「何故ならお前こそがその張本人だしな、そうだろ?『
沈黙が、続く。二人きりの部屋の空気はあまりにも温厚とは言えない程に冷えきっていた。
『雪風』と言われたカイルは動揺もしなければ否定もしない。ただそう指摘したシルバーに対して、観察するような眼で見定めている。
シルバーは表面上の笑みだけを深め、話を続ける。声音は普段とは変わらないものだが、笑顔にも関わらず、底知れぬ圧力を感じ取った。
「いやぁーね、雪泉から聞いたけど雪風は両腕だけが残ってたんだってさ。……………そう言えば、アンタも義手だったよな両腕とも」
「…………」
「だんまりか、それは正解だって言ってるのと同じだぜ?」
ふざけた様子で話すシルバーだったが、本心
「────そうだ、君の言う通り。オレのかつての名前は『雪風』、彼女の兄であった男だよ」
だからこそ、確信を得た瞬間、彼が自ら告白した瞬間。彼の中で噴き出しそうになった感情が炸裂する。
シルバーは感情の仮面を脱ぎ去り、本来の自分をさらけ出した。忍には不向きとして日々押し殺してきた自分が。
「何故!正体を隠す!何故死んだって事にしている!あの娘の家族であるお前がっ!!」
胸倉を掴み上げ、滅多にない激情に怒鳴った。今にも殴りかかりそうな程冷静さを失う彼の姿は、雪泉達が見れば目を疑うだろう。
シルバーが思い浮かべるのはある光景。祖父と亡き家族の思い出を語る少女は静かに涙を流していた。もう一度両親に、兄に、お祖父様に会いたいと。シルバーは泣き崩れる彼女に何も出来ず、ただ胸を貸すことぐらいしか出来なかった。
それなのに、彼女の兄ら生死を隠して、生き延びていた。自らの妹すら騙し、今までずっと。人の事を言える立場ではないが、それでも認められなかった。
「生きている事ぐらい伝えれば良かった!自分の家族を失い、残されたあの娘の元にいてやれなかったんだよ!!答えろ!雪風ェ!!」
「…………雪風はあの日から死んだ。死んでしまったんだ」
ボソリと吐かれた言葉に、シルバーは息を飲む。しかしカイルは、雪風だった男は話を続けた。
「血に濡れた妹のリボンを見た瞬間、オレはこの世界全てを憎んだ。オレの中での憎しみは『混沌派閥』に利用され────聖杯への狂気と変わった」
彼が語るのは蛇女子での凶行。ホムンクルスという人間達を生み出し、利用してきた事。
次第にシルバーは察してきた。カイルが、この男が言わんとすることを。
「多くの命を生み出し、多くの命を踏みにじった。オレはそれを簡単に行ってみせた。家族を取り戻す為に、それを理由にして。
自分がどれだけ穢れたのかも知らず、家族に会う資格すらも無いというのに」
それは、違う。声を上げようとしたがシルバーには出来なかった。
自分も同じだった。銀河という悪忍であったのに、忍狩りを行ってきた自分に、仲間なんて大切な人はいるべきじゃない。
否定することが出来ない自分に、何処までも嫌悪が沸き上がる。
「こんなに罪を重ね続けた男が、自分の兄だと知ったらあの娘はどう思う?それが、どれだけ心の傷を与えることか」
「────」
「でも、オレはもう良いんだ。妹は、雪泉は大切な家族を見つけられたようだ。そして、共に人生を歩む
そして手を離した直後、カイルは深く頭を下げた。それは敬礼でもあり、願いでもある。意図と意味は、聞くまでもない。
「だからどうか────雪泉を頼む」
「──────アンタに言われるまでもない。あの娘は、雪泉達はオレが守り通す」
舌打ちを隠そうとせず吐き捨てるシルバー。コートの中に隠れた拳銃を一回だけ掴もうとするも、すぐにそれを止める。
困惑、そして自身への嫌悪。自らの心境を表すかのように、彼の行動にも感情が剥き出しになっていた。しかしすぐに自分の表面を切り替える。戻った後、雪泉達を心配させないように。
「そうそう、君に話しておくべき事がある」
「…………話すべき事?」
「──────────────」
言葉を聞いたシルバーは言葉を失いながらも、その内容を聞き取った。すぐさま目を伏せ、暗黙の中で互いの顔を見合うと、部屋から出ていった。
薄暗い一室。
丸い円卓のような机を中心に十数人の者達が腰かけていた。大半が老齢ではあり、数人は若者という偏った集まりはとある呼称をされている。
忍上層部。
その中でも彼等は善忍達を束ねる者。ユウヤが飛鳥達の情報を漏洩させたと、つまる所利用しているのではないかと疑っていた連中であった。
「
「…………いえ、少し不安な所がありまして」
老人に声をかけられたのは、同じく机に座する一人の女性であった。長い黒髪をポニーテールに括り、その名前の通り白さが目立つ程華美な礼装。
静かに微笑みながら、かつ上層部に位置する女性は善忍の中でも特異と呼ばれていた。その才能と実力、交渉力により上層部に選び抜かれた精鋭の一人。
彼女は透き通るような声で囁くように話す。その声は不思議と全員の耳に届いていた。
「例のテロリスト、【禍の王】の狙いは京都にいる何かです。周囲の地脈のエネルギーが偏っているのは関係してるでしょう」
「…………うむ、その通りですな」
「一刻も早く、我々も『かぐら』を確保。それが出来なければ封印を。彼女を存命させておくのは難しい話です」
「────白歌殿の言う通り、『かぐら』の確保の為に忍達を向かわせよう。あれを生かすのは危険でしかない」
多くの者が賛同し、彼等を束ねる人物もそれに従う。まるで女性の言葉に説得力以上の何かがあるとも疑わず、すらすらと受け入れていた。
「───全ては忍の、正義の為に」
会議はそれで幕を引いた。それぞれが会議室から出ていくのに続き、白歌も建物から出ていく。
そして彼女は、森の奥まで歩いていた。自らの礼装が汚れるかもしれないのにも関わらず。
彼女がここに来る理由は単純。会いに来る相手がいたからだ。
「……………お久しぶりです、半蔵おじ様」
「おぉ、久しぶりじゃな白歌よ。懐かしいのぉ」
木陰からニッカリとした笑みを浮かべる好好爺。彼の名前は服部半蔵。忍の中でも伝説と謳われる人物。飛鳥の祖父であり、ユウヤの数少ない信頼出来る老人。
先程の言葉からして分かる通り、白歌は半蔵とその妻である小百合に世話になっていた。親も亡くなっていた彼女にとって二人は師匠であり、彼等の孫娘である少女は妹として可愛がりたいと思っていた。
話が逸れたが、彼女は半蔵に返しきれない恩がある。親代わりでもある恩人である半蔵には頭が上がらないのだ。
「にしても、昔とは違い良い体つきになったのぉ。飛鳥よりも大きいかもしれんなぁ」
「半蔵おじ様?小百合様が知ったら怒られますよ?」
「うむ、それは分かっておる…………しかし、それはお主も同じだろう?」
「………同じ、とは?」
不意に言われた言葉に、白歌は不思議そうに首を傾げる。何か思い当たる事が無く、本気で分からないといった様子であった。
しかし、半蔵は引き下がらない。その理由を自らの口から明かした。
「飛鳥達の情報を【禍の王】に漏らしたのはお主じゃな、白歌」
「…………何故ですか?私がそうする理由は?」
「ハッハッハッ、わしだって現役じゃぞ?探るのは得意中の得意じゃよ。それにしても、京都に多くの忍を向かわせるとは──────何を企んでおる?」
殺気ではなく、尋常ではない威圧が向けられた。それを受けた彼女は震えながら後退しそうになる。だが、その前に白歌の身体が蠢いた。
「……………」
彼女は深く息を吐くと、髪止めに手を伸ばす。外されたつるやかな黒髪はサラリと宙になびく。
翡翠の眼を閉じ、
「改めて、お初にお目にかかります半蔵さま。私は白音、【禍の王】『四元属性』、『黄』の
「…………やはり、そうか」
両目を伏せた半蔵は重苦しい溜め息を吐いた。自分が僅かにも信頼していた忍の女性が、忍全体を裏切り、利用していた。同時に自分の孫娘を陥れた元凶であると。
「いえ、半蔵おじ様。初めに裏切ったのは善忍ですわ。私を、白歌を駒として弄んだ。その報復として私は彼等を利用してたに過ぎません」
「なるほど、しかし解せん。憎き善忍の元に何故戻ってきた?」
「私を救ってくれたあの方への恩を返す為、私の同胞達の願いを叶える為、そう思えば苦痛とは思えません」
優しく笑う白音は悲しげに囁いた。しかしそれも一瞬、顔色を変えながら、戦えるように身構えていた。
「わしと戦う気か?久しぶりにやってみても構わんぞ?」
「いえ、戦いはしません。すぐに終わらせますので」
そう言うや否や、白音は懐から取り出した物を投げた。何かの液体が入った注射針。しかしそれは半蔵の方にではなく、全く見当違いの方角へと飛んでいく。
それを目にした半蔵も何を企んでいるのかと顔をしかめる。このまま地面に突き刺さり、無意味に終わると判断したからだ。
が、しかし。
トスッ! と精密な動きで注射針が翔んだ。弾丸のような速度になった注射針は何らかの力で軌道をすぐに変えて、半蔵の右肩に直撃したのだ。
思わず呻く半蔵を横目に、右目を怪しく輝かせる白音。これは彼女の能力の片鱗でもあった。
《
忍の世界でも希少とも言える魔眼。対象と認識した物の軌道を自由自在に操る彼女の得意技。適当に投げた注射針は彼女の支配下として、半蔵の隙を突くような攻撃をしたのだ。
更に、それだけでは終わらない。
「我が組織の叡智の一つ、『イガナンテ』。昆虫などの睡眠毒を異能の力と融合させた最高峰の睡眠針です」
「毒矢………いや、麻酔薬か」
「えぇ、そうです。これは忍を一発で眠らせる事が出来ます。
ですので半蔵おじ様、これで終わりですよ」
刺さった事で機能が働いたのか注射器の中身が注入されていく。その液体が完全に入りきった途端、半蔵は近くの木に背中を預ける。
勝った。白音はそう確信して、余韻に浸ろうとしていた。直後、半蔵の口から小さな溜め息が漏れた。
「………全く、わしも衰えたのぉ」
「……………?」
「五百本はいけた筈じゃが、二百本程度か。いやぁ、年を取るのは困るわい」
遠回しに言われて白音はすぐに気付いた。自らの身体を縛りつける───およそ二百本の針金を。
(そんな!何時の間に!?)
息を呑み、心から戦慄する。仕組まれた事すら読めなかった。忍のスパイである白音は上層部でも並々ならぬ実力を持つ、それなのに針金の存在を気付けなかった。
────これが伝説の忍。その名は伊達ではないと改めて認識させられた白音は何も出来ず、固まることしか出来ない。
そして、その目の前で。欠伸をかきながら半蔵は注射針を軽く抜き取る。その動きには麻酔を受けた感じは、効果は見られなかった。
「くっ!?『イガナンテ』を耐えきるなんて!?」
「ホッホッホッ、あまりわしを甘く見ないで欲しいのぉ。ほれ、さっさと話さんか。お主らの狙い───京都で何をする気じゃ?」
顔色を変え、忍の顔を見せる半蔵が指を動かす。糸か何かを使っているのか、身体を拘束する針金が強く締まる。
下手に黙っているのは得策ではない、そう判断した彼女はあっさりと諦めた。そして自分達の目的を話し始める。
「…………一つは王の為。王は未だ完全体ではありません。覚醒させるには同じ超越者の力が必要です」
「その力を持つ者、『かぐら』が京都におるんじゃろう?わざわざ忍を動かすのも手に入れ易くする為か?」
「違いますよ、半蔵おじ様。それはもう一つの目的」
クスリと笑う白音は告げる。淡々と話を続ける彼女だったが、この話をしようとした途端、顔色が優れなくなる。
「私達の同胞の望みです。彼等は忍達に恨み、憎悪を抱いています。大切な家族を奪われ、居場所を追われたんですからね」
「それでは、まさか───」
「復讐ですよ。知ってますかおじ様?復讐はある種の呪いとも言えます。それは忍にとっても有害であり、彼等を蝕む毒にもなります。どちらも良い結果にはなりませんが……………別に構いませんよね?だって手を出したのは忍達の方ですから」
彼女の顔には隠される事の無い憂いがあった。自分達の仲間、家族と言っても過言ではない程の親愛を抱く者達が、自ら破滅に進もうとする事に思うところがあるのだろう。
そう考えていた半蔵の前で白音はクスリと微笑んだ。半蔵はすぐさま彼女を見るが、ゆっくりと口を開いて何かを話そうとしていた。
声もなく、口の形で言葉は読み取れた。
────真上が不注意ですよ、おじ様?
取り押さえられ、追い詰められた筈の白音は────笑みを隠そうとしていなかった。それは諦めたとか苦笑いではなく、本心からの喜びの感情。
数秒ばかり訝しんでいたが、半蔵はすぐにハッとして懐からクナイを取り出す。その直後の出来事だった。
白が。純白の煌めきが上空を多い尽くす。大規模な結晶が巨大な槍となって襲い掛かった。それも上空から、半蔵を叩き潰さんと。
「ぬ、ぉぉぉぉぉおおおおおッ!!!」
咆哮にも似た気迫の声が、老人の喉奥から響く。自身の身の丈以上の結晶塊を、クナイ一本で止める半蔵。余裕とも言える行動を取る老人の顔は必死そのものであった。
一瞬だけ、力を弱めることで軌道をずらす。巨塊は横に逸れ、スピードに乗った勢いで地面を抉っていく。何とかいなした半蔵はすぐさま、
「ふッ!」
クナイで空を斬る。ヒュッッ!!! と軽い音と同時に激しい金属音と火花が散った。近くの木々を問答無用で穿つ鋭い突きとも言える斬撃を防いだのだ、たった一本のクナイで。
対する斬撃は、鋭利な金属剣によって振るわれていた。まるで一つの最硬度の金属を何百年も削り続けたような神秘的でありながらも、殺人に特化した機械的なフォルムも持ち合わせたそれは─────ある人物が有する
その男はするりとした動作で脚を退ける。まるでスケーターが氷を滑るように、地上を滑り歩く黒髪の男。
「────流石だ、俺の一撃を耐えきるとは。伝説の忍も伊達ではない」
彼はあくまでも半蔵を賞賛する。不意打ちとも言える二連続の攻撃を掻い潜り、よく耐えきったと。
半蔵は彼の姿を見て、今度こそ言葉を失った。その顔は何処か懐かしさがあった。かつて自分と争いあったライバルと似た風貌のこの男は───────
「お主は─────【禍の王】の………!」
「
「勿論、知っとるわ………雪泉と同じ、黒影の………もう一人の孫……!」
「へぇ、そこまで知ってるとはな」
賞賛するように言う覇黒はカツン!と脚である剣を鳴らす。
【禍の王】『
「………復讐か。黒影への憎悪を、従兄弟にまで向けるか………!」
「無関係?違うな、雪泉と俺は関係者だ。あいつは黒影の意思を継いだ以上、黒影の痕跡を完全に滅ぼす、雪泉も俺の手で殺す」
半蔵は、亡くなる前の黒影に託されていた。孫娘である雪泉と同じく育てていた少女達の事を。そして、行方が知れず病気の身体を動かしてでも、探していた
それなのに。
祖父の事実も知らず、彼に憎悪を抱く『
そうすることで、憎き祖父の残した希望を踏みにじれると───────自分を捕らえ、拷問し続けた『何者か』によって植え付けられた仮初めの憎悪を終わらせられると。
「───そうは、させんッ!」
ガキンッ!!
「ハッ、衰えてるな半蔵。この程度の攻撃が精一杯か?」
隙を突くように放った小太刀の、渾身の一撃も通じない。覇黒は脚を持ち上げ、それを軽く弾き飛ばす。『イガナンテ』という麻酔薬の効果が発揮されている、そう実感が湧いてくる。
そのままバランスを崩しながらも距離を置こうとする半蔵の背中に三本の注射針が刺さる。
針金による拘束から解かれた白音。投擲された麻酔薬に気付く事も出来ず、服越しの針が皮膚に液体を流し込んだ途端、半蔵は力なく倒れ込む。
「………ぬ、ぅっ。これ、………は?」
視界が歪み、指先が動かなくなってくる。身体の隅々に『イガナンテ』が行き渡った事を証明している。何本分の重度の麻酔薬は、伝説の忍の動きすらも封じようとしていた。
ザッ、と。
反撃も出来なくなった無力な老人の前に二人が立つ。指でも動かせば殺せる、そんな状況の中で話をし始めた。
「────殺さなくて良いのか?」
「私個人の借りがありますので。おじ様への恩も返したいですから」
ふぅん、と呟きあっさりと引き下がる覇黒。必要性も無いと感じたのか、受け入れるのが早かった。
それもその筈。伝説の忍は既に脅威というカテゴリーから消えたのだから。自分達が警戒する対象が、一定期間だが外れたのだから。
「1ヶ月程お休みだ、半蔵。その時は新しい世界の誕生を見せてやろう。俺達の、ようやく手に入る居場所を」
言い残した二人はこの場から立ち去っていった。ただ一人、意識が朦朧とした半蔵を残して。
地面に倒れ伏した半蔵は思わず自嘲した。『矛と盾』、その言葉を孫娘に教えていたのにも関わらず。不器用な青年に、無茶ばかりするなと諭したのにも関わらず。
止めることも出来ず、こうして意識を失いかけている。今の彼に出来るのは、ただ一つ。希望を、託す事だけだ。途切れ途切れの思考で思い浮かんだのは、二人の少年少女。
「頼んだぞ………飛鳥、ユウヤ……」
緊急予告!新しい章の解放!
「…………ここが京都か、久しぶりだな」
何の因果か、京都へと訪れるユウヤ達。そんな彼等はある少女との出会いを迎える。
「お前、いや────君は誰だ?」
「あなたは、一体─────」
そして同時に、少女を狙う者達も動き出す。
「ッ!テメェは───!」
「久しぶりだなァ、『黒雷』。そいつを渡してもらおうか」
「私達の!兄さんの仇だ!」
「死ねぇ!!善忍ども!!」
「───さぁ、君達に見せて上げよう。世界を焼き尽くす程の、私達の憎悪を」
次章『5章 京都決戦編』お楽しみに!
「───時は巡り、廻る。さぁ、輪廻の時を刻もうか」