「あ、フェイトちゃん」
高町なのはは自室に戻ってきたフェイト・T・ハラオウンに気づくと駆け寄った。
フェイトはなのはの心配げな顔に苦笑と喜びを感じつつただいまと返す。
「おかえり、どうだった?」
どうだった、とは今日の仕事に関してではないだろう。フェイトはそう思い、黒の鞄を下ろして一冊のファイルを取り出した。
「あったよ」
「ビンゴっ」
指パッチンに失敗したなのはに二人して笑う。紅茶出してくる、となのはが消え、フェイトは溜まっていた空気を吐き出した。
時刻は午後9時27分、何とか予定通りに戻ることが出来た。今日の仕事はさして難しいものではなかったので、重要だったのはその後の私事にある。
無限書庫での探し物は友人であるユーノ・スクライアに手伝ってもらいはしたが、それでも時間がかかったのだ。
せっかくの成果はその場で見てみたかったけれど、心配するルームメイトの前で見るべきだと判断して帰還した次第である。
さて、好きではあるが堅苦しい執務官服を脱ぎなのはの入れた紅茶を楽しみつつ、頃合いかと本題に移る。
「それは?」
「無限書庫にあったものを起こしてもらった。情報としては劣化が酷くて、断片しかわからないんだけど」
「そんなに古いんだ」
「……いや、古くはないんだ。三年前ってところ」
それなのに劣化が激しいとはどういうことだろう、となのはは首を傾げたが、取ってきた本人であるフェイトもよくわかっていないようで謎に包まれる。事実、司書長ユーノ・スクライアも仮説こそ浮かびはしたが何も言えなかった。
「ユーノ君でもわからなかったんだ、意外」
「だから私が考えても仕方ないかなって。なのははわかる?」
「全然。さっぱりだよ」
だよね、と情報内容に触れずに一度完結。紅茶を入れ直すことになった。
「温かい飲み物は心を穏やかにするね」
フェイトは言いつつ両手でカップを包む。掌に感じる温もりというのも特別だ。他人の手を取った時に感じるものを擬似的に再現したような感覚。それを覚える人はおそらく人との関係に固執している人間だ。
フェイトも、なのはもそういう人間だ。
「身体の芯から温まると、温いよね」
同じようなことを言っているが、気持ちはわかる。何とも言えない穏やかな感覚は、人が温もりを求める動物であることの証明なのかもしれない。
「さて、本題に入ろうか」
フェイトは笑い、資料を机に置く。紙の媒体で四枚、その中の一つを取り読み上げた。なのはは頬杖を突いて待っている。
「ロストロギア“神の祭壇”。掌ほどの直方体で、所有者の心の映像を相手に送ることが出来る」
「もう最初で当たりじゃない?」
「しかし、効果範囲は非常に狭く、半径12mほどの球体の括りでしか使用できない」
「……うん、却下だね」
「所有者が近くにいるかもしれないけどね」
フェイトは苦笑し、次の書類に目を遣った。
これは彼女の夢の原因に関する資料である。無限書庫を精査した結果、該当しそうな情報を集めたのである。ちなみに、フェイトは何故か当たりはないと感じていた。
そして現実、最後の一枚を残し大外れだったりする。
「なんか骨折り損の――」
「くたびれもうけ、かな?」
紅茶の最後の一口を啜り、二人は困ったようなおかしいような感覚になる。
と、以前一緒に寝た際、同じ夢を見られなかったなのはは頬をテーブルに載せて尋ねた。
「夢、どこまで行ったの?」
「……ああ」
呟いたものの、フェイトはその答えが口に出せなかった。
夢の中の話、どこまでなのはに話したかもうろ覚えで、今回の夢に関してもどう言ったらいいのかわからない。言えることは、とりあえず舞台の主役らしき青年がとある女性に出会ったところまで、といったところか。
「でもその女の人がね、リインフォースみたいだったんだ」
「……へぇ。いいね、フェイトちゃん」
心底うらやましそうになのはは言った。
リインフォース、彼女らの知る最初のユニゾンデバイスにして、彼女らが終わりを見届けた存在。もう会うことは叶わない彼女になら、なのはは夢でぜひとも会いたかった。
「いいなぁいいなぁフェイトちゃん」
「もう、そんなこと言ったってダメだよなのは。さ、最後いってみようか」
そう言って取り上げた最終候補を見て、フェイトは楽しそうに笑った。
「なのは、二人でダメなら三人だよね?」
「……三人寄れば?」
文殊の知恵。
L.S.R. ~最後に、セツナの休息を~
そして、二人は一人の友人を訪ねた。快く迎えてくれた彼女に書類を渡し、フェイトは夢の話をする。
彼女は、ただ黙って聞いていた。
「どう、
「…………」
肩までの髪は茶色く、瞳は少し青みがかっている。出世街道を軌道に乗せつつある少女、八神はやてはゆっくりとデバイスを起動した。
魔導書型ストレージデバイス“夜天の書”、かつて闇の書と呼ばれた魔導書に似た、剣十字を記すデバイスである。
「リイン、おるか?」
「はいです、はやてちゃん」
関西のなまりが入った透き通る声が呼ぶのは人型の融合騎、リインフォースツヴァイ。白銀の髪と白い服を纏う小さな騎士。
「はやて、どうしたの?」
「ん、ちょっと待ってな」
夜天の書を開き、ぶつぶつと呟く。リインも同様に青天の書を開き同調した。淡い魔力光が二人を包み、フェイトとなのはの顔を照らす。
やがてぱたりと本を閉じたはやては、ゆっくりと口を開いた。
「ありがとうな。フェイトちゃん、なのはちゃん」
感謝、それが何に対してか測りかねる。呆ける二人に対し、はやてはソファに背を預けて上を見た。室内、当然の如く空は見えなかった。
「――最初は、ただ顔に出すのがちょっと難しいだけの普通の子やった」
「はやてちゃん?」
なのはが口を開きかけ、閉じる。今は口出しすべきではない。そう思った。
「当たり前のように、人並みに感情もあってな。でもそれを伝えられなかった。そして、本来伝えるべきやったことを隠してしまった」
ふ、とはやては寂しそうに笑い、
「そんな話や」
と言った。
***
「フェイトちゃんが見る夢、その最後の可能性が闇の書――夜天の書が蒐集した魔法の一つやっていうんはわかる。この子は永い旅をしてきたからな」
「うん。でも今は残っていないでしょ?」
フェイトの言うとおり、今の夜天の書には過去ほどの魔法はない。永い旅路の中で薄れてしまったものも確かにある。
だからこそフェイトはその可能性を否定し、しかしせっかくだからと話をしにきたのだ。
そして結果的に、それはフェイトではなくはやてに何かを与えてしまったらしい。
「でもな、確かに出来るんよ。私はフェイトちゃんの夢、ようわかる」
「え、わかるの?」
なのはは驚き、はやては後押しするように頷いた。夜天の書を撫でる。
「これはな、もしもの話や」
「……え、もしもの話?」
「そうや。もしもの話。もしもの世界の、本当の話」
もし、私より本との因果が強かった子がいたら、という世界。そのことをはやては言わなかった。
「でもいいの? 次元世界があるこの世界でそんな話」
いつかなのはが面白半分に言っていた仮説が出てきたのだから盛り上がるのは当然の話で、それから三人はあれこれと暴走を始めた。
しかしいつもなら積極的に話を進めるはやてが聞き役に徹してしまったのをきっかけに、話題は再びはやての話になる。
「本当と嘘と、友情の話や。とても哀しい、な」
「はやて。私はその内容の一部しか知らない。最後、どうなったの?」
フェイトの問いに、はやては押し黙った。固唾を呑む二人を前に沈黙は重く、やがて観念したように吐いた。
「皆、いなくなった」
「………………そう、なんだ」
はやての言葉に覚悟していたのか、フェイトはゆっくりとそう纏めた。ただ映像を見ていただけの彼女に責任はない、だがそれでも感じてしまうのがフェイトという少女だった。
「――あの子はいずれ皆を巻き込んでしまう魔法を持っててな、最後にそれを暴走させてしまった。だから世界は滅び、そして――」
言葉の途中ではやては切り、なのはを見た。内容に関して割とおいてけぼりななのははそこでやっと会話に追いついた。
「なのはちゃん、仮に私がなのはちゃんを殺してもうたら、怒る?」
「……いきなりでなんだかわからないけど、私は殺されないよ? だって殺されちゃったらはやてちゃんを傷つけちゃうし、助けてあげられないから」
「いきなり憎くなるかもしれんで?」
「はやてちゃんが? ないない」
その当たり前の言葉に、はやては涙が出そうになる。
目を擦って耐え、うん、と頷いた。
「みんないなくなってもうたけどな、でも残ったもんもあるんよ。あの子は最後に、二人に助けてもらったから」
「……そっか」
なら、いいのかな。フェイトは確信のない言葉で自分を納得させた。
しかしそれは自分を騙せても他人は騙せない。
あんな、とはやては続け、
「なんでフェイトちゃんが夢を見たか、教えたげる」
「うん」
約束だから。
「約束?」
「そ、約束」
何のことかわからない、とフェイトは疑問符を出し、はやてはそれに微笑んだ。知らないでいいことや、と涙を拭った。
急に涙したはやてに二人が焦るが、普段真っ先に焦るリインが静かに涙を拭っていく。
その異様な光景に呆然とする二人と、嬉しさに抱きしめるはやて。
「約束、果たせたな――――雪那」
「セツナ?」
「誰?」
「二人の良く知る、友達や」
夢なんて、ずっと覚えていられない。フェイトはおそらくその全てを見たが、しかし全てを覚えておくことはできなかった。
でも、それでよかった。彼女が約束を守ったことで聊かの混乱は生じたけれど、それ以上に得られたこともある。
闇の書――夜天の書の最後の主、八神はやて。
彼女はその日、いたかもしれない誰かの記憶を受けて人の温もりを再認した。
空から雪が降ってくる。
それは白く、瞬きの間に溶けて消えてしまう。
しかしそのセツナの時間こそが大事な何かを決めることもある。
でも、今は気にしなくていい。
セツナの時間に休息を、今はありふれた一瞬を刻んで――
* * *
なんだかわたしは、へんな子らしい。
何を考えているのかわからないんだって。
でも、ちゃんと考えてるよ。
うれしいことはあるし、かなしいこともある。ともだちとはなれるのは、すごくいやだ。
でも、みんなみんな、はなれてく。わたしがへんな子だから、はなれてく。
かなしい、いたい、つらい。
でも、みんなわたしにうそつきって言う。
うそなんかついてないのに。
でも、そっか。うそ、ついちゃえばいいんだ。
わたしじゃなくて、ちがう子なら、わたしは痛くないもの。
くるしくなんかないもの。
ゆう君がきた。でも、すぐかえった。
わたしとはあそべないんだって。
でも、もうへいき。だって――
「たすけてください」
「……どうしたの?」
「わたしをたすけてください」
「へんなの。でも、いいよ。いっしょにいこ? おにごっこかなぁ」
「うん、ありがとう」
だって、わたしにはまだ、てをつなぐともだちがいる。
斉木雄一郎:一刃雪那
ちなみに、フェイトには母性のようなものを感じていたので“さん”付け。ランクB+。
雄一郎の容姿描写は排除。
伊西トウコー:キリシマ・イッセイ
普通の友人として設定された伊西は新しい世界を見せてくれる存在。
正義馬鹿、でも雪那は正直嫌いじゃなかった。引き金ばっかり引く奴。
後輩ちゃん:高町なのは
先輩後輩としての人間関係のために設定、連絡係の子に対する負い目の影響か。
雪那に構ったのは同郷もあるが、新人教導官として人を引っ張ろうとする意識が強かったため。
友達(ユキ):管制ユニット
異物。実は小さな頃から友達で、彼女(彼)の誘いに応じるたび、影響を受けることになる。
約束達成に尽力。表に出た際は精神攻撃連発で世界よりまず魔導師が全滅。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン
暴走時、局外。駆けつけた時には全てが終わっていて、酷く後悔することになる一番の被害者。~機~にて雪那の変化を後ろから見ていた人。
睡眠不足。
八神はやて
闇の書の主として、劣化した情報を見た瞬間に全てを理解する。
雪那の世界の彼女がどうなったかは知らない。
読んでいただきありがとうございました。これで終了です。
タイトル『L.S.R.』は文法無視の単語の羅列の頭文字です。Last, Snow, Requiem. です。
~解~を書いている時にLastがLonelyとなり孤独が追加され、最終話でSnowがSetsunaに、RequiemがRestになった次第です。
時系列というか世界別にいうと①→②→③
①雪那の暴走前世界
②雄一郎の世界=闇の書の夢=雪那の暴走後世界
③なのは・はやて・フェイトの正史=原作=夢を見るフェイト
となります。わかりづらかったかもしれません。
ちなみに、本作において原作は①②を踏まえているので仮に雪那がいても闇の書の主ははやてです。結果的に、最初の過ちを正すことは闇の書の因果をも消すことになったわけですが、
どうしてそうなったかは知りません。友情パワーです。
では、ありがとうございました。
主人公一刃雪那ですが、1話を書いていた時点での名前は雪那-ゆきな-でした。
Q.なんで変わったのか?
A.間違えたから。
第1部、完っ! 嘘だけど。