魔法少女リリカルなのは Order   作:やみなべ

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唐突な思い付き。
シンフォギアに史上最強の弟子ケンイチを混ぜて、司令と一緒に無双させるというのはどうか? 「今日は俺の古い友人が来てくれている。よって、個別に稽古をつけてやろう。どうだ、嬉しいだろ!」的な。というか、錬金術師とかは普通にOTONAが何とかすればよかったのでは? それとも、物理無効でしたっけ? ニワカなのでよくわからないのですが。
でも、直接攻撃が利かないのをそのままにしているとも思えないし、ノイズにもいずれは拳なり得物なりを理論無視して押し通してしまいそう。
まぁ、クリスとかの胃に穴が開きそうですが(笑)。

P.S
多分、この話が本シリーズの一番最後にあると思うのですが、流れ的にはこの次に「EX04 JS事件(前編)」が来ますので、ご注意ください。


マシュ・キリエライトの場合

―――うへぇ……。

 

クスクス……お砂糖とミルクは如何ですか、ヴィヴィオさん。

 

―――うぅ、お願いします。大人って、どうしてこんな苦いもの飲むんでしょう? というか、どこが美味しいの?

 

(ニコニコ)

 

―――……あのぉ、私の顔がどうかしましたか?

 

ああ、いえ……ただ、懐かしいなぁ、と思いまして。

 

―――懐かしい?

 

はい。昔、フェイトさんも今のヴィヴィオさんと同じようにブラックで飲もうとして、やっぱり苦そうにしていらっしゃったものですから。

先輩が飲んでいたというのもあったのでしょうが、「コーヒーが飲める=大人」というような図式があったようで。フェイトさんなりの、精一杯の背伸びだったのでしょう。その時のことを思い出して、つい。

 

―――どこか似てました?

 

そうですね……思わず舌を出してしまっていたところとか、でしょうか。こう、チョロッと。

 

―――(は、恥ずかしい……///)

 

そんなに顔を赤くしなくてもいいと思いますよ。巌窟王さんのブレンドは苦みが強いのが特徴ですから。でも慣れてくれば、奥にあるバラのような豊かな風味が感じられるようになりますよ。

それに、むしろとても可愛らしかったかと。うっかり喉をくすぐりたくなるレベルです。ほぼゆるキャラと同義です。

 

―――……ごめんなさい。比喩の意味がさっぱり分かりません。

 

そうでしょうか?

 

―――でも、砂糖とミルクと言えば、フェイトさんはあんまり入れないんですよね?

 

そうですね。ミルクは少々、お砂糖も小さじ半分くらいでしょうか?

 

―――か、完璧に把握してるんですね。

 

はい、もちろん。

 

―――さすが、一緒に暮らしているのは伊達じゃないというかなんというか……ってそうじゃなくて。なのに、緑茶にはどっちもたっぷり入れてますよね?

 

ああ。そちらは味の好みというより、フェイトさんなりの味や香りとのバランスの問題なのではないかと。

 

―――ふ~ん……リンディさんなら、お酒以外は基本なんでもミルクと砂糖マシマシですよね。

 

リンディさんは極度の甘党ですから。

 

―――糖尿病とか生活習慣病とか大丈夫なんでしょうか?

 

今のところ、健康診断は問題ない…というか、毎回理想的な数値を維持しているそうです。個人的、世界七不思議のひとつです。

 

―――ああ、分かります。ところで、マシュさんはリンディさんたちのことを“お義母さん”とは呼ばないんですか?

 

うぅ……呼んでいい、というか是非呼んでほしいと仰っていただいてはいるのですが……。

 

―――何か問題が?

 

……………………………………………お父さん(ヒトヅマニア)が調子に乗りそうで。

 

―――な、なるほど……あ~、そうだ! 話は変わるんですけど、フェイトさんとマシュさんて悪阻とか大丈夫だったんですか? ママは全然平気な人みたいで、特にダメな匂いとかないし、何でも美味しそうに食べてたんですけど。でも、八神司令は結構大変だったみたいで、お肉とお魚は全く食べられなかったって……。

 

ああ、そのことですか。確か「草食動物の気分やった」とお聞きしましたね。私の場合、半ば霊基の身体のおかげなのか、なのはさんと同じで正直悪阻があったかどうかすらわからないくらいでしたね。ただ……

 

―――フェイトさんは違ったんですか?

 

生まれのこともあってなのか、かなり重かったようです。胸やけや吐き気で食事も喉を通らなかったり、匂いを嗅いだだけで……ということもありましたね。それこそ、悪阻の間中寝込んでしまうこともありましたし。

それに伴って精神状態も不安定になってしまったのですが、プレシアさんやリンディさんはもちろん、出産経験のあるサーヴァントの皆さんがサポートしてくださって。本当に助けられたと、改めてお礼を言って回っていましたっけ。

 

あ、もちろん先輩もできる限りサポートはしてくださっていましたよ。ただ、先輩の匂いにも反応してしまっていたので、落ち着くまで傍にいられなかったのは、お互いに非常に辛そうでした。

 

―――(個人差があるとは聞いてたけど、そんなになっちゃうこともあるのかぁ……)

 

まぁ、これは体質だけでなく精神的なものも影響するそうですから。プレシアさんが頑張ってくれたとはいえ、やはり人並み以上に不安要素があったのも影響しているのでしょうね。

 

―――なるほど……でも、そんな状態だと食事もままならなかったんじゃ……。

 

ええ。特に酷い時は安静にして点滴、ということもありましたから。でも幸い、少なからず食べられるものもあったんですよ。

 

―――へぇ。例えば、何を?

 

先輩が作ったお粥やスープ、あと梅干ですね。

 

―――まさにソウルフード!? どれだけフェイトさんの魂に染み付いてるんですか!!

 

……お米の炊ける匂いはダメなんですが、不思議なことに先輩特製のお粥とかなら食べられるんです。ですが、他の方……例えばエミヤ先輩が作ったりするとやっぱり食べられなくて、どうしてなのでしょうね?

まぁ、それでも消化に良くて薄味のものに限られましたが。

 

―――それって、ジュエルシードの一件の時に食べてたのとほぼ同じメニューだからなんじゃ……というか、お粥に梅干しって、ほとんど和食ですね。

 

ああ、はやてさんも似たようなことをおっしゃってましたね。それで「フェイトちゃん、ホンマに異世界人なん? 実は日本生まれやったりしない?」と不思議がっていましたっけ。

 

―――あ~……そういえばフェイトさんて和食が得意料理だし、コーヒーも紅茶も飲むけどどちらかと言えば緑茶(ミルク&砂糖マシマシ)派ですもんね。

 

エミヤ先輩は難しい顔をして、「抹茶オレというのもある」「個人の好みの問題だ」とご自分に言い聞かせていましたが。

 

―――な、なるほど。で、純日本人のはずのママは洋食、八神司令も一番得意なのは中華だって言ってましたっけ。むぅ、日本人以上に日本通とか……。

 

まぁ、割とよくあることですよ。

 

―――というか、ママが洋食なのはわかるんですよ。おばあちゃんが洋菓子職人(パティシエ)ですし、洋風に傾くのはある意味当然かなぁって。でも、八神司令はどうして中華なんでしょう?

 

さぁ? お二人を避けて……ということはないでしょうね。

 

―――ですよね。司令の方がお料理得意だったわけですし……。

 

……あっ。

 

―――どうかしましたか?

 

いえ、その……カルデア(私たち)が浮上したあたりから“中華に目覚めた”、という話は聞いたことがあるような……そういえば、いつだったかエミヤ先輩が“加護が好みにまで影響を与えているのか?”“声が似ているとは思っていたが、まさか同じようなアクマにはなるまいな?”と戦慄していたことがありましたが、どういう意味なのでしょう?

 

―――? ? ? 不思議ですねぇ。

 

はい、これで七不思議が早くも二つです。

 

―――あ、じゃあ三つ目…じゃないですけど、前々から聞きたかったんですが、どうして別々に結婚式を? ちっちゃい頃は気付かなかったんですけど、こういうのって一緒にやるものでは?

 

ちなみに、その情報源はどこから?

 

―――えっと……小説とか。

 

そうですか……いえ、別に何か確執があったというわけではないんですよ。ただ……

 

―――ただ?

 

これから先家族として支え合っていくことに不満も抵抗もありませんでしたが、一生に一度の特別な日ですから。その……そんな時くらいは特別扱いしてほしいな、と。

特に話し合ったりすることもなく……というか、先輩から提案されてあっさり決まったんですよ。“みんなで一緒にももちろん大事だけど、大切な日だからこそ特別扱いさせて欲しい”と。

 

以来、お互いの結婚記念日と誕生日は夫婦二人で……というのが我が家のルールですね。

 

―――あぁ、ちょっとわかるかも。一緒にお祝いしたり喜んだりはいくらでもできるけど……。

 

はい。多くを共有するのは大切なことですし、それは素晴らしいことです。でも、独占できるところはやっぱりしたいものですから。

先輩は、私たちのそんな気持ちをちゃんと汲んでくださったわけです。

 

―――じゃあ、立香さんだけ指輪の形が違うのも? 確か、結婚した人同士で同じ指輪を左薬指につけるのが地球の文化なんじゃなかったでしたっけ?

 

厳密には違うわけではないんですよ。私とフェイトさん、それぞれの指輪と同じデザインのものが交差するようになっているんです。そして、交差する場所に宝石を嵌めて“どちらが上でもない”と、まぁそんな意味を込めたわけです。

とはいえ、問題が全くないわけではないんですけどね。式の日取りを決める際、フェイトさんが“私の方が後からだったから”と譲ってくださって、その結果私の方が先に式を挙げさせてもらったのですが……そこに“違い”や“差”を見出す方もいらっしゃって。

 

―――お二人とも、すっごくキレイでモテますもんねぇ……。

 

……“蔑ろにされているのでは”や“貴女という人がいるのに”というお話は時々。心配してくださるのは恐縮なのですが……。

それに、実はフェイトさんもご自分の式をちゃっかり6月、それも大安に入れていたりするんですよ?

 

―――タイアンキチジツっていうのですよね? 確か、おめでたい日のことだったと思いますけど。

 

はい、よくご存じですね。さすが無限書庫総合司書長のご令嬢、博識です。

 

―――えへへ~、でも6月ってなにかありましたっけ?

 

ミッドチルダでは馴染みがないでしょうが、とある地域に「6月に結婚する花嫁は幸せになれる」とされる言い伝えがあるんです。由来は諸説ありますが、とりあえずウェディングシーズンとして認知されているんです。

私はあまりそういったことに詳しくなかったので、後から知って驚きました。正直に言うと少し引け目のようなものを感じていたのですが……

 

―――それがなくなった?

 

そうですね。私が先に式を挙げ、フェイトさんが特に縁起の良い日を取る。おかげで、バランスが取れたように感じたのは確かです。

フェイトさんらしい気づかいと、たぶんちょっとだけ抱えていたであろう“やっぱり本当は……”という気持ちからのイタズラなんでしょう。

 

―――気持ちはわかる気もしますが、あんまりフェイトさんらしくないような……。

 

ええ、同感です。結婚してからはちょっとしたサプライズ、という形でのイタズラはありますが、こういったものはアレが最初で最後ですね。多分、どなたかの入れ知恵があったのでしょう。

 

―――なるほどぉ……。

 

ええ。

 

―――……。

 

……。

 

―――……。

 

……それで、本当は何が聞きたかったんですか?

 

―――う゛っ!? わ、分かります?

 

何か聞き辛そうにしているとは、思っていましたから。

 

―――あ、いや、今のも前から興味があったのは本当で……ごめんなさい、いざとなると聞いていいかわからなくなっちゃって……。

 

私たちの旅のこと、でしょうか? 申し訳ありませんが、秘匿事項になるので詳しくは……。

 

―――ああ、いえっ、そうじゃなくて……もう一つのベルカは、異聞帯(ロストベルト)っていうのだったのかなって。そして、今はどうなってるのかなと。

 

…………………………………。

 

―――あっ、教えられないことだったら別に……。

 

……いえ、お話しする分には問題ありません。

 

―――そう、なんですか?

 

はい。それというのも、ヴィヴィオさんがお聞きになりたいことの根幹については“わからない”というのが答えだからです。

 

―――わからない?

 

順を追って説明しますね。まず、彼のベルカが異聞帯(ロストベルト)なのかという質問ですが、これは“NO”です。そもそも異聞帯(ロストベルト)とは、“剪定され、中断したはずの歴史が続いていたら”という並行世界論からすら切り捨てられた“ifの世界”です。そして、剪定の要因は“行き止まり”であること。

あのベルカは、二重の意味でこの条件から外れています。

 

―――一つ目はあれですよね、そもそもこちら側の世界(宇宙)には“剪定事象”っていう現象自体がないはずだから。

 

はい。発生するとしたら、私たちカルデアが現れて以降でしょう。

あちらのベルカは、300年ほど前の時点で分岐した一種の並行世界と考えられます。そのため、剪定事象の対象外、と考えるのが自然かと。まぁ、“剪定事象”という世界法則(システム)が適用されたので、分岐してから300年経った今、それが発生する可能性は否定できませんが……でも、それを踏まえた上で、あの世界は剪定の対象外でしょう。

 

いくつもの異聞帯(ロストベルト)を見てきた私たちだからこそ断言できます。あの世界は、まだ“行き詰って”はいなかった。

 

―――そうなんですか?

 

“法の絶対順守”、それがあの世界が選んだ在り様でした。確かにそれは、未来への危うさと共に可能性を削ぎ落とす結果にはなったでしょう。でも、選挙によって選ばれた人たちによる議会が存在したことからもわかる通り、選択の余地がないほどではありませんでした。

“聖王”というシステムに許された範囲の中でではありますが、彼らには自分たちの未来を選ぶ選択の自由があった。これは、私たちが見てきた異聞帯(ロストベルト)とは大きく異なる点です。

 

法は守らなければならない。でも、その守るべき法が本当に正しいのか、時代に即しているのかを議論し、必要に応じて修正を加えていくことができる。もちろん、時には間違えることもあるでしょうが……。

 

―――だけど、確かその法律が正しいかを審査されて、場合によっては却下されることもあるんですよね。

 

確かにそうです。ですが、おかしな言い方かもしれませんが……“聖王”というシステムは良くも悪くも公正でした。絶対的な力を有しているからこそ、特定の派閥や勢力に傾くことなく、一つ一つの国における最大多数の利益を守る法の在り様を善しとしていましたから。

 

今も思うことがあります。もし、議会が“聖王”の存在を否定するような法を議決したら、どうなっていたのかと……。

 

―――え? でも、それはさすがに認められないんじゃ……。

 

いえ、そうとも限りません。あの世界においては、絶対者であるはずの“聖王”というシステムすら、法の下に位置していました。“聖王”とは法の番人であり執行者、各地の王はその代理人、それがあの世界の形です。決して、“聖王”は法を統べる存在ではありませんでした。

そう、ある意味では“法”こそが“神”だったんです。その場合、選挙や議論は“信仰”のようなものだったのかもしれませんね。

 

まぁ、流石に唐突に“聖王不要論”や“民衆による法の管理・執行”なんてものが出たらその限りではないでしょうが、ゆっくりと時間をかけて“聖王”というシステムの権力を削いで行くような流れがあったらあるいは……そう思うことがあります。

 

ですから、あの世界は異聞帯(ロストベルト)ではなく、並行世界だったのではないかというのが私たちの見解です。つまり、方式は虚数潜航(ゼロセイル)でしたが、実態は並行世界転送(スライド・シフト)に近かったわけですね。

 

―――じゃあ、あちら側の世界は続いているんですよね。一時的に世界が重なって、あるいは繋がって、また離れたわけですし。う~ん、ちょっと興味あるんだけど、何とか見に行くことってできないのかなぁ?

 

…………。

 

―――マシュさん?

 

そうであればと、願っています。でも、きっと……。

 

―――違うん、ですか?

 

あの事件の発端になったのは、“鏡”のような形のロストロギアだと思われます。カルデアの観測結果はアレが中心だと結論していました。そして実際、ゆりかご内部で破壊したことで世界は元の姿を取り戻しましたから。

 

―――そういえば、それってこっちにもあったんですか?

 

ええ。後から件の遺跡を調査したところ、同様の割れた鏡が発見されたそうです。

 

ここからは推論になりますが、アレはおそらく鈴鹿御前さんの“顕明連(けんみょうれん)”と似たものなのでしょう。あらゆる世界、並行世界すらも鏡の向こうに作り出し見渡す事が出来る……言わば“可能性”を見る鏡。

それが二つの世界でシンクロしたのか、あるいは元々そういう機能があったのかは定かではありません。

 

ただ、一つ言えるのはアレを基点に二つの世界が“重なった”ということです。

ノイズに覆われた範囲があちら側の世界であり、内部から見たノイズの外側はこちらの世界。そうして徐々に二つの世界は重なっていきました。基本的に行き来ができなかったのは、重なっているだけで繋がっていなかったからでしょう。

 

そして、重なった範囲を示すように発生していたノイズは“()()()()()”です。

 

―――悲鳴?

 

ノイズが広がるにつれ、微弱な次元震が断続的に発生していたんです。あちらのベルカの方々のほとんど……それこそ、“ゆりかご”に近い方々以外は“地震が増えた”くらいに感じていたと思いますが。

 

―――いやいや!? 次元震って……シャレになりませんよ!?

 

そうです。だから私たちは解決を急ぐ必要がありました。

 

時間をかければ二つの世界をゆっくりと、安全に離していくこともできたかもしれません。

ですが、それは所詮“かも”という可能性の話です。できるかどうかわからないし、それを可能にするためにはどれだけの時間が必要でしょう。ほんの数日の間に星一つを覆うほどの速度であり、徐々に加速も上がっている中で、です。

一つの惑星レベルの重なりであれば、微弱な次元震で済みます。でも、もっと範囲が広がったら?

 

―――……大規模次元震に発展して、近隣世界まで……。

 

その程度で済めばまだマシ……というのがカルデアや管理局の見解でした。

当初はあちら側に別の世界(宇宙)があるとは思っていませんでしたが、大規模次元震かそれ以上の危険の可能性があったからこそ管理局はカルデアを頼らざるを得なかったのです。

 

そうですね、沖田さんの“無明三段突き”を思い浮かべるとわかるのでは? “同じ位置”に“同時に存在”するというその矛盾、剣技として用いるのであれば局所的な事象飽和現象に留まりますが、ことは世界(宇宙)世界(宇宙)の重なりです。例えば、一つの宙域が丸々消滅したとして、その余波は如何程でしょう。最悪、双方の世界が自壊する恐れすらありました。

 

そして、どの程度の猶予があるかすら、前例がないため我々には断定できませんでした。いまならば、あの時のデータがあるのである程度推測することもできますが……。

 

―――だから、可能な限り早く切り離す必要があった。もう片方の世界がどうなるか、分からないとしても。

 

……はい。あの戦いは、ある意味でとても公平であり、同時に極めて不平等でした。

どちらかの世界の鏡を破壊すれば一応事態の打開は可能です。自身の鏡を死守しながら、お互いの鏡を破壊し合う。その点において条件は同じでした。

でも、そのためには重なった世界の中心部に向かわなければなりません。そのための技術があちらにはなく、私たちにはあった。

 

ああ、いえ……ゆりかご内には無数のロストロギアが保管されていたので、もしかしたら……という可能性は否定できませんね。“ゆりかご”はほぼ真相をつかんでいたようですし、心当たりもあるようでしたから。そうであったら…という、私の願望が多分に交じっているのは否定できませんが。

まぁ、不平等という意味で言えば、お互い様ではあったのかもしれません。あちらの鏡はゆりかご内部で厳重に保管されていたのに対し、こちらの鏡は碌に防衛機構も働いていない遺跡の中に野晒しでしたから。もし攻め込まれていたら、瞬く間のうちに破壊されていたでしょう。

 

―――守りが手薄どころか“ない”っていうのも、ゾッとしますけど。でもそれじゃあ、あちら側の世界は……。

 

推論はいくつか並べることができますが、どれも確証はありません。同時に、それが救いでもあるわけですが。

そこが、異聞帯(ロストベルト)との違いですね。

 

―――それって、まさか……。

 

……秘密、ですよ。まぁ、あるのは証言と私たちの手元にある記録だけなので、追及のしようもないんですけどね。

 

―――……あの、そのことをママたちは?

 

伝えていませんでした。伝えたところでどうにもなりませんし、かえってなのはさんたちの心を乱すだけでしたから。

 

―――(確かに、そうかもしれない。安全な分離方法の解明のためには、研究するための設備と専門家、それに時間が必要不可欠。でも、聞いた限りの状況じゃどれも望めない。選択肢が、時間があまりにも少なすぎる……)

 

ベルカに到着してある程度私たちが置かれた状況を把握した時、正直言って後悔しました。

なのはさんたちを、連れてくるべきではなかったと。

 

―――(ママが言ってたのって、このことだったんだ。「この手にあるのは撃ち抜くための力。涙も、運命も……だけど、撃ち抜くべきものがわからなければ何もできない。強くなるのはいいよ、力をつけるのも。でも、どんな力、どんな強さにだって限界はある。それを覚えておいて。だからこそ私たちは、誰かと繋がって手を取り合うんだ。自分にできないこと、自分の手じゃ届かないものに手を届かせるために」。この時ママの手は、届かなかったんだ……)

 

結果的に、皆さんの心に深い傷を残してしまいました。

「物分かり良く諦めたら、きっと後悔する」なのはさんの仰る通りです。そうするしかなかった、そうせざるを得なかったというのは言い訳に過ぎません。私たちは大人の理屈(理性的な判断)を盾に、彼女たちに諦めることを強いてしまったのですから。いったい皆さんは、どれほど後悔したのでしょうね。

 

私たちにできたのは、同じ轍を踏まないように研究を進めること。そして策を巡らし、皆さんに代わって手を下すことだけでした。まぁ、最後の方は失敗してしまったんですが。

 

―――え、それって……。

 

クロノ提督にだけは、おそらくはそうなるであろうという推論を伝えていました。

 

―――クロノ提督が、伝えたんですか?

 

まさか。提督は口の堅い方です。二つの世界(宇宙)が共倒れになるくらいなら、わずかにであってもあちらの世界も生き残れる可能性を……そう、納得してくださいました。

管理局からも、可及的速やかに事態を打開するよう指示が出ていたようです。実際、時間をかければどれだけの被害が出たことか……発生地点が無人世界だったおかげで、被害は最小限に住みました。はっきり言って、偶然の産物であり、奇跡的なことでしょう。

クロノ提督もそのことは承知しているはずですが、それでも不本意だったことに変わりはないでしょうね。

 

―――でも、それなら誰が?

 

ずっとずっと前から、動いていた人がいたんです。まさか、見越していたとも思えませんが……。

 

―――? ? ?

 

(そして、もう一つの可能性。アレが、この世界に生じた抑止力による“多すぎる可能性(ミライ)を間引くための生存競争”だったのではないかという仮定。言わば、“汎人類史(正史)”を定めるための戦い、その一つ(始まり)だったとしたら……。

幸い、似た事例は以降観測されていませんが……そうであることを願うばかりですね)

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

結論から言えば、ダ・ヴィンチの作戦案をベースに彼らは行動することになる。すなわち、各地の王たちの警戒心を煽って自領に引き籠らせることで、本命である“ゆりかご”襲撃時に横槍を入れられなくする、というものだ。

欲を言えば、各地で生じた混乱を終息する為、“ゆりかご”からも戦力支援が行われることが望ましい。そうすれば“ゆりかご”もいくらか手薄になり、作戦の成功率が向上するだろう。

 

とはいえ、言うほど簡単なことではない。

そもそも、各地の王たちはベルカ諸王時代において鎬を削った猛者たちの末裔。加えて戦乱を治めるため、平定と並行して回収した魔導器や遺物などを用い、その力を著しく強化されている。

平和な時代が続きその力を振るう機会はほとんどなかったはずだが、当代の王であるウォルフ(覇王)アトラ(黒王)の実力は本物だ。それこそ、一対一ならなのはたちでも分が悪い。

そして、残る王たちの力も二人に劣るものではないという。しかも、一口に混乱を生み警戒心を煽るとは言っても、そもそもなのはたちは公僕の身だ。一般市民を脅かすなど言語道断。已むに已まれぬ事情があるとはいえ、彼女らにできる最大限の譲歩、それは直接王を狙うこと。無用な被害を産まずに混乱を招くとなれば、それしかない。

相手が強敵であることを考えれば、無理難題と言わざるを得ないだろう。

 

実際、作戦実行にあたりアトラたちからの情報提供には非常に助かった。

そもそも、この手の作戦は同時多発的に行ってこそ意味がある。戦力を集中して一ヶ所ずつ仕掛けていくのでは、本命に仕掛ける前に他所の混乱が収まってしまうからだ。そのため、いくつかのチームに分かれて行動するのは必然。だがそれは、戦力が分散しているということを意味する。

正直、あらかじめある程度王たちの能力を把握できていなかったら、作戦の達成率は5割に届かなかったかもしれない。それだけ、誰も彼もが厄介な能力を持っていたのだ。

特に天帝の場合、知っているか否かで作戦の成功率が大きく変化する。何しろ、対策した上でもさらに先手を打たれてしまうほどだ。対策していなかったらと考えると、ゾッとしない。

 

とはいえ、無事に誰一人味方を欠くことなく作戦を完遂することができた。あとは、本命である“ゆりかご”に強襲を仕掛けるのみ。

 

「でも、具体的にはどうするの?」

「そうだよね。“ゆりかご”の位置がわからないことには……」

 

最後の作戦を明日に控え、最後のブリーフィングというところでフェイトとなのはが呈した疑問。どの程度の猶予が残されているかさえ不透明な状況為、碌に説明することもできなかったのだから仕方あるまい。

何しろ、日を追うごとに地震の頻度と規模が増して来ている。なのはたちにはこれが“次元震”に由来するものであることは伝えていないが、タイムリミットは刻一刻と近づいているのは間違いない。状況を正しく把握している指揮官たちが、説明不足を承知で行動を急いだのも無理からぬことだろう。

 

「せやねぇ……例えば、アトラさんのところで“ゆりかご”に救援要請をだしてもらうっちゅうのはどうやろ?

 言いたくはないんやけど、この世界からすれば私らは“賊”や。それがアチコチで好き勝手してる中、その足取りが分かったって報告すれば……」

「いやぁ、それはナイナイ!」

「え、ダメなんですか?」

「なに、初歩的なことさ、諸君。各地を治める王たちは極めて強力。にもかかわらず、良い様に手玉に取られている現状を鑑みればおのずと答えは……」

「ホームズ長い! ウザイ! まどろっこしい!

いいかい。簡単に言ってしまえば、内通者…裏切り者の存在に気付いているはず、ということさ」

 

当然、そこまでわかっていればウォルフたちにも疑いの目が向けられることになる。確信を得ているかはわからないが、疑わしい者からの救援要請を鵜呑みにするはずもない。

 

「あの、でも! それじゃウォルフさんたちが危ないんじゃ……」

「うん。それに、二人の国の人たちも……クロノ!」

「安心してくれ、その点も抜かりはないよ。最悪、断定されている場合も含めて考慮してある。というより、それを利用させてもらうのさ」

「ちゅうと?」

「明日、二人には大々的に“聖王体制”からの脱退を宣言してもらう。当然、“聖王”は黙っていないだろう。各地の混乱よりも、そちらへの対処の方が優先度ははるかに高いからね」

 

だからこそ、“ゆりかご”は必ずそこに現れる。もちろん、戦闘になる以上は開けた場所に誘き出すことになるが、それは罠の存在をアピールするも同然。だが、問題はない。罠とわかった上で、乗らないわけにはいかない状況なのだ。“聖王体制”が始まって以来初めての事態、速やかに処理しなければ後に禍根を残すことになる。

ここでネックとなるのは、ヨルことアインスが処理に動く可能性だろう。しかし、そこにカルデア・管理局組も姿を現せばどうだ。彼女ですら攻めあぐねるほどの戦力までいるとなれば、万全を期すために“ゆりかご”は動かざるを得ない。

そして、今日までの工作のおかげで、各地の王たちが対処に動くには相応の時間を要する。

 

「明日は時間との勝負だ。各地の王たちが集まってくる前に、“ゆりかご”内部に侵入。今回の事件の中心と思われる“ナニカ”を見つけ出し、破壊する。

戦力で劣る僕たちの勝機はそこにしかない。厳しい戦いになると思うが、心しておいてくれ」

 

そう締めくくると、各々与えられた部屋へと向かう。

そこ(ゆりかご)にあることは分かっていても、その詳細はおろか外観すらわからない事件の中心。正直、不安がないと言えば嘘になる。

限られた時間内にアインスや“ゆりかご”の防衛網を突破し、広大な船内から位置を特定、さらにどれだけの候補があるかわからない中から目当てのものを見つけ出し、その上で破壊する。

普通ならこんなにも不確定要素ばかりの作戦など論外だが、今はこれ以上を望むべくもない。そのことは、なのはたちとて理解している。だからこそ、決意と覚悟を胸に最後の夜を過ごすのだ。

 

例えそのさらに奥に、まったく別の思惑を秘めていたとしても。

 

 

 

明くる日。ウォルフとアトラの二人は予定通り、長距離通信も交えて“聖王体制”から脱退する旨を宣言する。

その内容を要約するのなら、「法とは人が他者と共に、より善く“生きるため”の規範なのである」「故に、“法によって人が殺される”など、断じてあってはならない」というものだった。

紡がれる弁には熱が籠り、人の心へと訴えかける力が宿っていた。きっとこれは、作戦などとは関係なく……二人が、あるいは両王家が長年に渡って胸に秘めてきた思いの発露だったのだろう。だからこそ、その言葉は何にも勝る糾弾だった。今の世界を作り上げた“聖王”への、「お前は間違っていると」という宣言。

 

こんなものを突き付けられてしまえば、体制側として黙っているわけにはいかない。予想通り“ゆりかご”が姿を現し、間髪入れずにアインスが無数の航空兵器を伴って飛び出してきた。さらに、巨大な船体の各所から砲塔が姿を現し、地上の立香たちへ砲口を向ける。

ここまでくれば、後は各々が役目を果たすのみ。

 

「……すごい数だね」

「うん。正攻法であの数を突破するのは厳しい、かな」

 

数えるのも億劫になる物量に、思わずといった様子で感嘆の声が漏れる。広域型の攻撃手段を揃えれば、あるいは何とかなるかもしれないが……作戦の都合上そうもいかない。

だがそれを理解した上で、、筆頭候補というべきはやては負担をかけることになる二人に頭を下げずにはいられなかった。

 

「ごめんなぁ、二人とも。私だけでもそっちに回れたらええんやけど……」

「ダメだよはやて」

「そうだよ。はやてちゃんには、大事なお仕事があるんだから」

「…………そやね。アインスのことは、私らに任しといて」

 

愚かな拘りなのかもしれない。しかしそうとわかった上で、どうしてもはやてたちはあのアインスを他の誰かに任せることができなかった。彼女は自らの胸を押さえてこう言った「騎士たちはここにいる」と、同時に自らを「主を持たぬヨルだ」と。

きっと、かつて闇の書が完成した時の様に、アインスはシグナムたちのリンカーコアさえも取り込んでいるのだろう。そして、何があったかはわからないが夜天の書は主を得ていない。どんな意図や思いの末に今に至ったかはわからない。だがそれでも、夜天の書最後の一人として三百年の時をあり続ける……それはきっと、とても寂しい時間だったはずだ。

“自分たちのアインス”ではないとしても、その“孤独”を見逃すことはできない。仲間として、同胞として、なにより“家族”として。

 

だからこそ、はやてたちはアインスと対峙する役目に志願した。

彼女と向き合うその役目を、他の誰かに譲る気はない。

 

「さぁ、アインス。お話、聞かせてもらうで」

「……いや、その必要はない。“主だったかもしれない娘”よ。

 既に私もお前たちが何者なのかを理解している。(管制融合騎)(ヨル)にならなかった世界。騎士たちと共に、運命と呪いに翻弄され続けたであろう哀れな子ども。

 いったい今日までにどれほど傷ついた、どれだけ苦しんだ。全ては、融合騎としての在り様を捨てる。たったそれだけの決断を下せなかった、“私”の愚かさ故だ」

(ああ、やっぱりそういうことやったんか……)

 

なんとなく、そんな気はしていたのだ。

きっとこのアインスは、自らの在り様を否定してしまったのだろう。主を守り、支え、共に戦う管制融合騎という在り方を。わからないではない。夜天の書は、すでにベルカの戦乱期には防衛プログラムが暴走していたという。守るべき主を、他ならぬ自分自身の手で殺してしまう。それは管制融合騎である彼女にとって、これ以上ない絶望だろう。

彼女は優しいから。これ以上、主を殺し、騎士たちを苦しめるくらいならば……そう考えて、自らの在り方を否定したに違いない。

 

“ゆりかご”は危険な魔導器や遺物を可能な限り破壊し、不可能な場合にはその内に封印してきたという。夜天の書もまた、その一つだったのだろう。アインスの手に本体というべき“夜天の書”がないことがその証拠だ。

“聖王”には“聖王の鎧”という強力無比な鎧を展開する能力があるという。その応用か、あるいは“ゆりかご”が有する性能なのかはわからないが、浸食を抑えて封印することが可能なのだろう。

もしかしたら、完全には抑えられないからこそ騎士たちを取り込んだのかもしれない。仲間たちを守るため、彼女ならやりそうなことだ。その場合、自身への浸食をどうしているのかが懸念されるが、“ゆりかご”内部に帰還していることを考えると、そこで何らかの対処をしているのかもしれない。

 

いずれにせよ、“融合騎”という自身の根本的な在り方を否定せず、悲劇を繰り返したこちら側の自分は許し難い存在に思えるらしい。そうでなければ、今にも泣きそうな顔をしているはずがない。

だが違う、それは違うのだ。確かに多くの悲劇があったかもしれない。彼女も騎士たちも、何度も何度も苦しみと絶望を繰り返したかもしれない。でもその果てに、得られたものがあるのだ。最早、彼女ではどうやっても得られない、かけがえのない光が。

 

「…………だというのに何故お前は、お前たちは! そんな目で私を見る! 己の運命を、その身に降りかかった呪いを、忘れたわけではないはずだ! なのに、どうして……」

「……確かに、この身の運命を呪ったこともある」

「そうね、いっそ早く壊れてしまえば…そう思ったこともあるわ」

「しかし、今ならばわかる。あの、いつまで続くかわからない暗く閉ざされた道行は……主と出会うためにあったのだと」

「そんな顔すんなよ。昔のアレコレなんざとっくに取り返して、今あたしらはすっげぇ幸せなんだ!!」

 

理解できないとばかりに叫ぶアインスに対し、そうではないと否定する騎士たち。それでもなお理解できないのか、あるいは理解してしまうことが恐ろしいのか。アインスはその手に光を湛え、力で以て否定しようとする。

 

「認めん……認められるものか! 呪われた魔導書、闇の書の呪い…私は凶兆の化身だった。それが、それがたった一人に晴らせるものなら、どうして私は……!!」

「……………まったく、どこの世界でも泣き虫なんやなぁ。せやけど、おいたする子はきっちり叱るんが八神家流や。いくで、リイン」

「はいです! “祝福の風”、確かにアインスまで届けて見せるです!」

 

リインフォース・ツヴァイとユニゾンし、はやての髪と瞳の色が変化する。

負けるわけにはいかない。彼女が残そうとしたもの、彼女から受け継いだもの。そして、今も彼女の帰りを待っているもの、その輝きと強さを証明するために。

 

「いくよ、みんな! 一人で何もかんも抱え込むあの子に、夜天の主と騎士は全員揃ってこそが本領やってこと、思い出させたるんや!」

「「「「はい(おう)!!」」」」

 

 

 

「はやてちゃんたち、大丈夫かな?」

「大丈夫だよ、はやてたちなら。他の誰かならまだしも、相手がアインスならなおさら、ね」

「心配する気持ちもわかるが、今は目の前のことに集中しよう。露払いとは言えこの数だ。突出せず、孤立せず、カバーし合うことを忘れるな」

「「うん」」

「お二人も、よろしくお願いします」

 

クロノが背後を振り返れば、そこには改造セーラー服とでもいうべき格好の狐耳女性と、背中に翼上の光を瞬かせるフードを被った少女の姿。

 

「オッケー! 全然いけるしぃー」

「はい、全力を尽くします」

 

前者は軽く、後者はやや無機質さを帯びた静かな声で答える。

セイバー、鈴鹿御前。ランサー、ワルキューレことオルトリンデ。今回の戦いに当たり、“偽臣の書”を用いてなのはたちが魔力供給の肩代わりと引き換えに共闘する3騎のうちの2騎だ。

八神家一同がアインスを抑えるために向かってしまったため、どうしても前衛が薄く、なおかつ圧倒的物量を相手取らなければならいという、難しい状況になのはたちは立たされている。そこで前衛を強化し、なおかつ必要に応じて広範囲をまとめて……というニーズに応えるべく選ばれたのがこの二名。

二人とも基本的には前衛型で広範囲攻撃などは得手としていないが、宝具はその限りではない。十分、今必要とされているものを満たしていると言えるだろう。

 

まぁ、もっと適任のサーヴァントはいないこともないが、偽臣の書は所詮魔力供給の肩代わりをするだけの代物。令呪のように指示に強制力を持たせることはできないことから、かなり人…ならぬサーヴァントを選ぶ。相性以上にサーヴァントの性質によっては、平然と攻撃してくることも考えられるからだ。

また、強力なサーヴァントであればあるほど魔力消費も比例して多くなる。長期戦が予想される状況では、あまり協力過ぎるサーヴァントを選ぶわけにはいかなかった、というのも理由の一つだ。

そして、それが理由で八神家側は誰も偽臣の書を所持していない。全盛期以上の性能を有したアインス相手に、他に魔力を回す余裕はないからだ。

 

「そういえば、クロノは誰となんだっけ?」

「今は秘密にしておくよ。何しろ、とっておきの切り札だからね」

「「? ? ?」」

 

どちらかと言えば、情報はしっかり開示して共有する主義のクロノらしからぬ返事に二人は首をかしげる。

しかし、悠長に構えている時間はない。

 

「さて、まずは……度肝を抜いてもらうとしましょうか」

 

微かな笑みを浮かべて視線を転じれば、そこには左手を添えた右手を軽く握り、胸に当てて瞑目する立香の姿。

注意して目を凝らせば、その手の甲に刻まれた赤い刻印が僅かに光を放っていることに気付くだろう。

やがて、おもむろに瞼を開いた立香は右拳を掲げて告げる。

 

「カルデアのマスターが、令呪を以て命じる。

 宝具を発動し、“ゆりかご”を落とせ()()()()()()()()!!」

 

途端、大地が鳴動した。何かが陽の光を遮り、あたり一面を影が覆う。

見上げればそこには……天を衝く大きさの少女の姿があった。いや、既に山ほどもあるその身体がさらに巨大化を続けている。

 

「……わ~はっはっはっはっは~!! ざっっっぱ――――ん!! 食~べちゃ~うぞ~!」

 

頭からねじ曲がった角を生やし、全身は緑色の毛皮かあるいは藻のようなもので覆われている。少女は高々と両腕を持ち上げ……先端は最早視認すら困難な遥か高空。かと思えば、ゆりかごの全長を優に超える長さの腕をがっちりと組み、勢いよく振り落とす。

 

「せ~の……巨影、生命の海より出ずる(アイラーヴァタ・キーングサーイズ)!!

 はい、ド―――――――――――ン!!!」

 

落雷を彷彿とさせる、しかしどこか形容しがたい鈍さを伴った轟音。

思わぬ方向からの、予想外の手段による、いっそ意味不明なくらいに単純な力技。およそ経験しようのない、想像すらしえないであろう攻撃が“ゆりかご”の船体を地面に向けて叩き落す。

 

本来、キング・プロテアは、“無限に成長する”という特性を持っている。しかし、実際には常に『圧迫』され、その成長は大幅に制限されている。彼女の宝具はそんな『圧迫』を一時的にはね除け、プロテア本来のサイズに戻る固有結界。それをさらに令呪で底上げし、巨大な“ゆりかご”をすら見下ろす巨大化を瞬間的に可能にした。

彼女は、あの瞬間成層圏すら超えて宇宙から地上を見下ろしていた。最早人間の視点では知覚すら困難なサイズとなったプロテアはシンプルに、ただ一撃、ゆりかごに対して腕を振るい、これを叩き伏せて見せたのだ。

なんというか、怪獣ムーブ好きの彼女好みの展開だろう。

 

「聞くと見るとじゃ大違いだな、アレは」

 

ついついそんな呟きがクロノの口からこぼれるのも無理からぬことだろう。なのはやフェイトにしたところで、驚きのあまり目が皿のようになっている。事前に聞いてはいたが、まさかこれほどとは……。

いや、それだけではないか。カルデアに召喚されたすべてのサーヴァントを把握しているわけではないことを、あらためて思い知らされた、というのもあるだろう。いったいあそこには、他にもどれだけの隠し玉がいるのだろうか。しかも、そういうのに限って色々な意味で手に負えなさそうだから頭が痛い。できれば、今後とも末長く日の目を見ないでほしいものだが……。

 

「へぇ~、マスターもやるじゃん。なら、ここは私もアゲていくし!」

「状況への適応を、主導権を握ります」

「草紙 枕を紐解けば 音に聞こえし大通連 (いらか)の如く八雲立ち 群がる悪鬼を雀刺し」

「同位体、顕現開始します。同期開始、照準完了」

 

鈴鹿御前の手を離れ飛翔した刀が無数に分裂し、召喚されたワルキューレたちが一様に手にした槍を構える。

 

「文殊智剣大神通 恋愛発破 天鬼雨(てんきあめ)!!」

「……終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)!!」

 

同時に放たれた剣と槍の驟雨が、迫りくる航空兵器群に突き刺さり、一条の道を作り出す。

僅かに遅れてなのはたちも動き出し、大地にめり込んだゆりかごへと向かう道をさらに押し広げる。

 

突入部隊はクラウスとリッド、そして立香率いるマシュを含めたサーヴァント総勢7騎……いや、プロテアは令呪によって底上げした宝具解放の反動でダウンしているので、実質6騎か。

一度に供給できる魔力量の問題もあるが、それとは別に立香の魔術回路の性能で一度に運用できるサーヴァントの、これが上限でもある。簡単に言ってしまえば、コンセントの差し込み口の数がそこまでしかないというわけだ。立香の貧弱な魔術回路では、基本的に同時にこれ以上の魔力の供給を行うことができない。7騎目からはかなり無理をすることになる、プロテアの戦線離脱はそれも一因だ。

 

なのはたちの役目は、彼らがゆりかごに入るための道を開き維持すること。その後はゆりかご周辺に布陣し、内部へ戻ろうとする敵性兵器の阻止。つまり、立香たちが作戦目的を達成するまでの間、少しでも内部に戻ろうとする敵を遮らなければならない。長期戦を視野に入れていたのはこれが理由だ。

なのは達三名に、サーヴァントが二騎、さらにウォルフとアトラが加わっても僅かに7名。彼我の戦力差を考えれば、敵航空兵器の性能が有象無象レベルだったとしても、十分すぎるほどに無理難題だ。

しかし、内部情報がほぼないに等しいことを考えれば、突入部隊に可能な限りの戦力を割かなければならない。だからこそ、一人一人がなのはたちとも渡り合える戦力であるサーヴァントを、計6騎動員できる立香をそちらに回すのは必然だった。

 

(気を付けて、立香)

 

サーヴァントが操る馬の背にしがみつきながら、未だ再浮上する兆しを見せないゆりかごへ向かう立香の背に視線を向けて無事を祈る。

だが、そんな余所見は刹那のこと。すぐに正面に向き直り、自分が為すべきことに集中する。

 

 

 

ゆりかごの内部は、外観を裏切らない広大さだった。

それでもほぼ迷うことなく玉座の間に到達できたのは、一本の大きな通路が中心部を貫いていたからだ。“ゆりかご”は戦船(いくさぶね)であると同時に、正当な王族の出産が行われる神聖な場所。そのため、内部の構造もそれにふさわしいものでなければならなかった。

人を惑わし、閉じ込める迷宮など論外。王城がそうであるように、玉座の間へと続く道は堂々としていなければならないと、そういう理屈らしい。

 

そういった格式などには疎い立香だが、今回はそれに助けられた。最悪、隅々まで探し回る羽目になることも覚悟していたからだ。

内部も自律兵器が跋扈していたが、道に迷ってしまうのに比べれば圧倒的に時間は短い。

まぁ、できれば今回の事件の中心と思われる“何か”も探したいところだが、どうも反応は通路の先にあるらしい。ならば、一石二鳥を狙うのも悪くはあるまい。

 

そうして辿り着いた荘厳な大扉を押し開ければ、そこには無人の広間と…その奥に寒々しく鎮座する玉座。

そして、静かにそこに座す、ドレスを纏いうなだれた様子の金髪の女性の姿があった。

 

「あの方が、当代の聖王陛下でしょうか?」

「そうみたいだけど、何だか様子が変じゃない? いくら何でも、誰もいないなんて……」

 

そう、玉座の間に侵入されたのなら、然るべき対応というものがあるはずだ。

いや、それを言えばそもそもおかしい。どうして迎撃してくるのが無人兵器ばかりで、一度も“人”と相対することがなかったのか。ここは、この世界(宇宙)でも最も重要な場所のはずなのに……。

 

本来、大勢の人間に守られているべき場所だからこそ、立香たちはキング・プロテアによる撃墜を選択した。単に“ゆりかご”を落とすだけなら、藤乃かリップの能力で破壊してしまった方が手っ取り早い。

しかしそれをすれば、内部の人間に多大な犠牲が生じることになる。それを慮っての選択だっただけに、この状況には著しい違和感がある。

 

なにより、ようやくたどり着いた悲願の場所にたどり着いた二人は、どうして信じられないものを見たかのような顔をしているのだろう。

 

「……オリ、ヴィエ?」

「そんな…でも、アレは間違いなくヴィヴィ様。まさか、この三百年ずっと……」

「え、あの人が!?」

「ですが、とても三百年が経っているようには……」

 

玉座に座す女性の姿は、まるで眠っているかのように穏やかで、瑞々しい生命の息吹を感じさせる。端正な顔立ちには皺の一つもなく、髪は艶やかな光沢を放っている。まるでここだけ、三百年間時間が止まっていたかのようだ。

 

しかし、そんなことがあり得るのだろうか。

オリヴィエは“聖王核”を有した正当な王女だったが、逆に言えばそれだけだ。普通に成長し、傷を負えば血を流す人間だった。決して、“不老不死”などではなかったはず。聖王家にも、そのような逸話はない。

だが、ならばどうして最後に見た日と変わらぬ姿のオリヴィエがそこにいるのか。

 

いや、2つ違和感を覚えるものがある。細い体を包む品の良いドレスや豪奢なマントとはあまりにも不釣り合いな無骨な義手と目元を覆い隠す赤い布。

前者は良い。オリヴィエは両腕を物心ついた時には失われ、それ故にエレミアの義手を使用していたと聞く。彼女が本当にオリヴィエなら、むしろあって当然なのだろう。だが、あの布はいったい……

 

とそこで、それまで静かに頭を垂れていた女性がゆっくりと顔を上げる。

 

「……………………………」

「オリヴィエ、分かりますか、僕のことが」

「ヴィヴィ様……」

 

ゆっくりと距離を詰めながらも、感極まった様子の二人。しかし、返ってきたのは、暖かな親愛とはかけ離れた、あまりにも冷たい声だった。

 

「……侵入者を確認 排除行動を開始します “聖王の鎧” 展開」

「っ!? オリヴィエ! 僕です、クラウスです! わからないのですか!?」

「二人とも、下がって!!」

 

立香が叫ぶよりわずかに早く、弾かれたかのようにオリヴィエが二人に襲い掛かる。

寸でのところでマシュが割って入り、その盾で突きの一撃を受け止める。だが……

 

「くぅっ!?」

 

盾越しの打撃にもかかわらず、マシュの身体が弾き飛ばされる。咄嗟にクラウスとリッドがそれを受け止めるが、二人がいなければはるか後方…それこそ玉座の間の外まではじき出されていたかもしれない。それほどまでに、重い一撃だった。

 

「これは、いったい……」

「元々、ヴィヴィ様は腕を魔法で操作されていましたが、いまの動きはまるで……」

 

全身を魔法によって操作しているように見える。ある意味、それはとても効率的なことなのかもしれないが、重要なのはそこではない。全身を魔法によって動かしているというのなら、果たして今彼女の肉体を動かしているのは、本当に“オリヴィエ”なのだろうか。

どうも、あの機械的な声を聴くと嫌な予感を覚えずにはいられない。

 

その予感は正しかった。

本来、“ゆりかごの聖王”は玉座に適合したとしても自我を奪われ、数年のうちに命を落とすという。

今のオリヴィエは自我を失い、玉座を守る生きた兵器そのもの。

ただ一点違っていたのは、彼女があまりにも“玉座と適合し過ぎていた”こと。

本来であれば数年のうちに燃え尽きるはずの命は、その適合率故に玉座に使われるのではなく、玉座と半ば以上“融合”する結果となった。それゆえに、“ゆりかご”の自己管理・自己修復機能は彼女も自らの一部と捉え、完璧なメンテナンスを施した。機械だけでなく生命体すら三百年の長きに渡って完全に管理して見せる、それが聖王家ですら把握しきれていなかった“ゆりかご”の性能の一端だった。

 

同時に、これこそがこの世界(宇宙)の支配者の正体。

君臨していたのは“聖王”という名の“システム”。それ故に冷徹に、厳格に、完全な“法”による統治を敷いた。

 

―――世界を美しく蘇らせるため

 

―――人の営みが正しくある様に

 

―――寸分の狂いもなく運営する

 

―――人の心を持たぬが故の完全性

 

正体を知って納得した。ここは、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)が統べる、文字通り鋼鉄の世界だったのだ。不完全で不安定な、血の通った人間が生きるには……あまりにも“完全”過ぎる。

 

「………………」

「アルトリア?」

「……いえ、ご心配には及びません。確かに生前の私は、“完璧な王”たらんとしました。正しき治世のため、最善の判断を下し、最適な采配を振るい、公平な裁定を行い、全てを公正に評価する。確かに私は、そうあろうとしました。見方によっては、それは機械的にさえ写ったことでしょう。国を動かす歯車、王という名の装置……それで良いとさえ思っていた。

ですが、アレは違う。たとえ結果が伴っていたとしても、アレは私が望むものとは相容れない。

意志の介在しない統治など、圧制・暴政とすら比するに値ません」

 

静かに、だが確かに今彼女は怒っている。

かつて「王は人の心がわからない」と言われた彼女だが、それでも“心”を失ったことはない。

この世界の在り様ではなく、目の前の存在を……オリヴィエを動かす“システム”を許すわけにはいかなかった。

 

「決着をつけましょう、マスター。アレは、人の世には不要なものだ」

「ほう、珍しく意見が合うではないか騎士王。うむ、アレはいくらなんでも極まり過ぎだな。完全管理して生かすというのがかえって性質が悪い。いっそ人間を滅ぼすとかの方がまだマシだろう」

「いや、それはそれで笑えないけど……」

 

豪放過ぎる征服王の弁に、思わずツッコミを入れてしまう。

 

「で、貴様らはどうなんだ。ん? あんなものが“聖王”などと名乗っているとあっては、王として一言二言三言と、言いたいこともあろう」

「それを俺に聞くかよ。あんま偉そうに語れるほど、王やってたわけじゃねぇんだがな、俺は。

 だがまぁ……そんな俺でもアレはねぇわ。つーわけで、とりあえず殴って蹴ってぶち壊す!」

「私は破壊であり、文明を滅ぼす機械装置。王か否かを判断するのは、私の役目ではない。

 しかし、自らの道行きを知らずに終わるのは良くない。故に……アレは悪い文明だ。ならば、その文明を破壊する」

 

あまり自身が“王”であることに拘りを見せないベオウルフやアルテラですら、目の前のシステムの操り人形には思うところがあるらしい。

ただ、いつも人一倍暑苦しい人が今回は妙に静かなのが気になるところだが……。

 

「あれ、レオニダスは何もないの?」

「おお、そういえばそうだな。真っ先に食いついてきそうなもんだが……」

「大丈夫です、先輩。レオニダス王なら、きっと含蓄溢れるお言葉を聞けるに違いありません!」

「……システム…………機械仕掛け…………………つまり、インテリ!!」

(う~ん、間違ってなくもないのか?)

 

せっかくのシリアスが総崩れになりそうなので、見て見ぬふりをする。

どうやら、マシュの期待は盛大に空振ってしまったらしい。

 

まぁそれはおいておくとして……何はともあれ、やることは一つしかないのだ。

 

「マシュ、まだいける?」

「はい。戦闘に支障はありません、お二人が受け止めてくださいましたから」

「……いや、助けられたのはこちらの方だ」

「それに、任せきりにしてしまっては永らえてきた意味もありません。ここは、僕らに任せてもらえませんか」

 

驚愕を乗り越え気持ちを立て直したのか、クラウスとリッドがアルトリアたちのさらに前に立つ。いつの間にか、リッドの両腕には黒い手甲が現れ、クラウスもまた拳を構える。

そう、これは元々二人の戦い。オリヴィエを取り戻す、そのことに何の変化もないのだから。

 

 

 

時を同じくして、ゆりかご周辺。

いくら一騎当千揃いとはいえ、流石に圧倒的物量の前では限度がある。じりじりと防衛戦を押し込まれ、少なからず網目を抜けた機体がゆりかご内への再侵入を果たしている。

何とかしたいのはやまやまだが、とてもではないが手が足りない。

 

「どうしよう、フェイトちゃん。このままじゃ……」

(このままじゃいけない、それはわかってる。だけど、どうしたら……)

 

切り札を切っての起死回生……といきたいところだが、そうもいかない。

ブレイカーなどを用いれば、確かに敵陣に大きな打撃を与えられるだろう。だが、それまでだ。圧倒的物量の前では焼け石に水でしかない。

切り札を切った後、疲弊した身体で残された敵による攻勢を支えきれるのか。せめて、はやてたちが合流してくれればとも思うが……。

 

「あっちは……まだまだかかりそうだね」

「うん。アインスさんだもん、そう簡単にはいかないよね」

 

遠方から響く戦闘音。八神家とアインスの間で、今なお熾烈な戦いが繰り広げられていることがわかる。

 

「やむを得ないか…………………頼めますか?」

(いいんスか? 割とタイミングとしては微妙なところだと思うっスよ?)

「それでも、ここで戦線を崩すわけにはいきません。何より、いつフェイトたちが飛び込むかわからない」

(…………しょうがないッスねー。供え物、よろしくっス)

 

合意を得られると同時に、クロノの背後に光が集まり………石像が出現した。

割とサーヴァントたちと関わってきたなのはとフェイトですら、一瞬唖然として手が止まる。

奇抜な格好、奇天烈な姿形のサーヴァントは数いれど、石像の姿をしたサーヴァントはただ一人。

だが彼女は、割とこういう現場には出てきたがらない真正の出不精ではなかったか。

 

「「ガネーシャ(さん)!?」」

「ガネーシャさんが、アタシにもっと輝けと囁いている……! 商売繁盛待ったなし! 今伝説のぉ……」

「え、ちょっ、まさか……」

「ここでそれなんですか!?」

 

二人が驚くのも無理はない。何しろ、今使おうとしているのはこと珍妙さでは屈指の代物。いろいろ追い詰められたガネーシャさんが繰り出す逆ギレ宝具。その正体は神気を込めに込めた武器による「ただの重すぎる打撃」である。

だが、ただの打撃と侮るなかれ。神の武器は振るうだけで様々な奇跡を起こすもの。

なるほど、その威力は周辺を飛び回る有象無象を一掃して余りある……かもしれない。

 

とりあえず、巻き込まれてはたまらんとばかりに急ぎ距離を取る二人。もちろん、このままだと逃げ遅れそうなウォルフたちへの警告も忘れない。しかし、そんな二人の予想は思いもしない形で裏切られた。

 

帰命せよ、我は障害の神なり(ガネーシャ・ヴィグネーシュヴァラ)

 

聞いたことのない真名、同時に巨大な壁が出現し航空兵器を押し返す。衝突した兵器は次々に爆散し、やがて壁はゆりかごを丸ごと飲み込んだ。発動させた、ガネーシャさえも飲みこんで。

 

すっぽりと“ゆりかご”を包み込み、それは巨大な立方体を形成した。

見た目からは材質がわからないが、次元違いの強度があることは本能的に察することができる。マシュの宝具同様、なのはたちの最大出力を以てしても破壊は不可能だろう。

 

「クロノ、人が悪いよ」

「そうだよ、こんな凄いのがあるんだったらもっと早くに……」

「秘密にしていたのは悪かった。でも、早々気安く使えない理由もあってね」

 

―――――――帰命せよ、我は障害の神なり(ガネーシャ・ヴィグネーシュヴァラ)

 

それは、ガネーシャの障害除去神としての性質を純化させる事で発現させる絶対不可侵力場であり、よほど特別な事情がない限り使われない宝具。

クロノがガネーシャへの宝具発動の要請をギリギリまで引き延ばしたのは、その性質故だ。

万が一にも、失敗するわけにはいかない。なぜならこれは、一度発動させたら……

 

「そっか。こんなに凄い宝具だもん、あんまり長くは続かないよね」

「……いや、逆だ」

「どういうことなの?」

「この宝具は……」

「解除、できない」

「え……」

 

フェイトのつぶやきに、なのはが反射的に振り向く。なぜそう思ったのかはわからない。だが、確信があった。

 

「……そうだ。この宝具に発動制限時間はないし、彼女も自力で解除できない。

 同時に、この宝具の特性は“絶対不可侵力場”だ。外部からの攻撃では、突破は不可能だろう」

 

少なくとも、人間レベルの攻撃では。アルカンシェルクラスなら、別かもしれないが。

 

とはいえこんな問答をするなど、戦場の真っただ中で悠長なことではあるが、航空兵器たちの最優先事項はゆりかごの防衛であり、侵入者の排除だ。その前では、なのはたちは捨ておいて問題ない脅威でしかない。

立方体の破壊が困難と悟ったようで、だからこそなのはたちは特に攻撃されることなく佇むことができている。要は、なのはたちの相手をする余裕がないのだ。

 

「なら……ならどうして私たちを中に入れてくれなかったの、クロノ君!」

 

攻撃による破壊は無理でも、別の方法で解除は可能なはずだ。あるいは、出入りする方法があるのか。そうでなければ、内部の人間を殺しかねない以上、抜け道はあるはず。だから、出られない心配をする必要ない。

重要なのは、そんな敵の侵入をほぼ完全に防げる手段がありながらここまで使わず、使ったうえでなのはたちを締め出したことだ。最初から使い、なのはたちも中に入っていれば、もっとこの作戦の成功率を高くできたはずなのに、それをしなかった。

そのことをなのはは憤っているのだ。しかし、クロノがそれを選択したのには、当然理由がある。

 

「君たちは、ここから先に行くべきじゃない。それが理由だ」

「…………」

「どういうことなの……」

「……それより、はやてたちは」

 

なのはの問いに答えることなくそう口にしたところで、一際大きな閃光が周囲を照らす。どうやら、あちらも決着がついたらしい。

 

(結果的に、最善のタイミングだったのかもしれないな)

 

如何に疲弊しているとはいえ、はやてたちが合流すればゆりかご内部に突入する余裕もできた可能性がある。

そうなる前に、事実上の封鎖をしてしまえたのは僥倖というべきだろう。

 

 

 

白く眩い光が止んだ時、残されたのは大地を抉る巨大なクレーターだった。

そしてその中心部に横たわる、クレーターと比してあまりにも小さな一つの人影。

人影を取り囲むようにして降り立ったのは、守護騎士たちとはやて。誰もが肩で息をし、特に前衛を務める三人の疲労は濃い。

 

傷を負っていない場所がないくらいに手酷くやられ、打撲・打ち身は数知れず、出血や骨折している個所もある。

後衛を務めるはやてとシャマルですら、騎士甲冑は破損だらけで目立った怪我を負っていないのが奇跡的なくらいだった。

 

「私らの勝ちやね、アインス」

「……………………………………私に、そう呼ばれる資格はない」

「そうは言われてもなぁ、他の呼び方知らんもん」

「そうですね。管制人格とか、管制融合騎とかじゃ流石に……」

「お前、というのも今更だからな」

 

しらばっくれるようにはやてが視線を向ければ、シャマルとシグナムもそれに乗っかる。

確かに呼び名としてはどうかと思うものだが、守護騎士たちに限って言えば、昔はそうやって呼んでおいて、何をいまさらという話だろう。

 

「……どうして、お前たちはそうやって笑っていられるんだ」

「そりゃまぁ、良いことばっかりじゃなかったよ。むしろ時間と回数なら、嫌なことの方がずっと多かったと思う。でもさ、それをチャラにしてもお釣りがくるくらい、今が幸せだってことだよ。

 昔のことは昔のこととして、今がよければ笑える。そういうもんだろ、人間ってよ」

「その今にしたところで、紆余曲折の果てに得たものだがな」

 

はやてを主として(いただ)いてからも、決して平坦な道ではなかった。むしろ、夜天の書の呪いに侵されるはやてを救わんと誓いを破り、運命に抗おうと足掻いていた時は辛かったし、苦しかった。

それでも、お節介なお人好したちが頑張ってくれたおかげで呪いは解かれ、こうして愛する主と共に、家族で暮らすことができている。そんな奇跡に身を置いているのだ、笑わなければ嘘ではないか。

 

「……そうか。お前たちが笑える未来も、あったのだな。それを諦め、手放した私が愚かだっただけか」

「馬鹿を言え、お前は物分かりが良すぎる」

「だな。なのはたちを見習え」

「あなたはあなたなりに、私たちを守ってくれたんでしょ。だからこそ、この世界の私たちはあなたに全てをゆだねた。あなた一人に押し付けたことを悔いこそすれ、あなたを責めたりなんかしないわ」

「……………………………そうか。私は、間違えたわけではなかったのか」

 

仲間たちのために、自分にできる精一杯をしたつもりだった。それが間違いでなかったのなら、少しくらいは胸を張ってもいいだろう。

そんな安堵が最後の心の(つか)えを取り払ったからか、かすかな微笑みとともにアインスの身体から光の粒子が立ち上り始める。はやてたちは目にしたことのない現象だが、それはどこかサーヴァントの消滅に似ていた。

 

「アインス!?」

「……逝くのか」

「ああ。気に病むことはない、私は“ゆりかご”によって維持されていたようなもの。夜天の魔導書としては、とうに終わっていた身だ」

「「「……」」」

「最後に一つだけ聞かせてほしい。そちらの私は、どうしている?」

「……眠っとるよ。防衛プログラムを消すことはできたんやけど、その反動みたいなもんや」

「……そうか」

 

僅かに瞑目し、うっすらと瞼を開けるアインス。夜天の魔導書として、最後に為すべきことが見つかった。

 

「そこにいるのは、私の後継機か」

 

はやてを見据えながらの問いに答えたのは、ユニゾンを解いたリイン自身だった。

 

「はいです。リインフォース・ツヴァイ、あなたの名前を受け継いだ二代目『祝福の風』です」

「次、いつ目覚めるかわからないからって」

「主はやての魔導の器にこそ、その名はふさわしいとな」

「そうか。ならば、この手を取れ二代目。これが、私にできる唯一の餞別だ」

 

言われるがまま、リインはアインスの手に自らの小さな手を添える。

 

「これは……」

「今の私を構築するデータと、私を維持するために使われたシステムだ。そちらの私にどの程度転用できるかはわからないが、使ってくれ」

「リインフォース……」

「……いいや、その名は私のものではない。お前と、そちらの私の名だ。だが……ああ、私も、自らの主にそう呼んでほしかった」

 

少しだけ悔しそうに、あるいは羨ましそうに光となって消えていく。

 

その後、彼女が遺したデータはアインス自身に適用される。本来であれば、無限書庫を捜索しても数十年、あるいは二度と覚醒することはないかと思われた彼女だが、辛うじて覚醒を可能にする程度には修復することに成功したのであった。

 

 

 

この世界の王たちの力は、トップサーヴァントどころか、生前の彼らにすら匹敵するほど強力だ。

ましてや、そんな王たちを統べる“聖王”の力ともなれば如何程か。例え、機械仕掛けの操り人形だったとしても……否、だからこそ効率よく、一切の無駄なく、その性能を完全に引き出すことができていた。

 

2名の王と6騎のサーヴァント、それだけの戦力が揃ってなお、結果は紙一重だった。騎士王と征服王、発動までに一瞬の間がある二人の最強宝具を、発動させずに抑え込んだというのも一因だろう。

激しい戦いの中、浮き上がった結晶体を破壊することで、ようやくオリヴィエはその動きを止めた。

 

「状況、終了。聖王オリヴィエの、沈黙を確認しました」

 

肩で息をしながら、ようやく動きを止めたオリヴィエを慎重に見定めながら報告するマシュ。

守りに長けるマシュとレオニダスが揃っていながら押し切られ、アルトリアやイスカンダルの猛攻を真っ向から受けて立ち、アルテラやベオウルフの一撃に耐え、クラウスとリッドをねじ伏せて見せるオリヴィエの力は、過去の経験と照らし合わせても指折りだったろう。

特殊能力や絡め手を用いず、正攻法で強いというのがまた厄介だった。

 

とはいえ、オリヴィエが倒れると同時に“ゆりかご”の機能もダウンしたのか、あるいは激しい戦闘でシステムが破損したのか。いずれにせよ、照明は明滅を繰り返し、度々聞こえてきたアナウンスも沈黙している。

これで終わった、そう判断しても差し支えあるまい。

 

クラウスとリッドの二人も、ようやくその実感が湧いたのか。思わず顔を見合わせると、弾かれたように倒れ伏したオリヴィエに駆け寄る。息があるのかは定かではないが、二人の悲願がようやくかなったのだ。

 

「先輩?」

「本当は急いで探すべきなんだろうけど、見届けるくらいはしてもいいよね」

「……そうですね。この後、どうなるかわかりませんから」

 

言葉にせずとも共有できた、共有できてしまう未来の可能性の一つ。

もしかすると、これからやろうとしていることはようやく再会できた三人を消し去る行為なのかもしれない。だからこそ、目に焼き付けなければならないと思ったのだ。これから、自分たちが何をしようとしているのかを。

見て見ぬふりなど許されない。思考放棄と自己防衛の末に卑劣な行為に走ることだけは。

 

「ぅ……」

「オリヴィエ!」

「ヴィヴィ様! わかりますか、僕たちのことが!」

「その声……クラウ、ス? それに、リッド? どうして……」

 

どうやら一命はとりとめたらしく、徐々に意識を取り戻すオリヴィエ。

同時に、固く結ばれていた目を覆う布が解け、その下には……抉られたかのような痛々しい傷跡があった。

 

「オリヴィエ、その目は……」

「いったい、何があったんです! 僕たちがいない間に、いったい何が……!」

 

二人の問いかけに答えることなく、わずかによろめきながらも身を起こすオリヴィエ。先の戦いのダメージは、まだまだ残っているのは明らかだ。しかしその足取りには、どこか弱々しさがない。

同時に、全身から確固たる決意が滲み出ている。

 

「初めまして、異邦人の皆さん」

「……俺たちのことを、知っているんですか?」

「私は“ゆりかご”と繋がっていましたから。そして、“鏡”が教えてくれました。あちらとこちら、今まさに二つの世界が重なり…崩壊しつつある。それが、“鏡”から得られた情報を基に“ゆりかご”が出した結論です。そして、それはあなたたちも同じようですね」

 

“鏡”。それが、今回の事件の中心。どうやら、それを納めていた“ゆりかご”は、これを分析することで真実の一端にたどり着いていたらしい。

 

「あなた方を責めることはしません。守るべきものを守るために戦う、それが人ですから。

 “ゆりかご”もまた、準備が整い次第あちらに渡っていたことでしょう。そして、あちらの“鏡”を破壊しようとしたはずです、あなた方と同じように」

 

この口ぶりからして、虚数潜航(ゼロセイル)に近いことを可能にする遺物なり技術なりが、ここには収められていると考えるべきか。だとすれば、やはりことを急いだのは正解だった。こちらと違い、あちらには“鏡”を守るものがいないのだから。

 

「例えその結末が、どうしようもなく残酷なものであったとしても」

「あなたも、そうなると思っているんですか」

「この点については、“ゆりかご”も確証は得るには至りませんでした。ただ、可能性としては十分にありうると」

「……」

「動じないんですね。その覚悟と決意に、敬意を払いましょう。

 ですが、一つ聞かせてください。あなた方は、本当にそちらの世界を残すべきだと、そう思っているのですか?」

「どういう、意味?」

「そちらの世界のことは私も知りました。だからこそ断言できます。確かにこの世界は冷徹かもしれない。それでも、こちらの世界の方がずっと平和で安定しているではありませんか」

「……それは、あなたが“ゆりかご”を動かしていたということですか?」

 

立香の問いに、少しだけオリヴィエは思案する。やがて考えがまとまったのか、慎重に言葉を選びながら口を開く。

 

「私は、ただ願っただけです。世界が少しでも“平和”で“安定”したものになる様に。責任逃れのように聞こえるかもしれませんし、否定はしません。ですが、私が望んだのはただ一つ。

命を育むことも、大切な人抱きしめることもできない、何もできない私だけど……こんな私を愛してくれた大好きな人たちが、穏やかに暮らせる世界を。その願いを、“ゆりかご”はくみ取ってくれました」

 

見えない目をそっと背後に立つ二人に向けて、そう語る。

ある意味“ゆりかご”は聖杯のように機能した、ということだろうか。オリヴィエの漠然とした願いを、その機構で実現するためにはどうすればいいかを演算し、実行したと。

オリヴィエの身体を維持していたのも、これ以上“ゆりかごの聖王”となる者を生み出したくないと、心のどこかで願ったからか。

 

「もう一度聞きます。“鏡”を破壊された世界には消滅の可能性があります。それを知った上で、不安定な世界のためにこちらの“鏡”を破壊するのですか」

 

きっと、普通なら躊躇い、足踏みしてしまう場面なのだろう。

だが、立香たちにとってその問いは…すでに通り過ぎた場所だ。

 

「……壊すよ」

「如何なる道理の下に」

「この世界じゃ、俺は笑えない。きっと、俺の大切な人たちも」

「……」

「だから、だよ。俺は、俺たちが笑って生きられる世界の方が大事だ。生き残るべきなんだ」

 

傲岸に、胸を張って、断言する。かつて、背中を押してくれた友が言っていたように。

それが、滅ぼそうとする側の責任だ。

 

ただ、気になることが一つある。

 

「一つだけ、教えてください。その目は、どうしたんですか?」

「……………」

 

答えは返ってこなかった。だが、それで十分だった。

きっと、オリヴィエが自ら望んだことなのだろう。戦乱を治めるため、多くの命を“ゆりかご”で奪っていく。その罪悪感からか、あるいはその光景を見ることに耐えられなかったからか。なんとなく、そんな気がした。

 

「……あなたたちがこちらの“鏡”を破壊するというのなら、私はあなたたちを倒します。この世界を作り上げた、その責任を負う者として」

 

既に限界を超えているであろう身体に鞭を打ち、構えをとるオリヴィエ。

しかしそこで、クラウスとリッドの二人が並び立つ。

 

「二人とも……」

「すまない。彼女が戦うというのなら、僕らは君たちの敵に回る」

「恩を仇で返す不義、許せとは言わない。でも……」

「良いと思う。だってそれが、二人がずっとしたかったことなんでしょ」

「「……」」

「なら、それをすべきだよ。今度こそ、その手を離さないで」

 

目を見開き、続いて瞑目する。そこに何を込めたのか、あえて追及はしない。

これから互いに「自身の願いや正義、生存のために他者のそれを踏みにじる」というのに、それは余分なことだから。

 

 

 

ガネーシャが作り上げた絶対不可侵力場の前では、合流したはやてたちもまたクロノに食って掛かっていた。だが、クロノは頑として何も語ろうとしない。それが、立香との約束だったからだ。

全てが終わるまでは、どうか黙っていてほしいと。

 

しかし不思議なことに、なのはやはやてが言いつのってくる中、フェイトだけは何も言わずに巨大な壁を見上げているだけ。

普段の彼女なら、なのはたちと共にクロノを追求していたはずだ。なのにそれをしない。頭は良くても物分かりが良いわけではないことは義兄としてよく知っている。そんな義妹の不自然な態度を訝しむが、何も思い当たるものはない。

 

だがそこで、フェイトがそっと壁に指を這わせる。当然、その程度では何の影響も与えはしない……はずだった。

 

「引きこもりだって――――」

 

フェイトの口からは到底、出てくるはずのない言葉。

なのにどうして、迷うことなくその言葉が紡がれるのか。

 

「―――――空を見ていい」

 

同時に、まるで先ほどまでの偉容がウソのように立方体が消え去った。

残されたのは、今なお地面に埋まった“ゆりかご”と、フェイトの目の前で呆然と佇むガネーシャだけだった。

 

「らしくないよ、ガネーシャ。パスワードの使い回しなんて、初歩的なことしちゃ」

「……どうして、君がそれを知っているんスか」

 

どこか愁いを帯びた微笑みで(たしな)めるフェイトに、訳が分からないとばかりに呟く。しかしすぐに気づく。こんなことができる者など、一人しかいないことに。

 

「っ! あんのロクデナシの仕業っスね!」

「…………」

「わかってるんスか。その先は地獄っスよ。君は、マスターと一緒に地獄まで来てくれるんスか?」

 

 

ガネーシャの横を通り抜け、“ゆりかご”へと向かおうとするフェイトに、普段の彼女からは想像もつかないような厳しい声音が向けられる。呆気にとられ、反射的にフェイトの後を追おうとしたなのはたちも思わず身体を固くする。

言っている意味は分からない。だがここから先は、安易に踏み込んではいけないことだけはよくわかった。

 

そんなガネーシャに振り返りながら、逆にフェイトは問い返す。

 

「君たちは、どうなの?」

「サーヴァントはマスターに従うものっス。そりゃ知ったこっちゃないって連中ももちろんいるけど、ガネーシャさんはできたサーヴァントっスからね。地獄の底までだって付き合ってあげるっスよ。

でも、君はどうなんスか?」

「……」

「言っておくっスけど、半端な覚悟ならよした方が良いし、下手な善意はむしろ迷惑っス。これ以上……マスターを追い詰めないでくれないっスか」

 

それは、今にも泣きだしそうな声音の懇願だった。半端な優しさなんていらないし、自己陶酔ならなおのこと。

ここから先は、本当に最後の最後まで付き合う……見届ける覚悟がなければ踏み込むべきではない。

彼らは知っている。自分たちの契約主が、本当はどれだけ追い詰められているのかということを。ギリギリのところで、辛うじて自分を保っているのだということを。

一時でも彼を救ってくれたフェイトには感謝している。しかし、ここから先に踏み込むなら話は別だ。

余計なことをするようならば、容赦はしない。そのつもりでいたのだが……

 

「ほら、分かったらさっさと下がるっス。大丈夫、君ならちゃ~んと幸せに……」

「そうだね、地獄に付き合う気なんてないよ」

「そうっスそうっス、それが一番」

「だって私は、そこからあの人を引っ張り上げるために行くんだから」

 

マスターとサーヴァント、主と従。形式程度のものでしかないとはいえ、それが契約だ。

その関係を前提にしている彼らでは、藤丸立香を救うことはできない。守ることはできる、障害も排除できる。しかし、救うことだけはできないのだ。生者を救うのは、いつだって同じ今を生きている人間であるべきなのだから。

 

「………………………………あ~、それは…僕らにはできないことっすねぇ」

 

だから、納得してしまった。

 

「なら、急ぐっス。でないと、間に合わなくなるっスよ」

「うん」

「ただし、そこまで言ったからには責任……取ってもらうっスからね」

「取らせてくれるなら、喜んで」

 

“閃光”の二つ名に恥じない加速で遠ざかっていく背中を見送りながら、僅かばかりの杞憂が過るが…すぐに否定する。そんな段階は既に通り過ぎている。今は、資格のない子どもたちのお相手だ。

 

(でもそれは、一度同じところまで行くってことなんっスけど……あの子なら、できちゃう気がするっスねぇ。誰かの手を握る大切さも、握ってもらえる嬉しさも、きっとあの子はよく知っている…いやぁ、僕とは大違いっス。いやはや、恋する乙女は無敵っスねぇ)

 

 

 

どちらも魔力・体力ともに限界は近かった。だからこそ、勝負は“数の利”という単純明快な理由で決した。

面白くもなんともない、陳腐でつまらない結末。

 

それでも、勝者には果たすべき責務がある。

現界を維持できなくなったサーヴァントたちに感謝を告げ、立香はマシュと共に玉座の間のさらに奥に踏み込む。

やはり“ゆりかご”の機能は完全に落ちているらしく、もう改めて無人機が行く手を阻むことはない。

 

ただ、過去何度も経験したこととはいえ……世界を滅ぼすという行いは慣れるものではない。慣れたい、とも思わないが。

しかし、伴う責任の重さに膝が折れそうになるも、何とか奮い立たせて足を前へ前へと運ぶ。

 

「先輩、一度休まれた方が……」

「大丈夫、これが終わったらゆっくり休むから」

 

心配そうに見上げてくるマシュに精一杯の微笑みを向ける。自分が先輩で、彼女が後輩。立香がマスターで、マシュがサーヴァント。その関係性がある限り、立香は彼女の前では強がらなくてはならない。

せめて強がって見せなければ、マシュを不安にさせてしまう。それではもう、マスターとしても先輩としても、男としてすら失格だ。

 

――――早く! 速く!! もっと迅く!!!

 

今頃、オリヴィエたちはどうしていることだろう。命までは取らずに済んだが、元々片や300年にわたって“ゆりかご”の一部であり、方や同じだけの時を生体ポッドで辛うじて永らえてきた身だ。どちらも、十分過ぎるほどに身体に負担を強いてきた。安静にしていたならまだしも、限界以上に力を振り絞りってはただではすむまい。

きっと、三人の命は長くはない。ならせめて、最後の時は三人で心穏やかに過ごしてほしい。

この世界が、いかなる結末を迎えようとも……。ずっと頑張ってきた人たちだからこそ、最後くらいは。

 

――――装甲も削れるだけ削る! 有りっ丈の魔力を、全部スピードに!

 

「っと」

「先輩!」

「動いてる…わけじゃないか」

「はい。おそらく、崩壊しようとしているのではないかと」

「あれだけ戦えば、無理もないか。なら、なおさら急いだ方が良い」

 

崩れてきた壁を辛うじてかわし、降ってきたがれきはマシュが盾で防ぐ。とはいえ、だんだんと崩壊が進んでいっている。これは急がないと、生き埋めになる可能性も否定できない。

 

――――避けてる暇なんてない! まっすぐ! 最短距離を! 最速で!!

 

辿り着いたのは、奥まった場所にある何もない部屋。本当に家具をはじめとして何もない、ただ一枚の身の丈ほどもある大きな“鏡”が一枚だけ鎮座した部屋。

だが、計器の類を見なくてもわかる。目の前のこれが、全ての中心だ。

 

銃を手に取り、銃口を向け、引き金に指をかける。

 

特殊な防御が施されているわけでもないらしい。ならば、マシュに頼らなくてもこれで事足りる。

立香の腕でもこれだけ大きな的なら、この距離で外すことはない。

あとはただ、指先に力を込めるだけでいい。

 

―――――――お願い、間に合って!!!

 

そうして、立香が引き金を引こうとしたその瞬間、目にも止まらぬ何かが傍らを駆け抜け、一条の閃光が“鏡”を両断した。

 

「……………………………フェイト」

 

そこにいたのは、真ソニックとも呼ばれる可能な限りの装甲を排した速度特化仕様のバリアジャケットに身を包んだフェイト。

 

しかし、美しい金髪は埃や流れる血に塗れ、本来の輝きからは程遠い。

細く引き締まった四肢は至る所から血を流している。見れば、肩やフトモモなどに瓦礫の破片が刺さっている。髪を汚す血も、瓦礫などによって割れた個所からの流血によるものだろう。

そして、荒い呼吸が物語っている。彼女が、防御や回避の一切を捨てて、ここまで駆け抜けてきたのだということが。

そんな痛々しい姿のまま、フェイトは何もない天井を仰ぐと噛み締めるようにつぶやいた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……間に、合った。間に合った。今度こそ、間に合った」

「どうしてここに……いや、それよりなんでこんな」

 

疑問も、聞きたいことも山ほどある。だが、問い質す間もなく通信機がけたたましくアラームを鳴らす。

どうやら、中心であった“鏡”が破壊されたことで、世界があるべき姿に戻ろうとしているらしい。

通信機越しに、ゴルドルフが早急に帰還するよう叫んでいる。

 

分かっている。今は何を置いてもまずは帰還を優先すべきだ。

そうとわかった上で、それでもなお……立香は聞かずにはいられなかった。

 

「どうして、こんなことを……」

 

フェイトのすぐ後ろに立ち、自分でも要領を得ないと思う言葉が出た。

ゆっくりと振り向いたフェイトは目に一杯の涙を浮かべ、小刻みに…だんだんと強く体を震わせる。

自分が何をしたのか、その実感がようやく湧いてきたかのように。

 

「だって……」

 

何かを言おうとして溢れ出る嗚咽で言葉が詰まる。

それでも懸命に嗚咽を抑え込み、フェイトはたった一言を口にする。

 

「これっ、以上は……本当に、立香が壊れちゃうよっ」

 

それだけ。ほんとうにただ、それだけだったのだ。

知らないはずなのに、気付いていた。ただ、その確信があった。

決して強い人ではない、心も、身体も……なのにあまりにも重い責任を背負って、そんな無理がいつまでも続くはずがない。とっくに限界なんて超えていて、今まで立っていられたのが奇跡だったのだ。

そのことを、フェイトは立香以上に理解していた。

 

「……ごめんなさい」

「なんで謝るのさ。というか、謝るならやらなきゃよかったろうに……」

「それは、ダメ。呆れられても、怒られても、嫌われたって良い。それでも私は、君に笑っていてほしかった」

(ああ、俺…全然わかってなかったんだなぁ)

 

フェイトが自分に好意を持っていることは知っていた。知っているつもりだった。

だが、そんなのは全然わかっていなかったのだとようやく思い知る。自分は、彼女の想いをまるで理解していなかった。どれほど純粋に、どれだけ強く、思ってくれていたのかを。

ぶつけるのではなく、求めるのでもなく、望まぬ結果すら厭わないほどに相手を思う心。それが、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの恋の形だった。

 

「……怒ってる?」

「怒れないよ」

「じゃあ……呆れた?」

「まぁ、少しは」

「…………やっぱり、嫌いになった?」

「………できるわけ、ないだろ」

「…………………………………よかった」

 

気が抜けたのか、身体から力が抜け寄り掛かるように倒れ込んでくる。

覚悟はしていても、やはり不安だったのだろう。

 

(……ヤバいなぁ)

 

抱き留めた身体は、初めてあった頃とは比べ物にならないくらいに大きくなったはずなのに、全然頼りなくて儚い印象を与えてくる。こんなにも細い体で、ここまで駆け付けてくれた。

“笑っていてほしい”そのために、傷を負うことも恐れずに。

こんな、思いを拒み続けてきたどうしようもない奴のために……恋心一つ携えて。

 

(本当に、手放せなくなる……)

 

今までとは違った愛おしさがこみあげてきて、抑えられなくなりそうだ。

 

いや、あるいはどこかでわかっていたのかもしれない。

いつか、彼女の手を離せなくなる日が来ることを。

だからこそ、何とかその手を取るまいとしてきたのかもしれない。

 

(それに……)

 

一つ気付いてしまえば、残りのことにも気が付かざるを得ない。

フェイトとよく似ているようで、また違った思いを向けてくれていた()のことを。

 

(ずっと、待っててくれたのか)

 

暖かな眼差しを感じて目を向ければ、そこにはどこか安心した様子のマシュがいた。

きっと、彼女もフェイトとよく似た危惧を抱いていたのだろう。それでも、マシュは立香に代わろうとするのではなく、そっと傍らに寄り添い支える在り方を選んだ。それが、彼女の想いの形。

どれだけ不安でも、心配でも…決してその在り方を違えることなく。

 

分かっているつもりで、実は全然わかっていなかった。そのことに気付いてばかりだ。

 

(覚悟、決めないとな)

 

“恋”や“愛”をどこかで切り離していた。それを、強く強く結び直されてしまった。

ならばもう、諦めて……向き合うしかないではないか。

 

(ああ、とりあえずは“あのこと”を伝えないと)

 

正直気が重いどころの話ではないが、まずは自身の身体のことを伝えるべきだろう。それで二人の想いが揺らぐ……とは、もう考えない。その程度で揺らぐようなら、こうはなっていなかったはずなのだから。

ならば、その先のことも考えておくべきだろう。

 

(さしあたっては、どっちを選ぶか…だよなぁ)

 

恋愛事は一対一で行うもの、という価値観で生きてきた身の上なので、二人同時にとか考えられない。

ただ、同時に自覚してしまったためにどうにも優劣がつけられない。とはいえ、二股なんてクズい真似などできるはずもない。振って泣かせるならまだしも、不誠実を働いて泣かせるとか最低だ。

年齢のことを考えるならマシュを選ぶべきなのだろうが……

 

(いまさら年を理由にするのは、見苦しいか)

 

散々それを言い訳にしてきたのだ。どのみち、年齢差が障害になる時間も残り少ない。

ここは、開き直って向き合うのが誠意というものだろう。

 

(まぁそれも、戻ってからの話だけど……)

「り、立香……?」

「?」

「腰、抜けちゃった……」

 

力なく笑うフェイトにつられて笑いながら、まだまだ軽いその身体を抱き上げる。あまり意味はないとはいえ、地道に鍛えてきた甲斐はあったらしい。

抱え上げた身体はまだ震えていて、こんなものを背負わせてしまったことも含めて責任を取るべきなのか、それともむしろそれは失礼なのか、割と真剣に悩む立香であった。

 

その後、無事にシャドウ・ボーダーに戻り、さらにスペース・ボーダー、続いて元の世界へと帰還を果たした。アインスは数ヶ月後に意識を取り戻し、カルデアも今回の功績で反対勢力からの声も小さくなった。

善いことは多かったが、代わりにしばらくの間フェイトは体調を崩すことに。

 

当初は食事も喉を通らないほどだったが、無理もあるまい。

優しく繊細な彼女に、最終的なことは不確実とは言え“一つの世界(宇宙)とそこに生きるすべての生命、そしてすべての歴史”を自分の手で消し去ったかもしれないという事実は、あまりにも重すぎた。

 

幸い、立香の手料理なら割と食べられたので、徐々に回復していくことに。

まぁ、実母と義母から嫉妬されたり、頑張ってクオリティを挙げたら「もっとこう…食材の良さがぼやけた感じで」と注文を付けられて凹んだりもしたが。

 

何はともあれ、世界はまだまだ続いていく。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

“ゆりかご”外縁部。

全てが終わり、なおも辛うじて命を繋いだオリヴィエたちはそこで三人肩を寄せ合って空を見上げていた。

 

「クラウス、空は……ちゃんと青いですか」

「ええ、間違いなく」

「リッド、そこにいますか?」

「はい。ここにいますよ、ヴィヴィ様」

 

呼びかければ返ってくる声に、知らず頬がほころぶ。たったそれだけのことが、こんなにも嬉しい。

 

「……彼らは、強かったですね」

「はい、本当に」

「味方の間は頼もしかったが、敵に回すと恐ろしい限りだ。オリヴィエはよく、一歩も退くことなく迎え撃てたものだ」

「ふふふ、そうですよ。私、実はこう見えて結構強いんです」

 

おどけて見せれば、「こら」と言ってクラウスが額を小突いてくる。かつてはお互いに立場もあってこんな真似はできなかったが、今となっては気にすることもない。

あの頃も、実はこうした戯れをしてみたいと、密かに思っていた。遠い昔に置き去りにしたはずの夢が叶ったことには、感慨深いものがある。

どれほど望んだところで、叶うことなどないと思っていたのに……。

 

「凄い人ですね、彼は」

「立香のこと、ですね」

「……そうだな。軽んじているつもりはなかったんだが、敵対してはじめてわかったよ」

 

藤丸立香の重要性を、彼らは理解していた。だからこそ、彼の存在がサーヴァントたちにとってのアキレス腱であることも。

故に、敵対した際には容赦なく彼を狙うつもりでいた。正々堂々など片腹痛い、明確な弱点があればそこを突くのが兵法というものだ。姑息でもなんでもない、むしろ戦う相手への敬意の現れだ。

もちろん、容易に立香を討てるとは思っていなかった。弱点であることは彼らの方がよくわかっている以上、全力で守ろうとするはず。むしろ、守るために動きが乱れることを期待していたという方が正しい。

しかし、蓋を開けてみれば……

 

「彼は、守られ慣れていた」

「うん。どうすれば味方が守りやすくなるか、どこにいれば邪魔にならないか……それを知り尽くしていた動きだったね、アレは。その場の思い付きやヒラメキなんかじゃない、正しく経験の賜物だ」

 

ただ漫然と立っているのではなく、守られることに甘んじるのでもなく、自分にできる精一杯を彼は惜しまなかった。

近すぎれば足手まといになるし、離れすぎればいざという時に守れない。なにより、一瞬たりとも目を逸らさず機を伺っていた。疲弊していたとはいえ、それでも立香の動体視力では影を追うことすら困難だったろう。にもかかわらず、「できない」と諦めず、「無理だ」と投げ出さず、支援(サポート)のタイミングを計り続けていたのだ。確実に成功させるため、彼の命など容易く呑み込んでしまえる“暴力の嵐”に近づいて。

仲間全員の性格と能力を熟知する…だけでは足りない。加えて、仲間同士の関係性すらも把握し、なおかつ全幅の信頼を寄せてはじめて可能になる。彼がやっていたのは、そういうことだ。

 

その結果、あと一歩というところで支援術式が致命の一撃を回避せしめ、強化術式によって防御は破られ、拘束術式(ガンド)が最後の一押しとなった。

最後の瞬間までできることを探し、目の前の現実から目を背けず、足を引っ張るまいと足掻き続けた。彼もまた、懸命に戦っていたのだ。

 

(私たちでは、想像することもできない世界なのでしょうね)

 

儚く脆い身体で立ち向かう……卓越した力を持つが故に、三人には決して理解できない領域。

およそ、才気などまるで感じない男だった。リッドの言う通り、経験の賜物なのだろう。だがだとしたらそれは、いったいどれほどの量と密度の果てに至った境地なのか。

 

―――恐るべき“破壊の渦”を前にしながらも前を見据え

 

―――確実にサポートを成功させられる間合いの見極め

 

―――邪魔にならない距離を保つべく考え続け

 

―――刻一刻と変わる守るに易い場所に駆け

 

―――仲間を助けるため、失敗を恐れず踏み出す

 

全て、彼が身体で覚えてきたことなのだろう。

何度も失敗して、何度も傷ついて、膨大な繰り返しの中それでも腐ることなく試行錯誤を続けてきた。そうして、この二人が敵対するまでその特別さに気付かないほど自然な立ち回りを、彼は身に付けたのだ。

 

少しだけ、二人が羨ましい。できれば自分も、彼を背に戦ってみたかった。それはきっと、とても誇らしかったに違いない。

 

「……………ごめんなさい。最後まで、二人を私の我が儘に……」

「はは、何をいまさら」

「ええ。それに、我が儘というなら僕たちも同じです」

 

オリヴィエの謝罪を笑い飛ばし、二人で間に座るオリヴィエの肩に手を添えて抱きしめる。

 

「ああ、やっとだ。やっと、君を取り戻すことができた」

「結局、僕たちはそれでよかったんですよ。それだけで、良かったんです」

 

だからもう、置いてどこかに行ってしまわないでくれと。言葉にしなくても伝わってきた。

 

「……まったく、二人ともいくつになっても子どもなんですから」

「君と違って、300年の間ほとんど寝ていたからな」

「圧倒的に年下ですから、仕方ありません」

「もう! 私だって意識がなかったのは同じなんですからね」

 

失礼な物言いにプリプリ怒って見せるが……すぐに笑いがこみあげてくる。

最後になって思い返すのは、あの幸せだった四年間のこと。

 

「ああ、本当に…あの頃に戻ったようです」

「「……」」

「ねぇ、クラウス、リッド。

 ありがとう、私を迎えに来てくれて。今だから言いますが、本当は“ゆりかご”になんて乗りたくなかった。“王様”なんてどうでもよかったんです。私はただ、あの日々が少しでも長く続いてほしかった。でも、それはどうやっても叶わなくて。ならせめて、二人やみんなが穏やかに生きられるようにって……ダメですね。

 それで二人を悲しませることまで、全然考えが回っていなかったんですから」

 

あの時はそれが最良だと思った。でも、本当にそうだったのだろうか。

いや、それすらももうどうでもいいことだ。今ここにある温もりこそが、己が人生のすべてだった。

 

「私は、幸せです。二人に囲まれて逝ける。誰がなんと言おうと、私は世界で一番幸せです」

 

ああでも、こんなことなら……目を潰してしまわなければよかった。

そうすればきっと二人と空を見て、二人の顔を見ながら眠ることができたのに…それが、少しだけ……残念。

 




そういえば、「鉄腕ア〇ム」関連の品とかサイン色紙を触媒にしたら“マンガの神様”が召喚されたりするんだろうか? 作家系サーヴァントがありなら、いける気がするんだよなぁ。まぁ、作中に出てくることはないでしょうが。

P.S
活動報告に本作のちょっとしたお遊びを挙げたので、気が向いたら見て下さい。

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