目覚めるとそこは床だった。
頭がぼんやりする。
理由は簡単で、逆さ吊りにされていたからだろう。
ただなんか、外傷は無いのに心が痛い。理由は、……何だっけ。ええっと、そもそもなんでこうなったんだ?
そう、たしかあれは……。
『ふらんちゃんの部屋』と書かれたプレートが提げられた扉を開けると、小部屋があった。何の変哲もない、ほんとに小さな正方形の部屋。中はびっくりするほど何もない。あるとすればその奥の扉くらいなものだった。
よくは分からないけど、部屋の前の部屋ってことなんだろう。
ダウジングを信じるなら、この奥の部屋ってことになる。
なんか嫌な予感はするけど行くしかない。
一歩、二歩、三歩。
恐る恐る踏み出したけど、何もない。
当然といえば当然か。見るからに何もないのだから。
四歩、ごっほ――。
「っぇ――」
瞬間、視界がぶれた。
ぐるんと世界が廻ったようなそんな――。
足首からの感覚。何かに掴まれてる。
縄が巻き付いている。
逆側を見ると、床らしきものが見えた。
「くそ」
実に古典的な罠に引っかかったらしい。
……情けない。ねずみ取りに引っかかるねずみのようじゃないか。
ちくしょう。
「はぁ……」
とにかく抜け出そう。
ただ吊るされてるだけだ。身体を前屈の要領で起き上がらせて、足元の縄を断ち切ればいい。
「よっ」
縄は容易に切断。
着地。
「っわ」
瞬間、また視界ぶれた。
まるで世界が廻ったかのような――。
あれ、……これさっきやったぞ。
「そ、そういう感じ?」
またぷらんぷらんしてる。
また吊り下げられてる。
……恥かしい。
もう、なにこれ、いやだ。
どうしてこうなるの?
ていうか、見るからに何もないじゃん。どっから罠が出てきてるわけ?
帰りたい。
心折れた。
もう宝塔とかいいや。
たぶんすぐそこにあるんだろうけど、もう知らない。おうち帰る。
ということで、とりあえず足元の縄を切らなければ。
「っは」
右よし。
左よし。
いこう。
「よっ」
身体を起こし、縄を断ち切――。
「っ!?」
堅い!
切れない!
なんかさっきのはすんなり切れたのに、なんかすごい堅い!
なんなの!?
もしかして私への挑戦か?
いいじゃないか、受けてたとう。
私の本領は口さ。
ねずみはかじる方が得意なのさ。
「そりゃぁ!」
がじがじがじがじ!!!!!
まだまだぁ!!
がじがじがじがじぃ!!!
「あばばばばばっばばばばばばばばっばばばば――」
なるほど。思い出したぞ。
つまりまた吊り下げられたということか。
どうやら今回の縄は切ろうとすると、電流のようなものが走るらしい。
だが、これでも私は毘沙門天に仕える身。ダメージが残るなんてことはない。体には痛みは残っていない。どうだざまあみろ。
「はぁ」
……心が痛い。
ぷらぷらしながら何イキってるんだろう。
でも、どうしようもないじゃないか。
とにかく部屋の主が出てくる、もしくは帰ってくるのを待つしかない。
待ってれば、いつかは現れるだろう。
まさか超がつくほどの引きこもりで、部屋から出てきませんとかじゃない限りな!!
あれから百年、いやそれ以上が経っただろうか……。
なんてことはなく、しばらくぷらんぷらんしてたら誰か来た。
「っわ。まーた引っかかってる。……って、誰?」
身体を捻り、声の方へ顔を向ける。
薄黄色の髪に赤い瞳。
首を傾げるのが見えた。
「ご飯?」
「まさか」
「冗談だよ」
「咲夜呼んだ方がいいかな」
「え」
『さくや』その言葉は前にも聞いた。そう、門前で。
「き、聞いてもいいかな?」
「答えるか分かんないけど」
「……その、咲夜っていうのは、あれか? ナイフ投げたりメイドだったりするのかな?」
出来れば違うと、そう、違うと言ってく――。
「そだよ」
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「っうぇ!?」
「ああああああああああああああああああああああああ。やだあああああああああああああああああああああああああああああああああ。ないふはやだあああああああああああああああああ」
「え、ちょ、えぇ?」
「あqwせdrftgyふじこlp」
「ちょ、落ち着いて落ち着いて」
「@@。;:;@「「;@「」
「ほら、今持ってきたばっかりのある意味新鮮なバナナあげるから」
「ちゅーちゅーちゅー!!」
「駄目だこりゃ。壊れてら」
「っは! 私はいったい……」
「そりゃこっちの台詞」
「き、君は……?」
「もう別に誰でもいいんじゃない?」
「いやいや一体なにを言ってるんだ? そんなことないだろ。少し落ち着きたまえ」
「おう」
「?」
なんか妙な感じがするやつだ。
なんか私を見透かしたような態度だ。
「他人に聞く時には、まず自分から話すべきだと思うのだけど?」
「……確かに、それはもっともだ」
痛い所をつかれた。
例え気を失っていたとしても、礼を損じてしまった。恥ずかしいところを見られたものだ。
「私はナズーリン。まあ、ねずみの妖怪とでも思ってもらって構わない」
「ふーん」
おい。
「で、君は?」
「そーだなー。誰がいい?」
「何を言ってるんだ君は」
「いやまーねぇ。変な名前だして壊れたら困るし」
「壊れる? 一体何のことを言ってるんだ?」
壊れるって縁起でもない。
私はオモチャか何かと勘違いしてるんじゃなあないか?
勢いあまって壊しちゃった。みたいな。
まあ、目の前の少女はどうやら理知的みたいだし心配はいらないだろうけど。
たいへん愛らしい少女だ。虫も殺したこともないような、そんな感じがする。
「まあ、いいや。私の名前はフランドール。気軽にふらんちゃんって呼んでね」
なんかきゃぴきゃぴとしてる。
なんかまぶしいな。
きっといつも脚光を浴びているんだろう。
太陽がよく似合う少女だ。
「で、――なずなず!」
もう愛称か。それも聞き覚えがあるやつ。
「……何かな」
「いつまでそうしてるの?」
ぷらん、ぷらん。
「……この縄を解いてくれるとありがたいのだが」
「えー?」
「無理は言わない。別に君が無理でも、他の誰か、解ける人を呼んでくれたら――」
「っぶー!」
え。
「ふらんちゃんって呼んでって言ったでしょ!?」
「え」
「じゃないと、ずっとそのままにしちゃうよ?」
……ん? この言い草だと、もしかしたらこの子、解けるんじゃ?
「すまない、ふらんちゃん」
「いいよ! 超いいよ!」
「そ、そうか」
やった。
「で、この縄をだな」
「無理!」
えぇ。
「それはおねーさま用トラップ。全身をコウモリに変えるような芸当でもしないと」
「いやそんなの無理」
「え、出来ないの?」
「そりゃそうだ」
「じゃあ時を操って頑張るとか」
「いや、それも無理」
「えー、じゃあ逆さ吊りのままシエスタしちゃうとか」
「いやいや、そんなのあり得ないから」
「えー」
話が分かるのか分からないかどっちかにしてくれ。
「じゃあ、きゅっとしてドカーンしちゃう?」
「なんだいそれ」
「平たく言うと何でも壊す」
「なにそれ怖い」
「平たく言わないと長いよ。何せ言葉で説明できないことを言葉で説明しようとするんだから、どうしても長くなっちゃう。周りを塗りつぶして星の絵を描くようなものだね。あ、そうそう、実は目に見えてる星ってうんと昔の」
「――ちょっと待ってくれ、そんなことはいいんだ。私はこの縄から抜け出したいだけなんだ」
「あ、そっか。そりゃそうだよね」
ふらんちゃんはうんうん頷いている。これはいけそうだぞ。
「解いてもいいよ」
「おぉ、本当か?」
「うん。元々私が仕掛けたものだし」
「そうなのか」
……そーなのか!?
「部屋に忍び込んで私物を物色するくそおねーさま対策だっただけど、なんか変なの引っかかっただけだしね。まあまあどうでもいい」
「じゃ、じゃあ頼むよ!」
やった! やった!!
帰れりゅ!
「――で、貴女は何をしに来たの?」
「えっ」
た、確かにそれは聞かれるよな。しかし、ここで本当のことを言ってしまったら、……まあいいか。
「宝塔を探しに来た」
「ほーとー?」
「ああ」
「なんそれ」
「分からないならいいんだ。別に大したものじゃあない」
「じゃあ何でこんなとこまで探しにきてるの?」
「この周辺、いや、その部屋にはあるって分かったから」
「へー。面白い能力だね」
好奇心でいっぱいの瞳で見られた。
「じゃあ私の探し物も探せる?」
「まあ、おそらくは」
「じゃあ、……愛を探して欲しいな」
「帰りたまえ」
冗談に付き合ってる暇はないんだ。
「そ、そっか。ごめん。帰るね……」
ちょ。
「まった! すまない! 今の冗談なんだ。ちょっとした小粋なねずみジョークさ。許してくれ」
「いいのいいの。気を使わなくて……。っあ、私はこれで……」
「あ、いや、ちょっ」
「気にしないで。ちょっと十年くらい引きこもるだけだから……」
いやいやいやいや。十年て、十年て!!
「あと、その縄。実は私にしか解けないようにしてるけど、それも気にしないで」
気にする! すっごい気にするぅ!
「なんかもう何もかもが嫌になっちゃった。もうここで首吊っちゃおうかな」
「いやいやいややめたまえやめたまえ」
この身動きできない状況でそんな最悪な図を見せられ続けたら発狂してしまう!
「いやでも、なんかよく考えたら生きててもしょうがないかなって」
「そんなことないよ! そんなことないよ!!」
「うん、ありがと。でも――」
「デモもストライキもない! 生きろ!」
「そなたは美しい?」
「え?」
「おわた。寝よ」
「ちょ」
懸命の抵抗(激しく揺れる)もむなしく、ふらんちゃんはそのまま奥の部屋に行ってしまった。
どうしよう……。
それから数百年が経った。
なんてことはなく、しばらくしたら出て来た。
「あ。まだいたんだ」
「うん、そうなんだ。でも実のところそろそろ帰りたいんだ」
「そーなのかー」
「そーなのだー」
どうしたらいんだろ……、――ってぇ!?
「あー、背中かゆ」
「ちょ、ちょ、ちょお!?」
フランドールと名乗った少女が、見覚えのある……、いやハッキリ言うと宝塔を持ってた。ついでに言えば、それで背中を掻いてた。それ、孫の手じゃないぞ!!
「あ、これ? 落ちてたのを拾った人から貰ったの」
「そ、そーなのかー」
落ち着け、落ち着くんだ。
「別にいらなかったけど、まあ貰っとくだけ貰っておこうかなーって」
「へ、へぇー」
やった。
チャンスだ、チャンス。
「ほら、一応魔法少女だし。魔法のステッキとか持ってた方がいいかなって」
「ふ、ふーん、そーなのかー。わ、私的には無くてもいいと思うよ」
「そう? じゃあ、やっぱ背中掻き棒にしようかな」
「それはちょっとあんまりじゃないかな!?」
「なんで? これなんか良い物なの?」
「え、いや、そんなことないよ。そのへんのゴミ捨て場に落ちてそうな枯れ枝より価値のないただの棒さ」
「じゃあやっぱ背中掻き……」
「そ、そのデザインがだな、私気に入ったんだ」
「それで?」
「出来たら、譲ってくれないかなーなんて」
「いいよ」
「そうか、そうだよな。分かる、分かるけどここはどうか……。――え?」
ほ、本当!?
「じゃ、ここに置いとくね」
「え」
「私二度寝してくるー」
「え」
それから数百年が――。
ということもなく、『ふらんちゃんの部屋』と書かれていない方の扉が開いた。
「あら、お客さんかしら?」
声の主は、さっきの少女に似ていた。
「それはそうなんだが、その、助けてくれないか?」
気力的にそろそろ限界。
「……いいわ。でも、聞かなければいけないことがあるわ」
「言ってくれ」
なんでも答えるぞ。
「ふらんちゃんは?」
「あ、あぁ、あの少女なら二度寝してくると言って部屋に戻っていってしまった」
「そう。ならいいわ」
なんか少しご機嫌になったようだ。
「私の代わりに罠に引っかかってくれたお礼に、助けてあげる」
縄が切れた。
床。
「ぐぇっ」
痛い。
でも。
「助かった。もう駄目かと思った……」
「ここは悪魔の館よ。入るには覚悟がいるってことよ」
「ああ、よく覚えておくよ」
「まあ、機会があったら、またいらっしゃいな」
「あ、いや、私は……」
「ああ、門をくぐれた段階で許可は出てるのよ。気にすることはないわ」
何か気品のある人だな。
この人の事を少し知りたくなった。
「私はナズーリン。よかったら貴女の名前を聞かせてくれないか?」
「私はレミリア・スカーレット。優雅で明媚なこの館の当主よ。――それじゃあね」
「ああ――」
レミリア氏はふらんちゃんの部屋に入っていった。
もしかしたら、あの人は気品の妖怪かもしれないな。
「っと、私も用を果たすとするか」
床に置かれている宝塔を手に取り、部屋を後にした。
今日は色々あったが、いい日だったんじゃないか? 最後に良き出会いもあった。そうだな、今日はいい日だったな。
「あびゃあああああ」
頬がゆるむのが分かった。
「あああああああふらんちゃああああああああ」
こういう日はチーズでしめるに限る。
「違うのおおおおおおおおおおおおお」
ここは悪魔の館。何が起きてもおかしくない。
「やめてえええええええええええええええええ」
なんだかとっても台無しな叫び声のような声なんて聞こえない。
ここは悪魔の館。おおかたそういう幻聴だろう。
だって今日はいい日だもの。
「にゅおおおおおおおおおおおおお」
しかし勢いだけ