「クフフ、クフフフフフ」
邪悪は楽しそうに手の中にある端末を軽く投げたりして弄る。このままの調子であれば鼻歌すら歌い出す勢いで。
そんな彼の足元で血濡れの肉塊が蠢く。それは少女だった、邪悪の仲間のホムンクルスであった。彼女は血を吐きながら同胞の邪悪に疑問を投げ掛ける。
「なんで、なんで?邪悪、どうして………?」
「おかしい事を言いますね?仕掛けて来たのは貴方たちでしょう?私が幹部の1人なのはご存知だと、実力差からして私の勝ちは確定だと思いますが」
弱々しく言う彼女に、邪悪は正論で答える。その顔は笑みに包まれており、真面目に返答してるとは思えない。
「違う………違う、そうじゃない」
「?」
「貴方が、制御端末を………渡さなかったから………貴方が、断ったから……でしょ………『混沌の王』に、逆らって………怖くないの!?」
経緯は簡単だった、同胞のホムンクルスたちが邪悪のやり方に疑問を口にしに来たのだ。もう少し上手いやり方は無いのか、と。
それを聞いた邪悪はそれはないと笑って答えた。同胞たちはふざけてると思ったのか、制御装置を渡せとだけ言う。険悪な雰囲気に邪悪は軽薄そうに笑い、
『では死んでください。色々と邪魔なので』
───そう言って殺した。1人は手足を引きちぎり、1人は頭を食い潰して、そうやって殺していく。少女も健闘はしたが、結果は目に見えて明らかだろう。
彼女たちは精鋭とは言えるが、幹部と比べればまだまだ。ホムンクルスとして上位の邪悪に勝てる筈がない。
後少しで命の尽きる同胞の問いに、邪悪は大声で笑った。それはそれは、楽しそうに。
「アハハハ!何だと思えば、そんな事でしたか!貴方は、大きな勘違いをしてるのでは!?」
「…………え、?」
「決まってるでしょう。『怨楼血』が覚醒すれば『混沌の王』でも手出しが出来ない!それほどの存在ですからねぇ、ならばですよ!それほどの存在を支配できるのなら『混沌の王』を殺すのも容易いでしょう!!」
何を言ってるのか分からない、それが少女の感想だった。
自分達を生み出して呪われた誓約を科した存在に敵対する、それ自体が彼女たちには理解に至らないもの。それほどまでに、目の前の青年は異常を為そうとしているのだ。
「そして私は『紅蓮』の制御端末を手にしてる!自害させることも覚醒させることも私の自由!これがある以上、あの忌々しい『混沌の王』は何も出来ない!」
声高らかと言う邪悪はとても楽しそうだった。しかし両目から涙を流している。悲しいから流れる涙なのに、彼の顔は終始笑顔だった。
少女は震えながら邪悪を見た。彼はどこかが壊れてる、人間としてホムンクルスとしても致命的な部分が。壊れたまま放置した結果、他の全てがイカれてしまったように。
「貴方は、何を………企んでるの?」
「些細なものではありません。私情入りの仇討ちですねぇ」
ガバッ!! と地中から飛び出した鮫が少女を喰らった。
目の前の同胞の死を見ても彼の笑顔は消えない。そんな自分に心底軽蔑しながら、彼はやはり笑う。
その顔に本当の喜びが浮かぶ、楽しそうな声で彼は告げる。
「ようやくですよ、『イブ』。この時を待っていました」
────ただ1つの誤認があるとすれば、彼の喜びは複数の感情が入り雑じった……………何処までも歪んだものだが。
ギィィィィン!!!!
凄まじいスピードで迫る骨腕を雅緋は横へと反らした。斬り落とす事は出来ない、彼女の武器である黒刀よりも硬いものの破壊は不可能だ。
そして2本の骨腕による攻撃に大した意味がないと『紅蓮』が察するのは早い。それを前提に行動するのも。
「───kill!!」
近くの壁を足蹴にして、『紅蓮』が跳躍してくる。距離からしても雅緋には届かない。
しかし『紅蓮』は身を捻るように回転した。意味の無い行為ではない、背中にある骨腕が辺りの障害などを軽く吹き飛ばすほどの速度で振り下ろされる。大振りのハンマーのように。
ドガァァァァァン!!!! と。
アスファルトで塗り固められた床が、あっさりと砕け散った。何とか回避できたが、直撃すれば無傷などで済む筈がない。
(この破壊力!秘伝忍法の比じゃないぞっ!?)
改めて雅緋は息を呑み込む。
『紅蓮』の動きは人間のものではない、今まで戦ってきた敵など軽く上回っている。
言うなれば、戦闘兵器。相手を様々な戦略で追い込んでいく兵器と相手をしているようなものだ。的確に迅速かつ、容赦なく雅緋を追い詰めてくる。
「秘伝忍法!【善悪のpuragatorio】!!」
闇のような黒の業火が『紅蓮』を焼き尽くそうとした。雅緋の秘伝忍法、彼女の大技の一つ。これで仕留めに来た、そこまで追い詰められている。
そう判断した『紅蓮』は骨腕を周りへと展開する。乱雑な動きで近くの壁や天井を刻み、粉々に砕いていく。
その破壊に巻き込まれるようにある機器が起動する。何てことの無い火災報知器、無闇な破壊により大量の水を雨のように降らせた。
スプリンクラーを使い消火した。普通の獣や妖魔なら絶対にしないであろう事を、『紅蓮』は戦闘の手段の一つとして行使する。そして万策尽きた雅緋を狩ろうとして────ようやく異変に気づいた。
眼前にいた雅緋が姿を消していた。見失った事に一瞬焦るが、すぐに平常を取り戻す。生命の反応を探ればいいのだ、妖魔たちを狩っていたように────
「何処を見てる?真後ろだ………!」
「─────ごガッ!!?」
振り返ろうと首を向けた直後、黒炎を帯びた拳がフルフェイスに叩き込まれる。ゴォォン!! と高い音が鳴り響く。
雅緋は真後ろに来ていた、そして殴りつけた。本来なら気づいても良かったが、『紅蓮』は勝利の余韻に浸っていた。戦いで失態とも言える行為を犯していたのだ。
勿論、忍の攻撃だとしても鋼鉄の装甲────骨腕と同等の耐久力を持つフルフェイスが壊れることなどない。
しかし、それでいい。壊すのが目的ではないのだから。
「あ、ガっ…………ァ!?」
頭部を抱えた『紅蓮』がよろける。無理もない、強く殴られた装甲の中に響き渡った衝撃が彼の脳を震わせたのだ。軽い震盪に視界が揺らぎ、戦場では致命的な隙が出来てしまった。
当然のこと、雅緋も無事という訳ではない。鋼鉄ほどの装甲を素手で殴ったのだ。痛みというものが神経を伝い、苦々しく感じられる。
しかし雅緋は諦めない。ギッ! と鋭い目つきに気圧されたのか、『紅蓮』は反射的に後ろへと退いた。
「────逃がさん!!」
その上で懸命な彼女は、目の前の好機を見逃すことはしなかった。奥歯を噛み締め、前へと勢いよく踏み出す。ただ覚悟を決めるだけのものではない。
彼の背中から伸びる骨腕をダァン!! と踏みつけた。大したダメージにはならない。だが、
「ガ!!?」
距離を置こうとした『紅蓮』の動きが縫い止められた。背中から伸びる骨腕は彼の身体の一部、押さえられた以上『紅蓮』は切り離しでもしなければ隙は作れない。
「秘伝、忍法ォ!」
黒刀を構える彼女に『紅蓮』は爪を振り下ろす。ザッ!! と服と皮膚を掠り取るが、雅緋は止まらない。
「───【悦ばしきinferno】!!」
至近距離で直撃した、秘伝忍法が。
炎を纏った剣戟は装甲に覆われた『紅蓮』に着実にダメージを与えていく。そして最後の一撃が鋭く突き立てられ、『紅蓮』のフルフェイスを貫いた。
勢いよく地面に叩きつけられた彼が地面に転がる。意識を失ったであろう『紅蓮』に、頬を押さえた雅緋は冷静に指摘した。
「…………確かにお前は強かった。もう少し戦い慣れていたら、私は負けていただろう」
結局、勝ったのはまぐれ───奇跡だと言いたいのだろう。運は実力の内という言葉があるとだが、彼女は簡単には認められないだろう。
そんな中、壁から一匹の鮫が姿を現す。しかし雅緋を襲うとせずに、ギョロ と額の眼を向けていた。ジッと倒れている『紅蓮』を見詰める。
「──────さぁて」
右手の掌で端末を掴み直し、親指で端末を操作する。この場の誰よりも状況を把握しているホムンクルスは『紅蓮』が倒れたのを見ていた。
「そろそろ成長段階ですかねぇ?」
しかし余裕の笑みは薄れない。彼は楽しそうにスイッチを押した。クルクルと回る椅子に腰掛けて、退屈そうに。
ビクンッ! と気を失ってる筈の『紅蓮』が跳ねる。全身にラインが巡り、彼は小刻みに震え始めた。
「命令コード入力────」
膝をつき、四足歩行のままで呻いた。全身に響く激痛に悶えているのかと思ったが、少し違う。
───グジャボギバギメギィゴグァッ!!?
全身の装甲が泥のように液状になるが、すぐに全身を覆い変質した。崩れゆく細胞が、新しいものへ再生し始めている。
変化はそれだけには止まらない。彼の背中から、更に2本の骨腕が生えてくる。合計4本となった腕が、空中で風を切るように暴れ狂う。
フルフェイスが割れ、口のようにバックリと大きく開く。まるで怪物のように、いや怪物へと変わり果てていた。
「─────ギア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
『第二形態』、又の名を《準中体》。その姿は人から欠け離れているだけではなく、着々と異形となりかけていた。完全体である自らの進化形態、巨大妖魔へと。
「進化してるのか………!?戦いの中で!」
流石の雅緋も気づけないほど鈍くはなかった。だからこそあまりにも強大すぎる絶叫に気圧されたのも事実だ。
崩れかけた建築物の一部が落ちてくる。丁度雅緋のいる場所に目掛けて。忍であろうと受ければ無傷で済む筈がない。
だが、横から突き飛ばされた。そのお陰で崩落に巻き込まれずに助かる。息を整えた雅緋は感謝を述べようと助けた人物の顔を見る────そして、言葉を失った。
「焔!?」
「よく分からないが、助けたぞ」
傷が残っているとはいえ、ボロボロな焔がそこにいた。呆然とした雅緋だったがそれも無理は無いだろう。まさかこの場に来るとは思いもしなかったのだから。
そんな彼女はピクリと反応する。人のものとは思えない呻き声が耳に入った。普通なら反応しなかったが、焔が気づいたのには理由がある。
────知っている青年と、怪物が重なって見えたのだ。
「……………ぐ、れん」
「ゴギャ、ォォォォォ………!」
現状、その姿が変わり果てている『紅蓮』に焔は思考の奥底が熱を帯びた。家族同然の仲間があんな風になったのを見て、怒りを覚えない人間はいない。
だが、それよりもやることがある。
「紅蓮、一体どうしたんだ!?私だ!焔だ!!」
必死に呼び掛けても返事はない、応酬としてか骨腕が周りを容赦なく薙ぎ払った。獣すら怯えさせる雄叫びをあげながら暴れる彼に、焔は唇を噛み締めた。
そんな彼女の肩を雅緋が掴む。止めようとしてるのではなく、自分の知る情報を与えた。
「………さっき奴、いや『紅蓮』の口から命令コードと出てきた、それから突然姿が変わった」
「まさか………!誰かに操られてるのか!?」
ならばこの事態も納得できる。だが理解できただけでは意味がない、まずはどうにかしなければいけないのだ。
「焔、私は操ってる奴を探し出す。この学園の何処かにいるのは確かだ!」
「大丈夫なのか、そう簡単にはいかないぞ」
「何としても見つけるさ………焔!お前はどうするんだ!?」
「……………私は」
向き直った焔の前で赤黒い塊が動く。ユラリと、巨大な影のように。
赤黒い先程よりも大きく太く、強靭になった4本の骨腕。手足は赤黒い装甲に包まれているが成長しているのは目に見て分かる。そして目も鼻も無い、歯が剥き出しになった口が怪物としての風貌を掻き立てていた。
その怪物が此方を見た。生々しい息を吐き、静かに唸っている。
「アイツを止める。これ以上、無茶させる訳にもいかないしな」
最後の刀を引き抜き、『紅蓮の焔』はそう宣告する。同時に彼女の心の奥底で怒りに震えていた。激情を闘志へと変え、彼女は踏み込んだ。
望まぬ殺戮を強いられ、望まぬ怪物になろうとする青年。多くの殺戮を増やしてしまうであろう彼を、止めるために。
両備と両奈たちからはぐれたラストーチカは校舎の中を歩いていた。襲いかかる妖魔たちをサーベルとも言える双剣で削り斬っていく。滑らかな動きで一体を数秒で処理していた、明らかな強者の立ち回りで。
(妖魔『怨楼血』、か)
その存在の名を、ラストーチカは記録していた訳ではない。単にこの学園内の情報が彼に行き渡っているだけだった。だからこそ、今現在蛇女子にいる怪物についても旧知している。
しかし彼の顔色が優れない。歩くのを止め、近くの壁に背を預けながら、思考に明け暮れる。
(…………おかしい)
彼は忌々しそうに顔をしかめる。サーベルを振り払い汚れを落とし、鞘の中へと仕舞い込む。
(妖魔は確かに凶悪な存在、だが先生は妖魔は忍が倒すと定めている、そう言う人だ。なら、何故わざわざ災厄と評していたんだ?)
ラストーチカは推測する。彼自身が一部の疑問に謎を抱いていた。
確かに強力ではあるが、それならば正規メンバーたちが動けばいい話だ。ユウヤではどうだか分からないが、No.3以上の者たちなら簡単に済む。
そんなものをNo.1、彼の先生が災厄などと評価する筈がない。寧ろトカゲなんて扱い方だろう、ならばもしかすれば……………。
(まぁいい、俺のやることはただ一つ──────小より大を優先する、人々を守る)
誰かに見られないように物陰へと隠れ、ラストーチカはポケットに手を入れた。その中にあるタブレットを、静かに動かした。リズムよくアルファベットを打ち込み、モールス信号のように形を為す。
その信号は何処に向けられたものか、それは真上。空高くを越え、大気圏…………宇宙にある物体、星を刻んだ衛星に届いた。
───当作戦の指揮官 ラストーチカ様からの伝達。受信信号 『x-13 ,code=STAR』、最終権限の使用を確認。三星審判裁定開始、
人類防衛機構:
敵性殲滅機構:
中枢統括機構:
最終討議、結論────決定。
これより『
標的は秘立蛇女子学園内で確認された謎の生命体。エネルギーから妖魔と酷似している事が確認されます、情報によると血界内部の妖魔と忍の血を吸収していることが判明。
成長過程の内に────抹殺せよ。