閃乱カグラ ケイオス・ブラッド   作:虚無の魔術師

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久しぶりに絵を書き直しました。


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…………変わった、かな?



九十二話 最後の願い

「…………はぁ、はぁ………」

 

原型を保っていないホールの一角で、焔は座り込んでいた。さっきまでの戦いの疲れがドッと全身を襲ってきたのだ。もう一度戦えと言われても、これが限界だろう。

 

「……………」

 

そして、端の方に移動させていた総司を見た。修羅の糸による強制的な操作に限界を迎え、気を失った彼女は未だに目を覚まさなかった。

 

どうするべきか考えている間に、小さな音がした。小石が転がるような僅かな音。普通なら聞き逃していたが、今は耳に入ってきていた。

 

 

「──────はぁー」

 

ムクリと瓦礫の中から、起き上がる影があった。

 

顔の半分に刺青を入れた少年、修羅。

先程、焔が勢いよく殴った筈の彼は、疲れたように上半身だけを起き上がらせていた。

 

 

「………こっちは何とかセーフ。いやぁ、キミもやるね。無茶苦茶だよ、僕から見てもね」

「少し聞かせろ。総司は大丈夫か?お前が糸で操ってたんだ、分からない訳じゃないはずだ」

 

まぁね、と修羅は片手を振る。疲労で動けない近くの瓦礫に背中を預けながら、静かに眠っている総司に視線を向ける。

 

数秒経って修羅は軽々しく返してきた。

 

「総司ちゃん、秘伝忍法使いまくったから疲弊してるんだよ。だから少し休ませたら無事に復活するから」

「………本当に?」

「信用ねー。ほら、もう彼女の体に糸は残してないよ。安全の為にわざわざ柔らかい奴を使ったんだから………………どうせ信じないだろうけど」

 

不貞腐れたように顔を反らす修羅に、焔は「信じるさ」と告げた。それを聞いた彼は、ポカンと口を開いたままにしていたが、不満そうに鼻を鳴らした。

 

「ま、僕は負けたんだ。組織的には用済みだろうね、だからキミに色々と話しておく必要がある」

「…………話しておくべき?何をだ」

「さっきも言ったろ、僕は君を元にして造られたクローンみたいなモノ、

 

 

 

 

 

聖杯を手に入れる為に『混沌の王』が造った喜怒哀楽の感情を増幅されたホムンクルス、それが僕ら『惨禍の剣』。因みに僕は『怒り』を担当してたよ」

 

言葉を失うような事実。

それを平然と告げた修羅にも、表しようのない衝撃を受けた。

 

だが、彼の言葉はこれでは終わらない。

 

「そして僕たち『混沌派閥』、いや『混沌の王』の狙いは───────」

 

あっさりと修羅は組織の方針を語ろうとする。その中枢に触れようとしたその時、

 

 

『────残念だ』

 

 

 

 

 

「ガッ!?あ゛ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」

 

けたたましい絶叫が、修羅の口から吐き出された。過度な体力の消耗で動けない筈なのに、地面の上で跳ねるようにのたうち回る。

 

ビキビキ! と首筋に浮かんだ血管の色が真っ赤に染まっていく。普通の血管よりも濃く、恐ろしい色に。

 

大丈夫か、と焔は声をかけるが、修羅からの返事はない。その余裕すら無いのだろう、地面に爪をたて、呻き声を押さえていた。

 

 

『やはりホムンクルスとはいえ、オリジナルに近すぎたか。何度も感情の制御にはコストを使う、切り時としてはここで良い線だな』

 

咄嗟に振り返った焔は、瓦礫の山から突き出してきた謎の物体に直面した。

 

機械類が結合した生物とは言えないような触手に、蛸の吸盤のように無数に浮き出た血走った眼球。

 

矛盾した二つの存在、いやそもそも触手が声を出すこと自体が直視した焔ですら困惑してしまう異物。

 

 

その正体に気づけずにいた焔はすぐに答えを知った。蹲っていた修羅が涎の垂れてるのも無視し、呟いたのだ。

 

 

「“混沌の……王”」

「………誰だ?」

「『混沌派閥』の王、僕たちホムンクルスを造った………怪物だ!」

 

コイツが『王』だと?と呆気に取られるが、すぐに本意に気づいた。

 

あれは手足。王と呼ばれる存在が操るモノ、醜く文明を帯びた怪物の一面。

 

『王』は蛇女にすらいない、何処か安全な場所から修羅たち、ホムンクルスを操っていた。そして今も、邪魔になった修羅を処理しに来たのだ。

 

触手の眼光が修羅を捉える。苦痛に悶える少年に向けて、

 

『失敗には命で償え、最後の使命だ修羅。お前も最後は役立て、その命を使ってな』

 

「い、嫌だ……!」

 

何をされるのか知っているのか、修羅は首を横に振った。

 

 

 

「僕は………なりたくない!…………妖魔、なんかにはぁ!あ、ア゛ア゛ア゛ァァァァァァ!!」

「修羅!落ち着け!」

 

 

 

「お前!修羅に何をした!」

『「妖魔」、言って分かる脳をお持ちかな?』

 

ギョロリ、と全ての眼球が一斉に動く。

 

妖魔という単語自体を知ってるが、どういうものかはよく分からずにいる。

 

『古来より忍たちの流してきた血により生まれた生物。いや、あれらは生命と定義するには野蛮すぎる。まぁ、全ての生き物を殺そうとする害獣のようなものだ。

 

 

そして、その生命エネルギーを固化させたものが「赤珠」。ちょうど修羅の中にもある、砕いてるがね』

 

それを聞いた焔は、理解が追いつかなかったのだろう。沈黙のあまりに呼吸を忘れかけていた。

 

 

『ホムンクルスの体内には「赤珠」の素は、私のトリガーにより「赤珠」へとなる。そしてそれが完成すれば、ホムンクルスの肉体は妖魔のものに変化する。低コストで妖魔を生み出せる────実に最高じゃないか』

 

人命なんて気にしてない、それどころか踏みにじり、唾を吐き捨てるような行為。

 

『混沌の王』から口にされたのは、それほどまでに非情すぎることだった。人の命を軽視してない、そもそも命を道具の一つと決定づけてるような。

 

 

『まさか、「道具と自覚してまで戦い抜いてた彼等の覚悟を何だと思ってる」などと喚く訳ではあるまい』

 

焔の言いたいことをわざわざ代弁した『混沌の王』。言葉に詰まった彼女に、興味などないと言わんばかりの言葉が聞こえてくる。

 

『創造主たる神が創造した人間の事を気にしてきたか?それと同じだよ』

「………自分が神だとでも言いたいのか」

『今は違う。だが、いずれ私は神となるのだ。「聖杯」を手にすることで』

 

また『聖杯』、最近『聖杯』に関する事ばかりが多いと焔は率直に感じていた。

だが、そんなことによりも。

奴に言わなければならないことがある。

 

「それなら、人の命を弄ぶことが許されるのか!」

『たった一人を殺した程度のことがか?なら聞かせてくれ、10年前に盛んだった一つの街が滅びた………それでこの世界が変わったか?』

 

憤慨する焔に、『混沌の王』はあくまでも冷静だった。人の命の価値を決めつけているその人物の問いに答えることはなかった。

 

それよりも先に、『王』が結論を口にしたのだ。先程の問いなど、忘れているのかと錯覚させるように。

 

 

『教えてあげよう、何一つ変わらなかった。多くの死を嘆く者も、理不尽な災害に憤る者も、誰一人もいない。街を滅ぼした者が裁かれることもない、探されることもない、

 

 

誰もが見て見ぬふりして、笑って生きる。それがこの世界だ』

 

「アガァアアア!!ぐげぇ!ぶばォっ!!」

 

酷く達観した声は、激痛に呻く修羅の叫びに遮られる。無数の眼はそれを見下ろし、そしてもう一度焔に視線を向けてきた。

 

挑発するように、言う。

 

 

『さて、タイムリミットはあと五分くらいかな?君のクローンだ、お別れの挨拶ぐらいはしてやったらどうだ?』

 

 

そう言われた直後に、焔は触手に向かって刀を払う。本来の力が出しきれない筈なのに、触手は簡単に斬れた。傷口から赤黒い液体が噴出し甲高い虫のような奇声を発しながら、触手は穴の中に戻っていった。

 

 

クソ! と焔は地面を蹴りつける。

こんなことをしても意味ないのを理解しながらも、そうすることしか出来なかった。

 

 

「……………………れ」

 

そんな中、蹲っていた修羅が震えていた。

ガチガチと歯を鳴らし、彼は小さく呟いている。

 

 

「僕を………殺してくれ」

 

そう、震える声で懇願してきたのだ。

助けてくれなどではなく、殺して欲しいと。

 

 

忍の世界では人を殺すなど当然、悪忍ならば尚だ。殺し合いにより成り立ってた世界なのだから。

 

しかしそれでも、これは無いだろうと思う。

 

あまりにも救いがない、あまりにも無慈悲すぎる。

 

 

「なぁ、頼むよ!嫌なんだ………これ以上、操られたくない!死ぬならせめて、このままで死にたい!

 

 

 

あんな化物になってまで、ガハッ!?……生きたく、ないんだぁ!!」

 

文字通り、血を吐くような絶叫だった。口から吐き出された血の量は尋常ではなく、一般人なら間違いなく死ぬ程だ。

 

それでも死なないのは、忍よりも頑丈に造られていたから。このまま彼は苦しみ、理性の無い妖魔へと変えられる。人や忍を、殺すだけの怪物に。

 

それが一番苦しくて辛い、だからこその願いなのだろう。

 

 

焔の片腕が突然動き出した。荒く一本の刀を抜き取る行為は、焔の意図したものではない。というか、体の制御が効かなくなっていた。

 

人差し指を動かしていた修羅は静かに笑い、

 

「…………こういうやり方は、恨まれるから嫌なんだけど、ねぇ」

「お、おい!?修羅!!」

「本当にごめんね、焔。これは僕のせいってことで」

 

糸による操作術、戦いの影響で疲れていた焔にはそれを抗えない。構えられた刀の先は彼の胴体に向けられる。

止めろ、そう叫ぶことも許されずに。

 

 

 

─────ドスッ!

 

そのまま、修羅の胸に刀を突き立てられた。丁度心臓のある場所────『赤珠』が生成されていた位置に。

 

ゴボッ! と口から大量の血が溢れる。どろっとした感触を舌に感じていた修羅は何かを言おうとする。

 

そんな彼の顔は、落ち着いた笑みだった。安堵したかのように息を吐き、

 

 

「…………………これで、いいのさ」

 

ピシ、と砕ける音が聞こえた。

静かに呟いた彼の体の至る所が、鮮やかな色を失っていく。動けない足の爪先に入ったヒビが大きくなり、灰のように粉へと変わっていく。

 

それでも、と。歯を食いしばった焔は修羅の襟元を掴み上げる。

 

「お前は………、これで良かったのか!?道具のように利用されて!死ぬことが幸せな、こんな結末が!?」

「確かに………最悪な、終わりだね………ねぇ、お願いが………あるんだけど…………良いかな?」

 

断ることが、出来る筈がなかった。無言を貫き通す姿勢に、修羅は答えを確認する。

 

苦しそうに途切れ途切れの言葉で、彼は話した。

 

 

「『王サマ』は………これからもホムンクルスを………作り続ける…………僕みたいに、人格や魂を………弄くられた人たちが…………増える、かも…………」

 

内容は、自分以外の誰かを心配するものだ。かつての彼なら、くだらないと嘲笑っていたこと。

 

だが、もうそれはないだろう。

今の彼は、『混沌の王』の人形ではない。その呪縛から解放された、一人の少年なのだ。

 

────焔と同じように誰かを思いやれる本質がある、優しい人物だ。

 

 

「それに…………『巫女』、を………守って………ヤツは、彼女を………狙ってる」

「────分かった」

 

止めるように告げた焔の目から涙が零れる。緩やかに頬を伝い、修羅の顔にこぼれ落ちる。

大量に流れる涙に気づかずに、焔は叫んでいた。

 

 

「分かった、もういい………私がやる。私が!『混沌の王』を倒す!!だから…………もう………!」

「泣く、なよ…………僕は………外道、だぜ?善人なんて………柄じゃない、し………けど、やっぱり僕も………キミなんだ、って思わされる、ね」

 

軽薄そうに言う修羅のそれは、空元気のようにしか見えなかった。

 

 

そして、崩壊がついに胴体の半分を飲み込む。胸に突き刺さった刀が音を立てて地面に転がる。

 

 

それでも、と。焔は修羅を抱き締めた。今も尚、体を失っていく少年の体を。消えていく感覚をその身に感じられる。

 

悪に堕ちるしか出来ず、最後の最後に本質を取り戻した、強い遺志を持つもう一人の自分に────優しく告げる。

 

 

「安らかに眠ってくれ、修羅─────」

 

「う、ん…………そうする、よ…………ほむ……………ら──────」

 

 

それだけ言い、修羅は満足そうに笑った。初めて見せた、心からの笑み。

 

最後と言わんばかりに白の侵食が、顔を分解して散っていく。サラサラと、修羅だったものは、欠片も残さず空気に溶けて消えていった。

 

死でもあり消滅。その存在すら残せず消えていったというのに、満足そうに逝ってしまったのだ。

 

いや、

 

同情する事の出来ない悪を為した彼は、きっと傷を残したかったのかもしれない。そうすることで、悪になることで自分の存在を何処かに刻み込もうとしたのだろう。

 

 

「………あいつ」

 

彼は悪だ。

蛇女を襲撃した際、総司を含む多くの学生たちを操った。もしかすると、今より前にも多くの人々を手に掛けてきたのかもしれない。

 

そんな悪党の死など、悲しむ者はいない。それよりも、彼には悲しんでくれる人がいない。

 

「……………バカだ」

 

ただ一人だけは、違った。彼の消滅を目の当たりにした焔は、ただその場所に座り込んでいた。

 

消えてしまった感覚、助けられなかった命を噛み締め────焔は絶叫した。今ある自分の感情を、ただ放出するだけ。

 

後悔と悲壮、複雑に入り交じった叫びが、辺りに響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

 

 

「…………?今のは」

 

何かに気付いたように。

近くの建物の影に身を隠していた紅蓮はそっと周りを見渡した。近くに人の反応はない、この学園の至る所で戦いが起こっているのか、喧騒のような声が聞こえてくる。

 

自分を追っていた生徒たちの姿も見えなくなっている。炎の壁による障害物などを工夫して逃げてきたから、そう簡単に追ってきて欲しくない。

 

そして同時に別の事も気に掛けていた。

 

「芭蕉ちゃん、大丈夫かな?無事だといいけど」

 

自分と先程分かれた忍学生の少女。誰かの影響を受けて、同士討ちをするように仕組まれている生徒たちとは違い、彼女はキチンと自我を持っていた。

 

 

なのに、生徒たちは途中ではぐれた芭蕉に反応すらしなかった。全員が全員、紅蓮を狙ってきたのだ。

 

ふと、考えに明け暮れようとしていた時。突然声が聞こえた。

 

 

 

「────やぁやぁ、始めまして。我々の先輩とも言える御方、『今代の紅蓮』さま」

 

呼吸が、心臓が止まりそうになる。

声がしたからではなく、その声がすぐ近くの真後ろから聞こえたからだ。

 

 

勢いよく飛び退き顔を向けると、行き止まりの壁に寄り掛かるように一人の男が立っていた。瞬間移動とかではない、元々自分がそこにいたように堂々と。

 

 

 

軽薄そうな顔つきでありながら、丁寧な仕草で男は紅蓮に改まったように礼をする。

 

派手なデザインの服を何着も乱雑に着こなしている容姿に、首元にはガスマスクのようなチューブの付いた呼吸器を掛けてある。

 

それらのものに何の価値もないにも関わらず、男の反応は楽しそうだった。

多くの人が無駄だと断じる全てを、『楽しいモノ』と気に入ってるように。

 

 

邪悪(シャーク)、『惨禍の剣』の一人を煎じられている者です。そして、貴方と同じホムンクルスでまありますよ」

 

『惨禍の剣』、ホムンクルス、二つの単語に紅蓮をハッと顔色を変える。

 

蛇女を襲撃する謎の組織『混沌派閥』、彼もその一人だ。

 

 

「そんな重く受け取らずに、良いですよ。気楽に行きましょう、気楽に。人生楽しまなければいけないです」

 

自分から明かしたというのに、警戒する紅蓮に邪悪は楽観的な態度を取っていた。しかしそう言われて従うつもりもない。

 

向けられた敵意に邪悪は、ニヤリと歯を見せた大きな笑みを見せる。

 

 

「最も───貴方の人生はここで終わりなのですが、ね」

 

剥き出しになった歯は、人間ものではなかった。金属のような光沢のある、トラバサミのように上下鋭く尖った牙。

 

まるで鮫のようだ、と思ういや否や、邪悪は壁に手をかけた。ズボン! と液体のように柔らかく手は壁の中へとのめり込んでいく。

 

「ッ!焼却=壱式!」

「忍には秘伝動物といったものがあるのをご存知ですね?」

 

何かをしようとする邪悪を前に紅蓮は地面を蹴る。

走りながら、日本刀を鞘から引き抜く。綺麗な刀身は一瞬で深紅の炎に包まれ、炎刀へと姿を変える。

 

 

「この邪悪にも秘伝動物がいるのです。複数の種類がありまして一択するなら─────」

 

 

巨大な黒が、壁から突っ込んできた。紅蓮の炎刀はその黒に重い一閃を放つ。斬られた場所に残った火の粉がチリ………と熱を帯び、巨大な塊を爆発で吹き飛ばす。

 

真っ黒な塊は身をうねらせる。そしてバックリと大きな口を開き、咆哮を轟かせた。

 

『ヴォオオオオオオ!!!』

「生き物!?この雄叫びは────まさか!!」

「ええその通り、『魚介類』………と言いますか、海の生き物ですね。因みにそちらは鯨です、私はこういうのが得意な性分でして」

 

至近距離から炸裂する音波の叫びに紅蓮は思わず耳を塞ぎ、遠くへと距離を取る。一方、邪悪の方は近くにいるのに何ら反応も返さず、丁寧な返しをしていた。

 

 

燃え盛る炎刀を鞘に仕舞い鎮火させ、紅蓮は踏み込んだ。親指で束を押し、片手に握った日本刀を何時でも出せるように構える。

 

「───焼却=肆式!」

「なるほど、まとめて炎で炙ってしまおうと。楽しい考えをする方ですね」

 

小馬鹿にする言い方だった。だが、此方も過剰に反応している場合でもない、すぐさま引き抜いた炎を辺りに放出しようとするが、

 

邪悪は楽しそうな態度のまま、指摘してきた。

 

 

「しかし、私なんぞに気を向けてる場合ですか?ほら、例えば今でも」

 

引き抜こうとした直後、視界の隅から大岩が横から飛んできた。よく見れば大岩ではない、頭を狙おうと投げられた鉄球だった。

 

邪悪の言葉もありわざとバランスを崩して、鉄球の攻撃を切り抜けた。頭部スレスレで鋼鉄が皮膚を掠り、近くの建物の壁を粉砕する。

 

身を任せ、地面に転がった紅蓮はすぐさま鉄球の飛んできた方向に目を向ける。視線の先で、誰かが困ったような声を漏らした。

 

「うーん?まぁーた外したぁー、けどいいーやー」

 

鉄球を投げてきたのは、ズタ袋を被った上半身半裸、2メートルの大男だった。両手首に填められた腕輪から伸びた鎖が、投げられた鉄球を手元に戻す。

 

二人いるのか、と思い攻撃に移ろうとする紅蓮。

 

だが、それは誤算だった。

 

「ねぇねぇ、君は炎使うんでしょ?カッコいいね!」

「っ!」

 

真後ろからの声に、紅蓮はすぐさま行動を切り替える。

体を捻るように振り返りながら、着火した刀身を真後ろに向かって振り払う。ただの斬撃とは違い、一定の距離に近づくと同時に刀身の炎が爆裂した。火炎放射器のように、辺りに極温の炎を噴き散らす。

 

少女はアクロバティックな動きで、炎の凪ぎ払いを回避していく。体操選手のような動きをした後、一瞬で姿を消した。

 

咄嗟に周りに目を向けるが、声がしたのはすぐ隣だった。肌に当たりそうな距離で少女は明るく元気そうに、

 

 

「私の銃ね、面白いことが出来るんだよ!建物の外からでも、君の頭を撃ち抜いたりね!」

「そう、でも今は遠慮したい!」

 

心からの心境を言い返したが、「ごめんね!無理だよ!」と少女は明るく返してくる。

 

彼女は脚を折り曲げ、空中へと跳躍した。

真上に跳んだのでスカートの中が見えるが、紅蓮は戦闘中に気を向ける程の変態でも余裕ありでもない。

 

彼女は両手の拳銃の銃口を向ける。引き金に掛けた指に力を込め、

 

「いっくよぉ!バキュン!」

 

二つの銃弾が音速の勢いで紅蓮に撃ち込まれた。紅蓮はただで受けるつもりもなく、日本刀を地面に突き立て炎の壁で銃弾を焼こうとした。

 

が、炎の壁は意味も為さなかった。

二つの銃弾が透明なナニかに当たったように、軌道を変化させたのだ。そのまま弧を描くように障害物を回避した銃弾が元の軌道に戻り、

 

 

紅蓮の頭を二発とも突き抜けた。だが、当たった場所に風穴が開いた訳ではない。

 

ユラリと、紅蓮の姿が揺れたのだ。まるで蜃気楼のように。

 

 

「あれぇ?」

「焼却=参式・陽炎」

 

おかしな現象に不思議そうに首を傾げる少女。紅蓮のしたことは何てことない、横にズレた場所に自身の分身を作ったのだ。

 

そして、紅蓮は歩みを進めながら少女に近づく。急いで銃口を向けてくる少女に向けて刀を振りかぶる。

 

殺すつもりはない。束で首を殴って気絶させれれば、それで良かったから。

 

 

────ズドン!!

 

「ガッ────!?」

 

口から息が漏れた。脇腹に直で砲弾が撃ち込まれたような、重い一撃の感触を味わう。

 

 

「見事。旧式のホムンクルスと侮っていたが、それは間違いであったかもしれん。修正が必要だ」

 

吹き飛ばされながら、視界の中で何者かが立っていた。白衣を着込んだ医者のような男、彼は右手を此方に向けて、左腕で顎を擦っていた。

 

 

そのまま、地面に転がった紅蓮は刀を突き立てる。ガン!という強い感じが肉体に響き、骨が軋んだと思う。

 

喉を咳き込み、呼吸を整えようとする。立ち上がりながら、周りを見渡した。

 

 

盤銅(ばんどう)宗那(そうな)翠翔(みすと)────速いね、ちゃんと動いてくれて私は嬉しいよ」

 

「うぃー、そりゃぁーだるかったぁーのでぇー」

 

「あれ?翠翔さん、任務あったんじゃないの?大丈夫?王様に怒られちゃうよ!」

 

「解答、心配無用。私の量産型に二人ほどの忍を足留めさせている。突破されるだろうが、時間は十全に稼げる」

 

ホムンクルスの四人が、紅蓮を囲んでいた。一人だけなら紅蓮でも勝てたかもしれない、だが彼は決して単体で戦う来などない。その為の布陣なのだ。

 

わざわざ間隔を開けておきながら、決して逃がさないというように。

 

 

────流石におかしい、と紅蓮は思い始めてきた。蛇女を襲撃しているのにはそれ相応の理由があると感じていた。そして、それが何なのか大体掴めてきた。

 

しかしそれでも解せない。たった一人に四人が動くなんて─────

 

 

 

「そろそろ自分の価値に気付いてもいいのでは?」

 

邪悪はキキキ、と鋭い歯をむき出しにして笑いながら言った。怪しい言葉に、紅蓮は怪訝そうに見やる。彼は目の前で片腕を持ち上げ、ある方に人差し指を向けていた。

 

先にいるのは──────紅蓮。

 

 

「我々の本命は貴方です。その為に蛇女を襲撃し、焔紅蓮隊を誘き寄せました。ぶっちゃけ、焔紅蓮隊も蛇女も七つの凶彗星(グランシャリオ)も全部がオマケですので」

 

思わず、喉が鳴る紅蓮。そんな彼を無視しながら、邪悪は気楽に続ける。

 

「『混沌の王』から命令。我々の目的を邪魔する不確定因子の排除を行ってから、『今代の紅蓮』を抹殺しろと。勿論我々は、全ての善忍と悪忍を敵に回してでも貴方を殺しますので」

 

規模が違いすぎた。例え自分達が殺されても紅蓮を殺す、昔戦争であったという特攻隊と同じような感覚に陥る。

 

彼等より前に造られた旧式のホムンクルスとはいえ、そこまで殺害に拘る理由が何なのか。紅蓮自身にも分からない、彼等はそれを知っているのかもしれない。

 

そう思う紅蓮の思惑とは違い、ホムンクルスたちは全くもって理由を知らない。

 

 

 

「えー、ただいま13時46分。現時点を持って最終目的の開始。

 

 

 

ホムンクルス紅蓮、個体名 KF.H-5641の抹殺を開始します」

 

 

直後に、全員が動く。

 

四人のホムンクルスはそれぞれの武器を扱い、たった一人の同胞を殺そうと牙をむく。彼等の顔には微塵も優しさは感じられない、あるのは命令を遂行するという意思のみ。

 

勿論、紅蓮は躊躇しない。鞘に納めた日本刀の爆炎を嵐の如く放つ。

 

 

火蓋は簡単に切られた。勝率の低すぎる、圧倒的な敗北()が目に見えた戦いが。それでも、紅蓮には負けるわけにはいかなかった。

 

 

 

─────大切な仲間たち(家族)が、今も戦っているから。自分だけが負けるのも逃げるのも、絶対に認めない。

 

 

 

 

そして、遠くからその惨劇を見下ろす者がいた。

 

全身に血を浴びたような色のした布切れに耳を包んだ何者か。かつてユウヤやシルバーといった異能使いの前に現れた謎の存在。

 

カオス、『混沌』の名を語る怪物。子供の落書きのような笑顔を張り付けた真っ白な仮面を被るソレの眼に、紅蓮が映り込む。

 

 

「そろそろ、かなぁ?」

 

満面の笑みを浮かべた仮面の奥で、ソレは歪んだ声音をしていた。全てのものを見下し、同時に嘲笑うように。

 




久しぶりに長く書いた…………後少しで一万字ですぜ?(知らんがな)

内容に関しては─────うん、うん(頷き)



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