「…………あれ」
気がついたら大学にいた。
確か伊西に借りた魔法少女リリカルなのはA`sを見ていたはずだ。それなのにいつの間にか家から出て講義を受けている。
そも、私はその第2期、いったいどこまで見たんだっけか。
「さいゆー」
「伊西……」
「放心中やね、徹夜でもしたん?」
伊西が現れた。いつもどおり前衛的なファッションである。
具体的には中世の女っぽい、ってそれだとむしろ遅れているのか。
鼻息荒くドヤ顔するあたり、私がよほど嵌まったとでも思ったのだろう。まぁ熱中していることは事実だから完全なる間違いではないのだけど、肯定するのはなんとなく癪だ。
「なのはを見た、はずなんだけど内容が思い出せない」
「ながら見でもしたんでしょ、ダメだよちゃんと見な」
どこぞの女教師ばりに人差し指を立てて、めっ、としてくるぽっちゃり。イラついた。
「でも全く覚えてないってわけじゃないんしょ? とりあえず言ってみ?」
ん? と催促する彼女の言葉に改めて考え込む。次の講義までは一コマ分あるのだから考える時間はたっぷりだ。
というよりどうして私はこんな人生の一大事に律儀に学校になど来たのだろう。
憩いの場へと赴き缶ジュースなど嗜む。伊西はあったかーいコーンポタージュらしい。まだ暑いのに、どこから見つけてきたのだか。
「――確か、なのはが赤髪の女の子に襲われて、フェイトさんが助けに来て、でも紫髪の剣士――あれはベルカの――にやられて……」
リンカーコアを奪われた。リンカーコアへの接触はとても危険で、かつ苦しいものだ。
私が苦しんだ闇の書もリンカーコアに負担を強いていて辛かった。影響が表に出にくい私だからこそあそこまで保ったのだ。
「って、あれ?」
「んー、じゃあ2話くらいまで見たんかの?」
「わかんない。正直言うと、DVDを入れてからさっきまでの記憶がはっきりしないの」
「記憶喪失とか受ける! つかさいゆー言葉遣い変じゃない?」
「あ……」
自然と女言葉になってしまっていた。いけないな、ここでは俺は男なのだ。
「悪い、ちょっと影響されてた」
「染まってるねぇ。でも具体的にどこが良かったの?」
実を言うと、伊西は俺が嵌まるとは思ってなかったらしい。それでも自分が好きなのでとりあえず知ってもらいたく渡したとか。
うん、渡してくれて本当に良かった。
とはいえ、どこが良かった、か……
「あー、なんか納得できたから、かな」
「納得?」
「なのはは争い好きじゃなかったけど、それでも自分が信じたことは貫くタイプだった。その根幹、わた――俺は知らなかったから」
「…………」
「フェイトさんも冷静で鋭かったけど、ふとした時に暗い影を落としていたから、だからそのバックボーンを知ることができたのは嬉しかった」
まぁ2期のテーマが闇の書だというのは予想外だけれど。
でもこのアニメ、私はいないんだよなぁ。そこはそれ、フィクションだということなのか。
「二人は同期の憧れで光みたいな存在だったけど、でもやっぱり、私と同じような時期もあったんだなーって」
しみじみと思う。
小さな頃の二人、まだ未熟だった二人。生憎私は一般常識とはかけ離れた人生だったけど、それでもそんな私だからこそ二人は一層憧れだったのかもしれない。
本人には間違っても言えないことだったけど、今思うとそうだったのかもしれない。
ふと伊西を見ると神妙な顔つき。
「ねぇ、さいゆー」
「何?」
「ほんと大丈夫? 現実とフィクションごっちゃにしちゃだめだよ?」
「…………」
本気で心配されることは嬉しいが、理由が理由だと屈辱である。確かに傍から見ればそうだろうが、こっちにはこっちなりの深い事情があるのだ。
「というより境界線がやばい……」
俺と私の境目がぼんやりしてきた。やはり自分に近いものを見てしまったせいなのだろうか。
俯いて落ち込んだ私にあからさまに溜息を向けた伊西はよっこらせと立ち上がる。既にコンポタは手元にはない。
「私が勧めたからアレだけど、本気で区別してよ? じゃないと先にいけないから」
「先?」
「第・3・期っ」
なん、だと……?
L.S.R. ~夢~
私もついにパソコンなるデバイスでリリカルなのはを調べることに成功した。大学から家に戻る時間も惜しく、申し訳ないが大学の共有コンピューターを拝借している。
本当は学術用なので私的に使うのはアレなのだが、そこはそれ、前世に比べればいと痒しである。
「この人生を無意にする気はないけれど、っと」
某先生に“魔法少女リリカルなのは”と聞くと出るわ出るわ、3期の他にも第4期なる作品やゲームなどメディアミックス半端ない。
「そりゃ新時代魔法少女筆頭だもの」
「……いるんだ、君」
「先駆者として見守らないとねぇ」
伊西先生はいつのまにか黒縁の眼鏡をかけていた。
「さいゆーが知りたいのってどの辺?」
「とりあえず2期ないし3期かなぁ。ちなみに3期っていつごろの話?」
「なのはフェイトはやてが19歳」
「……私の知らない時代だ」
かちりとクリックすると大人びたなのはとフェイトさん、そして私の知らない何人か。成長するものなんだなぁ、胸。
それにしても19歳か。俺は今20だけど、私は19まで生きられなかったっけ。
「え…………?」
「見てないんだから当然しょ」
「いやごめん、待って! …………待って、私は19まで生きられなかった……?」
つまり、その前に……?
「死んだ、の……?」
「生きてるよー何言ってるさ」
伊西が眼鏡を直しながら笑う。いや、まぁ俺は生きてるけどね。一刃雪那は19以前に死んじゃったのか、儚い命だった。
「先に見るのはビジュアルだけにしとこうねー」
「あ」
操作され画面が切り替わる。確かに2期を知らない私が知ってもネタばれに他ならないから伊西的には正しいのだろう。
「とりあえずさいゆー的にはA`S前のおさらいと最初のほうの設定だけかね」
専用のデータベースらしきところに飛ばされると、専門用語の宝庫である。ふむ、まぁ大体わかるわ。
「闇の書についてはまだ見ないでね、あえて言うならやっぱヴォルケンズでしょ!」
「ヴォルケンズ?」
「ヴォルケンリッター、闇の書を守護する騎士達。実は彼女らに肖ってるんだよねー」
ふふん、と一回転する伊西。嬉しくない。ないが、闇の書の守護騎士、確かに記憶にある。
「管制ユニットは?」
「……いやマジどこまで見たんよ。管制ユニットなんて序盤で出ないよ?」
「お、覚えてない」
ねー、闇の書関連だと前世の知識とアニメの情報どっちかわからんち。
アニメ的には小出ししないとあかんけど、私的には元所有者だしなぁ。調べれば調べるほどだもの、尤も実物は体外に出なかったけれど。
「とりあえずさいゆーは2期見てね。ちゃんと記憶してって意味で」
「わかってる。私としても重要だもの」
席を立つ。少しの時間だったにも関わらず肩が凝った。首を曲げながら部屋を去る小西を見送っていると、彼女は振り向かずに言った。
「どうでもいいけど、もう女言葉で通すの?」
「……見逃してください」
ホントにね、性格は俺なのにね。
なんとなく帰りは電車でなく徒歩で。正直距離的には電車で行くべきところを歩きにしたのだから、まぁ一時間はかかる感じよ。
最速で帰って続きを見なかったのは動物的な勘としか言いようがない。
すぐに見たら悪いのか、帰りに歩くと良いのか、どっちかはわからなかったけれど。
「あれ、ゆう君」
「ん……」
後ろで髪が揺れている、まごう事なき制服のポニーちゃん。斜向かいに住む後輩ちゃんの登場である。
「大学の帰り? 歩きで?」
「……まぁそんな感じ。君は?」
「私はほら」
指差す先は後輩ちゃんが出てきた店、うん、ケーキ屋さんですね。手には少し大きめの箱が包まれている。
「買い食いにしては巨大だね」
「育ち盛りなの」
えへんと胸を張る高校生は確かに育ち盛りらしく、たわわな胸が主張してきた。
悔しい、悔しいなんていう思考が悔しい。最早男としての欲望すら忘れたかっ。
うぎぎ、と歯を食い縛る俺。
「そこはつっこんでよ、いくら私でもこの量は無理っ」
「そう? 女の子は別腹が異次元だからなぁ」
「本当に異次元にあるからね別腹、管理外のところに。さながらブラックホール?」
「なら俺はなくていいや、身の程はわきまえないとね」
命を懸けた教訓である。
そしてそんな俺を後輩ちゃんは不思議そうに見つめていた。そりゃ不思議だろうよ。
「……なんかゆう君変わったね。前は話しかけても俯いて足早にどっか行ってたのに」
「……そうだったかな」
思い返すと、女だった過去を思い出したからなのか、確かに以前とは違った雰囲気である。
そもコミュニケーションという複雑怪奇な代物を、年下の異性と上手に行うことは不可能に近い難題だったはずなのだ。こうしたなんでもない会話すら避けていた記憶がある。
まぁ雪那もカッチン鋼ばりにお堅い人物だったが。
「ふふ、なんだか嬉しい。ゆう君、小さい頃は私を連れまわしていたのにね、大きくなるにつれて知らないところにばっかり行っちゃった」
寂しかったんだよねー、などと頭を掻きながら照れ笑う後輩ちゃんになんだか申し訳ない思いである。
小学校でも中学年まで行けば異性とは離れるものなのだ。当時男友達に後輩ちゃんの件でからかわれたのが原因だったなんて言えない。
「人間ふとした時に変わるんだよ。本当に何でもない、塵のように小さなきっかけでさ」
「わわっ」
がしがしと頭を撫でると慌てて後ずさる後輩ちゃん。撤退したみたいでおかしかった。
「あんまり昔みたいに接すると痛い目見るよ、こんな風にね」
「……これは痛くないんだけど」
恨みがましそうに上目遣いで睨む後輩ちゃんに一層の笑いを上げた後に別れる。家は近いが、その過程にはそれぞれ別の都合があるのだ。
直帰の俺とは違い交友関係豊かな女の子である。
「悩み事は誰かに言わないとダメだよー」
そんな捨て台詞を残して消える後輩ちゃんマジ侮れない。それが交友関係の広さ・深さに由来するのだろう。
「雪那も広かったけど、浅かったからなぁ」
広ければ広いほど苦労する雪那とは違い、彼女は楽しそうだった。
そんな後輩ちゃんを見れただけで前世には感謝である。今までの俺では見れなかった姿だったのだから。
ふと、とある言葉を思い出す。
“私は私だが、決して私ではない”
「いったいどんな気持ちで言ってたんだろうね」
その心境は、一刃雪那でなくなった斉木雄一郎にはわからない。それでもその言葉は、決して誰かに聞かれてはならないものだったに違いない。
自己の否定で自己を肯定するなんて正気の沙汰ではありえない。きっとなのはやフェイトさんに聞かれたら叱られてしまうから。
ぐうの音も出ない正論で、私を光に導いてしまうだろうから。
……それだけは、絶対に避けなくてはならなかったはずなのに――
「はず、なのに……?」
疑問。目の前が暗くなった。
随分早い夕暮れだ。
***
「あ……っ」
せっかく入れたコーヒーを零してしまい、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンはしまったと渋い顔をした。
幸いなことに重要書類にはかかっていない。そも電子体だ、かかるはずもない。
「ちょっと休憩、かな」
ぐっと背筋を伸ばし息を止めると凝り固まった疲れが空に飛んでいってしまいそうになる。いや、引き止めたいわけではないのでそのまま消えていっても一向に構わない。そうすれば復帰にかかる時間が僅かばかり減るだろう。
――それにしても。
最近、彼女はとある夢を見る。
なんでもない日常、舞台は第97管理外世界、地球。
海鳴でないことは確かだけれど、日本語で話す彼らからして日本のどこかだ。
彼ら。
フェイトの知らない誰かの話、日常。そこには何の違和もなく、彼らも何の疑問も持たずに日々を過ごしていた。
それなのに最近、その中の一人がおかしくなった。
必死になって画面にかじりつき、しかし急に寝てしまう。突然寝るなんてどこかの奇病のようだけれど、別段身体の調子が悪いわけではなさそうだ。
「夢の話、と割り切ってしまえばそれまでだけど、ロストロギアもあるし、ね……」
ロストロギアという単語だけでどんな不思議も解決してしまうなんて魔法の言葉過ぎるけれど、神経質な自分が気にしすぎなだけかもしれない。
とはいえ、似通った人たちの日常を見続けるなんて、正しく夢の続きを見ているようなものだ。端的に言えばそれだけで不可思議である。
「ユーノに聞いてみようかな」
義兄のせいで四苦八苦している友人を頼るのは気が引けるが、本人は愚痴を言いつつも楽しそうなので想像すると自然に笑ってしまう。
「さて」
笑ってほぐれたところで続きをしよう。フェイトはそうして、効率を取り戻した雑務を最速で終わらせた。
それ。