ご容赦ください。
―――う~、大丈夫かなぁ……。
ふふっ、そんなに気を揉まなくても大丈夫よ。
―――でも、かなり激しく喧嘩してましたよ。いつもだったら立香さんが上手く受け止めてくれてるのに、今回はそれをしようとすればするほどフェイトさん怒ってましたし……。
人間だから、そういう時もあるわよ。フェイトちゃんはそのあたりかなり自制できるし、むしろ逆にし過ぎるところがあるけど、それでも偶にああして気持ちが暴発しちゃうのは仕方がないんじゃないかしら。
まぁ、今回はちょ~っと激しいかもしれないわね。酔ってタガが緩んだのもあるとはいえ、普段なら子どもの前ではそういうのを見せないようにするはずなんですけど……よほど腹に据えかねてたのかしら?
とはいえ、そんなに心配しなくてもいいと思うわ。どうせ、理由事態は犬も食わない類だろうし。
―――そうなんですか?
あの二人のことだから。大方、“甘やかしてばっかりで甘えてくれない”とかそのあたりでしょ。
―――あ~……。
それをぶつけてる時点で甘えてる証拠、なんだけどね(クスクス)。
―――でも、理由がそれならなおのこと拗れちゃいませんか?
拗れるわねぇ、きっと。滅多に喧嘩しない分、いざ始まると徹底的に拗れてからでないと仲直りできない人たちだから。
―――立香さんが甘えれば解決しません?
気を遣って甘えられても喜ばないわ。立香さんもそれがわかっているから、無理に甘えようとしないわけだし。
―――さすが……でも、それじゃどうするつもりなんでしょう?
いつものパターンなら……逆転の発想で煽りに行くんじゃないかしら?
―――煽る、ですか? それって、拗れるどころか色々なところに罅入っちゃいません?
ああ、言い方が悪かったわ。煽るって言っても、言葉じゃなくて行動。
―――行動?
割とよくやる方法としては、プレゼント攻勢ね。
―――あ~、確かに今の状況でプレゼント渡してご機嫌取りなんてしても、確かに逆効果で煽ってるのと同じかも……。でも、“攻勢”ってどういうことですか?
文字通り、ストックしてたプレゼント候補をぶつけるのよ。
―――はい?
それも手当たり次第に全部。
―――全部、ですか?
ちなみに、フェイトちゃんに聞いたらビックリするくらい全部だったらしいわ。それこそ、チラッとでも「いいかも」と思ったものは全部。
ほら、フェイトちゃんああいう性格だから欲しいものとかあっても滅多に口にしないでしょ。だからデートしてる時とか、テレビ見てる時とかに興味を持ったモノを網羅してるみたいなの。で、それを一気に放出するわけね。
普段のプレゼントも、その中から特にフェイトちゃんの気を引いたものから選ぶことが多いらしいわよ。あんまりにもプレゼント選びに迷いがないから士郎君がコツを聞いたら、そんなこと言ってたらしいし。
まぁ、単純に“似合そう”って言う理由で選ぶこともあるみたいだし、高いものを買う時なんかは外堀を埋めてから…ってこともあるらしいけど。
―――凄い観察力…って言えばいいんでしょうか?
フェイトちゃん自身ですら忘れてたようなものまで把握してるらしいし、実際「何か欲しいものある?」とかって聞かれたことないそうよ。
だから、エリオたちがフェイトちゃんへのプレゼントに困ると立香さんを頼るのも当然よね。
―――(むしろ怖いレベルなんですけど……色々な意味で。いやでも、フェイトさん相手だとそれ位じゃないとプレゼントを選ぶのも一苦労、っていうのはわかるけど)
無駄遣いを咎めようにも、お金自体はコツコツ貯めた月々のお小遣いから出してるから口を挟めないってぼやいてたわねぇ……。
―――お小遣い制、だったんですね。でも、それでよくプレゼント攻勢なんてできるほど貯められますね。
元々物欲の強くない人だし、フェイトちゃんもそうでしょ? だから、“攻勢”って言ってもそんなに凄いことにはならないのよ。それにあの人って多才ではないけど色々多芸だから、結構手作りも多いらしいし。
―――サバイバルが得意なのは知ってますけど……。
プロ並みではないけど、大工仕事だってできるのよね。海鳴時代には色々バイトもしてたから、さらにレパートリーも増えたんじゃないかしら……。
―――ちなみに、どんなことしてたんですか?
接客業、清掃業、引っ越し、配達、漫画のアシスタント……色々な工場にも出入りしてたらしいし、変わり種だと漁師とかもやったことがあるって聞いたわね。それこそ、特別な資格のいるもの以外は大体経験あるんじゃないかしら? 流石に無資格でってことはないと思うけど。
―――へぇ~……。
でも、治験とか美術モデルは報酬が良いけど諦めたって言ってたわ。色々特殊な事情のある人だから、新薬とかで変な反応が出ても困るし、美術モデルも場合によっては肌を露出することもあるし、そこで体の傷とか見られるとまずいでしょ。小さなものがほとんどで大きなものは少ないとはいえ、お腹の傷はかなり目立つし。
入れ墨とは違うとはいえ、銭湯も厳しいところだと…ね。
―――あ~、それは確かに。改めて聞くと、こっちでも苦労してたんですね……。
まぁ、本当にお金に困るようなことはそうそうなかったみたいだから。いざっていう時の最終手段もあったみたいだし。
それに、器用貧乏もあれだけ色々できれば一種の特技じゃないかしら。“万事塞翁が馬”っていうのは、ある意味彼の人生を象徴した言葉よね。
―――それで済ますには波乱万丈過ぎる気もしますけど……でも、プレゼントで煽るってどういうことですか? ご機嫌取りをしてるって怒らせるってことでしょうか?
どちらかというと、“懲りずに甘やかす”ことに腹を立てる感じかしら? それで、勢いに任せて溜まっている鬱憤を吐き出させるつもりなのよ。
ふふっ、どこまで行ってもフェイトちゃんじゃ立香さんには敵わないね。
―――凡そ負けてるところなんてないはずなのに……。
年齢以外なら、ほぼすべての面でフェイトちゃんが上ですもんね。でも、試合には勝てても勝負には勝てない、男女の関係は複雑なものよ~。
―――あ~、それは何となくわかる気がします。うちも、力関係が良くわからないところありますし……。
そうなの?
―――基本的にはママが主導権を握ってるんですが、ここぞって時はパパが強いですね。まぁ、普段はパパが譲ってるだけなのかもしれませんが。
あらあら……。
※ちなみに数日後、例によって例の如くフェイトが高町家に緊急避難してくる。顔を真っ赤にして、
ついでに、久しぶりにヴィヴィオと一緒に風呂に入ると、その首筋やら鎖骨の辺りやらに赤い痕が点々と……鏡に映るそれを見てまたさらに顔が紅潮するのだが、その頬がだらしなく緩んでいたことをヴィヴィオは知っている。だが、深入りはしない。だって、なのはもそういう顔してることあるからね♪
―――ちなみに、八神家はどうなんです?
ん~、男女比率が偏ってることもあって、基本的にははやてちゃんが“一家の長”ね。でも、生活基盤を握ってるのが士郎君だから、立場が弱いってことはないわよ?
ぁ、だけど時々蚊帳の外にされて寂しそうにザフィーラとお酒を飲んでる時はあるわね。
―――へぇ~、ホントに色々なんですね。
人間だって人それぞれなんですもの、複数人で構成される“家庭”の在り様だってそれぞれで当然でしょ?
―――そうですね。サーヴァントの人たち見てると、特にそう感じますし。
……まぁ、あの人たちは本当に“個性の塊”というか、“個性が大爆発”してるというか……良識か常識のどちらか、あるいは両方が欠けてる人が多すぎるのよね。
―――? 良識と常識って、どう違うんですか?
そうね~、定義的な話をしてもいいんだけど、ここは……簡単に言うと、“良識はあるけど常識がない”のがアストルフォさんで、“常識はあるけど良識がない”のがパラケルススさん、って言えばわかる?
―――あ~、なんとなく言いたいことが分かりました。騒動を起こすにしても、方向性が違いますもんね。
どっちも動けば余計なことしかしないのは同じだけどね。
でも、アストルフォさんの場合が頭は痛いけど怒りにくいのに対して、パラケルススさんの場合は遠慮呵責なく折檻できるのは、大きな違いだと思わない?
―――……ノ、ノーコメントで。
当然、常識と良識のどっちもない人に“常識的な”あるいは“良識のある”行動なんて望むべくもないのよね。というか、どっちもある人でも“やらかす”ことがあるんですもの。期待するのが間違ってるんでしょうね。
―――まぁ、それは確かに……そういえば、シャマル先生的には他にどんなカテゴライズがあるんですか?
そうね、例えば……“仲間”と“味方”かしら?
―――それってつまり、“仲間だけど味方じゃない”のと、“味方だけど仲間じゃない”っていう意味ですか?
ええ、そういう意味よ。
―――…………何が違うんですか? というか、みんな“仲間で味方”じゃないんですか? あっ、もしかして生前の因縁的に相容れないサーヴァント、って意味?
え? もちろんそういう人もいるし、中には因縁はなくても性格的に合わない人同士もいるけど、普通に立香さん相手にそういうスタンスの人もいるわよ。
―――え~……そりゃ酒呑さんとかが唐突に殺しにかかるのは知ってますけど、それは流石に……。
まぁ、酒呑童子はなんだかんだで一応は“仲間で味方”よね。ヴィヴィオの言う通り、私たちには理解できないタイミングで牙を剥いてくることはあるけど。
―――でも、シャマル先生が言っているのはそういうことじゃないんですよね。
ええ。簡単に言うと、“味方だけど仲間じゃない”タイプは「協力はしても慣れ合う気がない」人のこと。例えば、虞美人さんなんてそんな感じでしょ? あとは、昔のギルガメッシュ王とかロボもそんな感じだったみたいね。
他にもいるけど……でもこのタイプは、最近はだいぶ“仲間”になって来た気がするわ。立香さんの根気の勝利かしら?
―――ああ、なるほど。そっちは何となく意味が分かりました。でも、それなら“仲間だけど味方じゃない”っていうのは?
……指示には従うし、ちゃんと交流もしてくれる。だけど、根本的なところが“限りなく敵”に近い人たち。というより、辛うじて“敵じゃない”って言うべきかしら?
その意味で言えば、酒呑さんもこちら寄りかもしれないわね。中でも筆頭は……キアラさん。
―――そうなんですか? いつもニコニコしてて、相談事にも親身になってくれますし、普通にいい人だと思うんですけど。
……………それを否定する気はないし、別に彼女がウソをついてたり、猫を被ってたりするわけでもないわ。
ただ……あの人には絶対に気を許しちゃダメ。いい、絶対よ。なのはちゃんたちを悲しませたくないでしょ?
―――そ、そこまで念を押すほどなんですか?
ある意味で、ジェイル・スカリエッティの同類ですもの。極自然体のまま他人の人生を破滅させる、そのことに何の罪悪感も疑問も抱かない。彼女たちにとって、自分の“欲”は万事に優先する。
そしてそれは、立香さん相手でも例外じゃない。むしろ、今は立香さんだけに狙いを絞っているから周囲に被害が出ていないだけよ。箍が外れたら、いったいどうなることやら……。
―――その箍が、立香さんなんですか?
そう。他ならぬ、本人が公言していることよ。彼女は立香さんを「多くの絆、数多の縁によって奮い立つ貴人」と認めた上で、「そんな貴人を堕としてこそ」と宣うんですもの。
そもそも、キアラさんが立香さんを守るのは“自分の手で破滅させる”ためよ。厳密に言うなら、“破滅する過程も愉しむ”のも目的のうちかしら。
―――うわぁ……確かに“ほとんど敵”ですね、それって。というか、良くサーヴァントやってますね。
本当に。
―――よく周りの皆さんも認めてますよね。
彼女を嫌っている人は多いわ。でも、なんだかんだ言いつつも基本的には立香さんに対し忠実よ。能力的にも代えの利かない人だし、身を挺して立香さんを守ったこともある。だから、“信用はできないけど信頼はされている”のよね。
まぁ、それにしたって“サーヴァント”という立ち位置を愉しんでいるからに過ぎないのだけど。
とはいえ、サーヴァントでいるうちは“禁欲”する方針らしいし、そこは信じていいと思う。
―――……あの人、そんなに危ない人だったんですね。
本当に。カルデアに危険人物は山ほどいるけど、間違いなくトップクラスですもの。
―――っていうか、“仲間だけど味方じゃない”どころか“仲間だけど敵”ですよね。
ハッキリ言ってしまえばそのとおりね。だから管理局的にも、あそこは要警戒対象なのよ。
―――てっきり、“能力”とか“人格”的な危険人物ばっかりだからだと思ってました。
それはそれで間違ってないけどね。キアラさんだって、分類するなら“人格的な危険人物”だし。
あと、韓信さんとかある意味では管理局的には悪夢みたいな人よ。
―――そうなんですか?
そうよ。だってあの人、空戦Aの魔導士が3人いればオーバーSを落とせる人ですもの。
―――…………………………マジですか?
もちろん、指揮下の魔導士がちゃんと言うことを聞いてくれればっていう条件はつくけどね。
というか、Aランクなのも“空戦”が可能な魔導士ってなると、基本的にそのランクになるからよ。何なら、B以下でもできると思う。
―――ひぇっ……。
しかも、あの人の本領は集団戦よ。動かせる数が多ければ多いほど真価を発揮する。少数でもSランクを落とせるあの人に、もしも軍勢を指揮させたらいったいどうなることやら……。
他にもね、怖い人はいくらでもいるもの。なのはちゃんたちも、昔模擬戦してコテンパンにされたっけ。
―――そ、そうなんですか?
中には本当に手も足も出なかったり、あるいは「もう二度とやりたくない」って半ばトラウマになった人とか。
まぁ、相性だったりビジュアルとかの関係だったりで、単純な実力云々の問題とも違ったけど。
―――(い、いったい昔のママたちに何が……)
あとはそう、あの人たちって基本的に“古い”でしょ?
―――まぁ、そもそも“過去”の人たちですしね。
ええ、魔術的に見るとそれが強みでもあるらしいんだけど、それとは別に自分たちが“最新”からは程遠い自覚があるのよね。だからこそ、新しいものを取り入れるのに貪欲なところがあって……。
―――? いいことなんじゃないんですか、それって?
良いことよ。ええ、確かに良いことなの。だけど、発想が斜め上な人やスケールがオカシイ人もいるから、教導隊でも「何てこと思いつくんだ!」って、突拍子もない戦術を考え付いちゃったりするのよ。
―――あぁ……やりそう。
当然、そんなの普通は実行できないんだけど、強引に押し通せちゃうスペックがあるから始末が悪いのよねぇ……。
―――いや、ママたちも結構“無理を通して道理を叩き潰す”な人たちだと思うんですけど……。
* * * * *
「「あ、ありがとうございました~」」
「はいよ、お疲れさん」
傷らしい傷はないものの、明らかに“疲労困憊”と言った様子で頭を下げるなのはとフェイト。二人の後ろには、“引き攣った笑みを浮かべるしかない”といった様子の親友たちの姿もある。
そんな面々に対し、今回の模擬戦の仮想敵役たちはいたっていつもの調子だ。
「いやはや、若いお嬢さんたち相手にちょいと大人げなかったかね」
「そう、ですね。少々やり過ぎたかもしれません」
特に疲労した様子もないことに、ちょっと自信喪失しそうな子どもたち。流石に「やり過ぎたか」と思い、気を回すのは“ウィリアム・テル”と“風魔小太郎”の二人。
ただ、その気遣いがまた、なのはたちを打ちのめしていることに果たして気付いているのかいないのか。
「良いんじゃねぇの、別に。若いうちには挫折も必要ですよっと」
「ま、そいつを否定はせんがね」
至って軽い調子で流す“ロビンフッド”に同意しつつ、外見・内面ともに壮年男性のウィリアムはちょっとバツが悪そうだ。望まれたことであり、必要なことだったとは思うが、幼気な子どもたちが本気で凹んでいる姿には思うところがあるのだろう。ましてやそれが、自分たちの行いの結果となればなおのこと。
「それにしても、見事に手も足も出なかったわね」
「「ふぐっ……!?」」
「二人だってすごく強いはずなのに……あの人たちの方が強かったってこと?」
「いやぁ、そう単純な話でもないっちゅうか、そもそも“戦わせてもらえなかった”ちゅうか……」
「お二人は敗因をお分かりですか?」
「……全然持ち味を活かせませんでした」
小太郎からの問いに、絞り出すようにして応えるなのは。そして、ある意味ではその一言がすべてだった。
模擬戦の舞台は森林、設定された勝利条件は時間内にロビン・ウィリアム・小太郎のいずれか一人でいいので捕縛すること。
その結果は…………いっそ見事なまでの返り討ち。なのはたちは碌に三人の姿を捕捉することすらできず、持ち味である火力やスピードを活かすことなく、完全無欠にいいとこなしで無力化されてしまったのだ。
さらに、その後はサーヴァント側の人数を減らしていっても結果は同じ。そりゃ、なのはたちだって自信を無くすというものだ。
別に、負けるのが初めてというわけでもない。
同等以上の力量の相手に負けるというのは十二分にあることだし、訓練校の短期プログラムの最期、当時の自分たちよりも魔導士ランクの低い“恩師”にも手玉に取られた。しかし、あの時に出された宿題に“自分たちなりの答え”を出し、その上で精進を重ねてきたつもりだった。
にも拘らず、この体たらく。お世話になった色々な人たちに顔向けできない。
敗因は簡単なのだ。なのはが言った通り、“持ち味を活かせなかった”これに尽きる。“自分の武器”を、“相手より勝っている点”を、まるっきり活かすことができなかった。それどころか、“戦う”という土俵に立つことさえさせてもらえなかった。
気付いた時には“罠”という名の“檻”の中。彼らは一切姿を見せず、徐々に二人の体力と精神力を削ぎ、誘い込み、追い詰めていった。一部の隙もない、とはあのことだろうと思うほどに、鮮やかな手並みだった。
「さて、一応聞くんだが……どうすればよかったと思う?」
「「…………………………………」」
答えられない。なぜなら、何度思い返してもいったいどこでミスをしたのかわからないのだ。
だから当然、どうすれば勝てたのかもわからない。こんなことは、士郎との模擬戦以来…と考えたところで、フェイトの脳裏に閃きが舞い降りた。
「…………もしかして、戦闘に持ち込もうとしたのが失敗だった?」
「え? でも、勝利条件的に戦わなきゃいけないわけでしょ?」
「あぁっ!? や、やられた~……」
フェイトの言葉に疑問符を浮かべるアリサだが、なのはも遅れて気付く。そう、この模擬戦はそもそも……
「どうしたの、二人とも?」
「……この模擬戦はね、“勝たない代わりに負けない”が正解だったんだ」
「フェイトちゃん、正解。最善はもちろん勝利条件を満たすことやけど、戦ったらほぼ確実に負ける。となれば次善の策として、負けへん代わりに勝ちを捨てる。それがこの模擬戦の正解やったわけや」
なにしろなのはたちとロビン達とでは、戦いの土俵が違い過ぎる。ほとんどの状況下では、なのはたちの方が圧倒的に有利だろう。試合形式だったり、開けた場所での戦闘になったりすればほぼ確実になのはたちが勝つ。
だが、こと森林地帯、特に具体的な居場所すらわからない状況となれば、それは“狩人”や“忍”の独壇場。なのはやフェイトの索敵能力は決して低くないが、隠密行動に長じた者たちが本気で隠れれば発見は困難極まりない。対抗策としては、広域殲滅であたり一面を吹き飛ばすしかない。が、はやてのような広域型ならいざ知らず、二人では広大なフィールド全てを埋め尽くすことは不可能だった。
だからこそ、“虎穴に入らざれば虎子を得ず”ではないが、リスクを承知で森の中に降下した。二人で、時に一人で、そうして自分たちを囮にして釣ろうとしたのが悪手だった。
“勝つ”ために選択した“降下”という選択、それが間違い。正解は、決して降りることなく、一人でもいいから戦域から逃がさないよう牽制し続け、時間切れを待つこと。要は、“引き分け”こそが最適解だった。
しかし、真面目な二人は素直に勝利条件を達成しようとしてしまった。
「お二人の戦い方は真っ向勝負に特化している部分がありますからね。反面、僕たちは正々堂々とは無縁。根本的に戦い方がかみ合わないんですよ」
「要は、俺らに有利な状況ならお嬢ちゃんたちに勝ち目はないし、その逆も然りってな」
「じゃあ、もしなのはたちに有利な状況だったらどうするんですか?」
「大人しく尻尾を巻いて逃げるさ。獲物と相討ちになっちまったら、ワシら狩人にとっては敗北と同じだ」
彼らは武人でもなければ戦士でもない、そもそも“勝利”という言葉の定義がなのはたちとは違うのだ。
勝てないなら逃げる。勝てる機会を待ち、罠を張り巡らし、状況を整える。
それが狩人や忍の戦いだ。
「まぁ、二人のスキルの関係上、こういう任務に就くことはないからなぁ」
苦笑いを浮かべつつ、フォローを入れるはやて。
実際、なのはやフェイトが“追跡戦”や“ゲリラ戦”という状況に投入されることは滅多にない。少なくとも、その場合には追跡や索敵に特化した補助型をつけ、二人には“戦闘”に集中できるよう状況を整える。はっきり言ってしまえば、なのはたちだけでこういう状況に持ち込まれた時点で、管理局の敗北なのだ。
では、なぜわざわざこんな模擬戦を設定したのか。それは、“現在”ではなく“未来”の為。
「今はまだ与えられた指示通りに戦う、“兵士”としての働きが二人の役目や。せやけど二人の進路的に、そのうち小隊の指揮を取ったりするようにもなる。その時には、“勝利”とか“任務達成”よりもっと俯瞰的な視点での判断を迫られる日も来るかもしれへん。これは、その時のための予行練習、そのはじめの一歩っちゅうわけや」
「……なるほど、はやて抜きだったのはそれも理由だったんだ」
進路の関係上、キャリアとしていずれは部隊運用も視野に入れているはやてであれば、適切な判断を下せたかもしれない。だからこそ、今回の模擬戦から彼女は除外された。この模擬戦で得るべきものを、彼女は既に持っているから。
「ま、予想外の事態ってのは往々にして降りかかるもんだ」
「そうですね。それこそ、気付いたら“勝ち目なし”ということもあるかもしれません」
「ちなみに、そっちのちっこいお嬢ちゃんならそんな時どうする?」
「そですね……状況次第やけど、“逃げる”ことも考えなあかんでしょうね」
頭ではわかっているのだ。勝ち目がない時、任務達成が困難な時には、“それ”も選択肢に入れなければならないことを。しかし、口にしておいてなんだが、はやてはその時に“それ”を自分が正しく判断できるか自信がない。
なのはやフェイトも、そのあたりは同じらしく難しい顔をしている。なまじ優れた能力がある分、“退き時”を見定めるのは難しい。そのことを二人も思い出したのだ。
「フェイトちゃん、覚えてる? 士郎さんに模擬戦つけてもらった時のこと」
「うん、私も思い出してた。意地張って、ムキになって、それで結局手玉に取られちゃったんだよね」
闇の書事件が終結して半年ほど経った頃だったろうか。ようやく裁判をはじめとした諸々に目途がつき、条件付きとはいえ士郎が八神家に帰ってきた間もなく。彼からの提案で模擬戦……と呼んでいいかは微妙だが、手合わせをしたことがある。
それまでなのはたちが経験してきた模擬戦や戦闘とは大きく趣の異なるそれは、彼女たちに大きな衝撃を与えた。
「士郎というと、あの村正殿と同じ顔をした御仁でしたか?」
「いや、確か村正があの坊主と同じ人間を依り代にしてるんじゃなかったか?」
「で、あの赤いのの昔の姿っと。いや、未だにあの坊主がアレになるってが、俺にはどーも信じらんねぇんだよな。どんなビフォーアフターだよ」
「ですがロビン殿、英雄王や征服王の様に、劇的過ぎる方は他にもいるのでは?」
「いやまぁ、そうなんだけどよ……」
些かならず腐れ縁があるだけに、イメージの不一致に対する違和感が甚だしいのだろう。
ソリが合わないというのもあるが、あの朴訥かつ純朴な少年がどうしたらあのような皮肉屋になるのやら。ましてや……
(あいつのオルタに至っては、もう別人どころじゃねぇしなぁ……)
「そういえば、その時の模擬戦とはどのようなものだったのでしょう?」
「あ、えっと、士郎さんを潜伏した犯人に見立てて、見つけて捕まえるって感じだったんですが……」
思い出して、なのはの顔が若干青ざめる。よく見れば、フェイトの顔色も悪い。
だが、無理もない話だ。ただでさえ魔力量が少ないところに加え、士郎は魔法を使用できなくなることと引き換えに自身の魔力を完全に封印していたので、そもそも魔力による探査に引っかからなかった。
まさか魔法の使用を放棄してまで魔力を封印するとは思っておらず、完全に裏をかかれて翻弄されてしまったのだ。それをいいことに、逃げる側とは思えないほどやりたい放題やってくれたものである。
「銃で狙撃されたり、基礎を爆破して倒壊する建物の巻き添えにされたり……」
「突っ込んできたトラックが直前で爆発したりもしたっけ……」
どこか煤けた表情で回想する二人。今回の様にターゲットを目視することすらできない、というほどではなかったようだが、中々に手痛い洗礼を浴びたらしい。むしろ、時折捕捉できたからこそ“負けてなるものか”とムキになってしまったのかもしれないが。
まぁこの辺り、育て親の(悪しき)薫陶の賜物だろう。なのはたちの進路の関係上、このような手合いとかち合う可能性も否定できないからこそ、早めに経験させようと思ったのだろうが。しかし、子どもたちの中ではしっかりトラウマとして刻まれてしまったらしい。
「そりゃまた、中々揉まれたようで……」
(僕たちも、もう少し容赦なく行くべきだったでしょうか?)
(さて、そいつはどうだろうな。子どものうちから、あんまやり過ぎるのはどうかと思うがね)
一応、今回は結構手加減していたつもりだったらしく、軽薄そうに見える笑みを浮かべるロビンの影でこっそり話し合う二人。士郎の意図がわかるからこそ、「もっと経験させるべきだったのでは……」と思うらしい。
とはいえ、「父」としての性質を強く持つウィリアムはあまり乗り気ではない様子。そのおかげではないが、なのはたちが“不意打ち・闇討ち・人質・騙し討ちなんのその、正々堂々何それ美味しいの? な外道戦法”を得意とする某守護者や、“島一つを対剣士要塞に作り替え、相手を中心までおびき寄せてから罠を発動、最終的には島ごと相手を潰す”とかいうヤベェ奴と手合わせをする機会は、当面訪れないのであった。もちろん、色々な意味でSAN値が危ない連中も模擬戦相手からは除外された。経験は財産だが、何事も限度というものがある。
いやはや、つくづくカルデアは魔窟である。
そう、魔窟なのだ。にもかかわらず、珍しいことにあの男の姿がない。それは言わば、原子炉を稼働させていながら制御棒をすべて抜いたまま放置しているに等しい。
普通なら狂気の沙汰、なのだが……この三騎は滅多に騒動を起こさない貴重な穏健派。敢えて立香が傍で監督しなくても大丈夫、という信頼の現れだ。しかし、それはそれとして普段いるはずの男がいないと気になるのが人情というもの。
「そういえば、今日は立香さんおらへんの?」
「言われてみれば……いないね」
はやての疑問を受け、すずかも周囲を見渡してみるが結果は同じ。珍しいことなのは確かだが、立香とて常にフェイトたちに付き添えるわけではない。というか、そもそも彼自身はフェイトから距離を置こうとしているのだ。
本来なら、こうして“会えない”ことの方が正しい。しかし、結果的に立香の企みがまるでうまくいっていないのも事実。
なので、少なからず“会える”ことを期待していたフェイトとしては、些かならず落胆を禁じ得ない。
「……」
「せっかくだし、ちょっと探してみたいところよね」
「でも、あんまりカルデアをウロウロするのも悪いし……」
ションボリしているフェイトを見かねたアリサの提案だが、すずかの言い分にも一理ある。管理局と協定を結んでいるとはいえ、カルデアは決して開放的な組織ではない。管理局との信頼関係構築の意味もあってなのはたちを受け入れてはいるが、彼女たちが立ち入れるエリアはかなり制限されている。
それは機密を守るためであり、同時に部外者であるなのはたちを守るためでもある。下手なところに足を踏み入れると、“真正の危険ブツ”と遭遇してしまう可能性があるからこその制限でもあるのだから。
一応はそれを理解しているからこそ、皆の表情は浮かない。とそこで、すずかのスマホが着信を告げる。
「…………」
「どうしたの、すずかちゃん?」
「あ、お姉ちゃんからなんだけど……これ」
「「「? ? ?」」」」
揃ってすずかの端末を覗き込めば、一枚の画像データが表示されていた。そこに映っていたのは……
「イク ワタシ」
「いや、なんで片言なん…ッて早!?」
雷光を閃かせながら最速でかっ飛んで行くフェイトと、すずかとアリサを抱えてその後を追うなのはとはやて。最低限の礼儀として「お疲れさまでした~」「ありがとうございました~」とドップラー効果を残しながら。
そんな子どもたちを見送った三騎は、軽く顔を見合わせてから肩をすくめる。
「思いのほか早くバレましたね」
「だなぁ。ってことは、やっぱ誰か情報をリークしてるってことか」
「ま、気にすることもないだろうさ。リークしてると言っても娘っ子を応援するだけ、可愛いもんだ」
「「ですね/だな」」
これが本気で立香が迷惑に思っているのなら彼らも動くだろうが、そうではない。カルデア関係者の大半が中立を決め込んでいるのも、わざわざ邪魔するほどのことでもないと考えているからに他ならない。
「ま、若い頃の苦労は買ってでもしろって話だ。偶には、こういう苦労もいいもんさ」
(う~ん、世界の存亡云々よりかは格段にマシだと思いますが、良いのでしょうか……)
「そういう苦労なら、俺にも助言くらいは出来そうですねぇっと」
(いえ、ロビン殿が口を挟むと、むしろ余計拗れるというか、主殿の気苦労が増す気がするのですが……)
父親視点あるいはプレイボーイ視点で語る同僚たちを尻目に、そっと溜息をつく小太郎なのであった。
そんなことがあった数分前。
なのはの家族が経営する喫茶“翠屋”も軒を連ねる海鳴商店街にて、その街角の物陰に身を隠す三つの人影があった。
「……なぁ、俺たちはいったい何をしているんだ?」
「シッ! 静かにして恭ちゃん、バレちゃうでしょ! どうです、忍さん?」
「よっし、送信完了! ありがとね、美由紀ちゃん。恭也はこの通りだし、私だけだとバレたかもしれないけど、それもこれも美由紀ちゃんのおかげだよ~。御神の剣士様々ね♪」
「いえいえ、それほどでも~」
「いや、俺たちは別に
何やら盛り上がっている恋人と妹に白い目を向けつつ、説得を諦めたように嘆息する恭也。
さもありなん。事ここに至るまで散々説得を試みた後なのだ、いくら忍耐強い彼でも色濃い疲労が滲むのは無理からぬことだろう。
「まぁまぁ、恭ちゃんだってフェイトちゃんのことは可愛いでしょ? なにしろ“なのはの親友”で、剣の手ほどきもしたことがある“教え子”なんだから」
「それは、まぁ……そうだが」
「そうだよ、恭也。そんな可愛い可愛いフェイトちゃんの恋路、
「……なぁ、“愉しむ”という副音声が聞こえたのは俺の気のせいか?」
「「気のせい気のせい」」
(買い出しの途中のはずなんだが、帰るのはいつになることやら。まったく、なんでこんなことに……)
事の発端は、発注ミスで納品が遅れてしまった翠屋の消耗品の補充に出たことだった。
大した量でもないので一人で充分だったのだが、ちょうど客足が減る時間帯だったこともあり、休憩と気分転換がてら美由紀と忍も同行することに。そこまでは良かったのだが、その帰り道で見知った顔に遭遇した。
恭也は普通に声をかけようとしたのだが、その前に
訳も分からぬうちに物陰に引きずり込まれ、流石の恭也も視線で抗議の意を示した。が、女性陣二人はそれに気付いた様子もなく、こっそり物陰から顔をのぞかせ興味津々のご様子。恭也も渋々状況把握のために顔を出せば、そこにはやはり見知った青年…藤丸立香の姿があった。ただし、その傍らには見慣れぬ少女の姿もあって。
「………………………………………今度は子守のバイトか?」
――――――スパパン!!
率直な所見を述べれば、左右から平手が後頭部に見舞われる。
「……痛いぞ」
「恭也がトンチキなこと言うからよ」
「恭ちゃん、仮にも恋人のいる身で言うことじゃないよ?」
「絶賛独り身のお前にだけは言われたくない」
「兄の心無い言葉が私の心を抉る!? 忍さ――――――――ん(泣)」
「お~よしよし……恭也、帰ったら“デリカシー”の書き取り一万回ね」
「……地味に辛くないか?」
“乙女心”とか“恋愛の機微”に疎いという自覚はあるが、それでもあんまりではなかろうか。というより、いったいこの二人は何がそんなに気にかかるのか。
顔見知りが幼い少女を連れて街を歩いている。ただそれだけのはず……と、そこまで考えて思い出す。
「……そういえば、藤丸はもうバイトをする必要はないんだったか」
「そうね。じゃ、あの子と藤丸君の関係は?」
「知らない顔だぞ、分かるわけがない」
「恭ちゃん、ちょっとは考えようよ」
前情報抜きで考えるのは、“想像”や“推測”ではなく“妄想”の類ではなかろうか…と思うものの、あえて口にはしない。多分、口にすればまた平手打ちをもらうことになるからだ。それくらいのことは、恭也にも予想できた。
(…………見たところ、それなりに親しそうではある。昨日今日の付き合いではないだろう。
白髪に赤い瞳…アルビノ、というヤツか? そちらに意識が向き易いが、顔立ちも非常に整っている。とはいえ、年齢的にはなのはたちとそう年の差はなさそうだし……)
「……やっぱり、デートですかね?」
「そうか? ただの引率だと思うが……」
「あり得るわね。年の差はあるけど将来性抜群だし、手握って楽しそうにしてるあたり…怪しいと思わない?」
「思います!」
「? 流石にそれはないだろう」
「まったく、藤丸君にも困ったものよね」
「ホントですよ。フェイトちゃんというものがありながら……」
「いや、だからな、決めつけるのはどうなんだ?」
友人というほど親しいわけではないが、他人というのも不適切。忙しい時には翠屋を手伝ってくれたこともあるので、流石に不名誉な憶測をされるのは不憫でならない。
彼の趣味嗜好は知らないが、ロリコンの類ではない…と思う。もしそうならなのはとの付き合いも含めて考え直さなければならないが、今までそんな素振りはなかったので信用していいだろう。なので弁護しようとはしているのだが、如何せん二人とも聞く耳を持っちゃいない。
「なぁ。そもそも、どうしてフェイトの名前が出る?」
「「…………これだから恭也/恭ちゃんは」」
「……酷く侮辱された気がする」
こればかりは二人に正当性があるのだが、もちろんそんなことには気づかない。
「とりあえず、フェイトちゃんに通報ですね。忍さん、フェイトちゃんの連絡先知ってます?」
「知らないけど、確かすずかがフェイトちゃんたちと出かけるって言ってたはず」
「はい、なのはも同じこと言ってました」
「じゃ、すずか経由で知らせましょう。私から連絡するから、恭也と美由紀ちゃんは引き続き監視ヨロシク!」
「いや、だから…「はい、任せてください! 日々の修行の成果、見せてやります!」……お前なぁ」
とまぁ、そんなことがあったわけだ。
恭也としては消耗品を翠屋に届け、そのまま店の手伝いに戻ってしまいたいのだが……
((ガッチリ))
(……これを外すのは、骨が折れそうだな)
美由紀は剣士の握力を、忍は夜の一族の身体能力をいかんなく発揮し、恭也の裾を掴んで離さない。やってできないことはないだろうが、面倒臭いことこの上ない。なにより、一人でバックレたとなれば後で何を言われるかわかったものではない。
恭也は深々と溜息をつき、帰りが遅れる旨を伝えるべく携帯を手に取ったのであった。
だが、忍も美由紀も甚だ勘違いをしていた。一見楽しそうに手を繋いで待ちを散策する少々年齢差のあるカップル…に見える二人の実態を。
「おお、お嬢ちゃんカワイイね! よっしゃ、こいつもサービスしちまおう!」
「え~、本当ですか~♪ ありがとうございます、オ・ジ・サ・マ♡」
「なんのなんの~」
可愛らしく微笑まれ、思わず表情が緩む総菜屋の店主。
そんな二人のやり取りを微笑ましそうに、その実心底呆れた眼差しを向けながら、立香は眺めていた。
見事
「まったく、人間ってホント愚かですね~。ちょっと愛想振りまくだけでデレデレしちゃって……」
「……ねぇ、カーマ」
「は~い、なんですか? お・に・い・さ・ま♪
あ、それとも、ご主人様の方が良いですか? イヤですねぇ、幼気な少女を傅かせるとか、性癖歪み過ぎでは? まぁ、ご安心を。そんな気持ちの悪いあなたでも、私は平等に愛してあげますよ。何しろ、愛の神ですから」
「(イラッ)俺にそんな趣味はありません」
「え~、でも“マスター”の時点でギルティだと思いますけど~」
(イライラ……)
世間的に殺しにかかっているとしか思えない発言を、実にイヤらしい笑みで投げかけてくる相手に、流石の立香も苛立ちを抑えるのに苦労する。せめてもの救いは、表情を取り繕って小声で話していることか。
これでもう少し声量が大きかったり、あるいは“あからさま”な表情を浮かべていたりしたら、立香はあっという間に警察のお世話になってしまう。
“罪”や“業”には色々と心当たりがあるが、身に覚えのない、しかも不名誉極まりない罪状でしょっぴかれるのは勘弁してほしい。
「あ、それとももしかしてもう帰るんですか? 酷いですね~、私あんなに頑張ったのにな~」
「……いや、今日は一日付き合う約束だから」
「そうですよね~。ま、“私”は信じていましたけど」
(イライライラ)
矢鱈と“私”を強調してくるところにまた苛立ちが募るが、実際カーマは大活躍だった。それだけに、文句も言いづらい。
そもそもは、先日発生した微小特異点でのことだ。なんというかまぁ……人理云々や人類悪アレコレとは比べるべくもなく、深刻とはかけ離れた案件だったのだが……ひたすらに頭が痛かった。
放っておけばいずれ消滅するような脆弱な特異点だったので、無視するという選択肢もあった。というか、ゴルドルフなどは全力で見て見ぬふりをしていた。できれば、立香もそうしたかった。したかったのだが、それよりも一時でも放置することによる精神的なストレスが勝った。
なにしろ、彼の特異点は……
「恋愛観がトチ狂った世界、私の愛の矢が大活躍でしたね~」
「ソウダネ」
あまりの悪夢っぷりに、思い返すこともしたくない。
いたる所で“百合”と“薔薇”の花が咲き乱れ、見知った顔同士が時に抱擁し合い、あるいは接吻を交わす。見た目極上が多いので感覚がマヒし、新しい扉を開きそうになったりもしたが……流石に、黒髭と青髭の濃厚なラブシーンはSAN値が消し飛びそうだった。あるいは生前の仇敵だったり、性質的に不倶戴天の関係の者同士が睦み合ったりする姿に本人たちが発狂寸前。
特に、項羽と赤兎馬が致す直前まで行った時は……大変居た堪れなかった。あと、虞美人が大暴走した。
閑話休題。
立香自身、しばらく彼らの顔を直視できなかったくらいには、色々酷かった。
挙句の果てに、特異点にレイシフトしてみればなぜか立香の貞操が狙われる羽目に。ねっとりとした視線が尻を這うならまだマシ。嗜虐的な笑みを浮かべるエルキドゥや妖艶に微笑むデオンに襲われかけた時は、心底震え上がった。
いや、ヘラクレスやイヴァン雷帝とかでも怖いことには怖いのだが、“受け入れてしまうのではないか”という意味ではこちらが勝る。
そんな時、猛威を振るったのがカーマであった。
刺さった者に恋慕の情を呼び起こす花の矢、“
時に薔薇や百合のカップルを破局させ、時に立香の貞操を狙う連中の意を挫く。正直、(貞操が)危ういところを助けられた時は、涙ながらに縋りついて感謝したものだ。いや、そもそも反応しないのだが……怖いものは怖いのである。
(まぁ、俺のことはともかく他のカップルには悪い気がしないでもなかったけど……)
本気、あるいは正気だったのならいざしらず、アレはあくまでも
まぁ、その割にはというべきか、だからこそというべきか、熱量だけはすごかった。だからこそ、カーマのやる気にも火が着いたわけだが。
とそんなことがあり、大いに活躍してくれたカーマへの感謝も込めてこうして外出している次第である。
「中々会いませんねぇ、つまらな~い」
「なにが?」
「ここ、あの子の地元でしょう? もしかしたら、バッタリ遭遇して誤解されちゃったりとか期待してたんですけどぉ~」
微小特異点でのことで味を占めたらしく、「引っ掻き回して破局させる」のがブームらしい。本当に、うざったいたらない笑顔だ。
とはいえ、確かに立香としても海鳴に来るのはできれば避けたかった。しかし、管理局との協定が結ばれたとはいえ、まだまだ互いの信頼関係は浅いと言わざるを得ない。下手に刺激しないためにも、もっとも目と手の届きやすい海鳴くらいしか来られる場所がなかったのだ。
それに、とりあえずここでフェイトと遭遇する心配はない。
「フェイトは今カルデアで模擬戦中だからね、当分は大丈夫」
「チッ!」
ちょっと美少女がしちゃいけない顔で舌打ちをするカーマ。いったい、フェイトがいたら何をするつもりだったのやら。フェイトの想いを受け入れるつもりはないとはいえ、変な誤解をされて軽蔑されるのも困る。
だからこそ、こうして一計を案じてフェイトの居ぬ間に海鳴に来たのだ。
ちなみに、こそこそ暗躍している某大魔導士もその意見に賛成の為、今回は裏から手を回したりはしなかった。
「それで、次はどこに行きたい?」
「え~、そこはしっかりエスコートしてほしいですね~。まったく、これだから童貞さんは」
(いい加減、ちょっとくらい痛い目に合わせてもいい気がしてきた)
「ま、哀れで可哀そうで哀れなマスターさんなので、リクエストしてあげますよ。あ、“哀れ”って二回言っちゃいました。ごめんなさい、あんまりにも可哀そうだったのでつい」
表面上は笑顔のまま、額の辺りに青筋が浮かびそうになるのを何とか堪える。ここで煽りに乗ってはいけない。そうなれば、調子に乗ってさらに煽ってくるのは自明だ。
「そうですね~。油っぽいのを食べたので、次はさっぱりしたものと甘いものがいいですね~」
内心で“太って体重計に乗ればいいのに”と思いつつ、サーヴァントであることに加えて女神であることから体重に変化がないことも知っているので、深々と溜息をつきつつ街を案内する。
何はともあれ、今回は慰労と感謝を込めての外出だ。ならば、どれだけ知り合いに会う可能性が高くとも、手抜きをすべきではない。そもそも、こうして海鳴りを散策している時点で知り合い云々は手遅れなのだと開き直る。
しかし、まさか既に見つかっていて、挙句の果てに隠し撮り写真を送信されているとは夢にも思わない立香であった。
それから十数分後。立香とカーマは待ちで人気の喫茶店、翠屋の店内にいた。
「ん~おいし♪ 赤い人のケーキも良いですけど、やっぱり専門家のそれは一味違いますねぇ~」
海鳴で“美味しい甘味が食べられる店”となると、やはり
「っていうかさ、なんで
「は? 今更そこですか?」
「いや、なんていうか……突っ込んだら負けかなって」
普段は自分に都合のいい外見年齢でいることが多いカーマなので、今日もそうなのだろうとは思う。しかし、何を以て「都合がいい」かはわからない。
確かに子どもの姿だと色々チヤホヤされるし、実際先ほどもオマケしてもらっていた。そのあたり、ちゃっかり味を占めているのである。だが、それは他の姿でも不可能ではないはずだ。なにしろ、外見は文句なしに極上の部類だし、成長した姿は大変グラマラスなので世の男どもの目を惹きつけてやまない。敢えて子どもの姿を選ぶ理由となると、ちょっと思い浮かばないのだ。
なので、正直言うと海鳴に来た時から気になってはいた。
ただ、研ぎ澄まされた危機感知能力が“今はやめとけ”と訴えていたので、こうして顔見知りの店まで我慢していた次第である。
だが、このあと立香は“やっぱり聞かなきゃよかった”と思うことになるのであった。
「だって~、万が一にも“恋人”とか思われたらイヤですし。私の趣味を疑われちゃうじゃないですか~」
「フェイトを煽るつもりだったんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれです。誤解“させる”のはいいですけど、“される”のって気持ち悪いじゃないですか。
あ、ひょっとして大人な私とのデートを楽しみにしてたりしたんですか~。ちょっとマスターさんは好みじゃないのでごめんなさ~い」
「いや、それは別に……」
「あれれ~? ということは、小さな私とデートできて内心ワクワクだったと? な~んて、もちろん知っていましたよ。何しろ今の私の姿は、“マスターの好み”に合わせた結果なんですから」
(ッ!?)
その時、翠屋のレジの影で必死に耳をそばだてていた金色の塊が跳ねた。ついでに、その目は“希望の光を見た”とばかりに輝いている。
(ちょっとフェイト、そんな“それならチャンスが!?”みたいな顔しないの!)
(冷静になり。万々が一そうやったとしたら、何年かしたらストライクゾーンから外れてまうんやで? ええんか、それで)
(うん。“将来に期待”の方が、最終的には良いと思う……)
で、その金色の塊を何とか宥める小さな影が三つ。本来いるべきもう一つは、ただいまお手伝いの真っ最中の為、この場にはいない。
しかし、そんなやり取りを知ってか知らずか、カーマはさらに立香の尊厳に追い打ちをかけてくる。
「ホント、こんなミニマムボディが好みだなんて、マスターは
(ピキッ)
「ですがご安心を。救いようのないペドフィリアなマスターですが、私はちゃ~んと愛してあげますよ。ほぉ~ら、飲みかけのジュースなんていかがです? ほらほら、ストローのここのところ。舐めるなりしゃぶるなりど~ぞご自由に、“間接キス”したいんでしょ~? 大丈夫、私はちゃ~んとわかってますから」
(こら、落ち着きなさいフェイト! 顔見ればわかるでしょ、別に立香さんそんな趣味ないから! だから自分の飲みかけを持っていこうとしない!?)
(むしろ、覗き見してたことがばれちゃう方がまずいと思うなぁ……)
(あかん、私のバインドやとそろそろ限界や。すずかちゃん、急いでなのはちゃんを……)
どうやら、カーマの当初の目的のうちの半分“煽って引っ掻き回す”は無事に達成できたらしい。まぁ、本人のあずかり知らぬところではあるが。
「あれれ~? どうしたんですか、マスター? もしかして、今更自分の性癖が恥ずかしくなったんですか~? 別に取り繕わなくったっていいんですよ。マスターが私だけでは飽き足らず、ちびっこサーヴァントや例の金色の子を囲って、ロリのハーレムを作ろうとしてるのなんて、愛の女神たる私にはお見通しなんですから」
(ガバッ!?)
(いや、何真に受けてんのよこの子は!?)
(フェイトちゃん、すっかり拗らせとるなぁ。私もあんま人のこと言えんはずなんやけど……ちょう引くで?)
(う、う~ん……)
バインドを振りほどき、弾かれたように立ち上がったフェイト。若干どころではないくらいに錯乱したまま立香たちの居る席に向けて駆けだそうとした、その瞬間……何かが“キレる音”がした。
―――――――ブチッ
(あれ? いまの、何の音だろう?)
何とかフェイトを抑えようと羽交い絞めにしつつ、首を傾げながら音の出所…立香たちの席に再度視線を向けるすずか。そこで彼女が見たのは、無言のまま“ガッ”とフォークを握りしめ、勢いよく振り下ろす立香の姿だった。その先には、カーマが最後の楽しみにと大事に大事にとっておいたショートケーキの至宝。
「? あ―――――――――ッ!? 大事にとっておいた私のイチゴ! ぁ、だめ、食べちゃダメ――――!? あ―――――――――ッ!?」
突然のことに半泣きになって止めようとするカーマを無視し、容赦なくイチゴは立香のお口にイン。
モッキュモッキュと咀嚼・嚥下する様を、“ツー”と一滴の涙をこぼしながら呆然と見送るカーマを尻目に、立香は身を乗り出して対面に座るカーマの頬に手を伸ばす。
彼女が我に返ったのは、そのモチモチのほっぺを思いっきり引っ張られた瞬間だった。
「いひゃいいひゃい!? ふぁにふるんですふぁ――――――ッ!?」
「人聞きの悪いことを……」
「ごめんなふぁいごめんなふぁい!!! もうしまふぇんから―――――――っ!!!」
知ってるか、こいつこれでも“人類を滅ぼす大災害”の一角、ビーストⅢ/Lだったんだぜ?
それが今やこの有様。見る影もないとはまさにこのこと。これぞカルデア名物“負けたらギャグ要員”、どんなに強大なラスボスも敗者の末路はいつだって悲しいものなのさ。
ところで、珍しく立香が折檻する姿を目の当たりにしたフェイトはというと……微妙にタイミングを逸して、最初の一歩を踏み出せずに宙ぶらりんな姿勢のまま、ポツリと一言。
「………………………………………いいなぁ」
「「「っ!?」」」
フェイトとしては、ああいう遠慮のない関係への憧れが口をついた…つもりだったのだが、周りはそう受け取らなかった。
(え、実はフェイトちゃんて痛いのが好きな人やったん?)
(そういえば、母親に虐待されてたのよね。まさか、それが原因で“愛情=痛み”に……!?)
(フェイトちゃん、何も自分からハードル上げなくても……)
しかし、友人たちがこんなことを思ってしまったのも無理はない。だって、この時のフェイトは頬を紅潮させ、少しうっとりしたような表情を浮かべていたんだもの。
まぁ、それが誤解だったかどうかは、本人のみぞ知る。
全くの余談だが、フェイトとしては抱擁するなら“ちょっと苦しい”くらいにきつく抱きしめてもらう方が好き。むしろ、思うように動けないくらいの方が“
反面、負傷した立香に応急手当てした際の苦悶の表情に胸が高鳴ったりしたのは誰にも言えない秘密。断じて立香が傷を負うことは望んでいないが、それはそれとして“自分の指に立香が反応する”と言う事実に堪らなくなってしまうのであった。
まぁ、要は立香だったらだいたい何でもいいということなのだが……ちょっとこのお嬢さんの将来が心配になる。
いかんな、最近ドンドン当方のフェイトが怪しい道に進みだしている。どうしてこうなった? いや、原因は単純になかなか立香と思いが通じ合わなくて拗らせていった結果なんですけどね。
つまり、だいたい立香のせい。あとちょっとプレシアのせい。なのはにも責任の一端はある…かも? なにしろ、友達になるためにバスターやブレイカーしちゃう子だからなぁ。とらハの彼女とはほぼ別人とはいえ、ねぇ?
しかし、早いものでもう3月。月末にはHeaven’s Feelも公開され…るのですが、見に行けるのか? 早いとこコロナウイルス終息しないかな……。
あと、できればCBCの後、あるいは一週空けて第二部5章後半配信されて欲しい。いい加減村正来いやっ!!! 種火も聖杯も金フォウも貯めてるんだよぉ……。