閃乱カグラ ケイオス・ブラッド   作:虚無の魔術師

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九十一話 怒れる憎悪

「…………………う?」

 

鼻を突くような消毒液の匂いに、ヘルは目覚めた。医療用の部屋なのか、並べられているベッドの一つにいるようだ。上半身だけでもと起き上がると同時に体の至る所に痛みが走る。

 

見てみると脇腹や肩、日向との戦いで損傷した部位に包帯が巻かれている。赤く滲んでいるが、それで済んだことに純粋に呆れしかない。

 

(───死に損ねましたね、悪運と言うべきでしょうか)

 

自虐するように噛み締め、胸元を見る。黒く、そして赤く染まった筈の『それ』はあるべき場所から消えていた。

 

素直に喜べず、ただ困惑するしかない。自分より格上の存在の考えを読めずに、ひたすら翻弄されることだけしか分からない。

 

 

「『混沌の王』、貴方は何を企んでいるのですか?」

 

こうしていても無駄だというはヘル自身よく分かりきっている。まずは行動を起こさなければ、何も出来ない。

 

そう思い、立ち上がろうとヘルは腕を枕のようにして眠る赤髪の少女を見つけた。涎を垂らして、嬉しそうに笑う少女の寝顔を見て、微笑むヘルは脳裏で複雑に思考する。

 

 

(…………起こすべきですよね、取り敢えずデコピンでもした方が良いでしょうか………)

「ふぁ!?我は眠ってはないのじゃ!」

 

気配にでも反応したのか赤髪の少女は勢いよく飛び起きた。随分と敏感ですね、と思うが、即座に考えを直す。この少女は忍だ、体つき(筋肉という意味で普通よりも大きな胸に注視してる訳ではない)や反応からしてそうだと判断をする。

 

「むっ、起きておったのか!なら言ってくれれば良かったなじゃが」

「ああ、熟睡されていましたので、起こすのも吝かと思いまして」

「え、そんなに我寝てたのじゃ?」

「知りませんよ、起きたばかりですし」

 

………忍にしては警戒心が少ないのでは?と怪訝に思うヘル。

 

 

 

「二人とも!この男が起きたようじゃぞ!」

 

「芦屋さん、そんなに騒がなくても聞こえていますよ………」

「あ、どうも!千歳さんを助けてくれてありがとうございます!」

 

「貴方たちは…………あの時の」

 

日向に殺されそうになっていた少女とその仲間と思われる少女。二人がそれぞれの反応を示しながら部屋に入ってきた。

 

 

 

「千歳さんの治療を終わって来てみたら、血塗れで貴方が倒れてたからビックリしました!何とか芦屋さんと一緒に」

「………そうでしたか。ここまでしていただき、ありがとうございます」

 

両頬を紅潮させ、小刻みに震える少女にヘルは感心しながらも同時に呆れていた。助けたとはいえ、素性の分からない人間にここまで気を許せるのか、と。

 

それよりも、と千歳という少女が声をあげる。ヘルは座りながら彼女の顔を見やる。

 

「貴方の話を聞かせてくれますか?」

 

「良いですよ。その代わり、此方も聞きたいことがありますので」

 

どうやら、彼女は他の二人よりも警戒心がある方らしい。鋭い目付きでヘルを睨み付け、どういう人物かを定めようとする。

 

そして、質問が始まった。

 

「………貴方とあの男、いや彼等とはどんな関係ですか?」

「元、仲間です。しかし彼等はそうだからといって配慮してくれません。

 

 

 

目的の為なら一般人すら殺す、それが『混沌派閥』。元仲間だからといって情けを掛けるくらいなら、ここを攻め込むなんて真似はしませんよ」

 

冷静に吐き捨てた言葉に千歳は答えずらそうな顔をするしかなかった。現にその仲間と殺し合った事実を知る以上、彼の話が絶対に嘘だと決めつけることは難しい。

 

それからも、自分が何者かを隠す事なく説明し終えた。少女たちは最初は疑わしく思っていたが、複雑な状況だと理解するとなんとか納得してくれた。

 

 

「次は私の番です。

 

『混沌派閥』、彼等の目的を分かりますか?会話の途中で何か怪しいことを聞いたとかでも構いませんので」

「………待ってください、そうと思われる事を聞きました」

 

首を傾げる少女たちの中で一人だけ、千歳がそう口にした。

 

「『計画は順調、予定通り『本命()』を起点へと誘い込む』………みたいなことを」

 

 

 

 

─────『彼』?

 

「そう、か」

 

即座に考えが纏まった。科学者が物理法則を解き明かすように、複雑と思われていた謎が明快になっていく。

 

しかし、修羅の顔は青ざめる。カチカチと歯を鳴らしそうな勢いのまま、頭を抱え込んだ。

 

震える口調で、混乱したように話す。

 

「ああ、なんてことだ。私は、間違えたのか!?いや、そもそも。何故、『混沌の王』は私を始末しなかった?全てはこの為、この為だけの策略だったのか!?」

 

「?………一体、どうしたんですか?」

 

あまりもなヘルの反応に、千歳は戸惑いながらも聞く。しかし彼は答えずに、ベッドから動き出した。

 

戦いの傷が痛むのか、立ち上がろうとしてすぐに倒れ込む。それでも、とヘルは何とか起き上がり、壁に寄り掛かりながらも何処かへ向かおうとする。

 

傷口が開いたのか、包帯にジンワリと血の赤が滲む。

 

「ッ!」

「なっ、何をしてるんですか貴方!」

 

ベッドから下りて歩こうとするヘルの片腕を慌てた千歳が掴む。「駄目だ!離してくれ!」と叫ぶヘルは必死の形相だった。衝動により開いた傷口が痛むにも関わらず、ヘルはそれよりも動こうとした。

 

 

「あの人が危ない………このままでは、殺されてしまう!知らせなくては、皆さんに知らなくてはならないんだ!」

 

ヘルは誰よりも最初に気付いていた。かつての仲間たちだからこそ、その真意を読めたのだろう。

 

『本命』、『彼』を手の空いたホムンクルスでの殺害。それが『混沌派閥』の目的、蛇女を襲撃するほどの事。

 

 

─────ならば、その『彼』は誰の事を示しているのか。それを知るのはヘルとその他のホムンクルスたち、彼等の創造者である『混沌の王』だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

爆音に続いて、業火と化した炎が吹き飛ばす。それほどの一撃を放った焔は荒い息切れをする。それでも警戒を緩めない、戦いはまだ終わっていないから。

 

 

「…………はぁ、はぁ……」

「疲れてるようだね、焔。何回も秘伝忍法を使ってるからね、無理もないよ。けど、ここまで元気なのは予想外。褒めてあげるよ」

 

それなのに、相対している修羅は平然としていた。何度も『妖忍魔法』という忍法とは似たような力を振るっているのに、体力が有り余ったように余裕そうな態度を見せている。

 

「鍛え方が違う………というよりも、体質や構造の方かな?僕たち的には、って意味だけど。

 

 

あー、そうだった。キミにはこの事を話してないんだったね。ま、教えてあげるよ。色々とね」

 

修羅は笑いながら、新しく出来た傷口に指を突っ込む。そのせいか、ドロドロと血が大量に流れてきた。

 

指先に付いた血を見せびらかすように向けてくる。その上で、修羅はアッサリと告げた。

 

 

「簡潔に言うよ────僕はキミの血で造られたのさ、焔」

「私の、血?………何を、何を言ってる!?」

 

表面ではそう怒鳴るが、酷く落ち着いた納得があった。

 

最初に対面とした時の感覚の正体は、それだった。妙な安心があったのも、心が穏やかになるのも、無意識に相手が自分自身だと錯覚していたからだ。

 

ならば問題は他にある。修羅の言うことが真実なら、どうやって焔の血を手にいれたのか──────

 

「覚えてないかい?キミは“あの日”、キミは“ここ”で血を流してまで戦ってたじゃないか。こんな風に」

 

パクっと指先を咥え、血の汚れを取る。今もなお血が溢れている自身の頬の傷口に親指を向け、修羅はそう言ってきた。“あの日”、“ここで”、彼が示すその意味は焔にも読めている。

 

 

「私たちが半蔵学院と戦った………あの日か」

「そう!キミと強敵の死闘で流れ、そこで摂取したキミの血から造り出されたホムンクルス───それがこの僕だ。

 

 

 

だから言ったろ?キミと僕は無関係じゃないって」

 

軽く拭われた頬には既に傷口が消え失せていた。焔はそれを前にして苦々しく顔をしかめる。あれだ、先程からあの回復力のせいで決定打を与えることが出来ない。

 

全力の秘伝忍法を叩き込み、瀕死に追い込まなければ勝てない。そう判断し行動に移ろうとするが、「それとさ、一回聞きたかったんだけどねぇ」と修羅は手を叩いて遮ってくる。

 

その上で、軽々しい問いを投げ掛けた。今でとは違い、悪意の無い純粋な疑問を。

 

「焔、もう一人の僕。何故キミはそうまでして戦おうとする?かつて信じてた人に裏切られ、全てを失ったのにも関わらず」

「ッ!」

 

あまりの衝撃に、息が詰まりそうになった。まるで人の過去を知ってるような発言を聞いてしまったのだから、無理もない。

 

それでも修羅は「言ってなかったからね」と飄々とした態度で余裕そうな笑っている。

 

「僕は君の記憶も知ってる。好きだったヤツ………『小路』に裏切られた過去も、こうやって体験してきた自分の生き方のようにね」

 

『小路』、かつて忍になる前の焔が好意を抱いていた人物であり、典型的な悪忍の男。

 

善忍だった焔の一族の抹殺を狙っていた小路は打算故に、焔に近づいていたのだ。そして彼女の心を裏切り殺そうとしてきた所を、焔は反撃した。

 

そのせいで焔は家族からも捨てられ、悪忍になるしかなかった。

 

「僕はね、焔。許せないんだよ」

 

ゆらり、と体が風に揺られるように。

糸使いの修羅は中身が変わったように、静かに震える。

 

中身が変わったのではない、本質が殻を破ったに過ぎない。彼という人形の本質が姿を見せ始めたのだ。

 

(キミ)をこんな目に合わせた奴ら、(キミ)の居場所を奪った奴ら。

 

 

そして僕というホムンクルスを、怒りと憎しみに駆られるしかない人形を造り出した全てを!僕らの苦しみも悲しみも知らずに、ヘラヘラと笑って生きてる全てが!僕は許さない!!」

「し、修羅」

「人が憎い、忍が憎い、正義が憎い、悪が憎い、弱い奴が憎い、強い奴が憎い、偽善が憎い、小悪が憎い、平和が憎い、戦争が憎い、救済が憎い、殺人が憎い、自分が憎い!自分以外の全部憎い!憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎憎憎憎憎憎憎殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺killkillkillkillkillkill───殺スゥ!!」

 

怒りと憎悪、それが修羅を型どる感情。

 

見開かれた片眼が、深紅の赤に染まる。

眼球の近くの血管からの出血による現象、怒りによって血管が破裂したのだ。

 

直後、彼の体が発火する。その火が衰えることなく、彼の肉体を包んでいった。烈火の如く炎の外套を羽織り、修羅は高笑いを響かせていく。

 

「ハハハ!そうだ!僕が殺すんだ、何もかも!全部全部、ゼンブ!この手で奪ってやる!

 

 

それが、貴方に与えられた僕の使命!怒りと憎悪で何もかもブチ壊す!そうだよね、そうですよねェ!!王サマァ!!」

 

そこでようやく、焔は本能的に理解した。

修羅は、この青年は………もう一人の自分なのだ。

仮初の過去を与えられ、無意味な使命を果たす為に怒りと憎しみだけしかない人形へと作り替えられた───それだけの存在。

 

卑怯な手段や他人を利用するような発言も、全て塗り固められたモノ。糸使いの彼そのものが、マリオネットのように操られていたのだ。あまりにも皮肉なことに。

 

 

(この組織は、いや修羅を作った『混沌の王』って奴は────どこまで腐っているッ!?)

「考え事!?良いね────殺したくなる程ムカつく!」

 

本性を剥き出しにした修羅は、糸による攻撃ではなく手足を使う物理攻撃へと切り替わっている。

 

「妖忍魔法!【シャルガレ・テオバトス】!」

 

ハンマーのように振り下ろされた脚が、焔の居た場所を軽々しく粉砕する。ただの物理攻撃ではない、辺りに爆炎が巻き上がり、炎に包まれた糸が地面を切断していく。

 

桁違いの攻撃、これでは最早自然災害のそれだ。戦慄しながらも焔は立ち上がり、燃え盛る火の斬撃を目にする。

 

(クソ!炎も使えるのか!?それに、さっきまでと威力が違う!)

 

そんな焔を見据え、歩み出そうとしていた修羅が足を止める。

 

破壊力に耐えられなかったのか、攻撃に使った片脚はグシャグシャにへし折れていた。見るも無残、肉が剥がれ白い骨が丸見えになっている。

 

 

「あーあー外しちゃったよ、だからリミッターを掛けなきゃいけないんだ。めんどくさい、めんどくさいね………別にいいか、死ぬワケじゃないし」

 

突如、使い物にならない筈の脚がボコボコと音を立てる。筋肉や皮膚が再生していき、綺麗な素足へと戻っている。

 

異常とも言える程凄まじい再生能力、ホムンクルスに備わった固有能力の一つ。彼ほどの実力者ともなれば、瞬時の再生が可能なのか。

 

考える間もなく、修羅は次の攻撃を行おうとしていた。やるしかない、焔はそう確信しながら刀を振るった。

 

 

「秘伝忍法!【紅蓮我進】!」

「妖忍魔法───【ガルレス・ノルデオルト】!」

 

走りだし、太刀による業火の炎を袈裟斬りを振り下ろす。

突き出された拳から乖離した糸が捻れ狂い、空間を巻き込み巨大な爆炎の竜巻と化す。

 

それぞれの炎の衝突は本来の威力の何倍もの破壊を生み出す。中心に近かった焔は吹き飛ばされ、修羅の腕は真上へと弾き飛ばされる。

 

その上で、焔は簡単に吹き飛ばされない。近くの壁を台として、疾駆する。その速さは弾丸のように、修羅へと接近していく。

 

「チ、ィ!!」

 

迎撃しようと右腕を向けようとして、舌打ちする。右腕は焼け落ちていた、火力に耐えきれず焦げ目を残しながら。

 

それだけの時間が充分なタイムロスとなる。焔はもう目の前にまで近づいていた。彼女は炎月花の鋭い突きを放ってきた。

 

 

 

しかし、その一撃は受け止められる。防御するよう構えられた修羅の掌が剣先へと躊躇なく押し出されていた。激しい業火が手を、腕を焼くにも関わらず修羅は身動ぎもしないどころか、笑みを増しながら踏み込んでくる。

 

認識が甘かった、焔は改めて後悔する。この少年は痛みを何とも思っていない。自分が死ぬかもしれない、その事実すら彼は眼に止まっていなかった。

 

勝利すること、自身の増幅する感情を発散する為なら修羅はどんな手段も取る。

 

炎のオーラを分散させ、修羅は楽しそうに嘲笑う。

 

「ハハッ、お得意の秘伝忍法もそろそろ限界のようだねぇ」

 

もう片方の腕が手首を叩き、刀から手を離させる。修羅は大きく踏み込み、焔の胸元に勢いのある蹴りを打ち込んだ。

 

「ぐ、ぁ!!」

 

吹き飛んだ焔に、修羅の追撃の手は止まらない。彼が指を動かすと、同時に焔の左手が勝手に持ち上げられた。

 

目を凝らすと、手首は透明な糸に固定されていた。不味いと思い、近くの瓦礫でも手にとって切ろうとするが、修羅の動きが一瞬だけ速かったのだ。

 

笑いながら、修羅は焔に手首に巻き付いた糸を思い切り乱暴に振り回す。壁に、天井に、床に、叩きつけられていく焔の体には傷が増えていき、次第に髪の色も元に戻っていた。

 

抵抗も出来ない程に傷ついた焔を糸で吊るす。今もなお憎悪や怒りに呑まれそうな少年は、勝ち誇った様子で勝利を確信する。

 

───秘伝忍法を連発してきたのだ、もう普通の忍法を使う気力すら残っていない。

 

「ねぇ、言ったでしょ?圧倒的な実力差に絶望させてから殺すって────絶望した?」

「し………ら」

 

へぇ、と修羅は肩を竦める。

あれだけ痛めつけたのに、彼女の眼から光が消えてない。まだ戦える、そう示すように。

 

「……お前は、それで………良いのか………『混沌の王』、って奴に………使われる、だけで……!」

「……………良い訳ないじゃんか」

 

片方の、刺青の無い方の目から雫が流れる。無慈悲に笑ってる顔から、震える声が聞こえてきた。

 

「利用される為だけに造られて、役に立たなくなったら処分される。なら僕は何?何の為に造られたのさ!僕は────どうして、こんな風にしかなれなかったんだよ」

 

一人の少年の慟哭を、焔は静かに聞いていた。

 

 

『───殺せ、修羅』

 

直後、修羅の体がピタリと止まった。

両目が無機質な色へと変貌していた。顔の半分を占めていた刺青が怪しく光り、修羅の肉体が小刻みに震えている。

 

人形のように、ダランと全身が力無く垂れ下がっていた。僅かな沈黙の結果、修羅の首が上げられ、

 

 

「な・ん・てぇ!言うと思ったのかなァッ!?」

 

露になった本心を隠すように、修羅は引き裂いた笑みを見せつける。

 

 

「そうだ人形なんだよ!!僕もキミも!!利用されるだけの人形なのさ!使い捨てにされる為の道具!誰かに使われるだけの違いしかないんだよ!!」

 

それだけ良い、満足したように修羅は指を鳴らす。

 

手足を縛る糸が解除され、焔は瓦礫の散らばった地面に転がる。勿論、善意による行動なんかではない。

 

 

「んじゃ、そろそろこの戦いも終わりだね。華麗なるショーねフィナーレと行こうかぁ!!」

 

感情のままに修羅が両腕を振り上げる。左右の掌に顕現した六つの小さな火の玉が円を描くように回転していく。彼を中心とし、陣が張り巡らされた。

 

両手の指を閉じると同時に火の玉は膨れ上がり、その形を歪めた。核爆弾のような業火は強靭な糸に抑えられ、六本の細く凶悪な槍へと変えられた。

 

激しく燃え盛る炎槍の矛先が、焔へと向けられる。修羅のやることはただ一つ、天へと伸ばした掌を勢いよく叩きつける。

 

 

「─────我が憎悪に焼かれて死ねェ!!滅・妖忍魔法【アガシャ・ダルバゼド】!!!」

 

直後、制約から外れた炎槍が轟!!と熱を放出しながら、動けない焔へと迫る。そして──────

 

 

 

 

 

ズ、ザザザザザンッ!!!

 

朱色の炎槍が焔のいた場所を串刺しにしていく。六本目が突き刺さると同時に全ての槍がオレンジ色に発光し、巨大な爆発を引き起こした。

 

 

「あはっ」

 

死んだ、間違いはない。防ぐ間もなく、近距離で爆発を巻き起こしたのだ。

 

焔は完全に死んだ、あれほどの火力だ、死体は残るはずもない。

 

「アハハハ!アハハハハハハハ!アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

修羅は、笑った。それはもう楽しそうに、それはもう嬉しそうに────それはもう、悲しそうに。

 

笑い続けて疲れたのか、修羅は近くの壁に背中を預ける。だが、ここで休むことは許されない、使命を果たすまでは。自分を襲う怒りと憎しみを消して、解放されるまでは。

 

 

(時間を掛けたね、糸をもう一度繋ぎ止めようか。邪魔者の一人は処分できた、ようやく『本命』に手がつけられる)

「その前に、もうちょっと有能な駒の補充をしなくちゃね。確か、焔紅蓮隊の奴もいたようだし」

 

立ち上がり、ここから離れようと進む。ガッ! とコンクリート片を蹴飛ばしたその時、

 

 

 

 

ジ! と、ナニかが修羅の頬を掠めた。数秒の遅れと共に、修羅は近くに落ちてた瓦礫を糸で操って投げ飛ばす。

 

その人物は投擲された破片を軽く弾いた。手に馴染ませ、試すように振り払う。その人物と修羅は、目があった。

 

 

「……………………………………………………は?」

 

呆然としていた修羅は、ようやく我を取り戻す。それでも、目の前にいる人物を理解するのに遅れた。

 

だって有り得ない、確実に死んだ筈だ。あそこから生き延びるのなんて不可能、誰も出来る訳がない。

 

 

「何だよ、それ?何で、お前が─────、

 

 

 

どうして生きてる!?焔ぁ!!」

 

だがしかし、そこにいた焔は立っていた。最強の必殺を受けても、死にはしない少女がそこにいたのだ。

 

『紅蓮の焔』ではない、髪の色が戻ってる。そもそも今の彼女は七本目を使っていない。

 

ならば、どうやって【滅・妖忍魔法】を耐えきった?ほれにさっきの攻撃は?焔の属性は火・炎、それ以外は使えない筈だ。

 

 

「聞いてない………聞いてないぞこんなの!情報に無い!何だ、その姿は、七本目でもないその力を、使ってぇ…………」

 

「───修羅」

 

ビクッ! と、呼び掛けに修羅は動きを止めてしまう。黒髪をなびかせる焔は静かに歩んでくる。修羅も咄嗟に後退りをしてしまう。

 

 

「お前の本心を、ちゃんと聞いたぞ」

「ま、待てよ、なっ、何を」

「私にはお前を倒すことしか出来ない。だが、それで充分だ。

 

 

待ってろ、今からお前を助け(倒し)てやる」

「来るな、来るなよ………く、来るなァッ!!」

 

未知への恐怖より、敵を排除する本能が勝った。すぐさま指を動かし、全方位に強靭な糸を展開する。これだけでは駄目だ、更にもう一度必殺を放つ準備を整える。

 

 

「今度こそ焼き払ってやる!【アガシャ────」

 

ヴォン! と空気を焼くような軽い音が通り過ぎる。

焔は目の前で刀を振るっていた筈なのに、真後ろへと移動していた。しかし修羅の視線はそこには向いていない。

 

パックリと、ズレていた。

爆炎を放出しようとしていた両腕が、居合い切りに合った竹筒のように綺麗な断面をしながら。ゴト、と地面に跳ねる腕を見ても、完全に判断が遅れる。

 

そんな彼の前で、鋼以上の硬度の糸の結界が崩れ去る。紙細工のように脆く、灰のように散っていった。

 

限界だった、本能が負けてしまう。怒りが、憎悪が、一瞬で塗り替えられた。

 

恐怖という、単純な思考に。

 

「あ、ああああァァァァァァァァァァァァ!!?何でぇ!?何でだぁ!?」

 

何をされたか分からなかった、凄まじいスピードで切られたのは直感的に理解できる。だがそれだけだ。どうやって糸の結界を突破して、自分の腕を斬ったのか。そんなの予想すら出来ない。

 

あまりの感覚に吐きそうになる。本来感じることの無い感情に耐性がないだけなのだが、修羅はそれを自然と抑え込んでいた。

 

最も冷静な部分が、焦りを感じながらも推測する。今の『彼女』を取り巻く異常現象の正体を。何とかして解き明かそうとしていた。

 

(有り得ない!忍がこんな技を使える筈がない!こんな、常識すら塗り替える力なんて、話に聞く異能しか…………………え?)

 

ふと、ある可能性が頭をよぎった。

 

一部の忍にあるとされる力、そして自分達の思想に近いモノ。

 

【聖杯の残滓】、又の名を『ケイオス・ブラッド』。

 

思えば、『混沌の王』はその可能性を警戒していたではないか。有り得ないね、と聞いていた修羅は笑ったが、まさかそれを目の当たりにするとは思いもしなかった。

 

到底認められない事実を、確かめるように呟いた。絶対的に不可能と断ずるしかなかった偉業を。

 

 

 

 

「まさか、異能を発現した(・・・・・・・)?」

 

 

直後、ヴォン! とさっきと同じ音が鼓膜に響き渡る。その前に、既に焔は動いていた。

 

 

 

 

────バガン!!

 

訳も分からず、修羅の体は宙にあった。頬に痛みが響いたのを感じた時には、修羅は地面の上を転がっていた。殴られたんだな、と悟りながらも修羅は動けずにいた。

 

殴られたその時に見た。やはりどんな風に移動してきたか読めない焔の姿を。

 

(動き見えない速さ、それがキミの新しい力……)

 

自然と笑いが込み上げてきた。

似ていた、理解できない法則を歪めるような光景が。

 

映像越しに見た、あの戦い。

二人の少年少女に敗北した一人の男のそれと。

 

 

(まるで────『烈光』のようじゃ、ないか)

 

満足そうに、修羅は焔に笑みを投げ掛ける。一人の少年が、その身を拘束する呪縛から解放された瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

【混沌の派閥】、『惨禍の剣(カラミティ・ソード)』の修羅の敗北。それは全てのホムンクルスたちに伝達される。

 

 

 

「────何だと?」

 

二人の忍と渡り合っていたアルトが顔色を変える。戦闘中にも関わらず、呆然と聞き返す。しかし、返答はない。

 

 

 

「修羅が…………負けた?」

 

城のようにそびえ立つ天守閣から学園内を見据えていた紫瑞は信じられないように絶句する。自分と同じ『惨禍の剣』の敗北を信じられないのだろう。

 

 

 

 

「………………修羅」

 

その情報を、『混沌の王』は静かに聞き入れていた。無数の残骸と深淵の中で、一人だけで。

 

自身の生み出したホムンクルスの敗北に、嘆く訳でもなく、憤る訳でもない。

 

 

「─────残念だ」

 

『混沌の王』はそう言い、機械の触手の先に手を伸ばす。軽く指で掴み取ったそれを、掌の中でゆっくり転がしている。

 

掴んだのは、小さな赤い珠だった。ビー玉サイズの真っ赤に染まった珠。それの名を知る者は数少ない。

 

 

 

妖魔の生命エネルギー、『赤珠』と。




……………最後のヤツ、極僅かな人ならお分かりでしょうね?
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