―――えっ!? それじゃママ、そのあと一ヶ月近くも逃げ回ってたの? でも、学校とか局でのお仕事の時とか、それだと困るんじゃ……。
もちろん、学校とかでは普段通りにしてたよ。普通におしゃべりだってするし、訓練や任務の時は内心なんておくびにも出さずにきっちりこなしてた。
そのあたり、流石だとは思うんだけど……今考えると、十歳そこそこの子どもがすることじゃないよね。
―――ママ、小さい頃一人でいることが多かったんだよね? 確か、おじいちゃんが大怪我したって……。
うん。私も当時のことは聞いた話でしか知らないけど、翠屋の経営がやっと軌道に乗り始めた時と重なって、仕事とお見舞いで恭也さんや美由紀さんまで忙しくしてたんだって。だからなのはは一人で留守番してることが多かったみたい。
まだ小さかったから手伝うこともできなくて、だからせめて邪魔にならないように、困らせないように……そうやって、寂しさとかを隠すようになったのが根底にあるんだと思う。
―――そっか……。
でも……。
―――でも?
よく任務とかで一緒になってたヴィータは「見てられない」って言ってたっけ。
―――そうなの?
うん。ふとした拍子にすごく苦しそうな顔をしてたり、かと思えば泣きそうな目をしたりしてたんだって。
―――やっぱり、その時からパパのことが好きだったのかな?
……どうだろう。クロのことがきっかけになったのは確かだし、幼馴染とか友達とかから『異性』として意識はするようになったと思う。でも、すぐに恋愛感情になったかって言うと……。
―――そうじゃないのに、苦しそうにしてたの?
なのはにとって、ユーノは色々な意味で特別だったからね。立香たち風に言えば『運命の人』だから。
あ、運命って言っても『赤い糸』とかそういう意味じゃないよ。この場合は、『人生の分岐点』っていう意味。
―――運命の、分岐点?
そう。例えば、私との出会いがなのはの人生に与えた影響はそんなには大きくない。
―――えぇ!? そんなことないと思うけど……。
でも、考えてみて。仮に私と出会わなかったとしても、ジュエルシードの回収を進めていれば、いずれアースラが到着してクロノやリンディ母さんと出会うことになる。そうなれば、当然魔導士としての道、管理局に入る未来を提示される。
なのはがどの道を選ぶかはわからないけど、十分に管理局に入る可能性はある。
まぁ、今みたいに戦技教導官や戦闘魔導士をやっているかはわからないけど。
―――そう…だね。翠屋の跡を継いでいたかもしれないけど、そっちも十分にあり得ると思う。
だけど、ユーノは違う。ユーノと出会わなければ、なのははそもそも『魔法』と関わることすらなかった。もちろん、管理局や魔導士とも無縁のまま。
―――そっか、人生の分岐点ってそういう意味なんだ。あ、じゃあ私にとっての運命って……。
一人とは限らないけど、間違いなくなのはだと思うよ。なのはに出会えたことは、ヴィヴィオの人生ですごく大きなことだから。
―――……うん。だとしたら、私がこうしていられるのもある意味パパのおかげかな? だって、パパがママと出会ってくれなかったら、私はきっとこんなに幸せではいられなかったから。よ~し、今度一緒にお風呂に入って背中流してあげようっと!
(それを言ったら、私もかな。なのはと出会っていなかったら、きっと私は“あの時”もう一度立ち上がることはできなかった。それは、なのはが何度も手を差し伸べてくれたからだ。そして、その出会いを作ってくれたのがユーノ……今度、菓子折りでももってお礼に行こうかな?
本人はきっと訳が分からなくて混乱するだろうけど)
―――でも、それでなんで逃げることになっちゃうのかな? 特別な人がキスしてたのがショックっていうのはわかるけど……。
こればっかりはなのはじゃないとわからないんじゃないかな。もしかしたら、なのは自身にもうまく言葉にできないかもしれないけど。
ただ、自分の気持ちが上手く掴めなかったって言うのはあるかもね。なのはも、友達に恋人ができたなら祝福しなきゃ、なのにできない、したくない…って言って、自己嫌悪レベルで思いつめてたから。
―――……やっぱり、好きだったんじゃないの?
……うん、そんな気がしてきた。
まぁ、あの時点ではユーノが自分の傍からいなくなる、っていうことに対する不安とかが強かったみたいだけど。ユーノは最初に他ならぬ『高町なのは』を必要としてくれた、魔法っていう自分にできることをくれた人。その人が離れて行ってしまうのが怖かったんだと思う。
今思うと、昔のこともあってなのは、魔法や『必要とされる』ことに少なからず依存してたのかもね。
――そういえば、前に立香さんが私とパパのことをママの『重石』だって言ってたっけ。それと、今のママは安心して見ていられるって。
“重荷”じゃなくて“重石”、か。ああ、その言い方は立香らしいね。
ユーノはよく『なのはは空が似合う』って言ってたけど、立香は逆に『どこかに飛んで行ってしまいそう』って言ってた。きっと、立香にはなのはが凧か風船にでも見えたんじゃないかな。
糸を離すとどこかに行ってしまいそうななのは、でも今は二人がいる家が帰る場所になって、なのはを
―――えへへ、そうだとしたら嬉しいな♪ でも、学校や局のお仕事で一緒にいることも多かったんだから、話もできたんじゃないの?
それがね、日常会話なら普通に答えてくれるのに、なのはってば私たちがユーノの話をしようとする逃げちゃうんだよ。多分、私たちも多少なりとも力が入ってたから、それを察したんだと思うけど……引き際が良すぎて、ね?
―――ママ……クロエさんの『案外ヘタレ』が否定できないよ。
実際、ユーノが日本の結婚できる年齢の18歳になってプロポーズした時も、例の『空の人間だから~』っていう理由で返事を保留…というか一度は断ったんだ。ユーノもそのあたりわかってたから、めげずに『いつまででも待ってる』ってスタンスだったけど。
ヴィヴィオのことで覚悟が決まった後はトントン拍子で進んだけど、そうでなかったら今も結婚してないんじゃないかな?
―――ママに呆れればいいのか、パパを尊敬すればいいのか迷います。
どっちもでいいんじゃないかな。
―――ママの株が結構下がって、パパの株が鰻上りです…まったくもう! というか、あれだけ『お話聞かせて』『話を聞いて』っていう人が、それってどうなの?
本当にね(クスクス)。
―――いや、それよりむしろどうやって誤解を解いたの? 話をしようとしても、その前に逃げちゃうんでしょ?
そのあたりはほら、『人の話を聞く』のと『人に話を聞かせる』のが達人的に巧い人がいるでしょ。
―――ああ! そういえば、八神司令に聞いたことがある。立香さんのところに“カヨイオサナヅマ”っていうのしてたんでしょ?
……………………………………………はやてとは今度、念入りにお話ししないといけないね(ニッコリ)。
―――ソ、ソウデスネ。ん? でも確か、カルデアが海鳴に浮上したのって、もっと後だったんじゃ……。
あれ、まだ聞いてないの?
―――うん。
そっか……ただ、そのあたりは結構ややこしいというか難しい話になるから、また今度ね。とりあえず、立香…というかその意識体? とでも言えばいいのかな。まぁ、状態としてはレイシフトに近いんだけど、そっちだけカルデアより先…それこそP・T事件の時から海鳴にいたんだよ。
―――そ、そうだったの!?
まぁ、その時に色々と、ね。結果的に、その時の縁がいろんなところに影響を出してるんだから、本当に『縁は異なもの』だよ。
―――ふ~ん。でも、それなら納得かも。なにしろ、“あの”立香さんだもんねぇ。
ちょっと気になったんだけど、“あの”ってどういう意味?
―――どうして胃に穴が開かないんだろうとか、いつか血を吐いて倒れるんじゃないかなぁとか……うん、コミュ力もそうだけどどんなメンタルしてるのかな、あの人って。
(ごめん、立香。何一つとして否定できない、というか共感してしまう私を許して)
―――あれだけキャラの濃い人たちを繋ぎ止めて、間を取り持つだけでも凄いのに……いつ帰ってもいいのに結局誰も帰ろうとしないって、とんでもないよね。
まぁ、ね。局からも、
―――じゃあ、立香さんがママの説得を?
ううん。あの時点では私を介して少し接点があるくらいだったから、アドバイスをもらって……っていう形。
―――でもそれだと、あんまり詳しい話とかもできなかったんじゃ……。
そうなんだけど、そこはイリヤたちがアサシンのカードとか使って抜け出して、こっそり情報交換してたみたい。
―――ああ、なるほど! 元々、イリヤさんたちは立香さんと契約してたんだもんね。
その時はまだ秘密にしてたから、私たちは知らなかったけどね。だけど、最初に立香の話が出た時にちょっと動揺してたんだ。
―――まぁ、無理もないよね。知らない世界に飛ばされたと思ったら、そこに知り合いがいて、そっくりさんとかじゃなくて本人なんだから……。
うん。でも、リンディ母さんたちは後で悔しがってたっけ。もしもあの時に繋がりに気付いていれば、交渉の時にあそこまでやり込められたりしなかったのにって。
―――ああ、カルデア側は情報を持っているのに、管理局側はほとんど情報なしだもんね。
そう。その上、イリヤたち以外にも情報源がいて、交渉を始める前から圧倒的不利な立場だったわけ。
だけど、立香も酷いんだよ。交渉の席に、わざわざカエサルを連れてくるんだから。
―――…………………本気過ぎてドン引きです。
リンディ母さんも交渉事とかは得意だけど、あれは相手が悪いよ。交渉が終わった後、すごく打ちひしがれてたんだから。
―――……ちなみに、何を持っていかれたの?
詳しいことは機密だから話せないけど、主なところだと中型の次元航行艦一隻と無人世界の開拓権、かな。もちろん、その時の交渉一回で決まったことじゃなくて、何度か交渉した末でだけど。
―――もしかしてそれって、シャドウ・ボーダーとムンドゥス・カルデアのこと?
そう。シャドウ・ボーダーの方は水陸両用車みたいなのが前身で、ヴィヴィオが言っているのは買い取った艦を改修したものだね。
正式名称は『次元航行兼虚数潜航艦スペース・ボーダー』。……管理局がカルデアを傘下とかじゃなくて対等に扱っている最大の理由。
―――え、サーヴァントの人たちじゃなくて?
確かにサーヴァントは脅威だけど、それを敵に回してでも独占する価値のある技術がカルデアには溢れてる。まぁ、武力で強引にっていうのが下策なのは事実だけどね。だから、組織の規模の差を背景に傘下に加えるのが妥当な線だと思う。
でも、カルデアにはそれが通じない。本拠地はムンドゥス・カルデアだけど、中枢機能はむしろスペース・ボーダーの方、再建したカルデアスもこっちにあるしね。
そして、いざとなればスペース・ボーダーに乗って逃げちゃえる身軽さが、カルデアの最大の武器だと私は思う。何しろ一度虚数空間に潜られたら、私たちじゃ追跡することはおろか補足することもできないんだから。
―――そっか、そんな状態でゲリラ戦なんてされたら最悪だもんね。
そういうこと。だから管理局はムンドゥス・カルデアを一つの次元世界、カルデアを国家ないし政府機関として扱ってる。いくつかある条約には批准していない世界と同じで管理世界ではないけれど、対等に交渉する相手として。
まぁ、管理世界への渡航に制限がかかってすごく手間がかかるけどね。その代わりと言っては何だけど、管理局法が及ばない治外法権になってる。それはつまり、法の縛りを受けない代わりに、法によって守られないということ。少なくとも、管理局法では。
だから侵入した犯罪者の引き渡しは要求できるけど、例え殺されていたとしても文句は言えない。そんなわけで、私としてはあそこにだけは近づいてほしくないんだ。
なのに、どういうわけか変な情報を仕入れてカルデアにちょっかいかける人が多くて……。
立香たちが無事だからいいけど、その度に返り討ちにあって壊滅っていう報告が上がってくるのはちょっと、ね。
―――内実を知っている身としては、どんな理由であれあそこに入るのは自殺行為にしか思えないんだけどねぇ。今は確か、各地で似た地域・時代の人たちで自分たちのエリアを作ってるんだっけ?
うん。神霊系をはじめとした特に力の強い人たちとか、何人かで協力する形でテクスチャを構築して星の表面に張り付けてるんだって。
だから、ほとんどの地域は海に覆われているんだけど、部分的に色々な環境が点在してるっていう、普通ならありえない世界になってるんだ。
もちろん、スペース・ボーダーが停留している本部に残ってる人も結構いるよ、作家組とか。逆に、どこかに根を下ろさずに色々なところを渡り歩いてる人もいるけど。
ヴィヴィオは行ったことがあるんだっけ?
―――本部だけなら、立香さんに連れて行ってもらったことがあるよ。でも、他のエリアには行ったことがないなぁ。って、違う違う。そうじゃなくて、話が逸れちゃったけど、聞きたかったのはママの誤解が解けた後のこと。確か、ママたちみんなクロエさんに奪われたって……。
そ、そのことなの!? いや、まぁ…ね。ひと段落ついてクロも羽目を外したみたいで、まずなのはが……。
―――あぁ、だからクロエさん『間接キスで返してあげたでしょ』なんて言ってたんだ。あれ? でも、その間はイリヤさんとキスしてないの? 一ヶ月も魔力もったのかな……。
あくまでも、キスは一番効率がいいっていうだけだから。
イリヤは他の人の10倍くらい効率がいいから、その間は他の方法で何とかしてたみたい。まぁ、なのはのことが片付いてからはキスで魔力をもらうようになったんだけど……そういえば、妙にイリヤがほっとしてたのが気になったなぁ。別にクロとキスしたかったわけでもないはずなのに、どうしてだったんだろう……。
―――ふ~ん。で、そのあとみんなに?
……うん。とりあえず、あの時の海鳴にいる関係者のファーストキスは大体クロだよ。例外は、はやてだけなんじゃないかな。
―――八神司令?
確か、
―――な、なるほど。八神司令はその時から士郎さんのことが好きだったんだぁ。
何しろ、16歳の誕生日に休みを取ってわざわざ地球まで婚姻届けを出しに行ってたからね。
―――そうなの!? でもそれって、六課を立ち上げる前なんじゃ……。
うん。だから、はやてが結婚してるって知らない…というか思いもしない人が多くてね。
知らずにスバルが『恋人とかいないんですか?』なんて聞いて、『おらんなぁ。ちゅーか、おったら不味いやろ。人妻やで、私』って答えてすっごく驚いてたっけ。
あれは…ヴィヴィオが来る前のことだから、知らないのも当然だけど。
―――そうだったんだぁ……
そんなわけで、はやてだけは比較的ダメージが少なかったんだけど…他は被害甚大。特にアリサってあれで結構乙女だから、いまでも気にしてるみたいなんだよねぇ。クロの話が出る度に文句言ってるし。
―――まぁ、気持ちはわかるかな。
ヴィヴィオも気を付けないとだめだよ? 女の子同士ならスキンシップのうちとでも思ってる節があるから。
―――うん、そうする。それで、そのあとは?
そのあと?
―――だから、カルデアが到着するまでは何事もなかったのかなって。
……ううん。あったよ、ある意味特大のことが。
―――特大?
そう、特大。事件としては幸い小規模だったけど、私たちにとっては最初の挫折。
なのはの砲撃と私のスピード、どっちも自信も信頼もあった。そこに知恵と戦術が加われば、どんなことでも、何が相手でもきっと何とかなる。たとえその瞬間は負けたとしても、次があれば……当たれば必ず、そう思ってた。
そう信じていた私たちが、初めて味わった決定的な敗北。なのはの砲撃も、私のスピードも、知恵と戦術すらも、何もかもが通じない…そんな相手。
そう。あれは、なのはの誤解がようやく解けてからしばらく経った、ある梅雨の日のこと……
* * * * *
「妙な魔力反応?」
「ええ。正確には、魔力反応の他にも転移反応に似たものが観測されているわ。今フェイトとなのはさんが確認に向かってるところよ」
ちょっとしたおつかいを済ませて居候先のハラオウン家に戻ったクロエを迎えたのは、少しばかりの緊張をはらんだリンディだった。
気付いていて聞かないのもどうかと思ったので確認してみれば、この通り。
とはいえ、それ自体は別に驚くほどのことではない。正しくは、海鳴周辺で…に限定されるが。
なにしろ、一年と経たないうちに二度もロストロギア案件に見舞われた海鳴は、ある種の特異点として管理局に認識されている。そのため、臨時支局まで設けて経過観察を行われているほどだ。
クロエたちのこともそうだが、それ以外にも細々としたアレコレが散発的に起こったりしている。
だから、これ自体は海鳴に駐屯ないし在住している管理局関係者から見れば、日常業務の延長に過ぎない。
クロエもそのあたりの説明は受けているので特に動じたりはしない。ちょっとしたゴタゴタがあったこともあり、クロエ自身はなのはたちとの模擬戦は回避しているが、イリヤたちから大体のことは聞いている。幼いとはいえあの二人が太鼓判を押すほどの実力を備えたなのはたちなら、早々滅多なことはないはずだ。
「ふ~ん。あの子たちなら大丈夫だとは思うけど、サポートの方は?」
「とりあえず結界魔導士に結界を張ってもらって、二人ほどではないけど腕利きをクロノに出してもらったわ」
「つまり、サポート体制は万全、と」
「ええ。できればヴォルケンリッターたちにも来てもらえたらなお良しだったんだけど……」
「それは過保護過ぎじゃないかしら?」
少し不満そうに嘆息するリンディに、思わず肩を竦めてしまう。なのはとフェイトに加えて八神家のヴォルケンズまでとなると、それはさすがに過剰戦力というものだろう。これだけのメンツを揃えなければならないほどとなると、それこそ一級危険指定のロストロギア案件だ。
母親として心配なのもわからないではないが、クロエの反応が妥当なところだろう。
「……ちなみに、その様子って見られる?」
「ええ。というか、私も念のために見るつもりだからよければ一緒にどう?」
魔導士ランクこそ高いが、タイプ的に戦闘向きとは言えないこともあってかリンディの表情には陰りがある。劣等感の表れというよりも、子どもたちを荒事になりうる場所に送り出すことに思うところがあるのだろう。
一局員としてはその合理性と必要性を理解しているが、感情はまた別の問題ということか。
察しの良いクロエはそのあたりをしっかり理解しつつ、あえて言及するようなことはしない。あまり、自分たちも人のことを言える身ではないことを理解しているからだ。管理局の体制や在り方を批判したところで、盛大なブーメランになるだけなのだから。
「そうさせてもらうわ。イリヤたちから話は聞いてたけど、バタバタしててあの子たちの戦ってる様子って見たことないのよね」
「あら、そういえばそうだったかしら?」
「ええ。だから、ちょうどいいしお手並み拝見と行きましょう」
冷蔵庫から出してきた麦茶を注ぎ、すっかり観戦体勢のクロエ。まぁ、管理局的には非殺傷設定すらできない者を前線に出すわけにはいかないので、本人が協力を申し出てもよほどの緊急事態に人手不足が加わらない限りは許可など出せないだろう。
だがそこへ、補足するようにリンディから情報が追加された。
「……そういえば、これまでにも似たような反応を何度か観測しているわ」
「へぇ。じゃあ、類似の案件があったってことね。それなら、おおよその危険度も予想できるか……」
「そうね。過去の例に照らし合わせるなら、危険は少ないと思うわ。どれも、直接交戦するようなことにはならなかったし」
「そうなの? なら、今回も荒事にはならないかしら」
残念、というのはさすがに不謹慎だと自覚しているので口にはしない。しかし、続く情報でクロエの表情が一変した。
「ちなみに、そのうちの一度はイリヤさんと美遊さんよ」
「…………………………………………………………なんですって?」
イリヤと美遊が海鳴に出現した時に似た反応、というのも気になるが、一番重要なのはそこではない。
単純に二人の時に似た反応というのであれば、カルデアがようやく何らかのアプローチをしてきたという可能性が高い。密かに立香と接触を持ったことで、カルデアに正確な情報がもたらされたことが要因だろう。どうやらなかなか痕跡を追えずにいたらしいが、今は立香から繋がる縁を手繰る形で追跡できないか試しているという話は聞いている。それがついに形になろうとしているのかもしれない。
それ自体は喜ばしいことだ。この予想が正しければ、遠からず帰還することができるかもしれない。
問題なのは、それが過去に二人以外にも観測されたことがあるということ。
立香のことを指している可能性は低い。立香がこちらにいつもの“夢”という形で紛れ込むようになったのは、リンディたちが地球を訪れる直前。彼女たちでは、それを観測することなどできるはずがないのだ。
ならば、リンディの言葉はいったい何を指しているのか……。
「それ、どういうこと?」
「あなたたちならもしかしたらと思ったけど、やっぱり知らないのね。闇の書事件のことは聞いている?」
「概要くらいなら」
「その終盤、二度あなたたちに似た反応が観測されたわ。一度目はリインフォースと戦うなのはさんに助力してくれた、白銀の甲冑を着込んだ金髪の騎士。そのあと、消えようとするリインフォースの前に現れた士郎君にとても良く似た赤毛の青年だった」
(金髪の騎士ってなると絞るのが難しいけど、お兄ちゃん似って……あの人?)
闇の書事件については本当に概要程度しか聞いておらず、詳しいあらましなどは知らない。だから、どういった形でかかわったかはわからない。だが、現状サーヴァントとして存在しているイリヤたちに似た反応を見せたということは、同類と考えていいだろう。
その中で該当する人物となると、前者はともかく後者については一人しか浮かばない。
それが何を意味するかは事件の詳細を確かめなければわからないが、その時やイリヤたちに似た反応が改めて観測されたとなると、無関係を決め込むわけにもいくまい。
(お願いだから、金ピカや太陽みたいな面倒な王様系とか傍迷惑な神霊系じゃありませんように。鬼種なんて以ての外だし、文化系もなんだかんだで癖が強いから勘弁してほしいわ……)
特に、最近は四天王どころではないくらいに増殖している黒幕系が現れた時には、立香のことをばらしてでもしっかり手綱を握ってもらわなければなるまい。
というか、それを言い出すと大概の連中は絶対何かやらかすので、希少な常識と良識を弁えた面々であってほしい。具体的には、勝利の女王とかだと大変うれしい。
「……どうやら二人が結界に入ったみたいね。魔力反応は……動いていないわ。この様子なら、今回も穏便に済みそうね」
「そうであってほしいわね、切実に」
リンディとそろってソファに腰掛けながら、傍らでちょこんと座って同じくモニターを見上げていた子犬形態のアルフを膝にのせ、その豊かで艶やかな毛並みをモフる。
以前はよくフェイトと一緒に現場に出ていたそうだが、最近は家事手伝いが主な仕事になっているらしい。今回も、なのはが一緒ということもあって同行しなかったようだ。
それはともかく、不安に駆られて荒みかけた心を落ち着けるにはちょうどいい精神安定剤だ。カルデアにもフォウがいるがアレは中々撫でさせてくれないし、ロボはそもそも立香以外の人間を近づかせないので、モフる以前の問題だろう。
そうこうしているうちに、二人が結界の中心部間近まで迫っていた。
とはいえ、まだ対象を視認するには至らない。何しろ場所が場所、市街地真っただ中だ。ビルが乱立するコンクリートジャングルでは視界が悪い。
そのため、展開された結界のおかげで人の姿がないことをいいことに、二人は低空を飛行して現場に向かっている。
だが、そろそろ見えてきてもいいはずなのに一向に対象が見当たらない。
クロエたちが見ているモニターの中では、二人が困惑した様子で顔を見合わせている。
しかしそこへレイジング・ハートとバルディッシュ、二人の愛機が同時に警告を発した。場所は……
「「上!」」
「Laaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
反射的に距離を開けた二人の間を、何かが高速で通り過ぎる。
落下したそれは間もなく地面に激突。濛々と舞い上がった粉塵が姿を覆い隠してしまったため、いまだに相手の詳細はわからない。とはいえ、奇襲を仕掛けられたのだから少なくとも穏便に済むということはあるまい。
故に、幼いながらも訓練と経験を積んだ二人は揃って愛機を構え警戒態勢をとる。
相手のことは何もかもが不明だが、できれば話し合いによる解決が望みなのだろう。警戒はしていても自分から仕掛けるつもりはないようで、画面越しにも戦意が薄いように感じられる。
それが果たして吉と出るか凶と出るか……。
だがモニターに向けられたクロエの視線は、先ほどまでとは比べ物にならないほど厳しい。
アルフを撫でていた手もいつの間にか止まり、かすかな震えと共に強張っている。
(一瞬しか見えなかったけど、今のはまさか……)
できれば見間違え、あるいは先の奇襲は戯れか何かであってほしい。そうでなければ、色々と不味いことになる。
しかし、そんなクロエの願いが報われることはなかった。
立ち込める粉塵の中から何かが飛び出しフェイトに襲い掛かる。
高速機動を得手とする彼女らしく即座に回避、同時になのはも移動。すぐさま二人は対象を挟み込むように展開し、並行してレストリクトロックとライトニングバインドで捕縛した。
二人の手元にはそれぞれ桜色と金色の魔力の光が輝きを放っている。
いかに心優しい少女たちとはいえ、流石に二度も問答無用で攻撃されてまで無抵抗でいようとは思わない。それ故の拘束だが、かといって何もわからない状態で腕づくで制圧するのにも抵抗があるらしい。
こうして迎撃できる体勢を整えた上での拘束が、二人にとっての気持ちの落としどころなのだろう。
「あの、時空管理局です」
「お話、聞かせて……」
「二人とも今すぐ逃げなさい!!」
何とか呼びかけようとする二人に、クロエの焦りを多分に含んだ声が割って入る。
「え、クロ?」
「クロちゃん、何を言って……」
「四の五の言わず逃げなさい! あんたたちじゃ、そいつには勝てない!!」
訳が分からず困惑する二人だが、その間に対象はバインドを強引に破壊。空戦能力はないのか、重力にひかれて落下を開始する。二人は地面に激突する前に保護しようと追いかけようとするが、その表情が強張る。
なにしろ、地面から十数メートルの場所を現在進行形で落下しているそれは、手に持った長物をなのは目掛けて大きく振りかぶっているのだ。
「なのはっ!?」
咄嗟にフェイトが叫ぶ。それとほぼ同時に長物が放たれ、なのはに襲い掛かった。
「きゃあっ!?」
反射的にシールドを展開したが、生半可ではないはずの強度を誇るはずのなのはのシールドは容易く粉砕。シールドが破られたことで体勢が崩れたのが幸いし、直撃は避けられた。
そして、彼方へと消えていく長物の正体を天性の動体視力でフェイトは捉えていた。
(よかった、なのはは無事だ。でも、今のは…槍? だけど、魔力の発動は感じなかった。カートリッジが間に合わなかったとはいえ、なのはのシールドをただの槍の投擲で砕くなんて……)
疑問は尽きないが、とはいえこれで話し合いの余地がないことは確定だ。これでは一度制圧してからでないと話もできない。
クロエが言っていたことが気にはなるが、フェイトは心を固めて未だ落下中の敵目掛けて用意していたスフィアから砲撃を放つ。
「トライデント……スマッシャー!!」
手元から三叉に分かれた金色の奔流。それは途中で再度角度を変え、標的目掛けて殺到する。
(防御…しない?)
空戦能力がないようなので、回避できないのはわかる。だが、防御態勢すら取らないなどあまりにもおかしい。
その間にも三叉の砲撃が合流し着弾。煙を帯びながら、敵であろうものが地面に向かって落ちていく。
「これで、終わった…のかな?」
「フェイトちゃん」
「なのは、大丈夫?」
「うん。シールドにあたって少し逸れたから……それで、さっきの人は?」
「防御もせずにスマッシャーが直撃した。ダメージの程度はわからないけど、これで終わってくれたらいいんだけど」
「そうだね……」
「そういえば、さっきクロが何か言ってたけど、あれってどういうことなのかな?」
「さぁ?」
お互いの無事を確認し、揃って首をかしげる二人。思わぬ形で戦闘状態に入ってしまったため意識から外していたが、余裕が出てきたことで思い出したのだろう。
一度は切った音声通信を再度つなげようとするが、それより早く彼方から何かが飛来し、二人の意識がそちらに向く。
「あれって……」
「さっきの槍? ……まさか!」
視線を転じれば、そこには特にダメージを負った様子もなく立つ敵の姿。
「無傷…いったいどんな防護服を着てるの?」
「わからないけど、すごく強いのは間違いない。話は……」
「Ha…hahahahahahahahahaha!!!」
「できそうにないね」
「……ならまずは一度止まってもらってから、お話しさせてもらおう」
「うん」
一筋縄ではいかない相手と理解し、気を引き締める。だが、二人は知らない。その認識ですら、まだまだ甘いということに。
彼女たちはもっとクロエの言葉に耳を傾けるべきだった。クロエは言ったのだ「勝てない」と。その意味と、眼下の敵の状態を冷静に分析していればあるいは、答えとはいかずともヒントくらいは得られたかもしれないのだから。
時を同じくして、一向にフェイトたちと通信が取れないことにクロエは大いに慌てていた。
「あーもう! 人の話ちゃんと聞けってのに!!」
「ちょっと落ち着きなよ、クロ」
「そうよ。いったいどうしたっていうの?」
「……よくもまぁそんなに悠長にしてられるわね」
何とか宥めようとするアルフとリンディに、クロエの険しい視線が向けられる。
無理もないということはわかっている。状況を理解しているのはクロエただ一人。二人には何が何やらわからないのだから、その反応は当然だろう。
しかし、ことは一刻を争う。急がなければ、それこそ取り返しのつかないことになる。
「いや、そりゃフェイトの砲撃を直で貰って立ってるのは驚いたけどさ」
「そうね。確かに驚異的な防御性能だとは思うけど……」
「耐えた? その認識がそもそも間違ってるわ。あいつは“耐えた”んじゃなくて、そもそも“効かない”のよ」
「それって、どういうことさ」
「あの子たちの火力は認めるわ。実際、聞いていた以上だと思う。でも、それじゃ“意味がない”。
たとえ今の十倍…いいえ、それこそ星をも砕く一撃があろうとも、あの子たちの攻撃は通じないのよ。
一切ダメージが通らない相手を、いったいどうやって倒すっていうの」
「ダメージが通らないですって? でも、そんなこと……」
「問答する時間も惜しいわ。アイツはフェイトの攻撃を受けて無傷で立っている、それが現実よ。今はとにかく、なんとしてでもあの二人を下がらせなさい。
いい? これは戦いなんかじゃない。羽虫を鬱陶しく思って避けるなり払うなりはしても、そこに脅威をおぼえたりしないでしょう。これは、“そういう”ことなのよ」
そう、これはもう強い弱いの問題ではない。なのはたちがどれほどの力を持っていようと関係ない。
これは、それ以前の問題。力も速さも、知恵も戦術も、勇気や勝利への意思……そういった全てを無意味なものにする、絶対的なまでの理不尽。それが、今あの二人の目の前に立ちはだかっているものの正体だ。
正直、リンディとしてはそれをやすやすと受け入れることはできない。クロエの話は彼女からすれば要領を得ず、ただ結論だけを突き付けられているに等しいからだ。
とはいえ、目の前の少女の真剣さと危機感も伝わってくる。決して、ふざけて言っている訳ではないことも明らかだ
「……仮にあなたの言っている通りだとして、どうしろというの?」
「なのはとフェイトを下がらせて、サポートに回っている連中にも手は出させない。これは最低条件よ」
「でも、そうなればいずれアレは結界の外に出るかもしれないわ」
見たところ、どうにも意志や理性といったものを感じさせない。まるで本能で暴れまわる獣のようだ。
だから、リンディの懸念ももっともだろう。結界内で暴れているだけならいいが、そこから出てくるようなら周囲への被害は相当なものになることが予想される。何としても、そうなる前に鎮圧する必要がある。
そしてそのための方策が、クロエにはあった。
「………………………………確か、イリヤと美遊はクロノのところに行ってるのよね」
「ええ。ちょっと確認したいことがあって、臨時支局まで」
「なら、急いで呼び戻して」
「……二人なら、なんとかできるのね?」
「少なくとも、なのは達よりは。あの子たちだと勝機はほぼゼロだけど、イリヤたちの攻撃なら通る」
「理由は……今は聞かないでおくわ」
クロエの言葉にそれなり以上の信憑性を感じたのだろう。彼女の言うことが確かなら、なるほど問答する時間も惜しい。
ただ、一つ懸念事項がある。
「だけど、流石に今すぐ現着とはいかないわ。その間はどうするの?」
「……私が足止めする」
「できるの?」
「イリヤたちほどではないけどね。少なくとも、なのはたちと違ってダメージを与える手段があるわ。なら、足止めくらいにはなるでしょ」
「……わかりました。アルフ、お願いできる?」
「う、うん」
「フェイトたちをはじめ、関係各所には私から連絡します。あなたたちは、急いで現場に向かって」
「英断、感謝するわ。行くわよ、アルフ」
「お、おう!」
困惑気味のアルフを引きずる形でテラスから飛び出すクロエ。その姿は、いつの間にか黒と赤を基調とした戦闘服に代わっていた。
本来の大型の狼形態をとったアルフは、そんなクロエを背負って海鳴の町を飛翔する。その背中で、クロエはこれからのことに少しばかり頭を痛める。
(私たちがいるから出てきたのか、それともアレが出てくるから私たちが呼ばれたのか……ま、この辺りは卵と鶏の関係だから今は考えるだけ無駄か。
できればいろいろ隠しておきたかったけど、そうも言ってられないわよね。あの子たちのことも放っておけないし、何よりマスターが気にかけてる子たちだもの。サーヴァントとして、しっかり働かないとね)
その後、リンディを介して状況報告は上がってくるが、内容は芳しいとは言い難い。
なのはもフェイトも攻撃が通じないことは薄々理解していたようだが、万が一にも外に出さないよう足止めすると言ってきかないらしい。心意気は認めるし、実際せめてクロエが到着するまでの時間稼ぎが必要なのは事実だ。
とはいえ、状況を考えれば無謀と言わざるを得ない。
特に、空中での足場の代わりになるビル群という立地が悪い。おかげで、よほど高空まで行かないことには十分アレの間合いに捉えられてしまう。逃げられてしまう可能性を考慮し、ある程度までしか距離を取らないのだから、クロエからすれば気が気でない思いだ。
(まぁ、下手に距離を取り過ぎれば今度は“戦車”を出しかねないわけだけど。あっちならダメージは通るかもしれないけど、どっちの方がマシなのやら……)
今のところや槍と体術だけで戦っているようだが、アレはアレで出てくると厄介だ。アレの突進力は、なのはたちの砲撃を真正面から粉砕し得る。
まぁ、戦車を出していない今でも十分すぎるくらいに状況は最悪だ。
攻撃が通らないだけでなく、敵の速力はフェイトをも凌駕しているのだから。
「そんな、フェイトが……」
(飛ぶと走るじゃ単純に比較はできないけど、トップスピードならかなり良い勝負ね。私としては、むしろそっちに驚きなんだけど。とはいえ、やっぱりあっちの方が体捌きなんかじゃ何枚も上手か。せめて、フェイトが完成していれば違ったんでしょうけど……)
いまだ幼いフェイトでは、自身のスピードを最大限に活用しきれていないと言わざるを得ないのだ。対して、敵の方は彼女と同等かそれ以上の速度を完全以上に御している。
その違いが、フェイトが置き去りにされるという形で表れているのだ。まさか、あのフェイトが速さの土俵で後れを取るなど、思いもしなかったことだろう。
「…………………アルフ、ここまででいいわ。アンタも下がってなさい」
「いや、だけど……」
「まだまだやってもらうことがあるんだから、言うことを聞きなさい」
派手にドンパチやっているおかげで、ビルの上に二人が姿を現す瞬間がある。遠めに見た限りだが、いい具合にボロボロだ。まぁ、むしろその程度で済んでいるとも言えるが。
黒化英霊やシャドウサーヴァントに近い暴走状態なのだろうが、それでも根底にある甘さが影響しているのだろう。なんだかんだ、女子どもには甘いところがあるのだ、あの大英雄は。
「……わかった。でも、ここからどうするってんだい?」
「こうするのよ。
右掌を上に向け呪文を詠唱。すると、一瞬靄のようなものが生じたかと思えば、瞬く間のうちに巨大な構造体が姿を現した。
「は…はぁっ!?」
(……やっぱり、結構負担が大きいわね。とはいえ、せめてこれくらいの精度がないと話にならないわけだけど)
「あんた、それどこから……」
遥か遠方を見通す弓兵の“鷹の目”は、なのはたちを追ってビル群から飛び上がった敵の姿をとらえている。
そこ目掛けて、巨大な構造体を大きく振りかぶり力の限りぶん投げる。
「いっくわよー! どっ……せい!!」
猛烈なスピードで飛翔するは、翡翠色の宝石のような代物に岩石をコーティングしたような形状の巨剣。
銘を
本来必要な工程のすべてをキャンセルすることで投影可能なそれだが、今回は一部の工程はあえてキャンセルしていない。この一回だけでも、アレに“脅威”を感じてもらう必要があるのだ。
あと少しでなのはたちを槍の間合いにとらえようかという寸前、放たれた巨剣が迫る。
それを、今までなのはたちのあらゆる攻撃をすべて無防備に受けていた敵が初めて……迎撃する。
「ッ!」
「防御、した?」
「いまのは……クロ? どうして……」
肩で息をしながら、驚きをあらわにする二人。無論、クロエから返ってくる答えはない。
代わりに、それまで戦っていたはずのなのはたちに見向きもせず、眼前の敵がクロエ目掛けて疾駆する。
「そう、アンタはそうするわよね。なのはたちの攻撃はアンタに通じない、どうせ敵とすら思ってなかったんでしょ。でも、紛い物の張子の虎とはいえ、私が放ったのは神造兵装。これには脅威を感じた、だから私に狙いを切り替える。アンタならそうすると思ったわよ、ギリシャの大英雄様!!」
両手に愛用の双剣「干将・莫邪」を投影し構える。ダメージは通らないが、もっとも扱い慣れ、投影速度に優れた得物が時間稼ぎには最善だ。この相手と戦うなら、いったい何度武器を失うことになるかわかったものではない。
彼にダメージを与えられる武装は限られ、その投影はクロエにも大きな負担になる。当然、投影するにもわずかなタイムラグが生じてしまう。
それは、この相手には致命的だ。だからこその干将・莫邪という選択、倒すためではなく生き残るために。
脅威となりうる手札がある、それを教えることで引き付け、後はイリヤたちが来るまで徹底的に粘る。それがクロエの作戦だった。
(イリヤ、美遊……お願いだから早く来てよね)
挑むは『不撓不屈の大英雄』ヘラクレスと並び称される、『俊足の大英雄』アキレウス。
クロエの命をとした時間稼ぎが、始まろうとしていた。
なのはたちにとって、最も相性が悪い相手は誰か…と考えた時に真っ先に浮かんだのがこの人でした。というか、神性スキルないし神造兵装、あるいは「神殺し」とかでもない限り攻撃全て無効は反則過ぎますが。踵を狙うのも、速度と技量、加えてそこを狙ってくるのが分かり切っていることを考えれば至難の業。無理ゲーにもほどがありますよね。
で、なんで縁もゆかりもないアキレウスが出てきたかは、一応理由があります。まぁ、それは追々……。
あと相性が致命的に悪そうなのはジャックとかかな? 夜間ならほぼ確実に先手取れるし、先手取られたらクロノとザッフィー以外詰むし。ただ、彼女が出てくると最低でも一人はお亡くなりになってしまうので避けましたが。