「………イテテ、背中が痛い」
それぞれ別の場所に転移され、分断された焔紅蓮隊。その内の一人、紅蓮は学園内の建物の上に飛ばされていた。
無論、屋根をぶち抜いた紅蓮もダメージが無いわけではない。見事に背中を叩きつけ、激痛に涙目になりながらも彼は立ち上がる。
「ここは……………倉庫、だよな?昔居た時と変わってないのか?」
「………ひっ!?」
近くに置かれた武器を手に取った直後、短い悲鳴が耳に入る。一瞬だったが、それを聞き逃すほど紅蓮は気が抜けてはない。
誰だ!! と叫ぶ前に、すぐ近くにいる少女に気付く。緑色の髪をして普通よりは大きな筆を武器とした(今現在抱き抱えている)少女だった。
二人は警戒していたが、すぐに互いの正体に気付いた。
「あ……紅蓮、さん?」
「君は────補欠の子!」
「ば、芭蕉です。………でもどうしてここに?」
「安心してくれ。味方だよ、【禍の王】って奴等を倒しに来た」
その言葉に芭蕉という少女は心から安堵する。紅蓮は昔だが、この少女と面識があった。
まぁ何というか…………補欠メンバーの一人、日影の後輩の子としか考えないのだが。
「良かった………で、でも紅蓮さんたちは蛇女に追われてるんじゃ………」
「母校がテロリストに襲撃を受けてるんだ。思い出ある場所を守りたいのは俺たちも同じだよ。
ところで、どうしてここに居るんだ?それと他の学生たちがいないようだが………」
「…………そ、そうだ」
「ぐ、紅蓮さん!取り敢えず逃げましょう!今の私たちじゃ皆を助けられません!」
「?それってどういう───」
ドガッッ!! と。
倉庫の扉が爆弾を受けたように吹き飛んでくる。紅蓮は咄嗟に芭蕉の前に立ち、腰元の刀を抜き払う。空気中に姿を見せた刀はその刀身を真っ赤に染め、炎に包まれていく。
「───焼却・壱式=爆火」
紅蓮は地面につけた剣先を勢いよく前方に向けて薙ぐ。空気を焼き焦がした炎刀が扉を切断する。二つの鉄板が熱を帯びたようなオレンジに変色したと思えば、空中で技の名の通りに爆散した。
背を向けた所での出来事を紅蓮は一々確認しない。最優先すべきは前方────武器を構える忍学生たちだ。
刀を軽く振るい、火の粉を振り撒く。燃え盛る炎を背にする紅蓮に、生徒たちは身動ぎもしない。
紅蓮は燃える刀を納め、少女たちに問いかけた。
「皆、何でこんなことをするんだ?」
「………」
「返事をしない………洗脳されてるのか」
答えるどころか武器を構える彼等に紅蓮の顔が苦々しいものに変わる。
洗脳とは言っても人格に影響するものではないらしく、意識を押し潰すように命令を植え込んでいるのかもしれない。
ならばやることは一つ、
「一応謝るけど…………ごめんッ!」
謝罪を告げ、紅蓮は少女の猛攻を掻い潜る。少女は一撃で仕留めようと武器である刀を振りかぶった。
(───今だ!)
しかし、その時を紅蓮は待っていた。決定的な隙が出てくるのを。
地面に手を当てながら跳躍し、刀の一閃をすらりと回避する。その刃が地面にぶつかる直後に、紅蓮は捻った体を回転させて少女の首を足蹴りした。
あくまでも、殺すためではなく無力化するための一撃。首とはいったが、正確には力を込めずに首筋を小突いただけなのだ。それを食らった少女は抵抗も出来ずに、倒れ込んだ───────筈だった。
「なッ!?」
紅蓮が驚愕の声をあげる。近くで見ていた芭蕉も両目を見開き、目の前で起きた出来事に絶句する。
ダン! と。少女は片足で強く踏み抜き、倒れようとしなかった。そのまま、おかしな動きで体勢を立て直したのだ。
しかしそこで紅蓮は気付いた。
立ち上がったのは、少女の意思ではない。その顔には生気や意識すら感じられない。まるで人形のようだった。
そして少女が少しでも動く度にギチギチと軋む音がする。歩き方も不可解なもので、何と言うか……………半透明な糸で操られたマリオネットのようだった。
もしかすると、などではない。確信に至った。
例のテロリスト『混沌派閥』は彼女らをただ操っている訳ではなかった。意識を失っても尚、こうも操り続ける。肉体の限界だろうが関係なく、最早人としてではなく道具としか運用していない。
「………ッ!!」
カッ!と破裂しそうな怒りを収め、紅蓮は奥歯を噛み砕く。
自分が道具として扱われるのは良い。人形である以上、紅蓮自身もそれぐらいは受け入れている。(彼女らが聞けば激しく怒ると分かってはいるが)
しかし、自分とは関係ない───増してやその尊厳すら踏みにじられたような所業を許せるほど、紅蓮は情がないわけではないのだ。
「焼却・参式=
切っ先を床に叩きつけ、倉庫を分断する程の炎の壁を出現させる。
その為にも、まずはこの場から逃げなければならない。あれほどの数を相手すれば勝つのも、何より芭蕉を守りきるのは難しいから。
「行くよ!足止めをしたから時間は掛かる!」
「はい!」
そう声を掛け、先に行くように促す。芭蕉は頷き先を進むが、不安そうな顔を紅蓮に向けていた。
心配ないと紅蓮は笑い掛けようとするが、
『─────、────────』
「ッ!!…………?」
頭に変な言葉が響いた。ノイズにより上手く聞こえない。しかし普通のものではない、耳からではなく脳裏から発されている声音なのだから。
「……………一体、何なんだよ」
最近こんな事が続いている。他の誰かの記憶が流れ込んできたり、今回のようにそれ以外とは別である声が聞こえるのだ。
しかし今はそんなことをしている暇ではない。目に見えて戸惑う芭蕉に大丈夫と言い、紅蓮は彼女と共に倉庫から飛び出す。
自分の身に何が起きているのか、紅蓮本人は分からない。しかし後少しで、それを嫌でも知ることになる。
「失、態。………よもや、これほど………とは」
鎖付きのクローを破壊され、壁に叩きつけられた白いマスクの男────『翠翔』がその動きを止めた。
紫と翠翔の戦い、それは紫に勝敗が下った。のだが、彼女からしたら不安しかない。
弱い、あまりにも弱すぎるのだ。学生たちを倒せるほどの実力はあるが、それ以上はなかった。紫の《禍魂の力》を受け、一撃で沈黙していた。
そしてもう一つの謎がある。
「でも、この人…………人間じゃないのは確か……だけど………」
何時も人がどういう人物かを匂いで判断する紫だからこその疑問だった。男から感じられたのは人間特有の匂いでではなく─────、
「まさか────ロボット?」
「肯定。良い線はいっているぞ、少女よ」
先程の男と同じ声に紫は声の方を見た。
暗闇から人影が浮き出てくる。先程と同じ、純白のマスクを被った人物。片腕に伸びる鎖付きの三つの爪。
紫の近くで倒れている『翠翔』と同じ容姿の存在。そう思っていた彼女の眼に、信じられないものが映った。
「回答。私は人在らず、矮小なる人の身を越えたホムンクルス。私は「二番目」の『翠翔』であり、他の個体も『翠翔』である」
その真後ろから同じ人影が現れたのだ。一人かと思えば二人、三人四人五人……………、十何人ほどで数えられなくなった。
それら全てが一寸違えず、『翠翔』であった。
目の前で起きる現象を説明することは紫には出来ない。そもそも、他の誰もが簡単には説明できるわけではない、この状況はそれほど次元が違うのだ。
倍以上の数を有する『翠翔』を統括する「二番目」の『翠翔』は彼女を前に気楽そうに宣言した。
「これが『混沌派閥』、その一端。圧倒的な数の差という絶望を知るがいい」
「「「「「【メトロンフィンガー】」」」」」
「……っ!こないでッ!」
無数の鉤爪が様々な方向から殺到する。紫も対抗するように紫色の波動───《禍魂の力》で押し返すが、それでも防げるのは第一波だけ。
直線の廊下を覆い尽くすようにクローが変則的な動きで禍魂の力を回避する。突然の事に紫は反応しきれない。
人体の肉を軽く抉り取れる程の爪が、忍の少女に牙を剥く──────直前に、
クローの一部が火を噴き辺りを巻き込んで爆発した。そう見えただけ、紫はその場に漂った火薬の匂いを感じていた。
近くから銃を使った一撃、そう彼女は確信した。
「…………どうやら、遊びが過ぎたようだ」
『翠翔』の一人、No.2が爪に装着した鎖を巻きながら呟く。何十の視線は紫に────その後ろに向けられていた。
振り替えると、眼帯を付けた少女が立っていた。猫耳の付いた黒のゴシックを着込んだ、自分よりも幾分か背の低い。…………例えるのなら、キラより少し小さいくらいだと思われる。(もし本人が聞けば憤慨しながら否定しただろうが)
「えっと………そこのアンタ、大丈夫?」
「……大丈夫ですけど、貴女は?」
「ここの生徒よ、元が付くけどね」
煙の噴いた傘を片手に歳下の少女はスタスタと紫の横に立つ。
そして自分よりも数の多さを利点とする『翠翔』の郡体相手に啖呵を切って見せた。
「ったく、大勢で一人をいたぶるなんて。大の大人がする真似じゃないでしょ。ここからは相手してやるわよ。
言っとくけど、アタシはそんなのを見逃すほど甘くないからね!」
未来。
『紫瑞』によりランダムに飛ばされた彼女も自身の敵と遭遇する。言葉通り油断をせずに、分体を群れとする『ホムンクルス』を相手に。
眩しい光に視界を遮られていた焔だったが、ようやくその光が消えたことを確認する。
「ッ!………ここは?」
周りを見ると、真っ白に変貌していた。室内のホールなのは分かるが、辺りを白い何かが包み込んで、元の質素な壁を塗り替えていた。
それらを見据え、言葉を失っていた焔に。
「やあ」
と、暗闇から声が掛けられた。
飛び退いて六本の刀を引き抜く焔に、その声は何も告げない。一瞬でも隙を見せずに相手の同行を窺っていたが、あることに気付く。
自分の真上から影が伸びている事に。
「─────始めまして、ってところかな?焔」
くすりと。
機械仕掛けのようにギシギシと動く白い世界で、彼は笑う。親しい誰かと対面したかのように。
彼は、12歳ほどの赤髪の少年だった。昔欧米の方に存在したとされる魔女のようなブカブカとした漆黒の法衣、歯車のような部品の組み込まれた灰色の手袋。
その幼さの残った顔の左側には刺青が刻まれており、同じように左眼にも何かの紋様が浮かんでいる。
「誰だ?………お前は」
焔は目の前の少年を知らない。
会ったことがあるとか、すれ違った訳でもない───正真正銘赤の他人に違いはない。
なのに、何故か、焔は違和感を感じていた。この少年を他人とは思えない。信頼できる者を前にしたような、この場に相応しくない感覚が心にあったのだ。
「うんうん、その反応は正しいね。僕と君は初対面だ、それは間違いない……………けどね、無関係じゃないんだよ?僕らは」
怪しく歌うような声音で話す少年。意味の不明な言葉の羅列に困惑するしかないが、それでも焔は無視することにした。
そして臨戦態勢を整えながら、問いかける。
「お前が『混沌派閥』の人間、で会ってるよな?」
「うん、そうそう。あと、僕らはホムンクルス。人間なんかと一緒にしないでね」
「ホムンクルス………紅蓮と同じ奴か」
「紅蓮?─────あぁ!『彼』の事ね、なるほどなるほど!君たちは何も知らない訳だ!………ねぇ、質問するけどさぁ、
『彼』について面白い話があるんだけど、知りたくな………………んぁ?」
話の途中で少年はピクリと体を揺らす。白い世界の一部がガタガタと蠢いたのだ。それに反応した少年は目を細め、深い溜め息を漏らす。
乱雑といったように髪を掻きむしり、苛立ちを隠そうとしない。何処かに顔を向け、不愉快そうにブツブツと呟く。
「あーあー、せっかくこの僕が操ってるのに、アイツら『彼』を逃がしてるじゃんか。もう、全然役立ってないね忍ってのは。…………ホント使えないったらありゃしない、こうして動かしてる僕のことを考えて欲しいね」
「────おい」
「うん?」
低い声に、少年はすぐに振り替える。自分が何を言ったのか理解してないような真顔。そんなものはどうでも良かった。
使えない、道具、という発言を聞いた焔に怒りがフツフツと沸き上がる。だが、聞いておかなければならないこともあるのだ。
「………さっき言ってたこと。学生たちの暴動、それはお前がやってる訳だな?」
「あーそうだけど…………何?まさか彼女たちを何だと思ってるとでも言いたいの?馬鹿だね、忍ってのは駒なんだ。それを有効活用してるんだ僕は。
寧ろ忍ってヤツらの本望を叶えてあげてるんだから、褒めてほしい位だね」
平然とした顔でさらっと言い切る少年。しかし両眼に映るのは純粋な悪意の色だけだった。
それを前に焔は息を吐き、
「ふざけるな、この外道が」
「……………僕の相手も皆そう言ってたなぁ。けどね、外道にもならなきゃやってらんないんだもん。それにさ、そう抜かした奴等は全員死んだよ、分かる?」
それ以上は聞くつもりはなかった。
鉤爪のように両手に取った六本の刀を操り、焔は疾駆する。この騒動の一因である少年を一撃で倒すために。
けれども、少年は動かない。目の前に届こうとする凶器に、身動ぎもしなかった。
「あのさぁ」
何かが可笑しいと、斬りかかりながら焔は思った。自身から攻撃を受け入れる事で何か重要な事があるのだろうか?
ギュルルル!! と。
「何でここにいるのは僕だけだと思ってたの?」
風を切る音に続いて鎖鎌が飛来してきた。無意識外からの攻撃、にも関わらず反応できたのは焔の実力もあってのことだ。
彼女の反射神経に口笛を吹いて賞賛する少年。そんな少年の前に、『誰か』が着地した。
深紅の鎖鎌を振り回していた『誰か』を目にした焔は驚愕する。今度こそ、焔にとって知人と呼べる人物であったから。
「総司!?」
「…………」
総司、秘立蛇女学園選抜補欠のリーダー。プライドが高くナルシスト気質で、前の因縁があり焔をライバル視していた。
しかし、今の彼女は前とは変わり果てていた。
余裕そうな顔には何も感じておらず、敵意の滲んだ眼を焔に向けている。
「僕の名は修羅、『
焔の相手を総司に任せた少年の体が宙に浮く。何かの力で浮いてるというよりも、引っ張られるような形で。そのまま白の空間の一部の足場に腰掛ける。
二人の戦いを観戦するように。しかし指先を焔に向けながら、
「更に言うけど、僕は戦わない。それは道具たちの仕事…………だから、勝手に殺し合って勝手に死んでよ」
直後、彼の指から何かが射出される。咄嗟の事に焔は何とか反応し、首を動かして回避した。
キィン───、小さく鋭い音に焔はその正体を確かめる。しかしそれを許さないのが一人、総司が焔に襲いかかった。
それを少年は頬杖をかきながら、つまらなさそうに見下ろしていた。
指先からピアノ線のように細く白い糸を垂らしながら。
そして。
『七つの凶彗星』の本部に用事があった天星 ユウヤは資料室で本を読み漁っていた。机に腰掛け、多くの本に付箋を付けながら、彼は静かに呟いた。
「ホムンクルス………死んだ人間を素体とした兵士か」
ここにはいない同僚から教えられた事実。そして自身の知り合いの正体でもある情報。
仮説であるかもしれないが、それが『混沌派閥』とかいう連中の目的の手掛かりになるかもしれない。そう思い、ホムンクルスというものを調べていたのだ。
…………正確には、飛鳥たちの捜索を出来ない現状に苛立ち、ゼールスに宥められた事でそうすることにしたのだが。
「…………なぁ、ユウヤ」
「あ?どうしたゼールス」
そして近くでファンタジー大作の漫画を真剣に読んでいた小さくなった当の本人 ゼールスがユウヤを呼び掛ける。
ユウヤも本を閉じ、彼を見返した。大した結果もなく、無駄だと諦め掛けていたのだろう。つまらなさそうに欠伸をしている。
「少しだがな、ホムンクルスについて聞いて疑問に思うことがあった」
「………ん?何がだ?」
「ホムンクルスは戦闘の為に造られたのではないのかもしれない」
息を飲み、そんなことを口にした彼を見るユウヤ。「死体を使うとあったろう」とゼールスは続ける。
「死体を改良してホムンクルスを生み出しているのなら矛盾が発生する。それは記憶、魂というべきか?それが肉体に定着していることだ。いくら弄くってもそれだけは無くならん」
「……………」
「死んだ人間の記憶が存在する事で今ある人格に影響を及ぼす事もある。人格が変わればその肉体や性質も変化するという話もあるからな」
あまりにも難しい話だが、要約するとこうだ。
────死体を使ったとしても残っている記憶と今ある記憶が混じり合う事で人格と肉体、能力が変わるかもしれないということなのだ。
「つまりだが、それは本来人間には不可能とも言える事が可能かもしれない」
「………それは?」
「別の生物との融合及び同化。それはもう理を逸脱したものだと思わんか?」
あまりのスケールの話に、ユウヤは言葉を失う。『聖杯』などというおかしなものを目にして来たが、流石にそんなものを聞かされてそう簡単に納得できるほどのものではない。
だが、ゼールスは両手をヒラヒラとさせ鼻を鳴らしながら告げた。
「しかし我は無理だと思っている」
「どうしてだ?お前から話した事じゃないか」
「それが出来るなら実際にやっている。出来ないからこそ無理だと断じているのだ。
その為には肉体を変質させる《機会と力》が必要だ。この世界にそれほどを為せる生命がいるとしたら…………ま、あるとしたら相当の技術と知識がないとな」
じゃあやっぱり無理なのか、とユウヤは呆れながら本に手をつける。同じようにゼールスも面白そうな漫画を読んではしゃいでいた。
この時、誰もが気付いてはいないのだが。
天星 ユウヤとゼールスはある意味で言うと『混沌派閥』の真実に一歩近づいていた。
今回のタイトルですが、意味があります。
・惨劇は禍いの前兆
↓
《惨劇、禍い》
↓
『惨禍の剣』
そして、その一人である修羅の登場。
…………くだらねぇー(自虐)
ですが最後にあったあの二人の話、この章において重要になるんですよね。