閃乱カグラ ケイオス・ブラッド   作:虚無の魔術師

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百一話 (すす)む者と(とど)まる者

邪悪からして、ホムンクルスとして生まれた事に不満などは無かった。別に嬉しいという事もなければ、不満もない。結局、彼は自分の生き方になんら興味を抱いていなかったのだ。

 

 

 

 

『シャーくん!またあれ見せて!イルカさんたち!』

 

『………………(嫌そうな顔)』

 

自分よりも明らかに年下の少女は元気爛漫な様子で飛びかかってくる。背中にのし掛かる重さに邪悪は不愉快そうに顔を歪め、少女を適当に払い除けた。グルグルと転がったはニコニコと笑い、投げ飛ばした邪悪に近寄る。

 

 

 

 

少女の名前は『ファイブ』。

ここにいるホムンクルスの大半と『混沌の王』は彼女をそう呼ぶが、邪悪は受け入れられない。番号で呼んでるみたいで嫌だからだ。

 

だからこそファイブから取って、『イブ』と呼ぶことにしていた。彼女はそれが嬉しいらしく満足だと言っていた。

 

邪悪の能力はサメなどの海の生き物を生み出す力。しかし使い方では子供を遊んだり出来るのだ。本人にやる気はないが。

 

 

 

『やれやれ、お前もよくこんなのが好きになれるな。サメと似たようなもんだぞ』

 

何だとテメェと言うようにイルカの一匹が邪悪に小突いてくる。そもそも話す訳がないだろうとかそういうのは止めて欲しい。

 

 

 

『シャーくんっていつも笑顔だよね。何か楽しそう』

『好きでこんな顔になるもんか、頼めるなら今すぐ変えたい』

 

邪悪たち一部のホムンクルスは、一つの感情に傾向してるらしい。邪悪は『喜び』といった感情、最も彼自身が喜んではいない。

 

 

当然の事ながら、偽物の感情に負ける訳がない。彼の本心は何処から見ても全てに無関心なのである。例外があるとすればイブの事くらい……………鬱陶しいと考えた事ぐらいだ。

 

 

『そう?私、シャーくんの笑顔好きだよ?だって私も元気なってくるもん!』

 

くだらない、と邪悪は呆れた。目の前の少女は苦手と思えるほど元気が有り余っている。複雑な感覚に何と言うか説明しにくい感情があった。

 

 

 

 

そして数日後。邪悪はつまらなさそうに過ごしてる最中の事だった。なんてことない、ある違和感に気づいたのだ。

 

 

(イブの奴襲いな。もうそろそろ来ても良い時間だが)

 

不安に思い、咄嗟に捜索に動いた。何かあったのでは、といった疑心が心にあった。だからこそ必死に探していたら、

 

 

 

────白い担架に誰かが乗せられていた。布を掛けられていて分からないが、真っ白な布が赤で汚れていた。それは二人組によって運ばれていく。

 

 

そして隙間から垂れたホッソリとした腕。それは少女のものに見え、見覚えがあった。

 

 

『…………イブ?』

 

呆然とする邪悪はどういうことかと思った。あまりの事に脳が理解を拒んでいる。正常な判断が出来なかったのかもしれない。

 

きっと悪い妄想だ、そう思いながらイブを探した。しかし何処を探しても見当たらない。一時間探していると、

 

 

 

 

『さっそくだが、ファイブが死んだ』

 

自分たちホムンクルスのリーダー アルトは息でもするようにそう言った。言葉を失う邪悪に向けて、平坦な様子で。

 

 

『この、個体?』

 

『………「紅蓮」、ファイブはその五番目だ。訳あって造られたらしいが、どの個体も一ヶ月以内に死ぬ。王さまは何故あんなのを作ってるのか分からないがなァ』

 

 

そうして、彼女の亡骸は王に回収された。間違いなく処分されたのだろう。遺骨の存在すら分からなかった。

 

 

 

彼女の死に、邪悪は人知れず泣いた。山の中だとしても、関係なく。全てに無関心であった彼が、初めて悲しみの感情を知った時だった。

 

 

『…………イブ、なんで………』

 

脳裏に浮かぶのは元気な女の子の姿。もっと生きられる筈だった少女の顔。

 

その記憶の数々が、邪悪を激しく追い詰めていた。

 

『なんでお前がッ!死ななきゃいけなかったんだ!?まだ、やりたいことは一杯あっただろうに!』

 

 

 

 

 

 

たまたま、水溜まりに視界が向き────

 

 

『──────あれ?おかしいな?』

 

違和感に気づいた。そっと手が自分の頬に伸び、顔を動かす。それでいて、やっとその異常を理解する。両眼から溢れるように涙が流れている、顔もクシャクシャに歪んでいる、

 

 

 

 

 

筈なのに。

 

『なんで……………笑ってるんだよ?』

 

歪んでいた顔は、悲哀にではない。楽しそうな笑みを浮かべていた、泣いているにも関わらず。

 

 

 

 

かつて作られた時に、『混沌の王』が───自分自身話していた『機能』について。

 

 

 

どんな的でも笑顔でいてしまう『喜び』という感情に。

 

 

 

『…………へ』

 

小さな笑いが漏れた。

吹き出したようなものだった。

それと同時に全身が小刻みに震えている。掌までも、喉の奥までもが────────そして、

 

 

 

 

 

 

『ああ ぁ あ゛ぁぁぁああァあぁ あ ぁ────! はは!?イーッひはッ!ひはゃははははははははははははははははははははははははははははははァァァ!!!』

 

 

耐えきれなかった、ついに折れてしまった。押さえ込んでいた激情が限界のダムのように決壊し、大きな波が全てを呑み込もうとする。

 

辺りに響き渡った笑いは正常なものではない。真実の感情が偽物の感情に塗りつぶされた感覚が、闇のように彼の心を覆っていく。

 

 

酷い、こんなのはあんまりだ。どんなに人を殺すことの覚悟を決めてきた、最愛の彼女の死も味わった…………なのに、それを嘆くことも許されないのか?泣きながら後悔を叫ぶことも出来ず、こんな風に生きろと?

 

 

 

『こんなの、こんなの…………イブを殺したアイツと同じじゃないかァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』

 

 

彼は嘆く事しか出来なかった。ホムンクルスである彼は、ただ憎むことしか叶わない。そんなしか出来ない自分を、呪うのが精一杯だ。

 

 

 

 

 

 

『─────それで良いの、君はさぁ?』

 

 

見上げると、木の枝に誰かが立っていた。凄く細く、人が乗っていれば折れそうな程脆弱な枝の上で、軽々とした動きで。

 

赤黒く禍々しい配色の布切れを纏い、笑顔のマスクを被った存在────カオス。不愉快に思うよりも前に、とある感情に囚われた。

 

自分たちの王とは違う意味での恐怖。何なのか分からない不安や怪訝というものが一切排除されていた。

 

 

『何もかも殺してみないかい?全部、この世界に生きる全てをさ』

 

歌うように言うカオスに、邪悪は心の奥底が震え上がる感覚に陥った。ズレてる、この怪物は自分達とは明らかな意味で別の立ち位置にいる。

 

 

『さぁ君はどうする?このまま道具のように使い捨てにされるか、あるいは僕の言う通りに全ての生物の殺戮者となるか。

 

 

さぁどうする?彼女の為に、世界の敵になる覚悟が君にある?』

 

愉快なものを楽しむ悪魔の囁き、それがひび割れた心の隙間に入ってくる。ポッカリと空いた穴を埋めるように、憎悪と狂気が膨れ上がっていた。

 

 

そして、いつの間にか手を取っていた。この時から、彼女を思っていた自分は死んだのかもしれない。

 

 

 

だからこそ、彼は楽しさに溺れる(仮初の)自分を演じた。まるで道化師のように滑稽で、その度に大切なものが掌から零れ落ちるように感じられる。

 

 

けど止められなかった。止まろうとする度に、いない筈の悪魔が囁くような声が響く。前に言った時と同じことを。

 

 

 

 

────そしていつの間にか、狂気に染まっていた。もう戻れない深層へと。

 

 

 

 

 

 

壁から天井、床へと動いていく。それは目に追えぬ速さで泳いでいく。………いや、地中を泳ぐという話があるのか分からないが、現実はそうなのだ。

 

 

 

「雅緋!私の邪魔をする者は当然ながら、この学園の奴等は全員殺す!まずは貴方からだ!!」

 

響き渡る声と同時に、鋭い何かが飛んでくる。雅緋はすぐさま回避を取ることで避けきれた。弾丸のように飛んできたものは壁に食い込んでいたが────、

 

 

 

「クッ!?これは………トビウオか!」

「えぇ、それとご注意を。私のトビウオは肉を食べますからねぇ?貴方のような女性の肌も、軽々と食い千切りますよ!」

 

それに続いて肉食トビウオが飛来してくる。一匹だけではなく、何匹も。

 

 

しかし雅緋は走りながらそれらを避けきる。それでも数匹が襲ってくるが切り捨てながら進む。少しでもスピードを落とせば狙い撃ちにされるであろう。

 

 

そしてピタリと、トビウオの雨が止む。一瞬の静寂に雅緋は息を整える。その背後の壁に水溜まりのような波紋が広がった。

 

 

 

「────シャッ!!」

 

地中から飛び出すように、邪悪は腕を振るう。刃物の如く鋭利な爪は空気を切りながら、雅緋の首筋に向かおうとする。

 

 

しかし、雅緋の動きも最適だった。

一瞬で身体を捻り、邪悪の爪が通りすぎる。そのまま姿を現した邪悪目掛けて刀で斬りつけた。

 

 

「ギギャァ!!?」

 

傷口から血が溢れ、邪悪は慌てた様子で呻く。そのまま潜ろうとするが、そう簡単に逃がす訳にはいかない。

 

更に踏み込み、雅緋は追撃を行う。無抵抗な邪悪はそれに口を開き、

 

 

「─────掛かりましたね」

 

呟くと邪悪は大きく口を開けた。バックリと、ワニやサメのように。その口内には半透明な力が反響している。

 

超音波と呼ぶべき力が。

 

 

 

「【ヴォイス・クラッシュ】!!」

 

口から溜め込んでいたそれを噛み砕き、周囲へと四散させる。それは巨大な衝撃の爆発となり、全ての空間を叩く。連鎖的な破壊を引き起こし、雅緋に直撃させた。

 

 

「ガァ、ハッ!?」

 

バゴン!! と雅緋は弾け飛ぶ。壁にぶつかる事で呼吸が詰まり、血の塊が吐き出される。肺から全ての酸素が抜けることで息がしにくくなっていた。

 

 

ゴホゴホと咳き込む彼女に向けて、邪悪はあっさりとした様子だった。反応のしようが無いのかもしれない。

 

 

「諦めた方がいい、皆救うことなんて出来ないのです。今代の『紅蓮』を犠牲にしてしまうのは少し悲しいですが」

 

楽観的に言う彼の言葉は何故か説得力があった。それは経験がある者だからこそなのかもしれない。

 

先程雅緋に斬られた傷口が既に閉じていた。それどころかその傷すら無くなりかけている。ホムンクルス特有の強力な再生力。

 

「ファースト、セカンド、サード、フォース、ファイブ…………いや、『イブ』。今までの『紅蓮』は『怨楼血』降臨の器になれなかった。負荷に耐えきれずに全員が死んだ、再生することも叶わずにね」

 

この世界(こちら側)では命の価値は軽すぎる。代用できる消耗品のように。

 

 

「仕方ありませんよ、私だって諦めたんですから。『イブ』を救えないから彼女の代わりに全てを殺し尽くすと決意したんです」

 

 

だからこその復讐。彼には決意があった、大好きだった少女に嫌われようと殺戮を止めない。より多くの人間を殺して見せると。

 

 

それは復讐、最も自分すらも殺すつもりのものだ。そうでもしなければ意味がない。甘い覚悟で戦っているのではないのだなら。

 

 

「貴方だってそうでしょ?誰かを救えないから、代わりに妖魔を倒す────カグラを目指した。それが全ての生き物を皆殺しにする私と、何の違いがあるのです?」

 

単なる八つ当たり。

正当性のあると見せかけた正義。

彼はそう言いたいのだろう、そんなものに比較基準などあるのか。綺麗事に塗り固めたそれに、なんの正しさがあるのか、と。

 

 

「結局、そんなものですよ。貴方も私も、そのようにしか生きられない─────まぁ同情しますよ。………いや、情けは掛けませんがね」

 

 

パチン! と両手の指を鳴らす。すると彼の隣からイルカが浮き出してきた。額に目玉のあるイルカ、しかも一匹だけではなく群れをなしている。

 

 

 

「跡形も無く吹き飛べッ!【サーペント・インパクトカノン】!!!」

 

数十を越える超音波が炸裂する。一つだけでも洒落にならないというのに連鎖的な爆発のようにも思える。

 

それだけで十分だった。

圧倒的な破壊が、雅緋を呑み込もうとする。普通に受ければ即死、防御したとしても致命傷は免れない一撃が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バゴォォォォォン!!!

 

 

凄まじい震動が大地を揺らす。辺りに白い砂煙が舞い、視界を遮る。しかし数秒で周りが明白になっていた。

 

 

ボロボロになった雅緋。少し逸れたのか、目の前の地面が消し飛んでいた。だが重傷であるのには変わらない。

 

 

「……………キ」

 

最初に笑ったのは邪悪だった。勝利の笑み、にして少し汗が多い。歯がカタカタと震えてもいる。

 

 

 

直後、彼の手元から何かが落ちた。ドチャ!と生々しい音をたてて。赤い液体を散らしながら、地面を跳ねる。

 

 

 

────正体は、邪悪の右腕だった。断面は切断されたというよりも焼かれたような焦げている。断面からは血が出てない、出血は衝撃波に巻き込まれたのを意味する。

 

 

邪悪は苦しそうに口を閉ざしながら腕を押さえる。苦痛に叫ぶよりも先、言葉が向けられた。

 

 

「────右腕を、貰ったぞ」

 

血塗れの雅緋が笑みを浮かべる。意趣返し、そんな風に挑発を返した。

 

 

 

───何が起こったのか、簡単なものだった。

衝撃波が放たれる直後、雅緋は忍法を使ったのだ。鋭い一点を狙った突きを。

 

邪悪の腕を穿ったと同時に爆炎の爆発が起こり、邪悪の超音波攻撃を軽減させた。勿論封じることは出来なかったが、互いにダメージを受けたので、何とか上手くいった。

 

 

 

「……………」

 

笑顔が。

抜け落ちる。

生涯望んでいた事が叶ったことに喜ぶことは出来ない。沸き上がる感情が目の前の現実に圧殺されたのだ、更にどす黒い感情が滲み出る。

 

 

 

「…………さっさと死ねよ、クソが」

 

「悪いが、出来ない相談だな」

 

最早表面なんて投げ捨てた乱雑な言葉。あまりにも壊れに壊れ果てた彼の心。それを前にした雅緋は、静かに告げる。

 

 

 

「…………お前は言ったな、私と違いはあるのかと」

 

ピクリ、と。邪悪の方が動きを止めた。落とされた腕を踏み潰し、灰へと変えた邪悪はギロリと彼女を睨む。鋭い殺気、憎悪が向けられるのがヒシヒシと感じられた。

 

 

「あるにはあるだろう、お前にあって私に無いものだ」

 

それ以上答えを言うつもりはない、意味は話すまでもない。目の前の彼も理解したのか、苛立たしく顔を歪める。

 

 

邪悪(シャーク)、お前は私だ。大切な者を失い、何かを憎み続け、全て(妖魔)を殺そうとする────大いに違えど、その在り方はかつての私と同じものを感じさせられる」

 

無言の笑いがあった。自身を比較されたことに何か感じることでもあるのかと思ったが、違う。

 

小刻みに震える男から、形容しようがない怨念がドロドロとこぼれ出る。

 

「………それがどうした。何が言いたい」

 

「過去を乗り越えられず、それに囚われているんだ。私もお前も……………だからこそ感謝する、お前に教えられたな」

 

 

そんな彼女の髪は白ではなく黒に染まっていた。何時変わったのか気づかなかったが、どうでもいいのかもしれない。

 

剣を振り払う雅緋の背中に漆黒の翼が出現した。天使………と言うのは違う、堕天使のようだ。そして黒髪に白いメッシュが刻まれ、

 

 

「しかし、私はもう過去などに振り返らない。妄執に駆られたりしない。

 

 

 

 

私は未来を選ぶ。仲間たちと共に進む────そんな明日を選んでみせる」

 

 

 

Divineジャッジメントモード、又の名を深淵の雅緋。

 

過去を乗り越え、覚醒へと至った雅緋が君臨する。鏡に反射したもう一人の自分と相対し、決着の時は始まった。




タイトルの意味はまぁ単純です。

(未来に)進む者────雅緋。(過去に囚われ、周りを)妨げる者─────邪悪。

これらですね。(単純ですみません)
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