L.S.R.   作:白山羊クーエン

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アレソレ。


~解~

 

 

 

 

 

 時が来た。それがかつてと同じ時間だったのかは定かではないがそれなりの時間はあったと言える。それが私にとって良かったかどうかはわからない。

 通常通りに覚醒して、何も思わずに死ぬのか。

 予想外に遅く来て、私の心を惑わすのか。

 それとも、今回はとても早かったのだろうか。

 

 そんなことぐらいしか感じなかったけれど、果たして私は、その時をどんな表情で見つめるのだろう。

 

「私は私だが、決して私ではない」

 

 今日何度目になるかわからないその言葉に頼りながら、私はその日の午前中を終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 L.S.R. ~解~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白く降り積もるような吐息を空気に馴染ませながら歩く。局内の空気が悪くなりそうだったので自然に外に出たが、思いのほか寒くて機能が低下しそうだった。

 フェイトさんは昨日、ミッドチルダを離れた。どこに行ったかは知らないけれど、出立の前に部屋を訪ねてくれたのは、きっと普通の人間なら嬉しいことなのだろう。

『前に言ったと思うけど、責任を一人で負うことはないからね。できるなら、私が戻るまで揉め事が起こってほしくはないけれど』

「……私から起こす気はありません。執務官もお気をつけて」

『そういう意味じゃないんだけど……でも何かあったらなのはを頼ってね、力になってくれるから』

『そうですね、高町二尉は誰でも助けてくれますから』

 フェイトさんは何を思ったか荷物を置き、制服の上着を脱ぐ。一瞬虚を突かれたが、彼女の真剣な瞳に動けなくなった。

 

『君は納得しないだろうけど、今私は管理局の人間じゃなくて君の友達としてここにいる』

「…………」

『なのはが優しいのは否定しない。でも君だからこそ、なのははきっと力になる。私だって、仕事がなければ離れたくないよ』

「……執務官、それは――」

「今はただのフェイト・T・ハラオウンだから、そんな杓子定規な物言いは聞かない。だから本当に、本当に何かあったら私にも連絡してほしい。これは命令じゃなくて、お願い。そして――」

 約束。そう言って、フェイトさんは右手の小指を差し出した。指きり――地球の、日本の約束の18番。地球を知る人間でないとできないこと。

 そして今目の前にあるそれは、かつて私を助けてくれた手と同じもの。

 それは見るものを優しくし、心を温かくさせるもの。

 胸が痛くて涙が出そうになるけれど、顔は決して動かない。そんな風にできていないのだから。

 

 でも――

「――――ありがとう、ございます」

 その救いに絡める指なら私にもあるから、だから私は心を見せず、それに応じた。冷たい冬を纏った冷たい指、それがなんだか温かかった。

 ドクンドクンと闇の書が爆ぜる度に意識が飛びそうになる。でも私はきっと耐えられる。

 だって、

 

「うん、約束。行ってきます」

 

 この人の笑顔は、どうしても忘れたくはないから。

 

 

 ワスレタクナイカラ、ワスレルコトニナル――

 

 

 一心同体の闇の書への最初の抵抗が、きっとこれだ。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 フェイトさんと別れた後はいつもどおりの日常、記憶するに値しない時間は浪費以外の何物でもないけれど、結果的にやることがないのだから私としては上出来の時間の使い方なのだろう。

 それは他人にとってはもったいないという言葉で評価され窘められるものだ。生憎私にはそれを諌めてくれる友人がいないので、専らその時間は疎まれるしかない。仕事と人間性、両面を以って嫌われる私にはお似合いの時間消化だ。

 でもそれでいいのだと思う。特に今日みたいな寒い日にはそうであってほしいとすら思う。

 闇の書の痛みは熱を帯びて体温を上昇させているのに、寒い。そんな日はきっともう来ないから、半日くらいは人形でいたかった。

 

「ふー……」

 息を細く吐くと白い靄は細長く駆け抜ける。大きく口を開いて吐くと太く短く固まる。口を開けず、息も吐かなければ白はない。

「闇の書……あなたもそうだったのかな」

 問いかけも白を帯びて消える。私の疑問に答えてくれた人はいない。いつだって距離を置き、人から離れた人形の私だから。

 だから疑問が口に出ることもなくなったっていうのに、やっぱりいつかのケビンの言葉は少し本当だったのかもしれない。

「人形、機械……感情なんてありえない」

 でもきっと私は待っている。いつかのベンチに座り寒空に身を置いているのは論理的な思考では測れない何かがあるからだ。

 人形で機械の私は、きっと誰かをここで待っているんだ。

「私は私だが、決して私ではない」

 

「――違うよ」

 

「…………」

「絶対、違うよ……」

 なんだか満たされたような感覚だ。痛みと、魔力と、知らない何か。それでこの空っぽが満たされたよう。

「……私の質問に、答えてくれますか?」

「…………」

 いつしか見上げていた。

 天には鉛雲、凍えているかのよう。空気は澄み、無味乾燥。どこまでも飢えている。

 

 ああ、やっぱり。

 

「空は、どこも一緒ですか? 高町二尉」

 

 

 

「……同じだよ」

 そう、なのはは前と同じく答えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「こっちからも質問、いいかな」

「どうぞ。私からだけでは不公平ですから」

 ありがと、と硬いお礼。いつものなのはではないその語調は、しかし私に何の変化も齎さなかった。

 座る私の正面に立ち尽くすなのは。それはいつか、逆の立場でなった立ち位置。それが少し、痛みを助長した。

「私、調べたの。呟くようでとても小さくて聞き取れなかったけど、でもレイジングハートが記録してくれていたから」

「いい子なんですね」

 そんな私に似合わない軽口を無視してなのはは続けた。

 

「第一級指定ロストロギア“闇の書”は、無限の転生と復元機能で破壊が不可能とされるロストロギア。自身を守護する守護騎士プログラムを内臓し、魔術師のリンカーコアを奪うことによって魔力を集め、完成すると所有者に絶大な力を齎すとされている。しかしその本質は悪辣極まりなく、闇の書自体が認めた所有者以外が干渉しようとすると暴走、その被害は次元世界を一つ飲み込んでもおかしくないほどの規模を誇る。合ってる?」

 少しだけ驚いた。査察官として人間を見てきたので隠し事には鋭いつもりだったが、まさかなのはがそこまで調べていたなんて、そしてそれを私に悟らせなかったなんて。流石はエースと言ったところなのだろう。

「正解です。じゃあ今度は私からですね、それを知った上で、二尉はどうされるおつもりなんですか?」

「然るべき処置を――――と言いたいところだけど、残念ながらまだ何も準備してないんだ」

 相好を崩してなのはが笑う。先までとは打って変わって穏やかになった。その切り替えもまた、彼女の魅力の一つなのだろうが、その答えはいただけない。

 

 ふうとあからさまに溜息を吐いた。口から何かが零れそうになり、必死になって押し止めた。

「高町二尉、それはどうかと思います。察するに、感情に流されてやってきたとしか思えませんが」

「その通りだよ。どうも私はまだそこらへんができていないんだそうだよ、先輩から言わせれば」

「……でもそれは、後々養われるものかと思います」

「……うん、そうだね」

 直後、沈黙が風に負けた。木の葉を舞い上げて迫る風は、私となのはの間にも侵入した。

 

「……ねぇ、雪那ちゃん」

「…………」

「助けたいんだ、私は」

「…………」

「自分本位で嫌になっちゃうけど、助けたいの。私が――あなたを」

 泣き出してしまいそうな顔。胸が痛んだ。痛くて痛くて、死んでしまいそう。

 歯車が狂ってしまいそうなくらい、“こころ”が痛い。自分のじゃなく、他人の感情にこそ――人間は最も心揺さぶられる。

「小さい頃から何も出来なかった。だからかな、魔法の才能があって、それで誰かを守れるんだってわかった時、私は自分の将来が見えた気がした。ああ、こんな私でも誰かの役に立てるんだって…………でもそれって唯の独りよがりじゃない? 私はその人のためじゃなく、自分のために人を助けているんだもの」

「もういいです」

 もう、わかった。私が何を待っていたのか。何のために在ったのか。

 高町なのはは偽善者で、でもそれを理解していてそう在る。だから彼女は強い。何より自分を理解しているから。

 一刃雪那は人形で、でもそれを理解していてそう在る。だから私は弱い。何より自分を理解していないから。

 その違いを理解したかったんだ。そして――

「きっと今もそう。私のために雪那ちゃんを助けたい、きっと私の根幹はそれだと思う。でも……でも私は、雪那ちゃんを守りたい! 守りたいの! だって私たちは――」

 

「もういいよ、なのは」

 ワタシハモウ、(ツカ)レテイタンダ――

 

「雪那、ちゃん……?」

 もう、元には戻れない。いや、そもそもそんな帰り道はなかった。私は最初から、人形だったんだから。

 でも、それはもう使えない。

「最後に、先に聞いてもいいですか?」

 ふるふると首を振った。うん、うん、と頷いた。

 全く逆の行動がおかしかった。

「――私は、一刃雪那」

 自問自答。自己の存在を確立させ、精神の安定を得る毎日のルーティン。

「16歳、AB型。家族はなし」

 そのことに対する思いもなし。

「この体は機械、機械に感情はない」

 そう、感情はない。

 

「私は私だが、決して私ではない」

 

 そんな、自己否定の自己肯定。

 

「――これは、間違っていたのかなぁ」

 

 

 

 そして、なのはは涙を零して笑った。

 

 

「――うん、最低な間違いだよ……っ」

 

 

 

 そっか。

 

 そうだったんだ。なら私は――

 

 

 

 

「――なら私は、何のために生まれてきたんだろうね……っ」

 

 

 

 やはり私は無表情で、それは人の器には耐え切れず、決壊した。

 

 どす黒い魔力が迸り、世界が廻り始める。

 

 

 

「雪那ちゃんっ!?」

「ねぇなのは、教えてよ。どうして私はこんな風に生まれたの? 闇の書を持ち、いずれ滅ぶ私。魔力で感情が消え、人形だった私。そんな私を人間として認め、人形じゃないって言ってくれた、助けてくれようとした人を殺してしまう私は――――いったい何のために生まれたっていうの?」

 まるで竜巻だ。魔力波に押しつぶされそうななのははバリアジャケットを纏い、必死に堪えている。

 それを私はただ見つめることしかせず、答えを求めて問い続ける。

「心が痛い、痛いよ。胸が張り裂けそうなくらい痛いよ。ねぇなのは、教えてよ。私はどうして人形じゃなくなったんだろう。人形ならこんな痛みはないのに。感情があるなんて認めなければ、こんなことにはならなかったのに――こんな結末がいずれ訪れることを知っていた私は、心をどう判断すればいいと思う?」

 心は悪か、正義か。心を持つ彼女は正義で、心を持つ私は悪。ならば心はないほうがいいのだろうか。こんなに苦しく痛い心は、いらないのだろうか。

 それとも、痛みを表せない私がいらないのだろうか。

「ねぇ見える? 私の顔、こんな時でも動かない。もう動かせないようになっちゃってたのに、心はこんなに揺れ動いてる。こんなちぐはぐなのが人間なのかな、それともやっぱり私は、人形だったのかなぁ」

 魔力の暴風に耐えながらなのはが口を開いた。

 でも声は届かない。届いても意味がない。

 

 異常なほどの魔力の奔流に管理局が慌しくなった。直に先遣隊が来るだろう。魔力パターンで闇の書の起動だと気づくだろう。

 

 そして私は、この世界(ひと)を壊してしまう。

 

「私はさ、なのは。白状すると、君に助けてもらいたかったのかもしれない。心のどこかで、温かな太陽に憧れていたのかもしれない。でも、その光に耐え切れる人間は限られているわ。私はその限られた人の中にはいなかった。だからだろうね」

 意識が飛ぶ。世界が反転する。霞む視界の中、飛んできた部隊の中に見知った顔を見た。引き金を引いた、あの男。

 彼もまた巻き込むことになる。

「一刃雪那なんていなければ良かった。肯定する人になんて会いたくはなかった。私は私だけど、誰より私が嫌いなのも私なんだから。私じゃない機械を、人形を動かしているだけなんだって思えれば、後は流されるままに過ごしていけたのに……もうダメだ」

 なのはが決死の覚悟で魔力を集中し、突っ込んでくる。その勢いは凄まじく、この純粋魔力の壁を突破する。

「私は私だが、決して私じゃない……」

 なのはが迫る。その姿が大きくなる。でも――

「君が違うって言った、あの言葉……」

 もう何も見えない。ただ微かに彼女の存在が認識できた。すぐ傍まで近づいた。

 

 そして、涙のような魔力が、瞳から零れた。

 

 

 あれが本当なら、どんなに良かっただろうね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また、終わってしまった……」

 白銀の髪は風に揺れて、蛇のように四肢を伝う漆黒のバリアジャケットはかつての面影もない。

 瞳から流れた涙は黒、それは魔力に他ならない。

「我が主、安らかにお眠りください。悪い夢は、もうなくなります」

 深紅の瞳で世界を見つめ、所有者の身体を乗っ取った管制ユニットは祈りを積んだ。

 ただ、これ以上彼女の心が壊されないように――

 

 

 

 

 




斯く斯く云々。
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