*****
【sideロシー】
子供の頃はよく、兄におぶられていた。父上よりも小さな背だったのに、何故か大きく感じた。
転ぶことが日常茶飯事な俺の手当てを優しくしてくれた。
いつからかその姿に恐怖を覚えて、距離を置くようになった。
磔にあった時に死んだ兄……違う、兄上は死んでいなかったんだ。
その時俺に見せた殺意。ずっとあれがバケモノだと思っていて……でも、ファミリーに入ってから気付いた。時折誰かと話すように空中を見ていた。
偶に抜けてる兄はその様子を隠そうとしても、時折あけすけに窺えた。
過ごす内に、それが兄上のもう一人の人格なんだろうと思い至った。話さなかっただけで、ファミリーもほぼ全員気付いていただろう。
しかしおれはもう一歩踏み込んだことに気付いた。
ファミリーが気付けなかったことに気付いたのは、兄弟だったからかは分からないけど、それに誇る気は起きない。
別人格じゃない、二つは一つなのだと。
…漠然とした考えだったけど、自分の直感が言っていた。
それを理解した上で止めようとして、でも俺の方が先に倒れちまった。不甲斐ない。
あの時……ミニオン島で奴が俺を撃った時、自分の死を覚悟したんだ。
でも、何故か死ななかった。走馬灯をごちゃ混ぜにした中ぼんやりと視界に映ったのは、小さい兄上だった。図体なんて全然違うと決まっているのに、小さく見えたんだ。
俺も自分がガキだと思っていた。だから甘えて、おぶってもらって……。
優し…かった。そう、温かくて、優しかった。
重い愛が、悍しいほど歪んだ愛を持っているクセに、こういう時だけ甘く感じるんだ。優しいそれにどれだけ絆されただろう。同時に、その時思っちまったんだ。
(兄上…小さいな)
背は少ししか変わらないけど俺より高い……はずなのに、小さく感じた。
筋肉がある分俺の方がウェイトはあるだろうとか、そういうことは関係無しに小さく感じた。
何が小さかったのか…恐らく精神的に小さく感じたんだ。まるでガキをあやすように歌っていたけれど、お前の方が不安定だったろと今なら思える。
歪で、不安定で、ジェンガだったら後数手で崩れそうな状態で10年以上過ごしていたのかと思うと、ゾッとする。
俺も俺で精神がおかしくなってた。俺は……そう俺は……。
……逃げ、たんだ。
兄が脆くて、そんな脆い兄がここまで悪に浸り続けられるわけがないと思った。
優しさと悪の微妙なバランスの均衡が崩れたからこそ、あそこまで弱く見えたのではないかと、そう感じた。
実際正解だったのだろう、無理がたたって壊れていたのは。
でも、そう考えた時怖くなった。俺が今まで取っていた行動は、ただ兄を傷付ける行為だったのではないかと。
兄上を止めることに対してではない、寄り添おうとした兄の手を拒絶するような行為をしていたことに、理解した瞬間背筋が凍ったんだ。
壊れた理由に、俺が入っていることは間違いない。
ブラコンの兄は、小さい頃俺が泣いただけで、自分のことのように精神的にダメージを負っていたのだから。
だから怖くなった。そして…兄は逃げていたんじゃない、ずっと真正面から俺を愛してくれていたのだと分かって、泣きたくなった。
おぶられながらずっと聞こえた歌や感じた温かさは、自然と母上を思い出させた。
そして、漸く思い出した。
おつるさんに頼まれた時は嫌々やっていたけれど、情報を入手して報告前に自分でその概要を読んだ瞬間頭が真っ白になった。
兄上は本当のバケモノだった、でもそれが怖かったんじゃない。あんたが死ぬことが書類には明記されていて、理解した瞬間恐怖が頭の中を満たした。
(兄上、あにうえ、あにうえ、ぼくを、ぼくをおいて、いかない……で)
一人ぼっちはやだ、そんなガキみたいな考え。でもそう思ったんだ。
兄が死ぬのが怖い、一人になるのが怖い、また失うのが怖い。
おれは強くなったつもりだったけど、笑えるよなァ…ガキのままだったんだ。
…なぁ、兄上。
逃げたと言ったら、兄上は本当に俺のことを嫌いになるのだろうか。…いや、ならねぇだろうな。寧ろさらに傷付くかもしれない。面倒過ぎる重い愛だよ。
俺が嫌いになってくれと言っても、聞かないんだろうな。
それに今でも俺はあんたの愛情を受け止めきれそうにない。
兄上が俺と決別してくれたのは、きっと俺にとってはよかったんだ。でも、あんたにとっては毒だった。
馬鹿みたいに家族愛を求めて、自分でそれを封じ込めて死のうとして……馬鹿じゃないのか。
いや、バカだ。頭いいクセにバカだ。
バカでバカでどうしようもない_____兄上だよ、あんたは。
なぁ、死なないでくれ。俺を愛してるんだったら、置いてかないでよ兄上。俺を一人にしないで、兄上…。
俺は……あんたやローが思ってるより、よっぽどズルくて……弱いんだよ。
でも弱いなら、お互い支え合っていこう。そう思って駆けて……本当にバケモノになっちまう前に、止めたかった。
俺も壊れてる。でも、あんたの方がより重篤に、ボロボロになっている。
なぁ、俺たちは人間なんだ。
バケモノでも何でもない、ただの弱い人間なんだよ。
「人」の字で言うならば、兄上が二画目だ。だって一画目はまるですっ転んでるみたいだろ?だからさ兄上、支えてくれよ。
「あに、う……え」
そんな、何の感情もない目で世界を見ないでくれ。
あんたの光は月のように淡くて弱いけれど、その光が支えになる人間がいることも分かったんだ。俺とあんたは正反対だけれど、だからこそ二人がいれば、完璧に人々を照らせるんだ。
正義と悪……いや、正義と正義なのかもな。
昼にバカみたいに輝く正義と、夜に淡く照らす正義。
「ド、フィ……っ、ドフィ…!!」
腹がクソ痛い。でもミニオン島で死にかけたのに比べたらよっぽど余裕だ。
イテェけど、あんたの心の痛みに比べたら全然へっちゃらだよ。
笑ってくれ。頼む、笑ってくれ。アホみたいにブラコン全開で笑ってくれ。
「………」
元から感情なんてなかったみたいに突っ立ってやがる。
真顔なんて一番あんたらしくない。バカじゃねぇの、本当……本当……
「いい加減目ェ覚ませよ!!こんっっの愚兄!!!!!」
思わず出た拳は、思い切りドフィの顔にクリンヒットした。手にジーンとした痛みが走ったし、側ではローがマヌケに塞がり切っていない口を開けている。
自分を刺した奴は倒れてるけど、今は取り敢えず崖の方にぶっ倒れたドフィの身体を起こさなければ。
「あに…うえ」
…それでも、瞳の濁りは消えない。
なぁ、ブラコンなら目を覚ませよ。バカじゃねぇの?いい加減目を覚ませよ。起きろよ、起きてくれよ…。
「父上や…母上みたいに……俺を、一人に………一人にしないでくれ……!!」
嫌なんだ。失うのはもうたくさんなんだ。
これ以上家族の死体を見るぐらいだったら、脳裏に焼きつかないよう目玉をえぐったほうがマシだ。
もう、あんたの愛情にケチ付けないから。受け止めるから、逃げないから……だから、だから………
「二人で、笑い合おうよ」
-----
まぁっしろい手、にゅうっと出て、こっち、こっちよこっちって。
てちてち、てちてちぼくは行く。
「止まれ、クソガキ」
くらやみをハイハイしてたら、うしろからこえがした。このこえはしょーかー、しょっかー……じょーかーだ。
「じょーかー、じょーかー?」
ひっしに手をのばしても、まっくらで何もない。じょーかー、じょーかー。じょーか、じょー……
手をつかまれた。大きな手。このかんしょくはじょーかーだ。血でべっとりぬれてる。よく見たら、後ろに死体がある。ゆびをさしたらじょーかーが答えた。
「……ただの侵入して来た害虫だ」
「じょーかー」
「……お前はそれしか喋れねェのかよ」
「じょっかー」
「……」
だきしめられた、自分の手が小さい。じょーかーでもぼく行かなきゃ。くらい方でまってるの、まってる。
「じょーか、行かなきゃ、行かなきゃぼく」
「……行くなっていってんだろうが」
「行かなきゃ」
かおにつめたいのが落ちた。じょーかないてる。じょーか、何でないてるの?いたいの?
「…どこも痛くねェよ。お前の方が痛いだろ」
「ぼくどこも、いたくない」
何も、かんじない。そう言ったら、もっと強くぎゅっとされた。くるしいよ、……なにがくるしいんだろ?
「……止まれ」
「でも、ぼく…」
「おれの言うことが聞けねェのか?」
じょーかの言うことはきくよ。でも、あっちで手をふってる、何かがおいでって言ってる。ぼくは行かなきゃ、でも、じょーかが言うなら…でも……
「うーん」
「悩むな即決しろ」
「えー」
じょーかはごうまんだ。そういうとこ、だれににたんだか。
「………ドフ……」
「?」
何か言いかけて、でも止めちゃった。いかなきゃ、おいでおいでって、おいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいでおいで
するりとぬけて、手をふってる方へ行く
「ドフィ」
ドフィ、そうよんだ、じょーかがそう言った
それが、ぼくのなまえ?ぼく、ドフィっていうの?
「…来い」
しゃがんでこっちに手をむけたじょーか、そっちにむかってすすんだら、こえがした
もっともっと、上の方から
『兄上』
だれかがぼくを、そうよんだ。
「ほら、ロシナンテも呼んでる。来い、…ドフィ」
「じょーか、じょ……ジョーカー」
しかいが少し高くなった。走り出して、大きな身体にだきつく。あったかい。
「ジョーカー……ろし……ロシナンテ…?そうだ、フフフ、ロシナンテだ」
何でわすれていたんだろう。ぼくの弟の名前。
鼻水垂らして必死におれのことを呼んでる。きたねぇなぁ、もう。
「そっか…おれ、壊れちまったのか」
「他人事みたいに話すなバカ野郎」
ジョーカーの顔を見れども、もう泣いていない。クソ、撮れたら面白かったのに。
あったかいなぁ……あったかい。
「あったかい」
「…温かいのか?」
「うん」
あんた幽霊だけど、あったかいんだよ。心の内から温かくなって、落ち着けるんだ。ポカポカする。
母上やおつるさん、父上とか……ロシーとか。色んな人に触れて…触れられて、温かいと思うことが何度もあった。
そう思っていたら、またロシーの声。
置いてかないでと言っていた。ぐちゃぐちゃの顔で人の服で鼻水かんで、ガキみたいに必死に縋っている。
…お前後で服代弁償させるからな。
「……行かなきゃな」
「…おい」
「フフフ、分かってるよ」
おれは死なない。こんな所で死んでたら目の前の男に笑われちまう。それに、大事な仲間たちがいる。
後もう少しだけ居られるなら、許されるなら…居たい。天竜人を倒して、そんで……そしたら後のバトンをローたちに渡しても……いいかもな。
「行こうぜジョーカー」
「…こっちの台詞だ。クソガキ」
そう言って頭を叩かれた。痛ェよクソジジイ。
自然と頰が綻んでだらしない顔になる。それをジョーカーは、アホみたいな優しい目で見ていた。
あぁ、涙腺がバカになりそう。
…泣けないけど。
-----
目を覚ましたら、顔中汚いロシナンテがいた。笑って裾で吹いてやれば、余計に泣きやがった。
「あ゛にうえぇええええ」
「ちょ、やめろ。お前筋肉あるんだか…………」
怪力で首に抱き着かれ、泡を吹きかけたのでぶん殴った。イテェだァ?テメェこそ俺の顔面殴ったじゃねェか。
そう言えば、ローに指摘された。痛みがあんのか、だそうだ。
確かにある。ムカつく今の気持ちも嬉しさも………。
(…え、ある?)
『反応がおかしいだろ』
どうやらジョーカーも普通なようだ。大丈夫、男の涙ほど見苦しいもんはないから忘れといてやるよ。しかし睨め付けられた。おうおう、理不尽な性格してやがる。
でも不思議だ。感情が普通にあるということが不思議だ。言い方がおかしいだろうが、ちゃんと思考してるんだ。
考えていれば、不意にローが喋った。ロシーは殴られて冷静さを取り戻したのか、ローに刺さってる糸を抜いてる。悪かったな…。
「お前は、愛されてるんだよ」
真っ直ぐな瞳で、そう言う。
「…愛?」
「お前は愛してばっかで見てねぇだろうが、ちゃんと愛されてるんだよ」
「……!」
あぁ…そうか。ずっと…ずっと感じていた温かさは………愛、……だったのか。
「人間が誰しも誰かからは愛されてるように、お前もファミリーの仲間やお前の家族、お前の守った存在から確かに愛されてるんだよ。それを見ないで突っ走ってたお前は…本当に大バカだよ」
「……うっせェ」
…ずっと、見えていなかった。いや、きっと恐れていた。
家族に___ロシナンテに拒絶されて、誰かに愛されることが怖かった。家族という存在が、自分にとっては無二のものだったから余計にだ。
愛されるなら愛した方がマシだ。一方的に押し付けて……そんなのただの自己満足じゃねェか。
母上や父上が三途の向こうで愛されてるって言ってたのに、それでも気付かないで…とんだ愚者がいたもんだ…。
「……ごめん」
尚もごめんと、誰かに謝っているのか分からずに言う。
自分の理想を追い続けて…愛を見て見ぬフリをして………そんな奴が理想云々なんてバカじゃないか。自分も大切にできず、他人さえもろくに見れていない奴が世界を変えるなんて………確かに大バカだな。
涙は出ないけれど蹲るおれに、ロシナンテと肢体の自由が戻ったローは笑いかける。眩しい、太陽の笑みだ。
「ドフラミンゴ」
「兄上」
そう言ってロシナンテはおれの肩を持ち、ローは倒れていた男の肢体を持った。あ、そういやまだモネの分殴っていない。
そう思いながらローを見ていれば、不意にロシナンテを刺した男に視線が移る。おれが男を心配していると思ったのか、ローが口を開く。
「コラさんを刺した時、一瞬瞳に光が戻った。直ぐに戻っちまったが、こいつは強靭な精神を持っている。きっと、大丈夫だ」
「…そう、か」
そう言い戻ろうとした所で、右腕が肘からないのに気付いた。いけね。
「ちょっと忘れ物したから先に行ってろ」
「ドフィ…」
「大丈夫だ、死なねェよ」
子犬みたいにウルウルすんなロシナンテ。後でめいいっぱい兄上が甘やかしてやるから。
久しぶりの弟にデレデレな顔でクセ毛の頭を撫でていれば、おれの様子に大丈夫だと判断したのか、二人は先に歩いて行った。
若干ロシナンテにウゼェな顔をされた、あの天使ロシーはどこに行った…!!
そう言ったらさらに引かれた顔をされる。兄上のSAN値はもうないぞ…ハートブレイク……。
冗談はさておき忘れ物というか、おれの腕という名の肉片を持って来なければ。このままじゃ生活に支障を来す。後でローに治させないと…。
「…ぁ」
ハムみたいになり散らばっていたおれの肉を拾おうとした時、そんな小さな声が聞こえた。何だと思い潮の香る方に近付けば、黒いローブを纏った人間の姿。
顔は隠れて見えないが、首には赤黒く変色した異様な絞め痕がある。これジョーカーが絞めてた人間……ん?黒い
「女……」
やはり夢の中で本体を攻撃すればダメージを受けるタイプだったか。多分能力が切れて、現実に戻っているんだろう。にしても思念で男にしていたとは…。
フードの下を捲って見ようとしたのと、ジョーカーの避けろという怒鳴り声が聞こえたのは同時だった。
突き飛ばされて、浮遊感に襲われる。反射的に糸を出そうとしたが、右手が無いんだった。
そしてそのまま衝撃と共に一緒に落ちて来たのは、触れようとした女だ。勢いの余り自分も落ちてしまったのか、それとももうどうでもいいのか。
風圧で気になっていたその容貌が知れる。
「本当は世界なんかどうでもいい。お前を殺せれば、それでいい」
あぁ、そういうことか。随分意地汚い事を運命は仕組みやがる。
「ごめんな、お嬢さん」
回りきらない頭でその身体を蹴り飛ばして、女の肢体が崖の上に落ちたのを見届けた瞬間冷たい感触に包まれた。
ゴポリと息が漏れる。
悪いなジョーカー、マジで。
_____おやすみ、妖精さん。
そんな声が、聞こえた気がした。
【×××】
×××の母は薬物にまみれて、最後は家のゴミと一緒に混じって死んでいた。そんな母でも×××は大好きだった。
母が死んだ時、×××はウジが湧きハエが集る死体の隣で瞼を閉じ、世界の全てに毒を吐いて眠りに着いた。
こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界こんな世界
ぶっコワれちまえ
そうすると、夢の中でまん丸いお月様が出てきて、少女に力を与えたのです。
『コロ シ ましょ
コロ シシ ま、しょ』
×××の運命はそこから終わり、始まったのです。
「お母さん、恨みを果たせたよ」
そう言って、女は自分の心臓に包丁を突き立てた。
今度は本当に、彼女は夢を見られるだろう。