モモンガがナザリックごと転移したのと同時刻。同じ世界のとある一国、バハルス帝国の王都では、とある騒ぎが起きていた。
王都内の噴水がある広場にて突然、空から鎧姿の騎士が降ってきたのだ。
「空から?そんな馬鹿な」
周りの人々から事情聴取をしていた騎士は、空から降ってきたなどという話を信用してはいなかったが、確かに自分達が知るどんな鎧よりも頑丈そうで、しかも細部に至るまで素晴らしいものを着用しているという事実だけは分かった。
ともすれば、どこかの要人の警護をしていた人物が、何か恐ろしい事象に巻き込まれここに来たのかもしれない。そう考えて、手当でもしようかと思ったのだが、全身どこを探しても傷はおろか鎧に凹み一つ見当たらなかった。
「これは……おい、お前。皇帝陛下にこれを伝えるんだ」
「りょ、了解!」
この衛兵は、この騎士を「何者か」が帝国に喧嘩を売るために送り付けた、所謂生贄だと考えたのだ。何者かというのは、万年敵対国の王国とか、何をしてくるか分からない法国だとかの事を指していた。
実際の所、現時点では別に法国とも王国とも騎士は全く関係ないのだが、後にこの衛兵は讃えられる事となるのだが、そのことはまだ誰も知らない。
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ストレイドが目覚めた時、抱いた感情は困惑であった。まず、彼が意識を保っていた時はナザリック地下大墳墓の玉座の間でモモンガと並んでいた。そして、原因不明の頭痛が起きて意識が遠のき、それでもゲームが強制終了するから問題はないだろうと考えていたのだ。
が、現在の状況を鑑みるにそういう訳ではないらしい。
「どこだここ」
周りを見渡してみれば、かなり豪勢なつくりのベッドに寝かされていた。鎧姿のまま。当然、現実世界の自分が鎧を着ている筈がないので、これはユグドラシル内なのだろうと勝手に判断する。が、一つ疑問があった。
本当にここが何処なのか、ストレイドはさっぱり分からなかったのだ。1年ほどの間留守にしていたとはいえ、ナザリック内の大体の作りは分かっている。だが、彼が自室として作った部屋を含め、今いる部屋と全く同じデザインの部屋はなかったはずだ。
勿論、モモンガがストレイドの引退後に部屋を追加したなんてことがあれば別だろうが、そんな事する人柄では無いというのをストレイドは知っていたし、ギルドメンバーを過保護かという位に大事にするギルド長なら、こんな訳の分からない部屋で寝かせる筈がなかった。
「サーバーダウンが延期になったのかなぁ……とにかくちょっと探索してみるか」
ベッドから起き上がると違和感に気付く。それは、自分の本当の身体のようにこのキャラクターが動いた事、そして床に足が触れた感覚があった事。おまけに鎧の重さで床が音を立てた事。
どれもユグドラシルではあり得なかった事象で、まるで現実世界かのようなリアルさにストレイドは若干引く。あの運営ならやりかねない、ユグドラシルⅡへの自動移行という甘い考えは、たった今砕け散ったのだ。
フルダイブ型ゲームの制限として、痛みや嗅覚、味覚など、脳への干渉は法律で禁止されている。あくまでゲームはゲームであって、現実とは異なる事を示すためだ。もしもそれが許可されてしまったが最後。現実世界と比べて明らかに理想に近い素晴らしい世界であるそこが、その人にとっての「ほんとうの世界」になり、死亡事故や反社会的活動に繋がりかねないからだ。
「嘘……だよな……」
18禁に関わる事をことごとく禁止していたユグドラシル運営の事だ。まさか、そんな法律に違反するような事をする筈がないとストレイドは判断していた。勝手な決めつけだと彼自身分かってはいたが、それでもそう納得させるしか落ち着かせる方法はなかった。
まさかないとは思うが、何かの実験でゲーム内に閉じ込められている。なんて事が起こり得るのが、あのクソったれな現実世界なのだ。
恐怖心を抑え、まずカーテンがかかっている窓へと近づく。カーテンを開けると眩しすぎるぐらいの太陽光が、兜のスリットから入ってくる。更に窓を開ければ、新鮮で涼し気な風が鎧の中を駆け巡る。それを感じたストレイドが考えたのは、現実に対する冒涜にして、この不思議な現象を全て納得できる事に変える一言。
「仮想現実が、現実になった」
すぐに頭を振って拒否した。そんな事はあってはならないというのが、ストレイドの持論だった。いくらゴミのような価値しかない世界だとしても、そこは確かに自分が生きている世界で、親が自分を産んだ世界なのだ。それを拒絶するのは、その世界で維持している全ての人を侮辱する行為に値する。そうストレイドは考えていた。
馬鹿馬鹿しいと感じながらも、それ以外でこれを解明するというのも厳しいものがあるのは事実だった。
ナザリックのものとしては明らかに簡素で質素な扉を開け、廊下を適当に歩く。分かったことといえば、ここが確実にナザリックではない事だ。
やはりというべきか、ギルドメンバーが魂込めて作ったナザリックは、こんなものではない豪華さがある。勿論、現実ではこの廊下レベルも歩いた事はないし、こんな高級そうな廊下を歩けるはずもない。
壁に額縁で飾ってある絵画も、敷いてある絨毯も。どれをとっても最下層の一国民が目にできるはずもないものだ。
「でも、すごいなぁ」
ナザリックにあるようなものも確かに素晴らしいが、あまりに浮世離れしすぎているのだ。これくらいの方が、英雄譚や伝説に出てきそうな「城」の中身という感じに近い。そういった部分では、ストレイドはこの場所に惹かれていた。
まったり散歩をしていると前に騎士らしい者が見える。二人で歩いているそれに向かって、手を上げ挨拶をする。こんな時でもロールプレイを忘れないのがストレイドという男なのだ。
「やぁ、君達。ご苦労」
「お前は……?」
声を掛けると一人が警戒するようにストレイドをまじまじと見つめた。もう一人は、思い当たる事があったのだろう。ハッとしたような顔になり、相方に耳打ちをした。
するとどうしたことだろうか。さっきまでストレイドを注意深く観察していた方の衛兵は、みるみるうちに顔が青く染まり、口をパクパクとさせていた。そして次に出てきたのは謝罪の言葉。
「も、申し訳ありませんでした!」
「皇帝陛下がお待ちです!い、今すぐに連絡してきますので、こちらの部屋でお休みになっていてください!」
一人は自分をまた別の部屋に案内し、もう一人は風のようなスピードでどこかへ走り去っていった。
いきなり皇帝だとか言われたストレイドは、ポカンという効果音が付きそうな様子で椅子に座っていた。鎧を外す気にはとてもなれず、出された紅茶も飲まずにただただ考えていた。
(仮に、仮にここが異世界だとする。だとしたら、転移した理由はなんだ?ユグドラシルのサービス終了に居合わせたから?)
それはないと判断できた。すでに時代に取り残されたゲームといえど、人気ゲームのサービス終了日は伊達ではなく、数万単位のプレイヤーがログインしていた。
だとしたら、こんな所に1人でいるのはおかしいのだ。もっと沢山、同じ場所に転移するだとか、そもそも隣にいたモモンガと一緒だとか。
そこまで考えたストレイドはハッとした。ここまで「ここが何処か」。そして自分の事ばかり考えていたのだ。だが、最も心配すべきは隣にいたモモンガだ。
(もしも、これがギルド「アインズ・ウール・ゴウン」だから転移したとするなら、まずはモモンガさんを探すのが先だ。自分以外にも転移してきた人はいる筈だし)
思案に耽るストレイドに、衛兵が声を掛けたのはそれから3分後の事だ。
未知の世界の国のトップに会いに行くというのに、ストレイドは緊張するどころか周りを見物する余裕すらあった。
全てはモモンガを探すという大きな目標のためだ。
《》
一方、モモンガはといえば、情報の収集がある程度進んでいた。
ストレイドと違いナザリックごと転移した彼は、まずセバスに周囲の探索を命じ、ナザリックの付近の地形の情報をゲットした。更には、NPCの動作からユグドラシルではない事を悟った。
表情の変化、口の動きなどなど。正に魂が宿ったように、生きているかのようにNPC達は変化した。
そしてモモンガの心の中で確定したのが、ここが「異世界」であることだ。
現実でも、とある日に異世界に転移する。という内容の小説は溢れるほど量産されていて、それでいて大体がヒットするのだ。その中の一つに、自分のやっているゲームの世界に入り込んでしまうものがあり、モモンガは自分の今の状況がそれと同じであると確信したのだ。
だが、彼の中でもやもやしているものがあった。大半は、「なぜ自分なのか」という事。別にモモンガにはリアルに対する未練もなにもなかったが、それでもこの世界に来た事に疑問を感じないなどということはない。そして、自分がいるのなら、別のユグドラシルプレイヤーが来ていてもおかしくはない。特に同じギルドの仲間達。
そう、ギルドの仲間だ。あの日、最後まで残ってくれたストレイドが、何故玉座の間から消えたのか。この世界には本当にいないのか。それともこのナザリックではないどこかへ転移されてしまったのか。
遠隔視の鏡を使い周囲を調査していたモモンガは、ふと気になり、隣にいたセバスに話しかけた。
「セバス、この世界に私以外のプレイヤーがいると思うか?特にストレイドさんなんかは、可能性としては高いと思うが」
「恐れながらモモンガ様。ストレイド様……とは、誰のことでしょうか」
「なんだと?」
骸骨の身体でありながら、モモンガは血の気が引く感覚を覚えた。第六階層に守護者を全員集めた時に、自分に対する評価がアホみたいに高い事を確認済みだったがために、その衝撃は凄まじかった。
モモンガに対し、ブラック企業勤務もびっくりな程の忠誠心を持ち、首を掻っ切れと言われれば今すぐしますと言わんばかりの態度を取る彼らが、至高の41人の一人であるストレイドにそんな態度を取るだろうか。いや、ありえない。
「まさか、忘れるはずがないだろう……至高の41人の一人……私の仲間のストレイドだぞ」
「モモンガ様……ナザリックを築いたのは、
モモンガは、いよいよもって訳が分からなくなった。アインズ・ウール・ゴウンが全員で40人だと言ったことは、彼にとって相当重大な事態だった。
ギルドメンバーという名称が地味という意見で、勝手に至高の41人と言い出し、何故かそれが常用された。そんな微笑ましい過去もあったというのに、それを否定された気がした。自分の仲間なんていないと、自分は取り残された憐れな奴だと。
そうナニカから言われた気がした。もう1人の自分から、そう囁かれている気がした。
(いや、そんな筈はない。ストレイドさんは、帰ってきてくれた仲間じゃないか)
ワールドアイテムの効果か、それとも何かの影響なり問題があってストレイドの存在がナザリックにないことになっているのか分からない。だがそれでも、いやだからそこそモモンガは、必ずストレイドをこの世界で探してみせると誓った。
ナザリックにいる仲間たちの残した、守護者達という形見。彼らにストレイドを思い出させるため。
そしてなにより、彼自身が自分にひとりぼっちじゃないと納得させるために。
「あぁ。もう1人、実はいるんだ。何故か不明だが、お前達の記憶に存在していないらしい。だが確かに、このアインズ・ウール・ゴウンにはもう1人メンバーがいるんだ」
「では、そのストレイド様がその御方と」
セバスは非常に驚いた声色をしながらも、その表情にはあまり変化がなかった。その様子を見て、同じような特徴を持つたっち・みーの事を思い出す。
「その通りだ。そして、現状この世界にいる確率が最も高い
モモンガは、遠隔視の鏡で騎士らしき存在に襲われている村を発見していた。この世界での平均的なレベルの高さが分からない事や、そもそも人間が殺されている事になんの感傷も抱かなかった。だが、セバスの姿にたっち・みーを幻視した彼は、この言葉を思い出す。
―誰かが困っていたら助けるのは当たり前―
正義というものに憧れていた、実にたっち・みーらしい言葉だった。だが、それはモモンガに考え直させる機会を与えるには十分であった。
村を助け、代わりに情報を得る事。この世界で自分の力がどれだけ通じるかという事。その二つと身の危険を秤にかけた結果、ストレイドを見つける事にもつながる方を選んだ。今の彼にとっては、もう一番重要なのはストレイドを見つける事なのだ。
「畏まりました。すぐに呼んでまいります」
「あぁ、そうしてくれ」
彼の背中は、別の世界線での彼よりも迷いがなかった。
今回の独自展開
・モモンガが積極的にカルネ村を助けに行こうとする
・ジルクニフが早々にプレイヤーと接触