魔法少女リリカルなのは Order   作:やみなべ

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結局なのはさんも危ない人だったというお話(違う)。

とりあえず、私にこの手の表現はこれが限界だと実感しました。表現力的に、これ以上は無理ですわ。特にキャラのセリフが「嘘臭く」感じて堪らない。やってると気分が萎えそうになるんですもん……。


ユーノ・スクライアの場合

―――Trick or Treat(お菓子をくれきゃイタズラするぞぉ)

 

……………………………………………………あ、そういえば今日はハロウィンだっけ。

 

―――パパ、お仕事忙しいのはわかるけど、もうちょっと気にした方がいいと思うの、色々と。

 

い、いや、日付の感覚はあるんだよ? ただちょっと、関連行事と結びついてないだけで……。

 

―――パパの場合、“感覚”じゃなくて“情報”として知ってるだけでは?

 

ぐっ!? そ、それは……。

 

―――どこどこからの資料請求の締め切りまであと何日、つまり今は何月何日なのか…そういう認識でしょ?

 

…………はい、その通りです。

 

―――まぁ、それでも家族の記念日とかは絶対に忘れないあたり、流石だと思うけど……自分の誕生日は忘れるよね。今年も普通にスルーしてたし。

 

そ、そうだったっけ?

 

―――そうですぅ~! プレゼントもお料理も用意してたのに、直前になって「今日も帰れないから先に寝てて」ってメール貰ったママの絶望した顔、ヴィヴィオは絶対に忘れませんので。

 

(覚えておこうとはしてるんだけど、つい抜けちゃうんだよなぁ。なのはとヴィヴィオの誕生日なら、絶対に忘れないんだけど……)

 

―――しかもそれがほぼ毎年、記憶力良いのにどうしてそうなのかなぁ。

 

はい、本当に申し訳ありません。来年こそは、必ず……でも、半分とは言わないけど三割くらいはクロノにも責任があると思うんだ。

 

―――言い訳は受け付けません!!

 

うん、だよね。

 

―――まぁ、それはそれとしてクロノさんにはきっつ~いお仕置きをお願いしているわけですが。

 

え、誰に?

 

―――フェイトさんとエイミィさんとリンディさんにアルフ。

 

(ハラオウン家包囲網!? クロノの奴、しばらく針の筵だろうなぁ……同情はしないけど、むしろいい気味だし)

 

―――ちなみにパパが懲りていないようなら、次はありません。

 

……………………………………僕も包囲されるの?

 

―――いや、それはしないけど。

 

けど?

 

―――ママとヴィヴィオは実家(海鳴)に帰らせていただきます。もちろん、高町家には出禁です。

 

“もし”だけど、もしも海鳴に行ったら?

 

―――御神の剣士4人によるフルボッコから始まるフルコースでおもてなし?

 

それで前菜なの!?

 

―――それが嫌なら、本当に次は気を付けてね。

 

もちろんだよ!? だって命が惜しいからね!?

 

―――うん、それなら良し。

 

(………………………父親って言うのは僕には難しいのかな。家族を蔑ろにしてるつもりはないけど、こんなに怒らせてるんだとしたら、やっぱり……)

 

―――あ、ちなみに怒ってるわけじゃないからそこは勘違いしないでね。

 

ん、違うの?

 

―――大違いだよ!

 

だって、家族で過ごす時間を取れなかったから怒ってるんじゃ……。

 

―――う~ん、それは微妙に勘違いしてるよパパ。そりゃまぁ、確かにせっかくのお祝いをドタキャンされたのは怒ってなくもないけど、一番は違います。

 

じゃあ、一番は?

 

―――だって、パパって私たちのことはすっごく大事にしてくれるけど、自分のことは二の次にしちゃうから。

 

そう、かな?

 

―――そうだよ! 自分の誕生日はスルーするのに、どんなに忙しくても私たちの誕生日には時間を作ってくれるし……

 

それはまぁ、色々いたらないことばかりだけど、家族…だしね。

 

―――ママが産休明けにダイエット始めたら、必要ないのに自分だけ一緒に食事制限してたし……

 

ヴィヴィオは育ち盛りだし、いっぱい食べるのが仕事みたいなものだからね。とはいえ、目の前で甘いものとか美味しそうに食べられるのも辛いでしょ? 幸い、僕はあんまり食に拘りはないしね。

 

―――私が風邪ひいたら、看病するために古い術式を無限書庫から引っ張り出してきてくれたし……

 

なのはもある程度融通を利かせられるようにはなったけど、流石にいつもってわけにはいかないからね。他のみんなもそれぞれ責任があるし、頼れない時もある。だから、できることくらいはやらないと。

 

―――だけどあの術式って、実質“もう一つの身体を遠隔操作する”様なものでしょ?

 

コロナちゃんが得意なゴーレム操作の派生みたいなものだよ。

 

―――そのコロナが「直接目視しながらならともかく、探査魔法を応用した知覚と併用でとか無理」って匙投げてたよ。“脳が二つなきゃ”とか“変態さんの領域”とか……。

 

変態………………………………ほ、ほら、僕の場合、シオンさんから“分割思考”の基礎を教わってるから。

 

―――大事なのはそこじゃありません!

 

は、はい!

 

―――私たちが怒っているのは、パパが私たちの事ばっかり優先して、自分のことを疎かにしていることです! 少しくらい、自分のことも大事にしてください!

 

いやでも、僕がしたくてしてることだし……。

 

―――……本当なら、私たちだってパパを困らせたくないの。だけど、パパ自身が反省しなきゃ意味がないことなんだもん。

 

ヴィヴィオ……。

 

―――そのためには一番ダメージの大きい方法じゃなきゃいけないし、そうなるとこういう形になっちゃう。だから、そんなことにならないように、私たちにそんなことしなくていい様に……気を付けてほしい。

 

……ごめん。次は本当に気を付けるから……。

 

―――(よし、泣き落とし作戦成功!)

 

ところで、その衣装って……というかクリスまで?

 

―――あ、うん。クリスは首切りバニーで……。

 

……そういえば、セイバーの式さんが偶にそんな格好してたよね。改めて言葉にされると、なんて物騒な……。

 

―――で、私がオリヴィエの仮装。

 

自分のオリジナルに扮するのは、果たして仮装と呼ぶんだろうか?

 

というか、いつの間にミッドにハロウィンが?

 

―――それを言ったら、クリスマスもバレンタインもあるし、最近だと七夕もやってるよ?

 

……まぁ、ミッド人の宗教感覚って、割と日本人に近いからなぁ……なんというかこう、宗教の垣根を気にも留めてないというか、“楽しければいいじゃない”気風というか。

場合によっては、宗教対立にだってなってもおかしくないんだけどなぁ……。

 

―――まぁ、平和に楽しくやってるんだからいいんじゃないかな?

 

まぁ、それはね。

 

―――ちなみに、これが去年のハロウィンの様子だよ。

 

…………………………………………カオス(混沌)だなぁ。こっちは武装隊の仮装で、こっちは有名選手の仮装かな? やっぱり、ミッドだとどうしても魔導士関連の仮装が多くなるのか。

って、こっちのはなのはとフェイト? 妙にクオリティが高いのがなんとも……。

 

―――ママたちだと雑誌に特集されたりするもんね。あとはコミックヒーローとかもいるし、変わり種だと…こんなのとか?

 

ゴーレムにドラゴンはまだいいとしても……なんで自販機? 無駄に仕事が細かいし……。それに、こっちなんて絶対に一人じゃないでしょ、複数人で次元航行艦の仮装なんていっそ見上げた執念だ。

 

……だけど、本来のハロウィンから外れ過ぎて見る影もないね。まぁ、日本のハロウィンも半ば“仮装するのが目的”になってるけど。

ヴィヴィオは由来とか知ってるんだっけ?

 

―――ん~、まぁ一応は。だからほら、こうして幽霊(サーヴァント)の仮装してるわけだし。

 

……なるほど、一応本旨に則ってはいるね。

でも、サーヴァントを幽霊扱いするのはやめておこうか。気にしない人の方が多そうだけど、同列に扱うのは失礼だろうし。

 

―――あ~、それはね……そうそう! ママの仮装も楽しみにしててね、今年は気合入ってるから!

 

なのはも?

 

―――うん。ダイエット達成祝いって、カルデアから“どす・けべ霊衣”って言うのが送られて来たんだ。

 

ぶっ!?

 

―――まだ踏ん切りがつかないみたいだけど、覚悟完了したら降りてくると思うよ。ところで、“どす・けべ霊衣”ってなに?

 

さ、さぁ? そういえばヴィヴィオは寂しいんじゃない! しばらくカルデアは封鎖期間になるし。フェイトとも年明けまでは会えないだろうからね。

 

―――あ~、通信で会うくらいはできるけど、基本的に10月から年明けまでは封鎖されちゃうんだよね。うん、寂しくないって言えば嘘になるかなぁ。

 

関係者でもよっぽどのことがなければこの期間は出禁になるからね。まぁ、ハロウィンにクリスマスと、カルデア的には頭の痛いシーズンに突入するから仕方ないんだけど。

 

―――その代わり、夏のサバフェスと秋のお祭りは対外的にも盛り上がるよね。

 

まぁ、普段に比べればだけどね。いつもは半ば鎖国状態だけど、この二つは外部からの参加者も受け入れるから。

 

―――夏はサバフェス、秋はお祭りとハロウィン、冬はクリスマスとバレンタイン。結構イベント目白押しだけど、春にはこれと言って何もないよね。エイプリルフールもないし……。

 

そりゃ、みんな命が惜しいから。

 

――― ? ? ?

 

ほら、“嘘つき絶対焼き殺すガール”こと“清姫”がいるから。

 

―――あ~、そっか~……エイプリルフールだろうが何だろうが、あの人が嘘を許すわけないよね。

 

そもそも、“嘘を吐いてもいい日”の存在そのものを許さないと思うよ。

 

―――だよね。

 

おかげで立香さん、嘘を吐けない身体になってるし……。

 

―――え、そうなの?

 

うん。流石にデリカシーはあるから余計なことは言わないし、表現にも気を付けてはいるけど、根本的に嘘がつけない人だから。

 

―――まぁ、何かの拍子で清姫さんの前で嘘を吐いたら、後が大変だもんね。あ、もしかして立香さんがフェイトさんとのことで色々言われるのって、それもあるの?

 

どうかな? というか、色々言ってくるのって基本的に同性だよね? まぁ、ほとんどがやっかみ半分というか、表面的な事実だけを取り上げて“フェイトに相応しくない”っていう……。

 

―――それが、その……

 

ん?

 

―――実は、女性からもあんまり評判が良くないというか…いや、悪いわけじゃないんだけど。

 

そう、なの?

 

―――私もチラッと聞いたことがあるだけなんだけど、“良い人止まり”とか“恋愛対象にはちょっと……”っていうのがあって……それで、フェイトさんは趣味が悪い…みたいな話も。

 

(まったく、噂話をするにしてももう少し周りに気を配るべきじゃないかな……)

 

―――その、パパはどう思うの?

 

一般論で悪いけど、それこそ人それぞれだと思うよ。

一般的に評価される要素で見れば、確かに立香さんはあまり目立つ人じゃないかもしれない。実績については秘匿されているし、外部から見れば“サーヴァントを召喚するための付属品”みたいに見る人もいるのは確かだ。

あの人の凄さも得難さも、そのほとんどは隠されてしまっているから、分からないのも無理はないよ。

 

―――色々なことが、本当にたくさんあったんだもんね。

 

うん。その結果、人ひとりが背負うにはあまりにも重いものを背負い込んでしまった人だよ。

でも、“幸せになる資格がない”とか言う類の卑下をする人じゃないし、むしろ責任への自覚があるからこそ自分なりに“幸せになろう”、“前に進もう”って考えられる強い人だと思う。

 

―――あれ、でもフェイトさんやマシュさんと恋人になったり結婚したりって言うことは考えてなかったんだよね?

 

……色々と体質的な問題があったからね。幸せにするのが難しいのに、巻き込むわけにはいかないと思ってたんだろうと思う。

それに、卑下するのとは別にしても、色々と背負うことになってしまった人だからね。“碌な死に方をしない”とは思っていたみたいだから、自分なりの幸福は追求しても、誰かと一緒に…って言うのには抵抗があったみたいなんだ。

 

―――……あんまり肯定はしたくないけど、実際問題としてサーヴァント絡みとか特異点関係で苦労するのは確実だもんね。

 

二人はその辺に関しては知った上でだったから、そっちの心配はあんまりなかったみたいだけどね。

 

―――そっか……。

 

異聞帯(ロストベルト)でのことを考えれば、気持ちはわかる。背負わざるを得なかった業はあまりにも深く、重い。因果応報があるとすれば…と思うのも、無理はないんだろうから。

 でも、そんなあの人に“巻き込みたくない”でも“一緒に不幸になってでも”でもなく、“例えどん底まで落ちても這い上がって幸せになる”、そういう前向きさを持てるように頑張ったフェイトは、やっぱりすごいんだよね)

 

―――だけど、アミタさんとティアナさんは良い雰囲気まで行ったみたいだけど、結局お友達までだったし、やっぱり恋人にするには魅力が足りないのかな?

 

……ヴィヴィオ、随分引っ張るけど、もしかして誰か好きな人が?

 

―――興味はあるけど、まだそういうのはよくわかんないかなぁ?

 

ほっ……。まぁ、好みは本当に人それぞれだよ。頭がいい人が好きな人もいれば、頼もしい人が好きな人もいる。

基準も重視する要素も、人によって違う。立香さんの場合、あんまり一般受けするタイプじゃなかったというか、評価するための要素のほとんどが隠されちゃったというか……で、フェイトは隠されていた要素に触れる機会があって、それが心に刺さったってことなんだと思うよ。

 

アミタさんとティアナに関しては、立香さんも線引きをしてあんまり深く踏み込まないようにしてたからじゃないかな。

 

―――ふ~ん……。

 

それにほら、なのはだって幾らでも良い人がいただろうに、僕みたいなパッとしないモヤシを選んだわけだし。

 

―――いえ、パパはもうちょっと自分の魅力に自覚を持ってください。二十歳になる前から司書長を務められるくらいに優秀で、学者さんとして評価されるくらい頭が良くて、クロノさんと模擬戦できるくらいに魔法の腕もたつ人のどこが“パッとしないモヤシ”なのか、レポートにして欲しいくらいです。

 

そ、そう?

 

―――そもそも、ママに関してはパパが攻め落としたんじゃないの?

 

それでもほら、最後に選んでくれたのはなのはだし……。

 

―――そういえば、ママにプロポーズした時に指輪渡さなかったって言うの、アレ本当?

 

まぁ、うん。以前にも断られてたし、押しつけがましいのも重いかなって。

 

―――でもでも、オッケー貰ったのに指輪を渡せないのはどうかと思います。

 

ソウダネ……。

 

―――なーんてね。

 

へ?

 

―――ホントはその後、六課に泊まった時に寝てるママの指に指輪をはめてたの知ってるよ。何しろ、ママが何度も話してくれてたから。いいよね、起きたら指輪がはめられてるの、ロマンチックだと思う。

 

やめて、娘にその話をされるのってすごく恥ずかしい……///

 

―――そんなに照れなくてもいいのに。

 

似合わないことした自覚はあるからね……それに僕ってその、あんまり男らしくないからさ。

 

―――それってもしかして、ママが酔っ払った時に女装させたがることを気にしてるの?

 

ブハッ!? ヴィ、ヴィヴィオどこでそれを!?

 

―――いやぁ、家の中で結界張られてたら流石に気付くし……。

 

(しまった! 音が漏れないように結界を張ったのがかえって裏目に!?)

 

―――凄く楽しそうにしてるよね。“ユーノ君可愛い”“綺麗! だけど悔しい!”って大盛り上がりしてるし。確か、立香さんに男の人向けのメイクも習ったことがあるって聞いたことがあるけど?

 

やけに迷いがないと思ったら……。えっとヴィヴィオ、このことは……。

 

―――もちろん誰にも言わないよ。

 

よ、よかった……。

 

―――(というか、覗き見してたのがバレた時、ママがすごく怖くなったんだよね。あれきっと、“知ってていいのは私だけ”っていう独占欲的なものだろうし)

 

どうかしたの、ヴィヴィオ?

 

―――ん? なんでもな~い。ただ、私の周りの恋愛はあんまり参考になりそうにないなぁって思っただけ。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「毎年のこととはいえ………………………………………………………疲れた」

「お、お疲れ様」

 

これまでの功績もありかつてのカルデアやノウム・カルデアより幾分広くなったアニミ・カルデアの自室にて、ソファに腰掛けながら天を仰いでぼやく立香。そんな彼にリラックス作用のあるハーブティーを差し出しながら、フェイトが苦笑いを浮かべている。

しかし、無理もない話だ。つい先ほどまで、毎年恒例ともいうべきハロウィン関連のトンチキ騒動の収拾に駆けずり回っていたのだ。いつもの事ではあるが、今回も例に漏れず実に頭の痛い騒動だった。まだ事後処理が残っているとはいえ、とりあえずは解決したのだから少しくらい気を抜いて愚痴っても許されるはずだ。

 

むしろ、それを期待してマシュもフェイトを立香の部屋に通したのだろう。

今回、彼女はオペレーターを務めていたのでフォローに回ることもできただろうが、第三者的立ち位置にいるフェイトの方が適役と考えて譲ってくれたのだ。まぁ、ほとんどいつも行動を共にしているので、こういう時は譲らないと不平等…という生来の生真面目さもあるのだろう。マシュとて嫉妬心もあるだろうに、立香のためならそれを抑えられる、抑えようとするところが実に健気な話だ。

彼女の計らいに感謝しつつ、せっかくの機会なので遠慮なく立香に寄り添うように腰掛ける。

 

「何なんだよホントに……“メカエリちゃんvsキングプロテア チェイテ城最後の日”とか “海魔 対 邪神BB 深淵の戦い”とか……無駄にスケールが大きいんだからもう」

「私、話を聞いて古い特撮映画思い出しちゃった」

「ア~ウン、ソウダネ。特撮ッポイヨネ」

 

ちなみに、“タウロ・ケテルマルクト・木馬 巨大ロボ大進撃”なんてものもあったが、こちらに関して立香はむしろ目を輝かせてマシュに冷ややかに「真面目にやってください」と怒られてしまった。

加えて、さらに頭が痛かったのが……

 

「まさか、最後の最後で“ティアマトの逆襲”だなんて……」

「でも、昔戦った時よりは弱かったんだよね?」

「まぁ、うん。一応、“すごく強力なサーヴァント”の枠を超えないレベルだったから。死の概念がないわけじゃないし、ケイオスタイドの浸食も前の時ほどじゃなかった。でも、だからこそこの後が怖いというか……」

「? 何を心配しているの?」

「いや、このパターンだときっと遠からず……」

「遠からず?」

「ティアマトが召喚される気がする」

「………………………………」

 

まさか、かつては人類悪(クラス:ビースト)の一角を担った原初の海、創世の女神がサーヴァントとして召喚されるなんて、そんなことがあるわけが……と否定しようとしたところで思い出す。

そもそも、似たような事例がすでにカルデアにはいるのだ。

 

「じゃあ、もしも召喚されたら帰ってもらう?」

 

確かに、それが一番現実的なところだろう。万が一にも再度ビーストになられては大変だし、それでなくても管理局から危険視される可能性は低くない。余計な火種になる前に、対処してしまうのが無難ではあるだろう。

だが、正直言えばフェイトは本気で口にしたわけではない。むしろ、言うだけ言ってみたという感じが強い。そして、立香から帰ってきた答えは予想通りのものだった。

 

「いや、そのつもりはないよ」

(やっぱり、君はそう言うんだね)

「もしも俺の手を取ってくれたのなら、誠意くらいは示したい。誰が来てくれたとしても、それだけは変わらないよ」

「そう。なら私も、話をしてみたいな」

 

カルデアの記録にあるティアマトは、意思の疎通すら不可能な脅威、圧倒的な絶望という印象が強い。立香だけは、僅かだが彼女と対話できたそうだが……彼に影響されたのか、少しばかり興味があった。“原初の母”としてではなく、“憐憫の獣(ビーストⅡ)”としてでもなく、一介の“サーヴァント”として召喚された彼女はいったい、立香に何を思い、この世界とどう向き合うのだろうかと。

 

「……ねぇ、フェイト」

「うん、なに?」

「歌、歌ってくれないかな?」

「どんな歌が良い?」

「なんでも。今フェイトが歌いたい歌を」

「……もう。これ、結構恥ずかしいんだからね」

 

少しだけ立香から目を逸らし、頬を朱に染めて抗議しながらも満更ではなさそうだ。そんなフェイトに、立香も密やかにほほ笑む。

 

「♪ 眠れない夜 いくつ数えたかな ♪」

(俺も、少しは変わったのかな……)

 

耳を擽る優しい旋律に酔いしれながら、そんなことを思う。

かつての立香は、どちらかというと歌が苦手だった。正確には「ハロウィン」と「歌」や「ライブ」などの組み合わせが、というべきだろう。まぁ、トラウマが行き過ぎて、組み合わせなくても単語を耳にしただけで動悸息切れを起こすようになってしまったが。そして、その原因はどこぞのドラ娘なわけで……。

 

「♪ 震えてた 弱い心の奥 ♪」

 

しかし、数年前からフェイトは様々な場面で立香に歌を披露するようになった。

元々歌は嫌いではなかったのだが、恥ずかしがり屋の性分もあって人前で歌うことは避ける傾向があったのに、である。そんなフェイトが、珍しく自分から「歌いたいから聞いてほしい」と言ってきた。その頃、特にトラウマが深刻になっていた立香は、実を言えばやめてほしいとすら思ったものだ。

だが、あのフェイトが珍しく口にした我儘とも言えない希望である。立香に否と答えられるはずもない。震える身体を何とか抑え込み、どうにか挙動不審になることなく最後まで傾聴することができた。

 

「♪ 微笑み色に包んでくれた ♪」

 

まぁ、本当に初めはそれだけの話。強いて言えば、実はあんまり歌詞や歌の旋律などは頭に残っていなかったのが、せっかく歌ってくれたのに申し訳なかったことだろう。もちろん、言えるはずもないので口にはしなかったが。

 

「♪ あたたかな両手 ♪」

(アレが、始まりだったんだよなぁ)

 

柔らかな歌声に耳を傾けながら、ほんの少し昔に思いをはせる。

そう、フェイトの細やかな“お願い”は一回では終わらなかった。その後も、折を見て度々フェイトは同様のお願いを口にするようになる。その度に立香は、並々ならぬ覚悟と意志力を消費して頷いたものだったが……それが変わったのはいつからだっただろう。

いつの間にか、フェイトの歌を聞くのが楽しみになっていた。いや、元から彼女の歌はプロが認めるレベルだったと聞く。それこそ、ちゃんとしたレッスンを受ければ一年以内にデビューできるだろうと言われるほど。

だから、変わったのはむしろ聞き手の方。アレだけ立香の心に深く根を張っていたトラウマが、いつの間にか随分と改善されていた。相変わらず、「ライブ」や「コンサート」と聞くと震えてしまうが、フェイトの歌を聞く分にはもはや抵抗はない。むしろ、こうして「歌ってほしい」と言えるくらいには、虜になってしまっていた。

 

「♪ 優しい君に “ありがと” ♪」

 

小ぶりな唇から紡がれる歌詞は、優しさと誰かへの感謝に満ちている。あの孤独に震えていた女の子が、こんなにも暖かな歌を歌えるようになったと思うと、自然と立香の心もポカポカとしてくる。

いったい、自分はどれほどこの少女の力になれたことだろう。大して役にも立てなかったと思うのだが、フェイトはそうは思っていないらしい。

 

「♪ 柔らかく そっと触れてくれた ♪」

 

精々が見守り、強引に甘やかし、遠慮しがちな我儘を引っ張り出そうと拙い策を巡らした程度。余計なお世話の方が多かった気もするというのに、こんな自分をフェイトは慕い、“地獄からでも引っ張り上げる”と言ってくれた。

 

「♪ 誰よりも 優しい君のこと ♪」

 

ベルカでの一件で引いていたはずの線は踏み越えられ、固めていたはずの壁は壊れてしまった。自分自身に思うところがないわけではないが、もうフェイトの想いから逃げるような真似はしない。当然、マシュの想いからも。

何より、“手放したくない”“寄り添って生きていきたい”そう思ってしまう自分の心を、もう抑えようとは思わない。

 

「♪ 誰よりも 僕は守りたくて ♪」

(そう。覚悟が足りなかったのは、俺一人。二人とも、とっくに覚悟を決めてたんだよな)

 

本当に、我がことながら情けなくなってくる。それでも、結局見放すことなく自分を選び続けてくれた二人。

いつの間にか妙な取り決めがされていたらしいが、せめて二人には誠意を尽くしたい。どちらを選ぶことになったとしても。

 

「♪ “大好き”を 伝えたい ♪」

 

まぁ、毎度毎度誘惑してくるのは流石に困ってしまうわけだが。いくら中学は卒業しているとはいえ、16歳と26歳だと世間的には色々と風当たりが強いというのに。

とはいえそれも、結婚して夫婦となってしまえばそんな年齢差など「夫です」「妻ですから」の言葉でほとんど解決してしまうのだろうが。……いや、立香はそれでも色々言われる可能性はある。ただでさえフェイトは人気があるのだ、冴えない自分では釣り合いが取れず納得しない輩も少なくないだろう。それに加えて未成年の幼な妻とか、突きどころ満載過ぎだろう。

 

(ってそうじゃなくて、そもそも結婚する前提で考えるのが間違ってるっての!)

「♪ 優しい君に “ありがと” ♪」

 

優しいフェイトを傷つけるようなことだけはすまいと、そう誓いを新たにする。まぁ、もしもマシュを選ぶとなれば、流石に無傷というわけにはいかないので、そこは覚悟しておかなければならないが。

とはいえ……

 

(不味い。いくらなんでも無防備すぎる……)

「ねぇ、立香」

「……ん?」

「なんで私、いつの間にか膝枕されてるの?」

「……いまさらそこ?」

 

歌っている間、少しずつ体勢を変えていきフェイトは立香の太腿に頭を預ける形に。ついでに、身体を冷やさないようにカルデアの制服である白いジャケットをかけてある。

ツッコミを入れるならもっと早い段階ですべきだろうが、歌っている最中でタイミングを見つけられなかったのだろうか? あるいは、これも立香の男性機能回復のための“誘惑(リハビリ)”の一環なのだろうか。

どちらにせよ……

 

(フェイトが無防備すぎて辛い……)

「それに上着まで…大丈夫? 寒くない?」

「あ~、大丈夫。むしろ熱い」

「ならいいけど、無理はしないで欲しい」

「余計だったかな」

「え、ううん! そんなことは全然! むしろ嬉しいというか……」

 

ジャケットを引き上げて顔の下半分を隠しているが、フェイトの顔に赤みが増してきているのは一目瞭然。また、視線が安定せず右往左往している。緊張しているというか、恥ずかしがっているというか、とりあえず落ち着かない様子だが…それすらも可愛くて仕方がないのだから困る。

 

(俺が男だってこと、ちゃんとわかってるのかな? “反応しない”からって、“欲がない”わけじゃないんだけどなぁ……)

(うぅ~、歌ってる時は集中してたからあんまり気にならなかったけど、このアングルは目に毒だよ。それに、ジャケットから立香の匂いが……私、変な顔してないよね?)

 

真下から見上げる立香は知っていたつもりでも体格が良く、ぴったりしたインナー姿だからこそ筋肉の凹凸が浮き彫りになっている。加えて耳に馴染んだ男性特有の低い声音も、後頭部から伝わる案外柔らかい太腿の感触も、すべてフェイトにとっては刺激的に過ぎた。

五感のうち四感を立香で満たされ、胸が苦しい。理性では激しく脈打つ心臓の音が聞こえるはずがないとわかっているのに……いや、もしかしたら太腿から鼓動が伝わってしまうのでは、なんて考えてしまう。

 

(そういえば、今日はぎりぎりハロウィンか……)

 

別に嫌いなわけではないがトラウマではあるので、そう思うとちょっと顔から血の気が失せる。まぁ、錯乱しなくなっただけでも随分改善されたものだろう。海鳴でバイト生活をしていた時、ネコミミにネコしっぽなどで仮装したフェイトを見てその日がハロウィンと知り、顔面蒼白になった際は随分と心配をかけたものである。

あの時の様にフェイトを心配させないように……だが同時に、煽られた欲望を抑え切るのも流石に限界だと知ってもらいたい。何しろ、これまでの積み重ねがある。ここらでそろそろ、思い知ってもらうのもいいだろう。

 

「ねぇフェイト」

「はぇ!? えっと、何?」

「今日って、ハロウィンだよね」

「そ、そうだね。ジャック達にもお菓子あげたし」

 

用意の良いことに、しっかりお菓子を用意してカルデアを訪れていたらしい。

まぁ、それらもお子様サーヴァントたち相手に既にそのほとんどを放出してしまった後のようだが……。

 

「じゃあ……“Trick and Treat”」

「あ、はい」

 

決まり文句に対し、反射的にポケットから飴玉を取り出すフェイト。

 

(甘いよ、立香。お菓子の予備はまだ少しはあるんだから……ってあれ? もしかして、今のはお菓子を渡さない方が良かった場面? いやでも、“イタズラ”されるなんて恥ずかしいし……)

 

などと欲望と理性の狭間で葛藤していたら、飴玉を受け取った立香は舌の上でそれを転がしつつ、フェイトの手を取ったかと思うと……ペロッと舐めた。

 

「ひゃん!? り、立香?」

 

思わず高い嬌声を挙げるフェイト。そんな彼女の質問には答えず、むしろ反応を愉しむように指先を咥え、吸い上げる。

 

「お、お菓子…ン、あげたのに…ふぁっ///」

 

そのまま一頻りフェイトの指先を(ねぶ)って満足したのか、ゆっくりと細い指から唇が離れていく。その間には、先のイタズラの名残である銀の糸が撓み、やがて切れる。

残されたのは、頬を紅潮させて息を荒げるフェイトと、いつもとは違う悪戯っぽい(嗜虐的な)笑みを浮かべた立香だけ。

 

「ハァハァ…どう、して……?」

「フェイト、もう一回」

「へ?」

「Trick but Treat」

 

繰り返される言葉に、再度……だが先のこともあるので、若干オズオズといった様子で飴を差し出すフェイト。

しかし、次もまた立香は悪戯を仕掛けてきた。

今度は掌、少し前の任務で傷を負い、一応は治ったがまだ周囲と色合いが馴染んでいないややピンクがかった新しい組織、そこに舌を這わせ丹念になぞられる。他より敏感な個所である分、くすぐったさのほかにも形容しにくい感覚が背筋を電流の様に駆け抜ける。それは、今までにあまり経験したことのない…だが決して嫌ではない感覚だった。

でも、口は思わず静止と拒絶の言葉を紡いでしまうのだが、立香はそんなこと気にも留めない。

 

「や、め……ひぅっ! そこ、くすぐっ…たいよぉ…んんっ!」

「いつかのお返し」

「……///」

 

ちょっと身に覚えがあるだけに、反論の言葉が出てこない。フェイトも何度か、立香の古傷にイタズラを仕掛けたことがあるのだ。そういうのが結構効果があると、某タヌキに唆されたのである。

 

「ぁ、そういえばさっきのも昔やられたっけ」

「ん、それ…知らな…ぁ、それダメェ……」

 

フェイトは覚えていないだろうが、実は指先を舐られたことがあったのを思い出すが、寝ていたフェイトは当然覚えていないので抗議しようとするも、艶やかな声色では効果などたかが知れている。

むしろ、涙目になりながらでは逆効果だ。

 

「恥ず、かしいよぉ……」

「レロ…どうして?」

「だって、私の手…固いし、肉刺(まめ)でゴツゴツして、るから」

 

ようやく解放されて、息も絶え絶えになりながらイタズラされていない方の手で顔を覆い、恥ずかしそうに答える。

戦闘魔導士として訓練と実戦でバルディッシュを握ってきたフェイトの手は皮が厚く、何度もつぶれた肉刺が固くなっている。なのはも似たようなものだが、近接もこなす分フェイトのそれは彼女以上だ。

普段はそのことを恥じたりしないが、流石に長年の想い人に手や指を弄られるとなればそうはいかない。古傷だってあるし、あまり女性的な手とは言えないことに羞恥を掻き立てられてしまう。例え、立香がそんなことを気にしないとわかっていても、それが乙女心というものだ。

 

綺麗な手、あるいは誰かを救える手、そう言って褒めることもできただろう。しかし、立香はあえてそれを選択肢から除外した。月並みな言葉というのもあるが、率直な感想が別にあったからだ。

 

「フェイトの可愛いところがたくさん見られるし、俺は好きだなぁ」

「今日の立香、すごい意地悪だ」

「じゃ、意地悪ついでに……」

「え、まさか……?」

「フェイト、Trick yet Treat」

「お菓子あげたのにイタズラする人には、何もあげません」

 

流石にフェイトも学習したようで、不貞腐れたようにそっぽを向く。

何故お菓子を渡したのにイタズラされたのかはよくわからないが、とりあえず渡さなければいいのだろうと考えたわけだ。だが、その考えは甘い。

 

「うん、いいよ」

「え? ひぁっ! 耳、噛んじゃ…ダメェ///」

「痛い?」

「よく、わかんないぃ……」

 

そのまま時に甘噛みし、時に耳の内側を舌でなぞり、容赦なくフェイトを責め立てる。

フェイトはされるがまま、ただただ与えられる刺激に戸惑い、翻弄される。

できることと言えば、精々弱々しく腕を突っ張ることと、嬌声交じりの静止の声を漏らすことくらい。正直、どちらもあまり意味はない。

 

しかし、立香は気付いている。口では色々と言っているが、実のところフェイトが自分の行為を受け入れていることを。そうでなければ、フェイトなら容易く立香を跳ね除けることができる。

未熟な術者なら感覚に翻弄されることもあるだろうが、フェイトは歴戦の魔導士だ。彼女がその気になれば、結果は火を見るよりも明らか。なのにそうなっていないという事実こそが、何よりもフェイトの本音を如実に物語っている。

 

そのままフェイトの耳を舐ること数分。他には一切手を出さないからか、いつの間にかフェイトはモジモジと内股を擦り合わせ、辛うじて押し返そうとしていた腕からも完全に力が抜けてしまった。

少し顔を離してフェイトを俯瞰してみれば、目じりに羞恥以外の涙を浮かべながら、茫洋とした目で天井を見上げている。

とはいえ、まだまだ火のついた“欲”が鎮火する気配はない。むしろ、フェイトの艶姿に益々燃え上げっている。残念ながら…というべきか、相変わらずごく一部分は反応してくれていないが。

 

「さて……」

「まだ、やるのぉ?」

 

声に普段の凛とした張りがなく、若干間延びしているあたりも愛おしく感じられるあたり、立香も自分に苦笑を禁じ得ない。いつの間にか、こんなにも夢中にさせられていたらしい。まぁ、マシュに同じことをした場合も……自分を抑えられる自信がない当たり、最低過ぎてちょっと直視できないが。

 

それはそれとして、そろそろネタバラししてもいい頃合だろう。

 

「ん~…そもそもフェイト、俺の話ちゃんと聞いてた?」

「立香の、話って、“Trick or Treat”…でしょ? だからお菓子あげたのに、イタズラして、酷いよぉ」

「いやいや、違う、それは違うよフェイト」

「違うって、なにが?」

「俺が言ったのは、“Trick and Treat”と“Trick but Treat”、それに“Trick yet Treat”だよ」

「え…“or”じゃなくて?」

「そうそう。“and”と“but”、それに“yet”なわけ。さて、“Trick or Treat”なら“お菓子をくれなきゃイタズラするぞ”になるわけだけど、この三つだとどういう意味になるかわかる?」

 

目を皿のように丸くして聞いていたフェイトは、そのまま考え込む。普段の彼女ならすぐに理解できただろうが、度重なるイタズラによる動揺と疲労、それに未だに身体を奥から焙る熱のおかげで思考がまとまらないのだろう。

だが、それでもすぐに答えに行き着いたのは、流石というべきだろうか。

 

「……“Trick and Treat”なら、“お菓子をくれたらイタズラするぞ”?」

「正解。だからイタズラしました」

「“Trick but Treat”だと、“お菓子をくれてもイタズラする”?」

「そうそう。別に、ルール違反じゃないよね」

「ず、ズルいよそれ!!」

「ちなみに、“Trick yet Treat”ならさしずめ“お菓子は良いから悪戯させろ”だから、これまた何も問題なし」

「それって結局、必ずイタズラするってことだよね!?」

「うん」

 

これ以上なく簡潔な返答を返すと、フェイトは両手で顔を覆い足をバタつかせて羞恥に悶える。その顔は、今やリンゴの様に真っ赤になっていた。

 

「定型句だからって、ちゃんと聞かないからだよ」

「………………………………うぅ、ハロウィンで“Trick”と“Treat”が出たら誰だってそう思うよぉ」

「まだまだ“うっかり”やさんだね」

 

随分前にも上官に指摘された部分だけに、益々恥ずかしい。

しかし、今宵のイベントにはまだ最後の一節が残っていた。

 

「さて、以上を踏まえた上で……」

「まだ、あるの?」

「大丈夫、ちゃんと聞けば問題ないから」

 

優しい微笑みを浮かべる立香だが、今のフェイトはそれを素直に受け止めることはできない。今度はいったいどんな変化球が来るのかと身構える。パッと浮かぶところだと、“Trick so Treat(お菓子をくれたので悪戯するぞ)”だろうか。

 

(ううん、それだと話の展開が前後する。だとするとあとはどんな……)

「フェイト、“Trick and Treat(お菓子をくれたらイタズラするぞ)”」

「え、それって……」

「さ、フェイトはどうする?」

 

意味は分かった。どうすれば回避できるかもわかる。ならば、することは一つ。なのに、身体は意に反してそろそろとポケットからとあるものを取り出す。

これが用意してきた最後の一つだ。いっそのこと、残っていなければ話は簡単だったのに……。

 

(ああ私、すっごく恥ずかしいことしようとしてる……)

 

取り出したそれの包装紙を外し、指でつまんでゆっくりと立香の口へ。意に反してなどと誤魔化すことはもうできない。これは紛れもない、フェイトの意思がやらせていることだ。

 

そう、フェイトももう認めざるを得ない。いつもは心のどこかで燻っている“昏い熱”が、今はナリを潜めている。

 

求め、欲し、閉じ込めたい―――そう望む、醜い我執が消えている。

 

愛するから、捧げるから―――献身というには、あまりに身勝手な欲が湧いてこない。

 

欠けたナニカが満たされる―――本当は何を求めていたかがわかってしまう。

 

それが見えてしまったのなら、もう受け入れるしかないではないか。だって彼は、そんな自分(フェイト)を許してくれるから……こうして、甘えてしまう。

 

「…………………………ぉ、お願い、します」

「うん、喜んで」

 

その後、散々イタズラされたフェイトは足腰が立たなくなるのだが……復活して早々、脱兎の勢いで逃走。親友の家(高町家)に逃げ込むと、茹った頭で漏らしてしまった一言に身悶えしながら、しばらく布団にくるまって出てこなくなるのであった。

 

ちなみに、その親友(なのは)からは……

 

「あんまりフェイトちゃんをイジメないでください!」

 

と抗議されるのだが、立香は悪びれた様子もなく……むしろ艶々した様子で謝るのであった。

 

 

 

ちなみにその晩の事……

 

「ほらね、どうだいキャスパリーグ。やはり、彼女に見せて正解だっただろう?」

「フォウフォーウ!」

「アタッ!? 何をするんだこの凶獣! 目が、目がぁっ!!」

 

両目にダイレクトアタックをもらい(獣の足跡を付け)、のたうち回るグランド・キャスター(ろくでなし)がいたとかいなかったとか、真相は夢の中である。

 




一応、最後までは致してませんよ? というか、そもそもこの時点だとできないので。

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