魔法少女リリカルなのは Order   作:やみなべ

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とりあえず、JS事件とヴィヴィオたちのカルデア訪問話で一つの区切りとするつもりです。たぶん、今回を含めて3話くらいかなぁ? なので、先に完結まで押し切ってしまおうと思います。
年内を目標としてはおりますが、今後のFGOのイベント予定と「うたわれ」が配信されることから、ちょっと厳しいかも。っというか、個人的には舞台は夢幻演舞が行われていた「“あそこ”では?」と思ったり。あそこなら時系列とか無視できるし。

まぁ、その後は偶に思いついた話などを……という感じで、他の作品を進めて行きます。残りわずかですが、お付き合いくだされば幸いです。




しかし、先日発売されたリリなのキャラソンボックスですが、一度も歌っていないイクスやアリシア、そして(背中だけとはいえ)ザフィーラですら描かれているのに、一度歌ったことのあるユーノの姿がどこを探しても見当たらない件について。
アルフやリニスはいるのになぁ……ヤバい、泣ける。



EX04-1 JS事件(前編)

え? なんでお父さんを“お父さん”って呼ぶようになったか?

う~ん、エリオ君はどうだった?

 

―――僕!? 僕は…その、はじめは“立香さん”って呼んでたんだけど、ジャック達に「キャロは呼んでたけど呼ばないの?」って聞かれて、それで意識するようになって……。

 

あ~、そうだったんだぁ。私は小さい頃フェイトさんと一緒に遊びに連れて行ってもらった時、だったかな?

二人に手をつないでもらって、楽しくて、嬉しくて……でも、どこか寂しかった。はじめはそれがどうしてなのかわからなかったんだ。本当に幸せで、寂しく思うようなことなんて何もないのにって。

 

でもね、フェイトさんが飲み物を買いに行っている時に、通りかかったおばあさんが「お父さんと一緒でよかったわね」って声をかけてくれたんだ。

それでようやくわかったの。私はあの時間を「家族みたいだな」って思ってたんだって。でも、「みたい」でしかなかったことが寂しかった。本当の家族だったらよかったのに、例えば隣にいてくれる人を「お父さん」って呼べたら……そんな風に思ってたら……

 

―――思わず言っちゃった?

 

……うん。その時は恥ずかしいって思うよりも、凄く後悔した。お父さん、その頃はまだ結婚どころか誰ともお付き合いもしてなかったし、あくまでもフェイトさんに付き添っているだけだって思ってたから。だから、“他人”の私に「お父さん」なんて呼ばれても嫌だろうなって。

楽しかったから、幸せだったから……それが一瞬の幻でも、“家族みたい”で満足しておけばよかったのにって、そう思ったんだ。

 

もう会ってくれないんじゃないか、それどころかフェイトさんにも迷惑をかけちゃうんじゃって。そう思ったら頭の中ぐちゃぐちゃになって私、今にも泣きそうな顔をしてたんだと思う。

でもね、そうしたらお父さん私の頭に手を置いて「う~ん」って空を見たかと思ったら「キャロは俺のこと、なんて呼びたい?」って。

 

―――似たようなこと、僕も聞かれたなぁ。

 

やっぱり? 私もね、これが最後ならって思いきって「お父さんって呼びたいです」って言ったんだ。そうしたら「うん。じゃあ、これから俺がキャロのお父さんだ」って。

 

正直に言うとね、私すぐには信じられなかったんだ。どうしてそんなことを言ってくれるのかわからなかったし、嘘か冗談なんじゃないかって不安だった。なにより、血の繋がりもないしあの日初めて会ったのに……だけど、お父さんが言ってたんだ。“人と人の関係は、お互いがどう思っているかだよ”って。だから、“お互いがそうなりたいと思っているのなら、すぐには無理でもなっていくことはできると思う”って、そう言ってくれたんだ。

 

―――そうだね。一方通行じゃ意味がないけど、逆に言えばお互いに同じように思っていればそれがすべてなんだ。“家族”と思えば“家族”に、“きょうだい”なら“きょうだい”だし、“恋人”にだってなれる。そこに年齢も性別も、血の繋がりも関係ないんだ。ヴィヴィオも、そう思うでしょ?

 

もちろん、はじめから“親子”になれたわけじゃないよ。だけど、お父さんは私と親子になろうと努力してくれた。私もそれが嬉しくて、どんどんお父さんが好きになっていってた。

昔は結婚とかそういうのは考えてなかったみたいだけど、心のどこかで求めてたのかもしれない。だから、あんなにあっさりと進んでいってたのかもね。

 

―――まぁ“父さん”の場合、ジャックが“お母さん(マスター)”呼びなのもあると思うけど。アレに慣れたら、“お父さん”はむしろ普通だよね。

 

エリオ君……。

 

―――ごめんごめん。

 

そういえば、エリオ君はいつから?

 

―――僕は…父さんにキャンプに連れて行ってもらった時かな。キャロの話を聞いて、やっぱり羨ましいって気持ちがあったんだと思う。ああいう人だから、そういう気持ちに気付いてくれてたんじゃないかな。

 

待って、お父さんのキャンプってもしかして……あの?

 

―――うん、ほぼ手ぶらで山に入って、第一声が“よし、まずは石を割ろう”から始まる奴。

 

……ねぇ、あれってキャンプなの? むしろ、石を割ったナイフで全部こなすってもうサバイバルなんじゃ……というか、エリオ君が妙に保護隊に馴染むのが早かったのって、そのおかげ?

 

―――ま、まぁ、そう…かな? 仕留めた獲物を捌いたりとか、寝床代わりのシェルター作ったりとかには慣れてるから。というか、慣れた。

 

ああ、慣れてないと大変みたいだよね。ティアさんが遊びに来た時のこと覚えてる?

 

―――覚えてる。アレでしょ、家畜を〆て捌いていくのを見て顔を青くしてた時。

 

そうそう。都会で暮らしてると、生きてる魚を持つこともないし、内臓処理なんてもっとしないから仕方ないんだけどね。“しばらく肉を見たくない”って言ってたっけ。

 

―――僕も初めはそうだったなぁ。今なら自然豊かな場所なら、遭難しても魔力なしで2週間は問題ないと思うけど。

 

妙に手慣れてるなぁと思ってたんだけど、そういうことだったんだ。

 

―――え、でも父さんなら木の皮を剥いで服も自作できるし、特に靴が上手だよ。僕なんてまだまだ……。

 

いや、お父さんの場合とにかく“一人の時に助けが来るまで生き残れるように”って必要に迫られて覚えた感じだと思うんだけど。

 

―――そう、だね。戦闘能力はアレだけど、生存能力と逃走能力はぴか一だから。

 

……うん、エリオ君とお父さんが親子だなってすごく実感した。

 

―――(そういうキャロは、フェイトさんと天然なところが良く似てるんだけどなぁ)

 

え、フェイトさんのことは“お母さん”って呼ばないのか? う~ん、すごく呼んでほしそうにしてるのは気付いてるんだけど……。

 

―――わかる。僕も父さんを“父さん”って呼ぶようになったら泣きそうな目で見られたことがあるよ。こう“どうして立香は「父さん」なのに私は「さん」なの”って言いたそうに。たぶん、“キャロだけじゃなくエリオまで”とか“立香ばっかりズルい”とも思ってたんじゃないかなぁ。

 

私にとってフェイトさんって、“お姉ちゃん”と“お母さん”の間…ちょっとお姉ちゃん寄りだから。あとは“恩人”というか、“尊敬する人”っていうのもあるんだよね。

 

―――父さんのことは尊敬してない?

 

その言い方はズルいよ。

 

―――まぁ、言いたいことはわかるよ。別にフェイトさんが“近寄りがたい”とかじゃないから“親しみやすい”は違うし、“頼りない”とも違うんだけど……。

 

そうそう。上手く言葉にはできないんだけど、肩の力を抜きやすいんだよね。フェイトさんにはどうしても、“がんばらなくっちゃ”って思っちゃうから。

あとはアレかな、年の問題?

 

―――……確かに、あの頃のフェイトさんのことを“お母さん”って呼ぶのはちょっとね。父さんとは20歳くらい違うから抵抗がなかったのもあると思う。

 

昔のヴィヴィオくらい私たちが小さいか、なのはさんとヴィヴィオくらいの年の差があったらもしかしたら……でも、やっぱりずっと“フェイトさん”だったからっていうのが大きいかな。

私の場合、お父さんと会ってすぐに“お父さん”って呼ぶようになったし。

 

―――僕はしばらくは“立香さん”だったなぁ。“父さん”っていう呼び方に、ちょっと抵抗感というか蟠りがあったから、考えないようにしてたっていうのもあると思う。でも、キャロの話を聞いて羨ましくなっちゃったってことは、どこかでそう思ってたのかもね。

 

でもそっかぁ、エリオ君のサバイバルスキルはお父さん直伝だったのかぁ。

 

―――そ、それだけじゃないよ! 先生の所でもいろいろ教わったし、クー・フーリンさんもそういうの上手だから!

 

ケイローン先生のところってあれでしょ? 通称“馬小屋”。

 

―――……まぁ、実際に馬小屋だから。キャロはマルタさんのところにいたんだよね、どうだったの?

 

う~ん、ほとんどカルデア本部だったし、偶に他のエリアに連れて行ってもらうことはあったけど、あんまり特別なことはなかったよ。

召喚の練習をする時も、シミュレーターが基本だったから。でも……ふふっ。

 

―――どうしたの?

 

練習を始めてすぐの時にね、マルタ様に言われたんだ。“いくらでも失敗しなさい”って。

 

―――そうなの?

 

……本当は怖かったんだ。フリードたちのことをちゃんと制御できなくて、周りに迷惑かけて……また、居場所をなくしちゃうんじゃないかって。

そんな不安があったからやっぱり失敗しちゃったんだけど、マルタ様があっという間にフリードを止めてくれて、怒られると思ってたら“さ、気を取り直してもう一回行ってみましょう”って。

 

―――まぁ、マルタさんが相手じゃフリードも形無しだよね。

 

うん。今でも会うと、まずはお腹を見せて服従のポーズから入るくらいだし。

 

―――(……すっかり上下関係が確立されている)

 

……何度失敗しても止めてくれる、できるようになるまで見守ってくれる。それが、凄く嬉しかった。

今思うと、私の不安なんて全然気にすることじゃなかったんだよね。私が何をどうしたところで……

 

―――ああ、あそこ(カルデア)じゃ“よくある騒動”の域を越えないよね。むしろ、カワイイ悪戯レベル?

 

たぶん、そんな感じだったんだと思う。

 

失敗しても大丈夫って思えるようになったら、いつの間にかフリードも安定していって、そうしたら今度は色んな“竜関係”の人たちに会わせてくれたんだ。

 

―――もしかして、召喚のため?

 

そう。マルタ様にタラスクとの召喚契約を勧められて、いけそうだからって他の人たちにも。

 

―――ジークさんにお竜さん、あと翼ある蛇(ケツァル・コアトル)達と?

 

そうそう。それから、ケツァル・コアトル様も目をかけてくれるようになったんだ。

元々マルタ様から“接近された時の対策”を教えてもらってはいたんだけど、それを聞きつけて色々教えてくれたの。

 

エリオ君も、ケイローンさん以外にも教えてもらったんだよね。

 

―――うん。クー・フーリンさんとかディルムッドさん、あぁフィンさんにも習ったことがあるよ。ただ、それを聞きつけて老子とか和尚が来たあたりから大分混沌としてきたけど。

 

そうなの?

 

―――……哪吒さんにガレスさん、レオニダスさんと弁慶さん、ヘクトールさんやカルナさん。

 

割とまだ常識的な人たちだと思うけど? あ、ヴィヴィオも同意見みたい。

 

―――そう、この人たちまではまだ良かったんだ。いや、詰め込み過ぎで身体が持たない的な意味では大変だったけど。でも、問題はそこからだったんだ。

 

?  ?  ?

 

―――ロムルスさんは言ってることがよくわからなかったし

 

ああ……独特だよね、あの人。

 

―――ブリュンヒルデさんをはじめ、ワルキューレの人たちは僕を“勇士”に育てようとしてくるし

 

ぅ…う~ん、認めてもらえたら名誉なことだけど、後が怖いよねぇ。

 

―――ジャガーマンさんが脈絡なく暴れまわるし

 

あの()、嵐みたいなところあるもんね。

 

―――景虎さんは言ってることが極端すぎるし

 

そうなの?

 

―――“要は考えても仕方がないということ、殺せ!”って言われてどうしろと?

 

……………………シグナムさんの“届く距離まで近づいて斬れ”、の同系列?

 

―――段階が違うよ。なにより、スカサハさんと良玉さんが……(ガタガタガタガタ)

 

な、なにがあったのエリオ君!? エリオく――――――ん!?

 

※少々お待ちください。

 

―――ご、ごめん。ちょっとトラウマが……

 

(い、いったい何があったんだろう?)

 

※史書によれば、秦良玉は従者を美少年で固め、逆ハーレム状態になっていたらしい。エリオの錯乱と史書の記述に関係があるのかは不明。

 

―――そ、そうだ。前から聞きたかったんだけど……

 

(すっごく気になるけど、話を戻したらまたエリオ君がオカシクなっちゃいそうだし…どうしよう?)

 

―――キャロの動き方って父さんに似てるよね。

 

そう?

 

―――うん。まぁ、今は偶にしかそんな感じはしないんだけど、六課時代に何度か「あれ?」って思ったことがあって。

 

そっかぁ。でも、当然だと思うよ。あの頃の私、「お父さんだったらこんな時どこにいるかな」って考えて動いてたから。

 

―――そうなの?

 

ほら、お父さんってポジション的には“フルバック”でしょ。

 

―――まぁ、分類するならそう、かな?

 

まだあの頃って自分なりの立ち回り方とか固まってなかったから、困ったときはお父さんのやり方を思い出してたんだ。

 

―――なるほど。確かに、父さんって“いてほしい所にいてくれる”というか、すごく守りやすいんだよね。

 

それにね、私もお父さんの真似をするとすごくサポートしやすかったんだよ。だから、自分なりのやり方が固まった今でもそう思うことがあるんじゃないかな。

そういう意味では、お父さんも先生なのかも。

 

―――へぇ。

 

そういえば、カルデアも久しぶりだよね。

 

―――そうだね。行くとなるとそれなりの休暇が必要だし。

 

日帰りとか一泊だと、帰ってこれるか微妙だもんね。大抵何かに巻き込まれるから。

 

―――そうそう、この間なんて……って、どうしたのヴィヴィオ、そんな目を丸くして。

 

え? 巻き込まれるの前提なのってそんなに変かな? カルデアじゃいつものこと(日常茶飯事)だよ。

 

―――だよね。まぁ、疲れるし大変ではあるけど……帰って来たなぁって感じる瞬間でもあるよ。

 

うんうん。トラブルのないカルデアなんてカルデアじゃないよね。

 

―――“何もない時はない”って言っても過言じゃないと思う。あるとしたら、単に準備期間ってだけじゃないかな。

 

さっきからどうしたの、ヴィヴィオ。順応し過ぎててビックリ? そうかなぁ?

 

―――あぁ、確かに言われてみればそうかも。とにかくいろいろな人たちがいるし、その上みんなキャラが濃いから。ほら、この前天草さんが“願い叶える”系のロストロギアをちょろまかしたことがあったでしょ。

 

あったあった。で、動ける人たちでしばき倒して連れ帰ったんだよね。

 

―――カルデアでの経験がなかったら、きっと父さんに抗議とかしたと思うんだ。ほとんどペナルティとかもなしで、「次やったらまたしばくから」で終わりだし。

 

言われてみれば、そうかも。私たちはああいう人だって知ってるから“妥当”だと思うけど、そうじゃなかったらもっと別の反応をしてたのかもしれない。

 

―――そういう意味で考えてみると、大分鍛えられたよね。なんというかこう…“許容量(キャパシティー)”が広がったというか……。

 

大抵のことは「そういう考え方もある」って思っちゃうもんね。人それぞれ立場が違うし利害も違うから、管理局員として正しい判断と一般の人の反応が違うのも、それぞれの立ち位置の違いだから“当然”くらいに思うし。

というか、全然理解できないことも“そういう思想”ってことで受け入れちゃってる部分もあるかも。

 

―――悪い、ことではないよね?

 

た、たぶん。

 

そういえば、近々アインハルトたちを連れて行くんだよね。えっと……いい経験になると思うよ。色々ショッキングかもしれないけど。

 

―――みんなには強く生きてほしい……いや、冗談だってば。ちゃんと僕たちもフォローするから大丈夫。

 

え、ティアさんがなんとか仕事をねじ込もうと抵抗してるの?

まぁ、その……無理もないんじゃないかな。

 

―――そう、だね。別にみんなのことを心配してないとかじゃないけど、散々振り回されてたらしいから。

 

うん。私たちは小さかったから気を遣ってもらってたみたいで、日々の細々とした騒動くらいにしか関わってなかったんだけど、ティアさんは“一人前”だからって……。

 

―――ヴィヴィオ、ティアさんの前ではくれぐれも“ぐだぐだ”“ハロウィン”“ユニバース”は禁句、いいね?

 

私たちも六課解散後から関わるようになったとはいえ、それまでに耐性がついてたからね。いきなりあの“トンチキ”に放り込まれたティアさんは、大変だったんじゃないかなぁ。

 

―――うん。思えば、六課に父さんたちが来た時も頭を抱えてたっけ……。

 

六課にお父さんはいなかったんじゃないか? ああ、そっか。ヴィヴィオが保護された時にはもう戻ってたから、入れ違いになってたんだっけ。

えっとね、最初の出動があって少しした頃からしばらくの間、六課に来てたことがあったんだ。まぁ、色々と規制があったからそのままでとはいかなかったし、その上でさらに期限もあったんだけどね。

 

クロノ提督が手をまわしてくれてたみたいで、フェイトさん嬉しそうだったなぁ……。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「はぁ…まさか部隊長が結婚してたとは……」

「ねぇ……しかも、今の私たちと同じくらいの時にでしょ。結婚かぁ…なんか実感湧かないなぁ」

「そんなの私も同じだっての。自分のことで精いっぱいで、それ(恋愛)どころじゃないし」

 

未だに衝撃的な事実を受け止め切れていないらしく、額に手を当てて唸るティアナ・ランスター。相方のスバル・ナカジマも、なにやら呆気にとられた様子。

まぁ、無理もあるまい。就業年齢の低いミッドチルダとはいえ、それでも十代半ばで結婚する例は稀だ。彼女たちの身近でも、そういった話を聞いたことはない。故に、自分自身に投影してみようとしてもさっぱりイメージできないのだろう。

まさに、想像することもできない領域の話である。

 

ただし、自分にも起こりうるかもしれない出来事から離れすぎていると、かえって落ち着いていられるようだが。

 

「そんなに驚くほどなんでしょうか?」

「うん。部隊長、とってもお綺麗ですし……」

 

揃って首をかしげるエリオとキャロ。地位と能力を兼ね備えるということは、必然的に相応の収入があるということ。加えて、当の本人がどこに出しても恥ずかしくない美人で、性格については言わずもがなともなれば、早期の結婚も別におかしくないように思えるのだろう。強いて問題点を挙げるとすれば、守護騎士たちの存在だろうか? なんというか、そう簡単には認めてくれなさそうにも思える。

 

「いや、美人なのはその通りだし、部隊長の収入なら全然余裕だとは思うわよ。むしろ相手が働かなくても養えるでしょうし。でも、問題はそれだけじゃないというか……」

「だよねぇ。むしろ、他の部分が何とかならないとできないことだし」

「「? ? ?」」

 

しかも、そのお相手がついさっきお世話になった“食堂の主”兼“バックヤードの長”だというではないか。

前々から公的機関の食堂にしては随分美味だとは思っていたが、まさか一流ホテルや高級レストランからオファーがかかるほどの腕前とは知らなかった。そして、それらの誘い全てを蹴ってこんな(と言っては何だが)試験運用中の一部隊の食堂でその腕を振るうとは、スキルの無駄遣いにもほどがあるだろう。

 

「……ねぇ、一応聞くけどなのはさんとフェイトさんも結婚してたりするの?」

「ええっ!?」

「なんでアンタが驚くのよ、馬鹿スバル!」

「だ、だってぇ……」

 

なのはのファン、というか彼女に憧れ目標にしている身として、驚かずにはいられないらしい。

別に独身であってほしいとかそういう意味ではなく、なんというかこう……憧れの人の結婚というのが、していても不思議ではないと思いつつ、自身のそれ以上にイメージできないらしい。

 

「なのはさんは……どうなんでしょう? 聞いたことある?」

「ううん、私も知らない」

 

元々顔見知り以上の間柄ではなかったこともあり、返事は何とも歯切れの悪いものだ。

ただ、二人の保護者でありなのはの親友であるフェイトの性格を考えるのなら、なのはが結婚すれば我が事のように歓び、それを二人にも報告してきそうなものなのでたぶんしていないとは思うが。

しかし、そこで察しの良いティアナが二人の言い方の違和感に気付く。

 

「なのはさんは、ってことはフェイトさんは違うってこと?」

「え、そうなの!?」

「あ、いえ、結婚はしていないんですが……」

「婚約はしていまして……」

 

六課解散後、二十歳になったら結婚する予定らしい。なんとも死亡フラグっぽくて不穏だが、めでたいことには違いない。

外回りや捜査が多くて普段は接点の多くない上官だが、これまたはやてとは別系統の美女である。別に不思議なことはないし、二十歳という年齢もはやてのそれ(16歳)に比べれば実感を持ちやすい。

 

まぁ、逆にあれだけの才色兼備を射止めるとなると、難易度の高さは計り知れないが。

なにしろ、“エース・オブ・エース”の()を冠するなのはや、レアスキル持ちにして若くしてキャリアの道を邁進するはやてほどではないとはいえ、フェイトもまた地上部隊にさえ多くのファンを抱える有名人だ。普通に考えれば、正真正銘の“高嶺の花”だろう。

前評判と違って親しみやすい人ではあるが、それでも彼女と並んで歩くだけでも大抵の男では気後れしてしまうに違いない。ましてや並び立つともなれば、どれほどの色男なのだろう。

 

あまり下世話な話や他人の色恋に首を突っ込むような趣味はないつもりのティアナだが、それでも流石に興味を惹かれないと言えば嘘になる。

なので、きっとこのちびっこ二人なら知っているだろうし、わざわざ自分が聞いたことを言いふらしもしないだろうという打算込みで、さも“興味はないけど……”とばかりに素っ気なく聞いてみることに。

ただし、返ってきたのは長い沈黙と、予想外の所見だった。

 

「「…………………………………………………普通の人ですね」」

「は?」

「え、そうなの?」

「普通、だよね?」

「うん、普通だと思う」

 

二人の反応に、確認し合うように顔を見合わせるエリオとキャロ。隠したり誤魔化したりしている風でもないし、そんなに器用な子たちでもない。

つまり、今の所見はこの子たちの純粋な感想ということになる。

 

「……魔導士ランクは?」

「あ、リンカーコアを持ってないのでランク自体ないです」

「何のお仕事してる人なの?」

「管理局とも提携している、とある機関で……なんだろう? 実働要員? だけど、別に“父さん”が戦うわけじゃないしなぁ……現地に派遣されて調査とか他の実働要員間の調整とかが主な任務、だと思います」

 

あんまりはっきりしないのだが、どうやら一応ちゃんとしたところに勤めてはいるようだ。ただ、聞く限り立場はそれほど高くないらしい。別にそれに重点を置くつもりはないが、“あの”フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの婚約者と考えると、ステータス的に物足りなく思える。

 

なにしろ、彼女の名前には少々特別な意味がある。

本局において「総務統括官」を務めるリンディ・ハラオウンの娘であり、若くして次元航行部隊“提督”の座を得た俊英「クロノ・ハラオウン」の妹。上層部に多大な影響力を有する、謂わば“ハラオウン派”の令嬢なのだ。

本人や家族が気にしなくても、周りが生半可な男では許さないだろう。まぁ、そういう意味で言えば次期ハラオウン派“幹部候補”のはやても似たようなものだろうが。

というより、今聞き捨てならないことをエリオが口にしなかったか?

 

「“父さん”?」

「え、アンタたちその人のことそう呼んでるの?」

「あ、はい」

「その、結構前から……」

 

それはつまり、婚約の話は昨日今日のことではないわけだ。なにしろ、二人はフェイトの被保護者。そんな二人に“父”と呼ばれるということは、家族周りとの関係も良好なことがうかがえる。なにしろ、二人から「呼ばされている」様子は見られず、心からの親愛を込めての呼称であることが伝わってくる。

政治が絡んでいるかはわからないが、相手の立場を聞く限りその線は薄い。いや、仮に絡んでいたとしても今のティアナ(二等陸士)のあずかり知るところではない。どちらにしろ、政治とは無関係に良好な関係を築いているのだろう。

 

(でも、戦闘能力も地位もないとなると、接点がまるで見えてこないわね。現地調査とかが主な任務って話だし、捜査関連? そっちの方で優秀なのかしら?)

 

しかし、その後いくら話を聞いてみても謎は深まるばかり。何しろ、特技を聞けば「コミュ力」と返され、長所は「精神的に打たれ強い」こと、自慢は「逃げ足とスタミナ」と来たもんだ。ついでに、尊敬する点を聞けば「心が広い」ことらしい。

まったくもって訳が分からない。あの能天気なスバルですら「え~っと……」と言葉を濁すくらいには。

正直、ティアナとしてはフェイトや二人が騙されているんじゃないか心配になる。だが、騙すとしたらもう少しやりようがあるだろう。

 

(というより、騙す気ゼロよね)

 

騙すべき相手にこの筒抜け具合、まるで騙せていないのだからそんな気がないのは明らかだ。フェイトも周りもそろって人を見る目がない、という線も薄いだろう。

あと考えられるとしたら、フェイトの好みが「ダメな人間」や「ロクデナシ」である場合だが……それなら周りが止めるはず。まさか、周囲の人間が軒並みダメ人間に引っかかってしまうタイプというわけでもあるまい。

 

なんてことを考えているうちに、いつの間にか場所はエントランス。

さぁ、訓練だけでなくデスクワークも頑張るかぁ、ついでに不慣れなちびっこやこの手の仕事が苦手な相棒のフォローも…と思って伸びをしたところで、ティアナはソファの上に奇妙なものを発見する。

 

「なに、あれ?」

「ティア? 何か見つけた……あれ、子ども? こんなところに?」

 

そこにいたのは、黒髪と薄い紫色の髪の小さな子ども。年の頃はエリオたちよりさらに幼く、おそらく就学前…3~5歳くらいだろうか。

そんな子どもが二人でソファに眠っているというのは、普通なら考えられないことだ。

 

彼女たちの所属する古代遺物管理部機動六課はその性質上、陸士部隊や警邏隊などとは違い決まった管轄地域はなく、必然的に地元住民と応対することも少ない。

このエントランスにしたところで、同じ管理局部隊や関連企業などからの客人を対象とした受付だ。そんなところに子どもが二人、いったい何の用があるというのだろう。というか、誰かが連れてきたと考えるべきだが、その“誰か”が見当たらない。寝ているために席を外しているのか、それともまさか……と考えたところで、子どもたちの顔を覗き込んでいたエリオとキャロが顔見合わせる。

 

「キャロ、この子たち……」

「やっぱり、エリオ君もそう思う?」

「そうとしか考えられないけど。でも、どうして……」

「二人とも、この子たちのこと知ってるの?」

「ってことはフェイトさん関連? 早めに保護者を見つけるなりなんなりした方が……」

「え~っと……」

 

あながち間違ってもいないだけに、エリオもどう答えていいかわからず苦笑が浮かぶ。

とりあえず、キャロがフェイトをはじめ隊長たちに報告しようとしたところで黄色い光が閃いた。

反射的に光の先、背後を振り返る。するとそこには、なぜかソファの子ども二人を無言で抱きしめる金色の長い髪……フェイトの背中があった。

 

「フェイトさん?」

「あ、ちょうど良かった。いま連絡しようと……あれ?」

 

ホッとしたのも束の間、ちょっと様子がおかしいことに気付く。慣れているエリオとキャロは「いつものこと」と落ち着いているが、ティアナとスバルの目が点になるのに時間はかからなかった。

 

「ス―――ハ―――…スーハースーハースーハースーハースーハースーハーハスハスハスハスハスハス……」

「え、えぇ?」

「ど、どうしたんですか?」

 

抱きしめた二人の間に顔を埋め、一生懸命深呼吸を繰り返す。まるで、欠乏していた酸素を取り込もうとするダイバーの様に。

 

「うぅ~、二人ともこの可愛さは犯罪だよ~。逮捕から勾留、裁判…ううん、懲役まで待ったなしだよ~」

(むしろ犯罪なのはフェイトさんなのでは……)

「フェイトさんが壊れた……」

「そういえば、六課の立ち上げで忙しくてなかなか会えてなかったんだよね」

「うん。フェイトさん二人のこと大好きだから、禁断症状もやむなし……」

「フォウ!」

「あ、フォウ君」

「キュク~♪」

「やっぱり来てたんだ」

 

フェイトの奇行を特に気にした風もなく、むしろ納得した様子を見せる二人。

更に、どこからか姿を現した謎の小動物とフリードが仲良く戯れだし、ティアナとしてもどこから突っ込んでいいかわからずフリーズしてしまうのであった。

 

「……とりあえず、どういうことなのか説明して」

「たぶん、若返りの薬を飲んでるんだと思います」

「だから子どもだっていうの? 変身魔法の方がまだ納得がいくんだけど……いや、それにしたって脈絡なさすぎるけど」

「よくあることですよ」

「あるわけないでしょ!?」

「あるよね?」

「うん、いつものことだよね。ジャンヌオルタさんとか、ギルさんとか」

 

ちなみに、今回子どもになったのは色々とある規制を抜けるため、「子どもならいいだろ」という意味不明の暴論を用いたためだ。

 

「えっと…そもそもこの子たち誰?」

「お父さんです」

「……つまり、フェイトさんの婚約者の人ってことよね? じゃあ、こっちの子は?」

「父さんの婚約者のマシュさんです」

「「はぁっ!?」」

 

法的に問題ないとはいえ、レアケースなのは事実。二人の反応も無理からぬことだろう。

 

とまぁ、そんな具合でいい感じに場が混沌としてきたところで救世主が現れた。

 

「お~い、フェイトちゃんおる? 連絡事項があるんやけど……って、流石やなぁ。もう見つけとったか」

「八神部隊長!?」

「あの、これは……」

「ああ、気にせんでええよ。忙しさにかまけて、かれこれ3ヶ月以上ご無沙汰やったからなぁ」

「普段は抑えていられるですが、直接目にしたら自制が利かなかったんですねぇ」

「……すまん、二人とも。気持ちはよくわかるのだが、こういうものだと諦めてくれ。私も未だに慣れないんだが、ここまで酷くなるのは稀らしいから……その、あまり気にしないでやってほしい」

 

すっかり慣れてしまっているが故にティアナたちの反応に気付かないはやてとリインに代わり、二人の気持ちがとてもよく理解できるアインスがフォローを入れる。情報端末を持つ姿は“出来る秘書”を彷彿とさせるが、その背に何やら重い影が垣間見えるのは気のせいか。

どうやらフェイトもそうだが…それ以上に立香たちが関与することで発生するかもしれないカルデア関連の奇行・珍事に騒動・厄介事が舞い込むのではと心配しているようだ。この辺り、経験年数に倍近い開きがあるのと、初期のまだ多少でも自重のあった頃から慣れてきた者とそうでない者との違いだろう。

はやてたちなどは多少のことなら「いつものこと」とさらっと流せるし、本格的に関わっていくことを決めたフェイトなどは開き直って楽しむ余裕すら持ちだしているが、アインスにはまだまだ遠い境地のようだ。

後年、アインスとティアナの間にカーボンワイヤーより堅い友情が芽生えるのだが…今は割愛する。

 

とりあえず、理解しがたいことばかりではあるが、事実を“字面”だけ受け止め、後は深く考えないようにすることで対処するティアナとスバル。

はやての下にはカルデアから報告というか連絡が来たらしい、ちょうどついさっき。それによると、そろそろフェイトが限界だろうということで六課に顔を出したので、二人も長くは滞在できないらしい。何より、あまりカルデアを開けるのは心配だ。事件や異常事態もそうだが、身内の暴走が特に。

とはいえ、流石に一日二日ではフェイトが可愛そう。そこで、プレシアの技術やレイシフトの応用やらその他諸々駆使した結果、向こう数ヶ月間にわたって数時間程度ならこちらに顔を出せるらしい。当然色々と管理局からは渋い顔をされたようだが、「子どものやることに目くじら立てるとは大人げない」ということで子どもの姿に。

本当にそれだけの理由なのかは疑わしいが、カルデア側で問題がない限りはほぼ毎日会えるということでフェイトはじんわり幸せそうだった。

 

子どもになってしまっているので普段通りとはいかないだろうが、それでも会えると会えないは大違いだ。

ちなみに、マシュが顔を出すのは基本初日だけらしい。「フェイトさんの同僚の方にご挨拶を」とさっそく新妻力を発揮したわけだ。まぁ、その後は二人の時間を優先してくれるあたり、普段マシュと立香はいつでも一緒だからこその気配りだろう。

 

というのが、カルデア側からの連絡内容だ。

何しろ、今の二人は内面も含めて子どもになっているのでそんな小難しい説明などできるはずもなし。若返りの霊薬で25年分くらい逆行しているため、立香が4・5歳、マシュが2・3歳であることを考えれば当然だろう。

だというのに……

 

「なんちゅーか、懐かしい光景やなぁ」

「そういえば、昔もこんなことがあったよねぇ」

 

とりあえず新人たちや見物に来た野次馬たちを解散させた後、残ったはやてとなのはは視線の先の光景を微笑ましくも呆れたように見やる。

 

「フェイトちゃん、感想は?」

「……幸せ過ぎて辛い。具体的には恥ずかしい」

 

なのはに聞かれての返答。正直、“ならやめればいいのに”と思わないでもないが、きっと抗いがたい何かがあるのだろう。

はやてにとっての士郎のエプロン姿の様に、なのはにとってのユーノの長髪から垣間見えるうなじの様に。

 

「はじめは二人を抱っこして満足しとったのが、いつの間にか後ろから抱きしめられて蕩けとるし」

 

背伸びをしながら両腕をいっぱいに伸ばして鎖骨に沿って腕を回す立香。フェイトからは顔が見えないが、身体が密着して耳元に頑張る立香の息遣いが聞こえてくる。それが嬉しくて、若干プルプルする体の震えが伝わってきて愛おしい。どうしてこれに抗うことが出来ようか……否、断じて否である。

しかも、マシュは慣れない場所にちょっと不安らしく立香の傍にくっついているのがまたいじらしい。

 

いや、幼馴染二人にまじまじと見られるのは顔から火が出そうなほど恥ずかしいし、心臓の鼓動が天井知らずに高まって苦しい。幸せなのは間違いないのだが羞恥と緊張、そして……いや、これは言うまい。

とにかく、フェイトの感情の許容量(キャパシティー)の限界は近い。今はまだ幸せが勝ってポンコツ化しているが、いずれ限界を越えれば受け止め切れずにオーバーヒートして逃げだすだろう。良く避難先になっていたなのはと、偶に駆け込まれていたはやてはそれをよく知っている。

 

「とりあえずフェイトちゃん、昨日も捜査や情報整理で遅かったんやろ。今日はこのまま上がってええから、ゆっくりし」

「で、でも……」

「あと、これ私の部屋の鍵や。限界超えたら使うとええ」

 

六課でなのはとフェイトはルームシェアしているので、必然的に二人を連れて行く部屋もその部屋になる。だが、そうなるとオーバーヒートした時の逃げる先がない。まさか、あまり事情を知らない面々のところに駆け込ませるわけにはいくまい。

というわけで、はやてが自分たちの部屋の鍵のスペアを渡したのはファインプレーと言えるだろう。

 

なにしろ、まだ六課は立ち上がったばかり。部隊長であるはやてはやることが山積みだし、なのはも新人たちの訓練をはじめ仕事は多い。抜けてフォローしてやることはできないのだ。

二人の年齢を考えれば()()てしまう可能性は低いのが救いか。

 

とはいえ、何事も用心に越したことはない。いや、別に不穏な理由からではなく……

 

「はやてちゃん、簡易ベッドの手配してもらっていい?」

「ああ、ちっちゃいとはいえ婚約者同士で寝てるところに……ってなったら気まずいなぁ。任しとき」

 

厳密に立香がいつまでいるかわからないので、そういうことがあってもいい様にとの処置だ。流石になのはとしても、二人で眠っている隅で寝るのは色々な意味で居た堪れない。

とはいえ、簡易ベッドを使ったとしても思った以上に精神的にクルことになったのだが……

 

(うぅ……独り身の寂しさが身に染みるよぉ)

 

と、彼女の姉が聞けば流石に怒りそうな感想を抱くのだった。とはいえ、そんなことを考える脳裏に蜂蜜色の髪がチラつくあたり、それはそれで意味があったのかもしれないが。

 

ただ、全く別のところで同じく独り身の寂しさを味わうことになる少女が一人。

 

「くー、くー……」

(なでなで……)

 

広い草原の真っただ中。自身の膝に頭を預けて眠るフェイトを撫でながら、幸せをかみしめる立香。

彼としても、フェイトと会えない3ヶ月は中々に寂しく辛いものだった。一応通信で顔を合わせていたとはいえ、やはり直接触れ合うことには到底及ばない。

昔から大切な女の子ではあったが、ここまで思いが膨らむことになろうとは……自分自身のことながら、今以て驚きを覚える。とはいえ……

 

(夢の中で眠るとか、器用なことするなぁ……)

 

流石の立香も、そこまではしたことがないと思う。フェイトに軟禁されていたころのアレなどはノーカンだ。夢という形式ではあったが、そちらも一種の現実であったのだから。そりゃ現実なら眠りもするだろう。

 

しかし、立香はもう少しTPOというものを弁えるべきではないか。いくら割と図太い性質とはいえ、物事には限度というものがある。

そう、ちょうど今まさに青筋浮かべながらも二人の様子を必死に無視しつつ、懸命に練習に励んでいる少女へ配慮とかすべきではないだろうか。

 

「………………………………………イチャイチャするなら、せめて見えないところでやってくれませんか」

 

いい加減我慢の限界とばかりに構えを解いて抗議するティアナ。とはいえ、それは無理な注文というものだ。

 

「いやぁ、そうしたいのは山々だけど……どこなら見えない?」

 

そう、だだっ広い平原で隠れるところなどどこにもない。ついでに、遮蔽物もない。強いて言えばティアナの背後だろうが、それも彼女が動いてしまえば同じこと。要は隠れたくても隠れられないのである。

 

「っ……ここは夢なんですか?」

「そうだね、経験上そうだと思う」

(どういう経験よ)

 

舌打ちしそうなのを何とか堪えて聞けば、これまた胡乱な返事が返ってくる。立香としても別に茶化しているつもりはないのだが、そう思うのも無理はないだろう。

 

「じゃあ、あなたは私の夢なんですか」

「たぶん違うと思う。大方、どこかの夢魔(グランド・ロクデナシ)の仕業じゃないかな」

 

とは思うが、それとは別に立香自身の特性によるものの可能性も否定できない。何しろ、彼の夢がどこか、あるいは誰かにつながってしまうのは割とよくあることだからだ。

出来れば何とかしてやりたいところではあるものの、制御できる類のものでもない。立香にできるのは、邪魔にならない様に隅で大人しくしていることだけだ。いや、命の危険がないから大分リラックスしているのは確かなので、危機感とかに乏しいのは勘弁してほしい。

 

「……いいです。夢だって言うなら、思う存分練習できますから」

(覚えているかは微妙なところだと思うけどなぁ)

 

何しろ物が夢だ。特殊な分覚えている可能性を否定はしないが、かといって断言もできない。

もちろん、それを無駄な努力と嗤う気もなかった。

 

「頑張るね」

「……才能のない凡人ですから、努力するしかないんです」

 

初対面では年下だったが、一応ここでは年上ということで目上として対応してくれるらしい。

立香に見ただけで技量を看破できるなんていう能力はない。強いて言えば、本能的に“危険度”がわかるくらいか。そんな立香だが、その動き一つ一つから彼女の実直さと生真面目さがうかがえる。

 

「そうだね。咄嗟のヒラメキや直感で最適以上の答えが出せる天才ももちろんいるけど、そうじゃないならできることを一つ一つやっていくしかない。

 俺も昔言われたことがあるよ。“何も空を飛べ、などと言っているのではありません。煉瓦を手に取り、ここに並べる。それは誰にでもできて、最も重要な事なのです”って。あ、こっちだと空を飛ぶのは特別なことじゃないんだっけ」

「……まぁ、言いたいことはわかります」

 

要は、特別なことなどできなくても、誰にでもできることであっても、それを続けることが一番大事なのだということだろう。

そんなことはわかっている。それしかないのなら、それをする。凡人なのだから、できることを疎かにしてはいけない。

ただ、反復練習を続けながらふと聞いてみたくなった。この口ぶりからして、きっと彼もまた凡人なのだろうと思ったから。

 

「……あなたは、どうなんですか?」

「ん?」

「フェイトさんの婚約者なんですよね」

「そうだね」

「そんなに凄い人と一緒にいるために、何をしてきたんですか?」

「……別に、フェイトといるためにってわけじゃなかったけど……」

 

ゆっくりと噛み締めるように、言葉を選びながら口を開く。安易に答えてはいけないことだと、ティアナの声音が雄弁に物語っていた。

 

「上手くできないことだらけで……それでも……みんなに助けられるだけじゃ駄目だ……まずは自分にできることをやらなくちゃって。そうやって、頑張ってきたつもりだよ。

 まぁ、時間が経てば経つほど自分が凡人だって思い知らされるんだけどね。どんなにトレーニングをしても、魔術の勉強をしても……俺じゃ、みんなの足元にも及ばない。情報分析も、作戦立案も、俺より優れている人はいっぱいいたからね。

 だから……偶に一人になると……なんで俺なんかが、他に適任者がいたはずだって……そんな良くないことを何度も考えた」

 

空を見上げながら紡がれる言葉は、全てティアナにとっても身に覚えのある事だった。

きっかけは兄の死、彼の魔法が役立たずではないと証明したかった。そのために魔導士の道を志した。

だが、現実はいつだって思い通りにはいかなくて。士官学校と空隊、どちらの試験も落ちてやっと陸士の訓練校に合格した。そこで出会った相手(スバル)と3年以上にわたってコンビを組んでいる現状は……癪だが数少ない()()()()ことの一つだろう。

六課に来たことを後悔しているわけではないが、周囲の豊かな才能に眩しさを覚えることはある。確かな実力と実績を持つ隊長陣、今はまだ危なっかしさが目立つが誰も彼もが輝かしい未来を約束されたかのような才能を見せつける仲間たち。そんな中で、ただ一人の凡人…それは、中々に肩身が狭いものだ。

果たしてここは、本当に自分がいていい場所なのか、と。

 

だからこそ、証明し続けなければならない。自分はここにいていいのだと、凡人でも天才たちに追いついていけるのだと。

そうしなければ、これまでのすべてが崩れてしまいそうで……。

 

とはいえ、それはティアナが決して口にしてこなかった言葉であり思い。

それを、特に抵抗なく口にできてしまう相手には……正直、失望を覚えた。あのフェイトが選び、周りが認めたほどなのだから、凡人だとしても“何かある”と思ったのだが、買い被りだったらしいと。

だが、その間にも立香の語りは続く。

 

「でもまぁ……何にもできないのはどうあがいてもほんとのことだし。そこからは逃げられないのなら……せめて、強がらないと」

「え?」

「できることをする、それだけってこと。

 例えば凡人であるのなら、その平凡さを発揮しないとそれこそ役立たずだ。

 俺は誰かの代わりじゃなくて、藤丸立香としてみんなの信頼に応える。そう決めたんだ」

「自分として、信頼に応える……」

 

それは、思いの外深くティアナの心に染み入る言葉だった。何かとても、忘れてはいけないことのような気がした。

 

「大丈夫だよ。何があろうと、どれほど未来に不安があろうと、怖がることはない。

 基本、人間は無力で……上手くいくことなんて滅多にない。大抵は骨折り損で、こんなこともあるさと、笑って誤魔化すのが日常だ。

 それを思い知って、その強さに助けられた……短くも長い旅。それが俺のこれまでの人生だった。

 とりあえず、自分にはまだできることがある。それを疑うことなく、この先を生きて行こうと思う。俺と一緒に生きる、そう言ってくれる人たちのためにもね」

 

目の端でとらえた微笑みは、どこか誇らしさを感じさせるもので……少し羨ましかった。

同時に思う。自分もいつか、彼のように笑える日が来るのだろうか、と。

 

(そのためには、どうしたら……)

 

自分自身ですら気付かない意識の底の底で、確かにティアナはそう思っていた。

 

それからというもの、あまり頻度は高くないが偶にティアナはこの夢を見るようになった。

特に、焦りや不安が強い時にその傾向があったのは、あるいは二人の意識がシンクロしやすかったからだろうか。過去、似た経験をした立香と、今まさにその経験をしているティアナであるが故に。

 

とはいえ、基本立香はティアナの練習に対してあまり口は出してこない。

魔導は門外漢だというのもあるし、人に指導できるほどものを修めてもいない。なにより、なのはの指導力には一定の信頼を置いていたというのもあるだろう。彼女が施す訓練なら、今はその意味がわからなくても、いずれティアナに必要になることだろうと。少なくとも、その指導方針や目指す先は正しいものであるはずだ。

 

しかし、ある時を境に立香のティアナの訓練を見る目は厳しいものになっていく。

元からティアナの焦りや不安を見抜いているかのように声をかけてくれていたが、素直になれない彼女は「どうも」「必要ですから」と言葉少なに返しつつも、本音では嬉しく思っていた。見てくれる人がいる、評価してくれる人がいる、それは誰にとってもうれしいものだから。

それでも目の当たりにする現実は、一度は和らいだかに思えた不安と焦燥を煽り……ついに、とある任務の際にミスショットという形で現れた。

 

そこからだ、ティアナが遮二無二練習に励むようになり、比例して立香が声をかけることが減ったのは。同時に、現実でも顔を出した立香はティアナから距離を置くようになる。

そうしてついには立香が固く口を閉ざし数日が経った頃、彼はようやく重い口を開いた。

ただしそれは、それまでの暖かな言葉とは真逆のものだったが。

 

「ティアナ、“無駄な努力”って知ってる?」

「っ!?」

 

思わず動きを止め立香を睨みつければ、ティアナに一瞥もくれずにフェイトを慈しむ立香の姿があった。

 

「どういう…ことですか!」

 

つい抑えきれずに声を荒げれば、ようやくゆっくりと立香はティアナを見る。しかし、目が合っても彼は全く動じない。それどころか酷く冷めた、様に見える目をティアナに向ける。

結果、視線を逸らしたのはティアナの方だった。

 

「そのままの意味だよ。今の君がしていることは、無駄な努力そのものだ」

「無駄? 無駄って何ですか! 才能がない人間には、努力する資格もないっていうんですか!

 ふざけないで! あなたみたいな人に…凄い人の傍にいるくせに、才能がないって諦めてる人に言われたくない!!

 努力は言い訳の言葉なんかじゃない! 成果を出してはじめて“努力した”って言えるんです! 自分なりに“努力してる”“がんばってる”、だから傍にいてもいい。そんな言い訳が……」

「なんだ、分かってるじゃないか」

「え……」

「努力すること、それ自体に意味がある。だけど、それは本人にとっての話だ。

 周りに努力を認めてもらうには、君が言う通り“成果”がいる。成果なしに評価してくれる人もいるだろうけど、ね。でも、努力と成果は切っても切れない関係だ。

 だからこそ――――――――君のそれは“無駄”なんだ」

 

ティアナの言い分を全てわかった上で、なお彼女のそれを“無駄”と断言する。

二の句を告げずにいるティアナを他所に、立香は問う。努力とは、と。

 

「ねぇ、ティアナ。いったい、努力って何のためにすると思う?」

「……自分に足りないものを身につけるため」

「うん、正解。それは力だったり知識だったり、あるいは技術だったりする。もしかしたら、誰かとの関係かもしれない。でもね、あらゆる努力に共通するものがある。それはわかる?」

「…………」

 

分からない。努力とは向かう方向、求めるものによって変わる。

だから、全てに共通するものというのは考えにくい。

 

(時間? あるいは継続する根気? それとも……)

「答えは、“自信”だよ」

「自、信?」

「そう。さっき、君も似たようなことを言ったよね。“努力したから……”っていう奴、アレも間違ってはいないんだ。だって努力は、誰にだってできる自信をつける行為なんだから」

 

かつて英雄王に言われたことがある。「凡俗であるのなら数多をこなせ。才能がないのなら自信をつけよ」と。つまりはそういうことなのだ。

そして、だからこそティアナの行いは“無駄な努力”なのだ。なぜならそれは……

 

「身にならないどころか“自信”にもならない努力なんて、“無駄”以外の何物でもないだろ?」

 

努力することが無駄なのではない、その努力の形が“無駄”なのだ。

 

「じゃあ……じゃあ、どうすればいいって言うんですか!? 私のやっていることが無駄なら、どうしろって……」

「だから、努力するんだよ」

「……………………………え?」

「自分が凡人だと思うなら、その平凡さを発揮しろってこと。

 まずはできることの再確認、次にそれを一つずつやっていく。上手くいかないことばっかりだろうけど……何とかなるさ。なにしろ、まだ“何も終わっていない”んだから。

 ほら、リピート・アフタミー『何とかなるさ』」

「なんとか、なる」

「もう一度」

「なんとかなる」

「もっとお腹に力を入れて」

「何とかなる!」

「もう一声」

「何とかなる!!」

「どう? 気持ち、肩が軽くならない?」

 

言われてみて気付く、本当に少しだけ…気が楽になったように思えた。

 

「凡人にもできること、その1『強がり』だよ。

 いいかい、何も君にしかできないことを…なんて高望みをすることはないんだ。まずは、自分にできることを、自分にもできることを探して見つける。あとは簡単だ、レンガを積んでいくようにそれを積み重ねる。

 そうしていけば……ほら、少なくともできることについては自信をもって言えるだろ、『できる』ってさ」

 

まずはそこからだ、と。その言葉を最後に、その日の夢は終わった。

目が覚めても、別に不安や焦燥がなくなったわけではない。ただ……少しだけ、自分のやるべきことが定まった気がした。

 

「…………………そうね。まずは、できることから手堅く行こう」

 

自分の足元すら疎かにして、どうして高く飛び上がることができるだろう。なぜかはよくわからないが、ようやくそのことに気付くことができた。

 

「……ティア?」

「起きてたならちょうどいいわ。スバル、朝練するから付き合って。ついでに、気付いたことがあれば教えてちょうだい。自分だと、分からないこともあるだろうしね」

「う、うん!」

 

相棒の異変に気付き心配していたスバルだったが、今日のティアナはどこか肩から力が抜けている。

なにより、あっさりとスバルを頼ってくるというのは割と珍しい。それが嬉しくて、しばらく沈みがちだった心が浮き上がる。

 

それからさらに数日後の模擬戦後、ティアナはなのはが彼女に与えようとしていたものと、その根底にある思いを知ることになる。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「ティアナは行った?」

「ああ。でも、これでよかったのかな?」

 

人に教えたり導いたりというのは、どうにも経験がないので不安を隠せない立香。

しかし、そんな彼を他所に後ろから覆い被さる様に抱きしめてくるフェイトはどこか嬉しそうだ。

 

「大丈夫だよ」

「その自信はどこから?」

「君に大切なことを教わった第一人者ですから」

 

嬉しそうに、あるいは自慢げに断言されると流石に立香としても照れる。というか、自分で言っておいて照れないでほしい。いくつになっても反応が可愛く、体を入れ替えて抱きしめたくなる。

 

「フェイトからも言ってあげればよかったのに……ってわけにもいかないか。フェイトからだと、その気がなくても嫌味に聞こえるかもしれないか。なら、これも適材適所と言えばそうなのかも」

「そう、なのかな? 特に意識してたわけじゃないけど……」

 

なんとなく、立香から伝えてもらった方が良いと思ったから言わなかっただけなのだが……立香が言うならそうなのかもしれない。彼のそういう機微を察する力は、本当に抜きんでている。

まぁ、それとは別に今更……というのもあったのだが。そして、立香はしっかりそちらにも気づいている。

 

「まぁ、確かに“今更”と言えば“今更”だよね。夢なのをいいことにずっと“寝たふり”してたわけだし」

「ず、ずっとじゃないよ!? ほとんどの場合、眠くて起きられなかったのは本当だし……たぶん」

 

そう、何しろ意識すらあったりなかったりだったのだ。意識はあるが身体が動かないような時もあれば、本当に完全に寝入っていた時もある。なので、毎回寝たふりをしていたわけではない。

 

「でも、してたこともあるよね?」

「…………………………………はい」

 

なんというか、タイミングを逸してしまって今更“起きてました”とは言いづらかったのである。

 

「バツが悪いからって部外者の俺に部下のことを押し付けたのかぁ。フェイトも悪い子になったなぁ」

「そ、そんなんじゃないってばぁ!」

「ははっ……じゃあ、そんな悪い子にはお仕置きしないとね」

「え? お仕置きって……」

「フェイトは、どうしてほしい?」

「こ、こんなところじゃ言えないよ……」

 

何を想像したのか、顔を真っ赤にして蚊の鳴くような声で抗議してくるフェイト。

もちろん、斟酌するつもりなどない。フェイトは“こんなところ”と言ったが、むしろこんなところ“だからこそ”遠慮はいらないというものだ。まぁ、見た目的には平原というか草原なので、気持ちはわからなくもないが。

 

「でも、ここ“夢”だよ」

「っ!?」

「夢なら、まぁ大抵のことは良いよね?」

「よ、良くないってばぁ~……!?」




活動報告に「おまけ」第二弾を同時にUPしました。暇つぶしにでもご覧ください。
あと、第一弾の方も細々追記とかしているので、見てみると何か増えているかも?
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