百七話 話し合いの時間
カチッ、カチッ、カチッ。
「……………ん」
小さな物音に反応し、ユウヤはゆっくりと目を覚ました。まだ完全に意識が覚醒しきっておらず、視界の全てがぼやけている。
(ん、時計の針………か、驚かせるなよ)
その他の疑問が浮かぶ前に膨れ上がる睡魔の方が圧倒的だった。目蓋を細め、そのままベッドに味を預けることにする。しかし、そんな彼が無視できない事実が眼に入る。
目の前に、少女の寝顔があった。熟睡してるのかすーすーと寝ている、可愛いらしい少女の顔が。
「……………………………………え、は?」
呆然と固まるユウヤだが、無理もない。ユウヤは見知らぬ部屋で、ベッドの中にいた。しかし一人ではなく、飛鳥も同じように寝ていたのだ─────同じベッドで、向き合うように。
(……………待て、落ち着け。これはどういうことだ?俺がよく分からん部屋にいるのは、そこで寝てるのは百歩譲って良いとして────何故だ!?何故飛鳥が一緒に寝てる!!?記憶に無いぞ俺はぁ!!)
激しく困惑するユウヤだが、まぁすぐ隣で自分が心から認めてる少女が同じベッドで眠っていたら誰だってそうなる。
…………実を言うと力の使い過ぎで気を失ったユウヤを飛鳥がこの部屋に運んできたのだ。その際にベッドに寝転がり、ユウヤの顔を覗き込んでた彼女も眠ってしまったのだが、そんな事は重要ではない。
(───何とかする方法は!この状況を問題なく切り抜けなければ─────)
過酷とも言える地雷処理のように真剣な覚悟を抱いたユウヤ。だがしかし、残念なことに────神は救いの手を伸ばさなかった。厳密には、裏切った。
「…………ぅ……ん」
ビクゥッ!!! とユウヤが全身を震わせる。普通の彼には無いくらいの怯えようであった。横からもぞりと布団が盛り上がる。
目元を擦り、小さな欠伸をする少女───飛鳥が起きたのだ。呆然と虚空に向けられていた視線がユウヤの方を見つめようとする。
「─────ッ!!!」
それから0.1秒の間で、ユウヤは動き出した。すぐさまベッドから起き上がり、飛鳥から距離を置こうとする。彼女を困惑させない為の手段として取った行為だ。客観的に見れば、高速にも近い彼の動きを褒め称える者が多いだろう。
────しかし、現実はうまくいかなかった。
まず立ち上がろうとしたユウヤの脚が布団に引っ掛かった。バランスを崩したユウヤが倒れそうになる中、飛鳥もそこで寝てたので、巻き込まれる形でぶっ倒れた。
「イタタ………やっちまったな、すまん飛鳥」
「ひゃぅ!?」
「え、何でそんな声を─────」
───世界の時間が停止した。そんなに錯覚に陥ってしまいそうになる。理由は目の前の光景にあった。
地面に着いたと思っていたであろう彼の手が、飛鳥の豊満な胸をガッシリと掴んでいたのだ。見間違いなどではなく、正真正銘。手の中にも柔らかい感覚があった。
「……………あ、飛鳥………これは───」
しかし、弁明するのも手遅れだった。口を開いた途端、飛鳥が湯気が出たと言わんばかりに顔を真っ赤に染め上げる。
「きゃあああああ!!?」
「えっ、ぐぼはぁッ!!?」
見るからに女の子らしいか細い腕がユウヤに振るわれる。しかし侮る事無かれ。寝起きとはいえ、彼女も忍なのだ。
頬に直撃した少女の一撃はユウヤを容赦なく吹き飛ばす。宙に舞い、地面に叩きつけられる中、ユウヤの意識は真っ黒へと暗転した。
「……………ってのが、さっき起こった出来事だ」
ヒリヒリと赤く染まる頬(ただし、少し腫れてるだけ)を撫でながら、ユウヤは遠い目で口を閉ざした。思い出すのも億劫と見える。
そこで、空気を読まない馬鹿が面倒な事に首を突っ込んだ。具体的には、彼の琴線に触れるような事を口にして。
「────へぇ、それラッキースケベやん。羨ましいやつやーん」
「…………おい雪泉、コイツ不純な事考えてんぞ。取り敢えずシバいとけ」
「えぇ、お気遣い感謝します」
「ゆ、雪泉サァン!?」
小馬鹿にするように言うシルバーを真面目な少女に売り渡し、無慈悲な制裁を受ける所を見つめてるユウヤ。彼は知らないが、飛鳥に「一緒に寝てあげたら良いんじゃないー?(笑)」とか告げたのがシルバーなので結局は自業自得。
チラリと横を見ると飛鳥に顔を反らされた。あの時の出来事が忘れられないのだろう。顔から赤みが全然抜けてない。勿論、ユウヤ自身も落ち着きを取り戻そうと必死になっているのだが。
「そう言えばだが、この施設は何なんだ?俺も見覚えは無いが…………」
「………隠れ家らしいよー。自分達の為に用意してくれたさー」
答えたのは、制裁から解放されたシルバーであった。肩の骨をゴキゴキと動かしながら、彼は適当に話している。
「それはそうと、ここに来てんの自分達だけじゃねーでしょ?紅蓮つー人達は何してんだっけ?」
「?ひょっとして俺達の事を言ってる?」
ん?とシルバーは疑問に思った。自分が口にした事への返事が後ろから返ってきたのだから。振り向くと、フードの青年とポニーテールの少女がいて、ビックリしながら離れた。
「紅蓮、無事だったか?」
「うん、そうだよ。焔も皆もね、それとここってどんな施設?」
「はえー、ユウヤさんと同じ質問じゃねぇーですか。自分もよく分からねぇーですって」
紅蓮と焔に楽しそうに声を掛ける飛鳥とユウヤ。雪泉とシルバーだけは「…………誰だあの人達」と首を傾げている。
その中で、ユウヤが深刻そうな顔になる。
「問題は───キラか」
「もしかして、何かあったんですか?」
普通ではない様子に戸惑う雪泉だったが、
「───失礼する」
部屋に入ってきたのは、中性的な顔を持つ白髪の女性──雅緋だった。しかし彼女だけではなく、もう一人連れられるように後に続く。
黄金のような金髪をした青年 キラ。しかし彼の姿は前に見た時とは違いすぎた。彼の姿を視認した全員が、目を見開き言葉を失った。
肩を借りるようにしているキラの片手には松葉杖のような棒状の物が持たれている。少し似てるが違う、動きを補佐するものであるが、同時に武器となり得る杖。
片足は機械の義足が取り付けられており、痛々しさが見て分かる。病院にいる重傷者のそれであった。
何より、顔半分に大きな布が覆われていた。眼帯の役割を果たすそれが何を表してるのかは、言うまでもない。
彼の最強である『闇』の力、その完全な自己再生能力を失ってしまった。だからこそ、左目と片足は再生せずに、布の奥には大きな傷跡を残しているのだ。
「……………無様な姿か?今の俺様の姿は」
「いや、そんな事は───」
「無いだろう………が、俺様からしたら違う。たった一撃で倒されてしまった。………心底情けない」
「けど、キラさんが守ってなかったら雅緋ちゃん達も危なかったんだよ?」
「…………」
「情けなくないと思う、皆を守ったんだから」
ふん、とキラは鼻を鳴らした。それでも満足いかないものはいかないのだろう。彼は何も言わないと言わんばかり顔を反らす。
そんな中で、この空気に割って入る強者がいた。
「いやいや、ちょっと待ってくんない?しんみりとした感じなのは悪いけど、本気で待ってくれない?」
シルバーの言葉に全員が反応する。彼は気にしようとせず、そのまま続けた。
「自分達が知らない人がいて困るんだけど……取り敢えずまずは自己紹介とかしない?それが良いとシルバーさん的には思うんですけども」
確かに、と全員が納得した。改めるように周りにいる者達へと視線を向ける。
知っている物がいれば知らない者もいる。まずは互いを知るのが一番だろう。そう提案したシルバーの意見に、否定をする人物は誰一人としていない。
「それじゃあ、私は飛鳥って言います!将来の夢はじっちゃんのような立派な忍になることです!」
「天星 ユウヤだ。よろしく……………え?飛鳥と同じように?…………ハァ、将来の夢は特に決まってない。好きな事は特にない…………よろしく」
最初の二人が軽く挨拶を述べる。天真爛漫と言った元気な様子で話す飛鳥に対照的にどう話せば良いか困ったように口ごもるユウヤ。
「………飛鳥、半蔵の孫娘か。やれやれ、俺様はヤツとの間に因縁があるのか?」
誰も知らない話だが。
キラはかつて、彼女を利用した事があった。正確には彼女の存在を教え、蛇女子の上にある議会の老人の暗殺をする機会を作ったというものだが、彼は話そうとは思っていない。
知られたら後々大変だと考えているから。特に先程聞いたユウヤの事であった。
「じゃあまず俺から。俺は紅蓮!焔紅蓮隊のリーダーだ。皆よろしく」!
「焔だ!同じく焔紅蓮隊のリーダーを努めてる!よろしくする!」
あれ?リーダー二人もいない? と変な空気が流れるが、二人は気にしてすらいない。言ってることの矛盾を理解してるのか知らないが、誰も触れようとはしなかった。
「私は雪泉、皆さんご存知かと思いますが、死塾月閃女学館を束ねています。よろしくお願いします」
「えぇっと、じゃあ自分の番ね……………オレはシルバー、元は国の犬として動いていた忍狩り。けど今は死塾月閃の用心棒…………ってな訳でよろしくー」
礼儀正しくお辞儀をする雪泉と冷酷さと気軽さを併せ持つシルバーが自己紹介を終える。
「雪泉ちゃんかぁ………ひんやりとして涼しそうだなぁ」
「忍狩り、無数の忍を倒してきた存在。話には聞いていたが…………まさか対面することが出来るとはな」
真剣な顔でそんな事を呟く紅蓮は焔に肘で殴られる。本人はよく分からない顔で首をかしげるだけだった。
一方で雅緋は感心したように頷く。自分達を狩る噂上の存在を前にした畏怖というものが僅かにあったがいざ見てみるとそんな事はなかった。(幻滅という訳でもないが)
「私は雅緋。秘立蛇女子学園の選抜筆頭を努めている。そして知っていると思うが………」
「──────キラだ。蛇女子のトップと言うべきか。元、最強の異能使いであったが、今はこのザマでな。全く笑えん」
最後の二人が終わった後も様々な反応がされている。やはり初対面ながらでも片方の印象が強いからなのだろうか。
コツン、と靴音が響く。
部屋にいる全員が、扉に背を預ける人物に視線を向ける。
「お戯れは終わったかな?」
「…………カイルか」
「いや失礼。少し前から来ていたが、邪魔するのも吝かと思い傍観していたのさ」
部屋の中に入ってきた男によって室内の空気が変わった。戦場のものではないにしろ、少しばかり重い空気が。
「…………あの」
「何か用かな?お嬢さん」
「貴方、何処かで────」
「すまないが、オレは君を知らない。他人の空似というものじゃないか?」
何か感じたのか、雪泉はカイルに声をかける。自分の知り合いではないかと。しかしカイルは丁寧に、キッパリと否定した。彼女も不承不承と引き下がり、皆も疑問に思わなかった。
ただ一人、シルバーだけが目を細めた。観察するように鋭い、かつ誰にも悟られないように。
「さて、話をする前に私的に時間を使わせて貰いたい……………良いかな?焔、紅蓮」
「カイル……様」
「ッ!!」
思わず、二人が強い警戒を示した。互いに自らの得物に手を掛け、何時でも攻撃できるように体勢を整える。
「───────すまなかった」
カイルは大きく頭を下げた。誠心誠意の謝罪に全員が、紅蓮と焔も言葉を失っていた。そして、謝罪の理由は想像できる。
「お前達を道具のように扱った事、そして紅蓮。お前を人形と罵り、あの子達やお前の命を奪おうとした事。それら全ての事を謝らせて欲しい」
紅蓮と焔、そしてその場にいたユウヤと飛鳥にはすぐにも検討がつく。あの日、蛇女子での出来事。
聖杯の猛執に呑まれた───というより、誰かに操られたように狂気に満ちたカイルは焔達を道具と決めつけ殺そうとし、容赦なく紅蓮の命を奪いかけた。
「オレ自身正気では無かったとは言え、お前達の苦しめたのは事実だ。許される事でないのは分かっている。だからこそ、お前達にはオレを殺す権利も資格もある」
その言葉を聞き終えた後、カチンと音が響いた。
抜き取ろうとしていた日本刀を、紅蓮が納めた時の音。静寂に木霊したそれに続くように彼はカイルに向き合う。その顔は敵に向けるものではなく、あまりにも優しいものだった。
「俺は、貴方のお陰で焔達と出会えた。大切な仲間というものを知れました。焔達の事は怒ってましたが、憎んではいません」
「………」
「だからこそ失礼を承知で言います。…………俺は貴方の人形じゃない。焔紅蓮隊のリーダーであり、焔達の家族だ」
「───そうだ、君は人形ではない。誰が何と言おうとだ」
それは、決別だった。
創造者の従属物ではないと言う、人形と自他共に認めてきた青年による、過去との決断。
カイルは嫌な顔も不愉快そうにもしていなかった。ただ満足そうに微笑むだけ。まるでそれを望んでいたかのように、清らかな顔を見せる。
「………アイツがそれでいいなら、俺がとやかく言う資格は無いな」
「はえー、カッケェなあの人。自分これから紅蓮さんって呼ぶわ」
「…………家族、か」
ユウヤは紅蓮の言葉を聞いて素直に納得し、シルバーは難しいことを考えずに決意を胸に抱く。ただ一人、キラだけは思うところがあるのか曇った表情を浮かべていた。
「─────気を取り直して、話を聞く準備あるか?」
答える者はいなかった。問題ないという意味を示した沈黙に、カイルは義手の片手を広げる。
その掌から浮かび上がる光体、正しくは『異能』と呼ぶ力を見せるようにして、彼は語る。
「それでは今から説明しよう。君達が倒すべき敵、【禍の王】と全能なる聖杯……………その前に、最も重要とも言える力、『異能』について」
初めて挑戦したラキスケ(ラッキースケベ)、実験台はユウヤとなりました。まぁ、仕方ないよね。
さーて、今度は誰を餌食にしよっかなー(楽しそうな声音)
そして次回から説明回になります。