斑鳩は走っていた。この街に出現した聖杯、それを囲むように設置されている柱を破壊するために。
だが少しおかしいと思ったのか周囲を見渡した斑鳩は静かに呟く。
「────少ない」
いや、たくさん出現していた筈の妖魔が一匹たりともいなかった。その事実は素直に安心するべきなのだが、斑鳩は安心できなかった。
ユウヤと飛鳥たちと別れた直後は何体もの妖魔が襲ってきたというのに、この静けさは場所が変わったように感じさせた。
彼女が知らなかったその理由は一つだけある。
妖魔たちが恐れる存在が彼女の目的の場所にいたのだ。気付いた斑鳩は歩みを止める。柱の前に着いたからではない、その柱の前に佇む存在を目にしたから。
「……………貴方は」
「見たところ、貴公も其と同じ剣士と見える」
斑鳩の前に立つ全身甲冑の男。一本の刀剣を背中の鞘に仕舞い込み、腕を組んでその場に仁王立ちしていた。
「貴公は、この戦乱の元凶を止めるために来たのであろう」
「ならば引いてください。あれを止めないと多くの人が」
「──────
甲冑の男はそう告げる。兜の隙間から漏れる光が薄い色に輝く。呆然とする斑鳩に甲冑の男は腕を組んだ状態で静かに、そして強い言葉を言い放った。
「其は聖杯より使われた守護者
背中の刀剣の柄がガシリッと握られる。鞘から引き抜かれたのは、精錬された強靭な剣。スロウは視線を反らす────斑鳩から彼女の腰に差してある愛刀に。
「貴公も武人ならば、どうすればいいかは分かるであろう」
鋭利な剣先を向けられた斑鳩は愛刀 飛燕を構える。刀身を向けられたスロウは、ほぅ……と興味を示す。
赤黒く染まった空を刀身が映す。その刀剣の柄に片方の手を添え、深く腰を落とす。
両手で掴み直した剣を腰に差すように、剣先を地面に押し付け、
「───────いざ、勝負ッ!!!」
腰を深く落としたスロウは直後に疾走する。反応に遅れた斑鳩も飛燕を握る。迫り来る強靭な刃を切り払い、この戦いを終わらせるために。
◇◆◇
同時刻、葛城も斑鳩と同じように柱に辿り着いていた。だが破壊するどころか、動かなかった。いや、動けなかったのだ。
「よぉ、待ってたぜ。暇だったがなぁ」
現れたのは男。ボサボサとした白い長髪、濁った瞳、牙のような歯を持つ男。だが、他にある特徴が男を異常足らしめていた。
身体を包み込む程の黒い翼、漆黒に偏食した剛腕、腰から延びた棘の多い尻尾、これらの特徴が。
男はにやけながら、首を鳴らす。ゴギゴギ、ゴキと。上と下の牙を噛みながら、余裕そうに立ち上がる。
「───アンタは?」
「ファフニール、聖杯の守護者
自己紹介をしたファフニールは腕を広げる。胴体に浮かび上がった薄い光の紋様を輝かせ、鋭い牙を見せるように笑っていた。
「折角復活したってのに、カスどもの相手で退屈してんだ………………ほんとに弱くてよぉ」
ファフニールの周囲にあるのは沢山の死体と肉片。人の身体の部位もあったが、獣の牙や脚もあったことから葛城はそれらが妖魔だったものだと理解する。
死体からして、妖魔の数は数十を超える数だった。それらを倒したファフニールはつまらなさそうに嘆息している。
自分よりも強い。そう確信した葛城は体が震えているのを感じる。それが恐怖などではなく、武者震いによるものだと葛城は考えた。
「へぇ、じゃあアタイとやり合おうぜ。そうすれば退屈しなくなるかもな……………退屈なんだろ?」
「───クハハハ」
葛城の挑発にファフニールは静かに笑う。怒っている訳でも不愉快な訳でもなく、純粋に笑っていた。そして、笑いながら言葉を紡いでいく。
「いいぜ、いいぜ、そういうのよぉ!大抵の奴らは俺に恐れて戦おうとすらしねぇ!だがテメェは違う、俺の言いたいことがよぉーく分かってる奴だッ!!」
────戦闘狂。それも芯からのだ。
苛烈な戦いを好き好む者の呼称に葛城は複雑な感じだった。かつての自分も似たようなものだったから。
そんな事お構い無しと言わんばかりにファフニールは地面を砕くように踏みつける。奥歯を噛み締め、口を歪めると音速の勢いで飛びかかった。
「実力行使の勝負だぁ、簡単にやられてくれんなよォ!!?」
◇◆◇
「くっ、はぁ!!」
宙に吹き飛ばされた柳生は勢いに任せて体を捻る。握る傘の先を自分の出てきた砂煙へと向ける。傘に仕込まれた銃が何発もの弾丸を砂煙の中に放つ。
だが、砂煙からは音が返ってこない。その現実に柳生は再度狙撃する為に距離を置こうとして、声に遮られた。
『──────これを何と呼ぶべきか、知っているか』
実体も形も無い個体は物質の動く音で音声を構成する。いや、本当は喋っているのかもしれない。だが、無数の物質の集合体であるそれは、関係ないと言葉を紡いでいく。
『無駄、無謀、無意味。これだけではなく多くの言葉が該当する』
『生憎、私は同胞のように油断はしない。
淡々と現実を告げる個体は人の形をしていない。世界に張り巡らされたインターネットに存在する情報の集合体と称せることができるソレはノイズで包まれた体を動かす。
『────だが、興味深い事例が一つある。こんな状況で君は諦めようとしていない』
実像の見えないソレは嗤う。ノイズの集合体がその姿を変化させ始める。ノイズと雑音が物凄い高さで周りに反響する。
ノイズが晴れた場所にあったのは、複数の重火器を搭載した砲身の長い武装兵器。
周囲を焼き尽くしかねない火力のエネルギーが砲頭に蓄積させられる。大砲が射程を柳生へと向け、興味を抱いた嬉しそうな声を発した。
『どれ程の事をすれば、君が折れるのか────確かめたくなった』
傘を掴む手に力を入れる。直後、火花と轟音が周囲を包み込んだ。
◇◆◇
柱を破壊する為に雲雀は巨大な迷宮に入り込んだ。そもそも、何でこんな所に迷宮があるのかと思ったが、そんなことを思い悩んでる暇ではなかった。
迷宮に入って道を進み続けた雲雀だったが、幾度も進んでも出口が見つからなかった。
疲れたのか、空を隠すほどの高さの壁にもたれ掛かる。どれだけ歩いたのか分からなくなり、少しずつ不安が心を支配していく。
「………でも、ひばりは引き返す訳にはいかないよ。ひばりだって戦えるから」
決意を、覚悟を決める。足手まといにならない為にも、自分でも誰かを守る為に、雲雀は歩み始めた。
直後の出来事だった。
「やぁ、見知った顔だと思ったら君だったか」
「───ッ、誰!?」
迷路の奥から足音と共に声がする。足音に比例し声も大きくなっていることに気付いた雲雀は身構えていた。だがすぐに警戒を解いた。
「志藤さん!!」
「出口を聞こうとか、そういうのは止めてくれよ。僕も現在迷子なんだから…………迷子なんだからッ!!」
恥じらいもせず、俗に言うどや顔を見せて堂々と宣言する志藤。頼れるのか分からない人物に雲雀は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……………はぁ、憂鬱だわ」
欠伸を漏らしながら、四体目の
(私は同胞たちとは違うわ。面と向かって戦う理由なんてないじゃない……………迷宮から出られたら考えなくもないけど)
自身の潤しい髪を撫で、パンドラは笑う。愚かしいと見下ろした嘲弄の笑みを浮かべ、質素な箱を開けるか、開けないか、片手で弄っていた。
「まぁ、無理でしょうね。迷宮を突破する事なんて出来ないの。仕組みに気付かなければね」
◇◆◇
飛鳥は対峙していた。
五体の怪物────その最後の一体と。
どす黒い邪悪に染まったオーラを解き放つ、目の前の存在に。
口を閉ざし続けていた存在はようやく言葉を紡いだ。ゆっくりと歩み、身に纏った金属類の音を鳴らしながら。
「───五つの柱が杯を支え、眷属が死と命で満たす」
王様の風格と騎士の姿をした男。
「幾千万の血と肉、魂を媒体として………偽りの神は降り立つ」
軽めの鎧を着込み、紫色の閃光を灯す長剣と身の丈以上の大盾を持った男がいた。
後方で浮遊する柱を守護するように。
顔を隠していたバイザーを持ち上げた騎士の顔が露になる。濁った瞳。黒と白の絵の具をグチャグチャにかき混ぜたような眼に飛鳥を映した騎士は静かに告げる。
「世界の歪みを正す──────その邪魔はさせない」
「…………その為に、沢山の人を傷つけるの?」
「それで世界が救われるのなら」
即答だった。迷う必要もないと、騎士は断言した。この世界が進み続ける為ならば、どれだけの命を犠牲にすることも許容するという決意が感じられる。
小を救い、大を救う。
この騎士の行いを例えるなら、その言葉が相応しい。数多くの人間が許容してきたそれをこの騎士は信条としていた。正しいだろう、その選択は間違いとは言えないし、明らかに正しいだろう。
だからと言って、彼女はその事実を認める訳にはいかなかった。認めてしまえば、全てが終わる。
終わりゆく世界を救ったとしても、そこで人々が笑えなかったら、本末転倒だから。
飛鳥の思いを理解したのか、騎士は嘆息する。言っても聞かない子供を前にした大人のように、呆れた様子だった。だが、それはすぐに純粋な敵意へと変わる。
「受け入れないか………………理解はしている。簡単に理解できるのなら、世界に争いは消えているのだから」
今一度、ここでこの騎士の正体を明かそう。
黒騎士 アルトリウス。
だが、それを知ったとしても飛鳥には関係ないだろう。彼女は二本の脇差を両手に握り、騎士と対峙する。
悲しまなくていい人々を悲しませない為にも。
そして、大切な仲間たちと一人の青年との約束を守るためにも。
補足しときますが、
強さを表しますと、
アルトリウス>スロウ=ファフニール=アポカリプス=パンドラ=巨大妖魔
統括者?…………………それ以上ですよ(震え)
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