魔法少女リリカルなのは Order   作:やみなべ

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率直に言って、本編とは全く関係ないイフ話。
クロス作品は同じですが、万が一やるとしたら多分重めな話になりそう。


IF 次元特異点「英霊集結異邦ミッドチルダ」”天文台の放浪者”

“物語”というものは、一部例外(バッドエンド)を除けば「めでたしめでたし(ハッピーエンド)」で締めくくられるのが常だ。大きな事件、過去から続く因縁に決着をつけ、未来には一点の曇りもなく、晴れ晴れとした世界が待っている…………果たして、本当にそうだろうか。

 

意地悪な継母と義姉に虐げられた生活から一転、王子様の心を射止めた“灰かぶり”は本当に幸せになれたのか?

礼儀作法も政治の力学も知らない小娘が、唐突に貴族社会に放り込まれて上手く立ち回れるものだろうか。あるいは、貴族たちは何も知らない小娘に対し、本当に心からの敬意と忠誠を誓ってくれるのだろうか。

 

鬼を退治し、金銀財宝と名声を得た“英雄”のその後の人生は満ち足りたものだったのだろうか?

もちろん、“愛さえあれば他に何もいらない”なんて嘘っぱちだ。衣食足りてこそ、人は礼節を知る。それらを満たすためには、金銭は重要な要素(ファクター)だ。故に、人間社会において金銭がないということはそれだけで不幸なことである。とはいえ、だからと言って幸福を金銭で買うこともできない。買えるのは、幸福を支える土台となる“豊かさ”まで。富と名声を得た英雄の周りには多くの人が集まっただろうが、果たして彼らは真実“英雄”の幸福を願ってくれたのだろうか。

 

「めでたしめでたし」で終わった物語の先には、果たして何が待っているのだろう。

例えば“人理焼却”と“濾過異聞史現象”、そして“人類悪”。正真正銘“世界の危機”を前に、圧倒的絶望に屈することなくこれらを打破した者たちの“その先”に待ち受けるものとはいったい……。

 

――――――これは、その可能性の一端。

 

 

 

医務室のベッドの上で、貫頭衣に袖を通した“藤丸立香”の表情は穏やかだ。動じることなく落ち着きを払い、現状とこの先に対する不平不満を滲ませもしない。まるで、そんなものありはしないと言わんばかりに。

それが、“ゴルドルフ・ムジーク”をどうしようもなく苛立たせる。

 

「本当にいいんだな」

 

荒げそうになる声を懸命に抑え、絞り出すように問う。

体面を気にしていないと言えば嘘になるが、それ以上に“今更”であることを理解しているからだ。まぁ、それを言えばこの問い事態が“今更”の極致なのだが。しかし、立香にとってはその今更が救いだった。

 

本来、“非人間”の代表とも言うべき“魔術師”でありながら、彼はどこまでも人が好い。他人の痛みに共感し、他者に犠牲を強いることを躊躇する。そんな、魔術師としては余分な“人間らしさ”。

指摘すれば本人は苦々しい顔を浮かべるのだろうが、そんな彼の下で戦えたのは幸運なことだったと思う。今もこうして、一部下に過ぎないはずの立香の身と未来を案じてくれている。本当に、カルデアの新所長に就任したのが彼でよかった。

 

だからこそ、少しだけ夢を見てしまう。

“もし”カルデアへの襲撃がなかったとしたら、案外査問の後も誰一人欠けることなくカルデアで過ごすことができたのではないだろうか。そして、いずれはサーヴァントたちも再召喚し、皆で騒がしくも割と危なっかしい…だけど、楽しい日々が送れたのかもしれない。そこでもきっと、ゴルドルフはサーヴァントたち関連の奇行・珍事に頭を抱え、時に現実逃避しながら最後まで付き合ってくれていたのだと思う。

なにより、そうであればかけがえのない後輩であり、無二のパートナーだった彼女(マシュ)も……

 

でも、それは結局夢でしかない。

カルデア本部は壊滅し、多くの犠牲者が出た事実は変わらない。その後に待ち受けていた“人理漂白”、人類史そのものが行った足切り“異聞帯”との対決も。

自らの手で行われた、“あったかもしれない世界”を滅ぼすという決断。果てしない旅の中で支払うことになった、多くの犠牲。それらが“なかった”ことになるはずもないのだから。

 

「良いか悪いかで言えば……」

 

もちろん、良くはない。良くはないが、選択の余地はない。

多くのものを失ってきた、多くのものを切り捨ててきた。

ある時はその身を挺して送り出され、またある時は自分たちが生きる世界のために滅ぼしてきたからには、責任がある。“生きる”ことこそが、その責任を果たす唯一の方法だと信じている。

 

思いは同じ。だからこそ、その先を言葉にせずともゴルドルフには理解できた。理解したからには、彼もまた責任を果たさなければならない。

 

「任せておけ。“それ”を差し出すからには、協会にこれ以上口は出させん。そして、もう会うこともないだろう」

「……そうですね」

「マスター藤丸立香を、人理継続保障機関フィニス・カルデア所長ゴルドルフ・ムジークの権限において、永久除名する。目が覚めれば、貴様はただの一般人だ。この勝ち取った世界で、どこへなりと行き、好きなように生きるがいい」

 

これは、ゴルドルフなりのケジメであり、立香への配慮なのだろう。何しろ、カルデアの存在は既に有名無実化しているのだから、今更こんな宣言にさほど意味はない。

そもそも本部は壊滅し、彷徨海のノウム・カルデアも特例で設置されていただけ。人理漂白が解決した以上、彷徨海がカルデアの存在を許容する理由はない。故に、ノウム・カルデアはすでに解体され、残されたのはシャドウとストーム・ボーダーだけ。補給と整備をする施設がない以上、拠点として用いることは不可能だ。当然、サーヴァント達への魔力供給もできないことから、彼らも再度退去している。

いや、どのみち“人理の危機”を打破した以上、この世ならざる者を留めておくべきではないだろう。彼らは英霊の影法師、一時の稀人に過ぎないのだから。

 

「お世話に、なりました」

「……………………………ゴホン。これは独り言だが」

(独り言なら、返事はしない方が良いか)

「貴様は魔術師ではなく、どこまでいっても“偶々マスター適性とレイシフト適性を有しただけの一般人”であり、“他にいないから使われた補欠”に過ぎん。申し訳程度の魔術回路はあるが、属性的にも才覚的にも見るべき点はない。唯一、令呪を宿した右手だけが魔術的に価値のあるものと言えるだろうが、それも協会に差し出すからには、とことん無価値な存在というわけだ」

 

散々な言いようだが、別にこれと言って反感は覚えない。他でもない、立香自身がその通りだと思っているからだ。礼装を介さなければ碌に魔術も使えず、現場に出ても逃げ回り守られることしかできない、偶々生き残ったからお鉢が回って来ただけ。本当に、ただそれだけのことなのだ。

だが同時に、“そういうことにしておく”というのがカルデアの生き残りたちの総意でもあったわけだが。

 

「故に、カルデアが解体…ではなく、カルデアから放逐された以上、貴様はもう魔術世界とは無関係になる。麻酔がてら、今からカルデアでの記憶を消すわけだが……」

「……」

「実を言うと、暗示とかその手の魔術は苦手でな。うん、もしかすると…万が一にもないと思うのだが、上手く消せないかもしれない可能性も無きにしも非ず、という事実を否定はできないかもしれない。なので、命が惜しければ余計なことは言わずに黙っておくように」

(……ありがとうございます)

 

あくまでも独り言なので、立香も胸中で感謝を送る。カルデアでの輝きに満ちた時間、それを残してくれる。本当に、これ以上にない退職祝いではあるまいか。

ちなみに、それはそれとして“宝くじに当たった”という名目で、滞りまくっていた給料に「危険手当」をはじめとした各種手当がついて、軽く人生数回は遊んで暮らせる額の報酬として振り込まれていたりするのだが…本気で使い道に困ることになることを、この時点の立香は知らないのであった。

 

そうして別れを済ませ、魔術と麻酔の両方で立香が眠りについたのを見届けたゴルドルフは、病室を後にする。と、そこに待っていたのは……

 

「サイキョウヤキ君」

「いや、流石に無理矢理すぎるだろソレ!! いい加減素直にムニエルって呼べばいいだろ!」

「うむ、私としてもちょっと苦しいかな~とは思った」

「思うくらいなら言うなっての……で、これでよかったのかよ、オッサン」

「良いも悪いもない。こうしなければ、あの小僧は誰とも知らん魔術師の手に落ちていただろう。その後の結末など、考えるまでもない。しかし、契約の要である令呪を差し出してしまえば、残るのは魔術的には何の価値もない只人の身体だけになる。……他に、どうしろという」

「まぁ、そうなんだけどよ……」

 

かつて、“人理焼却”を解決した時と同じだ。立香はサーヴァントたちを現世に留めるための要石ではあるが、ただそれだけの存在に過ぎない。呼び出されたサーヴァント達との交渉などは、他の者たちがこなしたのだと。“そういうことにした”。そうでなければ、彼の身の安全は保障されないから。

とはいえ、二度にわたって世界の危機を乗り越える一助を為し、数多の英霊たちと縁を結んだ立香の存在はそれだけでは誤魔化せないものになっていた。だからこそ、ゴルドルフは苦渋の決断をしたのだ。サーヴァントとの契約、特にその要となった“令呪”を差し出し、代わりに立香の身柄は解放する。それが、協会との間で行われた取引だった。

魔術協会に対して、ほとんど影響力を持たないゴルドルフにできたのは、これだけだった。それでも、せめて立香の命だけでも守ろうと懸命に走り回り、方々に頭を下げたことを、立香は知っている。本人は、それで納得できたわけではないのだろうが。

 

実を言えば、ゴルドルフは一度ならず提案したことがある。いっそのことサーヴァントたちの力を借りてはどうか、と。だが、立香はそれを拒んだ。彼らは“人理の危機”を乗り越えるために力を貸してくれたのだ。そんなかけがえのない仲間たちの力を、個人的な事情で使うべきではないと思ったのだ。

もちろん互いの間に信頼はあったし、中にはそれ以上のものを築き上げられた相手もいたと思う。しかし、だからこそその一線を越えたくはなかった。

だからこそ、ゴルドルフの勝ち取った結果を粛々と立香は受け入れた。彼に対する、深い感謝と共に。

 

アイツら(サーヴァント達)が知ったら、荒れ狂うだろうな」

「言うな、考えるだけで胃が痛くなる」

 

とはいえ、一部の切れ者たちはこの事態も予測していた。予測した上で、立香の意思を尊重し、現世に残って手を回すことをしなかった。実際問題として、彼らが立香の生きている間ずっと守れるという保証がなかったというのもある。バックアップなしに彼らを現世に留めておけるほどの魔力を用意することは不可能だったからだ。

だからこそ、ゴルドルフに策を託した。せめて、彼の命だけは守られるように、と。

 

「マシュと一緒に、送り出してやりたかったんだけどな……」

「言ってやるな。誰よりも、あの小僧が一番彼女にもっと世界を見せてやりたかったと思っているのだからな。

同時に、キリエライト君の意志の結果だ。我々が、彼女の意志にケチをつけるものじゃない」

「わかっちゃいるけど……やるせねぇな」

 

時間神殿での戦いの際、マシュは立香を守って命を落とした筈だった。にもかかわらず、何の奇跡か彼女は蘇生した。それも、試験管ベビーとしての宿命である短命を覆し、人並みの寿命を得て。

もし、カルデアの襲撃がなければ、あるいは最後の戦いを生き延びることができれば……二人で共に勝ち取った世界を生きる未来もあったはずなのに。しかし、そんな未来は待っていなかった。待っていたのは二度目の、そして永久の離別。

 

そもそも人理焼却解決後、マシュの身体から英霊ギャラハッドは退去していた。例外的に、「ギャラハッドとは異なる盾の騎士」として成長し、生きた人間でありながら借り物に過ぎない“英霊の霊基”をその身に宿し続ける存在として成立したからこそ、令呪によって無理矢理眠っていた霊基を覚醒させ戦うことができた。

とはいえ、それは途方もない無理であり、無茶であり、この上ない無謀だ。そんなことをすれば、当然代償を支払うことになる。健康体になったとはいえ、マシュの身体は本来強靭とは程遠い華奢な女の子のそれ。酷使の代償は、彼女の命だった。

人理漂白解決後から息を引き取るまでの数日間、穏やかに過ごすことができたことを、果たして“救い”というべきか否か。

 

「いつまで俯いている! そんなことではキリエライト君に笑われ…はしないな、うん。むしろ、心配されるか?」

「あ~、マシュに心配をかけるのはまずいなぁ……」

「そう思うならシャンとしなさいよ、ホントに! 藤丸のことは何とかなったけど、私たちのことはまだ何も決まってないんだぞ! あわわわわ…とりあえず、命だけは何としてでも守らなければ」

現代科のロード(ロード・エルメロイⅡ世)が動いてるらしいけど、あの人(諸葛孔明)こっちでのこと覚えてんのか?)

 

それとも、切れ者たちが残した策の一環なのかは、ムニエルにはわからない。とはいえ、まずは生き残るために全力を費やさなければならない。それが、生き残った者の責任なのだから。

 

 

 

それから数年後、とある商社の屋上にて。

 

「……ふぅ~」

 

咥えていた煙草を“左手”でつまみ、口内を満たしていた紫煙をゆっくりと吐き出す。

瞬く間に煙が空へと広がり溶けていく様を、立香は遠い何かを見るような眼差しで追いかける。

とそこへ、耳に馴染んだ声がかけられた。

 

「おう、藤丸。お前も休憩か……って珍しいな、お前吸う人だったっけ?」

「まぁ、偶に」

 

偶に、思うところのある日や特別な日だけ吸うので、この同期入社の知人が知らないのも無理はないと思う。

とりあえず、「ん?」と一本差し出すと「わりぃな」と悪びれることなく持っていく。慣れた所作でライターに火を灯し、それから煙草を口へ……運ぼうとしたところで、何かに気付いた様子で問いかけられる。

 

「そういやお前、どうやって火点けたんだ?」

「どうって……普通に?」

「普通って…お前、右手ないじゃん」

 

普通言いにくく感じそうなものだが、このあけすけな知人はそのあたりあまり気にしない。立香自身、気にされる方が居心地が悪いのでその方がありがたいのだが。

 

“あの日”カルデアを離れる際、立香は自身の身の安全と引き換えに“令呪”を差し出した、それを宿した“右手ごと”。令呪だけを剥がすことはできた、だがそれでは協会が納得しなかったのだ。令呪を宿し、その影響を受けたであろう魔術回路を含めて、彼らは欲した。

命と右手、選択の余地はない。立香は“右手”で“自由”を買ったのだ。ゴルドルフの申し訳なさそうな、痛みをこらえるような顔がまるで昨日のことのように思い出せる。

 

「左手で煙草持って、どうやって火点けるんだよ」

「そりゃ咥えて、空いた左手でライターを使うんだよ。というか、そうするしかないだろ?」

「うへぇ……俺、目の前で火が揺れるのって苦手なんだよな。昔、近所の神社でボヤ騒ぎ起こしたのがトラウマでさぁ」

 

そういえば、この知人は極力火に近づこうとしないことを思い出す。なるほど、そういう理由があったのか。

 

「で、そっちはどうよ?」

「ん?」

「だから、お前の受け持ちの新人」

「ああ……優秀だよ。入社半年で、もういくつか契約取ってきたから」

「そりゃスゴイ、先輩の指導の賜物かね」

「どうかな? T大出だし、本人の努力と能力の問題かもよ?」

「一流大を自慢するなら、もっといいところ(会社)に行けって話だろ。うちみたいな、あと一歩で一流になれない二流企業じゃなくてよ」

「まぁ、今の時代中途採用でのステップアップもあるし、ここもそのつもりなんだろ」

「俺らは踏み台かよ。いや、だとしても世話になった相手のことを影で『教わることなんかないし』『眼中にないよ、すぐに追い越すさ』とか言うのはどうなんだ?」

 

受け持ちの新人がそういうことを言っているのは知っている。が、別段思うことはない。優秀な人間が上を目指すのは当然だし、若いうちに周りへの配慮が足りないのは止むを得ないことだろう。だが、そういうとこの知人は、若干呆れの入った表情を浮かべてくる。

 

「いや、お前だってまだ25だろ。枯れてるというか、悟ってるというか……」

「実際、俺も真面目なわけじゃないしね。“向上心のない奴は馬鹿だ”って言うなら、俺は馬鹿なんだろうし」

「夏目漱石、だっけか?」

「そ」

 

事実、立香にはあまり向上心というものがない。というより、何を目指していいのかわからない、というのが正しいだろうか。

一生遊んで暮らしても使いきれないほどの資産を得たことがあるというのもあるだろうが、そちらはほとんど慈善団体などに寄付してしまった。まぁ、それでも慎ましく生きていく分にはさほど苦労することはないだろう。

 

理由はわかっている。“あの頃(カルデア時代)”が濃厚過ぎたのだ。

生きるために必死で、前に進むだけで精一杯。世界なんて大きなものを背負える器ではないけど、それでも事実として自分の行動一つで世界の存亡が決まることは理解していた。そのことを重く苦しいと感じたことは、数えきれないほど。ましてや……一つの失敗はもちろん、最善手を打てたとしても負けるかもしれない戦いばかり。加えて、勝つということは、生き残るということは、つまり“あったかもしれない世界”とそこに生きる生命とすべての歴史を滅ぼすこと。

それと社会で生きることは比較していいようなものではないだろうけど、それでも道に迷ったかのような感覚がずっと付きまとっている。果たして自分は何を目指し、どこに向かおうとしているのか。否、そもそも“どこに行きたい”のだろうか。

 

(まぁ、誰もが思ってることなのかもしれないけど……)

 

立香の場合、一際その思いが強いのかもしれない。

それでも社会に出たのは、託されたのも、背負ったのもの、得たものを無駄にしたくなかったから。世捨て人のように生きては、手を取ってくれたサーヴァントたちを失望させるだろうし、犠牲にしてきた全てに申し訳が立たない。何より、信頼してくれた後輩(マシュ)が悲しむだろうから。せめてこの世界を生き、彼女が見られなかったものを見よう、そう思ったのだ。

 

「でもよぉ、アイツの成果ってのもお前がいたからこそだろ? 地道に信頼関係を築いてたからこそ、割と博打に近いアイツの契約が通ったんだし。そこはちゃんと感謝すべきだと思うがね」

「そうか?」

「自覚なしか? お前、成績は人並みだけど妙に顔が広いじゃん。課長や部長は新人にばっかり目がいってるけど、常務なんかはむしろお前の方を買ってるみたいだぞ。この前も、昇進の話があったんだろ?」

「そういうお前は、噂話とかに耳聡いよな。情報売り買いする仕事とか向いてるんじゃないか?」

 

などと誤魔化してはみたが、確かにそういう話は再三来ている。

顔の広さから各方面の情報が入ってくるし、数は多くない代わりに一つ一つの契約は良好だ。短期的に見れば目立たないが、長期的に付き合っていけるであろう契約の比率が多いのが立香の特徴である。また、部署内の人間関係にもひっそりと手を回している。奇人変人狂人、切れ者曲者キワ者に至るまで、キャラの濃いサーヴァントたち相手のそれに比べれば、部署内での人間関係の調節など朝飯前だ。

特別隠したつもりはないが、かといって喧伝もしていない。なので、課長や部長は気付かなかったようだが、役員クラスはそのあたりを評価しているらしい。

とはいえ、立香はそれらの話を全て断っている。“何をどうしたいのか”、それすらハッキリしない人間が上に立っても、害にしかならないだろうから。

 

そのまま、とりとめのない雑談を交わす二人。そうして話題は、休みの過ごし方に及ぶ。

 

「そういや、お前今度の夏はどこか行くのか?」

「ん~、まだ決めてないけど、なんで?」

「いや、藤丸って妙にフットワーク軽いだろ。中東に行ったかと思ったら次はインド、この前は北欧だっけか?」

「うん。でも、国内旅行もそれなりにするけど?」

「そうなのか? まぁとりあえず、今度はお前がどこに行くのかちょっと賭けをな。決まったら教えてくれ」

「人の旅行先で賭けるなよ」

「無理言うなって。アメリカ横断旅行なんて言い出す奴なんだから、楽しまなきゃ損だろ」

「ホントは徒歩でやりたかったんだけどな、時間が足りなかった」

 

冗談と取られたらしく相手は笑っていたが、立香は本気だった。とりあえず、かつてレイシフトやゼロセイルで向かった場所、その“現代の姿”を見て回りたかった。見て、聞いて、触れて、それらすべてを伝えたかったのだ。本当は、二人で“自分たちが旅した場所”を巡りたかったから、そのせめてもの代償行為として。

 

「そうだ、今度合コンやるんだけどどうだ?」

「合コン?」

「おう」

「そういえば、そういう話は初めてだっけ。どういう風の吹き回し?」

「……まぁなんつーか、入社したばっかりの頃のお前って気さくな割に近寄りがたいところあったからなぁ」

 

言わんとすることはわからないでもない、むしろ「なるほど」と思う。今では大分折り合いもついてきたが、あの頃はまだマシュとの離別や改めて圧し掛かる自分の為してきたことの重さに一杯一杯だった。入社試験を受けたのも、もとはと言えばジッとしていると気が触れてしまいそうだったからだ。

働いていれば、少しは気が紛れるのではないか。そう思って、特に目標もなく始めた社会人生活。結局、新しい目標はまだ見つけられていないが、なんとか折り合いだけはつけられるようになった。

 

とはいえ、それと合コンに出るのは別の問題だ。

 

「でも、やっぱりお前は良い奴だし、最近は前ほどじゃなくなったからな。せっかくだし、どうだ?」

「……ちょっと、考えさせてくれないか」

 

マシュのことは好きだった。それは親愛であり、友愛であり、恋愛だったのだろうと今では思う。

別に彼女に操を立て、他の女性と関係を持たないと決めているわけではない。そもそも、恋人同士になれていたわけでもないのだが。

 

「構わねぇよ。でも、あんま深く考えないで出てみたらどうだ? お前は良い奴だけど、このままだと“良い奴”で終わって、そのまま独り身になりそうだし」

「余計なお世話だよ」

「何なら、今夜一杯どうだ?」

「悪い、約束があるんだ」

「女か」

「残念、男。それも中年。昔お世話になった人と会うんだ」

「ちぇ……まぁ、とりあえず考えてみてくれ」

 

そう言って去っていく知人の背を見送ってから端末を開く。開いたメールに記載されていたアドレスに覚えはないが、件名に表示されていたのは「ゴルドルフ」の文字。

 

「……再会を喜ぶ、じゃ済まないよな、やっぱり」

 

本来、もう二度と会うことのなかったはずの相手であり、会うべきではない人。そんなこと、むしろゴルドルフの方がよくわかっているはずだ。にもかかわらず、こうして連絡が来たということは、相応の理由があるのだろう。

だからこそ、立香も普段あまり嗜まない煙草を吸いたくなったのだ。

 

(そういえば「まるでお線香みたい」って言ったのは、誰だったっけ?)

 

いつだったか、一人で紫煙を燻らせている時にそう言われたことがあるが、アレは言い得て妙だったと思う。

煙草を覚えたのは帰国した後のこと。煙草を旨いと感じたことはないし、吸いたい衝動に駆られることもほとんどない。にもかかわらず、自分でもよくわからないまま煙草に火をつけていた。

揺れる煙の向こうに今はもういない人たちを見ていたことを、その時に初めて気づかされた。

 

(引きずってる、ってことなのかな?)

 

でもきっと、こうして煙の向こうに“誰か”を見ることは、一生止められないのだと思う。

 

 

 

久しぶりに会ったゴルドルフは、記憶より幾分か老けていた。とはいえ、相変わらず肥えている様子で、とりあえず健康そうで何よりだと思う。

 

「お久しぶりです、所長」

「うむ、息災で何よりだ。だが、所長はやめろ。私は確かに誉れあるムジーク家の当主だが、それは一般人であるお前には関係のないこと。ましてや、もう上司と部下でもないのだからな」

「それなら……ゴルさん」

「いきなり距離感が近すぎやしないか!?」

 

相変わらずのリアクションに、むしろ安心感さえ覚える。そのまま互いの近況を報告し合うが……

 

「なんだ、キョロキョロと落ち着きのない。貴様もいい歳だ、どっしりと構えることもできんのか」

「いや、こんな高そうなお店、しかも個室とか庶民には敷居が高いですって」

「ふっ、まぁ無理もない……いや、配慮が足らなかったな。私のような上流階級にとっては当たり前だが、貴様のような生まれながらの庶民には肩身が狭かろう。せっかくなので、好きなものを注文しなさい。こんな機会、早々あるものではないからな」

 

本当に、相変わらずである。

 

「しかし、世界を救ったマスターが、今や一般企業の平社員とは……まぁ、分相応だろう。身の丈に合わないことをしても破滅するだけだ。私、そういう経験は豊富だからね」

「ゴルドルフさん」

「むっ……」

「今日は、どうして?」

「…………」

 

よほど言いにくい要件なのだろうということは、あった時から察していた。雑談ばかりで本題に入ってこないこともそうだし、顔には隠しきれないほどバツの悪さが滲んでいたから。

 

「……貴様を狙っている者がいる、という噂がある」

「魔術協会ですか?」

「厳密に言えば協会の所属ではある。だが、降霊術を専門とする家系なのだが、歴史はあれども実績がない。協会に貴様の右手や“例の盾”の貸出を申請しても通らんことに、業を煮やしているようだ」

「それで、直接俺を?」

「実験材料にするつもりらしい。令呪のない貴様など、魔術的には価値がないとわかっているだろうに……」

 

それでも、その令呪を宿していた肉体ならば……と、何かしらの考えがあるのだろう。

 

「……そうですか」

「協会はこの件において、干渉する気がない。少なくとも“神秘の秘匿”さえ守られるならばな」

「まぁ、そういう組織らしいですしね」

「………………………………すまん」

 

それは、守ってやれなかったことに対する謝罪なのか。あるいは、もう二度と関わることのないはずの世界と関わらせてしまうことに対してなのか。

いずれにせよ、ゴルドルフの庇護を望めないことも分かった。あまり詳しくはないし情報も古いが、ゴルドルフの協会内での立場は決して高くない。“人理漂白”の解決がどういった扱いになっているかわからないが、協会を動かせるほどのものではないのだろう。

かと言って彼個人、またはムジーク家を頼ることもできない。ゴルドルフが立香を守ろうとすれば、いらぬ憶測を呼ぶ。それがきっかけとなり、対処できない大物を引き寄せては元も子もない。これは、かつて助力してくれたエルメロイ派にしても同じだろう。今を守ることができても、先に続かないのでは意味がない。

 

「……俺は、どうなりますか?」

「我々に守ることはできない。かと言って、貴様に自分の身を守れるかと言えば……」

「無理でしょうね」

 

ある程度の自衛はできる。だが、それなりの腕を持つ魔術師が相手となれば、立香の手に余る。そんなこと、他でもない立香自身が一番よくわかっている。

 

「まぁ、ちょろまかした礼装とみんなが残していってくれたアレコレがあるんで、運が良ければ何とかなりますよ」

 

とは言ってみたものの、それも悪手だ。立香がカルデアでのことを覚えている証明になるし、サーヴァントたちが残した品々の中には魔術的に途方もない価値のあるものも少なくない。むしろ、追及と追手が増えるだけだろう。なにより、隠匿したゴルドルフたちの立場を危うくする。

立香もそれを理解しているので、本当にそれらを使う気はない。まぁ、自分にできる限りの範囲で抗う。その結果は……受け入れるしかないだろう。そう、思っていたのだが……

 

「いや、貴様は逃げる。連中の手が届かんところまで、な」

「どういうことですか?」

「貴様のレイシフト適性は100%だったな」

「はい」

「これは、本来なら有り得んことだ」

「そうなんですか?」

「この世界のテクスチャは、“人の世”として安定している。だからこそ人間である限り、そんなことは本来ないはずだ。それこそ、この世ならざる“幻想種”の類でもなければな」

「でも俺、人間ですよ」

「うむ。ついでに言えば、それ以外に特殊な体質などもない。なので、幻想種との混血とかそういう類ではないのも間違いない。ホント、どうなってるの? 実はチェンジリング(取り換え子)だったりしない?」

「しない、と思うんですけど……」

 

ちょっと自信がなくなりそうである。

 

「まぁ、貴様の出自や本質はこの際置いておく。重要なのは、レイシフト適性100%という事実だ。

 これは言うなれば、“世界からの外れやすさ”の指標だと思え」

「外れやすさ、ですか?」

「宮本武蔵を思い浮かべればわかるだろう。本来なら、人間は自分の生きる世界の中で完結する。が、奴はどういうわけかその枠から零れ落ちた。要は、貴様にも同じことをしてもらうということだ」

「俺も武蔵ちゃんみたいな放浪者(ストレンジャー)になれと?」

「それ以外に、貴様を生かす手段はない」

 

そこから先は早かった。やるべきことははっきりしており、むしろいつ手が伸びるかわからないという意味では時間がなかったからだ。家族との別れには後ろ髪惹かれたものの立香は急いで身辺の整理を済ませ、ゴルドルフの準備が終わったのは一週間後のことだった。

 

「持っていけ」

「これは、霊基グラフ…ですか?」

 

疑問符が伴ったのは、彼が知るそれよりも一回り以上大きくなっていたから。以前はトランクくらいの大きさだったのが、今はキャリーケース並みである。

 

「そこには、霊基グラフの他にカルデアでの記録やレイシフトをはじめとした技術に関する資料が詰め込まれているからな。その分大きくなるのは当然だ」

「なんでまた……」

「貴様はこれから“時空間をただ誘われるままに流転し続ける次元の放浪者”になるわけだが、その詳しい形態はわからん。自由に行き来することは出来ないのは当然としても、強制的に時空の歪みに飲み込まれるのか、あるいはある程度任意で飛び込むか否か決められるのか、それすら未知だ。

 だがもしかしたら、どこかで安住の地を得ることがあるかもしれん。場所によっては、そこの情報を売って必要な地盤を整えるなりなんなりしろ。どうせ他の世界のことだ、技術の独占も何もこちらには関係のないことだからな。まぁ、後は……長い旅になる。昔が懐かしくなることもあるだろう。楽しい記憶ばかりではないが、慰めくらいにはなるだろうさ」

「後者の方がメインになりそうですけど、ありがとうございます」

「……機会があれば、どこかの世界でフィクションという体で公表でもしてしまえ。我々がいなくなれば、異聞帯の歴史を、在り様を、営みを、そもそもその存在を知る者すらいなくなる。“なかったこと”になど、すべきではないのだろう」

「……そうですね」

 

知っているからには、残すべきだ。しかし、この世界でそれは叶わない。だが、これから数多の世界を放浪する立香なら、その機会があるかもしれない。

知っていてほしい、その思いは立香も同じだ。そんな世界があり、そこで生きる人々がいたことを。

 

「虚数ポケットのカギは憶えているな」

「ええ。“捨てられないもの”ばっかりだったんで、助かりました。それに……」

 

首から下げたロケットを握る。そこには、かけがえのない品が入っていた。

 

「“マシュ”がいるから、大丈夫です」

「キリエライトの盾、その破片だがな。私の権限で回収できたのは、その小さな欠片一つだった。それも、本体ではなくオルテナウスの。それでは、とても召喚はできまい」

「十分過ぎますよ。それに、どっちみち令呪もありませんし」

 

それに、召喚抜きで強引に助けに来てくれる物好きもいるかもしれない。だから、本当にあるだけで充分なのだ。

 

そうして、立香は数年ぶりに遠い遠い旅に出る。ただし、今度はもう帰ってくることはないだろう。いつかどこかで果てるのか、あるいはどこかに骨を埋める日が来るのか。それすら定かではないままに、世界から外れ、まっとうな時の流れからも外れた、長い永い旅に。

 

(ああでも、遠い世界に行くというのなら…フェイトと会うこともあるのかもしれないな)

 

第一特異点でジャンヌ・ダルクと共に出会い、そのまま一緒に旅をした小さな金色の女の子。

人理焼却解決後、いまならゼロセイルの応用とわかる技術で元の世界へと帰還したはずの友人。

遠く、永い、遥かな旅というのなら……また、巡り合うこともあるのかもしれない。

 

(困ったな。会いたいけど、会いたくない。フェイトはマシュとも仲が良かったし、なんと言って伝えればいいかわからない。なにより……)

 

きっと自分は、彼女の知る“藤丸立香”からは遠く離れてしまったことだろう。

特異点での戦いは生きるために進み、自分が血を流す戦いだった。

だが、異聞帯との戦いは滅ぼすために、誰かに血を流させる戦いだった。

 

名残惜しさを振り払い、あの優しい少女を送り出してよかったと思う。きっと、彼女にあの戦いは耐えられなかっただろう。

だからこそ、今の自分を見せることに忌避感を覚える。

 

(まぁ、早々会うはずもないか……)

 

 

 

*  *  *  *  *

 

 

 

「……帰ってきた、のかな?」

《Yes,sir》

 

その日、一年と数ヶ月ぶりにフェイト・テスタロッサは第97管理外世界「地球」の地を踏んだ。地球、であればそれこそ世界各地、様々な時代を旅した彼女だが、その「地球」と第97管理外世界の「地球」は別物だ。

この世界には魔術がないし、当然ながら漂流者であった彼女を温かく受け入れ、共に戦い、語らい、困難を乗り越えてきた優しくも強い人たちはいない。いても、似て非なる別人だ。そのことは理解している、理解しているが、一抹の寂しさを覚えるのはどうしようもない。

 

《sir》

「わかってるよ、バルディッシュ。ここで立ち止まったら、みんなに怒られちゃうよね。

 まずは場所と時間の把握から、かな。ここがどこで、あれからどのくらい経ってるのか、ちゃんと調べないと。それから……あの子に会うんだ。会って、ちゃんと返事をする」

 

それが、フェイトがこの世界に帰ってくることを決断した大きな要因の一つ。世界を渡る前、対立する立場にありながら“友達になりたい”と言ってくれた“白い魔導士”。彼女の言葉に、ちゃんと返事をしなければならない。だからこそ、カルデアでは決して誰も「友達」とは呼ばなかった。小さな拘りと理解した上で、あの子に答えてからでなければ如何にと思ったから。

 

「それに、あの子に会えば管理局とも接触できるはずだしね」

《……》

「ちゃんと、ケジメはつけないと。みんなに胸を張れるように」

 

かつて、彼女はこの世界で罪を犯した。正しくは、それが犯罪行為であると理解した上で、母を止めるのではなく手を貸すことを選択した。

 

“あの日”のことは今でもはっきりと覚えている。

ロストロギア「ジュエルシード」を手に入れるためにあの白い女の子と戦い、敗れ、収容された次元航行艦で自身の出生の秘密を知った。一度は心が折れ、もう生きていても仕方がないとさえ思った。だがそれでも、母に伝えたい言葉があった。だから、“時の庭園”に向かい、母に会った。

そこでフェイトは悲しい別れをして、崩れ行く庭園から脱出しようしたところで……少しだけ失敗した。何とか手を伸ばしてくれていた白い女の子、彼女の手を取ろうとするもわずかに届かず、フェイトは母と同じように虚数空間に落ちたのだ。

 

(あの子、ナノハ…って言ったっけ。気に病んでないといいんだけど……)

 

普通なら生存は絶望的だが、何の奇跡かフェイトは生き延びた。

ただし、彼女が一時を過ごした世界とは似て非なる地球の、それも西暦1400年代のフランスに出るという形で。

彼女はそこで聖女とも称される女性「ジャンヌ・ダルク」に保護され、やがて立香やマシュと出会い、そのままカルデアに身を寄せた。

あとはもう目まぐるしい怒涛の日々だった。絶望的という言葉ですら生温い彼らの世界、一縷の望みをかけて挑む過酷な特異点での戦い、休む間もなく発生する騒動、でも時には楽しいこともあって……母とのことをまだ引きずっていたフェイトの顔に、笑顔が戻っていたのはいつの頃だっただろう。

 

そのまま立香たちと共に駆け抜けて、大切な仲間との別離の果てに世界は救われた。

 

「みんなとあの世界を生きたい、そういう気持ちもあった、だけど……」

 

かつて生きた世界を忘れることもできなくて。母もあちらの世界に出た可能性はあったが、元より病で余命幾許もない身だ。だから、せめて故郷で母や姉を弔いたいという気持ちがあった。それに、自分のしたことに対する責任を果たさなければという思いも。何より、あの白い女の子に返事をしたかった。

あるべき世界への帰還と、たどり着いた世界での暮らすこと、相反する二つの願い。どちらも捨てられなくて板挟みになっていたフェイトだったが、思いもしない方向から決断が下された。

 

そもそも、フェイトはあの世界とは全く別世界の住人。その存在が白日の下にさらされれば、当然放置はされない。特に、まったく異なる技術体系でありながら“魔導”を謳うフェイトの有する技術は、魔術協会を大いに刺激することだろう。だからこそ、司令官代行となったダ・ヴィンチは彼女に言ったのだ。「元の世界に帰りなさい」「ここは君のいるべき場所じゃない」と。

そもそも、フェイトがあちら側に出現したこと自体が「人理が揺らいでいる状況だからこそ起きた例外」であり、時間が経てば経つほどに困難になっていくことは目に見えていた。

 

悲しかったし、寂しかった。

だがそれが、自身のことを思っての言葉だったことも聡明なフェイトは理解していた。カルデアはそのために、フェイトの存在を完全になかったものとして報告を挙げた。情報改変は当然大問題だ、発覚すれば職員一同厳正な処罰を下されることだろう。だがそれでも、彼らから反対意見が出ることはなかった。

そんな仲間たちの思いを、フェイトはうれしくも思ったのだ。だからこそ、フェイトは帰ってきた。背中を押してくれた人たちの思いにこたえるために。

 

「そうだ。あの旅で得たものを無駄にしないために、私はこの世界でちゃんと生きなきゃいけないんだ」

 

色々調べてみて分かったことは、あちらで一年以上たったにもかかわらず、こちらではまだ数ヶ月しか経っていないこと。フェイト自身、あちらではほとんど肉体的な成長をしなかったことや、異界では時間の流れが違うことがままあるという話から想定されていたことだが、それでもやはり驚きを禁じ得ない。

 

とはいえ、やるべきことに変わりはない。フェイトはまず件の少女との再会を果たす。

当然と言えば当然ながら大層驚かれはしたものの、相手…高町なのははことのほか喜んでくれた。そしてあの時の言葉「友達になりたい」という言葉への返事。その結果は、言うまでもないことだろう。

 

フェイトはそのままなのはを介して時空管理局に接触、自首の意志を伝える。

心配していた自身の使い魔アルフは、なのはの魔法の師であるユーノが暫定的にマスターを代行してくれていたことで無事だったのには安心した。母プレシアはともかく、フェイトが単純に「犯罪者」の烙印を押されることが許せず、そのあたりしっかりと物申すために当分の間残ることを希望した結果らしい。

 

だが、すぐに管理外世界に逮捕(迎え)に来られるわけではない……という名目で、リンディが高町家に話を通す形で、しばらくの間ホームステイという名の居候をすることに。なぜか妙に居候に対し好意的な高町家が快諾した際には、あまりの話の速さに色々な特殊事象に慣れたフェイトも目が点になっていた。

 

しかし、管理局の迎えが来るより早く後に言う「闇の書事件」が発生。フェイトは魔力を厳重に封印していたことから当初は標的にされなかったが、なのはが狙われたことから彼女も共に事件に立ち向かうことに。

改めて己が無力さを目の当たりにし、何とかできる心当たりがありながらそれを手繰り寄せられないことに歯噛みしたりもした。

 

それでも、時間は刻々と過ぎていく。

フェイトはリンディから申し出のあった養子縁組を受け入れ、裁判後に闇の書事件で出会った八神家やなのはと共に管理局で働く道を選ぶ。執務官となり、誰かを救える仕事がしたかったから。

とはいえ、とりあえず中学卒業までは地球に生活の拠点を置き、学生と管理局の二束の草鞋で過ごすことに。管理局での仕事も、友人たちと過ごす日常も、得難く充実したものだった。困った点があるとすれば、強いて言えば一つ。

 

「それでフェイトちゃん、今度は誰だったの?」

「えっと、バスケ部のキャプテン」

「あ~、あのイケメン君かぁ。優しいって評判はよう聞くし、女子からの受けもええやん。それで、答えは?」

 

すずかとはやて、幼馴染二人からの追求に特に動じた様子も見せない。初めのうちはしどろもどろだったのだが、告白件数が10を超えあたりにはすでにこの調子だった。

ちなみに、なにもこの手の追求はフェイトだけが受けるわけではない。というより、だいたいみんな「告白された経験」が豊富なので、その度にこうして報告会が開かれている。

 

「断ったよ」

「ふ~ん、フェイトは相変わらず鉄壁ねぇ」

「いや、それアリサちゃんが言うん? この前なんて、『ちょっと私をドキドキさせて見せなさい』なんて、無茶ぶりしとった人が……」

「だって興味なかったし、かぐや姫よりはましでしょ?」

「にゃははは……」

 

まぁ、鉄壁というならこの幼馴染五人組はみんな同じなのだが。一応、鉄壁は鉄壁でも方向性は異なる。例えば、はやてと交際しようとする場合は厳格な古き良き頑固お父さん以上に難攻不落な守護者4人を攻略しなければならないし、ちょうど苦笑いを浮かべているなのはの場合「like」ではなく「love」であることを理解させるのが大変だったりするからだ。

 

「で、断り文句はやっぱり?」

「うん、好きな人がいるから」

「ねぇ、フェイトちゃん。それはやっぱり……」

「不毛だっていうのはわかってるんだけど、ね。もう会えない人のことを思っても仕方がないって、分かってるんだ。だけど、気持ちがね…区切れないんだ」

 

なのはに向けて、本当に困った様子でほほ笑むフェイト。この恋心に気付いたのは、こちらに帰ってから随分と経ってからのことだった。思春期を迎え、身体が女性らしい丸みと起伏を帯びるようになるにつれ、心も子どもから大人に変化し始めた。その時になって、ようやく気付いたのだ。

 

「私は、立香のことが好き」

 

好きだったのか、それとも心が成長して好きになったのかはよくわからない。ただ、恋愛や恋人というものを考えた時、真っ先に浮かび、他の誰かを思い浮かべることができないことに気付いた。

思い出を美化していると言われれば否定はできない。だがそれでも、この恋心は本物だと思う。まぁ、本物だからこそ厄介ではあるのだが。何しろ告白すること叶わず、かといって彼が誰かと結ばれたのかもわからない。おそらくはマシュと……と思いはしても、やはり確信は持てない。それ故に、気持ちの区切りの付け方がわからないのだ。

 

「ふ~ん、話には何度も聞いたけど、フェイトがそんなに想う人っていうのはやっぱり興味あるわねぇ」

「あっ、アリサちゃんシッ! シィッ!」

「あっ、しまった……」

「え? 聞きたい? ホントに? 本気で? 正気と狂気の境界が怪しくなるけど、それでも?」

(あかん、フェイトちゃんがまたヤミに……)

 

藤丸立香を語る上で、カルデアでの日々は外せない。そして、当然そこにはあの破天荒と奇想天外と非常識をごった煮にした連中の話も絡んでくる。このことに話が及ぶたびに、フェイトの目からは光が消え、ふっか~い闇を垣間見せるのだ。

 

「ふぇ、フェイトちゃん落ち着いて、どーどー……」

「いや、なのはちゃん。馬じゃないんだから……」

「……でも、立香がいてもやっぱり私じゃダメだよ。私じゃ、立香に釣り合わない」

「いや、フェイトに釣り合わないってどんだけよ」

 

とアリサは言うが、フェイトは本当に心からそう思っている。

例えば、第七特異点でこんなことがあった。鮮血神殿に囚われ、魔獣へと作り替えられようとしている戦士たち。フェイトやマシュは彼らを助けようとしたが、立香は彼らを見捨て進むことを選んだ。それは、自らの為すべきことを、それが時間との勝負であることを正しく理解していたから。

あの時、フェイトは助けられるかもしれないことに後ろ髪惹かれ足踏みするのではなく、立香の決断に同意し速やかに行動すべきだったのだ。そうしていれば、あるいは彼より早く進むことを進言していれば、立香に「見捨てろ」と言わせなくて済んだはずなのに……。家族や友人たちは「子どもだった」「当然の感情であり反応だ」と言うが、それでもフェイトは思う。立香にあんなことを言わせたのは、自分の愚かさ故だったと。

だから、例え立香と再会できたとしても、やはり自分では相応しくないと思ってしまう。でも、それでも心が彼を求めてしまうのだ、「恋しい」「愛おしい」と。

 

「本当に、どうしたらいいのかな……」

 

もしかしたら、時間が解決してくれるのかもしれない。あるいは、もしかしたら一生付き合わなければならない恋なのかもしれない。この時のフェイトには、自分の中の感情がどちらになるのかわからなかった。

 

だが数年後、次元世界を震撼させる事件の渦中でフェイトは思わぬ再会を果たす。彼女が何度も思い返し、けれども叶わぬ夢とその度に諦めた相手。

でも、その彼は彼女が知っていた彼とはどこか違っていて、深く重い影を滲ませるその微笑みは隔てられた時間を思い知るには十分すぎて……。

 

―――なにが、あったの? 私が帰った後の君に、いったい何が……

 

―――私は、帰るべきじゃなかった。残っていれば、少しでも立香を支えられたかもしれないのに……

 

―――“あの時”と同じだ、私は何も変わってない。立香に辛い決断を押し付けて、守られてばかりで、どうして私は……

 

だが、永く悔恨に浸る時間はない。

カルデアは見誤ったのだ、彼と英霊たちの間に刻まれた因果を。数多の英霊と縁を紡ぎ、絆を結んだ藤丸立香の令呪は、既に通常のそれから外れていた。強力ではない、むしろ通常のそれより強制力は劣るだろう。代わりに、彼の存在と深く結びついていた、立香本人から切り離されてもなお目に見えぬ繋がりで。そしてそれは、最後まで彼を守り通した“雪花の盾”もまた同じ。

 

故に、それは現れた。

 

木乃伊化した聖痕(令呪)の刻まれた右腕

『英雄たちが集う場所』という特性を有した円卓の盾(召喚陣)

ここに膨大な魔力リソース(聖杯)が加わればどうなるか

 

一つの特異点を作り出すには、十分すぎる要素だろう。

ましてや、それを手にした者が善ならざる者だとすれば尚のこと……。

 

呼び出されたるは異世界の歴史に、伝承に、神話に、あるいは異聞にその名を刻んだ英傑たち。

偽りの主の下、かつての旅の記憶を持たない彼らが何を為し、誰が止めるのか。全ては、遠い次元の彼方に……。

 




事件発生までの大まかな流れは以下の通り。

フェイト、PT事件終盤に時の庭園からの脱出失敗、虚数空間に落下
  ↓
第一特異点に出現、ジャンヌに保護されたのちカルデアに身を寄せる
  ↓
終局特異点まで共に駆け抜け、人理焼却解決後は魔術協会などから目を付けられる前に帰還
  ↓
フェイト、海鳴に帰還。なのはと再会し、かつての言葉に返答
  ↓
高町家に居候中、闇の書事件に巻き込まれる
  ↓
リインフォースについて、山の翁や両儀式なら救えるのではないかと考え、覚えていた召喚陣と詠唱を試すが、当然失敗。無力感にさいなまれたりもする
  ↓
なんやかんやとありながら中学生まで海鳴で過ごす。思春期に入った頃から、立香への恋心を自覚するが、持て余したり、区切りをつけられなかったりと悶々とする
  ↓
中学卒業後、本格的に管理局で働くことに
  ↓
機動六課発足、事件中にヴィヴィオを保護
  ↓
JS事件解決後か、その最中に立香も流れつく
  ↓
立香との因果により、右腕とマシュの盾、おまけに聖杯まで着いてきてしまう。当然、事件が起こらない筈がない

とまぁ、こんな感じ? 立香自身は令呪がないしマシュの盾もないしで、サーヴァントの召喚はできません。戦力的には正真正銘の役立たず、でもフェイトも知らないサーヴァントもいるので、彼の知識が重要なファクターになる。
とかそんな感じになると思います。でも、多分やらない。理由は、やはりマシュが死んでるのはどうかなぁと思うから。でも、要素としてはこういうことになりそうな部分もあるんですよねぇ。さぁ、FGOの結末は何処へ……。

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