリエの確保には至っていない。とはいえ、おおよその位置も移動経路も把握できていることから時間の問題だ。

また、なのはとフェイトは多少危うい場面もありつつ、それぞれのそっくりさんを撃破。はやての方はまだ戦闘が続いているが、守護騎士たちが向かっているのでこちらも決着は近いだろう。

 

それらの報告を聞きながら「このまま終わってくれればいいんだけど……」と思いつつ立香が足を向けたのは、なのはが運ばれた救急車。重傷というわけではないが、いささかならず消耗していることからの処置だ。

ただ、割と我が身を顧みず無理・無茶・無謀を重ねる性質の人物をよく知るイリヤたちから、なのはのことを頼まれている。なので様子を見に来てみれば……

 

「で、何をやってるのかな、二人は」

「あなたは……」

「り、立香さん?」

 

なのはだけでなく、入院着を着たアミタの姿。

その二人が「無茶だ」の「無理です」だの、明らかに不穏な会話をしている。どうやら、イリヤたちの見立ては正しかったらしい。

 

「なのはさん、状況は我々に有利に進んでいます。ですから……」

「それは…わかっています。でも、キリエさんには魔導が通じません。だから、アミタさんに協力してもらってレイジング・ハートにフォーミュラを乗せてもらいました。これなら、ちゃんと届きます」

「しかし、ぶっつけ本番というのはあまりにも無茶です」

「それもわかってます。だけど“無茶だから引っ込んでろ”って言われても、私は従えません。アミタさんだって同じです。マシュさんと立香さんはどうですか?」

 

言わんとすることはわかる。マシュも、かつてカルデアを奪われた時は……いや、それ以降も無茶を承知で戦った。だから、その点において彼女に反論することはできない。

だが同時に、無茶をした結果を知るからこそ、言わねばならないことがある。

 

「………………………お気持ちはわかります。ですがその結果、取り返しのつかないことになるとしても?」

「それは……でも、諦めて後悔するのも、それで誰かが泣いているのを見るのも嫌なんです! 私の魔法は、そのための力なんです!」

「……体を壊すことになるかもしれませんよ、私の様に」

「え?」

「私もフェイトさんと同じように、作られた命です。ですが、私を生み出した技術はフェイトさんのそれには到底及びません。元の寿命は30年ほど、そこからさらに実験や投薬、戦闘による負荷で著しくこの体は劣化していきました」

「そ、んな……」

「待ってください! ですが、今のあなたは……」

 

マシュの告白にショックを受けた様子のなのはだが、現在のマシュの様子と矛盾することに気付いたアミタが割って入る。マシュの後ろで、立香が複雑な表情を浮かべていることに気付かないまま。

 

「正直、理由はいまだ定かではありません。それでも私は確かに、一度死んだはずなんです。なのに、気付けば人並みの寿命を得て今私はここにいます」

「よかった……」

「ですが、私はその後も戦い続けました。そのことに後悔はありません。無茶だったことは自覚していますが、アレは必要なことであり……私の意志でした。今も、必要とあらば私は戦います。私は先輩のサーヴァント、そのためにここにいるのです。

そんな私に、あなたを止める資格はないのでしょう。でも、申し訳なく思っているのも本当なんです」

「申し訳ない? それは……」

「先輩やダ・ヴィンチちゃん、私を大切に思ってくださっている皆さんに。

重ねた無茶は、確かにこの体を蝕んでいます。私はいずれ、一人で立って歩くことすらできなくなるでしょう。それが十年後になるか、二十年後になるかは……今後の私次第でしょうが」

「っ!」

「私はそれを承知でここにいます、その日が近づくことになっても戦わなければならない時のために。

なのはさん、あなたももしかしたら私と同じになるかもしれません。無茶を重ね続ければいつか、その代償を支払うことになります。私の様にいずれ歩くこともできなくなるかもしれません、あるいはもっと別の障害を負うかもしれない。場合によっては……かつての私の様に、命を落とすことも。

もう一度よく考えてください。今は本当に、そこまで無茶をしなければならない時なんですか?」

「だけど! でも、それは……!」

 

マシュの言わんとすることはわかる。なのはとて、そんな未来は恐ろしくてたまらない。

だがそれと同時に、こんなところで引き下がることはできない。悲しい物語が悲しいまま結末を迎えるのを、黙って座視するのはもう嫌だから。

 

(……やっぱり、これじゃ止まらないか)

 

二人のやり取りを見守りながら、立香はそう思う。

言葉というのは難しい。伝えたい言葉が伝えたいままに伝わらないこともある。あるいは伝わったとしても、相手の心に響かなければ意味がない。

大切なのは、どうやって相手の心に届かせるか。そのために、どんな言葉を選ぶのか。

 

マシュの言葉は確かになのはに届いたが、彼女の意志を変えるには至らない。

きっとこの子は、自分の痛みにならいくらでも我慢できてしまえる子。同時に、他者の痛みを我慢できない子。

優しい子なのだろう。強い子なのだろう。だが同時に……周りが見えていない。それに気付かせるのが、大人の役目なのだろう。たとえそれが、どれだけひどい言葉だとしても。

 

「なのはの気持ちは分かった」

「先輩!?」

「フォッフォウ!」

「ありがとうございます。できるだけ、怪我とかしないように頑張りますから」

「頑張る、か……怪我をして帰ってきた君を見たら、ご家族はどう思うかな」

「っ!」

「家族だけじゃない。友達が、君を知る人たちが……君に力を与えたアミタをはじめいろいろな人が、傷ついた君を見て悲しいを思いをすることになる。それは、一つの立派な悲しい物語の悲しい結末だと思うけど?」

 

残酷なことを言っているという自覚はある。家族の話題など、本来なら立香に言えたことではないだろう。

だが、数多の英霊たちと縁を結び、彼らの過去を、生き様を、在り方を見てきた立香だからこそ、わかるのだ。なのはが進もうとしている道、その周りに置き去りにされてしまった人たちの嘆きが。

このままだと、彼女はそれに気付かないまま突き進んでしまうかもしれない。それは本来、なのはが最も見たくなかったもののはずなのに。

 

「いいのかい、本当に」

 

なのはの想いは尊重しよう。別に、彼女の行動に“善し悪し”をつけようというのではない。

ただ、選ぶ前にもう一度よく考えた方が良いと思う。その選択に、選択した結果生じるであろう影響に、本当に後悔はないのかと。

 

「倒れた君を見ることになるかもしれない家族の気持ちを、考えたことはあるかい?」

 

立香はあまりなのはの過去を知らない。少なくとも、記憶している範囲では。だからこれは、完全に偶然の産物。

あるいは、夢を通して垣間見た記憶が言わせた言葉だったのかもしれない。

いずれにせよ、その言葉はなのはの心の最奥、最も脆弱な部分を貫いた。

 

ずっとずっと前、まだ彼女が魔法と出会うはるか前。“一人ぼっちで何もできなかった頃の自分”“その頃の家族”を嫌でも想起させる。

目を見開き、呼吸も忘れて立ち竦む。

立香はそれに気づきながらも、あえてさらに踏み込む。あとで盛大に嫌われるかもしれないが、それすらも覚悟して。

 

「そしてもう一つ。過去の事件のことは俺も少し聞いてるけど……君はもしかしたら“自分がもっと強ければ”、あるいは“自分さえもっとしっかりしていれば”とか思っていないかい」

「どう、して……」

 

それはある意味図星だった。“もっと強く”“もっと早く”……この手を伸ばせていれば。それは、魔法と出会ってからというもの、ずっと頭の片隅にあった思い。

 

“どんなことをしてでも助けなければ”。

 

“私が必ず…助けるんだ”。

 

一人の少女の胸に刻まれた、何よりも強い思い。

それはようやく見つけた、自分にできること

それを立香は、あえて踏み砕く。

 

「はっきり言うけど、それは思い違いだ」

「ぇ……」

「君が思うほど、君の手は大きくないし、もっと伸ばせたところでたかが知れてる。俺たちの手が掬い取れるものは、決して多くはないんだよ。

 過去を振り返って反省するのは良い。“ああすれば”“こうすれば”と模索するのもいいと思う。

 でも、そうすれば“できたはず”っていうのは単なる錯覚だよ。君の魔法(チカラ)は、決して特別じゃない」

「そんな…そんなこと!」

「リインフォース・アインスに対し、君の魔法は届いていた。それでも、彼女を止める以上のことはできなかっただろ?

 どれほど力をつけたところで、それは変わらない現実。結末を変えるためには、必要な力が違うんだ」

「っ……!」

「プレシアは特に顕著だと思う。そもそも救うための時間が、なかったんだ」

 

それは、反論のしようがない現実。

初代リインフォースに対し、なのはができたのは彼女を止めはやてが管理者権限を握る隙を作ること。

プレシアにできたことがあるとすれば、ほんの少しだけの延命。

どちらにも意味はあるだろう。だが、それ以上のことはできない。

少なくとも、高町なのはには……二人は救えないのだ。彼女たちを救えたのは、救える可能性があったのは、常にほかの誰かだった。なのはがどれだけ力をつけ、魔法を巧みに操り、ことに備えたとしても…その事実は変わらない。

しかし、思い違いをしてはならない。それは決して……

 

「でもねなのは、それは君の罪じゃない」

「え?」

「君はその時々で全力を尽くしたんだろ。できる限りのことを、精一杯。それとも、何かやり残しがあるのかな? あるいは、手を抜いていたとか?」

「そんなことありません!」

「そう。君は自分が傷つくことを恐れず、誰かのために手を伸ばした。なら君はもっと……そんな自分のことを認めていいんだ。

だってそれは、誰にでもできることじゃないんだから」

 

そう、なのはの一番の思い違い。それは、彼女が今日まで“してきたこと”がどれだけ特別だったのかわかっていないこと。

 

「それは紛れもない、得難くも尊い善性……君の魔法だ。プレシアもアインスも、君には助けることができなかった。だけど、フェイトを救ったのは君だ。はやてが、守護騎士たちが救いの機会を得られたのは君がいたからこそだ。

 世の中、本当に“その人じゃなきゃできない”ことなんてそうはない。大抵のことは、別の誰かでもできるんだ。あるいは、君が為しえたことも“たまたま”君だっただけなのかもしれない。でもそれは確かに、君が為しえたことなんだ」

 

どこぞの破戒僧風に言うのなら、“間が悪かった”のではなく“間が良かった”だけかもしれない。

それこそ、別の誰かでもたどり着けた結末かもしれない。かつて、カドック・ゼムルプスが言ったように。

だがそうだとしても、なのはが勝ち取った現実に変わりはない。

 

「君が全力を賭して勝ち取ったものは、間違いなく最善だった。そもそも、あの時“ああしていたら”もっと良い結果になっていた…”かもしれない”というだけなんだよ。もしかしたら、もっと悪い結果になっていたかもしれない。それは、俺たちには知りようもないことだ。

 だから、“たられば”に意味はない。手にした現実が俺たちのすべてで、そこに至るまでに君が最善を尽くしたのなら……胸を張っていいんだよ。君自身がそれを認めてやれないでいたら…いつか君は、自分が嫌いになる。それは、とても悲しいことだ。君にとっても、周りの人たちにとっても……なにより、救われた人たちが」

 

立香は知らない。なのはが「“誰かを助けられる自分”でなければ好きではない」ことを。

それでも確かに、立香の言葉はなのはの心に一石を投じていた。

 

“家族や大切な人たちに、あの日と同じ思いをさせていいのか”

 

“手が届かなかった人はいる。自分では救えなかった人もいる。だけど、救えたものは確かにあった”

 

“為しえた結果以上に、そのために全力を尽くした心こそが……一番の魔法なのだ”

 

とまぁいいことを言ってはいるのだが、実を言うと一番の目的は別にあったりするわけで……。

 

「先輩、そろそろ……」

「うん。じゃ、“時間稼ぎ”終わり」

「…………………………………………………へっ?」

「それじゃ婦長(センセイ)、よろしくお願いします」

「救命の時間です。傷は私が癒します。何もかも全て、元通りにします」

「なのはさん、どうか大人しく休んでください。でないと……命にかかわります」

「あの! それってどういう……って、どこからともなくベッドが!?」

「あなたが患者ですね。私が来たからには、どうか安心なさい。私があなたを救います。ええ、たとえ――――あなたを殺してでも!!」

「殺しちゃ死んじゃうと思うんです――――――――っ!?」

 

何だかよくわからない、だが有無を言わせぬ圧倒的目力(めぢから)と迫力に気圧されている間に、恐ろしいほどの手際の良さでなのはをベッドに縛り付けるクリミアの天使(狂)。

あまりの暴論に涙目になりながらなのはは叫ぶ。だが、それを治療拒否と受け取ったのか、ナイチンゲール女史は手を優しく彼女の肩に置き……指を食い込ませた。

 

「肩が痛いっ!? 肩っ、肩が―――――――――っ!!」

「痛みは生命の証。よかった、あなたはまだ生きている」

「あんまりよくないんですけど!?」

「その灯が潰える前に、私は最善を尽くしましょう」

「わかりました! わかりましたから! だから! お願いだから手をどけてください!?」

「あ、あの……なのはさんもこう仰っていますし……」

「ダメです、アミタさん。巻き込まれます」

「下手すると、実力で排除されるから」

「そ、そんな……」

 

あまりにもあんまりな状況に、流石に割って入ろうとするアミタだがマシュと立香に止められる。

実際、下手に口を挟むと彼女にまで飛び火するのだから、当然の配慮だろう。

こと治療行為において、彼女の辞書に”妥協”や”譲歩”といった言葉はない。むしろ、邪魔する者は物理的に黙らせる。先ほど彼女が語ったように、それが患者自身であっても、たとえ”殺す”ことになっても。ナイチンゲールは治療を遂行する。それこそが、”鋼鉄の白衣”たる由縁なのだから。

 

「恐れることはありません、どうか安静に。あなたは怪我人、早急な治療が必要です。承諾できないというのなら……四肢を砕きます」

「お願いだからお話聞いて―――――――っ!?」

 

なのはの悲痛な叫びが木霊すが、それは無理な注文というもの。

生前がどうだったかは知らないが、今の彼女はバーサーカー。そもそも、その言葉は自分に向けて言い聞かせているだけなのだ。会話など成立するはずがない。それを証明するように、ホルスターから拳銃を抜いて最後通告が下される。

 

「さあ、選びなさい。安静にするか! あるいは”撃たれて”から安静にするか!」

「ふ、ふえぇぇぇぇ!?」

 

高町なのは、生涯の天敵との邂逅であった。

ついでに、後の主治医シャマルは語る、「なのはちゃんにはアレくらいでちょうどいいのよね」と。

あと、フェイトの手前あまり大きな声では言えないのだが、密かに立香に対して若干の苦手意識を持つに至ったきっかけでもある。こう、まんまと嵌められたのがトラウマになっているのだ。

 

ようやく観念したなのはを縛り付けたベッドを担ぎ上げ、ズンズンとその場を後にするナイチンゲール。

もちろん、誰一人として異議を申し立てる者はいない。そんなことをしたが最後、それこそ命がないと悟ったのだ。

 

 

 

時を同じくして、管理局優位に傾いていた状況が一変する。

キリエの共犯者と思われていたイリスの裏切り。彼女たちを包囲していた魔導士たちは、“生命エネルギーの結晶化”により無力化。また、オールストン・シーの目玉である巨大鉱石内から出現した何かを連れ、イリスは現在移動中とのこと。

 

未知の攻撃に対し、管理局は解析と対抗策の構築の真っ最中。とはいえ、ここでイリスたちを放置することはできない。危険を承知で再度包囲・逮捕に動き出そうとする管理局に、カルデアから待ったが入った。

 

「アハハハ! これといった対策もなしに仕掛けるとかナイナイ。そんな行き当たりばったりは当然カット! 我らに計あり、是非ご清聴を」

 

 

 

場所は移って海上。

 

巨大鉱石から姿を現したのは、なのはたちとさして年も変わらぬ金髪の少女だった。その周囲に浮遊するのは、五基の盾とも剣とも取れる兵装。さらにその周囲には、はやてとの戦いから離脱したディアーチェと、一度は局の手に落ちたレヴィ・シュテルの姿。

イリスの一喝で少女は目を覚ますが、すぐ不自然な形で動きが止まる。その間にイリスがユーリと呼んだ少女に拳を振るっていることから、穏やかならざる間柄であることがうかがい知れる。

 

しかしそこへ……

 

「動かないで」

「えっと、このまま指示に従ってもらえると嬉しいんですけど……」

 

管理局からも割と信用されているイリヤと美遊が呼びかける。

だが、返ってきた反応は素っ気ないものだった。

 

「は? たった二人でどうするつもり? それじゃ、私たちを捕まえることはおろか、戦いにすらならないでしょうに……まぁいいわ。邪魔をするなら、片付けるだけよ。ユーリ!」

 

イリスの指示と共に、ユーリを中心に光が広がる。

イリヤと美遊はその光をもろに浴びたのだが……

 

「な、んで……どうして、どうして何も起こらないの! 生命力を結晶化させて奪い取るこの子の能力、それをどうやって……!?」

「……うん、その手の攻撃は私たちには意味がない」

「魔導士の皆様と違い、魔術師やサーヴァントにとって魔力とは生命力と同じものですから」

「う~ん、なんかもぞもぞって感じはするし、ちょっと気持ち悪くはあるんだけどねぇ……」

「ま、ぶっちゃけ自分の生命力に干渉されるなんて、魔術的に論外ですしね~。せめて、他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)くらいでないと」

 

そう、同じ魔力という名称を用いていても、魔術師と魔導士では本質からして違う。

魔術師が用いる魔力とは、自らの生命力を魔術回路で変換したもの。大気中の魔力も使用するが、それにしたところで星の生命力の一端という意味合いが強い。その制御を持っていかれるなどという不手際、犯すはずがない。

 

「ちぃっ、やっぱり情報不足は痛いか……でも、多勢に無勢は変わらないわ。それで一体……」

「戦う気はない。今回の私たちの役目は……」

「足止めだもんね!」

「何を……っ!」

 

何かに気付き、反射的に頭上を見上げるイリス。そこには、いつの間にか移動していた空中庭園。そして、そこから落下してくる一つの影。

イリスは正体を見極めるより早く撃ち落とそうとするが、イリヤと美遊がそれを阻む。

そして、瞬く間のうちに距離を詰めたそれは3mに迫る体格をフルに使い、ユーリを拘束する。

 

「ユーリ! 早く引き剥がしてそいつを……」

「まよえ…さまよえ…そして……とざせ! 万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)!!!」

 

海面に着水する直前、逆に海面を突き破って出現したのは小さな島ほどもある巨大な石造物。それはまるで包み込むように、あるいは巨大な生物の咢の様に二人を飲み込んだ。

 

「これは……」

「世界最古の迷宮とされるクレタ島のクノッソスの迷宮。内部は極めて広大、危険な魔物も無数に跋扈している。付け加えるなら、二人は今その最深部」

「え~……無暗に飛び込むとホントに危ないので、ちゃんと準備してから挑むのをお勧めしますよ。いや、ホントに」

 

わざわざ解説してやるのは、一度仕切り直しを図るため。管理局としても一度態勢を整えるなり、ユーリやイリスへの対抗策を用意するなりする時間が必要なのだ。

カルデアのサーヴァントなら問題なく対抗できるようだが、管理局としてはその要請を出すのは最終手段なのだろう。今回はシオンから、イリスにとって重要な存在であると思われるユーリを分断・隔離する作戦を提案され、それを承認したに過ぎない。

 

もちろん、最善はこの場でのイリスの確保だが……大きすぎるリスクは犯せない。

 

(やってくれる……!)

 

実際、この場であの迷宮とやらに挑むには何もかもが足りない。一見すると小島ほどのサイズだが、それが氷山の一角でしかないことがわかっているのだ。海中には、信じられないほど巨大な構造物が存在している。

ディアーチェたちも、そもそもイリスを信用していないようで利用するのは難しい。

 

イリスは臍をかみながら、いったん仕切り直すべくその場から姿を消した。

自らの邪魔をするものを、必ずや排除して……復讐を果たすことを誓って。


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