独り身には悲しいクリスマス…でも、クリスマス関連の話が固まってしまったので、これはもう出すしかないということで。まぁ、クリスマスそのものの話とも言い難いんですけどね……夏祭りとか絡んでるし。どういうことかは、ご覧になればわかるかと。
―――テオス・クリロノミア…ですか?
そう。いくらカルデアとはいえ、本来ならナノマシンなんて技術は手に余る。
でも、5番目の異聞帯で私たちはよく似たものに触れることになったし、今もストーム・ボーダーをはじめいくつかの場所にはこれが用いられているわ。あなたは知らないでしょうけど、そもそも“ノーチラス”というかネモにこれをぶち込みまくって、その結果“ストーム・ボーダー”になったんだけど。
当然、あるからには利用するために解析する。その過程で色々とノウハウも蓄積していったからこそ、アミティエたちの持っていたフォーミュラ用のナノマシンを即興で弄れたってわけ。
―――はぁ~……シオンさんとダ・ヴィンチちゃんが天才だからじゃなかったんだぁ。
それを否定はしないけど、いくら何でもよく知りもしないものをいきなり弄るのは無理よ。
理論や構造なんかをちゃんと把握すればまだしも、その把握に時間がかかるわけだし。
―――まぁ、そうですよね。あ、でも、そもそもフォーミュラシステムを使うにはナノマシンの量が足りてなかったんじゃなかったでしたっけ。そこはどうしたんですか?
ああ、そのこと? そっちはテオス・クリロノミアで代用したのよ。幸い見本もあったから、両者をリンクさせてテオス・クリロノミアにナノマシンの機能を複写させたわけ。
ま、細かい仕様とか調整のアプローチについてはダ・ヴィンチとシオンそれぞれのやり方に一任してたから、基本構想は同じでも大分違う結果になったみたいだけど。
―――そうなんですか?
大雑把に言ってしまえば、ダ・ヴィンチがはやてに施した調整は汎用型。魔力の高速・精密運用の補助と、かかる負荷に身体が耐えられるように、ナノマシンを全身に行き渡らせたもの。これは、基本的にだれが使っても一定以上の恩恵を受けられるでしょうね。
逆に、シオンがフェイトに渡したのは特化型。ナノマシンを四肢やリンカーコア周りに集中させて、スピードの向上と特に負荷のかかる箇所にしぼって補強するやり方。その分、他の個所は恩恵をほとんど受けられないから、フェイトみたいなタイプじゃないとあまり意味がないわね。
―――数時間でそんな調整するなんて、やっぱり天才ですよねぇ……。
まぁ、独自機能を持ったバージョンのサンプルもあったから。
―――はぁ……っていうか、その…テオス・クリロノミア、でしたっけ? それ、フェイトさんたちにあげちゃってよかったんですか?
問題ないわ。色々と手を加えたからか、稼働時間に大幅な制限が掛かってね。夜が明ける頃には機能不全になって、たいしてデータも取れなくなってたのよ。
残骸から多少のデータは取れたでしょうけど、そもそもナノマシンの代用だから量自体が少ないし。実際、エルトリア式フォーミュラはともかく、テオス・クリロノミアの方は管理局でも見切りをつけてるみたいよ。
―――それもなんですけど、もうその
そっちも大丈夫。使ったのは余剰分だし、ストーム・ボーダーに必要なのはヘファイストス・クリロノミアだから仕様が違うわ。かといって、サーヴァントたちの補強に使うには量が足りなかった。つまり、使い道もなくて持て余してた分を放出しただけってこと。
それで管理局からの信用を買えたなら安いものよ。
―――そうなんですね。っていうか、神様がナノマシン的なものを作るってどういうことなんでしょう?
まぁ、あの連中ならそれくらいやるでしょ、メカだし。
―――へぇ~……ってメカ!? 神様なのに!? あっちって、どちらかというとファンタジーなんじゃなかったんですか? それじゃSFですよ。
―――神様とはいったい……。
というか、あなたがそれを驚くの?
―――…………はい? いやまぁ、聖王というかオリヴィエは次元世界的に神様扱いですけど、私は別に……。
そっちじゃなくて、
―――レイジングハートがどうかしましたか?
あれ、結局由来も来歴も何もわからないんでしょ。
―――そう、ですね。パパも詳しいことは知らないみたいですし……。
普通に考えて、デバイスでクラスカードを
―――それを言ったらフェイトさんだってレイシフト適性90%越えですよね。まぁ、ティアナさんも8割に迫るらしいですけど。
あの子たちの場合、立香と夢で繋がってたからそこで感化でもされたんでしょ。
―――(それはつまり、ティアナさんの苦労の元凶は立香さんってことなのかな?)
性格が違い過ぎるから愉快型魔術礼装共の同型機とは思わないけど、オリュンポス十二神とかの同類なんじゃないかって思う時はあるわね。
―――いやいや、流石にそれは……。
分からないわよ。アレ、元々は一応まっとうに杖してたのが、いつの間にか固定砲台の砲身になって、今では単独飛行する移動砲台になってるじゃない。そのうち、衛星軌道上から砲撃してくる衛星砲になったって私は驚かないわよ。
―――(あれ? オカシイな……否定したくてもできない私がいる)
それで、他に聞きたいことは? ないなら私はもう行くわよ。
そろそろフェイトが勘付く頃だろうし、急いで身を隠さないと。まだ心の準備が……。
―――あのぉ、今更逃げ隠れするような仲でもないんですし……。
しょうがないでしょ!? 十年経とうが二十年経とうが、どんな顔してあの子の前に出ればいいか全くわからないのよ!?
―――お孫さんもいるんですから……。
確かに孫は可愛い! でも、だからと言ってバツの悪さは全く軽くならないのよ!! というか、むしろ
………………………………………殺したい。いっそ過去に戻って何もかもなかったことにしてしまいたい。
―――(いつもの事とはいえ、フェイトさんのことになるとテンションのアップダウンが激しいなぁ)
ふふ、ふふふふふふふふふ……そうよ、どうして忘れていたの。カルデアには
―――いやいやいやいやいや!! そんな無駄に壮大な自殺はやめましょうよ!? フェイトさんが聞いたら悲しみますから! 絶対!
絶対?
―――そう、絶対!!
…………………………………………そうね、これ以上あの子を泣かせるわけにはいかないものね。
―――ほっ。
なら、別の方法を……例えばそう、因果レベルから私の存在を抹消するとか…だれか、そういうのできるのいたかしら?
―――よし、話題を変えましょう! とりあえず、カルデアで目を覚ましてからの事って聞いたことなかったですけど、どんな感じだったんですか!
は? それは、若返りの霊薬を投与されて目を覚ましてからのこと?
―――はい。その辺の事、そういえば聞いたことなかったなぁって。
……別に、わざわざ話すようなことなんて何もないわよ。
―――え~……でも、とりあえず聞かせてほしいんですけど。せめてフェイトさんが来るまで時間を稼がないとだしね。自分の口から報告したいことがあるから、見つけたら足止めしておいてって頼まれたし。
……わかったわ。じゃあ、少しだけ。と言ってもね……虚数空間を漂っている間のことはほとんど覚えてないし、シャドウ・ボーダーに収容された前後のことも意識が朦朧としてたから……。強いて言えば、何かを口の中に注がれたような気がするような、しないような……。
―――ほ、本当にギリギリだったんですね。
……そうね。あの頃はまだアスクレピオスもいなかったし、薬を飲むのがあと数分遅かったら死んでたでしょうね。チッ、あそこで大人しく死んでおけば……!
―――で、でもそうなるとフェイトさんの幸せな姿も見られなかったし、孫とも会えなかったんですよ!!
……くっ、悩ましい! こんな老害さっさと死んでおくべきなのに、それでも幸せだと思う自分がいる!! あぁ、私には勿体なさすぎるっていうのに……鬱だわ、やっぱり今からでも死のうかしら。
―――そ、それで! シャドウ・ボーダーで目を覚ましてからはどうだったんですか?
とりあえず……。
―――とりあえず?
シーツ裂いて首を括ろうとしたわね。
―――いきなりですか!?
その後もフォークで首を突こうとしたり、割った皿で
―――とりあえず死のうとするのやめてくれません!?
大丈夫よ、今度こそうまくやるわ。そう、アスクレピオスにも蘇生できないくらい完全に……アイツ、自分の蘇生薬のこと“少し出来の良いAED”みたいに言ってるけど、よっぽど状態が悪くなければ死後一日くらいなら普通に蘇生させるし。………………………やっぱり、跡形も残らないくらいがいいかしら。
―――安心できる要素が欠片もない件について!?
…………仕方がないじゃない。ロシア異聞帯を滅ぼしたばかりで、みんな折り合いの付け方を模索していた時期だったのよ。そんな時に余計な手間を掛けて煩わせたなんて……。
―――やっぱり、大変だったんですよね。
乏しい物資、心許ない戦力、地の利はなく、時間的猶予は不明、そもそも逆転の目があるかさえわからなかった。
誰もが道行の困難さに挫けそうだったし、圧し掛かる罪の意識に心が折れそうだった。
……当時の私は、何も知らなかった。目を覚ました時にはすべての記憶はなくなっていて、自分がどこにいるのか、何者で、何をしてきて、どこに向かうのかすらわからなった。
―――不安、ですよね。
いいえ。
―――え?
不安はなかったわ。ただ、どうしようもないくらいに死にたかった。理由なんてわからなかったけど、ただただ自分の存在が赦せなかった。息をしていることも、目を開いていることも、何もかもが……。
だから死のうとしたのよ。それが自分が真っ先にすべきことだって、そんな確信だけがあった。
でも、カルデアのみんなは私が死ぬことを許してはくれなかったわ。錯乱して、遮二無二「死なせて」とわめく私を殴ったのは……誰だったかしら。
彼らからすれば、許せなかったのでしょうね。生きたくても喪われて逝った命を知っている。“ようやく人生が楽しくなってきた”と呟きながら幕を引いた人がいた。……消し去りたくなんてないのに、自分たちの生存のため、これから先いくつもの
―――プレシアさん……。
北欧異聞帯での戦いは、私にとって衝撃だった。まだ大人にもなっていないうちに、あるいは運よくようやく大人と呼べるような年齢になって、人生これからという時にはもう死ななければならない人たち。生かしてやりたくても、それが出来ず不甲斐なさに耐える女神。
だれも、なにも……“悪”と呼べるものがないにも関わらず、それでも世界を滅ぼさなければならなかったみんな。
私には、なんと声をかければいいかすらわからなった。“酷い”という言葉を飲み込めたことだけは、自分をほめてもいいと思うけど。だってそうでしょ? 死にたいと思っていた人なんて一人もいなくて、スカディたちだって殺したいと思っていたわけじゃない。当然、みんなだって滅ぼしたかったわけじゃない。いったい誰の、何を責めればいいというの? 強いて言うなら、自分の命を軽んじる私自身…でしょうね。
―――……だから、カルデアに協力を?
……ええ。見て、聞いて、知ってしまったから。
シャドウ・ボーダーに乗って、あの場に居合わせた時点で私もまた当事者よ。無関係、部外者を気取る資格はない。だって私は、彼らが消え去るのを黙って見過ごしたのだから。そしてその後も、
―――……辛くなかったですか?
……ノーコメント、とさせてもらうわ。それを一番に口にする資格がある人が口にしない以上、私たちが弱音を零すのは筋が通らないもの。
―――立香さんだけ、なんですか? マシュさんは……。
……現場において、サーヴァントたちに直接指示を出すのは立香の役目よ。場合によっては、令呪も使ってブーストをかけて。ゴルドルフも極力“責任者だ”“私がそう指示するよう指示した”って責任を肩代わりしていたけど、それでも現場に出て直接指示するのは違うものでしょ?
空想樹の伐採を指示するということは、言うなれば「この
これは、“サーヴァント”という立ち位置のマシュには絶対に降りかかることのない類の重さよ。というか、立香がマシュには可能な限り責任を負わせないようにしてたっていうのが正しいでしょうね。
まぁ、あの子にはあの子なりの重さがあったのだろうけど。
―――(わかってたつもりだけど、改めて言葉にされると……)
それにマシュの場合、生まれも育ちもカルデアだった。耐性訓練は受けていたし、あの子が確固とした個を確立する上で特異点の旅が大きく影響を及ぼした。加えて、ギャラハッドの霊基は肉体だけでなく精神や魂にも大なり小なり影響を与えている。これら諸々があったからこそ、あの子は最後まで歩き切ることができた。
なにより、マシュには立香がいたわ。でも、立香にはもう誰もいなかった。
―――え?
確かにマシュは立香を守っていたけれど、あの子の心を支えていたのは立香だった。だけど、それなら立香の心は誰が支えていたのかしら?
人理焼却の時には、ロマニ・アーキマンがいた。彼がカウンセリングという形で支え、時には司令官代行として立香に不本意な行動を“命令という形で強制”したわ。
ホームズはああいう性格だから大人としてのフォローは期待できないし、ノウム・カルデアに残るシオンは論外。ダ・ヴィンチも以前の彼ならともかく、今のダ・ヴィンチは“同じだけど別”の存在。外見に中身が引っ張られてる部分もあるし、本人も前の自分にコンプレックスみたいなものがあったから、とてもフォローまではね。ゴルドルフは頑張っていたけど、それでも門外漢の彼にアーキマンの水準を求めるのは無理でしょう。
かと言って、他の面々にしてもそれは同じ。
―――マシュさんとか、サーヴァントの皆さんじゃダメなんですか?
関係性の問題よ。
立香はマスターで、マシュはサーヴァント。同時に、先輩と後輩という間柄で安定していた。何より、本当は戦うのが怖いマシュを前線に立たせて戦わせなければならなかった。オルテナウスだって当時は完成していなかったし、霊基も万全からは程遠かった。だからこそ、立香はマシュにこれ以上負担をかけるわけにはいかなかった。
サーヴァントたちもフォローはしていたけど、結局は指示を出す側と出される側という関係性がある。
その関係がある以上、彼らでは立香の重荷を肩代わりすることはできなかった。
それでもね、戦いとその合間に休息を挟んでいるうちはまだ良かった。どれほど心身を休めたところで、またすぐ次の戦いが待っている。その現実が、非日常が、心に圧し掛かる重みを忘れさせてくれたから。
―――そうなんですか?
あなたにも覚えがあるんじゃない? 試合前、リラックスしているつもりでも神経が昂ったりしたことはない?
―――…………あります。
要はそれと同じ。潜在する緊張感が、不安や興奮が、良くも悪くも平常心を奪い、心を麻痺させていた。だからこそ、圧し掛かる重みに耐えることができた。
でも、全てが終わった後は違う。何もかもが終わって、ただ“結果”だけが残された時…今まで麻痺していた心が正常に背負ったものの、為し得てきた
あの頃は、本当に酷いものだったわ。一時期は、薬物の投与も検討されたくらいにね。
―――薬物って、まさか……。
戦場では割とよくあることらしいわ。まぁ、うちの医療班が許さなかったし、なにより……
―――なにより?
フェイトがいた。
―――フェイトさん、ですか?
支え…とも違うと思うのだけど、良いガス抜きになっていたのは事実でしょうね。
だからこそ、薬物に頼らなくてもぎりぎり立香は自分を保つことができた。
―――そういえば、フェイトさんを甘やかすのが半ば趣味になってるけど、精神安定も兼ねてるって聞いたことがあります。
まさにその通り。フェイトを甘やかす方法を考えている時の立香は、妙に生き生きとしていたわ。おかしな言い方だけど、悪戯を考える悪ガキ…みたいなところがあったし。
―――そうなんですね……。
だからマシュも、フェイトに対してはあまり嫉妬を表に出さなかったのよね。少なくとも、フェイトの邪魔はしようとしなかったわ。
―――嫉妬、ですか?
知らないのも無理はないけど……あの子、割とヤキモチ焼きよ。少なくとも、シャルロットとかエレシュキガルとかが立香に迫ると、割って入ってこれ見よがしに牽制するし。
―――し、知らなかった。あれ? でも、それならどうしてフェイトさんだけ?
……自分のことで精一杯で、一番傍にいたのに立香がどれだけ追い詰められているのか気付けず、頼りきりになってしまったことをあの子は負い目に感じているんだと思うわ。まぁ、それとは別に悔しいとも思っているでしょうし、嫉妬だってあるでしょう。
でもそれ以上に、あの子は立香を救ってくれたことに感謝している。それに、後になって役割を奪おうなんてことができる子じゃないし、“支えられる側”という立場に甘んじておいて、今更それを覆すのは難しい。
だからまぁ、フェイトに対しては自制してたのよ。変に妨害して、それで立香に何かあったら大変でしょ?
―――へぇ……。
まぁ、はじめは二人の関係がどう落ち着くかわからなかったって言うのもあるでしょうね。どちらかと言えば、年の離れた友人って形になりそうだったし。
―――それで静観してたら、今みたいな感じになったと。
思うところがないわけじゃないでしょうけど、それを言ったらフェイトも似たようなものでしょうし、結果的に立香にとってそれが最善なら……その点で考えが共通してるから、あの二人は。
まぁ、フェイトは魔力資質的にもスタイル的にも“守る”のには向いていないから、“立香を守れるパートナー”のマシュを羨んでるし、マシュも“立香を救える”ことに憧れた。お互いにないもの強請りをしているからこそ、“二人で支えていく”っていう結論になったんでしょうね。
―――ふ~ん。でも、前々から思ってたんですけど、良く他の人たちも納得しましたね。ほら、オルタのジャンヌさんとかメルトさんとか、怪しい人結構いるのに。特に、筆頭格の清姫さんとか頼光さんとか……。
ああ、そのこと? なにしろ……ねぇ。
―――何かあったんですか? 例えば、立香さんを巡ってフェイトさんたちと大喧嘩…とか。
いえ、そんなことはなかったわね。ただ……
―――ただ?
立香が一人一人に頭を下げて、二人と結婚するって報告はしてたわね。
―――それで納得したんですか?
するわけないじゃない。地震・落雷・火事・洪水……その他諸々で色々大変だったし、暴走した連中がフェイトたちを殺しそうになったりもしたし……。
―――案の定かぁ……。
中でも、一番危なかったのはアレね、清姫。まさか立香の奴、面と向かって言うとは思わなかったわよ。それも、護衛を一人もつけずに。
―――いや、それって自殺行為なんじゃ……。
立香なりの誠意と義理を果たそうとした結果、でしょうね。守りを固めて安全圏から言いたいことだけ言うんじゃ、今まで力を貸してくれたのに不義理だからって。
―――それで、どうしたんですか?
もちろん、転身して追いかけまわしたわよ。
―――え~…………。
ただ、嘘偽りなく本音をぶつけられたからでしょうね。本来なら一分と経たずに追い詰めて焼き殺せたでしょうに、清姫は最後まで躊躇ってた。結局、逃げ場がなくなっても立香はしっかりと清姫を見据えて、自分の言葉を翻さなかった。その頃には、アレも気づいたはずよ。誰も邪魔をしに来ない、その意味を。
―――なるほど、それで認めてくれたわけですね!
え? 今でも普通に部屋にもぐりこもうとしてるわよ?
―――全然認めてなかった!?
殺そうとしないだけで、別に諦めたわけじゃないのよね。まぁ、その辺は他の連中も同じだけど。
ただ、変なところで一致団結するようにはなったわね。
―――というと?
フェイトの場合、立香を貶したり軽んじたりしても怒らないでしょ? マシュは明らかに視線の温度が下がるし、他の連中の場合、即実力行使もあり得るけど。
―――そうですね。フェイトさんだと、“人それぞれの見方”って感じでスルーしてる感じで。まぁ、内心で相手との付き合い方とか絶対修正入ってますけど。
そう。でも、流石に実際に危害を加えられるとなれば容赦はないわよ。
全員一丸になって“子連れの獣”状態になるから。
―――やだ、何それ怖い。
怖いのよ、ああなるとホントに。我が娘ながら、恐ろしい、子……。
―――あ、フェイトさんやっと来た!
裏切ったわねヴィヴィオ―――――――――――――っ!?
―――え? 私は元からフェイトさんの味方ですが何か?
ベリーシット!! 知ってる! そういう子よね、あなた!!
―――とりあえず、観念して話を聞いた方が良いですよ。なんか、大事な話があるそうなんで。
……………………………………………わかった。聞くから、そんな寂しそうな顔しないで、私のせいだけど。
―――(自覚はあるんだから、いい加減開き直ればいいのに……)
そ、それで…今日は何の用なの? い、言っておくけど! 蘇生薬の研究を辞める気はないわよ! 昔のことは反省してるけど、それとこれとは……へ? 別に止める気はない? 誰の迷惑にもならないことで、犯罪じゃない限りは。ただし……わ、分かってる。身体には気を付けるわ。そ、それでいいんでしょ!
―――(なんか、どっちが母親なのかわからなくなりそうな会話。まぁ、プレシアさんも記憶が戻る前からアスクレピオス先生の研究を手伝ってたらしいし、仕方がないのかな? 昔のことがあるから、フェイトさんにそこを突っ込まれるのは弱いみたいだけど)
じゃ、じゃあいったい何の要件なのかしら?
早く済ませて、偶の休日くらい家族でゆっくり過ごしなさい! 私の轍を踏むなって昔言ったでしょうが!
―――(叱ってはいるけど……全力で目逸らしてるし、声震えてるし。それだけ後ろめたいってことなんだろうな……。あ、フェイトさん“もう、しょうがないなぁ”と言わんばかりの苦笑い。慣れてるなぁ……)
……はえ? 子ども? 二人目? え、嘘、ホントに?
ヴィヴィオ、私のジョーとテンプルを殴って! 思いっきり!!
―――……………………………とりあえず、頬っぺた引っ張りますね。
アイタタタタタタタタタタタ! …………………夢じゃない。
―――え? 次こそはしっかり抱いてあげてね、母さん? ああ、そういえば前の時は首が据わるまで逃げ回ってたんでしたっけ。
だ、だって! 私はその…親失格というか、いまさらそんな虫のいい話があるわけないというか……ちゃ、ちゃんと最後は抱いたじゃない! それでいいでしょ!?
―――あの時、メチャメチャ号泣してましたよね。“この子の為”を言い訳にしちゃダメなんだからね。あなたの仕事は世界と、この子の未来を守る大事なもの。だけど、それで本当に大事なものを少しでも疎かにすれば、いつか絶対後悔する。毎日目一杯、有りっ丈の愛情を注ぎなさい。“わかってくれる”じゃない、“わかってもらう努力”を怠らないこと。それと、子どものこともいいけど、自分のことも大事にしなきゃ許さないわよ…でしたっけ。
うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 感極まって何身の程知らずにえらそうなこと口走ってんだ私ぃぃぃぃぃぃぃ!?
―――でも、フェイトさんとしては最高のアドバイスだったらしいですよ、ねぇ?
……そ、そりゃね。あなた、私の悪いところばっかりよく似てるし……私の失敗はあなたもやりそうというか、同じ轍を踏ませないのが、その…お、親の責任でしょうが!
―――あはは、前途多難なお祖母ちゃんですねぇ……って、ところでフェイトさん。その手にあるのはもしかして……。
……はぁ。色々着せてやりたいのはわかるけど、ほどほどにしなさ…ってまた懐かしいものを引っ張り出してきたわね。それ確か、昔あなたが着てた浴衣じゃない…ハッ!? こ、これはその…昔立香が強引に写真を見せたから知ってるだけよ! 別に、こっそり様子を見てたなんてことないんだから!!
―――プレシアさん、語るに落ちてます。
くぅっ、しまった……!
―――一応言っておきますけど、完膚なきまでに自爆ですからね。
分かってるわよ!
まったく……でも、いいの? それ、確かリンディに買ってもらったものでしょ。
聞いたわよ。あなた、遠慮して服も身の回りのものもできるだけ安く済ませようとしてたそうじゃない。
―――よく知ってますね。
リンディに散々愚痴られたのよ! ついでに、ようやく買わせてくれた高価な品ってことで、いったい何度同じ話を聞かされたことか……聞くまでもなく知ってるっての!! そもそも仕掛け人立香だったんだから!
―――あ、その話もう少し詳しく…って、フェイトさんが“ああ、やっぱり”とばかりに手を打って……。
* * * * *
クリスマスを間近に控えたその日、闇の書事件の捜査の合間を縫ってリンディは喫茶“翠屋”を訪れていた。
目的は単純、とある人物に呼び出されたからだ。
「おやリンディさん、いらっしゃいませ。今日はゆっくりしていかれるんで?」
「用件次第、でしょうか。ちょっと待ち合わせで」
店主である高町士郎に答えながら、店内を見回す。目当ての人物は別に影が薄いというわけではないのだが、彼女の被保護者ほど目を引く容姿ではない。そのため、平日の日中でありながら大変繁盛している翠屋の店内から見つけようとすると、少々手間取ってしまう。
(少し早く来過ぎたかしら?)
などと考えたところで、視界の端で何かを捉える。反射的に視線を向ければ、そこにはリンディに向かって手を振る若い男性の姿。相手が目立たなくても、リンディ自身が目立つので見つけられる形になったらしい。
まだ利用回数は少ないが、何度か立ち寄らせてもらった中で既に好みに合うメニューは見つけてある。士郎に先に注文を済ませ、リンディは目当ての人物…立香の向かいに腰を下ろす。
「待たせてしまったかしら?」
「いえいえ、全然」
テーブルに置かれたコーヒーカップからはまだ湯気が立ち上っていることから、実際にその通りなのだろうと判断する。
と同時に、周囲からの視線に気づく。
(う~ん、もしかして若い燕を囲ってる…とか思われてるのかしら?)
所属先ではそれなり以上の地位を有し、十代半ばに差し掛かろうかという子どもまでいる身なので、客観的にはそう見えるのでは…と少しばかり危惧する。まだこちらに来て日が浅いとはいえ、十中八九長く腰を据えることになるであろう土地で、変な噂が流れるのは勘弁してほしい。
とはいえ、リンディの危惧は杞憂だ。というか、周りからは普通に若いカップルのデートと思われている。
何しろ、リンディの外見ときたら二十歳前後と言っても普通に通用するレベルだ。その割には落ち着きと風格があるので、もう少し上に見られることはあるかもしれないが……実年齢からすれば十分若く見られがち。眼前の二十歳手前の青年とそう差はないだろうというのが、大方の見方であることを知らないのは本人ばかり。
「お忙しいのにすみません、お呼び立てしちゃって」
「気にしないで。フェイトさんもあなたには色々お世話になっているようだし……」
「……どちらかというと、俺の方が世話をされている気が……あ、いつも差し入れありがとうございます。本当に助かってます」
「い~え~、お口にあっているなら幸いだわ」
注文した紅茶が来るまでの間、とりとめのない会話に興じる二人。何度か顔を合わせたことはあるのだが、さほど言葉を交わしたことはない。いずれの場合も、近くには二人の共通の関係者であるフェイトがおり、もっぱら彼女を介する形で交流していたからだ。
とはいえ、リンディとしてもこの青年とは一度しっかり話をしてみたいと思っていた。今現在、中々に厄介な案件を受け持っているためその余裕がなかったが、こうして相手の方から機会を設けてくれたのは僥倖と言えるだろう。
(フェイトさんの心の安定を考えるのなら、こちらでの知り合いは大事にしたいところだけど……)
なにぶん、立香は色々と不安要素が多い。フリーターとして定職に就くことなく暮らしており、実家からの仕送りを受けている様子もない。仕事にしたところで、日雇いの仕事が中心で継続的に働いてはいないらしい。かと言って、何か夢を追いかけているような風でもなく、浪人生よろしく受験のために勉学に勤しんでいるわけでもない。忌憚なく言ってしまえば、その日暮らしでフラフラしている、といったところだろう。
まぁ、何度か言葉を交わし、実際に対面した印象として悪い人ではないと思う。むしろ、おおらかで人当たりの良い好青年というのがリンディの評価だ。
加えて、遠慮がちで甘えることが苦手なフェイトにリンディたちに海鳴の町を案内する…という形でショッピングに行く機会を設けるなど、フェイトとリンディの双方が望みつつも中々切り出せなかったそれを実行に移すきっかけを作ってくれたという意味では、感謝している相手だ。まぁ、リンディはリンディでフェイトの思いを汲んで、立香のところに通う理由を作ってやったりしているわけだが。
とはいえ、実際問題として前述したような要素があるのも事実。親戚ならまだしも、相手は完全無欠の赤の他人だ。これらの要素だけでも、十代にもならない女の子が個人的に親しくする相手としては不適切…というのが世間一般の考えだろう。
果たしてフェイトと彼の交友関係を、保護責任者として自信はどう判断すべきなのだろうか。リンディとしては、この場はその判断を下すための材料を得る場と捉えていた。
しかし、流石に面と向かってそんなことを言うほど不躾ではない。
朗らかに会話をしながら、立香が一体フェイトのことをどう思っているのか、これからのことをどう考えているのか、そのあたりを見抜かなければと笑顔の奥で細心の注意を払う。
やがて、士郎が紅茶を運んできたのをきっかけに、立香が少し面持ちを変える。それは、少しばかり真剣さを帯びたもので、自然リンディも一層気持ちを引き締める。
「ところで……」
(来たわね)
「今日お呼びしたのはちょっと相談したことがあるからなんです」
まさかとは思うが、まだ十歳にもならないフェイトを相手に“交際を申し込みたい”とかは言いださないと思いたい。しかし、人の趣味嗜好は千差万別。他者に迷惑をかけたり、公序良俗に反しない限りは否定するものではないだろう。だが保護者として、彼がもしそんなことを口にしようものなら……
(なんとしてでも、フェイトさんを守らないといけないわ!)
「クリスマスのプレゼントについて、ちょっとご意見を伺いたいなぁと」
「へ? クリスマス?」
もちろん、地球に滞在するにあたりリンディもこちらの風習などについてはある程度リサーチしている。当然、クリスマスなる行事も把握しており、せっかくの機会なのでささやかなパーティを行い、こっそり用意したプレゼントを贈って驚かせてやろうと、忙しい合間を縫ってエイミィと計画しているところだ。クロノは横目で呆れた様子を見せているが、なんだかんだと協力的だし、慣れない女の子へのプレゼントに四苦八苦していることをリンディは知っている。
話は逸れたが、想定していたような内容ではないことには純粋に安堵した。まぁ、クリスマスにプレゼントを渡して告白…なんて可能性も全くないわけではないだろうが、立香の様子は“想い人に贈るプレゼントに悩む恋する青年”というにはほど遠い。かといって、クロノのような“どんなプレゼントなら喜ばれるかいまいちわからず迷走している”風でもない。
なんというか……どこか慣れた様子を伴いながらも、一計を案じるような印象があった。
(一安心ではあるけど…でも、女の子のへのプレゼントをその保護者に相談するっていうのはいただけないわ)
気持ちはわからないでもないが、流石のクロノでもそこまでデリカシーに欠けてはいない。予想とは違った方向性ではあるものの、リンディの立香への評価が若干低下した瞬間だった。
とはいえ、リンディも基本的にはお人好し。相談内容的にはあまり乗り気になれるものではないが、頼られたからには応えようと思う。まぁ、最終的には“自分で考えなさい”と結ぶつもりだが。けれども、立香の相談の本質はリンディの予想の斜め上をいっていた。
「……わかりました。それなら、候補に何を考えているか聞いてもいいかしら?」
「とりあえず
「? ? ?」
全く予期せぬラインナップに、思わずリンディの頭の中を?マークが飛び交う。
名称に親しみがなく、どんな品なのかイメージがわかないのだろう。ただ、とりあえず“クリスマスプレゼント”にはいささかならず不適切な気はした。
「……それは、どんなものなのかしら?」
「あ、これパンフレットです、どうぞ」
そう言って差し出されたのは、薄手の冊子。どうやら、中々に用意が良いらしい。
そこにはいくつかの写真に蛍光マーカーで丸印が引かれており、見るとどれも普段地球での暮らしではあまり目にしない趣の品ばかり。だが、どれも可愛らしく異国情緒に溢れている。
ただ、フェイトが好む服装に合わせるとなると、非常にミスマッチではなかろうか。
と思っていると、立香の方から補足の説明が入ってきた。
「この国の民族衣装で、和装とか和服とか呼ばれるものに合わせるものですね。最近だと日本人でも殆ど着る機会はないですけど、正月とか晴れの日なんかには着ることがあります」
「あら、そういうものなの?」
「ちなみに、女性用の着物だとこんな感じです」
続いて差し出された冊子を手に取り、じっくり目を通す。ミッドではほとんど見かけないタイプだが、広い次元世界には似たような服飾文化もある。柄や細部の形状などは違うが、リンディもようやくイメージが湧いてくる。
と同時に、例えば正月などにフェイトにこれを着せたらどうなるだろうと想像を膨らませ……
(着せたい。凄く着せたいわ! だって絶対可愛いもの!!)
きっと、フェイトは恥ずかしがったり照れたりしてしまうだろうが、それも含めて可愛いに違いないと確信する。別に息子を産んだことに不満があるわけではないが、こういう可愛らしい格好をさせる楽しみは女の子ならではだろう。
とはいえ、価格の項目を見ると流石にお安くはない。リンディの収入なら特に問題はないのだが、間違いなくフェイトが気にする。ただでさえお世話になってばかりで何も返せていないというのに、これ以上は…と考えてしまう子であることは、この半年でよくわかった。遠慮がちで慎み深いのは基本的に美徳だろうが、時には子どもらしく甘えてほしいと思う。
(着せたいわぁ…でも、困らせちゃうかしら? だけど、せっかく地球に来たわけだし……)
もうすっかり立香への懸念など遥か彼方。今はどうすればフェイトに和服を着せられるかで、リンディの頭はいっぱいだった。贅沢を言えば、一緒に選んで贈ってあげたい。そのためなら、多少値が張るとしても必要経費のうちだろうと思う。しかし、現実的に考えるならフェイトの性格上、彼女を困らせる結果になりかねない。それは決してリンディとしても本意ではない。
そんな彼女の頭の中の葛藤を見透かしたかのように、苦笑を浮かべる立香。それに気づき、慌てて冊子を閉じながら“コホン”と咳払い。
「な、なるほど。あなたの意図はわかったわ。つまり、フェイトさんがこういった服を着る時用の小物をプレゼントするということね」
「はい。正月も近いですし、ちょうどいいかなって。あ、ちなみに和服はレンタルとかもありますよ」
「あら、そうなの?」
「美容室とか写真屋とかですね。あと、持っている人もいるでしょうし、その人に借りるという手もあります」
(なるほど、それなら……)
元手があまり掛かっていないのなら、フェイトもそこまで遠慮はしないだろう。それでも恥ずかしがりはするだろうが、それはむしろ必須項目と言っても過言ではない。堂々と着こなすのもいいが、初々しく照れるのも捨てがたいものだ。
まぁ、どうせなら買ったものを贈ってやりたいところだが……それは欲張り過ぎと自らに言い聞かせる、今はまだ。きっと長い付き合いになるので、長い目で見て機会を待とうと思うことにする。
「それで、その中のどれを贈るつもりなの?」
「一応、最終的には全部ですね。できれば、他にもいろいろ揃えたいところですけど」
「でも、いくらあなたからでもそんなに贈ったら、流石にフェイトさんも遠慮するんじゃないかしら……」
立香に対しては割と心の敷居が低く、素直に甘えを見せていることに若干の嫉妬を覚えなくはない。まぁそれはそれとして、そんな立香でも三品も贈ればフェイトも困ってしまうのではなかろうか。
相手に喜んでもらうためのプレゼントであり、どれだけ嬉しくてもそこに“困る”という感情が混じってしまっては台無しだ。だが、そんなリンディの危惧を立香は思いもよらぬ角度から一蹴する。
「いえ、クリスマスで渡すのは簪だけのつもりです」
「? クリスマスで…というと、他のタイミングでも渡すつもりなの?」
「はい。とりあえず、お年玉代わりに巾着を、進級祝いにかこつけて下駄のつもりです」
加えて、機会さえあれば他にも和装系の小物を順次贈っていくつもりらしい。例えば、バレンタインにチョコを渡されるようなら、ホワイトデーのお返しに、といった具合に。
回数を分けるというのはわかったが、しかしそれだと立香の狙いがぼやけてくる。というか、何を贈るかも、どうやって贈るかも既に決まっているのに、どうしてリンディに相談などしているのだろう。いや、そもそも何を相談したいのだろうか?
「それで、あなたはいったい私に何を聞きたいの?」
「ああ、すみません。そういえば、そっちをまだ言ってませんでしたっけ。
要は、小物全般先にこっちで揃えるので、リンディさんには浴衣を用意してもらいたいんです」
「浴衣、というのは?」
「簡単に言うと、“夏に着る薄手の着物”のことです。振袖とかに比べればリーズナブルなものが結構あるんで、こっちなら持ってる人はそれなりにいるんじゃないですかね」
そこまで聞いて、ようやくリンディも立香の狙いが分かった。要は、順番を逆にして攻めようというのだ。
「……なるほど! 先に小物を揃えて、“せっかくだから浴衣も買っちゃいましょう”って流れに持っていくということね!!」
「ええ。一通り揃ってるのに和装そのものがないんじゃ片手落ち感は否めません。そこを強調して……」
「なおかつ、リーズナブルなお値段ならフェイトさんも流されてしまう、と」
「その際、ちょっとお高めな着物を先に見せるのがミソですね。金銭感覚を麻痺させるんです」
二人の会話を鍛えた耳でとらえた翠屋店主は「楽しそうに悪い顔で親切な相談をするってのも、妙な話だよなぁ」と、後日愛妻に向けてぼやいたそうな。
「リンディさん、フェイトと浴衣選び…したくありません?」
「したいわ!!」
「どうせなら、フェイトに似合うのを見繕いたくないですか?」
「むしろ、一番似合うのを探したいわね!! 一緒に選べたらなお良しよ!!」
「じゃあ、最終決定はフェイトと、ということで。ただ、ある程度方向性というか色調か基本の柄は絞ってもらってもいいですか? その辺を踏まえた上で、フェイトに似合う簪とか選びたいですし……」
「どうせだし、お正月に着物をレンタルしましょう。そこで色々試して、絞り込むというのはどうかしら?」
「いいですね。でも、そうなると簪は後回しが良いかな? だとしたら……」
そのまま、嬉々として悪巧みに興じる二人。同時刻、フェイトが良くわからない悪寒に襲われたかどうかは、神のみぞ知る。
ついでに、帰宅したリンディから計画の詳細を知ったクロノが一枚噛もうとしたが……
「ダメよ」
「なぜですか!?」
「だって、立香さんとクロノの二人で同じような方向性のものをプレゼントしたら、こっちの意図がばれちゃうかもしれないじゃない。どうせだし、ここはサプライズでいきましょう」
「だ、だったら僕が……」
「いや、発案者を蔑ろにしちゃダメでしょ。大丈夫、クロノ君のプレゼント選びは私がちゃんと手伝ってあげるから」
「くぅっ……」
悔しそうに臍を噛むクロノ。外堀を埋めてサプライズとか、“僕もやりたかった”と言わんばかりだ。
「にしても、立香さんフェイトちゃんのことホント理解してますね」
「そうねぇ……。何をしたらあの子がどう反応するか、どうすれば普通なら遠慮するプレゼントを受け取らせられるか……前に手をまわしてくれた時にもちらっと思ったけど、本気で囲い込むのも手かもしれないわね」
色々と不安要素の多い相手ではあるが、それを補って余りあるほどに藤丸立香はフェイト・テスタロッサの良き理解者だ。彼女が心の奥底で求めながらも、過去の経緯から二の足を踏んでしまう……与えられる愛情や甘えることに対する恐れを、彼はするりとかいくぐることが滅法巧い。
対等で、心からぶつかり合える
「いや、フェイトはまだ子どもですよ。それは流石に気が早いんじゃ……」
「まぁ、交際や結婚云々はね。だけど、彼との交友関係は大事にしたいわ。
…………これから先、あの子はきっと多くの心無い言葉と視線に晒される。決して強い子じゃないもの、あの子の心を守ってくれる人は一人でも多い方が良いわ。そんな人たちの存在が、そのままあの子の力になる。
クロノも、それはわかっているんでしょう?」
「それは……」
「色々と気にかかることのある人ではあるけど、決して社会不適合者というわけじゃないし、かといって地に足がついていないわけでもない。今日話して、そう思ったわ。なんなら、こっちで斡旋してあげてもいいしね♪」
「それはやり過ぎではありませんか?」
半ば冗談と捉えてため息交じりに苦言を呈するクロノだが、その実リンディは割と本気だった。
ただそれは、単にフェイトのことを思ってのこと…だけではない。
(なんというか、不思議な人だったわね。話している分には、本当に普通の男の子という印象だった。だけど、どこか……)
底知れないものを感じた。
突出した能力を持っていたり、並外れた器を持っていたりする人間であれば、職業柄触れる機会が多いのでなんとなくそうとわかる。しかし、話してみた限り立香から特にそういった印象は受けなかった。
にもかかわらず、ふとした拍子に得体のしれない感覚を覚える。宇宙の始まりや終わりを考えるような、あるいは“生”と“死”の本質を探ろうとするかのような、そんな根源的な畏怖。触れてはならない、触れるべきではない領域にある“ナニカ”を、リンディは藤丸立香という存在の奥の奥に感じ取っていた。
その正体を知るのは、これからさらに数年後のこと。
ちなみに、約半年後。
八束神社で行われる毎年恒例の夏祭りに、それぞれ思い思いに着飾ったフェイトたちの姿があった。
「おー♪ みんなかっわいい!」
「えへへ♪」
「ありがとうございますぅ」
父が割と古い家柄ということもあってか、普通に家に和服がある高町家。流石に普段は着る機会がないが、せっかくなので浴衣の持ち合わせがない面々に貸し出し、一同バシッと浴衣姿。ちなみに、正月にも同じようなことはしている。例外はすずかくらいだろう、彼女の場合ちゃんと自分の浴衣があるので借りてはいない。
代わりというわけではないが、八神家のヴォルケンリッターも浴衣姿であり、大人の色気を醸し出すシグナムとシャマルに周囲の男たちの視線が否応なしに集中している。他にも、同じく着付けてもらったエイミィ、男物を借りたクロノやユーノの姿もある。
「そういえば、フェイトはまだなんですか?」
「ああ、そろそろ来るはずだ…と、来たようだ」
アリサの質問に答えているところで、クロノの目が夏祭り参加者最後の二人の姿を捉える。
そこには、よく似た色彩と柄の着物を着たフェイトとリンディの姿。
「みんな~、おまたせ~。ほら、行きましょうフェイトさん。みんなまってるわ」
「は、はい……」
恥かしそうにモジモジしながら、リンディに手を引かれて慣れない下駄に苦労しながら歩みを進めるフェイト。
血の繋がりがないにも関わらず、よく似た浴衣に身を包んでいるからか……仲の良い親子にしか見えない。それを意識してなのか、ますますフェイトは顔を赤くしてうつむいてしまう。しかし、それが決して嫌そうではないことも、それなりに付き合いのある者なら一目瞭然。懸命に抑えてはいるが、口角が緩みどう見てもうれしさをかみ殺しているようにしか見えないからだ。
「お~……お正月にも思うたけど……フェイトちゃん、髪を上げたらまた別の大人っぽさがあるなぁ」
「あ、浴衣だけじゃなくて髪型もリンディさんとおそろいなんだ」
「う、うん。リンディ…さんが、せっかくだからって」
「そうなのよぉ~。ちょっと若返ったき・ぶ・ん♪」
いつになく上機嫌のリンディと、嬉しさを堪え切れない様子ではにかむフェイト。周囲から向けられる眼差しも、実に温かい。
加えて、そんな結い上げたフェイトの髪を飾るのは、昨年のクリスマスに立香から贈られた簪。さらに、手元や足元をはじめ、要所要所で彼が贈った品が散見される。リンディと秘かに打ち合わせつつ選んだ甲斐あり、それらは落ち着いた色調の浴衣を邪魔せず、何よりフェイト自身の魅力を引き立て実によく似合っていた。
「ふわぁ、フェイトちゃんホントにキレイ…ユーノ君もそう思うよね?」
「え? あ、うん……」
なのはの問いにどもりながら応じつつ、チラチラとユーノの視線はなのはの方へ。彼が何をどう思っているか、目が口以上にモノを言っている。
「さ、それじゃそろそろ繰り出すわよ!」
「「「「おー!」」」」
先陣を切るアリサの後から親友四人が続く。
そんな様子をそれぞれの家族たちは微笑ましそうに見守りながら、数歩後を歩くのであった。
その後、お小遣いの許す限り祭りと出店を堪能した子どもたち。普段子ども扱いされることを嫌うヴィータが、なんだかんだで思い切り楽しんでいたのは秘密だ。
ひとしきり出店を冷やかし終え、そろそろ一休み…と思ったところで、フェイトたちは良く見知った人物を発見する。
「あれ、立香?」
「ああ、フェイト。それにみんなも、祭りは楽しんでる?」
「あ、はい」
「ところで、何してはるんですか?」
「なにって…知り合いのヤ…ゴホン。知人に頼まれて俺も屋台をね」
「焼きバナナ?」
「いや、そこはチョコバナナでしょ」
不思議そうに首をかしげるすずかの後を引き継ぐ形で、アリサが祭りの定番メニューを微妙に外した出し物にツッコミを入れてくる。
ちなみに、彼女たちの手にある焼きそばは、八神家のメシ使いが受け持つ出店の品だ。屋台で供される品は“海の家補正”に匹敵する“祭り補正”で通常の5割増しで美味になる。しかし、そんな補正を無視するクオリティの高さで、純粋に美味なことから屋台は満員御礼。アレは材料が切れるまで解放されまいと、ちょっと顔を出して早々に抜け出してきた次第。
そんな大繁盛屋台と比べ、立香の屋台は実に閑散としている。
「美味しいんだけどなぁ、焼きバナナ」
自信を持って出した店だけに、しょんぼり具合が著しい。というかそれ以前の問題として……
「不味い、ここでせめて元を取らないと、今月の家賃はおろか食費が……」
割となけなしの財産を突っ込んでいたらしく、立香の顔色は青いどころではない。このままだと、明日食べる米にすら難儀してしまう。せめて材料費くらい稼がないと、本当に生活が立ちいかないのだ。
「えっと……手伝おうか?」
「………………………………………………………………………頼める?」
背に腹は代えられない…とばかりに深々と頭を下げる立香。
その後、流石に放っておくわけにもいかず、それに一通り祭りを堪能した後ということもあり、手の空いている面々で客引きのお手伝い。実目麗しい女性陣や、一生懸命ちょこまか動き回る子どもたちのおかげもあり、完売こそしなかったものの無事に利益を上げることに成功。
ただし、子どもたちに頼るという大変不甲斐ない状況の心理的ダメージは大きかったらしく、終始立香はどんよりとした空気を背負っていたそうな。
ちなみに……
「へぇ、どんなものかと思ったけど結構いけるわね」
「うん。バナナって聞くと生かジュースとかが浮かぶけど、こういうのもあるんだね」
「むむっ、これは新しい味の開拓の予感。上手くすれば、しろ兄から一本取ることもできるかもしれへん」
「モキュモキュ…今度お家でやってみようかな?」
「えっと、美味しかったよ立香」
と、子どもたちからは割と好評だったことを記す。
ついでに、立香が外堀を埋めてリンディがちょっと高価な品をフェイトに買う…という一連のプロセスは、他ならぬリンディが味を占めたこともあり、この後もしばらくの間続けられるのであった。
ふと思ったのですが、リンネってストライクの時は絶対ヴィヴィオの過去とか知りませんよね。知ってたら絶対あんなこと言えないし、本編後知ったら色々土下座したくなったのではなかろうか。
あとあれだ、クリスをはじめティオとウーラもそうですが、あの子らってユニゾンデバイスなの? マスターとめっちゃ合体してますけど……でも、肉体年齢が変化する以外に外見に変化はないし、カテゴリがわからん。
P.S
五章(前)クリアしました。やっぱりFGOは最高ですね! サーヴァントたちはみんな最高でしたが、特にオリオンとコルデー、マンドリカルドがもう……。あ、イアソンも良かったですよ、うん。あとがないって状況になるとホント輝く、調子乗ってる時クズだけど。
後編が楽しみで仕方ありませんが、個人的にはまた数ヶ月後になりそうな気がしています。前編があれだけボリュームがあり、色々エフェクトも凝ってましたからねぇ。というか、エフェクトに力入りまくっててビビりました。今後はアレが基準になるでしょうし、時間がかかっても、より良いものになってくれるなら文句はありません。
とはいえ、村正の実装が見えてきたこともあるので、待ち遠しいのもまた事実なんですが……。流石に正月実装はないだろうしなぁ……。ここ3年は和鯖でしたが、唐突に流れを覆す運営ですし、来年の正月は和鯖から離れそう。まぁ、それを言ったら例年正月は女性の新鯖だったわけですが、それはクリスマスも同じだったのが今年はアストルフォでしたし、本当に誰が来るか予想できない。それこそ、ラスプーチンとかオデュッセウス、韓信なんて可能性も……いや、流石にそれはないか。ラスプーチンとか、新年に実装されたら流石に吹く。きっと、彼が召喚されたらどんな晴れやかな日もお通夜状態になってしまうでしょうしね。で、本人は「愉悦w」しているのでしょう。
なんとなくですが、来年の間に5章(後)と6章、再来年に7章と最終章が来るのではと予想。ほら、これなら少なくともあと二年は楽しめますし。
HF最終章の公開日も決まりましたし、キャメロットもあるので楽しい一年になりそうです。
最後に、個人的に今年ツボったFGOワードは「ゲステラ」「ギリシャの諸星〇たる」「仮面ライダー ゲキド」かな?