魔法少女リリカルなのは Order   作:やみなべ

7 / 29
連休中に、「ありふれ」の方を少なくとも一話は進めたいなぁ、とは思っております。


アルフの場合

オーッス! 久しぶりだな、ヴィヴィオ~!

 

―――うん、アルフ久しぶり~!

 

それで、今日はどうしたんだ? 聞きたいことがあるって話だけど。

 

―――ごめんね、忙しいのに。実は……。

 

ほうほう、昔のフェイトと立香ねぇ……って言っても、あんまり今と変わらないよ。立香が甘やかそうとして、フェイトが抵抗して、でもちょっと誘惑に負けて甘えて、そのままなし崩し……で、最終的にキャパオーバーして逃げる、これがワンセット。

強いて言えば、年々抵抗力が落ちてるのと、反比例してキャパが広がってることかね。昔だったら週一くらいで「もうムリーッ!」ってクールダウンしに行ってたのが、いまは少なくとも一ヶ月は持つ。フェイトも成長したもんだ。

 

―――それ、成長って言うの?

 

言うぞ。少なくとも、フェイトにとっては立派な成長だ。

まぁ、どちらかというと素直に甘えられるようになったのが、かもしれないけど。なにしろなぁ、昔はほんとに恥ずかしがって、遠回りというか、ややこしいというか……自分に言い訳しまくって、ようやくってパターンがほとんどだったんだぞ?

立香相手でもそれなんだから、お母さんたちだとなおさらだ。まぁ、未だにお母さんたちにワガママやおねだりを言うのは苦手だけど……。

 

ああ、成長と言えば、立香がフェイトを子ども扱いしなくなったあたりからだな、逆にフェイトが甘えさせようとするようにはなったのは。膝枕してやったり、添い寝してやったり……寝てばっかりなのが立香らしいけど。まぁ、そうはいっても八・二くらいで逆転されるんだけどさ。

この辺りは、年季の違いかねぇ。

 

―――ふ~ん……でも、カルデアが浮上してすぐの時とかこじれたりしなかったの? 仕方なかったとはいえ、立香さん色々隠し事してたわけだし。

 

その点に関しちゃ、あたしらもアイツのこと言えないしな。というか、隠し事っていうならあたしたちが先だし。

初めて会った時、何も教えずに閉じ込めたあたしたちをアイツは受け入れてくれた。なら……ってわけじゃないけど、フェイトもそうしたいって思ったんだ。

プレシアのことだってそう。あいつは、全部知った上でフェイトを見守ってくれてた。本当に必要な時には手助けできるように準備だけはして、フェイトがフェイトらしくいられるように。

 

知れば知るほどさ、隠し事されてたことへの文句なんて消えていっちまったよ。

まぁ、フェイトが自分の生まれのことを話した時の反応は、今思い返しても頭が痛いけど。

 

―――それって、アリシアさんのクローンっていう話だよね。でも、立香さんはプレシアさんから聞いてたんでしょ? なのに、何か変なこと言ったの?

 

言ったというか……聞かれたんだよ「寿命とか大丈夫?」ってね。

はぁ~……フェイトもそうだけどあたしも何言われたのか正直わからなかったよ。いや、質問の意味自体は単純だし、心配されるのもわかる。でも、先に言うこととか聞くことがあるだろ。

 

まったく、フェイトがどんだけ勇気を振り絞ったと思ってるんだか!

……どれだけ良い奴でも、生まれが普通じゃないってだけで距離を取られることはある。はっきりと偏見の目を向けられなくても、同情されたり哀れまれたりすることも少なくない。

 

フェイトはね、立香にはそんな目で見てほしくなかったんだ。今まで通り、ありのままの自分を見てほしかった。当然話すのは怖かったし、一度は隠そうとも思った……というか、あたしが勧めたんだけど。

でも、アイツのことが大好きだったからこそ誠実でありたかった。だから勇気を振り絞ったってのに、返ってきたのは期待してたのとも覚悟してたのとも違う、そういうの全部すっとばした先の質問だよ?

 

―――あ~、それは確かに……まずは安心させてあげるべきだよね。

 

そうだろ! 呆気に取られながら、フェイトが辛うじて「え? だ、大丈夫だと、思う。定期的に検査してもらってるし……」って答えたら、そのまま矢継ぎ早に「じゃ、食べちゃいけないものは? しちゃいけないこととかある? あと、他に気をつけなきゃいけないことは?」だよ。

で、一通り体質的な問題がないってわかったら「ああ、よかった」って一人で安心しやがるんだ。こっちはすっかり置いてきぼりさ。

 

流石にフェイトも、これには文句を言ってね。「他にあるでしょ! 私、普通じゃないんだよ!」って。

 

―――立香さんは、なんて?

 

あっけらかんとした顔で「ん~、そうはいってもサーヴァントには割とそういう人いるからねぇ。というか、そもそも人間じゃないのもいるんだから、いまさらというかなんというか……」だと。

……アイツにしてみれば、フェイトの生まれも個性の一つだったってことさ。だから特に驚いたりはしないし、励ましたり安心させたりするよりも、周りの人間として気をつけなきゃいけないことの確認を優先した。それは興味がないからじゃなくて、フェイトのことを大事に思ってくれてたからこそなんだけどさ。

 

―――でも、そのあたりはプレシアさんに聞いてたんじゃないの?

 

フェイトがアリシアとは違うってわかった段階で、アイツはフェイトと距離を置いてたからね。それに、時間が経ってから判明することもあるかもしれない。だから、改めてちゃんと確認する必要があると思ったんだろ。

まぁ、気持ちはわかるんだ。マシュは生まれのこともあって寿命が短かったわけだし、アイツがイの一番にその辺のことを確認したのは、ある意味当然のことなんだろうさ。

 

でもねぇ、そんな事情あたしらは全然知らないわけだ!

 

―――認識の齟齬からくるすれ違い、かぁ。

 

まぁ、結局立香は立香のまんまだったってことさ。それに安心して泣き出したフェイトをアイツが抱き留めて、ますます泣いちまったんだっけねぇ。

 

―――それだけ、嬉しかったんだね。

 

信じてはいたけど、やっぱり不安は拭えないもんだからね。

 

そのあとはマシュとかフランとかを紹介してくれてさ。ってか、イリヤとかも割と似たような出自だし……そこであたしもようやく合点がいったよ。立香が何で最初にあんなことを聞いて、最初のステップをすっ飛ばしちまったのか。

アイツからしてみれば、普通じゃない生まれ方をした奴を受け入れるかどうかなんて、当の昔に答えが出てたんだよね。

 

―――そっかぁ~……ところで、フランとはその時から?

 

色々と通じ合うもんがあったんだろうね。フランは会う度にフェイトを膝にのせて頭を撫でてくれたもんさ。よくボサボサになってたけど、嬉しそうにはにかんでたよ。

実際、フェイトもフランの言ってることはすぐにわかるようになったみたいだし、能力も含めて相性が良かったんだろうね。フランも電気変換みたいなことできるしさ。

 

ああ……それを見て、マシュがうらやましそうしてたっけ。

別に仲が悪かったわけじゃないんだけど、立香のことがあってギクシャクしてたからなぁ。マシュの方はそうでもなかったみたいだけど……フェイトが緊張気味だったというか。

 

―――今の二人からはちょっと想像できないなぁ。

 

色々あったからねぇ。

マシュは守ることに特化してて、正真正銘立香のパートナーだった。フェイトはそれがすっごく羨ましかったんだよ。そのうえ年齢的にも釣り合ってるし、美人でスタイルもいいと来たもんだ。今ならフェイトも負けてないけど、流石に子どもの頃はねぇ……。

だけど、生い立ちのこともあって他人の気がしないのはフェイトも同じだった。立香を支えられるようになりたいって意味では、目標ですらあったわけだ。元々相性自体は悪くなかったから、時間はかかったけど打ち解けてからはすぐに今みたいな感じになってたよ。

 

―――相性っていうと、ママはフランのこと少し苦手そうにしてるよね。あれ、なんでなの?

 

別に性格が合わないとかじゃないんだけど……能力的にね。フランはそこにいるだけで周囲の余剰魔力を吸い上げちまう。だから、アイツがいるってだけで収束魔法(ブレイカー)が使えなくなるんだよ。

なのはからすれば、問答無用で切り札を封じられちまうわけだから、苦手意識を持っちまうのも無理はないんじゃないかねぇ。

 

まぁ、“アレ”に比べればかわいいもんさ。なのは、アイツのことは心底苦手だから。

 

―――ああ、あの人はねぇ……。

 

同じバーサーカーでも、随分違うもんさ。フランは話すのが苦手だけど、結構交友範囲広いし。

 

―――確か、エリオの他にナカジマ家のみんなとも仲がいいよね。

 

フランからしてみれば、弟妹ができたような感覚だったのかもね。戦闘機人なんて、特にだろうさ。まぁ、その中でもフェイトへの思い入れは特に強いみたいだけど。

 

―――今でも、久しぶりに会うと抱き上げてグルグル回ってるもんね。

 

実は、しばらくプレシアにはあたりがきつかったらしいよ。

 

―――ああ……それは、仕方がないのかなぁ。

 

あたしも、アイツがフェイトにやったことを赦したわけじゃない。ただ、今のアイツにそれを言っても仕方がないとは思ってるけどさ……いや、思えるようになった、かな。

 

―――そういえばエリオで思い出したけど、エリオとキャロがカルデアでニアミスしてたってホントなの?

 

うん、ホントだよ。先にキャロがカルデアでしばらく厄介になってて、保護隊に行ったのとほぼ入れ替わりでエリオが来たんだ。

 

―――なんでまた……。

 

別に狙ったわけじゃないんだけどねぇ。タイミングについては、ホントに偶々。

 

キャロは召喚士だけど、制御に関しては問題を抱えてた。これが普通の召喚なら管理局のカリキュラムでもなんとかなったんだろうけど、なにしろものが「竜」だからね。局には適切な指導をできる奴がそもそもいなかったんだ。

大きな力を持っていながら、それを制御できない。だから、当時のキャロはいろんな部署をたらいまわしにされた。そこをフェイトが引き取ったわけだね。

 

とはいえ、それだけじゃ問題の根本的な解決にはならない。

だけど、カルデアにはドラゴンライダーが何騎かいる。そこで、フェイトが立香に頼んで……

 

―――それでマルタさんのところに?

 

そういうこと。正確にはフェイトが相談して、立香がマルタを紹介したんだけどね。

能力もそうだし、マルタには妹がいたからよく面倒見てくれるはずだって。実際、その見立ては正しかったと思うよ。キャロ、フェイトの次くらいにマルタのこと慕ってるし……でもまさか、その結果ああなるとは思わなかったけど。

 

―――……ああ、召喚関連だけじゃなくて……

 

そう、勢い余って「48の聖人技」とか「ヤコブの手足」とかまで手解きされちゃったわけ。その上、竜つながりでケツァル・コアトルまで「私も混ぜるデース」とか言って首突っ込んでくるし……「52の喧嘩殺法」まで仕込まれなかったのが、せめてもの救いかねぇ。

あんまり適性はないはずだけど、いまでもそんじょそこらの連中に後れを取ったりはしないだろうし。

 

―――ルールーが言ってたよ。召喚士なのにステゴロの殴り合いとか……って。

 

そういやアイツ、初めて会った時に盛大にぶん殴られたんだっけ……同情するよ、割とマジで。

それはともかく、マルタたちのところで鍛えられて、色々ものになって来たところでキャロは保護隊にいったわけだ。

 

エリオがフェイトを説得して管理局に入ることが決まったのが、ほぼ同じ頃。フェイトは心配症だからね。怪我しないように、ちゃんと元気に帰ってこられるように……っていろいろ注文を付けたんだけど、それにこたえるとなれば当然指導の専門家に任せるのが一番だ。

とはいえ、スカサハのところじゃ命が危ないし、孔明は専門外。消去法で残ったのがケイローンってわけさ。

 

フェイトも、ケイローンなら大丈夫……と思ったんだけどねぇ。

同門ってことでアキレウスが参加してきたのはまだいい。だけど、なぜかクー・フーリンが絡んできたあたりから怪しくなってきたわけだ。

 

―――たしか、李老師と胤舜さんにも習ったんだよね。

 

そう、「東の槍が西の槍に劣ると思われては困る」とか言って。……単体なら割と無害なんだけど、張り合う形でどんどんエスカレートしていってねぇ。結果、古今東西の槍術ごった煮状態の出来上がりだ。

挙句の果てに、どこから聞きつけたのかスカサハが乱入してきて、例の「できなければお前の命を貰うまで」になったわけさ。

 

キャロの時でも頭を抱えたけど、これにはフェイトも卒倒しかけたよ。

 

―――結局、一番危ない人が出てきちゃったんだもんねぇ……。

 

立香は立香で「やっぱりなぁ」とか呑気なこと言ってるし……予想してたんなら止めろよ!!

 

―――え、予想してたのに放置したの?

 

正確には、「絶対何か起こる」と思ってたんだと。フェイトもそれなりに英霊って連中と関わってきたから、「予想通りに行くわけがない」ってことくらい理解してると思ってたらしいんだ。

だから、エリオを預けたいって聞いた時は「思い切ったことするなぁ」って感心してたらしい。

 

―――フェイトさんにそんな度胸、あるわけないのに……。

 

流石にフェイトも怒ってねぇ、しばらく口をきいてやらなかったんだ。

 

―――え、フェイトさんにそんなことできるの!? 寂しくて死んじゃわない?

 

うん、実際本人もダメージ食らってた……というか、フェイトの方がダメージデカかった気がするなぁ。船に乗ってる時は「仕事」ってことでけじめをつけて我慢できるんだけど、自分から距離を取るなんて一度しかしたことないし。よく耐えたもんだよ、いやマジで。

マシュもフェイトに加勢したもんだから、立香は立つ瀬なし。それで、フェイトのことを拝み倒してたのには笑ったもんさ。

 

ついでに、ケイローンも監督不行き届きだったって一緒に謝ってたよ。なのはもとりなして、ようやく矛を収めたんだけどさ。

フェイトもいい加減限界だったし、見かねたってのがあったんだろうけど。

 

―――フェイトさんのことがあったのはわかるけど、ママって先生とも仲いいよね。

 

もちろん、ケイローンが頭下げてるってのも無関係じゃないさ。

一指導者として尊敬してるみたいだからな。実際、昔は教導について良く相談してたみたいだよ。

 

―――今だと、教育論みたいなのを討論してることが多い気がするなぁ。

 

大賢者様相手に討論とは……なのはも、教導官として一人前になったってことかねぇ。

そういや、今年はスカサハとかと公開討論会でもやるか、みたいなことを言ってたような……絶対、最後は乱闘になる気がするんだけどなぁ。

 

―――それってもしかして今年のサバフェスの話!? ねぇねぇ、会場ってもう決まった? 八神司令にこの前会った時、お仕事で行けそうにないから、アンデルセンの新作だけでも……って頼まれてるんだけど。

 

……言っとくけどあのガキ、見てくれはあんなだけど地球じゃ超有名人だからな。地球じゃ流せないけど、アイツの新作なんて世に出たらどれだけの金が動くことか……って今更か。アリサたちも毎年参加してるし、お母さんもちゃっかりいろいろ仕入れてるもんなぁ。

 

―――カルデア、色々な人がいるもんね。騎士カリムも紫式部のファンだし……。

 

ホント、どうするんだろうな。趣味で個人所有する分には問題ないけど、文化的にはとんでもない損失だぞ。

かといって、世に出せば混乱必至。どうやっても騒動と無縁ではいられないんだから、クロの奴が「絶対苦労する」ってフェイトに忠告した気持ちがよくわかるよ。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

7月も半ばを過ぎ、季節は夏真っ盛り。世の学生たちも夏休みに突入したが、某妖怪たちと同じで学校も試験もない身のイリヤたちには関係のない話……というわけでもない。

 

彼女たち自身には関係なくとも、最近できた友人たちは日々勉学に勤しむ小学生。夏休みになれば、当然時間の空きが増す。その分なのはたちは訓練や研修、任務が入ることも多くなるが、それでも普段よりは遊びに行く機会は増える。

まぁ、イリヤたちも無事カルデアと合流を果たしたことで以前ほど暇ではなくなったが、今のところ誰もトラブルを起こしていないこともあり、カルデアも開店休業状態。長年にわたり立香がフェイトたちと縁を深め、そこへイリヤたちが加わったことで、この世界に浮上してからというものかつてないほどカルデアの存在は安定している。あるいは、この(セカイ)に腰を落ち着けることもできるかもしれないほどに。

 

となると、カルデアとしても時空管理局と無関係ではいられない。カルデアの運営に直接かかわることのない末端職員やサーヴァントたちは久しぶりの休暇を満喫しているものの、三人の「顧問」を中心とした運営に携わる者たちは日々管理局との折衝中。なんらかの「協定」が結ばれるまでの間は、敵ではないが味方というわけでもないため、カルデアは一応管理局の監視を受けていた。

まぁ、イリヤたちが信用を勝ち取り、カエサルが下地を整えておいたおかげで、通常からは考えられないほどスムーズに話は進んでいる。近いうちに協定は結ばれ、監視も解かれることになるだろう。

 

今後長い付き合いになる可能性も高いため、管理局にはカルデアに対する良い印象を深めてもらうに越したことはない。というわけで、管理局関係者と良好な関係を築いているイリヤたちには、カルデアから正式に指令が下された、いや、指令と言ってもそう堅苦しいものではない。ただ、形式としてそういう形をとっているというだけだ。

で、その指令というのが元も子もないことを言ってしまうと「なのはたちともっと仲良くなりなさい」ということだ。

 

そんなわけで大義名分を得たイリヤたちは、早速なのはたちに誘われて遊びに出かけることに。目的地は完成間近のテーマパーク「オールストン・シー」、夏休みの自由研究課題の取材を兼ねて内覧会に参加させてもらえることなったのだ。

ただ、本来ならなのはたちにイリヤたちを含めた子どもたちと、その保護者だけで行く予定だったのだが……

 

「そっか。じゃ立香さんも来れるんだ」

 

両組織の交流の名目で相変わらずハラオウン家に居候…ならぬホームステイしているイリヤの報告に、なのはが後部座席に身を乗り出すようにして食いつく。

 

「うん、昨日までバタバタしてたから現地集合になっちゃったけど」

「よかったぁ。でも急なお誘いだったから、迷惑じゃなかったかな?」

「大丈夫じゃない? あんまりそういうの気にしない人だし」

「うん。むしろ、忙しかったからこそちょうどいい気晴らしになる」

 

本来は定員8名ほどの車だが、同乗者の大半が子どもということで少々無理をして、運転席と助手席を除けばくっつくようにして座りながらおしゃべりに花を咲かせる。

だがそんな中、密かにほっと息をつく少女が一人。

 

「よかったわね、フェイト。立香さん、来てくれるって」

「う、うん……」

「散々迷って悩んで、それでも勇気を出してよかったでしょ?」

「そう、かな。無理させちゃったんじゃないかって思うと複雑だけど……」

(まったくこの子は……優しいっていうのも考え物よね。せっかく自覚したってのに……)

 

立香が昏睡しもう目を覚まさないのではないか、その温もりが永遠に失われてしまうのではないかという現実に直面したあの日、フェイトは自身の胸に宿った感情を明確に意識し、それに一つの名前を付けた。

以来、顔を見るだけで照れてしまってろくに目も合わせられないフェイトだったが、幸いというべきかなんというべきか、急に忙しくなった立香は彼方此方駆けずり回り会う機会はめっきり減った。

初めは少し安堵していたフェイトだが、心が落ち着けばすぐに寂しさが募りだす。そんなフェイトを見かねて、アリサが提案したのだ。オールストン・シーの内覧会、枠に一つ空きがあるが立香を誘ってみてはどうか、と。

 

「でもアリサ、どうして急に枠が一つ空いたりしたの?」

「あ~、それは……」

 

困ったように頬を掻きながら窓の外に視線をやるアリサ。フェイトは不思議そうに首を傾げ、隣の席のすずかは微笑ましそうに見つめるばかり。そこへ、クロエが何やら意味深な表情を浮かべながら助け舟を出した。

 

「フェイト、それを聞くのは野暮ってものよ」

「どういうこと?」

「自分の胸にでも聞いてみなさいな」

「 ? ? ? 」

 

言われたとおり手を当ててみるが、やはりさっぱりわからない。

 

「と、とにかく! 久しぶりに会うんだから、今日は思いっきり楽しみなさい! いいわね!!」

「う、うん! それはもちろん、みんなと一緒なんだから楽しいに決まってるよ!」

「そういう意味じゃないっての! あーもう! この子は本当に……」

「まぁまぁ、アリサちゃん」

「アリサちゃん、どうしたのかな?」

 

宥めるすずかと妙なところで鈍感力を発揮するなのは。

そんななのはに、イリヤと美遊がちょっと残念なものを見る目を向けていた。

 

「……ユーノ君も苦労するなぁ」

「うん。むしろ、こっちの方が重症」

「我が子ながら、この子はもう……」

「ふぇ? なんでお母さんまで呆れてるの?」

「なのはさんは、もう少しそっちのお勉強もした方がいいかもしれないわねぇ」

 

他人のことでこれなのだから、自分が当事者になったらどれだけ察しが悪くなるのやら。

 

「だけど、フェイトがマスターをね……一応言っておくけど、よく考えた方が良いわよ。絶対苦労するから」

「ぁぅ……」

「え? でも、立香さんは良い人だと思うけど」

「もしかしてアレ? 誰にでも優しくして、“みんな好き”とか言っちゃうタイプとか?」

 

クロエの忠告に、反射的に赤面したフェイトに代わりすずかとアリサが反応する。

二人のコメントはそれぞれ間違っているわけではないが、いまクロエが言っているのはそこではない。

 

「あ~、若干そういうところはないでもないけど……」

「どちらかというと、マスターの周囲が問題。ただ、こればかりは実際に体験してみないと実感がわかないかも」

「……言葉って、こういう時無力だよねぇ」

「まぁ、これからもマスターと付き合っていくなら、遅かれ早かれわかることよ」

「この前はちょっと関わっただけだったし、カルデアが来てからは忙しくてそもそも接点なかったからね」

「まぁ、覚悟だけはしておくといいと思う。振り回されたり、巻き込まれたりする覚悟を」

「……なんか、微妙に不穏なこと言うわね」

 

とはいえ、実際そうとしか言いようがないのである。語り部として人理に名を刻んだ英霊ならばあるいは、彼らの出鱈目ぶりを正しく伝えることもできるのかもしれないが……イリヤたちの語彙力と表現力では、無理な話だ。

それに、フェイトはなんだかんだで物分かりがいいとは言えないところがあるので、「諦めた方が良い」といわれて「はい、そうですか」とはならないだろう。それもわかっているから、「覚悟しておけ」としか言えないのだ。

 

色々気になることはあるが、イリヤたちにも守秘義務があるのでカルデアの詳細は語りたくても語れない。そのあたりはなのはたちも理解しているので、話題を変えるついでに先に貰っていたパンフレットを開く。カラフルに彩られた紙面を目で追い、どの順路で見ていくか楽しそうに確認していく。そうしておしゃべりに興じていれば、移動時間などあっという間だ。

気付けば、車はオールストン・シーへと続く一本道の上。今回、はやてが仕事の都合で夜まで合流できないことを惜しみつつ、間もなく車は駐車場へと入っていく。そして、そこにはすでにアリサの両親とすずかの母の姿があった。

 

「おはようございます」

 

リンディの挨拶を皮切りに、次々に車から降りてくる子どもたち。それぞれ挨拶を口にするが、あっという間に母親同士での姦しいやり取りが始まる。

 

「もう、お母さんってば……」

「仕方ないよ。みんな忙しくて、なかなか会えないんだし」

「そういえばパパ、立香さんは?」

「ああ、彼なら……ほらそこに」

「ぁ、立…香……っ!」

 

少し離れたところで褐色の肌の偉丈夫と話し込んでいた立香へと視線を向けた瞬間、フェイトの呼吸が止まる。

 

「どうしたの……って、あぁ」

「あれ、珍しい。マスターさんが眼鏡かけてる」

 

そう、今日の立香はカルデアのエンブレム入りのシャツの上からパーカーを羽織り、デニムのパンツをはいたラフな格好なのだが、アクセントとして眼鏡をかけている。

 

「立香さんって、目悪かったっけ?」

(あれって、確かシグルド謹製のじゃなかった?)

(うん。度は入ってないけど、原初のルーンで色々な機能を盛り込んだ奴だよね)

(眼精疲労の回復と集中力の増進効果もあったはず。マスター、実はかなり疲れてるのかも)

「フェイトちゃん? お~い、フェイトちゃ~ん」

「………………………………」

「ダメね。完全にフリーズしてるわ」

 

初めて見た眼鏡姿の衝撃は、なかなかに大きかったらしい。

 

「そらマスター、あまり待たせるものではないぞ」

「わかってるよ。みんな、おはよう。元気そうで何より」

『おはようございまーす!』

「フェイトも、今日は誘ってくれてありがとう」

「…………」

「ほら、フェイト」

「ひゃっ!? ぁ、うん、忙しいのに来てくれて、こちらこそありが…とう」

「あ、そのバッグなのはと色違いなんだ」

「う、うん! そうなんだ! この前二人でお買い物に行った時に……立香も、その…眼鏡、似合ってる」

「そうかな? かけなれないから、どうにも違和感があるんだけど……」

 

眼鏡の位置を直すが、どうにもしっくりこない様子の立香。ただ、フェイトは相変わらず…というか、眼鏡の効果もあっていつも以上に立香を直視できず目が泳ぐ。当然、頬を赤く染めながら。

 

そんなフェイトの様子に、立香は先日電話で内覧会に誘われた日の夜のことを思い出していた。電話口で受けた時はまだ予定がはっきりしない部分もあったため返事を保留したが、実を言えば当初は断るつもりだった。

 

理由は簡単だ、フェイトが自分に向ける感情がはっきりと形を得たことに気付いていたからである。

自意識過剰や勘違いなどであればよかったのだが、残念ながら立香は感情の機微というものに聡い。というか、聡くならざるを得なかった。なにしろ、ただでさえ曲者揃いのサーヴァントたち。なかでも、特に気難しい連中を相手にしていく上では、この能力の向上は必須だった。

だからこそわかってしまう。フェイトが自信に向ける感情がどういうもので、彼女の本気の度合いが。

 

(いい子だとは思うんだけど、さすがに十歳の子どもはなぁ……)

 

というのが、嘘偽らざる立香の本音だ。

恋に恋する年頃とか、年上への憧れとか、甘えさせようとしてきたこととか、その辺がいろいろ化学反応を起こした結果なのだろうとは思う。一過性の“子どもの恋”と切って捨てることは簡単だが、当人にとっては重大事。不誠実な対応をしていいものではない。

 

(傷つけない、なんてのは論外。傷つけることを前提として、どうやってそれを最小限にとどめるかを考えるべきなんだろうけど……)

 

現状、できることなんてなーんにもない。

そもそも、別に告白されたとかそういうことではないのだ。立香が早々に気付いてしまっているので、さてどうしたものかと考えているだけに過ぎない。

フェイトの方からアクションがあれば対応できるが、まさか何もしていないのに「君の思いにはこたえられない」もないだろう。

 

とりあえず、予定がはっきりしないこともあるし、断るのがベターだろうと考える。これ以上距離が近づくのは、お互いのためにならないだろうと思えばこそだ。

あるいは、せっかくの機会なのでテーマパークなどに行ったことのほとんどないマシュに譲るか、子ども好きのアタランテにでも……と考えたところで、背筋に悪寒が走った。

反射的に右手を向くと、そこには底知れない闇を宿した目を向けるプレシア。

 

「立香。わかってると思うけど、フェイトは凄く勇気を振り絞ってあなたを誘ったと思う。そんなあの子の気持ちを無碍にするようなら……焦がすわよ」

「……………………………わかりました」

 

がっくりうなだれて、立香は白旗をあげた。同時に、これは何が何でも予定を開けなければ命が危ないとも悟る。

そんなに気にかけるのなら、早くと会ってやればいいのにとぼやきながら。

 

それから立香は、カルデア職員としてというよりもマスターとしての役目である、サーヴァントたちの福利厚生充実活動にそれまで以上に励むことに。前日まで寝る間を惜しんで走り回り、なんとか今日という「空白」を捻出することに成功したわけだ。

はにかみながら喜んでくれるフェイトを見れば、頑張った甲斐はあったと思う。立香としても、どうせなら傷つけるよりは喜んでほしいし、フェイトには幸せであってほしい。ただ、また一層フェイトの気持ちに区切りをつけることが難しくなったことには、内心頭を抱えているが。

 

「さて、ではマスター。私はもう行くぞ」

「うん、ありがと」

「あ、あの、アーチャーさん……」

「……イリヤスフィール、それにクロエと美遊。名目上はマスターの護衛ではあるが、気にせず楽しんでくるといい。そのために、わざわざ試作品の礼装まで引っ張ってきたわけだしな」

 

と言っても、別にいつものように立香の服が礼装というわけではない。今回礼装に該当しているのは、腕時計やネックレスといった小物だ。

プレシアが記憶を取り戻したころからデバイスやバリアジャケットの技術・理論をもとに開発を進めていた品で、ようやく試作品ができたのでちょうどいいとばかりに実地データを取るために持ち出したわけである。

 

また、今回イリヤたちが立香の護衛役ということで、他のサーヴァントは派遣されていない。

まだ管理局との協定が結ばれていないデリケートな時期に、余計なことはしたくなかったからだ。霊体化していても、管理局の管轄ではないとしても、霊体化して不法侵入……というのは心証が悪い。幸い、カルデアが浮上してからは暴走体騒動も終息に向かい、今ではすっかり落ち着いたものだ。

そういう事情もあり、今回の護衛役は同伴者であるイリヤたちに任されたのである。まぁそれも、エミヤの言う通り名目上のものでしかないのだが。

 

「は、はい……」

「……では、これで失礼する」

 

躊躇いがちにうなずくイリヤに対し、少々バツが悪そうな表情を浮かべながらも、送迎用の車に乗り込むエミヤ。

そんな彼の後姿を見送りながら、アリサが小声でクロエに話しかける。

 

(あの人もサーヴァントなの? どこの英雄? 肌の色とかからすると、中東とか?)

(ある意味、アリサもよ~く知ってる人よ)

(あの人は、クロの力の源泉。つまり……)

(えっ!? じゃあ、あの人が士郎さんの未来なの!)

(正確には、未来の可能性。それも、たぶんもうたどり着くことのない)

(いやいやいや! 全然似てないじゃない!)

(パッと見た感じだと似てないけど、髪を下ろして表情を緩めてやれば案外そうでもないわよ)

(そうかしら?)

(そうかなぁ……)

 

どうしてもイメージが重ならないらしく、いぶかしそうに首をかしげるアリサ。すずかも同意見らしい。

 

「まぁ、念のためはやてには忠告しておきましょうか。士郎さんのこと、しっかり捕まえておけって」

「そう、だね。その方が良い気がする」

 

実際、「可愛い子ならだれでも好き」とか言っちゃう口なので、十分注意すべきだろう。あるいは、今のうちにしっかり教育するとか。

 

「立香さん、昨日まで忙しかったんですよね。ご飯とか大丈夫なんですか?」

「ああ、そこはエミヤがいてくれたからね」

「あの人が?」

「八神家の方の士郎と同じで、エミヤも家事全般なんでもござれだから」

「厨房の主、総料理長、カルデアのメシ使いとはあの人のことよ」

 

なのはの問いへの回答で、ようやく少しは信憑性を感じられたらしい。家事全般が得意、というあたりで納得するというのが、何とも彼らしい話だが。

 

「総料理長ってことは、他にも料理する人っているの?」

「サーヴァントは食事を必要とはしないけど、生前は普通に食べたわけよ。だから、その頃の感覚で食堂を利用するサーヴァントは多いわね」

「アーチャーさんが総料理長なのは、あの人が一番レパートリーが豊富だからかな。パールさんがアシスタントで、西洋系の料理長がブーディカさん、東洋系はキャット。あと、紅閻魔ちゃんが顧問。これがいつもの厨房のメンバーで……」

「都度、料理が出来て暇な英霊が手伝いに入る感じ」

『ふ~ん……』

 

正直、厨房組のサーヴァントたちに関して言えば口頭で名前を言われてもさっぱりわからない。なので、後日改めてちゃんと確認しようと思うのであった。

 

「まぁ、エミヤも言ってた通り、護衛とかのことは気にせず楽しもう」

「ま、早々荒事なんて起こるもんじゃないでしょ、カルデアじゃあるまいし」

「そうだねぇ。せっかくのテーマパークだし、今日は思いっきり楽しんじゃお!」

(なんだろう、なんだか妙なフラグが立った気がする……)

 

ことさらに危険のなさを再確認するカルデア組。ただし、美遊はそこに不穏なものを感じ取っているようだし、なのはたちも「カルデアじゃあるまいし」というあたりに首をかしげている。なにしろ、それだとカルデアでは荒事が日常茶飯事と言っているようなものなのだから、当然の反応だろう。

まぁ、実際にその通りなわけだが。

 

その間に保護者たちもひと段落ついたようで、さっそくゲートへと向かって進み始め……ようとしたところで、立香が違和感に気付いた。

 

「フェイト」

「えっ! な、なに?」

「もしかして、怪我してる?」

 

立香の問いに、ちょっとうつむき気味にもじもじし始めるフェイト。答えとしては、それで十分だった。

 

「朝練やってるんでしょ、その時?」

「う、うん……」

 

答えながら、実はこっそり立香の視界に映らないよう身体の影に隠していた左の肘を見せる。

そこには、よく見なければ気付かないほどうっすらと擦り傷が残っていた。立香も、フェイトが隠そうとしなければ気付かなかったであろう程、それは目立たない傷。

 

(怪我自体は軽いし、放っておいてもすぐ治るだろうけど……)

「……んっ」

「あ、ごめん」

「だ、大丈夫、だから……」

 

立香の指先が擦り傷に微かに触れた瞬間、フェイトの口からわずかに声が漏れる。怪我をしたところは敏感になるもの。軽傷だからと、触れてしまったのは軽率だったと反省する。同居していた時には手当も良くしていたので、こうして至近距離で傷の具合を確認したりすることに双方疑問はないらしい。

ただし、当のフェイトは立香の手が離れたことに若干名残惜しそうにしているが。

 

「……まぁ、せっかくだし」

「立香?」

 

疑問符を浮かべるフェイトを他所に、試作品の礼装に魔力を流し術式を起動。即座に治療系の魔術が発動し、かすかに残っていた傷跡が完全に消える。

あまり褒められたことではないが、せっかく可愛らしく着飾っているのだ。加えて、今日は全力全開で楽しむのが正義な一日。この程度の傷でそれにケチがつくわけでもないが、ないに越したことはない。幸い、一般開放されているわけでもないので、駐車場はガラガラ、当然周囲に人はいない。

 

「これ……」

「内緒だよ」

 

立香のささやき声に、フェイトの顔が上気する。そんな反応を傍で見ていた面々はというと……

 

「わざとね」

「わざと、かな」

「フェイトちゃん、甘え下手にもほどがあるよ」

「うん、まどろっこしい」

「でも、甘えられるだけ進歩したらしいし、良いんじゃない別に」

 

そう、あの傷は残っていたのではなく「敢えて残した」のだ。

面と向かって甘えるのはやっぱり恥ずかしくて、申し訳なくて……だから、口実になればと。わざわざ身体で隠したのも、そうすれば立香なら気付いてくれると密かに期待していたから。

ただし、そんな皆のやり取りにまったくついていけない少女が一人(なのは)

 

「? どういうこと?」

 

先ほどまでより、なお一層濃い呆れの視線がなのはに集中する。「ダメだなぁ、この子は」と、皆の心の声が一つになった瞬間だった。

 

「……ごめんね。私、いつも立香に手間をかけさせてばっかりで」

「これくらい、大した手間でもないよ」

「でも、今日のことだって、迷惑だったんじゃ……」

「……まったく。いいかい、迷惑っていうのは例えば『人をいきなり豚に変える』とか、『何かにつけて全裸になる奴』とか、『渡すお菓子に一服盛る』とか、そういうのをいうんだよ?」

「ねぇ、立香。それもう、迷惑とかって問題じゃないんじゃ……」

 

この瞬間、なのはたちの心の声が一つになった「迷惑のハードル高っ!?」と。

 

「ちょっと、カルデアの風紀とか規律ってどうなってるのよ」

「規律は圧政」

「風紀? 何それ美味しいの?」

「っていうのが山ほどいる魔窟、それがカルデアよ」

 

ないわけではないが、あってもあんまり意味をなさない(諦観)。

そもそも、常識や既成概念といったものを粉砕して突き進んだ結果至るのが英霊の座(極論)。

英霊の影法師たるサーヴァントを縛るには、あまりにも頼りない言葉だ(力説)。

まだ輪ゴムの方がなんぼかマシだろう(確信)。

 

守ってくれるに越したことはないが、守られて当たり前と思ってはいけない。むしろ、積極的にそう言ったものを壊したり、裏をかいたりしたがるアウトローやへそ曲がりも多い。

中々一括りに語れる存在ではないが、確実に言えることが一つある。それは、どいつもこいつも“自分ルールに忠実な連中”ばっかりなのである。そんなのが百人単位で集まれば……収拾がつくわけないのだ。むしろ、未だに空中分解していないのが奇跡なのだから。そして、その奇跡の要となったのが……

 

(ま、それこそ言葉で言ってわかるものでもないしね)

 

きっと、直接肌で感じなければわからない。それが一体、どれほど得難い奇跡なのか。

 

まぁ、なのはたちがそれを知る日は……案外遠くないかもしれないが。

 

「なぁ立香君。頼まれた通りの場所を斡旋はしたが、本当にあそこでよかったのか? 自然豊かな場所と言えば、それはそれで間違ってはいないが……」

「どうかしたの、パパ?」

「いやな、彼に聞かれたんだ。とにかく広くて人の少ない、できれば涼しくて景色のいい場所はないかって。なんで、いくつか紹介したんだが……」

 

立香が選んだのは、その中でも最も広い北海道の釧路平野の一角だった。なんでも、畑や牧草地が少なく、夏には海霧が発生するという点も含めて都合がいいらしい。選考基準が意味不明すぎる。

 

「いや、以前ハワイでやった時は暑さでやられちゃう人もいたんで、今回は避暑の方向で行ってみようかなぁと。霧が出るってことは、霧が出ても不思議に思われないってことでもありますし、いろいろ隠すにはうってつけなんですよ」

「……なぁ、それは本当に大丈夫なのか? カルデアの催し物、という話だが」

「一応、内容自体は平和なものですよ。『期間中はロクに戦わない』っていうのが参加条件でもありますし。ただまぁ、念のため用意だけはしておこうかなぁと。ハワイをはじめ、いつも何か起こるし(ぼそっ)」

「立香、何か言った?」

「いや、なにも。謳い文句は『サーヴァントの、サーヴァントによる、サーヴァントのための夏の祭典。サーヴァント・サマー・フェスティバル、ここに開幕!!』。あ、長いから通称『サバフェス』ね」

「えっと、具体的にはどんなことをするんですか?」

「割と手広く色々やるよ。普通に会場近辺の観光とか行楽だったり、宿泊施設や飲食店の経営なんかをする人もいるし。とはいえ、やっぱりメインはアレかな」

「アレ?」

「いわゆる、同人誌なんかを作って交流する感じ」

「どうじん…し?」

 

昨今はずいぶん一般にもその固有名詞も普及し、市民権を獲得してきてはいるものの……縁のない人たちからすれば、やはりちょっと腰が引けるものがあるのだろう。実際、聞いたすずかをはじめ、みんな微妙な顔をしている。

まぁ、年齢制限のある頒布物の発行は禁止されているので、少なくともいかがわしいイベントでないのは確かなのだが……やはりここは、理解を得るために一番手っ取り早い方法を選ぶよりほかあるまい。

 

「ちなみに最大手というか、スター的なのがシェイクスピアとアンデルセンの『童話が大人』」

「ちょっと待って! 今なんて言ったの!?」

「シェイクスピアって、あのシェイクスピアですか? ハムレットとかリア王、ロミオとジュリエットの?」

「アンデルセンって、童話作家さんだよね? そんな人たちまでサーヴァントに?」

「作家系……というか、文化人系のサーヴァントは結構いる。他にも、作家ならアレクサンドル・デュマに紫式部、音楽家ならモーツァルトとサリエリ、画家の北斎」

「この辺の人たちは、毎回すごい列ができてるもんねぇ……」

「しかも、今のご時世『表現の自由』があるからねぇ。昔は規制やらなんやらでできなかったことも、今なら思う存分やれるってわけ。北斎なんてもろね。古今東西の画法を嬉々として学んでるし、たぶん…というか間違いなく生前よりクオリティ上がってるわよ」

「そんなわけで、サバフェスのお約束の一つに『購入した品は個人で楽しみましょう』っていうのがありまして……」

「万が一にも市場に出たら、下手すると大混乱を招く」

 

面白そうな話をしてるなぁ……と聞き耳を立てていた母親チームも含めて全員が思った「そりゃそうだ」と。

 

「だから、今回から入場はチケット制になったんだけど、色々お世話になってますし良ければ手配しますが……」

「ください! ぜひ!」

「わ、私も! みにくいアヒルの子とか、人魚姫が大好きで……」

「す、すごい食いつき……」

「にゃははは……アリサちゃんたち、バイオリンのお稽古とかしてるから」

「そういえば、すずかもはやてと同じで読書家だもんね」

 

あまり芸術方面には明るくないが、なのはは歌に関してはちょっと耳が肥えているので、興味がないわけではない。異世界出身のフェイトも音楽室でモーツァルトの肖像画くらいは見たことがあるし、なかなかの親地球家なリンディの影響を受けているため、立香のことを抜きにしても気になるところだ。

当然、それは保護者たちも同様。むしろ、知識がある分子どもたち以上に興味津々だろう。結果、八神家の分を含めて各家庭分のチケットを手配することに。

ただ、懸念事項が盛り沢山なので、その辺の対策もしっかり行うべきだろう。

 

(参加してもらうのはいいけど、アマデウスさんとかシェイクスピアさんに会わせていいのかな?)

(あいつらも大概屑だけど、アンデルセンも考え物よ? 口を開けば悪口雑言しか出てこないんだから)

(他にも黒髭をはじめ危険人物は山ほどいる。マスターには早急に「接触禁止サーヴァント一覧」を作ってもらわないと)

 

ゲストが気持ちよく過ごせるよう努めるのもホストの務め。そのためにやるべきことは多い。

イリヤたちも、友人たちが訪れた際には付きっ切りで警護に当たることを誓うのであった。




現状、カルデアと管理局は敵とも味方とも言えない微妙な関係。協定が結ばれるまでは、共闘もできないというわけですね。まぁ、それも時間の問題ですが。

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