私には苦手なものが二つある。
まず一つは人気の多く賑やかな所。
そしてもう一つは――。
「ナズ~リン~!」
泣きついてくるご主人だ。
名前を虎丸星。毘沙門天の代理。
あやまれ。毘沙門天とそれを真面目に信仰している者たちにあやまれ。
今のご主人の姿を見たら何と言うか。
トラ柄の大きな子猫だ。
意味が分からない。
苦手だ。
本当に苦手だ。
そのうるうる潤んだ瞳で懇願されるのは、本当に苦手だ。
「うぅ……。私の、宝塔がぁ、宝塔がぁー」
「はぁ」
「なず~り~ん。お願いします~。どうか、どうか私の宝塔を」
「はぁ」
いい加減にしてほしい。これで何度目だろうか。
さすがに今度という今度ばかりはきけない。
「……ふぇぇ。お願いしますよぉ~」
「…………」
「わたし、わたし、なずーりんがいないともう駄目で……」
そう、今度ばかりは。
意を決して、背を向け、去る。
「ふぇぇ~。なず~り~ん。お願いしますよぉ~」
そう――、こんど、ばかり、は。
「わたし、もう、もう。うわぁん、見捨てないでくださぁいぃ~」
もう。もう! もう!!
「っ――」
苛立ちを知らせようと、足音を思いっきり鳴らして戻る。
「っあ! なずなずぅ!!」
何がなずなずだ! まったく伝わってないし!
そして――。
チーズが恋しい季節になった。本当にそう思う。
年に四度訪れる季節だけど、問題なのは、早くチーズ分をよこせとお怒りになってきたお腹ではない。
だってよくよく考えて欲しい、枯れ葉が目立ってきたこんな季節に鉄の棒二本持って歩き回っているのだ。これでは視界も消し飛んで、脳裏に浮かんだチーズの誘惑に負けそうになって当り前じゃないか。どうせなら目の前に実物が出てきてくれるともっといいのだけれど。まぁ、現実というのはうまくいかないものさ。現実でうまいのはチーズくらいなものだ。
風。
「へっくし!」
……うぅ、寒い。
体も冷えてきた。
駄目だ心折れそう。
ダウジングが指している方に進んでいたら、えらく霧がかかった湖まで来てしまった。寒い。とにかく寒い。ここ、夏でも寒いんじゃないか? 枯れ枝の間から風が来て、周囲の冷気が一緒にやってきてる。もうほんとに寒い。早く去らないと凍りそう。
「よっしゃー! あたいの季節だぜー!」
幻聴だろうか。
きっとそうだ。
「っと、そんな時に誰か来やがった!! 勝負でもするか!? 今日のあたいは調子いいからな!」
幻視だろうか。
そうしてくれ。
「うおおおおお!!」
駄目だ、寒い。氷の妖精がヒートアップして周りがクールダウンしだした。何言ってるかよく分からないけど、そういうことだ。
もうほんとやだ。かえりたい。
「おらおら、行くぜー!」
とにかく、このままではまずい。
「――待ってくれ。争う気はないんだ」
「なんだぁ? やる前から降参か? これはまたあたいが勝ってしまったってことか!?」
「あー、うんそうなんだ。君の勝ちだ。まいった」
「ふっふーん! そうかそうか、だったらあたいの言う事を一つ――」
このままもまずい。
「悪いが先を急いでいるんだ。見逃してくれないかな?」
「嫌だ!」
「そこをなんとか頼むよ。君は勝ったんだろ? 真の強者とはこういうときは相手の頼みを聞いてやるものだよ」
「ん? そうなのか?」
「ああ。皆知ってるものだと思っていたが」
「そ、そうだな。うん、あたいも知っていた。……うん、通っていいぞ!」
っほ。
「ありがとう」
「気にするな!!」
なんとかうまくいったようだ。
自分の好きな季節ということではしゃぎすているんだろう。
それはともかく、早くここから去らなければ。
寒くてかなわない。
◇◆◇
うすうすそんな気はしていたんだ。でもそれはいわゆる嫌な気というやつで、とどのつまり、『悪魔の館』というのに来てしまったわけだ。幻想郷で悪魔の館といえばおよそ紅魔館という、はたから見ている分にはたいへん愉快だが直接関係するととにかく疲れそうなあの紅魔館である。住民も濃いのばっかだし、正直関わりたくない。でも、でも、ダウジングとかいう有能かつ無能な鉄の棒は明らかにここを指している。
もう帰って寝たい。
もしかしたら寝て起きたら全てが解決している、――なんてこもあり得るかもしれない。もう一人の私が、私の寝てるうちに全てを終わらしてくれてた――、みたいな。みたいな……。
ここは幻想郷だろ?
私の幻想も叶えてくれよ。
もうほんとにこの館からは嫌な気しかしないんだ。
どうしよう泣きそうだ。
だいたい何て言って悪魔の館に入ればいいんだ。失せ物探しに来ましたー!。なんて言って入れるわけがない。
実際に門前まで来ると、ほらやっぱり門番が立っていた。
もう簡単に入れる気ありませんよという意思表示に他ならない。
それに雰囲気からして分かる。あの門番、あれはいわゆる達人というやつだ。何の道を達しているのかは分からないが、とにかくは事を荒立ててはいけないことだけはたしかだ。もしもがあれば、館の中に入ることさえできないだろう。
ここはやはりネズミらしく、隅から攻めるか。
「ふふ、私には全てお見通しですよ?」
「――っ!」
気づかれた?
「ほら、殺気なくやってくるナイフも避けれるように……。むにゃむにゃ」
……むにゃむにゃ?
「違いますよこれはサボリではなく、シエスタです。労働者に認められた当然の権利、――っと危ない。ふふふ、だから言ったでしょう? もうそのナイフには当たらないと! むにゃむにゃ」
……寝てるのだろうか?
寝てるにしては寝言が出来すぎてる。寝言なんて支離滅裂なもののはず。
どうなんだ?
「ぎゃあああああ!!??」
「わぁっ!?」
急に叫ぶなよ! 大きな声が出たじゃないか!
「ないふ、ないふがああああああ」
「えぇ……」
「咲夜さぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「…………」
もうこいつのそばの門をそのままくぐれるんじゃないかな。
そうしよう。
◇◆◇
中に入るとたいそう大きなエントランスが広がっていた。
メイド服を着た妖精があちこち飛び回ってる。掃除道具を持ってるみたいだが、掃除をしているようには見えない。どうみても遊んでいるようにしか……。
「っと――」
ゆっくり観察しているような暇はないんだった。早く宝塔を探さないといけないのに。
「えぇっと、ダウジングは……?」
下の方に向かってぷるぷるしてる。ってことは地下か。まぁこれだけ大きな屋敷だ。地下くらいはあるんだろう。
「ちょっとそこの君、いいかい?」
「なにー?」
一番近くの妖精をつかまえてみた。
「地下への道を教えてくれないか」
「んー?」
いくら妖精といえども自分が働いている屋敷の構図くらい頭に入っているだろう。
「地下?」
「そうだ」
「そんなとこあったっけー?」
「え……」
うそ、だろう……?
いくら妖精でも、そこまでは――。
あ、そうか、きっと秘密なんだ。そうに違いない。基本的に部外者には見せないどころか、知らせないようになってるんだ。なるほど、冒険には困難がつきものだと言うしな。うんうん。
「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
「えー? でも地下に行きたいんでしょー? ちょっと待ってね、メイド長呼んでくるからー」
――ぞぞっ。
な、なんか寒気が。
「いや、本当にいいんだ。止してくれ」
「いいよいいよ。呼んでくるから。暇だしー」
おい、掃除してたんじゃないのか、いやしてなかったけど、いやそうじゃなくて、そんな突っ込みいれてる場合じゃなくて、この嫌な予感に従って一刻も早くここから去るべきなんじゃないか、そうだ、そうしよう。何者かは分からないが、そのメイド長とやらはやばい気がする。もし、そのメイド長とやらがさっきの門番が言ってたナイフの者だったらやばい。確実にやばい。あれほど達人があそこまで恐怖するなんてどれだけやばいことか分からない。子曰く、やばいものはやばいってやつだ。なんかよく分かんなくなってきたけど、とにかくやばい、ここから去ろう。
ダウジングだと地下の入り口までは探してくれない。物は探せても場所は探せない。
とにかく地下だ。
もう動き回るしかない。
やみくもに探し回ったところでどうにかなるとも思えないが、この場所に居続ける方が危険だ。賢いねずみはリスクを回避するものだ。
危険と危険。どちらを天秤に賭けるか。そんなものは決まっている。
軽そうな方だ。
そう、軽そうな方。
noナイフyes宝塔
ということで、レッツゴー。
どれだけ歩き回っただろうか。
まったく規則性の無い妖精の動きとそれによる視線を回避しながら、ようやく目当てのものを見つけた。
昇っていない階段。まぁ、つまり降りている階段なわけだが。
カッコつけても仕方がない。やり切った感を出すのは、実際に宝塔を手に入れてからにしよう。
「さて――」
そろそろダウジングの出番だな。
左奥か。
下や上を指さずに平行ということは、当たりのようだな。
ようやくこの悲しい冒険も終わる。何の武勇伝にもならないどころか、ご主人の失くしてはいけないものを失くしたせいで(それも何度も!)始まった冒険である。誇るところがなさすぎる。
「だが、嘆く時間はもう終わり」
妙案がある。というかなんで今まで思いつかなかったのか。
そう、簡単な話である。あのおっちょ虎ちょいなご主人に宝塔を持たせなければいいだけなのだ。本当に今更な話だけど。……とはいえ、あまり気の乗らない話でもある。いちおうあれは毘沙門天の代理が持つものだと思うし。でもここまで失くすようじゃ、致し方ない。だからといって私はあずからない。かさばるのは嫌いだ。あのお人よしの住職に事情をよくよ~く話してやれば、きっと代わりにあずかってくれるだろう。いざという時は、秘蔵のチーズを出す覚悟だ。こんな思いをまたするくらいなら仕方ない。
「これで最後になる」
そういやって歩いていると、だんだんダウジンロッドから伝わってくるものが強くなってくる。もうすぐだ。
たぶん、この目の前の扉の向こうだろう。
『ふらんちゃんの部屋』
なるほど、個人の部屋なのだろう。なら探索もすぐに終わりそうだ。
さて、行こう――。