かつて、『超越者』と呼ばれる存在たちがいた。
全能たる『聖杯』から彼等が生み出されたのは文献などに記されてるより前の時代。ある者たちからは全ての記憶に載っていない─────仮説では抹消されたとされる《隔絶時代》と呼ばれる時期に。
『超越者』は世界を、そこで生きる人類を守り続ける。
三人の賢者たちは生み出された彼等をそのように定義した。強大な力を、脆弱である彼等に振るわれないように。圧倒的な力で、僅かな命の彼等の生き方を守れるように。
例え、それがどんな形になろうとも。それが世界を無に変えるというものになってしまったとしても。誰にも止めることは出来ない。
「『超越者』、だと?」
呆然とキラは呟いていた。
『超越者』、その言葉を知る者はこの場にはいない。少なくとも、この場にはだが。
しかし、自らをそう称した存在は困ったような顔をする。しかし深刻という訳ではなく、通ろうとしていた道に虫がいた程度のものでしかない。
「…………どうやら貴様たちの様子からして知らんようだな。あの時代の知識が届いてないという訳か?やれやれ、困ったものだ」
独りでに納得する『超越者』。自分以外の存在を視野に入れていても危険視すらしてない。その気になれば大したことでもないと評した様子だった。
「さて、俺としては貴様らを殺さなければならないが…………どうするべきか、それではつまらん。あまりにもあっさりとし過ぎているしなぁ」
なんだコイツは、とキラは呟いていた。呆然と口にしたもので自分でもよく分かってはいない。
「そうだ、貴様らに俺を殺すチャンスをやろう。俺さえ殺せば【禍の王】は壊滅、残る敵は『混沌の王』のみだぞ?実に楽とは思わないか……………俺を殺せるならの話だが、それもそれで一興」
軽々とゼロはそう提案した。自らの額を指で小突き、殺して見せろと言うように。
しかし誰も動けない。武器を振るえば倒せるかもしれないのに、その少しが動かすことが出来ない。そうしてしまえば明確に此方が殺されると本能が判断してしまったのだ。
何とか僅かに体を動かせた焔はゼロを見上げる。挑戦的な笑みを浮かべ、軽口を叩こうとした。
「…………余裕、だな。自分が負けないとでも、言いたいそうな───」
「お前たち人間が本気を出して相手されるほど強い種だとでも?」
そこだけは平坦な声音で告げていた。たったそれだけの言葉で震え上がらせるような威圧があったのではなく、純粋に何も感じられなかったのだ。
「俺は『超越者』、お前たちは俺を殺せない。感情的なものもあるが、物理的にも不可能だ。俺と戦った奴等も、傷はつけられても追い込む者はいなかった」
「…………」
「試してみるか?それでも構わんが、恐怖があるなら退いた方が懸命だぞ─────
あの時殺した両姫と同じ末路を辿りたくなければなぁ?」
挑発ではない、本気の心配というか憐憫だった。自分の力では殺してしまうといった強者としての余裕。それは彼からしたら絶対の自信なのだろう。
しかし、彼女の名前を出すのは間違いだった。彼女をどうしたかを明かすのは失敗だった。
少なくとも、彼女をよく知る者たちがいるこの場では。
「どういう、ことよ」
「両備?」
ポツリと両備は呟いていた。キラや焔の前へと進み出し、ゼロに激しい敵意を向ける。
不思議に思って、灰瀬はすぐに理由に気づいた。確か両姫は妹がいたと。その二人の名前は、両奈と両備と言っていたではないか?
「何で、アンタが、お姉ちゃんの、ことを…………いや、殺したのか!私たちのお姉ちゃんを!!」
「─────ハッ」
手で顔を覆い、短く呟く。肩が震え始めていた。嫌な予感を感じ取ったいたが、直後ゼロは大声をあげて笑う。いや、普通の嗤い声ではなかったのだ。
「はははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハ!!!これはっ、これはいいッ!!まさかあの女の知り合いに会えるとはなぁ!?実に愉快、笑いが止まらんよ!世界は本当に…………何処まで歪んでいるのだ!!?」
その声音には様々な感情があった。呆れに達観────そして、怒り。耐え難い感情が爆弾のように増幅していたのがよく分かる。
だが彼はその感情を抑え込んだ。何故そうする必要があったのかは理解できない。しかし同時にもう一つの感情を仮面のように張り付ける。
ニタァと、その顔が引き裂かれた。楽しそうな、子供が虫を殺す時のような無邪気かつ異常な笑みが。そして歌うように話す。最愛の家族をこの手で奪ったという事実を、その遺族に向けて。
「そう!確かに殺したなぁ!殺したよ俺の手で!下半身を消し飛ばしてやったから助からないのも当然か!まぁ仕方あるまい──────忍とは死ノ美なのだろう?ならそれも本望ではないのかなあ!!?」
「……………まれ」
小さな呟きが聞こえていなかったかもしれない。聞こえていたとしても無視してただろう。
「黙れ!!お前が、お前がお姉ちゃんを殺したんだ!そのお前が!お姉ちゃんの死を語るなぁ!!!」
大切な家族を奪われた両備は怒りを胸に抱きただひたすら叫んだ。目の前の相手は姉を殺しただけではなく、軽々と馬鹿にまでしている。
そんな奴を許せるか、いや絶対に許すなど有り得ない。例え殺されようが相討ちは果たしてやる。体の奥深くから煮えたぎる憎悪に身を焦がす両備だったが、
フッ、とゼロの顔からあらゆる感情が消えた。見ただけで人の心臓を撃ち抜きかねない目つきで両備を見据え、心の底から嘲るように言葉を吐き捨てる。
「死を語るな?随分な物言いだな、貴様に語る資格があると?姉の願い通りに生きなかった貴様が?」
「っ」
「貴様の姉は、貴様たちに幸せに生きて欲しかったのではないか?その為に忍となって戦ったのだろうに………
だが、貴様は忍になった。姉の望みを踏みにじった癖に、何が語るな、だ!?笑わせるな!貴様こそが侮辱したのだろう!最愛の姉の死を!!」
「黙れぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェェェ!!!!」
直後、一発の銃声が木霊する。怒りに呑まれた両備が、止められる前にライフルの引き金を容赦なく放っていた。
ズドンッ!!
止まることなく進み続ける弾は、受け入れるように両手を広げるゼロの頭部を貫いた。眉間に、ポッカリと穴を開けて、勢いに任せ首が真後ろへと弾かれる。
この場が沈黙する。どんなに小さな音が数秒の間、何一つもしなかった。不気味な静寂に、誰も口を開くことができなかった。
しかし、
「……………………ふ」
何処かから声がした。そこで、灰瀬はあることに気づく。頭を撃たれたゼロ、彼はピクリとも動かない。死んでいるのだから当然、などという言葉では説明できない。
そう、倒れてないのだ。首が後ろに向いたまま、立ち尽くしていた。全員がその違和感を理解しようとしたその時、ギチ!と全身が動いた。
「ふはっ!ふはははははははははははははははははははははははは!!!殺したと思ったか!?殺せたと期待したか!?残念だったなぁ!無理なのだよ、無謀なのだよ!!可能性なんぞ一ミリもない!さて、そんな貴様に言葉を送ろう。
たかが一人で、世界を殺せると思うか。それは愚か、人間には到底不可能だぞ?」
大した傷など負ってなかった。むしろ痛みすら感じてないようにゼロは軽々としている。余裕という感情を隠そうともせず、
「しかし、人の頭をぶち抜くとはな。少々俺の目に余る。俺も今の時代の日本の言葉を齧っているからな、似たような返しは知ってるぞ」
ずぶ、ずぶずぶと。
ゼロの片腕───禍々しい塊が膨れ上がった。その形状を形ある物へと変えていく。細く伸びた棒らしきものを両備へと向け、
「───目には目を、歯には歯を。一発には一発、だな」
嘲笑う、とは違う。機械のような無機質な顔で、彼は興味深そうに告げた。
バンッ!!
銃声にも似た音が鳴り響く。すぐに鉄の臭いと液体が地面に滴っていた。誰もが追いつかなかった、魔手から放たれた弾丸は容赦なく両備の頭を撃ち抜いて─────
────いなかった。奇跡的にも。
「…………くッ!」
両備の前に飛び出したキラが、顔を押さえる。横から両備を掴み寄せたキラは弾丸を片目に受けた。生々しく溢れる血に、近くにいた両備が言葉を失っていた。
しかしキラは片目を軽く覆う。それだけで湧き出した闇が彼の顔半分を包んだ。瞬時に傷が完全に治癒する、失っていた筈の目を拭いながら、唾を吐き捨てる。
「目には目を、歯には歯を、か。それは確かバビロニアのものだったと思うが?ハンムラビ法典の」
「うむ?そうだったか、いけないな。勉強不足という奴だ」
しかし、その暴挙を見逃せない者たちもいる。彼等の動きも迅速だった。
「両備ちゃんを………キラくんをいじめるなぁぁ!」
「……………ッ!」
家族の一人を傷つけられそうになり、好意のある青年を目を潰した(再生するとはいえ)相手に、両奈は飛びかかる。彼女に追随するように灰瀬もゼロに攻撃をしようとした。
ゼロは見向きもしない。しかし黒の腕だけが勢いよく膨れ上がり、二人を容赦なく薙ぎ払った。飛ばされながらも灰瀬は炎を刃としてゼロに飛ばすが、黒い腕に弾かれてしまう。
その最中も、ゼロは身動ぎすらしなかった。何もしなくても大丈夫という、確固たる安心があるように。
「この力は特殊でな…………かつてあの老人たち、そして凶彗星に手痛い反撃を食らい、甚大な負傷を受けたのでな」
それだけ口にしたゼロは肩を撫でる。彼が言う老人とやらに付けられたであろう、深刻な傷を。
「自己防衛機能というヤツだ、小賢しい不意打ち対策だったが…………悪く思うなよ?俺もこれを解除したくはないんだ、コストが高く消耗してしまうしな」
つまり、これだけで彼は自ら戦ってない。本気も出してないとか、全力を隠してるとかの話ではなく。
そもそも自らの手で戦おうとしてないのだ。あと少しで殺しそうな所までいきながら、本気ならば軽々と殺せるだろうに。
「…………何で」
「うむ?」
「何で、こんな事を………そもそも、【禍の王】ってなんだよ。お前たちは何をしたいんだ!!」
「そこからか、だいぶ前から語っていたと思うが?」
説明するのは大変なんだ、と付け加え、ゼロは声音を変える。興味本位で来た者としてではなく、【禍の王】のリーダーとして。
「我等の目的はこの世界を無に返す、そして一から作り直す事─────
世界を作り直す、自分達の為の世界に変える。
滑稽無糖で普通なら鼻で笑われてしまうものだが、目の前の存在がその事実を重くする。
「さて、お前たちをここで殺す事になるのだが、苦しんで死ぬのは辛かろう。
なので、一瞬で殺そうか。それも思考では死んだと感じられないように」
あっさりと彼は死を宣告した。死神よりも明確かつ絶対な死を。
が、
がががががががゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴギギギギがががぎぎぎぎぎぎ、と。
言葉では語れないような現象が引き起こされる。それが、次の攻撃への単なる余韻だというのは数秒後に明らかになった。
「────我は
目の前で、ゼロは脚をゆっくりと動かす。クルリと円を描いていた爪先から何らかの文字が浮き出した。現状を理解できてない彼等には、どんな意味なのかは読めない。
しかし、確かに読解できる文章であった。古代のものような掠れた文字はジワジワと外側へと広がっていく。
「光なる翼 セフィロト、高次たる光で世界の循環を正す神の恵み。我は今より四の
歌うような声と共に片腕が持ち上げられる。何一つ汚れのない綺麗な素肌。その掌から大きな白い紋様が空中へと展開されていく。
─────十個の白い円形を細い線で紡いだ表。その内の下に位置する四つの球が淡い光を灯した。
「邪悪の翼 クリフォト、深淵たる無で魂を底無き闇に導く脱け殻。我は今より四の
続くように片方の腕が下げられた。この世界全ての禍々しい悪意を抽出したような黒。ボゴボゴとそれよりも深い黒い紋様が同じように浮かび上がる。
─────十個の黒い円形を線で結んだ、先の表を逆さにしたようなもの。その真上に座している四つの殻が暗い光を宿した。
儀式とも呼べる行為故にか世界そのものが震動していた。彼により用意された舞台が、限界とも言えるほど強力な余波に軋みが起こる。
前に進んでいた焔とキラの二人が、思わず一歩下がった。目の前のそれに本能的な恐怖を感じたのだ。しかしもう遅い、既に時間が間に合わない。
一々気にした素振りもなく、ゼロは告げた。二本の腕を振るいながら、合計8つの光球と甲殻を照らし合わせる。
「レプリカ・スフィア=アイオーン。制限されし生命と邪悪、二つなる概念を司る神の奇跡を見よ!!」
白とも黒とも言えない、純粋なエネルギーの塊。巨大な奔流が世界ごと少年たちを包み込んだ。破壊と再生の神の息吹、触れたものは容赦なく中間にある力により引き裂かれ続けるであろう。
その直後、
怖じ気づきそうな自身を震わせようとした焔は突然、後ろへと飛んだ。自分自身が行ったのではない。さっきまで隣に立っていたキラの手によって飛ばされたのだ。。
誰かが彼の名前を叫ぶ、それは確かに聞こえていた。あぁ、雅緋たちかと納得して彼は前へと一歩踏み込んだ。目の前の圧倒的なエネルギーに。
何故、なのだろう。自分の行動を、彼は不思議に思っていた。自分も震えていた、目の前の存在には叶わない。そしてこの一撃で殺されてしまうかもしれない。
ヒーローが語る正義感や相手に挑もうとする強者への渇望でもない。なら何故だろうか?何故こんな無謀な事をしたのか?
……………決まってる。守りたいと思ったのだ、彼女たちを。最強という孤高にすがっていた自分に安らぎを与えてくれた仲間たちに。
荒み続けていた心を癒してくれた彼女たちとの思い出。言って語れる程多くはない、けれど大切な宝物であった。少なくとも、この命を差し出せるくらいには。
後ろに立つ少女たちにキラは一瞬だけ振り返る。一瞬、たった数秒にも満たない時間だったが、彼女たちはちゃんと目にしていた。
彼は静かに笑っていた。どうしようもなく不器用で、心から満足そうな、そんな風な笑みを。
エネルギーが完全に消失したのは数秒後だった。残りカスすら存在しない、完全な力による暴発。
彼女たちの目線の先に一人、彼は確かに立っていた。堂々とした様子で、後ろにいる者たちを守るように。しかし、ぐらりと揺れた身体が地面に倒れてしまう。
ドチャ! と生々しい音が木霊する。音だけを聞いた雅緋は、青年に向けて震える声で呟いていた。
「…………………キ、ラ?」
倒れ込んだ青年は答えない。全身から大量の血が吹き出し、巨大な池を作っていた。片腕や片足が無くなり、胸には大きな穴がポッカリと空いている。
俯いているので顔はどうなってるか分からない。だが、新しい血が噴水のように噴き出している。あの位置は目の場所、鮮血は数秒過ぎても止まらなかった。
彼は動かない、動こうともしない。並々ならぬ再生力と創造性を誇る闇は彼の身体を治そうとしていた。しかし、それは生きていれば為せること。
もし、死んでいたら治せようにも治せないのでは?
そう思う雅緋は何かが崩れるのを目にした。闇から生み出された、キラが得意とするハルバード。それが真っ黒に包まれると泥のように地面へと溶け込む。
『闇』という異能の消失。簡単に物語られた現象は冷酷な事実を雅緋たちに突きつけた。
「───────ぁ」
「キラだったか?中々に強いな、俺の攻撃で消滅してないとは」
殺そうとして来た者の言葉とは思えないくらい、心からの称賛だった。ノリのままに拍手や喝采を挙げてしまいそうな程。けれど、ゼロな確かに認めていた。
「俺は貴様を讃えよう。制限されていたとはいえ、我が理を止めてみせた者として」
誉める言葉をピタリと止め、ゼロはゆっくりと息を吐く。
「────だが、我が攻撃を前に肉体が存在している。その時点で貴様の存在を許容することは出来ん。我が理想、我等が願いの妨げになる障害は排除せねばならん」
スッとゼロは空中に手を伸ばす。乾いた音と共に手に鋭い剣が握られていた。元から隠していたとか力ずく生み出したものではない、何処かから引き寄せられたのだ。それも一瞬で。
今も地に伏せる瀕死のキラにゼロは腰を落とす。その剣の矛先をキラの心臓部位に向け、狙いを的確に定める。
今度こそ確実に殺すという構えだった。
「っ!!」
思わずといった様子で雅緋は飛び出した。血塗れのキラを助けようと手を伸ばす─────だが、この距離からは届かない。
ゴッ!! と、真っ暗な世界の外、結界の近くに何かが飛来した。そして勢いを殺すことなく世界を引き裂き、そこの中へと入っていく。
超越者 ゼロは剣の構えをピタリと止めた。その目に先までの感情と同じものが宿る。新しい興味の対象が出てきたのだろう、キラを殺すのを止める程の。
「………………」
バチバチ! と帯電したスパークを纏い、黒髪の青年 ユウヤはクレーターの中心に君臨していた。彼の目は灰瀬たちを捉えていない、もっと警戒するべき敵へと向けられている。
そして、殺気にも近い敵意を前にゼロは平然としていた。何一つ反応すらしていない、本当に興味がないのかもしれない。
笑みを深める顔を見たユウヤの方が顔をしかめさせた。当然だろう。何故なら目の前の男が自分と同じ姿をしているのだ。家族でも兄弟でもないというのに。
「もう一人の、俺───」
「いや、貴様と俺は違う。ただ俺は貴様の身体をコピーされたに過ぎん。あの日、貴様の故郷が滅びた日にな」
更に殺気立つ青年にゼロは相手をするつもりもないらしい。わざと後ろへ指差し、適当に聞いていた。
「それより、死にかけの者に花でも送ってやったらどうだ?んん」
促されるようにユウヤは見て─────目を見開いた。ゆっくりと歩み寄り、静かに声を届ける。
「─────キラ」
声をかけられたキラはピクリとも動かなかった。俯いた顔から水滴が地面に滴っている。触れればどうなったかは分かるかもしれないが、ユウヤはそうしようとは思わなかった。いや、出来なかった。
直後、彼を支えていた重要な柱、ヒビの入っていたそれが完全に砕けた。今まで積み重ねてきた大切なものが失われる感覚が、あまりにも生々しかった。
ユウヤは、口を開く。そこから発されたのは単なる叫びではない。
「ああッ!!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
限界だと言わんばかりにユウヤは暴発した。周りからドス黒い雷が巻き起こり、巨大な炸裂音が激しく共鳴している。
まただ、また助けられなかった。あの時のように、自分のいない時に誰かの命が奪われる。
その場にいるなら止められた可能性は無くもない。
だがいなかった時はどうすればいい?諦めろと言うのか、その人を守る事を。仕方なかったと認めてしまえと?
結局、天星 ユウヤは誰も守れない。力があるとか、覚悟がある問題ではない。その資格が無いのだと、致命的な宣告を理解した。
莫大な黒雷が世界を少しずつ削り取っていく。不思議な力で覆われた暗闇を引き裂くそれを、ゼロは顔色を変えた。
恐怖や警戒などではなく、歓喜という表情。あれほどの力でもゼロにとって大したものではないのか。
いや、その黒雷の翼が黒い腕を掠った瞬間、その部位が簡単に抉られた。自分の防御機構を圧倒しかねない力にさえも、彼は笑って迎え入れたのだ。
「ハハッ!流石だな俺の依り代!お前は神を越えられる素質を持つ!そのまま力を引き出せれば俺を殺しきれずとも、俺を追い込む事が出来るだろう!!」
だが、とゼロは付け足す。ニタニタと浮かべる笑みに嘲りの色が滲んだ。
「理解してるのか?それは今の器にはそれが限界のようだ。それ以上引き出せば、お前の自我は完全に磨耗するぞ?」
「まさか……………神の力を!?」
ピクリと、少し離れた場所へと飛んでいた統括者が声をあげる。神の力、ユウヤの中にある────文字通り、かつての神が持つ力。彼は僅かにも適合した肉体に合う程のエネルギーで強化されている。
しかし、神の力は人の身に余る。身体の方が問題なくとも、常人の精神すら焼き尽くす。諸刃の刃と同じ原理、いや精神すら奪いかねない恐ろしい力なのだ。
「止めろユウヤ!!それ以上力を使えば戻れなくなる!!お前も死ぬぞ!!」
全てを察したゼールスの忠告が彼の耳にいる。バチバチ!! と唸る雷撃の中でそれだけが聞こえるというのはあまりにも不思議だった。
…………
………………
………………………だからどうした?
もうこんな世界どうでもいい。生きるという動力源が既に失われている。大切な仲間も失い、誰一人も守れず、それなのにこのまま生き続けろと?
無理に決まっている。そんなの許せない、天星ユウヤ自身がそんな事は認められない。弱りかけていた心が完全に崩壊した以上、もう全てを壊して楽になりたい。
ギチギチと引き縛る筋肉を動かし、ユウヤは伸ばした腕をゼロへと向ける。その腕が、纏われていた黒い金属の装甲が瞬時に巨大な砲身へと変形していた。
ドォォォ!! と黒い雷が膨張する。世界すら引き裂きかねないような甲高い叫びが発生していた、彼の今の心を表すように。
誰が勝とうと負けようと結果的に誰かが死ぬ。何とか出来るとかではなく、本当に一人の命が失われてしまう。悪夢とも言える絶望的な状況。少なくとも一人の青年の命と、もう一人の精神が喪失する。
限りなくどうしようもない現実に、彼女たちは希望を失った。そしてこの場にいない誰かに願った───助けてくれと。
勿論、そんな願いは叶わない。世界はそんなに都合よく作られてない。祈っただけで救われるのなら大勢の人が助けられてるだろう。
しかし、この時だけは違った。怒りに呑まれた青年の叫びに呼応したのか、強大な敵に誘われたのかなのか分からない。
それでも確実に救いの手は訪れた。何もかもが壊れてしまう直前に。
「───────え」
目の前に誰かが立っていた。全てを出し尽くして相手を殺そうとしていたユウヤを止める………というよりも、ユウヤを守るように、彼の前に。
止めろ、と言うだろう。殺されてしまう、と弱気な言葉を発してしまうかもしれない。最悪の場合、そのまま穿ってしまうかもしれなかった。
それが出来なかったのは、その誰かを知っていたからだ。他ならぬユウヤ自身が。同時に、有り得なかった。
「ごめんね、ずっと会えなくて」
それは、十七歳くらいの少女。
普通の少女ではない、過酷な運命を生きる忍。彼女は自らその道に進んだ、誰かの平和を守るために。服装は有名な学校の制服で、首元に赤いスカーフを巻いている。
その容姿に、その声を、ユウヤはそれを忘れはしない。彼が首に巻く赤のマフラーも、彼女のような優しく守れる人になりたいという意思で選んだもの。それを知った少女は恥ずかしそうにしていたが、素直に喜んでくれた。
同時に、有り得なかった筈。
「でも大丈夫!私たちが助けに来たよ!」
明るい笑顔で、凄惨な状況とは正反対なような優しさで、少女は彼に手を伸ばす。呆然としていたユウヤの顔が歪む、その顔は既に限界を向かえていた子供のようにも見えた。震えながら、彼は呟いた。
──────飛鳥、と。