閃乱カグラ ケイオス・ブラッド   作:虚無の魔術師

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百三話 立ち止まることなく

───数年前の死塾月閃女学館。

 

この時期、選抜メンバーである筈の雪泉たちはまだ月閃には在学しておらず、黒影の元で過ごしている。

 

そんな中、一人の青年が廊下を歩いていた。灰色という月閃の制服を着ているが、背中まで伸びた長髪も灰色という一般的には見られない特徴を持つ人物だ。

 

そんな彼は刀を背中の鞘に納め、退屈そうに欠伸をしていた。

 

 

「選抜メンバーね…………ま、なれたのは良かったかな」

 

彼は忍学生であり、今度の選抜メンバーに選ばれた有力者である。少女の比率が多い善忍養成機関の一つ、そしてエリートとしても名高い月閃の選抜になれたのは、名誉あることだろう。そしていずれは半蔵や黒影などと言った有名な忍びになりたいと────

 

 

 

 

────微塵にも思っていなかった。

寧ろ善忍と悪忍というものに矛盾すら感じていたのだ。互いに争い合い、無駄な殺生を行う存在。そうとしか評しようが無かった、故に彼は全てに興味を持とうとしない。意味がないと断じてるので、期待する事がないのだろう。

 

 

少し前に黒影という男がどんな人物だったかも知ったが、感想はありきたりなものだった。

 

つまらないな、と。

単直にそれだけ、それ以外の事を感じることが出来なかったのだ。同時にその事を心から気にするつもりがない。……………無気力、それが彼の生き様だった。

 

 

 

「うふふ、新入生の子ですか?」

 

そう、彼女に会うまでは。

凛々しい顔立ちでおっとりとした優しそうな女性。自分とは似てる灰色の制服を着ている事から先輩だとすぐに分かった。

 

だからこそ、灰瀬は問い掛ける。その片手に刀の柄を取りながら。

 

 

「………アンタが選抜筆頭だな?」

 

「えぇ、そうです。………何かありますか?」

 

「俺と勝負しろ、選抜筆頭の実力を知りたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「ごめんなさい、大丈夫?」

 

惨敗だった。善戦できたとか後少しで勝てたとかの話ではなく完全なボロ負け。

 

圧倒的な実力差に灰瀬は仰向けになっていた。何も言わず無言で青空を見つめている。始めてとも言える敗北なのに、何故か気分が落ち着いていた。

 

 

だからこそ起き上がるや否や、

 

「……………いえ、先輩。先程のご無礼を詫びます、申し訳ありませんでした」

 

目の前に女性に頭を下げた。自らの非礼を謝り、改めようと思ったのだ。昔からの彼をよく知る者なら目を疑い、夢だと確固たる意思で納得するだろう。

 

 

なんせ彼はそういう人物だったから。昔から、誰に勝とうが負けようが何も変わらない。そんな人間である彼の変化は、あまりにも衝撃的だろう。

 

 

「それと、どうか教授していただけないでしょうか?貴方の強さを、何故そこまで強いのか」

 

「いいですよ。けど、あまり堅苦しいのは大変なだけよ?」

 

あっさりと承諾され、「感謝します」と返す灰瀬。彼の変化の理由は─────認めたからだ。目の前の人には、何度挑んでも敵わない。ならその強さを知るのが当然だろう、そんな考えもあるが、純粋な尊敬もある。

 

 

「私は両姫、貴方の先輩になるわ。よろしくね、新入りくん♪」

「灰瀬です、御師事をお願いします───両姫先輩」

 

 

それが灰瀬にとっての転機だった。彼女、両姫の師事を受けて彼は忍としての腕を鍛える。それだけではなく、多くの事を教わった。

 

 

何もかもに無関心であった灰瀬の心が、少しずつ柔らかくなっていく。冷えきっていた氷が融解するように、生暖かいものへとなる。

 

 

強い忍になろう、と灰瀬は誓った。多くの人を救いたいという考えもある。だが何より、両姫を支えていきたいと思ったのだ。この人の元で、立派な忍になろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その実力が活かされる事はなかった。ある依頼の最中、両姫と共に灰瀬は任務を行っていた。妖魔の群れの討伐だ、普通なら簡単に終わる筈だったが、誤算が二つほどあった。

 

 

一つは、二人の悪忍と出会ったのだ。名を“雅緋”と“忌夢”と言っていた。善忍と悪忍は敵同士、両姫に止められなければ殺し合いをしていた可能性があったかもしれない。幸いだったのは、彼女たちも妖魔の群れを追っていたこと。

 

 

 

 

そして、もう一つの誤算は─────甘く見ていた。

 

 

現場に向かうと、無数の妖魔の亡骸が散乱していた。全ての個体が無慈悲に殺されていた、あまりにも圧倒的な力の差で。

 

倒したのは善忍でも悪忍でも、妖魔でもない。────もっと恐ろしい存在だった。

 

 

 

 

『────ヒトが、我の前に立つか。ククク、面白いぞ。この世界はまだ捨てたものではあるまいな』

 

亡骸の山の上でその男は興味深そうに笑っている。単身で妖魔の群れを殺戮してみせ、疲弊すらしない怪物。全身を布切れで包んでいる為、どんな姿かは分からなかった。

 

 

 

だが、この世界で最も強大な存在の一つだと言うのは確信する。もう一つの言い方では、神と呼ぶべきモノ。

 

 

『────だが、悲しいな。今のヒトは我には勝てぬ、それは必然なる理であり、忌むべき呪縛である。

 

 

 

 

 

貴様らに分かりやすく聞こう─────たった数人が全てを束ねる世界に敵うとでも思うか?』

 

 

怪物は自らを■■■と名乗っていた。

それが何なのか、記憶自体が失くなっている。思い出そうにも思い出せない、そこだけが謎の穴が開いていた。

 

 

そして、二人は殺された。一瞬で、まるで神の神罰を受けたかのような理不尽が二人を襲う。

 

両姫は下半身を消し飛ばされ、灰瀬は心臓を穿たれた。あまりにも容赦なく、慈悲すらない。二人は簡単のその命を奪われそうになっていたのだ。

 

 

 

『……………ぅ』

 

『───せ、ん……ぱ』

 

灰瀬は必死に手を伸ばした。この世で誰よりも敬愛し、誰よりも憧れた───一人の女性へ。しかしその手は後少しの所で届かない。

 

これ以上苦しめたくない。この地獄が夢ならば、幻ならば、今すぐに覚めてほしい。あの時の平和の光景が戻ってきてほしい。信じてはいなかった神様に願い、祈るしかなかった。

 

 

『…………ごめん、ね』

 

ピタリ、と動きを止める。

瀕死の両姫の口から溢れた言葉だった。もう助からない筈の彼女から漏れた言葉に、灰瀬は言葉が出ない。

 

 

 

『両備ちゃん、両奈ちゃん………置いて、いっちゃう…………ごめ、ん…………ね─────』

 

話に聞いてた家族への言葉。それが後悔に満ちた謝罪、彼女はそれだけ口にしていた。

 

 

そして────動かなくなった。魅力的な体は冷たくなり、文字通り正真正銘の死体となる。

 

両姫の死を目の前で見届けた灰瀬。彼は呆然としていたが、数秒後に我を取り戻す。

 

 

 

 

 

 

『あ、ぁあ…………あ゛あ゛あ゛ぁァァァァァアアぁぁぁぁぁぁぁあアアぁァぁぁぁぁぁッ!!!!』

 

喉の奥から、咆哮に近い絶叫が張り裂ける。死にかけの体を動かし両腕で地面を殴りつけた。血の滲む感覚があろうとそれを止めなかった、そんな惨めな事しか出来ない自分に嫌悪と義憤しかない。

 

 

許さない、殺してやる。

そう言った呪いにも近い断末魔をこの世界に刻み込む。無意味だと知りながらも、彼は憎悪の炎を煮え滾らせた。最後の最後まで全てに憎しみを抱きながら───灰瀬は死んだ。あまりにも呆気なく。

 

 

 

 

そして、彼の死体は回収された。例の組織───『混沌派閥』に。

 

両姫の死体は破損が激しかったことから放置されたが、灰瀬の死体は心臓に穴が開いた程度。それが明確な基準だったらしく、そのまま彼等の手に渡った。

 

 

何に…………何の為に使うかは、聞くまでもない。

 

 

 

『この肉体、やはり器に相応しいな。使いようは十分にある………丁度いい、カイルにでも預けよう。成長の手筈は取ってくれるだろう』

 

死体を素体としたホムンクルスへの新生。ただのホムンクルスではなく、怨楼血の器となる『紅蓮』に選ばれた。

 

 

そして、利用される為に生き返ってしまった彼は蛇女子にて目覚める。同じように、王に利用されている男の配下として。

 

 

 

 

 

 

 

────それが彼の真実。ホムンクルスとして生まれ変わる前の話。

 

 

真っ暗闇の空間の中で彼は黙っていた。何を言えば良いのか分からない、言葉に詰まっていたのだ。

 

かつての自分の在り方、それが悲しくも儚いもの。自分自身のものである過去が、彼の胸に突き刺さる。

 

 

 

 

「…………尚更、駄目じゃないか」

 

しかし彼は進めない。後一歩でも動けば元の世界に戻れる。彼にはそのチャンスがある────だが、そう簡単に出来るものではない。

 

 

 

「一度死んだ俺に、チャンスがあるなんて。そんなの………理不尽すぎる、他の皆も────もっと生きたかっただろうに」

 

彼は、優しかった。

自分以外の者を優先してしまうほどに、その心は他者に善意を向けている。

 

 

だからこそ、なのだろう。

明らかに躊躇する。正しいとされる事実が揺らいでしまう。どれだけそれに問題が無かったとしても、善意のある彼の心がそれを締め付ける。

 

 

自由に動くのを許さない軛のように強く、深く。前に進むことを封じていた、自分自身が。

 

 

 

 

 

 

「────やれやれ、そんな事を気にしてるのか?君は」

 

心底呆れたような声が投げ掛けられる。

声の主は案外近くに立っていた。顔半分に刺青を入れた少年。

 

 

彼は知らないが、修羅と名乗っていたホムンクルス。焔のクローンのような存在で、全てに怒り、全てを憎悪のままに滅ぼすと叫んでいた人物だった。

 

彼の告げた言葉は怒りに満ちたものではない。寧ろ、それとは真逆とも言える言葉だった。

 

 

「正直言うと、ホムンクルスたちの多くは君の事を恨んだりも妬んだりもしてないよ。これは僕たちの総意だ」

 

「…………」

 

「むしろ君は自分の手で自由を得た、僕たちに出来ない事を為して見せた。だったら幸せになるチャンスはあるはずさ─────まぁ焔の為にも、君はいないと駄目だからね」

 

 

最後に付け足し、彼は軽く激励する。その顔は晴れやかで憑き物が落ちたようにやんわりとしていた。肩を小さく押され背後を見るが、少年はこの場からいなくなっている。

 

 

 

代わりに、今度は少女が立っていた。自分よりも年下であると思われる。

 

彼女は、望と名乗っていたホムンクルス。ある忍の少女の妹だったが、その遺体から造られた存在。

 

 

「私たちは何も叶えられずに死んじゃった。だけどお兄さんまでが気負ったりして苦しんだりしないでね?」

 

「…………」

 

「皆が皆、この世界を恨んでる訳じゃない。希望を託したいと思ってるから、私たちは貴方に話に来たんだよ」

 

 

儚げに言う少女は小さく笑う。彼が何かを言おうとした直後、いつの間にか消えていた。空間そのものからかき消えたように。

 

 

そして、灰瀬の目の前にもう一人が現れる。言葉を失ったというよりは、声が出なくなったようだった。固まる彼の前にいたのは、

 

 

「両姫………先輩」

 

口にした自分の声帯が震えている。目の前の女性は、自分が何よりも憧れ、支えたいと思っていた人。そして目の前で殺され─────憎悪を抱きながら死んだ彼は『紅蓮』へと選ばれた。

 

 

きっと彼女は望まなかったであろう、きっと彼女は許さないだろう。

 

どんな風に罵られるか分からない、灰瀬は何を言われてもいいように拳を握り締める。皮膚に爪が食い込み、血が溢れようと。

 

 

 

「私はもう死にました。あの日、忍として───両姫として」

「………っ」

 

彼女の言葉に彼は悔やむように俯く。自分だけが生き残ってしまった罪悪感に支配されていた彼に、両姫は頭に手を添えた。

 

何を………と言おうとして言葉が出ない灰瀬に、両姫は微笑んだ。それは、彼が守りたいと思っていた慈愛に満ちた優しい笑みだった。

 

 

 

「でも、だからと言って…………私たちの事ばかり気にしないでね?貴方は今生きてるんだから、皆を助けてあげないと」

 

「…………はい」

 

灰瀬は短く、そして強く頷いた。弱りきっていた彼の心に温かさが戻ったような感じだった。

 

 

灰瀬はゆっくりと立ち上がる。一点を見据える。全く見えない暗闇の向こうを見つめていた。

 

やるべき事を為す、その覚悟が身に染みてくる。

 

 

「一つだけあるとすれば─────両奈ちゃんと両備ちゃんに伝えくれる?………“無茶をしないで、二人で頑張ってね”って」

 

それだけで、女性の姿が消失した。この空間の何処かへ溶け込んだのだろう。沈黙の間、灰瀬は背を向けて進み始める。

 

 

灰瀬は一歩進む。この暗闇の中を、確実に進んでいく。その歩みに迷いはなく、その瞳に躊躇はない。

 

自分の背中を押してくれた人たち。死んでしまった彼等に、彼は言葉を残す。後ろを見ず、それでも誠意を込めた言葉を。

 

 

「────ありがとう、皆。こんな俺を支えてくれて。

 

 

 

 

 

 

今から戻ります、大切な皆の所へ」

 

踏み込めなかった筈の一歩を、彼は続ける。怨嗟や呪いの言葉により縛られていた彼の優しい心は、祝福と激励の言葉によって解き放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

【……………──?】

 

怨念の塊が、それらから生み出された何かが声を漏らす。しかし言葉になっていない、理解が出来ない言語だが、彼は気にしない。

 

 

 

「終わりだ、『怨楼血』」

 

彼は見据える。自分を苦しめ、世界を引き裂こうとする妖魔を。自分たちの負の感情により目覚め、より多くの命を奪おうとする災厄に。

 

 

 

「死者が抱くのは怨みだけじゃない、残された者たちへの心配、希望があるんだ。皆が皆、心の底から祈ってる。怨念なんてもので皆の気持ちを書き換えるなよ」

 

【──!───────!!】

 

 

鋭い怒声が身体を引き裂く。黙れ、お前に何が分かると叫んだのだろう。凄まじい力が彼の精神を蝕み、今度こそ飲み込もうとする。

 

 

しかし、彼は折れない。二度とそんな事はありえない。近くにあった刀を手に取り、炎を纏わせる。灰瀬は退かない、決して。

 

 

「俺は!お前を否定するつもりはない!お前たちの怨念は間違いじゃない!」

 

【!!】

 

「でもそれだけを見ないでくれ!皆の心が、何かを憎むだけだと決めつけないでくれよ!人を思いやり優しいものがあるって事を信じてくれ!!」

 

 

炎の剣で『怨楼血』を貫く。刀に帯びていた炎が、それらを大きく包み込んだ。焼き尽くすのではなく、優しく覆っていく。

 

 

 

炎が消えたと思えば、一人の女性が立っていた。知らない人物、だが紅蓮は本能的に理解する。

 

 

 

 

彼女は『怨楼血』だ。妖魔だが、人の姿をしているのには何か意味があるのかもしれない。

 

どうしようもないという笑みを浮かべ、女性の身体が黒の粒子へと変わる。その粒子は空に消えることなく、灰瀬の胸へと包まれる。

 

 

倒したのか?そう思う灰瀬は、誰かの声を聞いた気がした。

 

 

なら見守るよ、お前の言う優しさを、と。

 

 

 

 

 

 

 

『─────ここまで来たのね……………おめでとう、貴方は乗り越えられた。私たちとは違う、もう一つの道筋を』

 

白いワンピースを着た五人の少女たち。その一人、最年長と思われる女性が静かに呟く。慈愛に満ちた彼女の声に、他の少女たちも同じように頷く。

 

 

 

『─────私たちはやっと解放される、この永遠の呪いから。無意味な怨嗟の呪縛から』

 

 

彼女たちは今までの『紅蓮』、妖魔を覚醒させる為の器だった者たち。死ぬことも出来ず、魂すら束縛されていた彼女たちは、彼の手で自由になった。

 

 

 

 

『─────でも、まだ終わりじゃない。この世界を襲う脅威は消えた訳じゃない。私たちをこんな風にした、あの男も。まだおぞましい事を企んでいる』

 

 

彼女たちは知っていた。自分達『紅蓮』を造った存在が、その者たちが簡単に引き下がることはないと。いずれはまた行動を起こすだろう、多くの人々を犠牲にしてでも。

 

 

そしていずれは、世界が滅びるまでの窮地が起こるのをよく知ってる。彼女たちはその為に産み出され、殺されたのだか。

 

 

 

『─────だったら、その時は私たちが守ろう。私たちが産まれたこの世界を、私たちが認めた彼等たちを』

 

 

 

聞いてはいないであろう青年に言葉を向ける。それでもいいのかもしれない、少女たちは落ち着いていた。

 

 

 

 

一人の少女が代表するように告げる。全員の総意を。

 

 

 

『─────その時まで私たちは見守ってるよ、灰瀬さん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャァァァァァァァァァァァアアァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!?」

 

『紅蓮』の絶叫が空を引き裂く。女性の声と怪物の声、二つが混じり合い不協和音のような咆哮へと化している。黒渦から伸びた無数の竜が天へと振るわれ、何かを引き裂こうと暴れまわる。

 

 

 

そんな『紅蓮』の身体が崩れ始めた。黒い泥のような瘴気は四散し始め、白い光の粒子へと変わる。ピキピキ、と巨大な怪物の肉体にヒビが入っていく。悲鳴を次第に収まっていき、

 

 

 

 

ガシャン、と。

小さい音が、ガラスの割れるような音ともに怪物は消失した。世界すら揺るがしかねない災厄が、簡単に終わりを迎えた。その事実に呆然とする二人は更に目を疑う。代わりに、『紅蓮』のいたその中心に誰かが立っていたのだ。

 

 

 

 

「─────ただいま、今戻ったよ」

 

灰色の髪をなびかせた一人の青年。その顔は優しい笑みが浮かんでいる。彼は闇から光へとなった世界を闊歩し、焔の前に立つ。

 

 

 

「ぐ、れん?」

 

「いや、違うさ」

 

優しい否定の言葉だった。

自らが名乗り続けていた呪いの名を捨てるという意思表示。そして、

 

 

 

「灰瀬だ、焔。俺の事はこれからそう呼んでくれ」

 

彼は最早、『紅蓮』には縛られない。そんな楔すらもう克服した。様々な人々に背中を押され、一人の青年は新しい一歩を歩み始めた、あまりにも残酷で─────あまりにも美しい世界に。

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