魔法少女リリカルなのは Order   作:やみなべ

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完結後の番外編…みたいな何か! 自分でもよくわからん!


「終わらない日々」
リンディ・ハラオウンの場合


―――色々聞きたいことがあって来たんですけど……とりあえず一ついいですか?

 

ふふっ、何かしら? 一つと言わず、何でも聞いてくれていいのだけど……。

 

―――さっき、エイミィさんはクロノさんをどこへ引きずっていったんですか? なんというかこう……すごく味のある顔をしてたんですけど。

 

ああ、そのこと? ちょっとお友達のお店に遊びに行っただけよ。

 

―――翠屋ですか?

 

とは別の、綺麗なオネエさんと遊べるお店♪

 

―――(えっ……でも、カレルとリエラもいたよね? そんなところに連れて行っていいのかな?)

 

大人になってから自分の世界を広げるのは難しいわ。どうせなら、小さいうちから多様な価値観に触れておいた方が良いもの。例えば、ヴィヴィオ(あなた)がカルデアで経験したようにね。

それに今は営業前(日中)、お店の準備の邪魔にさえならなければ問題ないでしょう。なにより、気の良い人たちだから心配はいらないわ。

 

―――は、はぁ……まぁ、リンディさんが良いって言うなら良い、のかな? クロノさんくらいの立場の人ならそういうお店に行くこともあるのはわかるし…いやでも、普通奥さんと子ども連れで行くかな? というか、なんでわざわざ海鳴のお店? どういう接点なんですか?

 

立香君の紹介♪

 

―――はい?

 

昔、まだカルデアが浮上する前に偶にバイトしてたことがあるのよ。

 

―――……ウェイターとかでもやってたんですか?

 

そう言ったお店だと“ボーイ”や“マネージャー”かしら。そういうのもやってたらしいけれど、あのお店だと専らホール担当だったはず。

 

―――? ? ? 立香さん、男の人ですよね? それなのにホールで何やるんですか?

 

一緒に食事をしたりお話ししたり、かしら? 私もあまり詳しくないから、今度エイミィかクロノにでも聞いてみましょうか。

 

―――ま、まぁ、機会があれば……。

 

それで、今日は何を聞きたかったの?

 

―――と、そうでした! 割と衝撃的なお話ですっかり忘れてましたけど、それはともかく。フェイトさんに立香さんとのことでアドバイスしてたのは、主にリンディさん、であってるんですよね。

 

一応そういうことになるかしら? でも、割と色々な人が首を突っ込んだり口を挟んだりしてたわね。エイミィに桃子さん、忍さんも良く“相談に乗る”って口実で押しかけてたわ。アレは……楽しかったわねぇ♪

 

―――(なんか、アドバイスついでに揶揄われまくるフェイトさんが目に浮かぶ。苦労したんだろうなぁ……)

 

だってあの子(フェイト)ったら、見ててすっごく分かりやすいんですもの。

私たちが口にしたことをイメージして、赤くなったり赤くなったり、やっぱり赤くなったりして……。

 

―――(赤くなってばっかりだ!? きっと、無茶ぶりに近いことも一杯言われたんだろうな……でも、照れたり恥かしがったりするフェイトさんを見たい気持ちもよくわかる。凄くよくわかる。だって私も見たかった!)

 

あの子のことだから、たぶん提案したうち半分も実践できなかったと思うのよねぇ。

まぁ、私たちも悪ノリしたことは否定しないけど。忍さんなんて少女漫画や恋愛小説引っ張ってきて、それはもう楽しそうに焚きつけてたものよ。

 

―――……ちなみに、どんなことを?

 

そうねぇ、例えば……夜、は年齢的にちょっと無理があったから夕方の観覧車に二人っきりになって寄りかかったりとか、真冬に少し薄着で寒そうに振る舞って見せたりとか、満員電車乗って守ってもらったりとか。

 

―――……本当に真剣に相談に乗ってたんですか? なんというかこう……“面白そう”なのをとりあえず実践させようとしているようにしか……。

 

もちろん真剣に考えたわ。……まぁ、多少羽目を外したことがないわけじゃないけど。

 

でもね、告白せずに好意だけをアピールし続けるってなると、“雄弁過ぎる”くらいじゃないと。

 

―――それ、前にチラッと聞いた時から不思議だったんですけど、どうしてそんな面倒なアプローチを?

 

まぁ、色々と理由はあったのだけど、一番は“関係をはっきりさせない”ためね。

 

―――ハッキリさせない?

 

一度確定してしまったもの、特に意識的なものを覆すのは容易なことじゃないわ。

10歳という年齢差があったし、小さい頃から知っているということもあって、立香君から見たフェイトはどうしても“子ども”になりがちだった。せめて“異性”、“恋愛対象になり得る相手”として見てもらえるくらいでないと、“告白”したところで結果は目に見えているし、それどころか彼の心を揺らすことも難しい。

 

ただでさえそれだけの“壁”がある状態で、さらに“告白”して“断られる”なんてことになったら、いよいよもって挽回は不可能になる。

 

だからこそ、フェイトが成長するのを待ちつつ、その間に無言のアプローチを続けて彼の意識を変えようとしたわけね。

“恋愛対象になり得る”というところまで来てからが、ようやく本当の勝負というわけ。

 

―――でもそれだと、告白しないうちに立香さんが誰かと…ってこともあり得ますよね。結果的にああなりましたけど、かなりリスクが高かったんじゃ……。

 

そうね。フェイトにも言ったことがあるわ。

 

「勝機があるとすれば、最低でも五年後から。その間決して気持ちを言葉にせず、アプローチを続けなさい」

 

「でも、それにはリスクが伴う。五年経った時、彼の隣にはもう別の人がいるかもしれない」

 

「今勝ちの目がほとんどない勝負をするか。それとも、可能性すらなくなっているかもしれない五年後に賭けるか」

 

ってね。フェイトにとってはどちらにしても苦しい決断だったと思う。

今ならまだ勝負が決まっていない状態で思いを伝えられる。でも、結果はほぼ見えている。だから、告白するとしたら“自己満足”にしかならない。

かと言って、五年後には勝負の場にすら立てないかもしれない。仮に立てたとしても、勝率は決して高くない。

 

それでもフェイトは、少しでも自分の想いが届く可能性に賭けたのよ。

 

―――なるほど。フェイトさん、そんなに……。

 

まぁ、はじめのうちはかなり空回りすることも多かったんだけどね。

はやてさんに誘われて男湯に突撃……は、まだカルデアのことがある前だったかしら。あの子、変なところで羞恥心が薄いというか、性差とかの意識が曖昧だったから妙な大胆さを発揮してたのよ。

 

はやてさん関係なく立香君目当てで男湯にヒョイヒョイ入っていくものだから、相談されたことがあったのよね。

 

―――相談?

 

ええ。なんというか……………目つきの怪しい人たちがいるから気を付けてほしい、って。

 

―――あのぉ、それってまさか……。

 

天然というか世間知らずというか、そんなところのある子だったから周りの目に気付いてなかったのよ。

おかげで、おつかいの帰りとかにね。心配して立香君が気を配ってくれていてよかったわ。

 

まぁ、バルディッシュもついてるし、本当に危なくなったらなんとか出来たとは思うけど…真面目な子ですもの。ギリギリまで魔法は使わなかったでしょうし、場合によっては動転して冷静な対処ができなかった可能性も否定できない。いくら魔法があって実戦経験もあったとしても、異性…それも大人に乱暴に迫られるのは怖いものよ。

それは実戦とは違う恐怖ですもの。無事撃退できたとしても、トラウマになる可能性もある。

そういう意味でも、立香君には感謝しているわ。

 

―――そんなことがあったんですね……。

 

まぁ、代わりに立香君が不審者扱いされて警察のお世話になりかかったりもしたけど。

 

―――(不憫……)

 

間の悪いことに、恭也さんたちに誤解されたりもしたのよ。

フェイトが一生懸命とりなして誤解は解けたのだけど、しばらく黄昏ていたそうよ。

 

―――(そりゃ小さな女の子狙いの不審者扱いされたらなぁ……)

 

まぁ、そんな紆余曲折の末、中学卒業も間近になった頃から立香君の認識も変わったみたいでね。

フェイトも随分と生き生きとするようになって、ほっとしたのも今となってはいい思い出だわ。

 

―――へぇ……でも、ちょっと意外。立香さんのことだから、もっと早い段階で手を打ってきそうな気がするんですけど。

 

打ってきてたわね、フェイトが全力で潰してたけど。

 

―――はい?

 

フェイトたちが中学に上がった頃だったかしら。立香君も“いい加減このままではいけない”と思ったのか、結構直接的な手に出てきてね。

 

―――というと?

 

「フェイトって俺のこと好きだよね」とか。もちろん、その後には断りの文句が続く前提だったんでしょうね。

 

―――うわっ、どストレート!? でも、普通自分からそういうこと言いますか?

 

立香君もかなり悩んだみたいよ、「自意識過剰みたいで嫌だけど……」って。

 

だけど、彼の立場からするとフェイトとの関係に区切りをつけるにはそうするしかなかったんでしょうね。まずフェイトの気持ちが明らかにしないと、断ることもできないんですもの。

 

もちろん、フェイトを嫌ったり疎ましく思っていたりするわけじゃない。けれど、あの子の想いに答えることはできない。

ならせめて、早めに区切りをつけるべきなんじゃないか。

 

彼はフェイトの真剣さを理解していたわ。だからこそ、自分もまた本気で向き合おうとした。傷つけたいわけではないし、どうせなら笑っていてほしい。でも、だからといって曖昧な態度をとるのは不誠実であり、お互いの……特にフェイトのためにならない。そういう、優しさと誠意の裏返し。

“相応しくない”とか“幸せにできない”なんて逃げ口上ではなく、“恋愛対象として見れない”という現実的な視点からのね。

 

―――“相応しくない”とかは逃げなんですか?

 

逃げよ。だって、“相応しい”かどうかなんてだれが決めるというの。能力・年齢・性格・外見・経歴・家柄etc…人を評価する方法はいくらでもあるけど、最後に相応しいかどうかを決めるのは当人の価値観よ。

周りから見てそうは思えなくても、フェイトにとってもそうとは限らない。

幸せだって同じこと。自分にその自信がなくても、相手はただ傍にいられるだけで幸せかもしれない。なら、“幸せにできない”なんて決めつける資格は誰にもないわ。

 

相応しいかどうか、幸せかどうか、それを決めるのは当人だけ。外野、それこそ相手が決めることですらない。

フェイトが相応しいと思えば相応しいのだし、幸せだと思えば幸せなのよ。もちろん、その逆も同じ。

立香君にとってフェイトが相応しいかどうか、フェイトといることが幸せかどうかは彼が決めること。恋愛対象として見るかどうかも含めて、ね。一人の人間として向き合って、それでも恋愛対象にできない。それがあの時点での立香君の見解だった。彼は、それをはっきりと伝えようとしてくれていた。

 

それが断りの言葉であったとしても、そればまぎれもなく誠実な対応だったと思う。

 

―――そこまではっきりしてたのに、良くフェイトさん立香さんを攻略できましたね。

 

そうね。立香君もあまり詳しくは言ってなかったけど一言、“壁を壊された”と言っていたわ。

 

―――壁、ですか?

 

人はだれしも壁を持つものよ。どれほど親しい相手であっても、踏み込んでほしくない領域はある。それは決して不義理なことじゃない。誰もが持つ権利であり、お互いを尊重するための線引き。

本来なら、そこに無理矢理踏み込むのは褒められたことじゃないでしょう。でも、立香さんの場合はその限りじゃなかった。彼が背負うものを分かち合うにせよ、倒れそうになる彼を支えるにせよ、線の内側に入らなければならなかった。

フェイトがそれをわかっていたのかはわからないけど……きっと立香君はどこかで求めていたのでしょうね。倒れそうになる心と体を支えてくれる人を。

同時に、誰も踏み込ませないようにしていた。自分の事情に、巻き込みたくなかったから。

 

―――でも、それならマシュさんが……

 

マシュさんは立香さんの正規サーヴァントとして“守る側”であると同時に、後輩として“支えられる側”だったんでしょうね。だからこそ、彼女に寄りかかるわけにはいかなかった。

 

水臭いと思うかもしれないけど、人間だれしもそういうものよ。

 

フェイトにしろなのはさんにしろ、他人の事情には首を突っ込むけど、自分の問題に誰かを巻き込みたくないと考える。それと同じ。“善人”と呼ばれる人こそ、往々にして“ワガママ”なものなのよ。

 

―――……なんとなく、分かります。ところで、立香さんに本音を指摘されてフェイトさんはどうしたんですか?

 

ああ、たしか……「大事な友達だもん、好きに決まってるよ」って全力ではぐらかしてたわね。

 

―――小説とかに出てくる鈍感系主人公みたいなセリフ……。フェイトさんだと、素で言ってそうだけど。

 

他の誰かだったらあるかもしれないわねぇ。なのはさんの鈍感ともちょっと違うけど、あの子も大概天然だから。告白されても「うん、私も好きだよ」ってスルーしてそうね。

まぁ、立香さんの時は明らかに挙動不審で目が泳いでて、どこからどう見ても動揺してたけど。

 

他にも、はっきりと断りを入れようとしてきたのを察して無理矢理関係ない話に逸らしたり、苦しすぎる言い訳で誤魔化したり……そういえば、夜な夜な「友達です!」って言い切る練習もしてたわね。

 

―――なんの練習ですか、それ?

 

……「恋人ですか?」って聞かれた時の対策、らしいわ。

まぁ、あの頃は年齢的にちょっと苦しかったから活かされる場面はなかったようだけど。

 

―――(ああ、さっき言ってた空回りってこういうことかぁ……)

 

ただね、ようやく思いが通じ始めたら始めたで、また面倒な問題が……。

 

―――この期に及んでまだ何かあったんですか?

 

長年の習慣というかなんというか…恥ずかしくなると、癖でつい誤魔化したりはぐらかしたりしちゃうようになっちゃったのよ。それこそ、場合によっては下手なツンデレみたいな対応にね。

その度に「私のバカバカバカバカ……!」と自室に引きこもる様になって……。

 

―――うわぁ……一難去ってまた一難。

 

これには流石にプレシアも頭を抱えていたわね。「我が娘ながら、なんて面倒臭い」って。

まぁ、そのあたりは逆に開き直った立香君が、ね。フェイトが好意を自覚した後、特に中学に上がってからは控えていたけど、その頃には逆に昔以上に甘やかすようになって、スキンシップも増えたのよ。恥ずかしがったり照れたりするフェイトを時に強引に、時に遠回しに、いっそ大人げないくらいに色々やって絡めとってたわぁ~。アレ、フェイトの気持ちが伴ってなかったら犯罪すれすれよねぇ~。

個人的には、彼は彼で誰かに知恵を借りてた気がするんだけど……この件に関してはお互い様かしら。

 

―――は、はぁ……あれ、そういえばプレシアさんと連絡とり合ってたんですか?

 

ん~、一応そういう形になるのかしら? 正確には、アルフを通して立香君のスケジュールなんかをある程度流してくれていたのよ。まぁ、かなりの間プレシアのことは隠されていたけど。

 

―――あ~、だから立香さんと接点を持ち続けられたわけですね。

 

ええ。少しずつ疎遠にしていこうとしていた時期もあったけど、情報を流されたらそうはいかないわ。下手に嘘を吐くと怖い(清姫)もいるしね。

とはいえ、立香君も段々情報を流したり入れ知恵したりしている人がいることには気づいていたみたいだけど……相手が悪いわ。

 

―――本気になられたら、ちょっと手に負えない人が多すぎますよね。

 

私たちだって手玉に取られたんですもの。無理もないというか、当然というか……。

 

―――それって、初めてカルデアと接触した時の交渉のことですか?

 

それもあるけど、その後のことも含めてね。

 

―――その後?

 

管理局とカルデアが額面上とはいえ対等な関係にある理由は知ってる?

 

―――はい。シャドウ・ボーダー…というか、虚数潜航(ゼロセイル)でゲリラ戦されると困るからって。

 

それももちろんあるのだけど……たぶん、実際にはゲリラ戦にすらならないわ。

 

―――どういうことですか?

 

管理局は公的機関ではあるけど、関連企業からの支援や有力者からの寄付をはじめ、その運営には様々な外部の手が入っている。そこを突かれたのよ。

 

―――えっと……。

 

例えば、管理局関連のいくつかの企業の有力、または筆頭株主にギルガメッシュ王をはじめとした何名かのサーヴァントが名前を連ねているの。

他にも、直接管理局と取引はしていない、けど関係企業にとって重要な企業の資本を握られていたりとか、カルデアとは一見無関係に見える有力者を経済的・情報的に影響下に置いていたりとかね。

 

万が一カルデアとの関係が悪化すれば、管理局体制が破綻する……とまでは言わないけど、まったく関係ないところから大きく揺さぶられるのは想像に難くないでしょう。管理局にとってカルデアは、勝手に解体するその日まで極力手を出したくない存在なのよ。

 

―――なんでまた、そんなことに?

 

サーヴァントの戦力に惑わされた、その一言に尽きるわ。

戦闘可能なサーヴァントであれば、その戦力は最低でもAA以上。トップサーヴァントともなれば、オーバーSですら厳しい相手よ。

 

―――そういえば、この前の“お祭り”でシグナムさんとカルナさんが戦ってましたけど、惜しいところまでは行ったけど勝てませんでしたもんね。

 

あの二人の場合、噛み合い過ぎる…というのもあるでしょうね。近接戦のスペシャリストでありながら遠距離攻撃もできて、炎熱を得意とし、飛行もできる。スピードならシグナムに若干分があるのだけど、何しろ硬すぎるわ。直撃しない限り、紫電一閃でもほとんどダメージを負わないほどですもの。

 

―――火力もいい勝負ですしね。ファルケンと梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)がどっこいくらいでしたっけ。

 

カルナさん一人に魔力供給を絞れば、その限りではないらしいけど……互角に戦えているだけじゃ、ダメージ量の差からジリ貧になるわ。

加えて、彼の最大火力は梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)じゃないのよね。

 

―――日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)、ですか。あれ、槍が顕現した時点でもう溶鉱炉を通り越して人型の太陽みたいになってますし……人間が対抗できる火力じゃないと思うんです。

 

あの一撃を凌ぎさえすれば、鎧のない彼に直接攻撃できるのだけど……。

 

―――アギトとユニゾンして、なおかつ防御を捨てた特攻でようやく僅かに届く……ですからね。かと言って、守りに徹すればまとめて飲み込まれちゃいますし……。

 

ユニゾンした状態なら優勢に進められるけど、それも決定打に欠ける。結果、最終的には日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)との打ち合いになっちゃうのよね。まぁ、その優勢も“燃える三神の衣(すーぱーかるなさん)”を使われたら覆されてしまうのだけど。

彼に限らず、騎士王の聖剣、英雄王の宝物庫、征服王の軍勢etc…どれも手に負えない代物ばかりですもの。

 

そう言った“単純に強力な戦力”に目が行き過ぎて、搦め手の存在に気づけなかったのが痛いわ。

クレオパトラさんをはじめ経済や商売に強い人たちに企業や経済の重要な部分を抑えられ、マタ・ハリさんたち諜報活動に優れていたり変身能力があったりする人たちの暗躍に気付くのが遅れてしまったのよね。

 

―――でも、百貌さんたちのことは知ってたんですよね?

 

ええ、だから警戒はしていたの。ただ、暗殺や破壊工作、機密エリアへの侵入を主にね。

まさか、ハニートラップの達人とでもいうべきスパイとか、性別を自由に変えられる人がいるなんて思わなくて……カルデアはカルデアで積極的に“戦力”をアピールしてくるし、並行して暗殺や破壊活動向きの人たちのことは小出しにして注意を逸らされちゃったのよ。

 

―――なるほど。それで気付いた時には、経済面と情報面でマウントとられていた、と。まぁ確かに、サーヴァントというか英霊の性質を聞くと、そういう方面に強い人がいるって気付きにくいですよねぇ。

 

だけど、気付くヒントはあったわ。作家系サーヴァントをはじめとした、文化面に貢献した英霊たち。彼らのようなタイプがいる以上、戦闘とは直接関係しない逸話を持つ人たちがいる可能性がある。そのことをもっと掘り下げて考えれば、あるいは気付けたかもしれないのに……。

本当に、相手がカルデアでよかったわ。もっと敵対的な組織だったらどうなっていたことか……。

 

―――と、とりあえずですね! 私としては、立香さんの海鳴時代の話が聞きたいなぁって! 色々アルバイトしてたって聞いてるんですが、どんなことしてたんですか?

 

ああ……じゃあ、ちょうどいいし、さっきの話の続きでもしましょうか。

 

―――さっきの話?

 

クロノたちが行った場所について、ね♪

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「…………………………ヤバいな」

 

ちょっと今までにない危機的状況に、流石の彼も手が震える。

猶予は少ない。明日までに何とか状況を打破しないと、いよいよもって大変なことになる。

 

打てる手は少ない。選択肢を選り好みしている場合ではない。くだらないプライドは質屋にでも出してやりたいところだが、それでは一文にもなりはしない。

ならばどうするか?

 

やることは一つ。プライドを捨て、手段を択ばず、最善と思う手を打つしかない。

たとえそれが禁断の、最後の手段だったとしても。

 

「俺には! どうしても! 金が必要なんだ!」

 

そうして彼“藤丸立香”は、禁忌の領域に踏み込む決意をした。

 

 

 

闇の書事件終結から数ヶ月。

ロストロギア「ジュエルシード」に端を発するP.T事件。それから一年と経たないうちに起こったロストロギア「夜天の書」にまつわる闇の書事件。

管理外世界の、それも極限られた地域で立て続けにロストロギア関連の事件が発生したことから、時空管理局は第97管理外世界をある種の“特異点”と認定。東京に臨時の管理局支局を設けることを決定した。

 

とはいえ、該当世界が管理局の手の及ばない管理外世界。公的機関である以上、非合法な手段に出るわけにもいかない。となれば、当然対応を決めたからと言って即座に実施できるわけでもない。

 

交通の便をはじめとしたその他諸々の条件を加味した上で、臨時支局を置く地域を選定。その中から運営するにあたって不都合のない広さや周辺環境を備えた物件を見つけ、怪しまれないようカモフラージュするための設定やバックボーンを整えた上で不動産業者と契約。当然、契約金や月々の賃貸料を払うために口座を設けなければならないし、必要な設備を運び込むために管理局内部との打ち合わせも必須。また、全て管理局側から持ち込んでしまうと不自然に思われる可能性があるので、机や椅子をはじめとした地球でも揃えられる物品は極力現地調達が望ましい。さらに、臨時支局に配属される局員の生活環境も整えなければならず、やることは山積みだ。

加えて、時間的な猶予はあまりない。何しろ、またぞろロストロギア関連の事件が発生するかもしれないという危惧があるからこその、臨時支局設置の決定なのである。可能な限り迅速に準備を整えて臨時支局を稼働させなければならない。

 

そんなわけで、極めて平和的ながらも多忙の極みと言っていい状況に立たされているのが、少し前まで“アースラチーム”と呼ばれていたリンディ・ハラオウンの部下たちである。

臨時支局が設けられる要因となった事件の双方において中心的な役割を担った部隊であり、土地勘や現地の文化などにも通じていることから、この采配は当然のものだろう。ハラオウン家の個人的な都合としても、養子縁組が決まった“フェイト・テスタロッサ・ハラオウン(予定)”のために、地球に生活基盤を置けるのはありがたい。

そのために多少職権濫用したり個人的なコネを駆使したりもしたが、誰の迷惑になることでもないので問題はあるまい。というより、誰も好き好んで管理外世界という(管理世界基準での)僻地に行きたがりはしないのだ。人員選抜の労力が減った分、運用部のレティ提督などからは感謝されたくらいである。

 

とはいえ、限られた時間の中でやらなければならないことが多すぎる。当然、正式稼働して業務が落ち着くまでの間は、碌に休みも取れないくせに遅くまで走り回らなければならず、それこそ“ブラック”の誹りを免れないだろう。

 

そんな過酷な労働環境の中、なんとか本日の予定を消化し終えた執務官補佐“エイミィ・リミエッタ”は、ハラオウン家が入居しているマンション最寄りの「海鳴駅」に到着した。

 

「うわぁ、もうこんな時間かぁ……終電に間に合ったのは良かったけど、フェイトちゃんもう寝てるだろうなぁ」

 

広々としたマンションの一室を借りたはいいものの、部屋が余っていることから同居させてもらっているエイミィだが、ここのところ妹的存在のフェイトとほとんど話もできていない現状には申し訳なさが募る。

理由なんてそれこそいくらでもあるのものの、だからと言って“家族”を蔑ろにするなど言語道断。特にそれが、人一倍“家族”というものに恵まれなかった少女となればなおのこと。しかも、アースラチームの事実上のナンバー3であるエイミィでこの忙しさなのだから、トップと二番手である母(予定)と(次期)兄はさらに上を行く。それこそ、数日にわたって帰ってこられないこともあるくらいだ。実際、エイミィの直属の上司であるクロノはここ数日出張で家を留守にしているし、今日はリンディも帰ってこられないだろう。

 

フェイトは頭が良く、周りのことにもよく気が付き、滅多に我を通そうとしない控えめな少女だ。家族の事情を理解しているからこそ、寂しさなどおくびにも出さずに三人を送り出してくれている。

だが、それを額面通りに受け取ってはいけないことはエイミィをはじめ、家族全員が理解していること。本当は寂しくても、一緒にいてほしくても、あの子はそれを胸の内に秘めて抑え込んでしまう。困らせてはいけない、迷惑をかけてはいけない。今でも十分、自分は幸せなのだから、と。

 

(昔のプレシアも、こんな気持ちだったのかなぁ……)

 

仕事の忙しさから家族との時間を捻出することもできない中、“この仕事さえ終われば”と今は亡きプレシア・テスタロッサは愛娘“アリシア”との時間を夢見て心身をすり減らしながら懸命に働いたという。

その先に待っていたのは、あまりにも救いのない結末だった。愛する者を、心の支えを失ってしまったこともそうだが、大切な存在に“何もしてやれなかった”後悔が、最後の一押しになってしまったのではないだろうか。そう、今は強く思う。

彼女が道を踏み外してしまった気持ちがわかるとは言わないが、少しだけ共感してしまうくらいには。

 

せめてもの救いは、フェイトの寂しさを埋めてくれる存在がいてくれることだろうか。

 

「確か今日は……なのはちゃんのお家にお呼ばれしてたんだっけ。そのまま泊めてもらってもよかったのに……」

 

学校から帰ってからなのは、最近でははやても含めた三人で魔法の練習をするのが彼女たちの日課だ。その流れで夕食をご一緒に…となることも多く、リンディたちが多忙を極める中では本当にありがたい限りである。

しかし、フェイトがそのまま高町家や八神家で泊まることは滅多にない。両家は快く提案してくれているのだが、彼女は家族が帰ってくる家で待つことを強く望んでいる。その理由がわかるだけに、誰もが強く勧めることができないのは無理からぬことだろう。

アルフがいるので、一人孤独に……とならないのは貴重な安心材料ではある。

 

「立香さんなら…もしかしたら泊めさせることもできちゃうのかもしれないけど、流石にねぇ」

 

およそ、フェイトを甘やかすことにかけては右に出るものがいない彼なら、最終的には丸め込んで泊まらせることもできるかもしれない。とはいえ、字面もあれだし、なにより世間の目とか色々考えると相手にも悪いだろう。

というか、彼は彼で割と頻繁に家を空けているので、あまり頼り過ぎるわけにもいかない。どこに行っているのか杳として足取りが追えないのが不安ではあるが、悪事を働いている風でもない。むしろ、それならもっとうまくやるだろう。立香の場合、カモフラージュもほとんどされていないだけに、いくら足取りを完全に消しているとはいえ、不自然すぎて悪手とすら言えるレベルだ。

 

(というか、悪さとかできる人には見えないんだよねぇ……)

 

根の善良さがにじみ出ているというか、よほど追い詰められない限り彼が悪事に手を染めることはありえないだろう。それこそ、生活が困窮して立ちいかなくなる…とかでもないと。少なくとも、楽をするために他者を貶めるような人ではないことだけは、エイミィに限らずリンディからのお墨付きだ。

 

とはいえ、やはりどこで何をしているのか気にならないと言えば嘘になる。彼自身にそのつもりがなくても、騙されたり利用されたり、という可能性はなくもない。

今は忙しいので無理だが、いずれ業務が落ち着いたら合間を見て……いやしかし、地球のアレコレに管理局員が首を突っ込むのも好ましくないわけで……。

 

「そういえば、しばらく留守にしてるんだよね。いったいどこで何をしているのやら、やっぱり探した方が良いかな。フェイトちゃんを寂しがらせるのは私たちも人のことは言えないけど、心配かけさせるのは……ってあれは、クロノ君?」

 

管理局員としての規範と妹を心配する姉の心境の狭間で葛藤していると、少し先の横断歩道の手前で律儀に信号が変わるのを待つよく見知った小柄な人影を発見する。

 

「やっほ、クロノ君も今帰り?」

「エイミィ、君も遅くまでお疲れ」

「いやいや、クロノ君ほどじゃないよ。海外出張ご苦労様」

 

そう、クロノは5日ほど前から遠く英国まで出張していたのだ。

 

「それで、何か問題は?」

「毎日報告は挙げてるでしょ。なにも問題ありませんとも、強いて言えばクロノ君がいない分のしわ寄せくらい?」

「それについてはすまなかったと思ってるよ。でも、どうしても今のごたごたに紛れて済ませておかなければならなかったんだ」

「わかってるって。むしろ、後ろ髪引かれる君を送り出した側ですし? ま、今度翠屋で奢ってくれればチャラにしてあげてもよい」

「……一応聞くが、仕事での埋め合わせは?」

「あ~今日もつっかれたぁ、こんな遅くまで働き詰めで珠のお肌がボロボロだよぉ~」

「わかったわかった。ケーキでもシュークリームでもなんでも奢るよ」

「やた♪ で、どうだった?」

 

それまでのどこか軽い雰囲気を一変させ、真剣な表情を浮かべるエイミィ。クロノも周囲に人がいないのを確認した上で、ゆっくりと口を開く。

 

「……結論から言えば、言質は取れなかった。でも、確約はもらえたよ。提督の人脈や情報網、抱えている重要情報は僕らに引き継がせてくれる」

「事実上の肯定、か。……大丈夫?」

「覚悟して会って来たんだ、当然だよ。まぁ、それでも……間違いであってほしかったというのが本音なのは、否定しないけどね」

「当然だよ。でも、それじゃグレアム提督は……」

「遠からず……引継ぎが終わり次第局を辞するそうだ」

「そっか……寂しくなるね」

「ああ」

 

ギル・グレアム。管理局においてかつては艦隊指揮官、執務官長を歴任した歴戦の勇士。現在は現場から退き、顧問官として勤める人物だ。同時に、クロノの父“クライド・ハラオウン”の元上官であり、彼亡きあとのハラオウン家を影に日向に支え、クロノの執務官研修を担当したりもした恩人。加えて、リンディが所属する派閥“グレアム派”のトップでもある。

本来、リンディはあまり派閥争いや権力闘争に興味がなく、どちらかと言えばそういったことから距離を置いていた身だ。しかし、提督の地位にある以上本来なら派閥争いや権力闘争と無縁ではいられない。彼女がそれらから距離を置けていたのは、グレアムの存在が大きい。彼が後ろ盾となり擁護していたからこそ、彼女は割と自由かつ身軽な立場に身を置くことができていた。

 

本来なら、万難を排して支えていかなければならない公私における大恩人。まさか、そんな人の引導を渡すことになろうとは……。

 

「後悔、してない?」

「……いいや、それはないよ。提督が持っていたものが、僕たちにはどうしても必要だった。フェイトもはやても、管理局で生きる道を選んだ。ならこれから先あの子たちはたくさんの心ない言葉に、辛い現実に晒される。特に、はやてへの風当たりは強いだろう。

 その全てからは無理でも、少しでも守るためには“力”がいる。提督からそれを“奪い取った”と考えるのは傲慢だ。僕たちは“託された”んだ。なら、後悔している暇なんてない。少しでも多くを学んで、この“力”の“使い方”を身に付ける。提督が引退する、それまでの間に。それが、託された側の責任だ。違うか?」

「……そうだね。なら、私も頑張らないとなぁ」

 

そう。本来なら、クロノが闇の書事件の背後関係……士郎が受けた依頼の出所がグレアムであることに気付くことはできなかったはずだ。彼なら証拠は元より、痕跡すら完全に隠蔽することもできただろう。なのにそれをせず、多少時間はかかったものの、クロノは証拠こそつかめなかったが確信と共に彼に行きついた。そして、グレアムの休暇に合わせて管理局を介さず接触したのである。

アポも取らずに訪問したかつての教え子に、グレアムは言ったのだ「及第点だ」と。彼はクロノたちの思惑も、彼がいずれ自分にたどり着くこともすべて見越していたのだろう。正確には、そのための試験だったのだろうが。

 

元々、グレアムの局員人生はもうそう長くはない。伝説の三提督の様に名誉職に就くという選択肢もなくはないが、その場合どうしても影響力は薄まってしまう。どのような道を選ぶにせよ、“管理局員”ギル・グレアムの人生は間もなく終わる。

そうなる前に、彼は闇の書の悲劇の連鎖に終止符を打とうとした。元々は自らの手でやるつもりだったが、古い知己であり、派閥の暗部とも深いかかわりの男のたっての願いもあり、自身は後詰に回り実行役を彼の息子に託すことにした。

 

件の少年は、直接の面識こそなかったが後見人を務める少女に近い立ち位置の存在だった。そんな少年の未来に必要ならばと任せた結果は…いや、過程も含めて彼の予想を大きく覆すものだった。少年が哀れな少女を救うために自らのすべてを投げ打つこともそうだが、なによりも最終的に一人の犠牲者も出すことなく解決したことが。

 

あるいは、その時から彼は決めていたのだろう。自分のすべてを、後に続く世代に託すことを。

だからこそ、罪を告白することをしない。それをすれば、託すものが弱体化してしまうから。

 

「……僕にはまだ力が足りない。もっと上、地位を手に入れなければ託されたものを十全には使えない。だからしばらくは、申し訳ないが母さんに派閥の顔を務めてもらうことになる」

「ってことは、当初の予定通りだね」

「……いや、違う」

「違うって、なにが?」

「僕が引き継ぐのは表の人脈と情報網だけだ。裏の…“暗部”と呼ぶべきものはない」

「え、でもそれじゃ……」

「そちらは士郎が受け持つ」

「どういうこと?」

「僕よりアイツの方が少しだけ早かった、そういうことだ」

 

依頼の出所を知らなかったという意味では彼も同じだったが、そういったことには一日の長があったのだろう。

クロノに先んじて、未だ解かれていない管理局の監視の目をかいくぐって彼はグレアムに接触していたらしい。

元々、クロノは性格的に暗躍や陰謀に向いていない。士郎も別に向いているとは言い難いが、“必要なら手段を択ばない”ことができる人物でもある。少なくとも、クロノよりよほど向いているだろう。

それを見抜いていたからこそ、グレアムはクロノに表の権力を、士郎に裏のコネを託すことにした。一人一人は一人前とは言い難くとも、二人で分担すれば……と、そういうことだ。なにより、二人の目的と利害は一致している。

 

「つまり、クロノ君がそれなりの地位につくまでのうちの派閥は“看板”リンディさん、“実務”クロノ君、“裏方”士郎君の三役体制になるわけか」

「まぁ、そういうことだ。ったくアイツ、いつの間に……」

 

先手を打たれたことが悔しいのか、まだ何やらぶつくさ言っているクロノ。早熟ではあるが、彼もまだ十代半ばの少年だ、エイミィとしてはその姿にはむしろ微笑ましさを覚える。

裏方や汚れ役は士郎が担うとはいえ、それを“当たり前”と思えるクロノではないし、思えるようになりたいとも思わないだろう。きっとこれから、慣れない派閥での折衝や勢力拡大、手回しや根回しに四苦八苦することになる。何より、士郎に色々と押し付けることに苦しむのだろう。ならば、それをフォローして支えてやるのが副官の務めではないか。

 

ちなみに、派閥色が強くなっていくことから様々な企業や組織、名家との接点も増えていくことに。

おかげで、見合い話やらパーティへの正体やらが大幅に増えることになる。仕方がないとは思うのだが、世界によっては舞踏会や社交界のような場もあったりするわけで……。士官学校や訓練校では当然習うことのないダンスや作法に四苦八苦することになり、王族系サーヴァントに色々習うことになるハラオウン家なのであった。

 

「ほ~ら、難しい顔はそこまでそこまで! 今夜は無理でも、朝にはフェイトちゃんに会えるだろうし気持ちを切り替えないと!」

「日付は変わったとはいえ、朝までまだ大分あるぞ」

「それでも、だよ」

「……はぁ、分かった。文句については、次士郎に会った時に言うことにする……って、どこへ行くんだ?」

 

クロノの数歩先を行くエイミィだったが、突如方向転換して路地の方へと足を向ける。

 

「あれ、知らない? こっちからの方が近道なんだけど……」

「そうなのか? いやだが、そっちはその…繁華街だろ?」

「そうだね」

「……夜中の女性の一人歩きもそうだが、繁華街を抜けるというのはどうなんだ?」

「もうクロノ君は心配性だなぁ。海鳴…というか、地球のこの辺りは治安もいいし、そもそも私だって局員の端くれだよ? 最近は美由紀ちゃんに護身術も習ってるし大丈夫大丈夫~♪」

「だが、この間もフェイトが不審者に狙われたというし……」

「まぁ、フェイトちゃんはちょっと有り得ないくらいの美少女だし、そのくせ無防備すぎるところがあるからねぇ。早めに一般常識とか対処法とか覚えてもらった方が良いのは確かかなぁ」

「君だってそう悪くはないだろ」

「おや? おやおやおやおや? もしやクロノ君ってば、エイミィさんみたいな人が好みなのかなぁ?」

「口を開いた途端に色々台無しだが」

「もう! 素直に褒められないのかね、きみぃ! かわいくないぞぉ~!」

「可愛くなくて結構だよ」

 

そのまま「いざって時は守ってくれるでしょ」「非戦闘員を守るのは義務だからね」などと掛け合いを続けながら、結局そのまま路地を通る二人。

そろそろ日付を跨ぐとはいえ、繁華街はまだまだ賑わっている。二人ともどう見ても未成年なので、流石に客引きに捕まったりすることはないのがせめてもの救いか。

 

万が一があっても対処できる自信はあるが、余計なトラブルに引っかからないに越したことはない。足早に路地を通り抜け、また次の路地へ。そんなことを繰り返していると、唐突に壁がせり出した…いや、路地に面した扉が開かれた。

 

「おっとと……」

「大丈夫か?」

「うん、ギリギリセーフ」

「あ、すみませ、ん?」

 

危ういところで足を止めたエイミィたちに気付き、扉の向こうから姿を現した人物が頭を下げる。手には、パンパンになった大きなビニール袋。おそらく、溜まったゴミを捨てに来たのだろう。

暗いのでわかりづらいが、長い黒髪に赤いイブニングドレスで着飾ったその人は女性としてはかなり背が高い。170半ばから180くらいはありそうだ。年齢の割に背が低いことが悩みの種のクロノとしては、ちょっとばかし羨ましくもある……のだが、どうしてこの女性は二人の顔を見るなりそっぽを向いてしまったのか。

 

「……もしや、クロノ君みたいな子が好みで照れてるとかぁ? 良かったねクロノ君、せっかくだからお姉さんに遊んでもらったら?」

「何を言っているんだ。ほら、さっさと行くぞ。明日も早いんだ」

「は~い…っにょわ!?」

「エイミィ!?」

 

奇天烈な叫び声と共に、何かに足を取られて転ぶエイミィ。その勢いのまま女性が持つゴミ袋に思い切りダイブ。

幸い人身事故にはならなかったが、代わりにごみ袋の中身がぶちまけられてしまい路地裏は散々な有様に。エイミィ自身、頭からごみを被る形になってしまっている。

 

「えっと、大丈夫?」

「あ、大丈夫です。特に怪我とかはなさそうなので」

「疲れているんじゃないか? 早く帰って休んだ方が……」

「とりあえず、これどうぞ」

「あ、すみません」

 

顔やら服やらに、何かの汁……多分油や飲食物の残りが掛かってしまっている。量が少ないのが救いだが、それでも気持ち悪いことに変わりはない。エイミィは差し出されたハンカチを有難く受け取り、パパッと顔や服を拭うと、深々と頭を下げた。

 

「ご迷惑をおかけしました。これはちゃんと洗ってお返ししますので……」

「あ、いえ、お気になさらず。そのまま処分してくださって結構ですので。それじゃ、お…私は仕事があるのでこれで!」

 

何やら早口にまくし立ててその場を後にしようとする女性。しかし、よくよく聞いてみると随分とハスキーだ。

というか、妙に聞き覚えのあるような……そう思ってチラッと見上げると、今まであまり注視していなかった女性の横顔が見えた。そしてその横顔が、知り合いととてもとてもよく似ていることに気付き、思わずポロっと……

 

「……立香さん?」

(ビクッ!?)

「は? 何を言ってるんだ、エイミィ。こんなところに立香さんがいるわけないだろ。というか、相手は女性だぞ。流石に失礼じゃないか。すみません、どうも連れが知り合いと見間違えたというか、なんというか……」

 

丁重に頭を下げるクロノだが、その間もエイミィはジッと女性の背中に視線を注ぐ。

まじまじと見て気付いたが、背丈だけではなく肩幅も女性にしてはずいぶんと広い。というか、ショールを巻いて誤魔化しているが、むしろがっしりしていることに気付く。

 

「ごめんなさい。ちょっとこっち向いてもらっていいですか?」

「わ、私、急いでいるので……」

「そういえばさっき、“俺”って言おうとしませんでした?」

「き、聞き間違いじゃないですかねぇ?」

「じゃあ、“お”なんて言おうとしたんですか? というか、ちゃんとこっち見て下さい」

「お、お、お……オレンジジュースって言おうとしたんですよ」

「無理がありますよね。というか、裏声にしててもわかりますから、良い加減こっちを向いてください!」

 

そう、懸命に声を誤魔化しているが、元の声音を誤魔化せるほどではないので会話しているうちに確信は得ていた。この女性…もとい、人物は間違いなく……クロノも、さすがにもう気付いているらしい。

 

「……何やってるんですか、立香さん」

 

いつの間にか正面に回ったクロノにとどめを刺された。彼の目には、ウィッグに加えて化粧を施しているので大分印象が変わっているが、間違いなく藤丸立香の顔が映っていた。

妹分にとって色々と重要な意味を持つ男性が、どうしてこんなところで女装しているのか。色々と聞きたいことだらけであった。

 

「もしかして、女装が趣味とか?」

「断じて違うから!!」

「では、何をしているんですか?」

「うぐっ、それは……」

「とりあえず、この件をフェイトちゃんに……」

「それはやめて! ホントに!! マジで!!!」

 

割と本気の涙目になりながら懇願してくる立香。そりゃまぁ、本当にそういった趣味があるならともかく、そうでないのに女装趣味と思われるのは勘弁してほしいだろう。ましてやそれが、まだ十歳にもならない女の子からともなればなおさらに。

 

「それなら、どういうことなのかちゃんと説明を……」

「リッカちゃ~ん? 何かトラブルかしらん?」

「て、店長!? これは……」

「もぉ~、アタシのことは()()って呼んでって言ってるでしょぉ~ん♡」

「「ぶほっ!?」」

 

中々戻らない立香を心配したのか、彼が出てきた扉からさらに人影。

 

ただし、デカい。

立香よりさらに頭二つ分くらいは高い身長、おそらく2m近い。加えて肩幅は広く、エイミィのウエストほどもありそうな丸太の如く太い四肢。加えて、黒いドレスを引き裂かんばかりに分厚く張り詰めた筋肉が押し上げている。見上げた顔は良く言えば堀が深く、悪く言えばとてつもなく濃い。いっそ劇画ちっくですらある。

 

と、ここまでだとインパクト極大の精神破壊兵器なのだが……よく見るとそればかりではないことにも気づく。

例えば、纏っているドレス。強壮すぎる肉体のインパクトに圧倒されてしまっているが、胸元や背中が大胆に露出し、ふっかいスリットまで入っていながらも、下品さを感じさせない瀟洒なデザインは見事の一言。

さらに、染めたとは思えない見事なキューティクルを備えた長い金髪は、世の女性たちが羨むこと請け合いの美髪の体現。ネオンの光を受けキラキラと輝きを放ち、頭上に天使の輪すら幻視してしまいそうなほどだ。

付け加えるなら、手入れの行き届いた爪にはさりげないながらもまさにアートと呼べる装飾が施され、破壊的な顔面圧に飲まれているものの施されたメイクは一流の仕事。その上、胸元や耳などにあしらわれたシンプルながらも品の良いアクセサリーがひっそりと装飾者を主役として引き立てている。

 

もしこれで中身が並み以上であったなら、間違いなく性別を問わず周囲の耳目を集めること確実だ。

まぁ、その中身(本体)がすべて台無しにしてしまっているわけだが。というか、この格好でカイゼル髭はないだろう。

 

「あら~ん? この子たちは? 二人ともとってもかわゆいじゃな~い♪」

「えっと、その……」

「あ、みなまで言わなくてもわかったわん♪ リッカちゃんのお友達ねん♡ せっかくだし、ちょっとお話してったらどうかしらん?」

「いや、でも、二人とも未成年……」

「や~ね~ん♪ 別にお酒飲まそうってわけじゃないのよ~ん♪ それこそ、席代はロハでいいわ~ん♡ ほら、こういうお仕事でしょ? 誤解されやすいし、それでお友達との関係をギクシャクさせちゃったら悪いじゃな~い♪ だ・か・ら♡ 休憩がてら、少し話を聞いてもらったらどうかなって♪ 大丈夫、誓って不埒な真似はしないわ~ん♡」

 

野太い声でクネクネとシナを作りながら、間延びしてたり「わ~ん」とか「よ~ん」とかついたりする喋り方には、名状し難い圧迫感がある……が、言っていること自体は常識的だった。

 

「……まぁ、店長もこう言ってくれてるし「ママって呼んでってば~ん♪」はいはい。ちょっとだけ付き合ってもらってもいい? あ、悪い人じゃないのはホント、そこは安心してくれていいよ。インパクト強いけど」

「や~ん♪ これは日々の弛まぬ探求の結果よ~ん♡ 女性の(たおやかさ)と男性の(たくましさ)の融合こそ至高の美! 男と女の境界を越えた美しさ、それが私の求めるものなのよ~ん♪」

「「は、はぁ……」」

 

色々圧倒されて、そんな返事しか返せない二人であった。

 

そうして裏口から通されたのは、人目に付きにくい奥まった一角。二人の年齢などに配慮してくれたのだろう。それは純粋にありがたい。

ただ、配慮するというのなら、もっと別の方向に気を配ってほしかったというのがクロノの偽らざる本音だった。

 

なにしろ、右を見ても、左を見ても、行き交うのは煌びやかに着飾った見目麗しかったりゴツくしかったりするオネエさま(男)方ばかり。センスの良いBGMと味わい深いレトロな調度品が落ち着いた空間を演出しているが、木霊すのは妙に野太い女性口調。偶に、ドスの利いた怒号が聞こえる気もしないでもない。

ガワに対する拘りには一切の妥協がないのに、どうして中身はこの有様なのか。いや、女性と見紛うような人もいることにはいる。例えば、ちょうど今目の前で訥々と話してくれている顔見知りとか、似合い過ぎてちょっと怖い。ただ、それを除外したとしても、あまりのギャップにめまいを通り越して気絶してしまいそうだった。

 

とはいえ、ここまで来てしまったからには腹を括らねばなるまい。

可愛い妹(予定)の為にも、ちょっとどういうことなのか明らかにしておかなければならないところでもある。

と思って事情を聴いてみれば、その事情とやらは実にありふれたものだった。

 

「……つまり、お金に困ってこんなことを?」

「うん。その言い方だと罪でも犯したみたいに聞こえるから、表現には気を付けてほしい。言ってることはあってるけど」

 

心外だ、とばかりに顔をしかめる立香。決して女顔というわけではないし、絶世の美形というわけでもないのだが……メイク次第でここまで化けるのかと、割と純粋に驚かされる。正直、勘の良いエイミィが気付かなければ、クロノなど既視感を覚えただけで普通に女性と思っていたかもしれない。それ位には、今の藤丸立香は見事なまでに変身していた。

若干、そういった振る舞いに慣れを感じさせるのが、ますます「そういう趣味があるんじゃないか」疑惑を助長するが。

 

「バイトはどうしたんですか?」

「いや、それが…ここのところちょっとゴタゴタしてて」

「それで家賃の支払い期日間際でありながら、お金を用意できなかったと」

「……うん」

 

見かける時は割とマメに勤労に励んでいる印象があるので、遊び惚けていたという可能性は考慮しない。プライバシーにかかわるかもしれないのであえて踏み込みはしないが、彼がそう言う以上は本当に已むに已まれぬ事情があったのだろうと納得する。実際、本来の所属先の方で「二千年続き、世界統一と永久の太平を実現した“秦”」という“世界(可能性)”を滅ぼすべく、仙術サイバネティクスの粋を集めた中華ロボや己一人を“人”とする皇帝、挙句の果てに“受肉した精霊”などという規格外と、何度目かになる世界の命運を賭けた戦いに臨んでいたのだ。しかも、毒を盛られてタイムリミットが迫っており、加えてある観点でなら“理想的”とも言える世界を滅ぼさなければならなかった。その精神的負荷は、それまでに滅ぼした二つの“世界(可能性)”を上回るだろう。そりゃ、バイトなんかしている暇がなかったのも当然だ。

いや、そもそも異聞帯攻略中は海鳴には全く来ていなかったのでそれ以前の問題なのだが。

 

とはいえ、もちろんこんな事情など話せるわけもなし。

しかしそうなると、深入りしてこないとはいえクロノからの印象は良くない。彼から見れば、勉学に勤しむわけではなく、かといって定職就こうと努力するわけでもなく、その日暮らしをしながら割としょっちゅう行方をくらましているのだ。

 

(う~ん……客観的に見ると、我ながらどうしようもないダメ人間っぷり。保護者として、クロノが渋い顔をするのも当然だよ。むしろ、フェイトもよく愛想をつかさないよなぁ。というか、良く関わるのを認めてくれてるよ)

「でも、なんでまた“オネエBar”なんです?」

 

ちょっと本気で凹みそうになっているところに、エイミィの問いで気持ちを持ち直す。

 

「いや、家賃の期日までホントに時間がなくてさ。店長なら「ママって言ってるのに~!!」……」

(この喧騒の中でよく聞こえるな)

(すごい地獄耳……)

「……ま、ママなら日払いOKどころか先払いもしてくれるし、そもそも時給が良いんだよね」

「ちなみに…おいくらですか?」

(……パッ)

 

無言で片手を“パー”の形で広げる。驚くべき高時給だ。というか、下手な武装局員より高いのではないだろうか?

 

「うわっ、スゴ……」

「まぁ、その分結構遅くまで拘束されるし、なにより……」

「なにより?」

「精神的に、ね」

「「あ~……」」

 

元々そういう趣味の持ち主や精神性の人ならいざしらず、一般的な男性の感性からすると、お客になるならともかく従業員側になるのはキツイだろう。だからこそ、立香もぎりぎりまでこちらのお店のお世話になろうとしなかったのだ。逆に言えば、今の彼の懐事情はそれ位に追い詰められている。

あと、ママこと店長が非常におおらかな人なので、勤務できる時に入れば良いと言ってくれるのもありがたい点の一つだ。

 

「……それなら、もっと他になかったんですか?」

「家賃だけならまだしも、光熱費とか水道代その他諸々あるし、まとまったお金が必要だったんだよ。

 そうなるともう借金するか、あとは……」

 

工事現場やイベント会場などをはじめとした日雇いのバイトの他にも、内職だったり、昔取った杵柄で漫画家のアシスタントだったりといった選択肢もあるが、どれもこの窮状を打破するには弱い。

そのため、どうしてもクセの強い仕事に頼らざるを得なかった。ちなみに、そういった方向性の中でも、これは割とまともな仕事だったのだ。なにしろ……。

 

「他にもあるんですか?」

「……知り合いの若頭に危ない仕事を斡旋してもらうとかかなぁ」

(どういう交友関係してるんだ、この人は!?)

(確かに、そういうのに比べればまだマシかなぁ……)

 

アクと個性の塊ともいうべき“英霊”達に揉まれてきたおかげか、今更ヤのつく自由業くらいで物怖じしたりはしない。なんだかんだで仲良くさせてもらっているので、いざとなれば頼るのも選択肢のうちだ。まぁ、あまり頼り過ぎない方が良い相手なのも理解しているので、本当に最終手段なわけだが。

流石に、非合法すれすれの薬の運び屋や売人は勘弁してもらいたい。

 

「というわけで、この件はフェイトにはどうか内密に……」

「……わかりました。僕たちとしても、フェイトにいらない心配は賭けたくありませんからね。エイミィもそれでいいな?」

「オッケー。ところで……」

「「ん?」」

「ちょっとお店の中とか見学してもいいですか? こういうところ初めてなんで、ちょっと興味が……」

「君なぁ……明日も早いんだぞ」

「わかってるけどさ、ちょっと! ホントにちょっとだけだから!」

 

両手を合わせて頼み込むエイミィに、クロノは渋い顔をしつつも立香に視線を向ける。助けを求めたつもりだったのだが、立香はむしろ率先して店長に許可を取り付けに行ってしまった。まさか、いっそのこと巻き込んでしまえ、などという思惑などなかったと思いたい。

それはともかく、気の良い店長はエイミィのお願いを快諾。むしろ、「理解を広める草の根活動よ~ん♪」と超ノリノリ。従業員の皆さんも二人(主にクロノ)に興味津々だったらしく、ドレスと筋肉でもみくちゃにしながら大盛り上がり。具体的には、場の雰囲気に乗ることのできなかったクロノが、「可愛い子、食べちゃいた~い!」「オネエさんと禁断の扉、開いてみる?」と迫られる羽目に。

 

助けを求めようとするも、エイミィはエイミィでオネエさまたちと意気投合してしまうし、立香も煽る側に回るものだからストッパーが不在となってしまったのが悪かった。

一時間後、這う這うの体で店を後にしたクロノは、ちょっと過去に類を見ないほど憔悴しきっていた。逆に、エイミィは激務の疲れが吹き飛んだかのように艶々していたが、楽しいひと時が良いリフレッシュになったのだろう。以降、エイミィはそれなりに彼(彼女?)らと懇意にし、店の皆さんも二人を痛く気に入ったようで色々と世話を焼いてくれるように。

 

それは二人が結婚し、二児を設けてからも変わらない。

むしろ、忙しい時に子守をしてくれたりもしている。

 

「久々の休暇だね、クロノ君」

「ああ。と言っても、せいぜい一日だけど」

「そっか。それじゃ遠出も難しいか……」

「いや、何ならドライブでもハイキングでも……」

「せっかくだし、久しぶりに顔出してこよっか」

「………………また行くのか?」

「またって言っても半年ぶりでしょ。それに、私が妊娠している間とか」

「ぐっ」

「クロノ君が長期任務で空けている間の育児のこととか」

「それは……」

「色々お世話になってるんだけどなぁ~」

「……………………………………………………わかった、行こう」

「うんうん。お世話になってるんだから、せめて感謝の気持ちくらいちゃんと伝えないとね~」

「だが、子どもたちの情操教育的にどうなんだ?」

「むしろ、多様な価値観に触れるいい機会と思うべきじゃない?」

「それは、そうかもしれないが……」

 

ヴィヴィオが来訪する少し前、ハラオウン夫妻の間でそんな会話があったとかなかったとか……。

 

 

 

それから数日後、立香はフェイトに伴われて海鳴の町を歩いていた。

 

「神社?」

「うん。山の上の神社で美由紀さん…なのはのお姉さんの友達が巫女さんやってるんだ。美由紀さんもおそろいの服を着てお正月に手伝ってた。白と赤の着物で、巫女装束って言うんだよね」

「……」

「どうかした?」

「いや。巫女さんが着るから巫女装束なのか、それとも巫女装束を着るから巫女なのか……」

「? やっぱり、巫女さんの服を着るから巫女なんじゃないの?」

「う~ん、“私そのものが巫女なのです! (巫女)が着るから巫女服! 水着でも巫女服、制服でも巫女服。ええ、何の不思議もありません!”とかめちゃくちゃなことを言う知り合いがいてね」

(意味は分からないけど、何だかスゴイ自信!?)

 

そもそもどうして二人が山の上の“八束神社”を目指して歩いているかというと、簡単に言ってしまえばクロノに先日のことを秘密にする借りを返すよう要求されたからだ。

まだ当分はフェイトに寂しい思いをさせることになる。そこで、しばらく振りに姿を見せた立香に、その寂しさを埋めさせようとしたわけである。立香としても、それでフェイトの気が紛れるのなら安いもの。二つ返事で請け負った。

そして今朝、出かけるにあたって行きたいところはないかと聞いて帰ってきた答えが、八束神社への参拝である。

 

「行きたい場所はわかったけど、なんでまた?」

「えっと、この前話してくれたでしょ。ほら、日本では元々は神様じゃないものも祀って、神様にしちゃうって」

「ああ、したした」

「それでね、そこの神様がどんな神様なのか教えてほしくって」

「それは構わないけど…その巫女さんに聞くんじゃだめなの?」

「立香の話って面白いから、君の言葉で聞きたいなって…ダメ、かな?」

 

まだまだ遠慮があるらしく、上目遣いに尋ねてくるフェイトに苦笑が浮かぶ。答えなど、決まっているというのに。

 

「俺でよければ喜んで」

「うん、ありがとう」

 

はにかみながら礼を言われれば、立香としてもまんざらではない気持ちになる。

人にものを教えられるようなご身分ではないが、それでもフェイトが話してほしいというのならいくらでも。

 

「だけど俺の話ってしょっちゅうわき道に逸れるから、あんまりタメにならないんじゃない?」

「そ、そんなことないよ!」

「でも、もっと教えるのが上手い人もいるし……」

 

そう言われてフェイトの脳裏をよぎったのは、実母の使い魔と発掘を生業とする一族の出の友人。

二人とも教えるのが上手く、的確に要点をまとめたその内容はとても分かりやすいものだ。その点で言えば、確かに立香の話はあっちに逸れ、こっちに逸れ、の繰り返しで要領は良くない。

ただ、その脇道に逸れた話が面白いのだ。面白いから興味が湧き、ふとした拍子に調べてみて気付くと頭に残っている。結果、気付くと必要な知識が雑学も込みで習得している。彼の話とはそういうものなのだ。なにより……

 

「確かに立香より教えるのが上手い人はいるよ。でも、私は立香の話を聞くのが好きなんだ。教わった以上に世界が広がるっていうか、偶にすごく臨場感があるというか……自分がその時代、その土地に行ったみたいに感じる。それって、やっぱり凄いことだと思う」

「そっか……」

 

嬉しそうに語る彼女の頭を、立香も自然笑みをこぼしてそ撫でる。すると、照れながらも気持ちよさそうにはにかむフェイト。

さもありなん。およそ藤丸立香ほど多様な時代、多様な土地を旅した者は稀だろう。千年前の風景も、神代の時代の人の営みも、船に乗って大海を渡る船乗りたちのバカ騒ぎも、あったかもしれない可能性(セカイ)も、その目で見てきたのだから。

 

そうしてとりとめのない話をしているうちに、目当てのお山が見えてきた。二人はゆったりとした足取りで長い階段を上っていくが、少し強めの風が吹いて足を止める。

 

「ああ、良い眺めだ」

「……うん。そう、だね」

 

立香のつぶやきに、フェイトは少し間をおいて同意する。

山の中腹から見える風景は確かに展望が良く、海鳴の町がよく見渡せた。ただその時、フェイトが見ていたのは眼下に広がる風景ではなく、いくらか上にある立香の顔だった。

 

(ねぇ、立香。君は気付いてる? 空や風景の話をする時、君はいつも少しだけ苦しそうな眼をしているんだよ)

 

表情は穏やかなのに、眼の奥に複雑な光を宿していることに気付いたのはいつからだろうか。

希望と悲嘆、絶望と悔恨、決意と葛藤……それら様々な感情がないまぜになり、一言では言い表せない混沌とした光。一滴の涙も零しはしないが、フェイトには彼が泣いているように見えることがある。

 

(聞いたら、応えてくれるかな?)

 

聞こうと思ったことは一度や二度ではない。だがその度に、フェイトは口を噤んでしまう。隠し事をしているのは自分も同じ。そんな自分に、彼の心の奥深くに踏み入る資格があるのだろうかと思わずにはいられない。

なにより、怖いのだ。聞いて、知って、何もできないかもしれないことが。

だから、フェイトはいつもそんな自分の気持ちに蓋をして、ほんの少しだけ勇気を振り絞る。

 

「さ、もうすぐだから行こう!」

「はいはい」

 

立香の手を取り、引っ張る様にして階段を駆け上がる。

彼が苦しそうな眼をしている時、こうして我が儘を言ったり甘えたりすると目の奥の光が薄れることを、フェイト自身はっきりと意識しているわけではない。

それでも、無意識的に立香の変化を感じ取っているからこそ、彼女は自分にできる精一杯の我が儘を口にするのだろう。

 

(どうしたら、君は笑ってくれるのかな?)

 

少しでもいい、立香に笑っていてほしい。

大好きな友達(ヒト)が苦しそうにしているのを見たくない。

それは誤魔化しなのかもしれない。何の解決にもなっていないのかもしれない。

それでも、彼がこの一時その苦しさから解放されるのなら……。

 

(ああ…どうして私は、こんなにも小さいんだろう)

 

自分がもっと大きければ、彼と並び立てるような年齢であったのなら……。

もしそうであったなら、苦しさを分かち合うことができたのだろうか。

分かち合うことができたなら、立香を支えることも、救うこともできるのだろうか。

 

考えても答えは出ない。

ただ、自分の小さな手が口惜しい。

幼いこの身が、どうしようもなく歯がゆく感じてしまう。

かつて何も聞かずに支えてくれた立香に何もしてやれない自分の無力さが、悲しくて堪らない。

だから、せめて……

 

「フェイト?」

「ほら、見えてきた! 頑張って!」

 

せめて笑おう。彼が心配しないように、彼がほんの少しでも苦しさを忘れられるように。小さく幼い今の自分にできる、精一杯を。

 

階段を上り切った先には、時代の流れを感じさせる…だが手入れの行き届いた社が佇んでいた。

 

「狛犬じゃなくて狐ってことは、稲荷系かな?」

「コマイヌとイナリ?」

「狛犬っていうのは、簡単に言うと番犬みたいなものかな。入口の両脇で神聖な場所を守ってる石の犬というか、獅子というか……あ、角もあったりするんだよね。イメージするなら、家の前で不審者を威嚇するアルフとザフィーラ」

「ぷっ! な、なるほど……それは、悪い人は入ってこれないね」

「そうそう。で、稲荷っていうのは……あ、もしかしてここって本物の狐がいたりする?」

「うん、いるよ。久遠って言って、なのはの友達」

「じゃあ、その子もここの守り神みたいなものかな」

「そうなの?」

「うん。そもそも稲荷っていうのは……」

 

そのまま経験を絡めたうんちくを披露する立香。まぁ、もっぱらカルデアの良妻狐やキャラがぶれまくりなキャットの話になりがちで、フェイトからすれば意味不明な部分も多かっただろう。

まぁ、それでもおかしそうに笑ってくれているなら何より。

 

そんなやり取りをしながら参拝を済ませると、社の裏手から砂利を踏みしめる二種類の音が聞こえてくる。

 

「あら、どなたかいらっしゃってるんですか?」

「くぅ~ん」

 

姿を現したのは、亜麻色の髪を背中の中ほどまで伸ばしたおっとりした顔立ちの巫女さん。その足元には、那美の足に隠れる小さな子狐の姿もある。

見知ったフェイトがいることからできたいのだが、見知らぬ男性がいるから出るに出られない…といったところだろうか。

 

「ああ、フェイトちゃん。いらっしゃい」

「那美さん。お邪魔してます」

「今日はなのはちゃんは一緒じゃないの?」

「なのはは翠屋のお手伝いに。今日は立香…この人が八束神社に来たことがないって聞いて案内してたんです」

「そうだったの。初めまして、ここの管理をしている神咲那美で……」

 

立香に向き直り挨拶しようとしたところで、那美の口が凍り付く。大きく見開かれた目、蒼白な顔色、反射的に震え出す身体。まるで、有り得ないものを目にしたかのような反応だった。

よく見れば、それまで並の後ろに隠れていた久遠がいつの間にか並の前に立ち、まるで彼女を守るかのように毛を逆立たせている。

 

「えっと、那美さん?」

「ウ―――――!」

(あれ? 俺、この人とどっかであったことあったっけ?)

 

予想外のリアクションに、立香も困惑の色を隠せない。特に思い当たる節もないのだが、この反応はいったい……。

などと思っていると、唐突に那美の身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

「…………………はぅ」

「那美さん!?」

「クゥッ!?」

「ちょっ!?」

 

地面と激突する前に、辛うじて抱き留めることに成功するものの…正直状況はさっぱり。

相変わらず子狐は立香に警戒心むき出しだし、那美も完全に気絶してしまっている。

フェイトの方をちらりと見れば、彼女も訳が分からず目を白黒させている。

 

(弱ったなぁ……)

 

救急車を呼ぶべきか、それとも境内で休ませて様子を見るべきか。

外傷らしきものはないが、原因がわからないことには軽々に判断できない……と思っていると、子狐こと久遠がゆっくりと立香との距離を詰めてくる。立香への警戒心より、那美を心配する気持ちが勝ったのだろう。

慎重な足取りで近づき、立香の間近まで来て心配そうに那美の様子をうかがう久遠。だがそこで、何かに気付いたのか、弾かれたように立香の方を見上げてくる。

 

(えっと、どういうこと?)

(さ、さぁ?)

 

そのまま“クンクン”と立香の匂いを嗅いだかと思うと、唐突に警戒を解いて彼の肩の上に。今度はそこから心配そうに那美のことを見下ろす。

初対面の立香は当然知らず、なのはを介して一応面識があるとはいえ付き合いの浅いフェイトもよく知らないことだが、本来久遠は臆病というか警戒心が強いというか、中々人との距離を詰めてこない。最初の様に警戒心を露わにするというのは珍しいが、それでも人との触れ合いに積極的な方ではない。

そんな久遠が、あれだけ警戒していたのに途端に態度を翻すというのは本来なら有り得ないことだ。まぁ、二人ともそれがあり得ないことだと理解していないわけだが。

 

「とりあえず、境内に降ろして様子を見ようか」

「うん。私、冷たいタオルとか持ってくる。久遠、場所教えて」

「くぅん!」

 

そのまま久遠を伴って裏手に向かうフェイトだが、ふと疑問に思う。

 

(あれってつまり、あの狐が案内するってこと? 狐って、そんなに頭いいんだっけ?)

 

生憎、普通の狐を飼ったことがあるわけでもないので、詳しいことはわからない。まさか立香も、あの狐が人間に変化し、言葉を操れるとは思いもしない。

 

その後、おでこによく冷えたタオルを当てて様子を見ることしばし。

一時間と経たないうちに目を覚ました那美は、気絶していたのがウソのように平身低頭していた。

 

「本当にすみません!」

「ああいえ、お気になさらず」

「初対面の人の前で気絶するなんて、なんて失礼なことを……」

「いやいや、体調が悪かったのかもしれませんし、仕方ないですよ。今はとにかくゆっくり休んでください」

「そうですよ。良ければ何か買ってきましょうか? それか、さざなみ寮から迎えに来てもらうとか……」

「大丈夫大丈夫! もう全然元気だから! ね、久遠」

「くぅ~ん」

「……まぁ、それなら」

 

元気さアピールのために力こぶを作って見せる那美だが、その腕にこぶらしきものは全く見られない。

そのまま「少し様子を見ましょうか?」「大丈夫ですから」「でも心配です」「本当に具合が悪い時はちゃんと帰ります」「だけど……」「いえいえ……」「それでも……」などという問答の末、若干後ろ髪引かれながらも八束神社を後にする二人。ただ、その際……

 

「あ、フェイトちゃん」

「はい?」

「…………ううん、何でもない。気を付けて」

「? はい。それじゃ、失礼します」

「お大事に」

 

何を言おうとしたのか気になりはしたが、聞いても応えてくれなさそうだったのでそのまま階段を降りる。

二人の姿が見えなくなった後、人の姿に変化した久遠が那美を見上げながら問う。

 

「いいの、何も言わなくて?」

「……うん。たぶん、余計なことを言わない方が良いんだと思う。少なくとも、今はまだ」

 

霊能力者としてはあまり強力な方ではない那美だが、その時は何か確信めいたものがあった。

 

「なにか、見えた?」

「残念…なのかな。ちょっとよくわからないし、見えたのも一瞬だった。だけど、あの人の後ろに何かとてつもないものが見えた気がする。とても、人一人が背負えるようなものじゃない、そんな何か」

「大丈夫?」

「……わからない。でも、式神とか護法童子みたいな…でも、もっと強力な何かがあの人を守っているようにも見えた。久遠は何か感じた?」

「お母さま」

「え?」

「お母さまじゃないけど、お母さまみたいな匂いがした」

(久遠の? それは、さっきの夢で見た……)

 

気絶している間、少し不思議な夢を見たことを思い出す。

周囲は真っ暗で、見えたのは大人の姿の久遠にどこか似た輪郭の人影と、その奥に輝く太陽のような輝き。

光に誘われる虫のようにふらふらと太陽の方へ向かいそうになっていると、人影が立ちはだかりこういったのだ。

 

「当世の人間にしては、なかなか良い目をお持ちのご様子。とはいえ、それだけでたどり着ける場所でもないはずなのですが……まったく、如何なる縁を辿ったかは知りませんが、命が惜しくばそこから先に行ってはなりませんよ。

その先に鎮座するは、大日如来の荒魂。触れればもちろん、近づくだけでも矮小な人など塵も残りません。

幸い、あなたは私の眷属と契りを結びし御方とお見受けしました。此度はその契りを手繰り、送り返して差し上げましょう」

 

顔すら定かではなかったし、声も気質も久遠とは似ても似つかない印象を受けた。だが、どこか二人に近いものを感じもした。果たしてあの女性は、いったい何だったのか。

 

「それと、一つ助言を。“沈黙は金”と申します。努々、軽率な発言は控えられますよう。良かれと思って零した一言が、かえって紡がれるべきものを妨げることになるやもしれません。くれぐれも、ご注意を」

 

その言葉を覚えていたからだろうか。フェイトに掛けようとした言葉を、寸でのところで飲み込んだ。

あの時那美は思わず口にしそうになったのだ、「本当に、彼と一緒でいいのか」と。なぜそんな言葉が出そうになったのかはわからない。ただ、彼の行く道は平坦からは程遠い、かすかな光明を追いかけるかのような、苦難と罪過にあふれたものである気がした。

だからこそ、思わず問いそうになった。同じ道を歩むことになるかもしれないから。

果たして、言葉を飲み込んだことが正しかったのか否か……。

 

これより数年後、カルデアそのものが此方側に浮上した後、那美は自身の職業柄、久遠は己が存在の在り様から、到底無視できない存在とこの場所でバッタリ出くわしてしまうことになる。

いや、まさか三大化生の断片に遭遇するなど、いったい誰が想像できるだろうか。




海鳴での日々の一幕……なんだけど、まさかこんなに長くなるとは。本当はもっと短いのをいくつか放り込むつもりだったんですけどねぇ。
まぁとりあえず、当分は5章とか新年のアレコレにかかりきりになるはず。ちょっと気が早いですが、本年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。



























と言いつつ、何とか人理の盾の方も更新したいんだよなぁ。
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