魔法少女リリカルなのは Order   作:やみなべ

3 / 29
基本的にこのシリーズ、ヴィヴィオが周りの人たちに昔のことを聞く…という体で書きたいところだけ抜粋して書く形になります。なので、この話の続きがちゃんと書かれるかは、あまり期待しないでください。


クロエ・フォン・アインツベルンの場合

あら、なのはじゃない。久しぶり……ってあんたね、人の顔を見るなり警戒態勢取るの、いい加減やめてくれない? 胸に手を当ててみろって? なにそれ、嫌味? どーせ私たちはいつまで経ってもロリッ子ボディですよーだ。自分がしっかり実ったからって、何様のつもりかしらね、まったく失礼しちゃうわ。

旦那に感謝しなさいよ。中学まで友達の中で一番小さかったのが、そこまで大きくなったのはアイツがしっかり揉んで…モガモガ!

 

―――ママ、顔真っ赤だよ。それに、パパがどうかしたの? え、クロエさんと話があるから、少しそこのベンチで待ってればいいの? わかった、いってらっしゃい。………………………まったく、ママも何を照れてるんだろうね。クロエさんが何を言ってたのかなんて、わからないわけないのに。ねぇ、クリス。

 

…………ったく、しっかり鼻と口ふさいでくれちゃって、死ぬかと思ったわよ。

あー、はいはい。そういう意味じゃないって言いたいんでしょ、わかってるわよそれくらい。ちょっとしたジョークじゃないの。まったく、この程度で真っ赤になっちゃって、仲睦まじいのは結構だけど、新婚気分も大概にしなさいよ。ヴィヴィオも苦労するわ。

 

ヴィヴィオがどうかしたのかって? あの子もあの子なりに色々気を遣ってるってことよ。見て見ぬふりとか、気付かないふりとかね。ああ、一応言っておくけど聞いちゃダメよ。

 

……よろしい。とりあえずまぁ、私の方も切羽詰まっていたとはいえ、あの時のことは悪かったとは思ってるわよ。だから茶化したりしないで、誠心誠意頭も下げたじゃない。でも、アンタたちにとっては丁度いいきっかけになったんじゃない? アレがなかったら、今頃くっつていなかったかもなんだし。

目をそらして「そんなことないもん」なんて言っても説得力ないわよ。というか、いい年して「もん」てなによ「もん」て。

まぁそれはいいとして、鈍感と奥手のコンビじゃ、いつまで経っても進展なんてしやしないじゃない。実際、きっかけがあってすら付き合うようになるのに何年もかかって、ヴィヴィオのことで覚悟が決まらなかったら今も結婚してなかったくせに。

 

あんた、そういうところ結構ヘタレよね。ヴィヴィオのことだって、「空の人間だからいつ墜ちるかわからない」とか言って逃げてたそうじゃない。

むしろ、その点に関しては感謝されてもいいくらいじゃないかしら? ま、それ自体は結果論だから感謝なんてされても困るから別にいいんだけど。でも、一々警戒態勢取るのはほんとにやめなさいよね。と・く・に! 旦那といっしょの時なんて警戒心むき出しじゃないの。別にとったりしないから安心しなさいっての。

ほら、そろそろ戻るわよ。いつまでも子どもを一人にしてたら母親失格よ。

 

―――あ、おかえり。もうお話終わった?

 

ほんと、いい子に育ったわね。あの子も大概厄介な背景があるってのに……。

自信を持ちなさい、ヴィヴィオがああして屈託なく笑って、真っすぐ育ったのはなのは、あなたがいたからなんだから。しっかり胸を張りなさい、あなたは立派に母親やってるわ。

 

……あ、そうだ。もしもこれからも改善が見られないようなら、あの時のことヴィヴィオにばらすから、そのつもりで。

 

―――あの時? ママ、前に何かあったの?

 

ん、聞きたいの、ヴィヴィオ?

 

―――聞きたい! ちょうど今、皆さんに昔のこと聞いて回ってるので、ぜひ!

 

ああ、そういえばそんなこと言ってたわね。でもね~、そっちのママは話してほしくないみたいだし~?

 

―――ええ~! どうして、私ママたちのこともっと知りたいのに!

 

ですってよ、どうするのママさん?

……はいはい。じゃ、とりあえずは私がイリヤたちと合流する前あたりまでにしときましょうか。だからなのはも、そんなこの世の終わりみたいな顔しないの。ヴィヴィオも、今はそれで我慢しなさいな。誰だって、知られたくない過去の失敗談の一つや二つあるものよ♪

 

―――(……………今度こそっと教えてくださいね)

 

さてさて、まずは私がどこに出たのか、かしら。いや、ほんとなんであそこだったのかしらね。

イリヤも美遊も海鳴だったのに、私だけ本局…しかも無限書庫だったのよ? まぁ、無理矢理理屈をつけるなら、最初にイリヤたちとなのはたちが関わった時に、私もアイツも関わっていたかもしれないのに関わらなかった、そんな微妙な共通点が縁になったとか、そんなところでしょうけど……割とこじつけなのよね。

 

とにかくまぁ、なぜか私一人だけ無限書庫に出ちゃって、そこで最初に会った…そう、あなたのパパの世話になることになったのよ。

まず手始めに自分の遭難というか漂流というか、そういうのの申請を出して、それからイリヤと美遊の捜索願とかその他諸々。もちろん、ミッド語なんて話せないし字も書けなかったから、手続きとかほとんど任せっきりだったけど。

 

で、私の申請の方はさっさと通ったんだけど、何しろ言葉が通じないでしょ? だから、アイツが借りてる部屋の近くの空き部屋に住まわせてもらうことになって、いろいろ面倒見てもらってたから事実上の後見人というか保護責任者状態ね。さすがに世話になりっぱなしは悪いから、書庫の整理とか身の回りの雑事とか手伝いながらイリヤたちの報告が来るのを待ってたんだけど……灯台下暗しじゃないけど、まさかイリヤたちがお世話になっている人たちの思いっきり関係者とか、そんなニアミスしてるとは思わないわよ、普通。

リンディさんたちの方も、てっきり私は地球にいると思ってたからそっちの方面ばっかり気にしてたみたいだし、仕方ないと言えば仕方ないんだけどね。

 

―――でも、しゃべってたのは日本語なんですよね? だったら、パパからママたちに連絡とかいかなかったんですか?

 

それがね、当時の無限書庫はまだまだ整理の方が主眼を置かれているような時期で、とにかくどこに何があるかわからなきゃ仕事にならなかったのよ。その上今以上に人手不足だったし、おかげで基本的に常時締め切り間際の作家みたいな修羅場状態だったの。そこに来て私のことでしょ? ただでさえ忙しいのに余計な雑務まで抱えて、割と余裕がなかったのよ。だから、あの時はあんまり連絡とか取ってないの。

まぁ、私が地球関係者ってことで、てっきりそっちから話が行くと思ってたってのもあったんでしょうけど。

その結果、リンディさんたちは本局から来てる私の捜索願いとかを見逃して、見当外れのところばっかり探す羽目になったってわけ。

 

で、そんなこんなで時間だけが過ぎて行って……

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

(あ~、これはいよいよ不味いわね)

 

時空管理局本局、無限書庫なる場所に放り出されて早数日。クロエは割とのっぴきならない危機に晒されていた。

 

(いい加減、何とか魔力を補給しないと現界を維持できない。ただ退去してカルデアに戻れるならそれはそれでいいんだけど、こんなイレギュラーな状態じゃどうなるかわかったもんじゃないし……)

 

元々、彼女には実体(肉体)と呼ぶべきものがない。極めて特殊な魔術礼装を核に受肉したような状態である彼女の存在は、ある種の奇跡なのだ。

その肉体は魔力によって維持されており、何もしなくとも常に消費されてしまう。そのため、枯渇する前に何らかの方法で魔力を補給しなければならない。それは自身がサーヴァントとなった今も変わらず、図らずもマスター不在で現界してしまったサーヴァントのような状態にある。

今までは極力魔力の消費を抑え、魔術などは一切使わず日常生活に終始してきたがそれも限界が近い。このままでは、あと一昼夜と持たずに彼女は消滅してしまうだろう。

 

(さすがに、こんなところで消えるわけにはいかないしね。となれば、仕方がないか)

 

素直に管理局に自分の状態を申告すれば、何らかの形で魔力を融通してもらえるかもしれない。

だが、その決断を下すにはクロエは管理局というものを未だ知らなさ過ぎた。表向きは治安維持機構のような存在のようだが、巨大な組織には必ず裏や闇が付きまとう。果たして、自身が肉体を持たず魔力によって実体を構成していると知られて、ただで済むか確信が持てない。

人として扱われればいいが、体のいい実験材料とみなされてはたまらない。あるいは、これをきっかけにカルデアに不利益があるようなことになっても困る。

 

だからこそ、クロエは可能な限り自分の情報を伏せざるをえなかった。まさか彼女も、管理局に自身と似たような身体の存在がいるとは思いもしなかった。下手に調べると怪しまれるのではと警戒したのが、裏目に出た結果だ。

とはいえ、クロエは自身の判断は今でも正しいと思っている。ただ、そうして普通の人間として振る舞っている以上は、魔力を融通してもらうことはできないだろうと考えるのは自然なことだった。

 

(ここで私が頼れる相手は少ない。その中でってなると……やっぱり、アイツに頼むしかないか。面倒なことにならないようできれば避けたかったんだけど、流石に本当に“通りキス魔”するわけにもいかないし、やむを得ないか)

 

いくらクロエでも、局内を歩いている女性を適当に選んでキスするつもりはない。色々融通の利くカルデアならまだしも、キッチリとした治安維持組織の内部でそんなことをしたら下手をしなくても事件扱いされるだろう。

運良くクロエが犯人だとわからなければいいが、さすがにそこまで楽観的にはなれない。

要は、思い浮かべている人物にキスをするのと、局内で通りキス魔をするのと、どちらがより面倒を避けられるか。これはそういう話であり、もちろん答えなど分かり切っている。

 

「事情は……まぁ、アイツならあんまり深くは突っ込んでこないでしょ。だからこそ頼めるわけなんだけど……」

 

ボヤキながらスライド式の扉が開くと、そこには“壮観”としか表現のしようのない上下にどこまでも続く本棚。当然、右を見ても左を見ても本! 本!! 本!!! 円筒状の本棚が果てしなく続く様は、まさに「無限書庫」の名に偽りなしといったところだろう。

 

扉から先に通路はなく、そのまま一歩を踏み出せば奈落の底まで真っ逆さまだろう。だが、クロエは躊躇なく床を蹴り円筒状の空間に身を躍らせた。するとどうしたことだろう、飛行能力を持たないはずの彼女の身体は落下することなく床を蹴った勢いをそのままに宙を進む。

そう、ここ無限書庫内部は所謂“無重力空間”なのだ。初めのうちはクロエも戸惑ったりしたものだが、連日通っていればいい加減に慣れる。姿勢の維持も板につき泳ぐように書庫を進んでいく。

 

よく目を凝らせば、ちらほらと人影が浮かんでいることに気付く。基本的には司書のような許可を得た者でなければ入れない場所であり、それを証明するように彼らの周囲には数冊の本が浮かんでいる。この世界で言うところの“魔法”により、本を開かずに内容を確認し、それを分類わけするのが司書たちの基本業務の一つだ。

クロエは無論司書ではないが、一応許可をもらって通わせてもらっている。何しろ、彼女の身分を保証する人間がここに勤めているのだ。寄る辺のないクロエを慮り、現責任者は快く許可を与えてくれた。

 

その点には感謝しているのだが、もう少し明るくならないだろうかとは思う。

いや、明かりが乏しく薄暗いのは、収められた書籍が光で焼けないようにという配慮だということくらいは理解している。ただ、どうにも目に優しくない。長いこと詰めていると、絶対に目を悪くしそうだ。

 

「さて、どこにいるのかなっと…………あ、いたいた」

 

目を凝らし、目当ての人物を探すがすぐに見つかった。これは割と運がいい。何分とにかく広いので、下手をするといつまで経っても見つけられないなんてことも十分にありうるのだ。

 

「ユーノ」

「ん? あぁ、クロエ。どうしたの?」

「どうしたの、じゃないわよ。もうお昼よ。一回切り上げて食べに来なさい。それとも、私が持ってこようか?」

「ああ、もうそんな時間なんだ。って、ここ一応飲食禁止なんだけど……」

「だったらもう少し時間を気にしなさい。仕事熱心は結構だけど、食事も休憩もなしじゃむしろ効率悪いでしょうが」

「……はい」

 

薄い蜂蜜色の髪の中性的な顔立ちの少年に向かって、腰に手を当てながらお姉さん風に苦言を呈する。

クロエが書庫内に入る許可をもらえた最大の理由がこれだ。目の前の少年、ユーノ・スクライアは書庫最年少司書なのだが、年齢に見合わない能力の持ち主でもある。というか、一応暫定責任者である司書長はいるものの、はっきり言って彼はお飾りに近い。管理職としての能力はもちろん十分にあるのだが、書庫内を把握できているかというと……。

現状、書庫内を最も把握しているのはこのユーノだ。年が若すぎることや管理職として求められる能力が十分でないことから一司書として扱われているが、もう少し年齢を重ね、その間に管理職としての教育を受ければ、数年以内に彼が司書長の座に就くことはほぼほぼ確定事項となっている。

 

そんな彼だが、年齢に対して不相応なまでに早熟というか……仕事に没頭すると時間を忘れてしまうのだ。おかげで、まだようやく二桁に達したばかりという年齢でありながら、食事や休憩を抜きがちなのである。

周囲としてもそのあたりは心配なので気にかけるようにはしているが、如何せん回りも忙しい。そこそこ頻繁に局の関係者である彼の友人たちが来ては世話を焼いてくれるが、流石に毎日とはいかない。なので、とりあえず世話になっている間くらいは手伝いを……とクロエが手をあげれば即断即決。あっという間に、ユーノ専属の世話係になり今に至る。

こうしてユーノに食事や休憩をとるよう促すのはまだ序の口。「あともう少し」と言ってごねる彼を時に蹴り飛ばし、時に襟首つかんで引きずっていくのも、彼女の仕事のうちだ。あとついでに、調べた書籍を戻したり、彼が書いた書類を出しに行ったりなんてことも含まれるが。

 

「ほら、わかったらさっさと本戻していくわよ」

「……はい」

「あら、随分素直になったわね。初めのうちなんて、散々駄々こねてたのに……」

「人を子どもみたいに言わないでよ」

「いや、アンタまだ十分子どもでしょうが」

「え? あ、そっか……いや、そうじゃなくて、流石に僕だって学習するってこと。ここで渋ったら次は蹴りか拳骨か、はたまた……そう思ったらおとなしく言うことを聞くしかないでしょ」

「人聞きの悪いこと言わないでよね。私だってはじめはちゃんと言葉で伝えたわよ。なのにアンタがあれやこれやと屁理屈こねるから、仕方なく…ね?」

「ちょっと舌を出して小首を傾げてもダメだから。仕方なく、で暴力は肯定されないから」

「あんたを引きずって出てきたら、あとでみんなから拍手喝采されたけど? なのは…だっけ? その子たちはアンタに甘いって」

 

なんとなく聞き覚えがあるような、ないような名前を引き合いに出す。とはいえ、これ自体は事実だ。基本、彼の関係者は甘いというか優しいので、そういった強硬手段に出ない。加えて、彼自身頭がいいので大抵の相手は丸め込めてしまう。特に無限書庫に勤めている者たちはインテリばかりなので、その手の理屈に弱い。

が、そんなことはクロエの知ったことではない。聞き分けのない子どもには強硬手段も辞さない、あれは暴力ではなく愛の鞭なのです。

 

「みんな……」

「とにかく、しっかり食べてしっかり休息。きっちり一時間休むまで書庫には戻さないから、そのつもりでいなさい」

「いや、一時間って、そんなに……」

「一時間の休憩は規則に定められたことよ。あんたも民間協力者? とはいえ、しっかり規則は守りなさいよね。休める時は休む、戦場の鉄則よ」

「いや、ここそんな物騒な場所じゃないんだけど……」

「職場環境としてのブラックさなら、私の知る限り下から二番目だから大差ないわ」

 

無論、栄えある…いや、ないワースト一位は彼女の所属するカルデアである。

 

――――足りない人手

    爆破や襲撃で職員激減、交代要員も乏しく常にカツカツです

 

――――――過酷な任務

      事実上の大量虐殺も任務のうち

 

――――――――積もる残業

        基本24時間、勤務か待機。休憩返上もざら

 

――――――――――消える休暇

          いつ何をやらかすかわからない連中揃い

 

――――――――――――見合わない給料

            そもそも使う当てがない、というかいまや紙切れ同然だ

 

――――――――――――――外出許可は出ず

              環境的に外に出られないか、出ても何もないのが基本

 

――――――――――――――――評価はされない

                公にできず、しても信じてもらえない

 

――――――――――――――――――残ったのは記憶と胸の痛みだけ

                  世界レベルで丸っと消えてるからね

 

そして―――――――――――――――――もう、帰ることはできない。

 

「どんなところなのさ」

「…………うん、ブラックを超えたブラック。そう、最早ダークネス」

「どんだけなの!?」

 

そうとしか言いようがないのである。何が悪いかと言えば、誰も悪くないことが性質が悪い。何しろそれは、どうやっても改善のしようがなかったということを意味するのだから。

無限書庫には改善の余地がいくらでもあるが、カルデアのそれはいくら振り返ってみても改善点が見つからない。改善するためには、それこそ最初の爆破を回避するとかそういうレベルの話になってしまう。

 

「ユーノ、ちょっとこっち来て」

「へっ、クロエ!?」

「……さて」

「どうしたの?」

「ああ……うん。なんというか、ちょっと頼み、というかお願いがあるんだけど」

「お願い?」

 

無限書庫を出て食堂に向かう途中、人目がないことを確認したうえで少し外れた通路に引っ張り込む。

驚いたユーノだったが、すぐにクロエの様子がおかしいことに気付く。普段は飄々として掴み所のない、小悪魔然とした振る舞いの彼女が、どうにも落ち着かない様子でいる。

 

「何も聞かずに、私に魔力を分けてほしいの」

「魔力を? まぁ、それは構わないけど……」

 

実際、それ自体は大したことではない。それほど魔力量の多い方ではないユーノだが、多少融通した程度でこれからの仕事に支障をきたすほど少なくもない。

多少の疑問はあるが、聞かれたくないのなら敢えて聞こうとは思わない。少なくとも、短い付き合いだがクロエは悪い人間ではないということは確信している。偶にからかってきたり悪戯を仕掛けたりしてくるのは……ちょっと頭が痛いが、十分に後から笑い話にできる範囲だ。

 

いや、書庫内をミニスカートで動き回り、ギリギリ下着が見えない範囲で健康的なフトモモを見せつけてきたり、薄着で上目遣いに距離を詰めてきたりするのは、心臓に悪いので勘弁してほしいが。

女の子と認識はしていても異性としては見ていない相手とはいえ、ユーノも男の子。特に精神面が早熟なこともあってか、多少なりとも反応してしまう。その度に、脳裏に一人の幼馴染の姿がよぎっては、途方もない罪悪感にかられるのだ。

なぜ彼女の姿が浮かび、ものすごく悪いことをした気持ちになるのかは、本人もまだよくわかっていないが。

 

とにかく、頼み自体は問題ないので、さっそく魔力を分け与えるための魔法を起動。結界魔導士であり、防御やサポート系を得意とする彼にとってみれば、片手間にできる程度のもの。

魔法はつつがなく発動し、翡翠の光がクロエの体を包む……が、当のクロエは眉間に皺を寄せている。

 

「はぁ……やっぱりか」

「どうしたの?」

「うん。まぁ、そうなんじゃないかなぁとは思ってたんだけど、案の定ただ魔力を分けてもらっただけじゃ意味がないみたい」

「え、うまくいかなかったのかな? じゃあ、もう一度……」

「ごめん、ユーノのせいじゃないわ。というか、そういう問題じゃないのよ」

 

もう一度魔法を発動させようとクロエに手を差し出すユーノの手を抑え、頭を振る。

 

「あなたたちの魔力の要…リンカーコアって言ったっけ? それで出力された魔力だと、私には合わないのよ。ま、可能性として考慮はしてたけど、できれは外れててほしかったわ」

「そうなの?」

「あんまり詳しくは言えないけど、例えるならあなたたちのリンカーコアは肺で、魔力は空気。それに対し、私たちのは心臓と血液に近いわ。確か、ユーノ達って魔力を生成するんじゃなくて、大気中の魔力を取り込んで貯めるんでしょ?」

「うん。正確には、魔力素だけどね。魔力素を取り込んで、連結させることで魔力に変換。それから外部に出力するのが、基本的なリンカーコアの機能だから」

「やっぱり、そこの違いか……」

 

似たようなことはクロエたちの「魔術回路」でもできる。ただ彼女たちの場合、それとは別に生命力を魔力に変換する「炉」としての機能も有している。彼女たちの認識では、魔力とは個々の魔術師や世界の生命力を変換したものとしての意味合いが強い。故に、クロエは自身の魔術回路と魔力を心臓と血液に例えた。

そして、聞く限りユーノ達のそれは肺や空気を連想させる。おそらく、この辺りの違いがクロエにユーノの魔力が馴染まなかった理由と関係しているのだろう。

 

「えっと、よくわからないけど僕の魔力じゃクロエには意味がないってこと?」

「変換する方法があればいいんでしょうけど、今は言っても意味がないし、そういうことになるわね」

「じゃあ、どうすれば……」

(やっぱり、こうするしかないか)

 

ある程度予想できていたことだが、できればすんなりいってほしかったというのが本音だっただけに、落胆は禁じ得ない。

とはいえ、今のクロエには時間がない。このままで、次の朝を迎える前にクロエは消えてしまう。こんな、どことも知れないような場所で消えてしまうわけにはいかないのだ。

見れば、ユーノも何とかしようと思ってくれているらしく、真剣な表情でぶつぶつと何事かつぶやいている。だが、歴史学や考古学が専門の彼にすぐに回答が出せるとは思えない。クロエ自身、自分に関する情報を制限しているのだから、なおのことだろう。十分な情報があった上で、相応の時間をかけて研究しなければ魔力の質を変える技術が確立できるはずもない。

だが、クロエには一つだけ方策がある。極力避けたい選択肢ではあったが…やむを得ない。

 

「ユーノ、考えてくれているところ悪いけど、一応方法があるわ」

「そうなの?」

「まず、目を閉じなさい」

「え?」

「いいから閉じる!」

「う、うん」

「一応確認するけど、恋人だったり好きな相手はいる? もちろん、この場合の好きな相手は恋愛的な意味だから」

「……いない、けど」

(微妙な反応ね。明確に意識はしてないけど、好意自体はあるってことかしら? ったく、男の子なんだからはっきりしなさいよね!!)

 

多少顔を紅潮させているが、突然の予想外の質問に戸惑っているようにも見えるので、いまいち判然としない。

クロエとしては、もしもそういう相手がいるなら苦しいが別の方策を考えようかと思っていたのだが……こういう曖昧な反応が一番困る。

 

(……仕方がない、か。あんまり時間もないし)

「……クロエ?」

「ユーノ、詳しいことは言えないけど、私には今魔力が必要で、それがないと命に関わるわ」

「命って!?」

「だから、何とかする方法があるから大丈夫って言ってるの! で、これからすることはそういう事情の所謂人工呼吸的なアレだから。アンタは特に気にしなくていいし、特別な意味もないから勘違いしないように。そうね、自分で言うのもどうかと思うけど、犬にでも噛まれたと思いなさい。それか、さっき言った通り人工呼吸か何かでもいいけど」

「は、はぁ……で、なにをするの?」

 

律儀に目を閉じたまま疑問符を浮かべるユーノの頬にそっと両手を添えた。驚いたように身体を硬直させるユーノだが、それを無視して距離を詰め、優しく…だがしっかりと唇を合わせる。

 

「…………んっ」

「フガッ!?」

(逃げるな!)

 

単に唇を合わせた程度では足りない。そこから魔力…ひいては生命力を吸い上げるにはそれなりに時間がいるのだ。なので、頬に添えた手にしっかりと力を込めて逃がさないように抑える。

そう、魔力を直接融通できないとなれば、あとはもうその元となる生命力を分けてもらうしかない。通常、魔術回路のない人間でも身体は多少の魔力を宿すものだが、ユーノ達相手にそれが通じるかは不明。身体に宿った魔力を分けてもらうだけならわずかな粘膜接触で十分なのだが、生命力を直接分けてもらうとなると勝手が違う。

 

(案の定、ね。これはまだもう少し時間がかかりそう)

 

少しでも効率上げるため、舌を使って唇をこじ開けた。二人の間でピチャピチャとかすかな水音が生じ、クロエの下がユーノの口内を蹂躙する。当然、ユーノは閉じていた目を見開いて大慌てだ。突然のことに驚く気持ちもわかるし、逃げようとするのは自然な反応だろう。が、クロエも命がかかっているのでそこは引いてはやれない。

あらかじめしっかり説明すべきか迷ったが、ユーノの性格上、詳細を知ったら尻込みしそうなのでこうして一気に推し進めた次第だ。まぁ、クロエとしても気心知れた半身(イリヤ)ならいざ知らず、最近知り合ったばかりの男の子相手にそういったことを事細かに話すのは、さすがに気が引けたというのもある。

 

しかしそこへ、一つの運命が軽やかな音を立てて歩み寄ってきていたなどと、いったい誰が予想できただろう。

 

「ユーノ君、差し入れ喜んでくれるかなぁ♪」

 

無限書庫へと続く廊下を歩いてきたのは、偶々時間が空いたので幼馴染兼魔法の先生であるユーノの様子を見に来た時空管理局嘱託魔導士の高町なのは、その人。

彼女がユーノに会いに無限書庫に顔を出すのはいつものこと。割と暇さえあれば顔を出しているので、こうして無限書庫へ向かう廊下を歩いているのはよくあることだ。ただ、この日だけは“間が悪かった”。

 

「フンフフ~ン♪」

 

上機嫌、鼻歌交じりに廊下を進むなのは。トレードマークのリボンで結った髪をピョコピョコ揺らしながら、大事そうに差し入れの入った小箱を抱えている。

中身は彼女の両親が経営する喫茶「翠屋」の人気商品であるシュークリームとクッキー。無限書庫司書の皆さんにも好評な定番の差し入れだ。まぁ、大半の司書にとっては脳を活性化させる「糖分」として有難がられていることを、当のなのはは知らない。

 

そして、気付かなければいいものを……まだ若いというより幼いというべき年齢の嘱託魔導士とはいえ、稀有なAAAランクの砲撃魔導士として、すでに戦闘訓練と実戦をこなす彼女の磨かれた感覚はそれを捉えてしまった。

あまり目立つことのない、無限書庫へと続く廊下につながる通路で密着する二つの人影。

決して大きくはなく、背格好はほぼ自身と同じ。おそらくは同年代であろう影を視界の端でとらえたなのはは、よせばいいのに反射的にそちらに視線をやってしまった。

 

(……え、あれって? ………………………………………………………もしかして、キス…してる? わっ、わわっ!? ど、どうしよう! えっと、じっと見たりしちゃ悪い、よね? でも、ちょ…ちょっとだけなら……)

 

なのはももう小学五年生。漫画や小説などでも、恋愛ものが好きなお年頃。姉はともかく、兄には恋人がいるし、もう心を決めてしまった友人もいる。そのためか、どうしても視線を切ることができなかった。

マジマジと見るのはいけないと思ったからか、視界の端で観察してしまったのが運の尽き。初めは角度的によく見えなかったそれも、歩みを進めていくことで明瞭に。通路の影に隠れるようにして合わさった影は思いのほか小さい。てっきり、もっと年上だと思っていただけに、より一層視線がそちらに向かってしまう。

 

(二人とも私と同い年くらい、だよね? す、すごい。こっちだと私たちくらいでも働いてるけど、そういうのも進んでるん、だ……)

 

そこで気付く、気付いてしまった。なのはに背を向ける形になっている若干赤みを帯びた白い髪の少女の向こうに、よく見知った…決して見間違うはずのない薄い蜂蜜色がいることに。

 

「……ユーノ、君?」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ! ぷはっ!? な、なのは!? まって、これはちがっ!?」

 

その瞬間、なのはの胸の奥で何かがはじけた。

 

「―――――――――――――っ!!!」

 

何かを叫んだ気もするし、声にならなかった気もする。だがそれすら認識することなく、手から差し入れの小箱を落としたなのはは我武者羅に来た道を戻る。遠い背後から、なのはを呼び止めようとする声に気付くことなく。

 

――――どうしてなのかわからない。

 

――――――なぜ、逃げるように走り出したのか。

 

――――――――ただ、その場にいたくなかった。

 

――――――――――ユーノが自分の知らない誰かとキスをしていた。

 

――――――――――――それを認めたくなかった。理解したくなかった。

 

――――――――――――――一つ確かなこと、どうしようもなく胸が苦しいこと。

 

――――――――――――――――いや、認めたくないがそれともう一つ……

 

――――――――――――――――――胸の奥が、信じられないくらいに“黒く”染まっていた。

 

(違う! 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う―――――――――!

 ユーノ君に恋人がいたって関係ない! 私たちは友達で! だから、“おめでとう”って祝福して! それから、“なんで教えてくれなかったの”ってちょっと文句を言う! それだけ!! 私が、なのはがしていいのはそれだけなの! それだけの、筈なのに―――――どうして、どうしてこんなに嫌な気持ちになるの。どう、して……こんなの、(高町なのは)じゃない。こんなの、絶対間違ってる……)

 

その日、なのはは「食欲がない」と言って、自室から出てこなかった。

自分がどうやって自宅に帰ったのかすらわからないまま、自分の中に生じた“あってはいけない感情”を消し去ろうと否定(拒絶)し続けて。

だが夜が明けても、彼女の中からそれが消えることはなかった。

 

 

 

「なのは……」

「あっちゃー……ユーノ! アンタ、恋人いないんじゃなかったの!」

「ち、違うよ! なのはは幼馴染で……」

「幼馴染のキスシーン見て泣く女の子なんていないわよ!! このトーヘンボク!!」

「でも、僕たちは本当に……」

(……いや、照れて誤魔化してる風でもないし、ってことはまだ無自覚? あっちの“なのは”って子はわからないけど……ああもう! こっちだってそんなに余裕ないってのに……とはいえ、私が蒔いた種なんだから、せめて関係修復くらいはしないと、かぁ)

 

何も解決していないのに増える問題に、深く溜息を吐くクロエだった。

 

とはいえ、世は“万事塞翁が馬”。何がどう転ぶかわからないもの。

結果的に、なのはの様子を心配したフェイトたちが前日彼女が無限書庫に向かったことからユーノに連絡を取り、そこからクロエはイリヤたちと再会できたのだから、悪いばかりではない。

まぁその後、誤解を解くのにまた一悶着があったのだが……結果論ではあるものの、二人がお互いを“幼馴染”あるいは“異性の友達”という認識から一つ先に進むきっかけになったのだから、まぁ結果良ければすべてよし、という奴だろう。

 

ただし、当のなのははというと、全てが終わった後にこう絶叫したそうな。

 

「ユーノ君の初めて取られた―――――――――――――っ!!!」

 

と。それを本局の真っただ中でやってしまったものだから、さあ大変。

あまりにも意味深な内容に管理局は騒然、ある事ない事噂が飛び交い……ユーノとなのは、二人揃って特大の雷を落とされたのであった。

 

以来、なのはにこの時の話題はタブー……局員の間でも闇に葬られることに。

ついでに、色々誤解が解けた後もなのははどうしてもクロエへの苦手意識を拭えず、特にユーノとクロエが揃うと子猫を守る親猫みたいに警戒心むき出しになるのであった。




次回は荒事…の予定。型月関係ならではの厄介さを出せればなぁと。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。