魔法少女リリカルなのは Order   作:やみなべ

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本シリーズ最長を記録しましたが、まぁ是非もないよね。


EX04-2 JS事件(後編)

ぐぎぎぎぎぎぎぎ~~~~~~!? は~な~し~な~さ~い~よ~!

 

―――ほ~ら~、そろそろ観念しようよティア~。ホントに岩に嚙り付かなくてもいいじゃ~ん。

 

そもそもなんで私まで行かなきゃいけないのよ! なのはさんたちだけじゃなくて、エリオとキャロも行くのよ! 私別にいらなくない!?

 

―――う~ん……でもほら、念のために、ね? カルデアだとホント何があるかわからないし。特にアインハルトたちは初めてなんだから、きっと色々大変だと思うしさ。

 

……気持ちはわかるわよ。事前に情報があったってインパクト大きいのに、今回はそれさえないんだから。

私の時は局員ってことであらかじめ説明があったけど、あの子たちは民間人。情報漏洩とかその他諸々を鑑みて、カルデア本部で説明する。それが渡航を許可する条件なんだから仕方がないわ。

 

面倒なことだけど、あの子たち…特にアインハルトは会っておいた方が良いでしょうしね。ようやく継承した記憶との折り合いもついたみたいだし、良い頃合いとも思う。

とはいえ、誰も彼も基本的にアクが強いもの。フォローが必要だっていうのもわかってるつもりよ。

 

―――だったらさ……。

 

だけど、それとこれとは別問題!

ああもう! 今からキャットさんとかXさんとかジャガーマンさんとか信長さんとかその他諸々が手ぐすね引いて待ってるのが目に浮かぶわ!?

それと、ロクデナシ(マーリン)劇作家(シェイクスピア)は絶対に何か企んでる。“サプライズ”って言えば許されると思ってんじゃないわよ!!

その上、毎度毎度BBの玩具にされるし、よくわかんないのが絡んでくるし……憂鬱だわ。

 

―――ティア、なぜか“ちびノブ”にも人気だもんね。

 

アレはアレで何なのよ。妙に強いし、“ノブノブ”言ってる割に意味通じるし、いつの間にか種類増えてるし……頭がどうにかなりそうだわ。

 

―――えっと……ほら、よく見れば愛嬌がなくもない、よ?

 

疑問符浮かべてる時点で説得力ないわよ!

 

だいたいね、この前なんてブッサイクなネコっぽい怪生物にまで絡まれたのよ!

なんなのよ、G・C・G(グレート・キャッツ・ガーデン)って!? なんであんな狭いところに(うごめ)いてるのよ! 暑苦しいやら、気色悪いやら……しかも、人のことを勝手に“ネコ二十七キャット”とかいうわけわかんない組織のメンバーにしようとするし!? “第5位の席を用意しよう”ですって、いるかそんなもの!? というか、“ネコ”と“キャット”で意味被ってんのよ!

 

―――あれ? 私、それ初めて聞いた。え、ヴィヴィオも? その…ネコ(?)のクラスと真名は?

 

……知らない。

 

―――はい?

 

だから、知らないの。

カルデアのデータベースにも記録がないし、立香さんたちに聞いてもみんな知らないって……。

 

―――カルデアでも把握してないサーヴァントかぁ……そんなのいるの? というか、いていいの?

 

知らないわよ、あんなトンチキ。

そもそもサーヴァントかすら怪しいし。ま、もしそうだとしたら言動の支離滅裂具合からしてバーサーカー(狂戦士)か、あるいは名状し難さからフォーリナー(降臨者)あたりだと思うけど。

 

はぁ…………ハロウィンと時期がズレてるのだけが救いだわ。

 

―――ふんふん……ねぇティア、ヴィヴィオが……。

 

……大丈夫、一通りぶちまけたら大分気が紛れたから。ああは言ったけど、あんな“チキチキ怪獣ランド”に放り込んでおいて知らぬ存ぜぬするほど薄情じゃないつもりだし。というか、そんなことしたら寝覚めが悪すぎるし。

悪いわね、みっともない所見せて。スバルも、付き合ってくれてありがと。

 

―――あははは。まぁ、アタシでよければいくらでも付き合うから。

 

そ……とはいえ、あのトンチキ共も大概だけど、神霊系と魔性系との接触も極力避けた方が良いでしょうね。

 

―――王様たちとは、たぶん多少は会わないといけないだろうしね。でも、他にも気を付けた方が良い人たちはいると思うけど?

 

それを言ったら大半の連中が要警戒対象よ。その中でも、ってこと。

何しろ、価値観云々以前に私たちとは視点が違うんだから。

 

―――まぁ、そもそも生き物としてのカテゴリから違うもんね。“魚と鳥”ってレベルじゃないし。ん? ケツァル・コアトルさんとかパールヴァティさんは常識的だと思う?

 

否定はしないけど、それでもそこはやっぱり神様だからね。どうしたって視点が俯瞰的なのよ。

ケツァル・コアトルさんなんかは善神らしく人間の繁栄を願ってくれてるけど、基本的には“人間”っていう“種”の規模で言ってるからね。よっぽどじゃないと、個々の人間には焦点合わせないわよ。

 

ま、神様に目をかけられるっていうのもそれはそれで考え物だけど。

 

―――八神司令も、結構苦労してるもんね。

 

加護のおかげなのか、運が良かったり巡り合わせが良いのは確かなんだけど、それと釣り合うくらいにはトラブルに見舞われるものね。

解決まで道筋が見えてた事件だったのが、唐突に裏組織との関連が見えてきて大事になったりとか。検挙してみたら、把握してない密輸物の中に捜索指定ロストロギアが紛れてて暴走寸前だったりとか。追い詰めた違法魔導士が破れかぶれで魔法を使ったら、何故か近くの可燃物に引火してあわや大爆発とか。

 

……挙げだしたらキリがないわね。

私が把握してる範囲でもこれなんですもの。たぶん、実際にはもっとあるわよ。

 

―――ま、まぁだいたいみんな大きな被害を出す前に治められてるらしいし、それで評価が上がってるのも事実だから……。

 

そうね。最終的にはいい方向に向かってるし、結果的に実績につながってるのは確かだと思う。まぁ、しなくていい苦労をしょい込んでる感は否めないけど。少なくとも、私は御免被りたいわ。

 

―――私も、かな?

 

そんな厄介なモノ押し付けておいて、“また活躍したみたいね、私の加護があるんだから当然だけど”とか言っちゃう人達よ? 関わり合いにならないに越したことはないわ。

 

―――あ、あははは……え? 加護をもらうのが大変なのはわかったけど、視点が俯瞰的だと何か問題があるのか?

 

ああ、そのこと?

問題っていうわけじゃないんだろうけど…ね。あの人たちから見れば、私たち(人間)の法とか道徳、そして倫理、そういうのが“あやふや”に見えてしまうから歯牙にもかけないってこと。

ま、“こっち(人間)が決めたルールでしかない”って言ったらそれまでではあるんだけど……。動物が人間のルールを守らないことを怒ってもしょうがないように、神様とか魔性(人外)が人間のルールに縛られないのも、ある意味当然なんでしょうけど。

 

―――でも、結構尊重してくれる人もいるよね。

 

まぁね。だけど、それは結局“合わせてもいい”ってだけでしかないわ。

数百年、あるいは数千年…それどころか数万年かそれ以上の時間をあり続けてきたあの人たちにとって、数十年…下手したら数年のうちに移り変わる“人間のルール”は、一時の“流行り廃り”と同じように見えるんでしょ。

流行に乗っかることはあっても、それに縛られることはない。

 

百年程度の寿命しか持たない、十年も経てば“ひと昔”に感じる人間とじゃモノの見方が違うのは当然なんだろうけど。

その点で言えば、何百年も旅を続けてきたアインスさんたちが私たちに近い感覚を持ってる方が奇跡的に思えるわ。

 

※アインスははやての“私設秘書”扱いなので、局内での階級や地位は持っていません。その分、割と自由に動けたりもしています。

 

―――あ~、そういうことか~。

 

アンタが納得してどうすんのよ。

ま、そういうことだからあの人たちがこっちのルールを守ることを期待するのはやめなさい。合わせてくれたら御の字、くらいに思っておくのが一番よ。

 

―――うん、すっごくしっくりきた。流石ティア。

 

うっさい。ま、不本意ながらフェイトさんのところで補佐やってた頃にたっぷり揉まれたから。

ああ……クラウディアの時は良かったなぁ。クロノ提督に徹底的に(バインドで)縛られまくったのは大変だったけど良い経験になったし、任務内容は物騒なのも多かったけど妙なトラブル起こす連中はいなかったし。

 

それが、たった半年でフェイトさんに連れられてスペース・ボーダーに乗り込むことになったあたりから……怒涛の日々だったわ。フェイトさん受け持ちの案件とかクラウディアでの任務とは別ベクトルに物騒な事件はまだいいとしても、偶に本当に意味不明な事態が発生してその対処に右往左往……。

そもそも、あの人たち自由過ぎるのよ。小さなトラブルから割とシャレにならない事件まで休む暇もなく起こすし……っていうか、カルデアの“小さなトラブル”自体が割と大騒動なのよね。“小競り合い”で山が吹っ飛ぶとかどうなってんのよ。……偶に本気で殺し合い始めるし、そうなると“地形が変わる”どころじゃなくなるのよね。

その上、騒ぎに乗じて動く連中はいるし、立香さんも行方不明になったり意識が戻らなくなったりで……はぁ、なんでシャーリーさんは普通に馴染んでたのかしら。私、執務官試験に受かって独立する(最後)まで結局慣れなかったんだけど……というか、良く試験受かったわね、私。自分でビックリよ。

 

―――で、でもそっちでもいい経験にはなったんでしょ?

 

そりゃね、散々振り回されたおかげで大抵のトラブルには動じなくなったわよ。

訓練の相手が豊富だから得るものは多かったし、荒事に限らなくてもあそこにいるのは誰も彼もがその道のスペシャリスト、その気さえあれば教わることはいくらでもあった。

 

……………………………………ま、訓練の度に殺されそうになったり、教えてくれる内容が高度過ぎて理解するのも一苦労だったけど。

 

―――ティ、ティア?

 

ええ、シミュレーターだから大丈夫なのはわかってる。別に死ぬわけじゃないし、傷を負ってもそれは仮初のもの……リアリティあり過ぎてトラウマものだったけどね!? アレに比べればなのはさんの訓練は遥かに人道的だったわ!! しかも、どいつもこいつも面白がって追い詰めてくるし! 自分たちができるからって要求内容がどんどんエスカレートするし!

なのはさんならちゃんと踏んでくれた段階をすっ飛ばし過ぎだっつーの! こっちは生身の人間なのよ! アンタ達みたいなキチガイと同じにすんなぁ!?

 

―――お~い……。

 

ホームズさんに捜査のコツを教わろうとしたら“わかって当然だろ”みたいな顔してドンドン先進んでくし、テロ対策とか教わろうと思ったらいきなり超エゲツナイやり方を実地(シミュレーター)で体験させられるし、なんとかついていこうと少し無理したら婦長(ナイチンゲール)にベッドに縛り付けられるし、他にもアレとかコレとかソレとか……あ~~~~~~~~~~~~~~~~、私にどうしろってのよ!!!!

 

―――(や、(病み)が深いよ、ティア……どれだけ溜め込んでたの!?)

 

挙句の果てに、ようやく独立できたと思ったら「よし、行ってこい」とばかりにカルデアに派遣されるのもざら。

そりゃね、応援要請してもみんな行きたがらないのは良~く知ってるし、っていうか要請する度に断られて頭抱えてたわけだけど。

だから、割と長くあそこにいた私にお鉢が回ってくるのもわかるのよ。

 

だけどね、長くいられたからって慣れてるわけじゃないっての!? 毎回毎回私がどれだけ疲れ果ててると思う!? 任務明け3日は部屋から出る気力も湧いてこないのよ!! わかる!?

 

―――ティア、近い! 近いってば!?

 

フェイトさんもそうだけど、立香さんもホント凄いわ。アレで凡人とか絶対嘘だわ。

いや、ホント才能ないと思うんだけど、精神的に……。見習いたくはないけど、尊敬はしてる。

 

あ~、今思い返すと異動の前にあいさつに行った時のクロノ提督が妙に優しい顔で、やけに重々しく「頑張れ」って言ってたんだけど、どういうことなのか納得するわ。

 

―――ティア、今度スイーツバイキングとか行こう。アタシ奢るから。

 

いっそ、アンタの時間丸一日ちょうだい。

 

―――大丈夫、ディナーまでしっかり付き合うよ。

 

……………………………………………私、アンタが親友でホント良かった。

 

―――うん、本当は凄く嬉しいはずなんだけど……今はすごく複雑。

 

ヴィヴィオもごめんね、こんな愚痴ばっかりで。カルデアは機密事項が多くて、言える相手が限られるからつい。

 

―――ほぉら、ヴィヴィオも気にしてませんって言ってるし、もうこの話はおしまい! ところで、なんか昔のこととか聞いて回ってるんだよね? 誰にどこまで聞いたの?

 

ふ~ん、この前はエリオとキャロからJS事件の時のことをね。

いやぁ、今思い出しても自分の迷走具合には呆れるやら恥ずかしいやら……。

 

―――ねぇ、ティアって立香さんのこと好きだったりとかしなかったの?

 

またその話? 何度も言ったでしょ、確かにお世話にはなったけどそこまでチョロくないわよ。触れてくれるならオッケーな静謐さんじゃあるまいし。

まぁ、多少の違和感がないわけじゃないけど…今更でしょ。

 

―――いや、あの人って触れたら死んじゃうから。チョロいかもしれないけど難易度極高だから。

 

そもそもね、スペース・ボーダーに乗ってからというもの、フェイトさんやマシュさんとイチャイチャしてるのをうんざりするくらい見せられてるのよ。よしんば恋愛感情があったとしても、アレを見てたら横恋慕する気なんて失せるっての。

あとアレね、清姫さんとかとのやりとりを見てると……ねぇ。よくもまぁ、結婚まで行ってるのに諦めないわと、逆に感心するわよ。静謐さんなんかは触れてもらえれば一応満足するからいいけど、他の人たちはそうじゃないし。

 

―――あ~…私、あの人ちょっと苦手。悪い人じゃないと思うんだけど、時々なんというか……怖い。

 

いや、あの人は普通に怖いでしょ。モノに関係なく“嘘吐いたら焼き殺す”のよ。

 

―――だね。迂闊に冗談も言えないのは、ちょっとなぁ……。

 

ん? 六課の隊舎が復旧した頃には、しょっちゅう立香さんが顔を出してたのはどうしてなのか?

 

―――えっと、立香さんが離れてた理由は知ってるんだっけ?

 

そう。ちょうどヴィヴィオを保護する前後くらいに“あの人”を召喚して、言っちゃえばそれが理由。ほら、管理局もそうだけど、それ以上に聖王教会的にね。

なもんで、各方面への根回しやら想定される状況への対処の準備、その他諸々で顔を出す余裕がなかったのよ。あの時点では、まだヴィヴィオとの関連はわかってなかったしね。

 

何より、初めて召喚された“こちら側の英霊”だったから。本人も協力的だったらしいから、検査だったり話を聞いたりでさらに忙しかったわけ。

 

今思えば、もっと早く情報を共有してたら色々違ってたのかもしれないわねぇ。

まぁ、親しい相手にも漏らせないくらいに厄介な情報だから仕方なかったんだけど。下手したら、それこそ教会…最悪管理局も含めて関係が悪化してたかもしれないし。

 

―――だねぇ。だけど、そうなったらなのはさんとの関係も変わってたのかなぁ?

 

ああ、別に“あの人”が嫌いなわけじゃないもんね。とはいえ、やっぱりなのはさん以外の人が“ママ”は嫌と。

 

―――相変わらず、ヴィヴィオは“なのはママ”が大好きだねぇ。

 

で、立香さんが六課に顔を出してた理由だったわね。

カルデアのごたごたが落ち着いたからってのもあるけど、そんなのはヴィヴィオなら言うまでもなくわかってるでしょ。なら聞きたいのは、どうして“大人”だったのか、違う?

 

―――あ、やっぱり。

 

まず前提として、立香さんが小さくなってたのは地上本部が渋ったからよ。

でも、皮肉なことにスカリエッティの起こした事件のおかげで地上本部は大混乱。特に、事実上のトップだったレジアス中将のことが大きかったわね。色々なアレコレが公になって、中将なんか“せーせーした”とばかりに追及される以上のことを暴露しちゃうし……おかげで陸と海とを問わず、膿が出るわ出るわ。

 

―――その上、自分から裁判をネット配信させたかと思ったら……。

 

地上の体制見直し案やら兵器の限定復活の有用性を説き出しちゃうんだもの。どういう神経しているのかしら。

まぁ、それくらいの胆力がなきゃ、長いこと地上の平和を守ることなんてできなかったんでしょうけど。

 

“辣腕”通り越して“豪腕”で“ワンマン”なところのある人だったけど、そんな人が必要だったのが地上の実情だった。そんな人がいなくなるんだから、当然やり方を根本的に変えていかなきゃいけない。きっと、誰よりもそのことをわかってたんでしょうね。

だからこそ、混乱が最小限になる様に、市民の安全が脅かされないようにって……。

 

―――やり方とかはアタシも複雑なものがあるけど、その想いよくわかる。難しいよね、そういうのって。

 

本当に。

でも、沢山の人に慕われてたわ。実際、とんでもない量の嘆願書が提出されて、本来なら“不名誉除隊”になるところを、穏当に“退役”扱いになったんだから。本人は最後まで不服そうだったけど。

 

―――責任を取らせろ、それがワシの仕事だ! だっけ。

 

ゼストさんと再会して、長年の胸の(つか)えがとれたのかもしれないわね。

ま、最終的には大勢に土下座されて渋々納得してくれてたみたいだけど。

 

まぁとにかく、そういうわけで上を下への大混乱だったわけ。

そんな中、騒ぎに乗じて許可を取り付けたから、わざわざ子どもにならなくても顔を出せたのよ。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

新人フォワードメンバーが六課着任後初の休日を得て、結局それを返上することになった事件と前後する形で立香が姿を見せなくなり、代わりに“ヴィヴィオ”という少女が保護されて数日。

良い料理はまず食材から、という信条に則って市場を訪れていた機動六課バックヤードの責任者は、その鷹の目で魚の品定めをしていたかと思うと、卸業者に向けておもむろに口を開いた。

 

「それで、何かわかったのか」

「それがさっぱり。どうも、すっかり警戒されちゃってるらしくてね。動き辛いのなんの……」

 

よく見れば、業者は何ともこの場に不釣り合いな長い緑髪の美青年だった。

 

「……似合わないな」

「それはこんなところを密会場所に選んだ君の責任じゃないかい」

「悪かった。だがまぁ、やり手の査察官殿がこんなところで業者の真似事をしてるなんて、誰も思わないだろ?」

「まぁ、それには同意するよ。この格好も中々に新鮮だしね、魚だけに」

 

別にたいして面白くもないので適当に肩を竦めるに留め、怪しまれる前にさっさと話しを進めにかかるのが吉だろう。そしてそれは、目の前の男も同じ考えらしい。

 

「君に言われた通り、レジアス中将周りを調べているんだけど……成果は芳しくない」

「やっぱり地上本部…特に中枢はガードが堅いな」

「よく知ってるような口ぶりだね」

「この十年、俺なりに色々やってきたからな」

「確か、切嗣氏は君にその手のツテは残さなかったと聞いているけど?」

「それでも、じいさんの“おつかい”で顔を合わせた情報屋とかもいる」

「なるほど……」

 

どうやら、そういった数少ないツテを基点に目と耳を広げてきたらしい。

また、彼の仕事関係から得られる情報もあるのだろう。食事と無縁でいられる人間はいない。一流ホテルや高級レストランのシェフやオーナーに顔が利くからこそ、高官の動静も多少は入ってくるということか。

 

「一応念を押しておくけど、あまり危ない橋を渡らないでくれよ。もし君に……」

「はやての足を引っ張るつもりはないさ。あいつの夢は、まだまだこれからなんだからな」

「それがないとは言わないけどね……」

「とはいえ、上に行けば行くほどキレイ事じゃすまなくなる。シャマルは参謀役だけあって腹芸もそこそここなすけど、根が騎士だからな。汚れ仕事には根本的に向いてない、そういうのは俺の領分だよ」

「……わかった。でも、君自身のことも大事にしておくれよ。君に何かあれば、騎士たちやクロノ君、そして僕も悲しむってことを忘れてやしないかい。

なによりはやてのことだ。結婚してまだ3年で、ようやく20歳になるところなんだよ。未亡人にするのは、嫁不幸にもほどがあるんじゃないかい」

「それこそ杞憂だ。あいつを泣かせるのは、十年前で懲りてる」

「……だといいんだけどね」

 

何しろ、割と我が身を顧みないところのある友人なだけに、このあたりに関しては信用できない。

表の情報網はともかく、裏の情報網は多くを得られる可能性がある分リスクも高い。何度かそれに助けられている身としては、あまり強く言えない部分でもあるが。

 

「それで、僕は今後ともレジアス中将を調べるってことでいいのかい?」

「いや、警戒されているのならそっちは望み薄だろ。今までに得られた情報で充分だ。少なくとも、クーデターの可能性はまずないんだろ」

「ああ、そこは間違いない」

「ならいっそ、本局の方を調べてくれ。そっちの続きは俺がやる」

「わかった、あまり無理はしないでくれよ。しかし、本局をかい?」

「……昔から、ちょっと気になってることがあってさ。思い過ごしならそれに越したことはないんだが」

「詳しく聞いても?」

 

なんでも、昔養父が漏らしていたことがあるという。“管理局の上は腐っている”と。

仮にも妹分やその友人たちが務める組織だ、念のために調べてみたが…それらしいものは見当たらない。もちろん、大なり小なり後ろ暗いことや犯罪紛いに手を出している者はいるが、巨大な組織ならそれは“必要悪”の範囲だ。眉を顰めることはあれ、あの養父が「腐っている」と評するほどとは思えない。

 

だからこそ、この十年調べてきた。調べてもわからないからこそ、目と耳を広げてきたのだ。

未だ核心は得られていないが、近年になってようやくその“匂い”くらいはつかめてきたように思う。てっきり上層部のどこかが腐っているのかと思っていたのだが、どうやらそれどころの話ではないらしい。

 

「気をつけろよ。かなり危ない橋を渡ることになる、ヤバそうなら深入りせず……ってどうした?」

「ふふっ……いや、あの君がその“危ない橋”を渡ることを任せてくれるのが嬉しくってね」

「……できるなら俺がやってる。俺じゃこれ以上は無理だから、こうして頼んでるんだ」

 

本当は極めて不本意なことなのだが、養父のことを知っているのか“匂い”の元にこれ以上近づけない。だからこそ、止む無くこの友人を頼っているのだ。

 

(はやてやクロノ君から聞いた昔の君なら、それでも自分でやろうとしただろうに。さてこの話、カリム(姉さん)が聞いたらどんな顔をするかな)

「なんか悪い顔してないか?」

「気のせい気のせい。しかし、今時紙媒体かい?」

 

受け取った紙の資料を検索魔法と読書魔法の併用で内容を把握し、魚の影に隠して焼却処分する。燃えカスから内容を復元することも不可能なよう、念入りに。

 

「データ上だとどこから漏れるかわからないからな」

「だから、情報を手書きで、ね。あらゆるネットワークから切り離しても、印刷する時には外部と接続することになるし、そこからデータを復元することも不可能とは言い切れないか。うん、僕も見習うとしよう。

 ところで、例の発言は本当なのかい?」

「らしいな。まぁ、詳しい事情を知らないならそんな評価もあるだろ」

(それにしたって、はやてを「犯罪者」呼ばわりはいい気分がしないな)

 

しかも、言っていたのが例のレジアス中将だ。元々地上本部から良い目で見られてはいなかったが、まさかここまで目の敵にされていたとは。

公にすればスキャンダルにもできるだろうが……

 

「俺が言うことじゃないかもしれないが、短気は起こすなよ」

「わかってるよ、それで色々と有耶無耶にされたら意味がない」

 

これをきっかけに芋づる式…となればともかく、小事の影に大事が隠蔽されてしまうのでは本末転倒だ。

なにより、誰よりも妹分の傍にいる男が堪えているのだ。兄貴分として、我慢せざるを得ない。

 

「まぁ、どの口で…とは思うけどな」

「仮に言っていることが事実だとしても、人のことを言えた口じゃないだろうに」

「たぶん、あの男の世界は二つしかないんだ。“同胞”や“市民”っていう“守るべき存在”と、“それ以外”のどちらか。事件の中心にいたはやては“それ以外”なんだろうな」

「中心といえば中心だけど、事実上カヤの外だったんだけどね」

「それを知る奴は少ない。詳しく知ろうとすればともかく、そうでないなら“命惜しさに騎士を使って罪を犯した”としか見えないんだろ」

 

それを避ける為に、かつてこの男は酷い嘘をつこうとしたのだ。まぁ、それは結局はやて自身によって否定されてしまったわけだが。

とはいえ、はやてを守るという誓いはいまも続いている。いや、今はより一層重みを増しているだろう。だからこそ、彼女を守るためにこうして方々に目と耳を広げてきたのだ。

 

「“正義のために悪を為す”ことを俺は否定しないし、できない。そんな資格はないからな。でも、少なくともじいさんは自分の行いが“悪”だと理解していたよ。だからこそ、俺が後を追うことに良い顔をしなかったんだし、できるだけ直接的に関わらせないようにしていた。それが、欺瞞だとわかった上で」

「……」

「実際、中将の手腕は本物だ。強引過ぎるように見えるやり口は、そうしなければ何も守れなかったからだ。反感や不満を背負ってでも、結果を求める気持ちは理解できる。必要なら、“罪”に手を染める覚悟も」

「加えて、彼は味方を守ることに拘った。だからこそ、多くの局員たちがついてきている。

“もし自分の身に何かあっても、家族や仲間は中将が守ってくれる”。その信頼があるからね。まぁ、流石に隅々までとはいかないようだけど」

「これだけの組織だ、無理もない。ティアナには悪いけど、それがたまたまティーダ一尉の時だったんだろうな」

 

本来、地上において殉職者に対し「役立たず」などという暴言は許されない。レジアス中将が赦さない。

実際、調べてみればその言葉を吐いた人物は、間もなく管理局を追放されている。幼かったティアナは、そこまで気付いていなかったようだが。

 

「そういう意味では残念だよ。何かが違えば、彼ははやての良い味方になってくれたかもしれないのに」

「そうだな。同じ思いがあるのにすれ違って、対立しちまう。それが人間なんだろうけどな」

「だけど、僕はやっぱりはやての味方だからね。どうしても思ってしまうよ。

 局員として罪を犯したあなたが、ありもしない罪を償うために局に入った子どもを否定するのか、とね」

 

長年にわたって地上を守ってきた功績は尊敬する。罪を犯してでも守るべきものを守ろうとする覚悟にも共感する。法の守護者として、かつて罪を犯した者に拒否感を持つのも仕方がないだろう。

 

しかし、だからといって彼の行いが正当化されるわけではない。

色々複雑に入り組んでいるからややこしくなるが、“それはそれ、これはこれ”と分けてしまえば、案外難しくないことも多い。

どれほど成果を上げていようと、レジアス中将が“罪”を犯していたのならそれは紛れもない“罪”だ。成果によって過程を洗い流し、大義によって手段を肯定したとしても、その“(シミ)”が完全に拭い去られることはない。

はやてを“犯罪者”と呼ぶのなら、彼もまたそうなのだから。その自覚があるのなら、私的な場であろうと…いや、だからこそそんな言葉を吐けるはずがない。

 

「それと、アインスから頼まれてた資料だ」

「悪いな、大変だっただろ」

「本当さ。何しろ教会にとっても重要な資料だからね、手続きが煩雑過ぎる。そのくせ、正直確証を得るには情報が乏しい」

「カルデアと連絡が取れないのが痛いな。あいつ等は直接会ったことがあるんだろ?」

「そうらしいね。だけど今は、新しく召喚したサーヴァントのことでゴタゴタしているみたいだよ。向こうは治外法権だから、本気で遮断されると手が出せない」

「……逆に言えば、それだけ厄介なことになってるってことか」

「テスタロッサ・ハラオウン執務官は? 彼女、立香さんの婚約者だろ。何か聞いてないのかい?」

「流石にそこで公私混同はしないな。フェイトも、“しばらく来られない”とだけしか聞いてない」

 

若干寂しそうにはしていたが、彼女もお互いの立場は弁えている。あえて深く追求しようとはしなかっただろう。

 

「情報だけ送るってわけにはいかないか?」

「下手に流出すると後が怖いからね。しかも、未確定情報だ」

「そうだな。余計な混乱を招く可能性は極力避けた方が良いか」

「この情報はどこまで?」

「今のところ、はやてと俺までだ。アインスは割と覚えているようだし、だからこそ“ヴィヴィオ”のことに気付いたわけだが、シグナムたちは昔のことはあまり覚えていないからな。今のところ気付いた様子はない」

「高町教導官にも?」

 

そのことを考えなかったわけではない。ただ、裏の取れていない情報であの二人の生活を乱すのは本意ではない。

なのはを“ママ”と慕い、なのはも手探りながらもそれに応えようとしている。色々と特殊ではあるだろうが、あれは“新米ママ”と“愛娘”の姿そのものだった。

 

「変に意識せず、自然体でいる方が良いだろ。なにより、違うならそれに越したことはないし、それならなおさら知る必要はない」

「もし、アインスの懸念通りなら?」

「……折を見て伝えるべきだろうな。

ガジェットに破壊されたと思われる生体ポッドの発見、保護された聖王家の特徴を持つ子ども、そしてヴィヴィオが持っていたレリック」

「……どう考えても、楽しい方向には向かない組み合わせだね」

 

正直、可能性としては“懸念通り”の方が高いように思う。“違う”場合の話が多いのは、そうであってほしいという願望が多分に含まれていることは自覚している。

 

「それとユーノ先生に資料を依頼してあるから、当分はそっちの結果待ちかな」

「ユーノ、無限書庫か。確かにあそこなら……でも、話したのか?」

「いや、適当な理由をつけてね。とはいえ、先生は頭がいいから……」

「その上なのはとも親しい。案外、自力で気付くかもしれないな」

 

とりあえず、今ある資料を持ち帰ってアインスと精査すべく市場を後にする。

結局、カルデア側と連絡を取ることはできなかったが、できたところであまり成果は望めなかっただろう。立香たちとて、“彼女”の“目”を見ることはなかったのだから。

 

そうして時は過ぎ、公開意見陳述会が迫る。

六課の後見人の一人であり、聖王教会の騎士にして管理局理事でもある“カリム・グラシア”の有するレアスキル、“預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)”。それは最短で半年、最長で数年先の未来を、詩文形式で書き出した預言書の作成を行うというもの。この能力によって記された“管理局体制の崩壊”を暗示させる内容への対策として、そもそも起動六課は設立された。

そして、その発端となる可能性が最も高いと目されたのが公開意見陳述会である。

 

内部からのクーデターの線は薄く、可能性としては外部からのテロの線が濃厚だ。おそらく、六課が担当するロストロギア“レリック”に関与しているジェイル・スカリエッティの一味である可能性が高い。目的やその後の狙いは不明だが、それを皮切りに世界は大きく動くことになるだろう。

だが、そう想定されるのなら当然対策する。そのための機動六課だ。

故に、六課前線メンバーの総力を挙げて警備にあたる…べきなのだが。

 

(ねぇティア、なんか今日のなのはさん様子がおかしくない?)

(アンタもそう思う? なんというか、妙に無表情というか……)

 

どちらかというと、割とコロコロ表情が変わる方のはずなのだが、ヘリポートにて地上本部への出発を待つなのはの顔には驚くほど変化がない。もちろん、状況によっては表情を引き締めそれを維持することもあるが、それはあくまでも“真面目な顔”なのであって、所謂“無表情”ではない。

考えてみると、なのはの“無表情”というのは初めて見た気がする。ヴィヴィオといる時の様に表情筋が緩んでいるわけでもなく、訓練時や任務の時の様に引き締められているわけでもない。絶妙なバランスで緊張と弛緩が混同するその表情は、なのはが見せたことのないものだった。

 

その後、フェイトが見送りに来たりもしたのだが……

 

(あれ、ヴィヴィオがいない。どうしたのかな?)

(そうだね。てっきり一緒に来るかと思ったんだけど……)

 

まぁ、もう夜遅いのでそういうこともあるのだろう。

と思っていると、それまでフェイトと別れ際に少しだけ話をした以外にはずっと口を閉ざしていたなのはが、唐突に朗らかな表情を見せる。

 

「あっれ~? みんなどうしたの♪ もしかして緊張してる?」

「ブフッ」

 

朗らかな表情に負けないとてもテンションの高い溌剌とした声が、より一層違和感を強くする。

ついでに、何とか口元を隠し必死に笑いを堪えようとしているリインだが、全然全く抑えられていない。

 

「もぉ~♡ どうしたのリイン、いきなり笑いだすなんてひどいよ~♪」

「な、なのはさんが壊れた……」

「え~! 私はいつも通り、みんな大好きな高町なのはだよ♪」

「い、いえ、なのはさんは普段あまりそういうことは……」

「「うんうん!!」」

「きゅく~……」

 

スバルは慄き、ティアナが精一杯の勇気を振り絞って指摘すれば、ちびっこ二人も高速で首を縦に振って同意する。見れば、フリードも薄気味悪そうにしているではないか。

さっきまでとのテンションの落差といい、元々朗らかで明るい人なのは確かだが、今はそれが明後日の方向に向いていることといい、絶対に今のなのははオカシイ。まるで、眼に見えない“♪”マークや“♡”マークがあたりを飛び交っているかのようだ。

 

「クッ、クククク……」

「あの、リイン曹長」

「何かご存じなら教えていただけませんか?」

「い、いえ…別に隠しているわけではないというか、元から隠せるとは思っていないというか……なのはさんと毎日会っているみんななら、気付いて当然ですし」

「え~、そんなことないよ~♪ こんなにそっくりなのに~♡ みんなもそう思うでしょ♪」

 

もう、飛び交うを越えて乱舞するかのように撒き散らされ出している。

そして、そんなことを聞かれても困る。今の言葉から偽物…とかそういうのだとはわかる。なんでとかどうしてとか聞きたいことは多いが、確かに“そっくり”ではあるだろう。少なくとも、双子でもこうはいかないというくらいにはよく似た顔立ちだ。

しかし、“そっくり”だからこそ違和感が半端ではない。ぶっちゃけ、「気色悪い」というか「怖い」。

 

「と、とりあえず、地上本部についたら基本お口はチャックですね。誰かに聞かれても、声が枯れたとかで誤魔化しましょう。まぁ、やっぱりというか案の定というかですが。いいですね、“()()()()”」

「……わかりました。不本意ですが、いくら身近で過ごしているとはいえ、師匠ならいざ知らず彼女たちすら騙せないのなら仕方ありません」

 

途端、それまでの空恐ろしい“溌剌さ”はどこへやら、つい先ほどまでの無表情に逆戻り。ついでに、その無表情さと実によく似合うクールな声。声そのものはなのはそっくりなのだが、全くそうは思えないのが不思議だ。

 

「しかし…レヴィの言う通りだったというのが少々悔しいですね」

「あ~、言ってましたね。試しに練習してみたら、“キモチワル!?”“怖い! シュテルン超怖い!?”と震えていましたっけ。まぁ、気持ちはわかりますが」

「残念です。話を聞いてから数日、私なりに修練を積んだのですが」

(斜め上というか、完全に見当外れの方にかっ飛んでいましたからねぇ)

「あの、リイン曹長、これはいったい……」

「あまり詳しくは話せないのですが、要は替え玉作戦です」

「「「「替え玉?」」」」

 

なんでも、なのはには六課隊舎を離れられない理由が出来てしまったらしい。とはいえ立場上、地上本部の警備には向かわなければならない。この二律背反を解消するために講じられたのが、この“替え玉”作戦なのだ。

 

「燕青さん…じゃないよね」

「うん。ホームズさんでもなさそうだし……」

 

そう聞いてパッと浮かぶのは、カルデアにおける変身能力持ちや変装の名人たちだが、確実に違うとわかるので除外。そもそも、現在カルデアは外部との接触を断っている。六課隊長陣としても、一度は候補に挙がったのだが止む無く断念。

そこで、代替案として挙げられたのが……数年前になのはやフェイト、はやてのデータから姿形を構築した友人たちのことだった。

 

「私の身体はなのはのデータから構築されたものですから、姿形においては寸分の違いもありません。その点において、替え玉としてこれ以上ない適任と言えるでしょう。

 まぁ、生活環境の違いなどで多少の差異は生じていますが、誤差の範囲です。髪は似た色合いですし、瞳の色はカラーコンタクトで誤魔化せます。武装は調整済み、魔力光もフィルターを通せば問題ありません」

「寸分の違いも、ですか?」

「……どこを見ているのです、リインフォース・ツヴァイ」

「クェッ!?」

 

思わずリインの視線が“偽なのは”こと“シュテル”の胸元に行くと、瞬時に彼女の左手がリインの小さな体躯を鷲掴みにする。しかも、いつの間にか物騒な腕部武装“ブラストクロウ”が展開されていた。

 

「なにか、言いたいことでも?」

「ブンブンブンブンブンブン!! な、何もないです! 何も思ってないですぅ!?」

「そうですか。ところで、魔力光などに問題がないか、ここで試すというのはどうでしょう」

 

言うや否や、ブラストクロウの中央から淡く赤い光が漏れだす。

 

「そもそもなのはさんには、そんな武装は構想段階ですら存在しない筈では!?」

 

ちなみに、どうしてリインが胸元を見たかというと…その奥にささやかながら“詰め物”がされているからだ。

未だ惑星再生作業中のエルトリアと生命豊かなミッドや地球との生活環境の違いか、栄養満点の食事と日々の訓練の賜物か、あるいはもっと別の……。いずれにせよ、元は同じはずなのにいつの間にか差が出来てしまったらしい。

 

まぁ、それはおいておくとして……。

要は、シュテルに正式な渡航許可を持たせてミッドに来てもらい、そこで変装してなのはと入れ替わったわけだ。なにしろなのはのデータを基にした姿の持ち主だけに、変装は最小限で済む。無表情なのと口を開けば演技をしてもしなくても違和感の塊なのが問題だが、誤魔化せないレベルではない。

なのはと日々直接顔を合わせている六課メンバーならいざ知らず、映像や雑誌で知っているだけの局員はもちろん、短期の教導を受けた者でも“ちょっと様子が変だがそんな日もあるだろう”で通せる…はず。

 

なにより、シュテル自身に高い戦闘能力があるのがありがたい。いざという時に自分の身も守れるし、協力してもらえるなら心強い。そうなると誤魔化しが難しくなるが、地上本部が襲撃されるような状況では細かいことは言いっこなしだ。言い訳は…後で何とかすればいい。

そもそも、変装や変身可能なサーヴァントを寄こしてもらうのも問題だったのだ。カルデアが此方側に浮上して早数年、管理局とて何もしていなかったわけではない。まだ有効な対策は確立できていないが、それでもサーヴァントを構成する“霊基”反応を検知するセンサーは開発されている。アサシンが本気で気配遮断すればまだしも、そうでないなら確実に反応するくらいの精度のものが。

そうなると、サーヴァントを替え玉にするのも考え物だ。いくらセンサーを騙して侵入したとしても、有事になれば気配遮断は解かざるを得ない。そうなれば、当然センサーが反応する。許可を得ずにサーヴァントが管理局の重要施設に入るのは大問題、後から確実にカルデアとの関係が悪化してしまう。

その点シュテルならまだ、取り繕いようがある。その意味で言えば、カルデアと連絡が取れようが取れまいが、結果は変わらなかったかもしれない。

 

そしてその頃、なのはがどこで何をしていたかというと……

 

「うぅ~、シャマル先生。どうしてもここにいなきゃダメですか?」

 

シャマルの城である医務室のベッドに腰掛け、絶賛手持ち無沙汰だった。

 

「当然です。なのはちゃんは本来ここにいないはずの人なんだから、ウロウロしてたら問題でしょ」

「は~い……」

 

実際、これは明確な命令違反。それによって生じる諸々全て、悩みに悩んだ末なのはは覚悟してこの選択をした。だからこそ、自分からシュテルに頭を下げて助力を乞うたのだ。

 

もちろん、自分の行いが周りに多大な迷惑をかけることも理解している。事情を知るはやてやフェイトは背中を押してくれたが、ほとんどの仲間たちは何も知らされていない。知ることで、“命令違反を幇助した”責任を追及させないためだ。だというのにここで外をウロウロしてしまっては、全てが水の泡。

 

そんなことはなのはも理解しているが、正直言って落ち着かない。命令違反など、まだ魔法と出会って間もない頃、ジュエルシードの一件の時にクロノやリンディの指示を無視して飛び出して以来ではないか。

あの時と違い今の彼女は一等空尉の地位を持つ戦技教導官、相応の責任を帯びた身だ。エース・オブ・エースとして、皆の規範になるべき立場でもある。

多くの人たちの信頼と期待に背を向けていることを思えば、罪悪感が募る。“命令違反”を問われた時のために、辞表含めすべて用意済みではあるが…だからこそ、今やれることがなくて落ち着かない。気を紛らわせる手段がないのだ。

 

「……後悔、してる?」

「………………………………………………いえ、それだけはしません。ヴィヴィオを守る、それが今の私にとっての“一番”ですから」

 

かつて、フェイトが“一番”のために悪を為し、罪を背負うことを覚悟したように。

なのはは守りたいのだ、自分を“ママ”と慕う幼子(ヴィヴィオ)を。

 

直接見たことはない。それでも、話に聞いた“彼女の在り様”を忘れたことはない。絶対に、ヴィヴィオに同じ思いをさせてはならない、させたくない。

そのためなら、自分の“過去(これまで)”と“未来(これから)”を天秤にかけても惜しくはない。それだけは、確かなことだから。

 

ちなみに、ヴィヴィオにはなのはは大事なお仕事があり、みんなとは別々に行動する……というような趣旨のことを伝えてあるので、彼女もここになのはがいることを知らない。

 

「なら、ドンと構えていなさい。ママさん」

「……はい」

 

優しい微笑みを向けられ、はにかむ様に答える。

そう、すでに覚悟は済ませている。これからのことも、ヴィヴィオのことも。

 

(守るんだ。これまでも、これからも)

「……あら? お客さんかしら」

 

自身の覚悟を確かめるなのは。その時、来客を告げるアラームが鳴る。

シャマルは手でなのはに隠れるよう指示し、なのはもそれに従う。しかし、やってきたのは予想外の人物で……

 

「ユーノ君?」

「突然すみません、シャマル先生。なのは、ここにいませんか?」

「え、えっと……」

 

咄嗟のことに、用意していた言い訳が上手く出てこない。というより、なのはがいることを前提にしているあたり誤魔化す意味がないようにも思える。そんなシャマルに対し、ユーノがさらにもう一押しを加える。

 

「なのはが保護責任者をしているあの子、ヴィヴィオのことで」

「っ! あなた、まさか……」

「気付きますよ。アコース査察官ははっきりしたことは仰いませんでしたけど、請求された資料と六課で保護した子のことを結びつけるのはそう難しくありません。そこに、“例の事件”のことを思い出せば、なおさら。

 想像力は、考古学者の大事な能力ですから」

「……そうね、あなたはあの事件の詳細を知っていたのよね」

 

もう同じ事態を起こさないように、起きてしまった時に今度こそ適切な対応ができるように。カルデアは独自に研究を進めると同時に、可能な限りの情報を収集した。その一環として、無限書庫にも協力を求めたのだ。

望みは薄いかもしれないが、できることをすべてやるために。そのためには、最低でも責任者であるユーノには詳細を知っていてもらう必要があったというわけだ。管理局上層部にすら報告していない、あの事件の真実を。

 

「なのは、いるんですよね」

「……入って」

 

念のためにはっきりと答えることはせず、ユーノを室内に招く。

そしてそこには、諦めて姿を現したなのはがいた。

 

「ユーノ君……」

「良いんだね……とは聞かないよ。ここにいることが答えだし、なのはが“こう”と決めたら譲らないのはよく知ってる」

「じゃあ、何をしに来たの?」

「もちろん、君の力になりたくて」

 

迷いなく、力強く言い切る。そこには確かに、彼なりの覚悟が宿っていた。

 

「どう、して……」

「ここにいるのは時空管理局の一等空尉でもなければ、教導隊のエース・オブ・エースでもない。ただの“高町なのは”だろ」

「そうなる、かな」

「だからだよ」

「?」

 

ユーノの言わんとすることがわからないのか、疑問符を浮かべるなのは。そんな彼女の反応に薄く笑みを浮かべながら、ユーノはさらに言葉を紡ぐ。

 

「覚えてる? まだ管理局…クロノやリンディさん、それどころかフェイトともまだ出会ってなかった頃。無限書庫の司書でも管理局の民間協力者でもないただの“ユーノ・スクライア”として、普通の女の子“高町なのは”に僕は助けられた」

「うん、懐かしいね。つい最近のことみたいだけど、ずっと昔のことのようにも思える」

「それから、色々なことがあった。フェイトたちとぶつかり合って、クロノたちと出会って……」

「冬には“闇の書事件”もあったよね。今考えると、ちょっと事件起こり過ぎだけど」

「あの頃のなのはは、嘱託魔導士だったよね」

「ちゃんと試験を受けたわけじゃなかったから、臨時だったけど」

「つまり、フェイトですら“管理局関係者のなのは”としか一緒に戦ったことはないってことになるよね」

「そう、だね」

 

言われてみれば、確かにその通りだった。

初めてフェイトと肩を並べたのは、彼女が海に沈んだジュエルシードを強制発動させた時。あの時、既になのはは管理局側と呼べる立ち位置にいた。

 

「僕はもうなのはたちと同じ空は飛べない。僕の戦場は無限書庫で、みんなを情報面でサポートしていくって決めたから」

「それは……」

「いや、別にそのことを卑下してるわけじゃないんだ。それが“無限書庫のユーノ”の戦いだって言うだけ。

 だけど、なのは。ここにいるのは今の君と同じ、“ただのユーノ・スクライア”だよ」

「え……」

 

思わず、眼を見開く。ここまで言われてその意味が分からないほど、鈍いわけではない。

 

「“管理局の魔導士 高町なのは”の隣は譲っても、“ただの高町なのは”の隣は誰にも譲らない。相手がフェイトでも、ヴィータでもね。だから、“ただのユーノ・スクライア”としてここに来たんだ。

 また君と戦うために、あの時助けてくれたなのはを――――今度は僕が助ける」

「でも、ユーノ君には無限書庫が……」

「所詮は民間協力者さ。クビになってもいい様に引継ぎ書類は全部用意済み、後はアルフが上手くやってくれるよ」

「が、学者さんとしてだって……」

「学会と管理局は別だけど……追われる可能性がないとは言えないか。まぁ、元々研究は半ば趣味みたいなものだしね。学会を追われても、趣味で研究するのを止められるいわれはないよ。だからこそ、スクライア一族は流浪の民をしている部分もあるし」

「えっと、だから、その……」

「まぁ、生活していくにはお金がいるからね。研究関連以外に特に使う当てもなかったから、それなりに貯蓄はあるけど、今後のことを考えれば手に職は必要だし……いざという時は、翠屋で修業させてもらえるように口を利いてもらえないかな」

「そ、それは良いけど……今後のことって?」

 

理解が追い付かず、つい思考が現実逃避がてら妙な方向に進んでしまう。兄も姉も実家の店を継ぐわけではなく、剣の道に進んでしまった。その上、自身もこんな道を選んだのでそうなったら両親は喜ぶかもなぁ…とかそんなことを思っていたら、つい妙なことを聞いてしまった。

しかし、その問いも予期していたのかユーノの返事は簡潔だった。

 

「結婚資金とヴィヴィオの養育費」

「っ!? な、なに言ってるのユーノ君! こんな時に変な冗談やめてよ!」

「冗談じゃないよ」

「ふぇっ……」

「そういえば、もうあれから一年か……改めて言うよ。高町なのはさん」

「は、はい!」

「僕と、結婚してください」

「…………っ///」

 

真っ向からの直球勝負に、顔が熱くなるのを止められない。

それは、一年前にも言われたこと。その時は「空の人間だから」「いつ墜ちるかわからない」と言って拒んだ。だが、それが明確な拒絶になっていないことはなのは自身分かっていた。

そしてユーノも、それを理解して「ずっと待ってる」と言って聞かなかった。あれからまだ一年、改めて告げられた愛の告白は、あの時よりずっとずっと重くなのはの胸に響いた。

 

確かに、はやてやフェイトに命令違反を犯してでもヴィヴィオを守ることを告げた時、“その可能性”を引き合いに出しはした。だが、正直あれは“方便”に近いものだった。そうなれたらいいと思うと同時に、心のどこかで“都合のいい勝手な話”とも考えていたのだ。

なのに、その“都合のいい勝手な話が”自分からやってきている。嬉しくないわけではない……ただ、それに甘えてしまうわけにはいかないのだ。

 

「ユーノ君、言ってたよね。私には空が似合うって」

「そうだね。付け加えるなら、空を飛ぶなのはが好きだとも言った」

「そ、それはいいの! だけど私、もう飛べなくなるかもしれない」

「そうだね。こんな命令違反、“不名誉除隊”だって十分あり得るし、なのはのランクを考えれば“魔力の厳重封印”もあるだろうね」

「ユーノ君が好きだって言ってくれた私じゃ、なくなっちゃうんだよ……」

「それは違う。確かに“空を飛ぶなのはが好き”なのは確かだけど、それはそもそも“なのはのことを愛している”からだ。飛べなくなったところで、なのはがなのはなことに変わりはないだろ」

 

その切り口ではユーノの決意が揺らがないことが、嫌というほど伝わってくる。

拒まなければいけないのに、自分につき合わせて将来を台無しにさせていいはずがないのに……嬉しいと、幸せと感じる自分がいることを、どうしても否定できない。

 

「……ユーノ君、“好き”とか“愛してる”とか、そういうことスラスラ言えるタイプだったんだ」

「これでも結構頑張ってるんだよ。ちゃんと言わないと、なのはすぐ逃げるんだから」

 

そう言われると、返す言葉もない。だから、形勢不利を悟って早々に転身することにする。

 

「……多分、地上本部は囮で、スカリエッティの狙いはヴィヴィオだと思う。ヴィヴィオがいれば、“ゆりかご”を動かせる可能性がある」

「うん、そっちは僕も調べたことだからね。おそらく、スカリエッティは“聖王のゆりかご”を見つけたんだ。

 彼にとって誤算だったのは、僕たちが“ゆりかご”と“聖王”のことを既に知っていたことだろうね」

 

アインスが気付いた可能性は、既に核心と言っていいレベルにまで至っている。

“あの事件”に関与していた面々ですら直接見たことのなかったその“目”を、唯一知っていた彼女だからこそ気付けたこと。“金の髪”に“赤と緑の虹彩異色”、そして極秘裏に行われた検査の結果明らかになった“虹色の魔力光(カイゼル・ファルベ)”の意味を。

 

「そんなヴィヴィオを狙ってくるんだもん。きっと、相当な戦力を注ぎ込んでくると思う」

「だろうね」

「なのに、一緒に戦うっていうの?」

「足手まとい、っていうのは承知しているつもりだよ。十年飛び続けて力と技を磨いたなのはと、攻撃魔法はからっきしで防御とサポート系ばかりな上に、ずっと書庫勤めの僕じゃ雲泥の差だ。

 だけど、それでも“いないよりはマシ”くらいの働きはできる」

「そんな、こと……」

 

あるわけがない。今もクロノと模擬戦を繰り広げ、十二分に渡り合えるユーノの防御とサポートの優秀さは誰よりもよく知っている。何しろ魔法と出会って間もない頃、なのははそれによって守られ、それを駆使する彼に育てられたのだから。

“いないよりマシ”なんてとんでもない。千の味方を得るよりも、遥かに心強い援軍だ。

 

「ユーノ君、一杯怪我しちゃうよ」

「その覚悟もなしにここに来るわけないだろ」

「私も、沢山怪我すると思う」

「大丈夫、治癒系は得意だから。シャマル先生もいてくれるしね」

「……それでも、残る怪我をしちゃうかもしれないよ」

 

それが、なのはの最期の不安だった。醜い傷の残った自分で、本当に良いのかと。

答えなんてわかり切っているはずなのに、どうしてもそれが怖かった。

 

「……なんだ、そんなことを気にしてたの?」

「そんなことって、大事なことなんだよ! そ、その…好きな人には、綺麗な自分を見てもらいたいし……」

「やっと言ってくれたね。その一言を聞くのに、十年もかかった。 でも大丈夫。そんなことじゃ、なのはの輝きに傷一つだってつきやしない。そもそもそれ、美由紀さんに言える?」

「うぐぅ……」

 

剣の道を志した姉や叔母の身体には、大なり小なり傷が刻まれている。

もちろん、それを醜いと思ったことはない。とはいえ、割と婚期を気にしだした姉にその話を振るほど、なのはも命知らずではない。一足の間合いでは、今でも勝ち目がないのだ。

それほどまでに、本物の“御神の剣士”は人間を辞めている。どうして魔力による強化もなしにあんな動きができるのか、身内でありながら不思議でならない。特に、カルデアの剣豪連中と交流してからはそれに磨きがかかっている。

 

「それで、他には?」

「………………………私、正直言って今でも自信がないんだ」

「なんの?」

「ヴィヴィオを守りたい、それは私の本当の気持ち。だから、ヴィヴィオの本当の“ママ”になろうってそう思った。なのに……怖いの。私なんかが、本当にあの子のママでいいのかなって。

 今ここでヴィヴィオを守り切れれば、自信が持てるんじゃないかって……そう思ってる。そんなの、全然理屈になってないのにね」

「…………」

 

それは、ユーノには答えられない問いだ。幼くして両親を亡くし、スクライアの一族によって育てられた彼には“善き父”も“佳き母”もわからない。その意味で言えば、自分こそふさわしくないのではないかと思う。

ヴィヴィオのママになろうとしているなのはと結ばれるということは、自分があの子の“パパ”になるということだ。果たして、父も母も知らない身の上で、その資格があるのだろうかと。

しかし、だからこそ……

 

「……一緒に、探していこう」

「一緒に?」

「僕の中になのはの不安を晴らす言葉はない。僕には、両親との思い出がないから……」

「ご、ごめんなさい! そんな、つもりじゃ……」

「いや、謝らなくていいよ。それこそ、そんなつもりじゃなかったし。

 ただね、そんな僕だから良い父親っていうのはわからない。だからこそ、一緒に探してほしいんだ。こんな僕でも“本当のパパ”になれる方法を」

「……」

「まぁ、さしあたってはヴィヴィオに“パパ”って認めてもらうところからかな。なのはと違って、僕はまずそこから始めないといけないし」

(いいのかな、そんなやり方でも。手探りで探していく…ああでも、魔法も教導も初めはそうだったっけ)

 

教えてくれる人はもちろんいたが、それでも自分なりのやり方は自分で見つけていくしかなかった。

きっと、親子というのもそうなのだろう。わからないことは両親や周りに聞いて、自分なりのやり方を見つけていく。きっとそれが、“正しい親子”の形なのだろう。

 

「……一緒に、探してくれる?」

「むしろ、僕からお願いしたいことだよ」

「それじゃ…よろしくお願いします。その…………これからずっと、幾久しく…だっけ」

 

差し出されていた手を握れば、線は細いがそれでもなのはより大きな手で包み込まれる。

その温もりが嬉しくて、胸の奥…魂の芯がじんわりと熱くなる。

 

(ああ、こんなに幸せな気持ちを、フェイトちゃんやはやてちゃんは知ってたんだ。なんか、ズルいなぁ……)

 

身勝手なことを思っていると自覚しつつ、そんなことを思わずにはいられない。

 

「うん、ずっと。死が二人を別つまで。できれば、その後も末永く」

「にゃはは……ニトクリスさんかエレシュキガルさんにでもお願いしたら、何とかなるかな?」

「あ~、死後の世界が空想とかじゃないからなぁ」

 

実際に自分たちが死んだ時に彼女たちの管轄になるかはわからないが、もしもそうなれたらそれはとても素敵なことではないだろうか。

今度、念のために確認してみようと思う。

 

「でも、本当にいいの? 上手くいったらいったで結婚前から子持ちだよ、私」

「世の中に子持ちで結婚するカップルがどれくらいいるか、統計データ出そうか?」

「ちょ、ちょっと興味はあるけど……いいや。結局、その人の気の持ちようってことだもんね」

「そういうこと。そして僕は、はじめから可愛い娘がいる結婚っていうのも悪くないと思ってる」

「……うん、ありがと」

 

自然、二人の距離が近づきやがてゼロになる。そうして、どちらからともなく瞼を閉じて顔を寄せ……ようとしたところで視線に気づく。

 

(ジ~~~~~~~~~……)

「「っ!?」」

「あら、気付かれちゃった」

「シャ、シャマル先生!?」

「ずっと、見てたんですか?」

「私としては“見せつけられた”と言いたいところね。熱いわ~、南極の氷も解けちゃいそう~」

「「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ///」」

 

つい雰囲気に流されて周りが見えなくなっていた数秒前の自分たちに、思い切り喝を入れてやりたくなった。というか、いい年して小学生みたいなことを言わないでほしい。

 

その後、なのはたちの読み通り機動六課はガジェットの大群と戦闘機人たちによって襲撃された。

高強度のAMF環境下での戦いは過酷なものだったが、支援に長けたシャマルと防御に長けたザフィーラ、そしてその両方を適宜使い分けるユーノのおかげもあり、なのはは背中を気にすることなく空を舞う。

 

とはいえ、流石に多勢に無勢。

300人で10万人と三日間にわたって戦い抜いた、“炎門の守護者(レオニダスⅠ世)”の偉大さを身を以て思い知る時間だった。

そう、彼の故事を知るからこそ、なのはは“勝利”を目的としていなかった。元より、狙いは“時間稼ぎ”一択。六課が危険に晒される可能性を知っているのなら、応援に駆け付けなければならない可能性も想定のうち。何とか仲間たちが応援に駆け付けるまでの間、なにがなんでも時間を稼ぐ。

そのつもりで戦い……見事、なのはたちはそれを成し遂げた。

 

ただし、支払った代償は決して軽くはない。

隊舎はほぼ壊滅し、多くの部隊員たちが負傷した。特に、防衛線に参加した者の中には重症者も少なくない。ヴィヴィオをはじめとした非戦闘員だけは、最奥に避難させたことで無事だったのが救いだろう。

とはいえ、“盾の守護獣”の二つ名に恥じることなく、最後までなのはたちを守り切ったザフィーラは意識不明の重体。ユーノとシャマルも重傷を負い、なのはに至っては負傷に加えて限界以上の魔力行使が原因でリンカーコアに多大な負荷をかけることに。結果、長期にわたるリハビリと後遺症を覚悟しなければならなかった。

 

そんな満身創痍の中、それでも仲間たちは間に合った。

いち早く駆け付けたエリオを先陣に、キャロが有りっ丈の魔力で契約している竜種を総動員して敵を殲滅。辛うじて事なきを得た。

 

とはいえ、悪いニュースも少なくない。

例えば、スバルの姉ギンガが敵に攫われ、地上本部へ向かっていた推定オーバーSクラスの騎士と交戦したヴィータが撃墜。リインがダメージを肩代わりしたことで、ヴィータ自身は無事だったが、リインは意識を失うことになる。

更に、地上本部は大きな打撃を受け、首都クラナガンの都市機能は麻痺。事実上の敗北と言っていいありさまだった。

 

しかしそれでも、良くも悪くもまだ“終わったわけではない”。

 

「ごめんね、フェイトちゃん。こんな大事な時に」

「何言ってるの。あとのことは私たちに任せて、ユーノとゆっくり休んでて。

 ヴィヴィオを守って、結婚も決まった、大事な体なんだから」

「結婚はフェイトちゃんもでしょ。子どもって言うなら、エリオとキャロがいるんだからお互い様だよ」

「だからこそ、だよ。私は元気、なのはは重傷、リンカーコアも含めてドクターストップ。加えて、謹慎処分真っ最中。むしろ、休む以外の選択肢がないと思うけど?」

「それは、まぁ……」

「それに、頼りになる助っ人もいるしね」

 

そう言ってフェイトが病室の外に視線を向けると、フォワードメンバーに加えて水色と灰色の髪が見える。

 

「う~ん、シュテルだけでも結構無理したのに、よくレヴィや王様まで呼べたね」

「まぁ、元々レヴィは“シュテルンばっかりズルい”って言ってたし」

「でも、王様に規則のこととか聞いて“堅苦しいぃ”って辟易もしてたよね?」

「それでも、駆け付けてくれたんだから感謝しないと」

「それで、具体的には?」

「地上本部が混乱してるから、隙をついてちょっとね」

「……フェイトちゃん、最近ますますカルデアに染まってきてない?」

「別に悪いことはしてません。正規の手続きをしただけだよ。まぁ、いつもなら弾かれるところだろうけど」

 

あくまでも分類上“魔導士”でしかない三人だからできたことだ。これに加えて色々怪しいユーリ、さらにまったく別系統の技術体系である“フォーミュラ”を使うイリスやフローリアン姉妹を呼べば、流石に引っかかっただろう。3人も協力したいと言ってくれたのだが、そういうわけなので我慢してもらった。

 

「今は、三人とも嘱託魔導士扱いで六課預かり」

「うん、それは頼もしいね」

「それと、もう一人」

「あれ、他に誰かいるの?」

「思いもしない隠し玉がね。そういうわけだから、こっちは私たちに任せてなのははゆっくり休むこと。

 ヴィヴィオ、しっかり見張っててね」

「はーい!」

「うぅ……」

 

流石にヴィヴィオに監視されては妙なことはできない。もちろん、これ以上規則を破るつもりはなかったのだが、それでもヴィヴィオに心配されるというのはなんとも……。

色々覚悟の上だったとはいえ、全身包帯塗れの姿に泣かれた時は本当にどうしようかと思ったものだ。

 

だがそれでも、確かにこの子を守れたのだと思えば誇らしさが湧き上がってくる。自分の選択は間違っていなかったのだと、その確信を強める。

 

ヴィヴィオが病室に残されたのは、なにもなのはたちの監視の為だけではない。

聖王教会系列の病院であり、いまは多くの負傷者を収容しているここの警備は厳重だ。もし、またスカリエッティ一味がヴィヴィオを狙っても、簡単には手が出せないだろう。加えて、なのはたちの傍にいれば万が一の時にも対処しやすい。いくらなのはたちが負傷しているとはいえ、あちらも相応の痛手を負ったはず。

少なくとも、六課襲撃に関わった戦闘機人は軒並み、地上本部襲撃に参加した者の中にも戦線離脱者はいるはずだ。そんな状態では、なのはたちの病室に忍び込む余裕はあるまい。

 

とりあえず、あちらの体制が整うまでは。そして、その間に趨勢を決するべくフェイトたちは負傷し疲労した身体を押して動いている。力になれない自分に歯がゆさを感じつつも、今は皆を信じて任せるしかない。

 

ただまさか、負傷した自分の姿を見て、ヴィヴィオがある決意を抱いていたとは思いもしなかったが。

幼いとはいえ、ヴィヴィオは頭のいい子だ。母の負傷の理由と意味を察した彼女は、強く思ったのだ。“強くなる”と。こんなになってまで守ってくれた母の娘たるにふさわしい自分になり、いつか母を守れるようになりたいと。

そしてそれは、“彼女”との出会いを経てより強くなる。触れ合い、言葉を交わす中で垣間見た彼女の記憶がそうさせたのだ。

 

だが、事態は思いもしない角度から動き出した。

発端は、はやての恩師でありスバルの父親である“ゲンヤ・ナカジマ”三佐が部隊長を務める陸士107部隊への来訪者。

いや、正確に言うのなら……

 

「すまんが、部隊長に取次ぎを願いたい」

「失礼ですが、今は緊急事態に付き一般の方への取次はお断りしています。アポイントメントをお取りの上……」

「……そうだな。それが常識的な対応だ。では、一言だけ伝えてほしい。“ゼスト・グランガイツ”が来た、と。

 来るまでの間、そこで待たせてもらおう」

「は、はぁ……あの、ご用件は?」

「…………自首だ。今回の事件における、犯人側の一人だ」

 

ゼストと名乗った偉丈夫は大人しく手錠を嵌められ、伝言を受け取ったゲンヤが慌てて受付まで駆け付けるまでに、そう時間はかからなかった。

 

そこからの動きは早かった。

ゼストはスカリエッティ一味の情報を提供する代わりに、いくつかの条件を提示した。

 

一つ、此度の一件に関わった召喚士“ルーテシア”と融合騎“アギト”の保護。

 

一つ、自身が持つ指輪に収められたすべてのデータを、必ず公のものとすること。

 

一つ、レジアス・ゲイズと会わせて欲しい。

 

この三つが叶うのなら、一切の抵抗はしないと。

スカリエッティの企み、その最重要要素の確保を失敗したことを知った彼は、方針を変えたのだ。これ以上、スカリエッティについていても目的は達成できない。それならば、いっそ混乱した今の状況を利用しようと。

正攻法で目的を達成しようとすれば、全てをもみ消されて闇に葬られる可能性があった。だが今ならば、そうなる前にたどり着けるかもしれないと踏んだのだ。

 

そして今は亡き妻の上官であり、旧知の間柄でもあった男の手錠を解き、ゲンヤは彼を客人として扱い、その条件を呑んだ。

 

そこからの動きは早かった。

自身はレジアス中将との面会の段取りを整えつつ、六課に得られた情報を伝達。

六課はその情報から聖王教会と連携してスカリエッティのアジトを絞り込み、彼らが動く前に先手を打って攻勢を仕掛けることに成功する。

 

主な狙いは二つ。スカリエッティ本人の確保と、秘匿しているであろう“聖王のゆりかご”の破壊。

前者にはフェイトを中心とした教会戦力が、後者にははやてが指揮を執る六課メンバーが向かうことに。

ただ、ゆりかごへと向かう面々の中に見慣れない人影があった。

 

「良いのかよ、アタシのこと信用して」

「私は騎士ゼストからお前を任された。少なくとも、友を助け身の振り方が決まるまでは面倒を見るさ。

 お前も、騎士ゼストや友のため、為すべきことがあるのだろう」

「……まぁな」

 

渋々といった様子で答える“アギト”だが、別に反抗的というわけではない。つい先日まで敵だった相手との距離感をつかみかねているのだろう。不器用ながらも真面目な気質がうかがえる。

 

なぜ彼女がここにいるのか。それは、ゼストと同行していたことで早々に保護され、その後情報の確認にやってきたシグナムを見込んで託されたからだ。

アギトもまた、ルーテシアやゼストに問われる罪を軽くするため、いわば司法取引の一環として協力を了承した形であった。なにより、真正古代ベルカ式の騎士にして炎熱変換資質を持つシグナムと、“烈火の剣精”を冠する融合騎であるアギトの相性は極めて良好だった。あるいはゼストは、一時のものではなく、真の意味での“ロード”と“融合騎”になれると踏んでいたのかもしれない。

 

「でも、どうすんだよ。あの変態ドクターの切り札がホントに“聖王のゆりかご”だってんなら、いくら“聖王”がいなくても簡単にはいかねぇぞ」

「ああ、“聖王”がいなければな」

(ん? なんかそれ、おかしくないか?)

 

“聖王”として機能させるためにヴィヴィオを攫おうとして失敗したのだから、あそこに“聖王”はいない筈。

なのに、シグナムはまるで“聖王”がいるかのような口ぶりではないか。加えて、いたらいたでかえって厄介なことになるはずなのに、“いるから楽になる”と言っているように聞こえる。

 

そんな二人の前方では空を飛翔するはやてと、その横で魔力を足場に空を“駆ける”、丈の長い灰色のコートでやや小柄な身体をすっぽり覆った人物が話をしていた。

 

「いやぁ、なんかすいません。来てもらって早々、こんなことになってもうて」

「……いえ、これはかつての私の不始末ですからお気になさらず。

 むしろ、後世の皆さんにご迷惑をおかけしてしまい……申し訳ありません。できれば私の手で始末をつけたいところなのですが」

「あ~、重ねてすいません。今の時代、あなたに大々的に動かれると色々と問題があって……」

「聖王教…ですか。自分が祀られているというのは、何とも不思議な感覚です。

 神霊や半神の皆さんも、このような気持ちなのでしょうか……」

 

細い(おとがい)に鋼の義指を添え、複雑そうに唸る。

フードの奥から垣間見えた顔立ちは、確かに見覚えのある顔によく似ていた。

 

(当然と言えば当然なんやろうけど、確かに面影があるなぁ。いや、正確には逆なんやろうけど。

 美人さんになるのはわかっとったけど、ヴィヴィオもこんな感じになるんかな?)

「……ですが、不謹慎ながら胸も躍ります」

「そうなんですか?」

「誉れも高き夜天の王、屈強と名高い守護騎士と肩を並べられるとなれば……かつてのベルカでは、大変名誉なことだったんですよ」

 

まぁ、十分な情報を得られない状況だったからこそ、噂が独り歩きしていた感は否めないが。

それでも、ベルカの地において“夜天の魔導書”に関係する者たちの勇名は、確かに轟いていたのだ。

 

「そんなもんですか? 私らとしては、逆の気持ちなんやけど」

「カルデアとのお付き合いが長いのですし、慣れているのでは?」

「まぁ、それはそうなんやけど、“こっち側”のっちゅうのは初めてですんで」

 

慎重に事を進めるという意味で言えば、まだ彼女を外部に出すのは得策ではなかっただろう。

ただ、今回の一件と彼女の存在は深く結びついている。本人も、かつての後始末を……と強く願ったことから、はやてを代理マスターにする形で派遣することになった。実際、彼女がいるのといないのとでは、ゆりかご破壊の難易度が大きく変わるだろう。

立香がいないのは、彼の動きが厳重に監視されているからだ。サーヴァントを連れてとなれば、なおのこと。何しろ、それが二番目に管理局が警戒する状況だからだ。もちろん、一番はサーヴァントの単独行動だが。

逆に言えば、こうして代理マスターを立てる形で派遣する分には、割と何とかなる。特に今の場合、混乱の真っただ中で隙をつきやすい。サーヴァントが派遣されたことに気付いても、その真名にまではまず気付かれない。

そういう状況が整っていたからこそ、カルデアも彼女の派遣を決定したのだ。

 

「でも、飛ばないんですか?」

「飛べないことはないのですが、こちらの方が消耗は少ないですから」

「ああ、そうですね。“偽臣の書”を使うた代理マスターやと、どうしても効率が悪いし」

「ええ、節約できるところは節約すべきです。戦時下では、引き締められるところは可能な限り、が基本でした」

「なるほど……っと、見えてきたみたいやね。情報やと、この地面の下が最有力やったな。今のところ、やっぱり動く気配はないか。何かわかります?」

「……感じます。確かにここに、眠っているのが分かります」

「お墨付き、貰えたみたいやね。

せやったら、フォワード陣はヘリから降りて副隊長たちと内部制圧! 空戦魔導士隊は私と一緒に周辺警戒や! 中の方、お願いできます?」

「お任せあれ。あなた方とこの世界は、私にとっても宝です。今という時のために、私はあの選択をしたのですから」

「……」

「そんな顔をしないでください。あの選択が今につながっていた、ならきっと…それでよかったのです」

 

そう微笑んで、眼下に広がる森へと降りていく。

正当なる主、“最後のゆりかごの聖王”オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの帰還だった。

 

スカリエッティはその天才を遺憾なく発揮し、ゆりかご起動の“鍵”である聖王が不在でも、ある程度ゆりかごを動かせる準備をしていた。

しかし、今回は相手が悪かった。何しろ、相手は正真正銘の“ゆりかごの聖王”その人。システムを騙す詐術と真の主、どちらの命令が優先されるかは言うまでもない。ゆりかごの機能は軒並み停止し、防衛に回っていた戦闘機人たちは間もなく制圧。その後、戦闘の余波という名目の元、ゆりかごの中枢機能は徹底的に破壊されることになる。

要保護対象であった“ルーテシア”と“ギンガ”もまた、多少の問題はあった物の無事確保。具体的には、妹と同類(召喚士)の“愛の拳”が突き刺さった。若干、ルーテシアにはトラウマが残る形にはなったが。

 

ただ、一番嬉々として破壊活動を行っていたのが、その“聖王”ご本人だったのは如何なものか。

色々と、“ゆりかご”そのものに鬱屈したものがあったらしい。

ちなみに、散々暴れまわった後、いつの間にかその姿はどこかに消えていた。彼女が再びミッドを訪れたのは、事件による混乱もようやく終息してからのこと。

 

同じ頃、スカリエッティのアジトでは……

 

「広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。あなたを逮捕します」

 

魔力で形成されたバルディッシュの切っ先を突き付けながら宣言する。

肩で息をし、頬から血を流す姿に余裕はないが……それでも、これで決着だ。

しかし、そうであるにもかかわらず、スカリエッティに焦りや絶望の色はない。どこまでも泰然として、一種の余裕すら感じられる。

 

「ふむ……」

「なにか、言いたいことでも?」

「いいや、負けを認めるとも。“聖王の器”は確保できず、全ての娘たちは制圧され、ゆりかごも止まった。言い訳しようもない、完膚なきまでに私の負けだ。まぁ、多少不可解な部分はあるがね」

 

どうして的確にヴィヴィオを守ることができ、ゆりかごが沈黙しているのか。彼の立場からすれば、不自然に思うのも当然だろう。

もちろん、だからと言って懇切丁寧に説明してやる気もないが。

 

「ただ、道中の暇つぶしがてら、2・3質問をしてもいいかね?」

「……拒んでも、あなたは勝手に聞くんでしょう」

「よくわかっている。ふぅむ、聞きたいことが増えたな。君はずいぶん私のことを理解しているようだが、それはなぜかね?」

 

答えてやる義理はないが、先の疑問と違ってこちらは答えたところで問題はない。だからなのか、あるいは万が一にもこの男が“改心”するのではと期待したのか、ゆっくりとフェイトの口から答えが返される。

 

「あなたと、似たような人を知っています」

「ほぉ……興味深いね。例のカルデア、だったかな。いつか調べてみたかったが、中々上手くいかなくてね」

 

それはそうだろう。自分たちが異邦人であり、“世界の理から外れた”存在であることをカルデアは正しく理解している。故に、基本的に秘密主義かつ排他的だ。あくまでも、最初に接触したフェイトたちが例外なのである。

そのため、一応は協力関係にあるとはいえ、管理局に対してもその姿勢は変わらない。必要最低限の情報は開示するが、それ以上のことはしないし、各個の詳細については徹底的に秘匿する。例外扱いであるフェイトたちですら全容を知らず、どこまで把握できているか不透明なのだ。

 

加えてあそこには、スカリエッティと比較してなお劣らぬ智慧者が数多くいる。

さらに、BBは本人の自己申告によれば彼女は人工知能、上級AIであるという。もし真実だとしたら、その完成度は既存のそれとは一線を画している。レイジングハートたちもずいぶんと人間臭いが、彼女は正直見分けがつかない。

 

そんな面々が執拗なまでに強固なセキュリティを強いているのだ。

管理局だろうと狂気の天才(スカリエッティ)だろうと、易々と情報を抜き取れるものではない。

だから、こうしてフェイトが口にするまで、彼がカルデアの内情を知らなかったのは当然だろう。

 

「自分の欲望に忠実で、そのためならその他一切を顧みない。あるいは、この世のすべてを自分の“快楽”を満たす道具としか見ていない」

「ははははは……なるほど、的確だ。それは私のことかな? それとも、私と似た誰かのことか……確かにそれは、私と通じるものがある。是非とも、その人物と話をしてみたいものだ。きっと、良い友人になれるだろう」

「無理だ、と言っておきます。“あの人”にとって、自分以外のすべては“人の形をした獣か虫に過ぎない”」

「ふむ、それはまた随分と極まっている。実に興味深い」

 

直接会って確信を強めたが、殺生院キアラとジェイル・スカリエッティにはだいぶ近いものがあるように思う。

特に、自身の“欲望(快楽)”の為に周囲全てを踏み台にすることを厭わない部分など。他にも、彼と共通する部分を持つサーヴァントにはいくらか心当たりがある。

カルデアでこの手のロクデモナイ連中と関わっていなければ、この男の人間性を把握することはできなかっただろう。

 

あるいは、“欲”というものに忠実過ぎるが故に、いずれは“人の身に余る欲望”の果て“悪竜(ファヴニール)現象”を発現させる可能性があったのではとすら思う。

“あちら側”の法則(ルール)が“こちら側”に適応されつつあることを思えば、ありえないとは言い切れない。捕まえるのがもう少し遅ければ、最新の“悪竜(ファヴニール)”になっていたかもしれない。

その意味で言えば、ここで確保できたのは運が良かったのだろう。

 

「では、もう一つ。ここにいる私を捕らえたところで、娘たちを一人でも取り逃がせばまったく同じ私が復活する。旧暦の時代、アルハザード時代の統治者には常識の技術だが…今はそうじゃない。なのに、君はどうしてそんなにも落ち着いていたのかね?」

「別に…そう珍しくもないことですから」

 

初めてそういったことをする人物と出会ったのは、フィル・マクスウェル所長だった。あの時、立香たちは彼の復活を早々に予見していた。今なら、どうして彼らがその考えに至ったのかよくわかる。

カルデアと関わっていると、その手の話は枚挙に暇がない。身近なところでは、ダ・ヴィンチも似たようなことをしていたらしい。だから、何年もカルデアと関わってきたフェイトにとって、それは今更驚くようなことではなかった、ただそれだけのことだ。

 

「なるほどなるほど。いやはや、世界は楽しいな。まだ私が知らないことで溢れている。それを知る機会を逃してしまうのが、実に残念でならない」

「改心する気はないんですね」

「すると思っていたのかな?」

「…………………いいえ。あなたの精神は、ある意味“聖人”のそれに匹敵する」

「ほぉ、面白い例えだ。私を指して“聖人”とは」

 

中身に関しては似ても似つかない。だが、その強度に関してはその通りだと思う。

スカリエッティに“改心”の二文字はない。彼は、世間一般における倫理や道徳をはじめとした、あらゆる観点から見た自分の行いを理解し、その上でそれを“善し”としている。故に、どんな罰を与えようと、どれだけその罪を説こうと、彼の心は揺らがない。強いて言えば「次があれば勝つ」ために、今回の失敗とそこから見えてくる課題を検討する…要は、反省するだけだ。

そこに微塵の後悔もないし、自らの行いを省みるという意味での反省もない。彼にとって、自身の行いには一点の曇りもないのだから。

なるほど、その純粋さはベクトルは真逆だが聖人のそれに近いだろう。

 

「だからこそ、二度とあなたを外には出しません。反省も後悔も期待できないあなたに、更生の余地はない。ただ閉じ込めて、これ以上の犠牲者を出させない。それが、唯一無二の対処法だ」

「酷い言われようだが、反論の余地はないな。まさか、君にそこまで理解されているとはね」

 

理解したかったわけではないし、似たようなタイプを知っているというだけだ。

ただ、一部のサーヴァントと類似点が見られるという意味では、やはりこの男は非凡な存在なのだろう。それこそ、条件次第では“座”に届き得るほどに。

案外、サーヴァントとして召喚されれば立香なら上手くやれてしまうのかもしれないが……。

 

「しかし、なるほど。いくらか得心がいった。どうやら君は、私の知らない経験を積んできたらしい。それらが今の君を形作っているのだろう。

私の知る君であれば、あの揺さぶりは無視できないものだったはずだ。さあ、どうして君はまるで動じる素振りを見せなかったんだい? 君は彼のエース・オブ・エースと違って、そう強い人間ではなかったはずだが?」

 

確かに、その通りなのだろう。

自分の弱さを知っていたからこそ、カルデアで対策を講じてもらったりもしたが……その時は、2週間以上部屋から出られなかった。正直、アレに成果があったかは甚だ疑問である。

だから、スカリエッティの言葉に心が全く揺れなかったわけではない。

 

エリオとキャロ、自分を慕う子どもたちを「反抗しないよう作り上げ、目的のために使っている」と。

そして、「自分に向けられる愛情が薄れることに臆病で、いずれはかつての母と同じようになる」とも。

その不安が、まったくないわけではない。

 

しかし、断言できる。そんなことにはならないと。

 

「簡単だ。あの子たちは、お前が思うほど弱くない。確固とした自分を形作って、自分の意志で道を選んでいける。そう、私は信じている」

「その結果、いつか君への愛情が薄れたとしても、かね?」

「寂しいよ、それはとても寂しい。でも嬉しくもある。子どもはいずれ、巣立って行くものだから。

 なら私は、あの子たちの巣立ちを笑って見送りたい。なにより……」

 

そうだ、確かに大切な人たちが離れて行ってしまうことは怖い。それを引き留めたい、手元に置いておきたいという思いがあることは否定しない。

だけど、今のフェイトは知っている。それよりももっと、怖いことがあることを。

 

「私は、失うよりも怖いものがあることを知っている。それに比べれば、失うことなんて全然怖くない」

 

だからこそ、あの時フェイトは失うことを覚悟して踏み出したのだ。

失ってでも守りたいものがあった。壊れてしまうことに比べれば、失うことなど何ほどのものだろう。

だってそれは、いつか必ず訪れるものでもあるのだから。

 

「永遠のものなんてないし、最後には別れが待っている。どれほどそれを恐れても、どんなにそこから逃げても、いずれその時はやってくる」

 

不変のものなんてありはしない。自分自身ですら、一秒前とは違う人間だ。

人が変わらないものを求めるのは、そこに安心を求めているから。変わっていくことは不安で、恐ろしい。だがそれでも、人は変わっていく。変わっていかなければならないのではなく、気付かないうちに変わっている。

 

人と出会い、その魂の欠片を受け取って、新しい自分が生まれる。同じように、自分の欠片は多くの人を経て彼方へと繋がっていく。

 

「そう、怖がることなんて何もない。だってこれ(人生)は、出会い()別れ(希望)の物語なんだ」

 

その輝きを、希望に満ちた旅路を、信じている。

 

「失うことを前提に得たものに価値があると? 薄い絆に縋って生きる人生など、実に無意味とは思わないかね」

「価値なんてない。そこには意味もない。それは求めるものじゃない。

価値も意味も、すべて私たちが自分で見出していくものだ」

 

いまなら、あの時立香の言っていたことの意味が少しだけわかる。きっと、生涯をかけてその意味を理解していくのだろう。

“欲しい”、“知りたい”。そんな欲に突き動かされてきたのがこの男だが、今は哀れに思う。

どれほど問い続けてもなお、解き明かせないものはこんな近くにあるというに。この男は、それを知らないのだ。

 

「いずれ終わりが来ると知りながら、その先へと繋いでいく。

 あなたはその尊さを、歓びを知らない。だから、そんなにも飢えているんだ」

「さて、私には君の言っていることが良くわからないな」

「なら、いくらでも考えればいい。時間だけはたっぷりある。

 そして……いつか気付くことを願っている」

「願う? この私に? 君は何に気付いたというんだい?」

 

 

「決まってる。私の人生は、いつだって――――――――たくさんの光に照らされている」

 

 

愛情が薄れ、大切な人が離れて行ってしまうことを畏れることはない。

だって、彼らの方が独りにさせてくれないのだ。

 

夜空に瞬く星々の様に、暗い道を照らしだしてくれる大切な光。

それらはきっと、増えたり減ったりを繰り返すのだろう。だがそれでも―――決して消えはしない。

自分が大切な人たちの道を照らすように、みんなが弱い自分を照らしてくれている。

 

立香はかつて言っていた。

 

“不自然なほどに短く、不思議なほどに面白い人の生。

それは、ただ目が覚めているだけで―――眩く、輝きに満ちている”

 

ああ、本当にその通りだ。

だから、きっと大丈夫。

 

(帰ろう。みんなのところに、私の帰る場所に……)

 

なにしろ、地上本部襲撃から休む間はおろか傷を癒す時間すらなかった。

今はとにかく、泥のように眠って休みたい。贅沢を言えば……

 

(ああ、立香の膝でゴロゴロしたい。その後はアルフをモフって、エリオとキャロ、それにヴィヴィオをいっぱい抱きしめて、最後は立香のお粥で癒されたい……)

 

もう恥ずかしいとかそんなことを思う余裕もないくらい、ただただ恋しくてたまらなかった。まぁ、自分でも結構欲望塗れだとは思わないでもないが。

しかし、それも仕方のないことだ。だって、それくらい心身ともに疲れ切っていて、とにかく癒しが足りない。そしてなにより……

 

(いいなぁ、なのはとはやては)

 

幼馴染二人はいつでも最愛の人と会えるのに自分だけ違うのだから、これくらいは許されるだろう。

 

(急いで区切りをつけて休みを取る。そしてカルデアに行こう、そうしよう)

 

これだけは断固譲らぬと、不退転の決意を固める。

 

ちなみに、事後処理に忙殺された彼女が休みを取るのは2ヶ月以上先のこと。カルデアほどではないとはいえ、管理局も大概ブラックだ。

地上本部のそれを発端に、本局も巻き込んで色々大混乱だったのだから仕方のないことだが。

 

まぁその間に、混乱の隙をついて立香が顔を出し、流石にタガが外れて大いに甘えることになるのであった。




さあ、次でいよいよ最終話。問題は構想が全然固まってないことですけどね、どないしょ……。

まぁ、それはそれとしてカルデア(のロクデナシ共)からのティアナの認識。

「活きのいいおもちゃ」

「弄ると楽しい玩具」

「反応が面白いTOY」etc……ロクなもんじゃねぇ。

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