七十三話 己の使命
忍。
古くから社会の闇に潜み、影で生きる者たち。勿論、そんな忍は光で生きることが許されないので、そうして生きているのだ。
ならば、光にも影にも生きれない者たちはどうするべきなのだろうか。
ある者は復讐に堕ち善忍から追われ、ある者は宿した力から命を狙われ、ある者は存在すら許されず、無惨に殺された。
そんな彼等が生き残るには、互いに協力し合うしかなかった。自分達を隅まで追いやった者たちを憎み、恨みながら、彼等は集まっていく。
そして、《王》と《幹部》たちにより組織、『禍の王』が形成される。彼等は忍と異能の元である混沌を融合させた戦闘員、『
《王》の、組織全員の『悲願』の為に。
「……………くっ、は!?」
少女の呻き声が、木霊する。場所はドーム状のホール。床や壁、天井ですら水晶のようなもので構成された大部屋。
そんな独自の光を灯す床に、銀髪の少女が叩きつけられる。
「銀嶺!」
「………私は大丈夫です、麗王さま。それよりも………!」
掛けられる声に銀嶺という少女はドリルを杖代わりにして立ち上がる。そしてレーザーブレードを持った麗王という女性が彼女の前に立ち、周りを見渡す。
気を失い、倒れ伏す仲間の少女たち。誰もが相応の実力者だった。しかし、全員が倒された───たった一人に。
「───そろそろ潮時。少し痛めつけすぎか」
冷気のように凍えてくる声が、ホールに反響する。透明の結晶たちを砕いて、一人の男が歩いてくる。
青と黒に染められたピッチリと身体に張り付いたダイバースーツのような装束、金属製で出来た鋭角の脚部。
それら全ての特徴を含んだ黒髪の男はとてつもない覇気を放っていた。実力的にも、この場を完全に支配している男は、こう聞いてきた。
「───君たちが良ければ、俺が王に取り繕い仲間になることができる。どうだ?チャンスを与えよう。我らの仲間になるか、選ぶがいい」
「断ります、私たちは忍です。おいそれと寝返ることなどするつもりもありません」
勧誘ととれる言葉を、即刻切り捨てる麗王。彼女はレーザーブレードの剣先を男に向け、何時でも戦えるように構えるが、
「なるほど、誇りか───────気に入らん」
深い失意と共に青い装束の男は片腕を振るう。軽く振るっただけ、それだけで麗王の身体は宙を舞うことになる。
その理由は、別の視点から見れば明白。
地面から生えた結晶、足元から伸びたそれらが麗王を吹き飛ばした。
地面に転がった麗王はレーザーブレードを拾おうとして、思いとどまる。ある事が、ある人物の姿が脳裏をよぎったからだ。
(…………こんな時、『あの人』がいれば……!)
「─────さま、麗王さま!」
一種の後悔に苛まれていた意識は自分の名を呼ぶ声によって覚醒する。隣に立っていた銀嶺は相手に気付かれないように、視線で促した。
「早くお逃げください。このままだと全員が捕まってしまいます!」
「しかし、それでは皆を見捨てることに───」
「麗王さま!!」
戸惑う麗王に一喝する銀嶺。倒れた仲間たちと銀嶺を一瞥した彼女は、決断する。
「───待っててください、必ず戻ります!」
「くだらん茶番をご苦労。その覚悟は実に懸命だが、逃げられると思っているのか?」
立ち上がる麗王の背中に男はポケットから何かを取り出す。
紫色に光る鉱物、煌めく宝石。
親指と人差し指で少し弄ったそれを、男は上空へと投げる。
「異能忍法、
僅か数㎜の宝石が膨張、そして分裂した。プラネタリウムのようなホールの天井を埋め尽くす程の大きさと数に化した濃い紫色の宝石、
それは容赦なく天罰のごとく降り注ぐ。出口へと駆ける麗王の背中に照準を合わせ、岩石の雨の餌食になりそうになる。
「そんなこと………させません!」
ドガガガッ!! とアメジストの塊が粉砕された。麗王を庇うように立ち塞がった銀嶺がドリルを使い、アメジストを砕いたのだ。
黒髪の男が顔を歪める。宝石の雨に銀嶺という少女の体力は減っていく。しかし、何時まで立っても倒れる様子がない。
気付いた時には、麗王の姿は消えていた。開ききったドームの奥にある扉を見ても、男の感情は変わらない。アメジストの破片を鋭利な脚で潰しながら、銀嶺に迫っていく。
「麗王さま…………ご無事で」
「フン」
限界なのか、膝をつく銀嶺に近付いていた男は腹を蹴り上げる。金属の脚の一撃に苦悶の表情を浮かべた彼女は、意識を失いピタリとも動かなくなる。
しかし、その少女は最後まで希望を捨てていなかった。
「……………フン」
気に入らない。
そう言うように男は再度鼻を鳴らす。気絶した少女たちを少しだけ見据え、振り返り麗王の逃げた先とは反対の方に歩いていく。
急いできたように部屋に入ってきた二人を見ても、男は冷静さを保っていた。そして、彼らに短く言った。
「クロウラー、
「は、はいッス兄貴!」
「にゅ~、分かったぁ~」
クロウラーと呼ばれたゴーグルの青年と
テラスのような場所に出て、機械や部品だらけの光景を見渡す。必死に作業する者たちから目を離し、片手に握った端末を目にも止まらぬ速さで連打し、耳に当てる。
「ヴェルザードか、首尾は?」
『今のところは順調です。侵入者が出たこと以外は計画の誤差は0.01%、「例の物」の解析も問題ありません』
「そうか、侵入者の一人を逃した。増援が来るかもしれん、お前の方も用意をしておけ」
『
流暢なドイツ語と共に連絡が切れる。男はそれを懐に仕舞い込み、別のものを見上げた。自然と沸き上がる感情を押し殺し、呪詛のように告げる。
「邪魔はさせん────誰であろうと」
禍々しい瘴気を放つ地獄の釜、そしてその真上に浮かぶ機械に目を向ける。ゴウン、ゴウン、と振動する機械に施設が揺れる感じを身に確かめ、口を引き裂いて嗤う。
言葉と共に嗤う男の顔は、一つの感情に染まりきっていた。
「飛鳥さんたちが…………行方不明?」
突然告げられた事実に、雪泉は何を言われたのか分からずにいた。夜桜たちも同じ様で、声が出ないと呆然としてる。
その事実を口頭で伝えたのは、傭兵 ユウヤ。飛鳥たちを最も信頼している青年。
大切な仲間たちの危機を、平然と告げるユウヤ。感情を表に出さないその姿があったからこそ、雪泉は現実だと受け止めるのに時間が掛かったのだ。
「襲撃を受けたらしい、姿の消えた場所で激しい跡があった。戦闘…………とも言えない、あれは蹂躙だな」
その現場を見たユウヤも、言葉が出なかった。かつての強敵 統括者ゼールスとの戦いの比ではない程の惨状がそこにあったのだ。
それ以上の敵の出現に、雪泉たちは実感が湧いてないが、激しく警戒しているユウヤの姿に気を引き締める。
「被害状況からして相手は一人。これ程の被害を受けた以上、飛鳥たちは無事じゃない。酷ければ数人は、最悪なのは全員が死んでることだな」
「……………何じゃそれ」
淡々としたユウヤの言葉に、夜桜はそう漏らす。強く握る両手から静かな怒りが感じられる。だが、それは話の内容にではない、目の前の青年の軽薄に見える態度が起因だった。
冷静さを保ったユウヤの行動は別段良いものと思える。
だが、先程のあっさりとした言葉に怒りを覚えていた。
「飛鳥たちが死んだと、何でそんなに簡単に言えるんじゃ……。お主の大切の仲間じゃろうが!無事を信じてやるのが普通────」
ズドンッ!! と遮るように響く。降り下ろされた拳が机を砕いたからだった。轟音を立てて二つに割れた机が床に落ち、この場の空気が一気に硬直する。
素手で殴った事もあり、ポタポタと血が流れる。滴る血が床を濡らすのを気にせず、ユウヤは口を開いた。
「………だったらどうしろと?怒りに身を委ねればいいか?悔しがって地団駄を踏めばいいか?そうやっても何も変わらないから───こうやって状況を変えようとしてるんだろうがッ!!」
最も悔しいのは彼だろう。今すぐ自分の持てる全てを使ってでも、飛鳥たちを探し出したい、そう思ってる筈だ。
だが、そうしても意味がないのは、ユウヤはよく分かっている。だから動いていたのだ。そうすれば、どうなっているか、分かるかもしれないから。
「─────悪い、頭に血が登ってた」
「いや………ワシもです、すいません」
「別に。焔の奴にも同じようなこと言われたからな。ぶん殴られたりもした」
出血した右手を開いて、彼は傷の調子を確認する。机を砕いて出来た傷ではない、爪を食い込ませ過ぎて出来た傷を。
そうしてる間に、少し前に言われた言葉が彼の脳裏に響く。
『────ッ!飛鳥は私のライバルだ!簡単に死ぬ訳ないだろうッ!』
「…………ふざけやがって、俺だって信じられるかよ」ボソッ
悲痛に顔を歪める青年の姿に、掛けられる言葉などなかった。場の空気が重くなったのをすぐに理解したユウヤな、話が反れたな、と言いソファーに座り込む。
「先程は誤解させる事を言ったが………俺は飛鳥たちは生きていると、確信している。」
「………やはり、根拠があるのでしょうか」
「現場にあった
「……?それが一体、」
「分からないか?行方不明になったのは飛鳥たち五人、そして敵は暫定的に一人。
ならもう一つの足跡は誰のものだ?」
あ、と誰かが声をあげた。敵ではない、先程のユウヤの指摘の通りなら激しい戦闘をしたのは一人らしいから。
そうすると答えが自然と出てくる。
「……つまり、襲撃を受けた飛鳥さんたちを突然現れた誰かが助け出したと?」
「今のところは、その方が可能性的には大きい。まぁ憶測に過ぎない訳だが…………ところで」
区切りが良いか悪いか分からない、半端なところで話を切ったユウヤに少女たちは訝しむ。彼はこの場にいない知り合いの名を出しながら、質問した。
「シルバーの奴は何処にいった?いつもならお前らと一緒にいると思ったんだが」
アホ毛が特徴的な銀髪の青年のヴィジョンが全員の頭の中に浮かぶ。最も、本人の前でそう言ったらめんどくさいので言わないのだが。「あぁ、そうでした」と思い出したように、不在の理由を告げる。
「シルバーなら外出中です。『すこーし外の空気吸ってくるわー』と出ていってから、全然帰ってきませんが……」
「……………声真似上手いな。ま、まぁ別に構わないさ。寧ろその方が話が拗れずに済む」
ポケットから取り出した携帯を少し弄り、すぐに戻す。意味不明な行動と取られるが、携帯に保存されている内容を確認しただけだった。
「緊急の忍務だ。内容は俺の口から伝えさせて貰う。“テロリストたちが秘密裏に研究している施設を調査せよ、出来ることならばテロリストたちを撃退し、研究内容を破棄せよ”───だとさ」
「テロリスト………ですか」
「それは名目上さ、奴等にも名前がある。俺も一度、戦ったからな」
再び立ち上がったユウヤは窓から外を見る。その目付きは鋭く、因縁の宿敵に向けられるべきものだった。
最近天候が良くないのか、太陽を覆う暗雲に険しい顔が余計に深くなる。そうして、青年はかつて自分を圧倒したテロリストたちの名を口にした。
「『禍の王』、世界に災禍をもたらす組織。本来の目的は名前通りか分からないけどな」
一方その頃。
少しだけユウヤたちの話題に出てきたシルバーはというと。
「……………はぁーーーっ」
路地裏を歩き、深い溜め息を吐いていた。いつもなら部屋でグダグダして雪泉に叩き起こされる(物理)のだが、今日はそんな気分ですらなかった。
理由は、彼の口から明かされる。
「話すべきか、話さないべきか………悩むなぁ」
何を、と思うはずなのでここで説明しよう。
シルバー、彼は『忍狩り』という異名を持つ国の直属部隊のリーダーだったのだが、ある理由で自分から辞め雪泉たちの仲間となっていた。
しかし、本題はここからだ。実はシルバーは悪忍の家であり両親を雪泉たちの育て親(雪泉の場合は血の繋がった祖父)の黒影に殺され、シルバー自身も悪忍として動いていた時期があったのだった。
(そういや、前にあったなぁ。雪泉に正義も悪も似たようなもんじゃね?って言ったら『全く違います!一緒にしないでください!』て叩かれた挙げ句、三時間も正座で説教食らわされたよなぁ……………あれ?よくよく思い出したら理不尽じゃね?)
もしも、その事実を雪泉たちが知ったら、どうなるのだろうか。想像しようとしてシルバーは思考を放棄しそうになった、というか今現在しかけてる。
(…………止めよう。こういうのは考えない方がいい。─────よし、落ち着かせながら話そうか。最悪その場で殺されかねないけど、そうしないと信じようか!)
一件落着! と全く解決していない議題を終わらせ、淡い期待に祈りながら、銀髪の青年は少女たちの元に帰ることにしたのだ。
その時、路地裏の影から人影が飛び出す。その影は今もなお背を向けるシルバーに近付き、武器を手に取る。
レーザーブレード。薄い青色に光る剣は光筋を描き、シルバーの無防備な背中へと振るわれ──、
パスッ! と。
──なかった。人影の握っていたレーザーブレードが離れた場所へと転がる。嘆息したシルバーは振り返り、灰煙を銃口から吐く拳銃を人影に向けた。
「不意を突けば勝てるとかいう考え方が甘いね。まぁ、やり方は誉めるよ。自分以外のヤツなら一撃は食らってたろうし」
最初から気配に着いては気付いていた。シルバーのやったことは、出てきた相手の武器を撃ち落としただけ。西部劇のガンマンのように集中していたのだ。(最も振り向いた時に撃った訳ではないのだが)
「──さぁて、何でこんな真似をしたのか聞かせてもらおうか───」
「流石です、銀河さま……いえ、今はシルバーという名を使っていましたね」
………へ?と唖然とするシルバーに、その人影は歩み寄ってきた。建物の影が消え、その姿が明らかになる。
薄い金色の長髪、清楚かつ美しい容姿を持つ女性。あまりにも場違い過ぎる人物に、シルバーは絶句していたた。
その女性が、シルバーにとって旧知の者だったから。ワンテンポ遅れてその事実に気付き、大声で叫ぶ。
「……………お前、まさか
「はい、麗王です。お久しぶりです、シルバーさま」
対して麗王は微笑みながら答える。この反応から、シルバーと彼女は知り合いというのが良く分かる。
しかし、シルバーの方はあんぐりと口を開いたまま。何かに驚いたようにしている彼は、麗王の頬が少し赤みがあることに気付かない。
「久しぶりだなぁ、こんなに大きくなって───」
「…………いえ、申し訳ありませんが、少し場所を変えてもらってもいいでしょうか?」
肩に触れる手を優しくどかし、彼女は路地裏から出るように歩いていく。歩き方すら優雅と言えるものに、苦笑いしか浮かべられない。
前を歩く麗王から視線を外し、感慨深そうにシルバーは呟いた。
「…………………全く、何度も迷惑をかけてくれるよな。お前ら姉妹は」
彼の手の中にあったのは、豆粒程度の宝石。リズムに合わせて小さく発光するそれには探知する機能があると判断したシルバーは地面に落とし─────靴底で踏み潰した。
そして、すぐさま後を追いかけたシルバーはまだ知らない。この行動が原因で想定を越えた最悪の出来事が起こるとは。