魔法少女リリカルなのは Order   作:やみなべ

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本編では触れていませんが、はやてが「女神の加護」持ちであるように、なのはやフェイトもちょっと特別です。
フェイト(とティアナ)は高いレイシフト適正持ちですし、なのは…というか、なぜかレイジングハートがクラスカードを使えます。ただし、夢幻召喚は無理で限定召喚だけですが。


高町ヴィヴィオの場合

通常、特別管理外世界“ムンドゥス・カルデア”へと向かう交通手段は存在しない。

臨港次元船なんて気の利いたものは通っていないし、仮に私有機やチャーター機を使ったとしても、一定の距離まで近づいた段階で退去勧告を告げられるだけで一切の交渉には応じない。万が一それを無視して進めば、例え管理局所属の艦であったとしても実力行使で排除されるだけだ。

 

ムンドゥス・カルデアにたどり着く方法はただ一つ、彼らが所有する艦……スペース・ボーダーか物資運搬用の船に乗り込む以外にない。そのため、たとえ許可が下りたとしてもスペース・ボーダーの任務状況や、運搬船の運行状況によっては数週間、場合によっては数ヶ月に渡って待たされることもある。

そのため、アインハルトたちの渡航許可が下りてからカルデアを訪れるまでに、さらに1ヶ月以上もの間を要することになった。

 

とはいえ、カルデア外で活動しているサーヴァントも少なからず存在すること考えれば、これは本来極めて不便な状態のはずだ。管理局からも度々改善要請が寄せられているが、彼らは一顧だにしない。その必要がないからだ。

そう、なにしろ彼らは帰ろうと思えばいつでも帰ってくることができる。正確には霊基の“送還”というべきだが、それの応用で緊急時には即座にカルデアへと帰還できる。そのため、不便が不便として機能していないのだ。

まぁ、フェイトをはじめとした関係者一同に不便を強いているのも事実なので、事実上カルデアが独占している状態の“魔術による転移なら可能”という抜け道があったりはする。つまり、キャスターたちの協力があれば移動できないこともないことはなる。

ただし、魔術の性質上とてつもなく手間とコストがかかる上、一度に転移できる質量にも制限がある。故に、個人レベルでの移動くらいにしか使えず、今回のような団体移動にはさっぱり向いていない。

なので、結局彼女たちはスペース・ボーダーか運搬船の都合がつくまで待たされることに。

 

だが、そんな時間もようやく終わりを迎える。

第一管理世界“ミッドチルダ”の首都クラナガンから、食料中心に物資をたっぷり乗せた運搬船“オーニソプター”に乗り込んで丸一日。数度の次元跳躍の果て、ようやく船窓からその姿を望むことができた。

 

「あ、見えてきましたよ、アインハルトさん」

「……アレが、カルデア」

 

人の顔ほどの大きさしかない小さな丸窓から、ヴィヴィオとアインハルトがくっつくようにして外を見る。客室やロビーなどのモニターからも見ることはできるが、それでは少々味気ない。風景もまた旅の醍醐味、それは実際の自分自身の目で見てこそだろう。

 

「青い、ですね」

「はい。なにしろ、星の表面の9割以上が水ですから。しかも、塩分をほとんど含まない真水なので、“海”というよりは“湖”に近いかもしれませんね」

 

水は人が生きていく上で最重要と言っていい物質の一つだ。それが潤沢にあるという意味では、恵まれた世界と言えるだろう。

次元世界の中には星の半分が陸地だったり、むしろ陸地面積の方が広かったりする世界というのもある。ただそう言った環境だと、そもそも生命が存在しない場合や、いても原始的な生物にとどまっていることも多い。開拓民が入植しても、水不足に悩まされることもザラだ。

 

とはいえ、9割以上が水で覆われているのもそれはそれで厄介である。なにしろ、人が住める土地そのものが限られているのだ。

船乗り系サーヴァントたちは船上生活を満喫しているが、ほとんどは地に足をつけて生きていた者たち。かつては緊急時のため我慢せざるを得なかったが、今はそうではない。いつまでもカルデアに押し込めておけば、ただでさえトラブルメーカー揃いだというのに、いつか収拾のつかない事態に発展しそうで怖い。

 

そこで考えられたのが“テクスチャ”の貼り付けだ。

神霊をはじめとした特に力の強い者たちが時に単独で、時に協力する形で海上にこれを構築し、疑似的な陸地を作り上げているのだ。それはそれぞれが生きた土地であり、生きた時代の写し身…言わば“特別な法則(ルール)を持たない固有結界”とでも呼ぶべきもの。

外から見るとそのほぼ全てを水で覆われた世界に見えるが、実際にはいくつもの島が散在する“群島世界”なのである。

 

「なるほど。それで、私たちがまず向かうのが……」

「この世界唯一の陸地であり、本部でもある“アニミ・カルデア”です。たぶん、主にそこに滞在しながら、色々な“(テクスチャ)”を見て周る…ことになるかなぁと」

 

カルデア側の意向もあるので、実際のスケジュールはほとんどあちら任せにせざるを得ない。見せたくないものもあるだろうし、それ以上に割と危険な場所も多い。

機密事項に触れさせないのは当然として、安全安心に過ごしてもらえるよう配慮するとなれば、色々周るのはちょっと難しいかもしれない。だからこそ、ヴィヴィオも少しばかり曖昧な表現をせざるを得ないのだ。

 

「……ですが、その…決してヴィヴィオさんを疑っているわけではないのですが……」

「まぁ、普通は信じられませんよねぇ。私は小さい頃から割と接点がありましたからそれほどでもないですけど、ずっと昔に亡くなったはずの人たちがいるっていうのは信じられなくて当然だと思います。特にアインハルトさんの場合は……」

 

オーニソプター内部は、言ってしまえば“カルデアの領土”だ。故に、そこに乗り込んだ時点で一切の管理局法は適用外となる。同時に、管理局とカルデア双方より出された渡航許可の条件である、“詳細説明の禁止”が解除される瞬間でもある。

つまり、アインハルトたちは詳しい説明もないままに“損はないからとりあえず来い”と言われ、頭に疑問符を浮かべつつ、声をかけてくれたノーヴェやヴィヴィオへの信頼だけを頼りに乗り込んだところで、衝撃の事実を告げられたわけだ。

あれから丸一日経ち、ある程度は衝撃から脱することはできたと思うが、信じがたいと思うのは当然だろう。なにしろ、カルデアにはアインハルト……正確には彼女の先祖、クラウス・イングヴァルトと縁深い“彼女”がいるのだから。

 

「では、本当にあそこに…オリヴィエが」

「はい。アインハルトさんの話を聞いて、ずっと会いたがってたんです。まぁ、その……」

「大丈夫ですよ、ヴィヴィオさん。以前の私であれば、確かに会うべきではなかったと思います。自分(現在)のこととクラウス(過去)のこと、どう折り合いをつけて行けばいいかわからず、ただ我武者羅に、盲目的に漠然と“強さ”を求めていた私にその資格はなかったと、他ならぬ自分自身でそう思います。

 心配、してくださったんですよね。あなたも、会長も」

「……」

「ありがとうございます、心配してくれて。

ありがとうございます、今の私ならと信じてくれて。

 私は、あなたたちに出会えてよかったと、心からそう思います」

 

澄んだ笑顔を向けられれば、何とも気恥ずかしくて直視できない。

 

そんな二人の微笑ましいやり取りを見やりながら、今回の旅の同行していたヴィクトーリアことヴィクターと、ジークリンデことジークが紅茶を口に運ぶ…と、思わず目を見張る。

既に何度も味わっているが、飲む度に新鮮な驚きがある。良家のお嬢様として高級品にも一流の腕前にも慣れたヴィクターをして、このお茶を淹れた人物の腕前は瞠目に値した。

 

起床後間もなくなのか、それとも朝食後なのか、あるいは空いた時間の一服なのか、そういったタイミングだけでなく、飲み手の体調や精神状態をも考慮した上で注がれた一杯。

彼女たちとしても、不安や緊張…言葉にできない様々な感情が渦巻き、落ち着かない自覚はあった。だが、それを表に出すほど未熟ではないつもりだったが、このお茶を淹れた人物はそれを見抜いていたらしい。

鼻腔を擽る豊かな香気が緊張を和らげ、口に含めば芳醇な味わいが心を落ち着けてくれる。

 

(食事の時も思ったけど、ちょっと本気でスカウトできないかしら……)

 

自身の執事も間違いなく一流と確信しているが……なんというか、年季の違いを感じる。

同じ一流でも、技術と心配りを身に付けたばかりの若い執事と分厚い経験を積んだ老執事では、当然同じようにはいかない。実際、実家に古くから仕えるダールグリュン家の生き字引と彼女専属のエドガーとの間には、まだまだ埋めがたい差がある。なんというか、それに似たものを感じるのだ。

 

「……なぁ、ヴィクター」

「なぁに、ジーク」

「こういう時、番長たちがおったら“なに辛気臭い顔してんだ、シャキッとしろシャキッと!”って、背中でも叩いてくれたんやろうな」

「あの不良娘のことですもの、空気も読まずにやりそうね」

 

ちょっと不機嫌そうに返すヴィクターだが、どうにもソリの合わない砲撃番長の声が今は少し懐かしく感じる。

認めるのは業腹なものの、ジークの気持ちはわからないでもない。あの粗野かつ喧しい声で、この空気をぶち壊してほしいと。

 

「ジークも少し緊張しているようね。世界戦決勝でも、あなたはそんな顔していなかったわ」

「あ、あははは……そら、緊張の種類が違うだけやよ。

でもま…確かに緊張しとる。ハルにゃんと違うて、うちはほとんど個人の記憶は憶えてない。せやけど、それでもな……」

「これはアインハルトにも言えることだけど、ご先祖様とあなたたちは別の人間よ。受け継ぐのはいいけど、あなたたちが背負うことじゃないわ」

 

クラウスとリッド、彼らの無念が自分たちに関係がないとは思わない。特にアインハルトは、クラウスの記憶を色濃く受け継いでいた。それこそ、自分自身の記憶と区別が難しいレベルで。

だがそれも、もはや過去のこと。線引きはなされ、アインハルトの中からクラウスの記憶は消え去った。だから……

 

「大丈夫やよ」

「ジーク……」

「うちはもちろん、ハルにゃんも。ちゃんと自分を、今を生きとる。偶には道に迷うこともあるけど、大事なものを見失ったりはせぇへん。そう信じてくれたから、ヴィヴィちゃんに会長さんも今回の許可を取り付けてくれたんやろ?」

「……そうね。すこし、過保護になり過ぎていたかしら。ヴィヴィに笑われてしまいそうね」

「ヴィクターはみんなの“お母さん”やからなぁ」

「誰がですか!?」

 

たぶん、ここにいる面々に聞けば満場一致でジークの意見に賛同するだろうが。

ついでに、カルデアについて早々、白髪で左目や右頬に傷のある女の子に「お母さん?」と付け狙われることになることを、ヴィクターはまだ知らない。

 

「ふ~む、あの様子ならジークたちも大丈夫そうだね」

「アインハルトも思いの外落ち着いてるしな」

「うん、みんな成長してる。だけど、私まで来てよかったのかいナカジマちゃん?」

「ミカヤちゃんもうち(ナカジマジム)の関係者ってか、顧問取締役だからな。しっかりガキ共の面倒、見てくれよ」

「それは構わないんだけど……」

 

つっと視線を周囲に向ければ、そこにはヴィヴィオの母であるなのはや、同じくナカジマジム所属で今回の旅にも同行しているミウラがかつて世話になっていた八神家道場のはやての姿もある。加えて、ティアナやスバルも来ている上に、現地にはフェイトやその家族もいるらしい。

それだけの錚々たる面々(保護者)がいるのなら、ミカヤの出番はあまりなさそうに思えるのだが……。

 

「気をつけろよ、ミカヤちゃん」

「気を付けるって、何にだい?」

「勉強になるって言ったのは嘘じゃない。ミカヤちゃんにとっても、あそこは得るものが多いと思う。技術的にも、場合によっちゃ物質的にも。

 だけど、それはそれとして……」

「それとして?」

「一筋縄じゃ行かない連中揃いだからな。ぶっちゃけ、ティアナは保護者というより生贄だし」

「それはまた、随分な言われ様なんじゃ……」

 

だが、実際そうなのだ。ティアナを生贄に捧げるというより、身代わりにして子どもたちを頭の痛いトラブルから守るための…所謂“生贄の羊(スケープゴート)”という奴である。

まぁ、今回はスバルも同行しているので、二人で何とか切り抜けてくれるであろうと期待している。

 

「なのはさんたちにしたところで、正直どこまで頼れるかわかんねぇ」

「それほどなのかい?」

「あの人たちだって普通に振り回されるからな。つーか、逆らえなかったり天敵だったりする相手も結構いる」

「“エース・オブ・エース”や“歩くロストロギア”とも称されるお二人の天敵、というのはちょっと想像できないんだけどなぁ」

「気持ちはわかるけど、そこは着けばわかるとしか言えねぇ。とりあえず、アタシも含めて防波堤はいくらあっても困らないってこと。なのはさんたちがちび共連れてきてないのが、その証拠だ」

「そういえば……」

 

思い返せば、知り合ってからというもの基本的になのはやはやてはいつも子ども連れだった。例外は、模擬戦の時や無限書庫に行った時くらいだろう。つまり、まだ身を守る術はおろか危険を避けることすらできない子どもたちに万が一もない様に、最低限の安全策は講じてきているということだ。

 

「……ちなみに、今あの子たちは?」

「ユーノ総合司書長が忙しい人だから、なのはさんの方の双子は実家に預けて来たってよ。八神司令は、基本旦那が専業主夫だからそっちが面倒見てる。生まれたばっかのなのはさんのところと違ってもう3歳だけど、さすがに連れてくるのはなぁ……」

 

一応生まれてすぐの頃に女神たちに呼びつけられて連れて行ったことはあるが、その時は八神家や関係者総出でいつでも守れる体制を整えた上で赴いた。積極的に害するとは思っていないし、実際特に何も起こらず可愛がられて終わったが、いつどんなトラブルが脈絡なく発生するかわからないのがカルデアの怖いところ。前回が大丈夫だったから今回も、あるいは次も…なんて保証はどこにもない。

ある程度自衛手段を持つヴィヴィオたちならまだしも、歩くだけで危なっかしい赤子を連れて行くのなら、相応の備えは必須だ。

 

「確か、フェイトさんにもお子さんがいるんじゃなかった? そんな環境で大丈夫なのかい?」

「つっても、旦那の立香さんはカルデア常駐だからな。というか、あの人が常駐しないなんてのは論外だし」

「サーヴァント、過去の英雄の写し身か……そんなになのかい?」

「話に聞いただけじゃ実感がわかないのも当然だよな。“時代を代表する個性”って言われてもピンとこないのもわかる、アタシもそうだった。こればっかりは、経験しないとなぁ……」

 

所謂、“百聞は一見に如かず”というやつだ。

とにかく、そんな個性の塊連中の相手をしつつ、手綱を握っているのが立香なわけで……。一日二日程度ならまだしも、長期的にカルデアを空けるのは不可能と言っていい。立香がいないカルデアなど、メルトダウン直前の原子炉に等しい。

 

「まぁそんな訳だから、外で育てるってなると必然的に家族で別居になる」

「単身赴任のお父さん状態か……それは確かに、寂しいね」

「まぁ、立香さんの子どもってことで基本可愛がられてるから大丈夫だろ……たぶん

「いや、たぶんって……」

 

本当に、それで大丈夫なのだろうか……。

後年、“やっぱり環境って大事だよなぁ”そう思い知るミカヤなのであった。

 

「もうすぐかぁ、なんかドキドキするね!」

「うん!」

「僕もです! でも、番長やエルス選手たちにはちょっと悪い気もしますけど……」

「わかります。ファビア選手にもそうですけど、私たちだけ抜け駆けみたいで……」

「それを言ったらユミナさんもだよねぇ」

 

期待に胸が躍るのと同時に、少々の申し訳なさを感じるナカジマジムの面々。

彼女たちも、今回の件にまったくの無関係というわけではない。“エレミアの手記”を探すため、無限書庫を共に探索したハリーやその友人たちにエルス、そしてオリヴィエやクラウスとも縁のあった魔女の一族の末裔ファビアには今回渡航の許可が下りなかった。加えて、アインハルトの親友であるユミナもまた。

それは渡航許可申請を行ったタイミングの問題であったり、ヴィヴィオたちとの関連性や付き合いの長さなども勘案されたりした結果だった。

 

「皆さんはまだいいですよ。むしろ、私なんかが同行できたのがかえって申し訳なくて……」

「いえいえ!」

「イクスの場合、むしろ来れて当然というか…ねぇ?」

「そうそう! なにしろ、正真正銘のガレアの“冥王”なんですから!」

「そうですよ! ここは王様らしく、胸を張ってドーンと構えてください」

「そ、そうは言われましても……」

 

イクスが若干尻込みしていると、リオをはじめコロナとミウラが元気よく励ます。

とはいえ、今回辛うじてねじ込むことはできたものの、イクスと違いリオやコロナ、そしてミウラの同行も本来はかなり厳しかったのだ。既にカルデアと親交があるヴィヴィオと同級生であり同門でもある二人と、別口で八神家と親交の深いミウラだからこそ何とか許可を取り付けることができたのだ。

ヴィクターやジークに許可が下りたのはイクス同様、純粋に二人がはやてが言うところの“ベルカっ子”であることが大きい。

それを言えばファビアもだが、無限書庫の件が色々と尾を引いて許可が下りなかった。ユミナの場合、またまだ出会って日が浅いことが主な原因である。

 

「できれば、今度はみんなで来たいですよね」

「うん♪」

「今のままだと、守秘義務があって皆さんには話せませんしね……」

 

今回の旅行にしたところで、詳しいことが話せないためかなり色々ぼかしているのだ。事情があるのだろうと深く突っ込んでこなかった皆には、只々感謝しかない。

帰ってからも話せないのは心苦しいし、早く制限解除対象になってもらいたいところである。

 

「……あれ?」

「どうかしましたか、ミウラさん?」

「あ、いや、見えてきてから結構立ちますけど、全然降りないんだなぁって」

「言われてみれば……」

「確かに……」

 

ミウラに連れられてモニターを見上げれば、相変わらずオーニソプターはムンドゥス・カルデアの衛星軌道上を滑るように移動し降下する様子はない。そもそも、降りる際には一応アナウンスがあるはずなので、それすらないことから当分はその予定がないことがわかる。

普通なら、とっくに降下するか、転送ポートで現地に跳ぶかしている頃のはずなのだが。

 

「あれ、どうしたのみんな?」

「そないに首傾げてると、そのうち首が痛くなるで」

「なのはさん」

「八神司令、ちょっと気になることがありまして……」

 

子どもたちの様子に気付いた保護者組に、これ幸いにと疑問をぶつけてみると答えはあっさり帰ってきた。ただし、その内容は彼女たちの予想の斜め上を行くものだったが。

 

「ああ、そっか。その説明してなかったっけ」

「実はな、ここから直接カルデアに行くのはできないんよ」

「そうなのですか?」

「うん。ほら、星の周りをなんかクジャクの羽みたいなのが囲ってるのが見えるでしょ」

「ああ、アレも気になってたんですよね。綺麗ですけど、あれって何なんですか?」

「簡単に言ってまえば、ある種の防衛装置やね。通称“長城”、あそこから先にはどんな艦も進入禁止やし、魔法や通信もすべて妨害されとる」

「カルデア自身ですら、直接外とやり取りすることはできないもんね」

「て、徹底してるんですね……」

「でも、そこまでやったら不便なんじゃ……」

 

子どもたちの反応も当然だ。なにしろ、物理的にも電子的にも、そして魔法的にもあの星は他の次元世界から隔離されていることになる。

しかし、同時にそれが必要とされる場所なのも事実なのだ。

 

「まぁ、実際かなり不便ではあるね」

「しかも、まだまだあるで。

いまは予定にない積み荷とかがないかの確認中や。そっちが終わり次第、これからあの一つに接舷してそこから転移術式で大気圏内を浮かんでる“虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)”に行って、さらにヘリに乗ってようやくカルデア本部に到着やからな」

 

つまり、“長城”が鎖国時代の日本における“出島”であり、“空中庭園”が“長崎”、そして“江戸城”が“アニミ・カルデア”に相当すると考えれば、多少分かりやすいだろうか。

 

カルデア所有の艦でさえこの扱いなのだ、スペース・ボーダーもこの例に漏れない。当然、それ以外の方法となればさらに厳しくなる。

転移魔法は軒並み妨害されているため、艦や人は長城手前までしか来られないし、基本的に接舷許可は下りない。管理局の船が来た場合でも、長城から小型艇が迎えに寄こされるだけだ。そこから先は、先と同じ手順を踏むことになる。

通信の場合も、長城を経由して空中庭園までしか通らず、別回線で本部とやり取りすることになる徹底ぶりだ。ジェイル・スカリエッティをして、碌に情報を抜き出せなかったのもうなずける堅牢ぶりだろう。

 

「まぁ、確認が終われば後は早いよ。だから、もう少しの辛抱ってこと」

「ちゅうても、扉を通る度に機械・魔法その他諸々のあらゆる検査を受けるから、いっぺんでも引っ掛かると大変やけどな」

 

なのはに「脅かさないの」と注意されながら、ちょっと舌を出してお茶目に笑うはやて。

とはいえ、実際についてみればなのはの言う通り後は早かった。特に足止めされることなく奥へと通され、魔法とはまた違った方式で空中庭園へと転移し、“カルデア・トラベル”なる不穏な旗を持った偉丈夫の操るヘリに揺られることしばし。

ようやくたどり着いたのは、八千メートル級の険しい山々の8合目に位置する近代的な建物だった。

 

「ここが、“アニミ・カルデア”」

「はい! 遠路遥々、お疲れさまでした」

「ここに、オリヴィエが……」

 

感慨深げにアインハルト視線を巡らせていると、奥からよく見知った女性が初見の男性に伴われて姿を現す。

男性の左腕に自身の両手を絡ませ、密着しながら歩いてくるフェイト。幸せそうに微笑む姿は、今までに見たどんな彼女よりも魅力的だ。よく見れば、右手がしっかりと彼の左手と握られている。

 

「みんな、いらっしゃい」

「ご無沙汰しています、フェイトさん。そちらは……」

「はじめまして、藤丸立香です。えっと…こんなのでもフェイトの旦那さんしてます」

「もう! もっと自信をもって言い切ってください」

「いやほら、大抵“え、これが?”って反応されるし。それが普通じゃない?」

「価値観は人それぞれ。釣り合わないと思うのはその人の勝手だけど、私はそうは思いません。私にとっては自慢の旦那様なんだから、しっかり胸を張って欲しいな。こう、エヘンと」

「はは、頑張ります」

 

多少驚きはしたが、彼女の想いに一点の曇りもないことが良く伝わってくる。当の本人が幸せであるのなら、外野が口を挟むのは野暮というものだろう。ただ、気になることがないわけでもない……。

 

(ねぇ、ナカジマちゃん)

(ん?)

(あの二人、別に仲が微妙になってるとか、そんなことないんだよね)

(見りゃわかるだろ)

 

ミカヤからの問いに、少しだけ面倒そうに答えるノーヴェ。無理もない、これ見よがしに幸せオーラをふりまかれては、寂しい独り身としては多少やさぐれたくなるというものだ。

とはいえ、ミカヤがこんなことを聞いてくるのにも当然理由はある。

 

(じゃあさ、どうして……長袖はいいにしても、しっかり手袋嵌めて手を握っているんだい?)

 

そう。いまフェイトの手を包むのは、遠めに見てもわかるくらいしっかりとした仕立ての黒手袋。

彼女の華奢な指のラインを損なうことのないものだが、空調が効いているので別にカルデア内部が特に寒いわけでもない。なのにどうして、わざわざ手袋越しに……そう、ミカヤが疑問に思うのも当然だろう。

しかし、これには深くはないが一応事情がある。フェイトとて、できれば直接触れ合いたいところではあるのだが、それをすると……

 

(あ~、フェイトさんはなぁ…なんつーか……肌フェチ? なんだよ、あの人)

(はい?)

(いや、フェチも違うか。なんつったらいいか……肌と肌の触れ合いが一番ドキドキする性質らしいんだわ。あ、立香さん限定だから、アタシらは別な)

(ま、まぁ、そういう人もいる、のかな?)

 

あんまり子どもたちに聞かせたくない話なので、できるだけ小声で話す。念話だと、万が一にも傍受される可能性があるからだ。

 

(どうも、あんまり触れてると、こう…なんだ。“アレ”なスイッチが入っちまうらしくてなぁ)

 

早い話が、フェイトにとって“肌”が一番の性感帯なのである。そして、ドキドキが高じて興奮状態になり、最終的には“えっちぃ”スイッチが入るのだそうな。

流石に人前、あるいは日中からそれでは色々と困る。本当は思う存分触れ合いたいのだが、それだと支障をきたしてしまうことから考えた苦肉の策があの手袋と長袖らしい。思い返してみれば、フェイトはどちらかというと露出の多い服装を好んでいたように思う。

 

(そ、そうか。うん、そういうものか……)

(顔が赤いぞ、ミカヤちゃん)

(そういうナカジマちゃんだって……)

(……やめよう。なんか虚しくなってくる)

(そうだね、それがいい)

 

加えて、フェイトが良く逃げ出してくる理由の一端がこれだ。直接触れ合うのが一番ドキドキしてしまうフェイトだが、甘やかされてもそれは同じ。思春期を経て、ドキドキはやがて性的な興奮へと繋がる様に。

どうも、幼い頃に愛する母から冷遇され、碌に触れ合うことも甘えることもできなかった反動と思われる。

 

―――大好きな人と触れ合える。

 

―――愛する人が心に寄り添ってくれる。

 

それが何より嬉しく、心と身体の芯に熱を帯びさせてしまう。とはいえ、その度に発情してしまってはまるで“サカリ”のついた獣のようではないか。

それで呆れられたり“エッチな子”と思われたりするのは困る。だからこそ、フェイトは逃げる。昔は羞恥心と許容量の限界故にだったが、今では自分自身の淫らな衝動をクールダウンさせるためという意味合いも多分に含まれている。

 

ちなみに、立香は割とすべて承知の上でそれをしている節がある。

Sっ気があるのかもしれないが、それとは別にフェイトが若干“M”の気質があることに気付いているからだろう。別に“イジメてほしい”とか“手酷く扱ってほしい”とか言うほどではないが、強く押されることが嬉しく、ついでに弱い。愛情や好意の結果としてのそれが、堪らなく心地良いらしい。

甘やかされ羞恥に悶えたり困ったりしている時も、アレはアレで心のどこかで悦んでいるのだ。本人は、恥ずかしくて認められないようだが。

ついでに、激しく求められることにも快感を覚えてしまうことを、立香は密かに確信している。

 

そして、このことはプレシアには秘密だ。

フェイトの性癖や弱点は、だいたいかつてのプレシアとのすれ違いに起因する。

触れ合えず、互いの心には大きな溝が横たわり、プレシアはフェイトを手酷く扱った。それらが転じて、肌の触れ合いに高揚し、隠している本音を満たされることに悦び、強く求められると興奮する。

たぶん、プレシアが知ったら「生まれてきて…いえ、まだ生きててごめんなさい」「フェイトになんて性癖刻み付けてんのよ、いつかの私ぃ!?」と首を括りかねない。

 

これと似ているようでちょっと違うのがマシュで、彼女は変則的な“手フェチ”だ。

正確には、“手を握ってもらう”のが一番嬉しい人である。なので、甘えたい時や“行為”の最中は大体どんな無理のある体勢でも手を握ってもらいたがる。なんでも、これが一番安心するらしい。

 

「そういえばフェイトちゃん、子どもたちはどないしたん? お土産、いっぱい持って来とるんやけど」

「もう、そんなに気にしなくていいのに……」

「それ、フェイトちゃんが言える? 毎回、車の荷台一杯に色々持ってくるでしょ」

「うっ! そ、それは……」

「ごめん、いつも止めようとは思ってるんだけど……」

「立香さんがフェイトちゃんに甘いのはいつものことですから」

「せやね、はじめから期待してません」

 

お土産についてはフェイトにだけは言われたくないし、フェイトも自覚がないわけではないだけに突っ込まれると弱い。立香も毎回止めようとは思うのだが、嬉しそうに選ぶフェイトを見ていると結局止める側には回れない。むしろ、フェイトと一緒に選ぶ側だ。どちらかというと、フェイトを甘やかす一環だが。

で、それを“やれやれ”とばかりに制御するのがマシュの役目である。

 

「と、とりあえず、子どもたちは今マシュとブーディカが見てくれてるよ。今日は、みんなの案内に集中してって」

「相変わらずの良妻っぷり、私も見習わな」

((どうやっても、八神家の良妻の座は士郎さんのものだと思うんだけどなぁ))

 

諸行無常。

 

「なのはさん、そろそろ」

「ああ、そういえばそうだよね」

「スバル、アンタも警戒を怠らないで! どこから来るかわからないわよ!」

「ティア~、そんな敵地とか戦場とかじゃないんだから……」

「あたしにとっては、十分すぎるくらいにここは敵地で戦場よ!!」

 

何やら剣呑な雰囲気を醸し出し始めた元スターズの三人に、事情を知らない面々が疑問符を浮かべている。

そういえば、先に来ているはずのエリオとキャロはどうしたのか。

 

「ああ、二人なら今頃先生たちのところじゃないかな?」

「二人の先生?」

「なのはさんたちじゃなくて?」

「そのさらに前。槍と召喚の先生たちがいるんだけど……」

 

キャロはともかく、エリオは今頃正真正銘の修羅場かもしれないだけに通信を送るのはためらわれる。

場合によっては、一瞬の隙が生じて“Dead End”なんてことも十分あり得る。何しろ、唐突に殺し合いを始める物騒極まりない女王様とかがいるのだから。

フェイトが落ち着いているあたり大丈夫そうではあるが、いつそんな事態が起こるかわからない。

無事を祈りつつ、合流するのを待つのが吉だろう。

 

とそこへ、できれば会いたくなかった小柄な人影が二つ。

 

「あらあら、ようやく来たみたいよ(ステンノ)

「そうみたいね、(エウリュアレ)

「げっ……ステンノとエウリュアレ」

「さあさあ、ティアナ・ランスター。あなたに試練を与えましょう、見事乗り越えると信じているわ。ねぇ、(ステンノ)

「ええ、ええ、もちろんよ(エウリュアレ)。あなたは楽しいおも…もとい、智慧と勇気で困難を乗り越える勇士と確信しているもの。きっとあなたなら乗り越えられるわ。その暁には、私たちが存分に愛してあげましょう」

「今思いっきり“オモチャ”って言おうとしたでしょ、この極悪女神ども!!」

 

よく見れば、彼女たちの後ろには眼帯で目を隠した美女がペコペコ頭を下げている。

まぁ、アレはアレでティアナにとっては血や貞操の危機を覚える危険人物なのだが、今回ばかりは頼みの綱だ。

是非とも頑張ってほしい。

 

「あの、姉さま方。できれば手加減を……」

「「お黙りなさい、駄メドゥーサ」」

「……はい」

「もうちょっと頑張ってくださいよ……ってこの手は!?」

「つか、まえた」

「ええ、よくやったわ私のアステリオス」

「ちょ、放して! 放しなさいアステリオス! 邪悪な姦計にのってはダメ! あなたの手で目を覚まさせて!」

「でも、エウリュアレは、いつでも、じゃあく、だよ」

「そうだった!!!」

「それはそれで何だか腹が立つわね」

(ですが事実です、下姉さま)

「何か思って? かわいいメドゥーサ?」

「いえ、なにも」

 

そうして、抵抗も虚しくまたぞろ無理難題を面白半分で押し付けられるティアナ。助けるべきかとも思うが、まだ何も始まっていない状態で子どもたちの傍を手薄にするわけにもいかない。

止む無く「と、とりあえずティアを手伝ってきます!!」と言って走り去ったスバルに一任することに。まさか、BB印の“ブタになる呪い”をかけられた挙句、「大事な指輪を落としてしまいましたの」「是非とも探してくださらない」と、メドゥーサもろともキング・プロテアの腹の中に放り込まれることになるとは思いもしなかったが。絶対嘘だとわかっているのに逃れられないとは、何たる理不尽か。

 

しかし、カルデアの洗礼はまだまだ始まったばかり。

フェイトと立香に案内されるまま通路を歩いていると、なにやら物陰から金色の束が見え隠れ……

 

「なにしてはるんです、エレシュキガル様?」

「は、はやて!? こ、こんなところで会うなんて、き、奇遇なのだわ!」

(絶対待ち伏せしとったけど……ここは話を合わせとこ)

「み、見たところ管制室に向かうところのようね。挨拶はもう済んだのだわ!」

(いや、これから行くんやから、当然挨拶もまだなんやけど……相変わらずやなぁ)

 

つい、生暖かいというか優しい目を向けてしまう。

 

「ごめんなぁ、なのはちゃん、フェイトちゃん」

「仕方ないよ、色々お世話になってるし」

「うん、気兼ねしないで行ってきて。そのためにみんな(防波堤)がいるんだし」

 

何やら不穏なルビがついている気がしないでもないが、加護を貰っている身としては無碍にもできない。しかも、相手は神霊の中ではかなりまともな部類に入るエレシュキガルだ。少なくとも、イシュタルやジャガーマンなどとは比べるべくもない。いざという時守ってもらうためにも、ここは顔を立てておくのが良策だ。

実際、用件を聞いてみれば冥界に花を咲かせるプロジェクトの一環として、はやての魔法を貸してほしいらしい。そういうことだと、なおさら断ることはできない。

 

というわけで、ティアナとスバルに続き、はやても早々に離脱してしまうことに。

 

「耐えろ、なんとしてでも押し留めるんだぁ!!」

「凄い、と言うべきでしょうか。早々に三人も離脱してしまいましたわ」

「神様もいるっちゅう話やったけど、あの人たちがそうなんかなぁ……」

 

実物を見てもまだ半信半疑なのか、ヴィクターもジークも釈然としない様子。

まぁ、パッと見た感じだと、有り得ないくらいに容姿が整っている以外は人間と大差ないので無理もないが。

 

「レオニダスブートキャンプの成果、今ここにぃ!!」

「あの、今何か聞こえませんでしたか?」

「そうですか?」

 

何かに気付いたミウラが周りに確認するも、コロナをはじめ誰もが首を横に振る。

 

「……しまった破られたか! 追え、追え――――――――っ!!」

「……」

「どうかしたの、イクス?」

「あ、ヴィヴィオ。その実は、今更になって緊張してしまって……」

「そういえば、イクスはオリヴィエと同じ時代を生きてたんだもんね」

「はい。とはいっても、ガレアは聖王連合ともシュトゥラとも疎遠だったので、面識はないのですが……」

「大丈夫、きっと仲良くできるから! まぁ、ちょ~っと圧倒されるかもしれないけど

「何か言いましたか、ヴィヴィオ?」

「い、いえ! なんでも~…アハハハ!」

「? ? ?」

 

同じ時代を生き、後世における評価を知ったからこそなお一層の緊張を覚えるイクス。

ヴィヴィオはヴィヴィオで、何か言い難そうにお茶を濁している。

 

とその時、フェイトとなのはが何かに気付いた。

 

「……おっ」

「……なのは」

「うん、わかってる。来た、みたいだね」

 

真剣な表情で頷き合う親友二人。

その横では立香が目頭を押さえ、「頑張ってくれてありがとう、みんなのことは忘れない」と感謝の念を贈っている。まぁ、別に死んだわけではないのだが……。マシュがいればツッコミの一つも入れてくれただろうが、惜しい。

 

「かっ……」

「いくよ、レイジングハート」

《Lord cartridge》

 

いつの間にか展開させたレイジングハートが薬莢を排出し、なのはの魔力が高まる。

 

「あっ」

「…………」

 

静かに利き腕である左腕を前に突き出し、タイミングを計る。早ければ解析・無効化されてしまうし、遅ければ格好の餌食。今は何よりも、タイミングが命なのだ。

 

「さっ!」

「ママ……」

「大丈夫。ヴィヴィオのママは強いんだから♪」

 

愛娘に微笑みかけ、長年の経験によって培われた直感が“今だ”と告げる。

同時に、曲がり角から何かが猛烈なスピードで飛び掛かってきた。

 

「エクセリオンシールド!!」

「ま゛――――――――――――っ!!!」

 

―――――――ドゴォンッ!!!!

 

重々しい衝突音がカルデアの通路に響き渡る。堅牢さで定評のあるなのはのシールドが軋みを挙げ、全力で踏ん張っているにもかかわらずジリジリと後方に押しやられる。

一瞬でも気を抜けば、そのまま持っていかれてしまうと確信する。

 

だが、歯を食いしばって辛うじて踏み止まるなのはに向けて、件の“何か”が涙をこぼしながら鼻声で訴えてくる。

 

「ああ、お母さま! お母さま! お母さま! お母さま! お母さま! お母さま! お母さま! 再会の日を一日千秋の想いでお待ちしておりました!! ですが……ようやくの再会だというのに、あんまりです!? ここは愛する娘を優しく抱き留め感涙にむせぶ場面(シーン)ではありませんか!!」

「だ・か・ら!! 私のあなたのママじゃありませんって何度言わせるんですかぁ!!」

「そんな水臭い…ヴィヴィのママとはつまり私のお母さまも同然!! さあ、私のことは愛を込めてオリヴィエと。そう、愛を込めて!!!」

 

やたらと“愛”を強調してくる“娘を名乗る不審者”。長い金髪に赤と緑の虹彩異色、整った顔立ちはどこかヴィヴィオと似ている……が、なのははそんなこと気にも留めずに魔力を回し、全身に活を入れる。

ここで、ここで押し切られるわけにはいかないのだ。そう、ヴィヴィオのママとして!

 

「ぐぎぎぎぎっ……! あんな勢いでぶつかられたら私の身体がバラバラになるでしょうが!! せめて加減してください!!」

「だって、お母さまったらいつもすげなくあしらうんですもの。知っているんですよ、現代では“ツン=デレ”というのですよね。素直になれないお母様の心を、今日こそはこじ開けるのです!」

「開けても何もないって毎回毎回毎回毎回言ってるでしょうが! いい加減聞いてください、あなたはバーサーカーですか、“オリヴィエ”さん!」

「そんな他人行儀な……呼び難いようでしたら、オーちゃんでも可です! ヴィヴィ(昔の愛称)だとヴィヴィと被ってしまいますからね。私はできた“姉”なのです」

 

話を聞いてるんだか聞いてないんだか……。

ついでに、その間にも二人の間に張られたシールドは悲鳴を挙げ、限界を迎えつつあるのか“ピシッ”“パキッ”とひび割れ始めている。

 

「あっ、だめ…力強っ!?」

「ふっふっふっふっ……さぁ、観念して私のお母さまとなるのです」

「ママ―――っ! 頑張って――――――っ!!」

 

黒い笑顔で勝利を確信していたところへ、ヴィヴィオの声援が割って入る。途端、なのはが息を吹き返し、顔の手前まで来ていたシールドを押し返す。

 

「そんな、ここにきて妹の裏切り!?」

「ふんぬぬぬぬ……っ!」

「いえ、とりあえず私に姉はいませんので」

「え、じゃあ私は!?」

「……………………………………“姉を名乗る不審者”?」

「あふん……」

 

心無い一言にショックを受けたのか、それまでの熾烈な攻防がウソのようにその場に崩れ落ちるオリヴィエ。

肩で息をしていたなのはだったが、ライダーのサーヴァントが沈黙したことを確認すると、静かに……だが、力強くガッツポーズ。

 

(グッ!)

「毎度のことではあるけど……お疲れ様、ママ」

 

毎度なのか……、このやり取りを初めて目の当たりにした面々は何とも言えない表情でその一言を反芻する。

特に、アインハルトとイクスの目が死んでいるのが印象深い。「え、なにこれ…悪夢?」と言わんばかりだ。

しかし残念なことに、全て現実である。

 

「ありがとう、ヴィヴィオ。やっぱり、応援って力が湧いてくるよねぇ。今回は本当に危なかった……」

「年々押しが強くなってるもんね。オリヴィエも諦めの悪い……」

「うぅ、良いじゃないですか私にもママがいたって。物心ついた時にはもういらっしゃいませんでしたし、私だって頭を撫でてもらったり、お母さまの料理を味わったりしてみたかったんですよぉ……」

 

床の上に横たわりながらメソメソしているオリヴィエ。そう言われると同情してしまうが……。

 

「一緒にお風呂に入って、同じベッドで眠って、お買い物をしたり、髪を結ってもらったり、アレとかコレとかソレとか、色々やりたいことがい~っぱいあるんですよぉ……」

(シラ~……)

 

いや、やはりあまり同情は湧いてこないか。どちらかというと、図々しくさえある。

とはいえ、残念過ぎるファーストコンタクトになってしまったが、紹介しないわけにもいくまい。

 

「えっと、とりあえず……“コレ”がライダーのサーヴァントの“オリヴィエ・ゼーゲブレヒト”です。一応、本当に一応ですが所謂“最後のゆりかごの聖王”ですね。とてもそうは見えないと思いますが、すっごく残念ですけど本当なんです」

「ヴィヴィの私の扱いが雑過ぎる件について!?」

「日頃の行い」

「あ、はい。ごめんなさい。ちょっとはしゃぎ過ぎました」

 

真っ白な目を向けられると、途端に姿勢を正して小さくなってしまう。もう聖王…あるいは聖王女の威厳も何もあったものではない。

とはいえ、彼女としても“最後のゆりかごの聖王”という呼称には言いたいことがある。

 

「……でもですね、私だって好きでゆりかごに乗ったわけじゃないんですよ。というか、本音を言えばあんなの願い下げだったわけで……」

「今更それを言う?」

「逆です、今だから言うんです。昔はほら、自分の身体のこととか、シュトゥラのこと、クラウスやリッド……大切な人たちのこともあって仕方なく…ええ、本当に()()()()乗ったんですよ。正直言えば、聖王連合そのものはどーでもよかったというか……」

 

まさかの歴史の真実、大暴露である。

 

「あのぉ、愛着とかは?」

「は? そんなのあるわけないじゃないですか」

「な、ないんですか?」

「“母の命と魂を奪い取って生まれた鬼子”とか陰口叩かれて、どうして愛着が湧くと?」

「た、確かに……」

「乳母と侍女をつけられてそれなりの待遇はされていましたが、身近な人以外の態度は割とあからさまでしたよ。腫れ物扱いならまだマシな方、中には露骨に侮蔑する人もいましたから」

 

まぁ、確かにそれでは愛着など湧きようもないか……。むしろ人格が歪まなかったのは、侍女や乳母をはじめ、数は少なくても周りに彼女を愛し支える人たちがいたからこそだろう。

 

「ああ、シュトゥラに人質に出してくれたことには感謝してもいいです。おかげで、鬱陶しい視線から解放されるだけでなく、クラウスたちと幸せな時間を過ごせましたから。聖王連合も偶には良いことをします、そう()()は!」

 

やけに“偶に”の部分を強調するオリヴィエ。

自分の故郷のはずなのだが、辛辣なことこの上ない。どれだけ鬱憤が溜まっていたのだろう。

 

「かと思えば“ゆりかごの起動”を宣言し、私が適合したらいっそ見事なまでの掌返し……むしろ呆れ果てて滅ぼしてやりたかったくらいです。いえ、民のことがなければ滅ぼしていたかもしれませんね。

 くっ!? 今思い返しても悔やまれます。いっそ王城と主だった貴族を殲滅して、そのままシュトゥラに併合させるべきだったでしょうか……」

 

もしそんなことになっていたら、色々歴史が大きく変わってしまう。それこそ、諸王時代の戦乱が今なお続いていたかもしれないのだ。お願いなので、新しい特異点が出来そうな物騒発言は控えてもらいたい。

と思っていたら、いつの間にか近づいてきていた誰かがオリヴィエの肩に手を添える。

 

「ヴィヴィ様、いまさらそんなことを言っても仕方がないでしょう。それに、そんなことをされても当時のシュトゥラには聖王連合の領土を治める余力はありませんでした。一時統治できたとしても、すぐに領土を切り取られて泥沼の戦争に突入していたことは、火を見るより明らかではありませんか」

「……わかっています。言ってみただけです」

「本来なら、“王族が軽はずみなことを言ってはいけません”と諫めるべきなのでしょうが……」

「私はもう王でも王女でもありませんから!!」

「まぁ、そういうことにしておきましょう」

「というより、望んで王となり、自らの王道に則って国を治めた皆さんがここには何人もいらっしゃいます。あの方々を前にしては、恥かしくて“聖王”などと名乗れるわけないでしょう。私は所詮、“ゆりかご”を守る兵器であり、傀儡にも劣る“ハリボテの王”だったのですから」

 

深々と溜息をつきながら、ようやく気も晴れたらしい様子のオリヴィエ。

だが、遅ればせながら周囲を見回すと、呆気にとられたような視線が集中していることに気付く。

 

「どうかしましたか、皆さん。そんな信じられないようなものを見たような目をして」

「“ような”じゃなくてその通りなんだと思う」

「無理もありません。現代における聖王の扱いを考えれば、むしろ当然の反応でしょう」

「知~り~ま~せ~ん~! 私はもう聖王女でもなければ、聖王でもなくただ一騎のサーヴァントですから~!

 王族の責務とか聖王家の誇りとか、そういう面倒臭いのは全部生前に置いてきたんですぅ~!」

「“座”じゃないんだね」

 

苦笑い気味に立香が聞けば、「はい!」と元気よく返事が返ってくる。つまり、いつどこに召喚されても基本このノリということか。いや、なのはやヴィヴィオがいなければもう少し落ち着くとは思うのだが。

こんな調子だから、カルデアのトラブルメーカー予備軍扱いされるのだ。

しかし、そんな彼女の様子に気付いた風もなく、呆然としていたアインハルトがようやく一言漏らす。

 

「……リッド?」

「? ああ、君がクラウスの……それに、そっちは僕の末裔かな?」

「あ、その…はい。ジークリンデ・エレミア言います」

「初めまして。僕はヴィルフリッド・エレミア……何代前になるかはわからないけど、君の先祖ということになる」

「その…ど、どうも」

 

エレミアの一族は知識や技術の継承が主で、記憶の継承はほとんどなされない。

そのため、ジークとしても目の前のリッドが先祖と言われてもあまりピンとこない。それでも、なんとなく彼女が自分に近しい存在であるという確信があった。

 

「そ、そうそう! どういうことなのフェイトさん! なんでリッドがここに!? っていうか、いつ召喚したの!」

「えっと……半年くらい前」

「なんで教えてくれなかったのぉ!?」

 

教えられなかったのは、オリヴィエを召喚した時と大体似たような理由だ。オリヴィエほどの影響力はないとはいえ、それでもこちら側の世界の人物の召喚にはいろいろと慎重にならざるを得なかったのだ。

まぁ、オリヴィエほどの知名度がなく、“幻霊”寸前というか“信勝”あたりに近い状態らしいが。

 

「ご、ごめんね。こっちも色々あって……」

「半年前だと…ヴィヴィオたちが無限書庫にエレミアの手記を探しに行った時だよな。ってことは、あの一件がきっかけで“座”に登録されたのか?」

「そんな些細なことでですの?」

「あ~、そのあたりよくわかってねぇからなぁ……オリヴィエさんのことにしたって、ヴィヴィオを保護したのがきっかけっぽいし」

 

あくまでも“おそらく”ではあるが、その人物にまつわる何かが起こり知名度や世界との繋がりが濃くなると、今まで存在しなかった英霊が登録されるのではないか、というのがカルデアの見立てだ。

 

「…………なぁ、ミカやん」

「なんだい、ジーク」

「それやったら、クラウス陛下もおるんちゃうん?」

「まぁ、いそうではあるが……」

「ああ、いるよ」

「「「()るんですか!?」」」

 

さらっと告げるリッドに、誰もが驚きを隠せない。しかし、彼女たちは特に気にした風もなく……。

 

「割と最近に、ですよねヴィヴィ様」

「そうですねぇ……2ヶ月くらい前だったでしょうか」

(確かその頃って……)

(うん。アインハルトさんがDSAA U-15のタイトルを取ったのと同じ頃の筈)

 

同時にそれは、アインハルトの中からクラウスの記憶が消え去った時期でもある。

それらとの因果関係はわからないが、無関係ということはなさそうだ。

ところで、そのクラウスは今どこに……と思っていると。

 

「ほら、クラウス~! あなたも出てきて下さ~い!」

「ほらほら、陛下。可愛い末裔が来てくれているんですよ」

「ま、待ってくれ二人とも! まだ心の準備がぁぁぁぁ~~~~!?」

 

一度先ほど飛び出してきた曲がり角に戻り、白い塊を引きずり出してくるオリヴィエ。

“ペイッ”と放り出したそれは、白い布にくるまった歪な球体だった。

 

(((なにこれ?)))

「さぁ、クラウス。そろそろ観念してください」

「往生際が悪いですよ、陛下」

「ふ、二人は負い目がないからいいだろうが、僕はその…色々合わせる顔がないというか……」

「……はぁ、リッド」

「はい、ヴィヴィ様」

「「せ~のっ!」」

 

息を合わせ、両サイドから白い布をつかみひっぺがす。するとそこには、アインハルトとよく似た色彩の美丈夫がうずくまっていた。

 

「ああっ!?」

「ほら、シャンとしてください。アインハルトに笑われますよ」

「私と違って、あなたは立派に王として歩んだじゃありませんか。なら堂々と向き合ってあげてください」

「う、それは、だが……」

 

バツの悪そうな表情を浮かべ、ノロノロと立ち上がりつつ視線を右往左往させるクラウス。

そこで、ようやく現実に理解が追い付いたアインハルトが彼を見上げる。その視線に気づき、おずおずといった様子でクラウスもアインハルトと視線を合わせる。

 

「クラ、ウス」

「君が、アインハルトか……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

お互いに何を言っていいかわからず、長い沈黙が場を満たす。

先にそれを破ったのは、アインハルトの方だった。

 

「……私とは、会いたくありませんでしたか」

「違う、それは違う。どちらかと言えば、さっきも言った通り“合わせる顔がなかった”」

「どういう、意味ですか?」

「僕は君に、君たちに余計なものを背負わせてしまった」

 

なんでも、厳密に言えばアインハルトはクラウスの直系というわけではないらしい。彼は生涯独身だったが、王として後継者を定めないわけにはいかない。そこで傍系から養子を引き取ることで、跡取りとした。それがアインハルトの先祖である。

クラウスは養子に取った子を我が子同然に育て、短い時間の中でできる限りのことを教え遺した。その中に、“記憶継承”も含まれる。自身の後悔と同じ轍を踏まないように、もしもの時に己が“覇王流”が道を開く力になればと願って。

しかしそれは……

 

「僕の人生は、失敗ばかりだった。その中でも最悪のものが二つ、一つがオリヴィエを止められなかったこと。もう一つが、君を苦しめた“記憶継承”だ」

「そ、そんなことは……」

「だが確かに、君は僕の記憶のせいで苦しみ、藻掻き続けてきたんだろう? リッドの様に、技術や知識だけにとどめていれば…あるいは、いっそ継承などさせなければ、君は一人の女の子として……」

「ああ……ちょっといいか、陛下」

「君は……」

「ノーヴェ・ナカジマ。一応こいつのコーチっつーか、まぁそういうのだ」

「そうか。君にも……いや、君達にも多大な迷惑をかけた。伏して謝罪……」

「いらねぇ」

「なに?」

「代わりに先に謝っとく。これからすることはあたしの完全な独り善がりで、身勝手だ。アインハルトも、後ろの連中も関係ない。処罰するってんなら甘んじて受ける。だから、こいつらには責任がないってことを承知してくれ」

「君は、何を言って……」

「歯ぁ食い縛れ! このボケナス!!」

「ぐっ!?」

 

ノーヴェの拳がクラウスの頬に突き刺さる。見れば、いつの間にかジェットが展開されている。正真正銘、遠慮呵責一切なしの全力だ。

頑丈さが売りの覇王とはいえ、流石に不意を突かれればその限りではない。クラウスの身体は殴り飛ばされ、背中から床に盛大に倒れ込む。痛む頬に顔をしかめながら、ゆっくり体を起こせば……ノーヴェはクラウスではなくアインハルトの方を見ていた。

 

「あんたの気持ちもわかる。良かれと思って遺したもんが、後になって望んだのとは真逆の結果になったら頭の一つも下げなきゃやってらんねぇのは当然だ。大人として、ガキどもに詫びなきゃいけねぇ責任があるのも理解してるつもりだ」

「……」

「だけどよ、それは結局アンタの都合だ。こいつを見ろよ、アンタに頭を下げられてどう受け止めていいかわからねぇってツラしてるだろ。こいつはアンタに謝ってほしいわけじゃないし、罪の意識を感じてほしいわけでもねぇんだ。

 アンタだって、別にこいつを泣かしたいわけじゃねぇだろ」

 

クラウスもアインハルトに視線を向ける。そこには、困惑の表情のまま目尻に涙を浮かべる彼女がいた。

 

「……当然だ」

「なら謝るな。謝りたくても、謝らなきゃいけないとしても、絶対に謝るんじゃねぇ。こいつが望まないもんを押し付けるのは、アンタの本意じゃないんだろ」

「……そうだな。たしかに、あなたの言う通りだ」

 

クラウスから見れば余計な重荷だったろうし、おそらく外野から見ても同じだろう。だがそれでも、アインハルトにとって、クラウスの記憶はかけがえのない宝物だった。辛く、苦しいものだったとしても、間違いなく“余計”ではなかった。

ならば、確かにノーヴェの言う通り謝るべきではない。アインハルトが欲しい言葉は、そんなものではない。

 

クラウスは再度立ち上がり、もう一度アインハルトと向き直る。

謝りたい気持ちはある。だがそれは、結局のところクラウスの問題に過ぎない。アインハルトを思うのなら、告げる言葉は別にある。

 

「言い直すよ。ありがとう、アインハルト。僕の記憶、無念……僕の願いと拳を受け継いだのが…君でよかった。

 僕が遺したものは、覇王流は……君の役に立っただろうか」

「……はい。はい、間違いなく! 今の私があるのは、クラウスが遺してくれたものがあったからです!

 あなたが遺したものがあったから、私はかけがえのないものに出会えました。恩師に、親友に、大切な仲間たちに出会えたのは、あなたのおかげです。

ありがとう、クラウス。私に、多くの宝物を遺してくれて本当にありがとうございます」

「……………………そうか。僕が遺したものは、無駄ではなかったのか。そうか、そうか……よかった」

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

って感じだったかなぁ。いやぁ、今思い返すと色々懐かしい。

 

―――ふ~ん。クラウスってその頃からメンドクサイ性格してたんだ。

 

メンドクサイって……いや、確かにメンドクサイと思うけど。でもそれって、責任感とかの賜物なわけで……。

 

―――それで相手を泣かせてたら本末転倒じゃない? そんなだからランスロット(起源:傍迷惑)と馬が合うんでしょ。

 

あ~、そういえばあの二人って結構仲いいよね。マシュさんとアインハルトさんに、どう関わっていいか未だに相談し合ってるし。

 

―――相談相手が悪い、お互いに。

 

否定できないなぁ。

こう、相手のことを一生懸命考えてはいるんだけど、微妙に的外れというか、空回りしてるというか……。

 

―――まぁ、母さんと違ってアインハルトさんは塩対応じゃないだけマシじゃない?

 

マシュさん、ホントにランスロットさんには厳しいからね。まぁ、アレはランスロットさんにも原因があるんだけど。

 

―――いや、アレは百パー自業自得でしょ。

 

(そして、流石親子。基本的にランスロットさんへの対応が辛辣だ。どーしてフェイトさんに似なかったかなぁ、結構フェイトさん似のはずなのに、どうしてここだけ……。あるいは立香さん似だったらもうちょっと……でも、うん。自業自得なのは事実なんだけどね)

 

―――それで、その後は?

 

その後? とりあえず、みんなの自己紹介しながら所長さんにあいさつに行って、その日は“アニミ・カルデア“で見ていい場所をざっと見学。最後は食堂で歓迎パーティ……

 

―――いやいや、そうじゃなくて…ほら、トラブル的に。

 

……いや、そんな楽しそうに聞かないでほしいんだけど。

 

―――え、でもカルデアの醍醐味じゃない?

 

(どこで育ち方間違ったかなぁ……いや、環境かな? やっぱり環境が悪いのか。別にトラブルメーカーなわけじゃないし、黒幕に回るわけでも、余計に引っ掻き回すわけでもない。だけど、トラブルの匂いに“ワクワク”しちゃうのはどうかと思うんだよなぁ。お姉ちゃん、ちょっと将来が心配です)

 

―――ほらほら、うち(カルデア)に来て何もないなんてあるわけないんだしさ。

 

自分で言うのもどうかと思うなぁ……。

まぁね。たしかに、到着して早々あったわけだけど。

 

―――えっと、ティアナさんとスバルさん、それにはやてさんはもうその時離脱済みでしょ。

 

うん。だからなのはママに、ね。

 

―――なのはさんかぁ……スカサハとか?

 

ううん、アスクレピオス先生と婦長が。

 

―――おおっ!

 

目をキラキラさせない!!

 

なんというか……あの頃ってアスクレピオス先生、リンカーコア関連の症例とかに興味津々でね。JS事件の時の後遺症の経過を見るついでに、出産がリンカーコアに与える影響を調べるって。婦長は婦長で、またママが無茶してないか検査するって言いだしてさ。

 

どっちか片方ならまぁ問題はないんだけど、二人同時に来てママの取り合いに……。

 

―――ああ、所謂“勝った方が治療するだけです”?

 

……うん。治療方針の違いというか、お互いの治療における優先順位の違い? とでも言えばいいのか。

婦長は“看護師”で、アスクレピオス先生は“医者”。だから、基本的には治療そのものは先生に任せて助手とかに回るんだけど、微妙にソリが合わないからなぁあの二人。

 

こう、“治療最優先”の婦長は迅速確実がモットーで、“医療の発展最優先”の先生は緊急事態じゃなければ患部とか徹底的に調べてデータを取って、新しい治療法も積極的に試していくし……。

 

―――そうそう。患者を治療するって点では同じ癖に、方針とかが違うから割と衝突して大乱闘。……よし、記録が残ってないか今度漁ろう。

 

怖いもの知らず…いや、怖いもの見たさ? まぁ、別にいいけど。

でもね、当事者はシャレにならないんだよ。危うくママが大岡裁きされそうになるし、こっそり逃げ出せばそんな時だけ息を合わせて二人で追撃。涙目になりながら逃げまわるママ、未だに忘れられないよ。

 

―――なのはさんをマジ泣きさせられる人って、割とレアだしね。

 

教導隊隊長だってやったことあるんだよ、ママって。それを泣かせるってレアどころの話じゃないから。

 

―――そういえば、なのはさんに士官学校の校長にならないかって打診が来てるって聞いたけど?

 

……それ、一応機密扱いのはずなんだけどどこから…いや、いい。今のは忘れて、聞くのが怖い。

 

とりあえず、そういう話も来てるのは本当。他にも、空隊の養成校とかもね。

まだまだ飛べるとはいえ、流石に体力的にきつくなってきたのは本当だし。娘としても、そろそろ腰を落ち着けてほしいし。

 

まぁ、ママ自身はのんびりと喫茶店経営も視野に入れて迷ってるみたいだけど。

 

―――なるほど……はやてさんも現場を離れて、すっかりハラオウン派の重鎮だっけ。

 

うん。クロノさんは執務官長で、見事にハラオウン派のトップ。

フェイトさんはもっと上にも行けたはずだし、やろうと思えば派閥のナンバー2だって狙えただろうにね。

 

―――そこはほら、母さんだから。父さんの傍を離れたくないからカルデアの“駐在武官”一択。

 

そのカルデアも、最近大分落ち着いてきたから規模を縮小して解体も近いんだっけ?

ねぇ、そっちはそれでいいの?

 

―――時代の要請だよ。カルデアはもう必要ない、なら余計なものを残さずに消えるのが良い。ま、父さんが生きてる間の完全解体は無理だろうけど。

 

カルデアの詳細を知りたがる人はいるだろうしね。

 

―――でも、それさえ済んだら全部終わり。ま、最後の一つが残ってるわけだけど。

 

……。

 

―――なんなら、ヴィヴィオが殺してくれてもいいんだよ?

 

やめてよ。私、そんなの絶対にしないから。

 

―――いいの? 下手したら、それこそ世界の滅亡だよ?

 

可愛い弟を手にかける理由としては下の下。だいたい、まだ何もしてないのにそれをする法的な理由がないでしょ。

 

―――優等生だなぁ。

 

優等生で結構ですぅ~。

 

―――僕に、死ぬまで生きろって?

 

永遠なんて苦にもしないくせに。

 

―――それでも寂しいとは思うよ、きっと。

 

……ごめん。

 

―――あはは、別にそんな顔をさせたかったわけじゃないんだけどなぁ。大丈夫、寂しいけどそれだけさ。別にそこで終わるわけじゃない、ちゃんと僕も世界も先に繋がってる。なら、のんびりと綺麗なものを探して生きることにするよ。

 

“生きることに飽きる”なんてありえない。世界にはいくらでも美しいものがあって、未知なんてどこにでも転がってる…だっけ?

 

―――そう。“学ぶ”よりもずっと早く、ずっと多くのことが新たに生まれている。知ろうとするだけで、いくらでも生きていられるよ。

 

加えて、旅をする。世界に絶景・奇景は数知れず。全てを見て回って、また最初からやり直せばその頃にはまた違う景観が形作られている。

 

―――最後に出会いと別れ。別れは寂しいけれど、“綺麗なもの”との、“美しくなるかもしれない”ものとの出会いは心が躍る。何がどう化けるかわからないのも楽しいね。

 

……そう聞くと、確かに“永遠”も悪くないのかもね。

 

―――そうさ。人は永遠に夢を見過ぎているけれど、同時に畏れ過ぎだ。百年も億年も、僕にはそれほど差があるようには思えないんだけどなぁ。ただ願わくば、僕が“怪物”にならないよう、人間には頑張って美しくあってほしいね。4番目みたいに引き篭もるのは、ちょっと勘弁。

 

ねぇ。美しいものを探すのは、自分を殺せるものを見つける為?

 

―――う~ん……確かに僕を殺せるのは“美しいもの”だ。逆に言えば、それ以外に殺す術はない。それが、僕というこの世界最初の…あるいは最後の“人類悪(ビースト)”の特性。でも、別に死にたいわけじゃないよ。完成したいとは微塵も思わないけど…単に、僕が見たいから探すだけ。

 

そっか……ならいいよ。私も、世界が少し綺麗なものになる様に、頑張る。

 

―――はは、それは楽しみ。そうだ、ヴィヴィオは知ってる? 昔、母さんたち二人でサンタやったことがあるんだって。で、その時の格好が……

 

ああ、知ってる知ってる。アレは……なんというか凄かった。デンジャラスかつビースト……ううん、もうそんな段階じゃなくて……




最後は藤丸家の息子からヴィヴィオへのインタビューでした。どっちが生んだ子かはご想像にお任せします。


ちなみに召喚された聖王は、一応正史におけるオリヴィエに近いです。項羽の様に「出会ったのは異聞帯の方だけど、召喚したら(中身は)汎人類史だった」みたいな感じですね。

さ、これにて本作は一応完結。とはいえ、またネタが降って湧いたらその都度追加しますので、まだまだ終わりではないのかもしれませんが。
珍しく最後まで書き切った作品なので、感慨深いです。それでは、またの機会に。

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