ドラゴンスレイヤーズ   作:鈴本恭一

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第2話:魔剣使いと竜殺し(後編)

 

 

 

 

 

 

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 竜がどこにいるのか、魔剣が教えてくれなくなった。

 

 

 

 

 それと同時期、それまで頻繁にあった竜の襲来が、ばったりと途切れてしまった。

 

 

 

 

 ミュルツは途方に暮れた。

 

 

 必ず昇るはずの太陽が、いつまで経っても現れないような感覚。焦燥だ。おそらく恐怖と呼ばれる感情に最も近いそれをミュルツに与える、あせり。

 

 

 当て処もなく歩き回ったが、竜はどこにも現れなかった。人づてに聞き回っても、やはり竜に襲われた村の話を聞かない。人々も、ミュルツ同様に不思議がっていた。

 

 

 

 

 

 だが数年も経つと、国は竜のいない状況を祝うようになった。

 

 

 王も民も、自分たちを苦しめ続けた存在が消えたことを喜び、今まで奪われていた分を取り返すかのように、働き、田畑を拡げ、村を作った。

 

 

 国は確かに、蘇りつつあった。その機運がほとばしっていた。

 

 

 

 

 

 ミュルツを置き去りにして。

 

 

 

 

 ミュルツは、もうずっと、竜を見ていない。

 

 

 つまり、《竜殺し》も見ていないのだ。

 

 

 

 

 

 寂しかった。

 

 

 

 これが、寂しさなのだと、ミュルツは理解する。

 

 

 人間たちが、仲間が死んでしまうと、自分の心まで壊れてしまうと言う、その原因。

 

 

 

 

 

 《竜殺し》は、仲間ではない。人間ではない。

 

 

 ミュルツは、人間なのか?

 

 

 飲まず食わずでも苦しくなく、頭を割られても腕を切り落とされても死なない、そんなミュルツが。

 

 

 彼と唯一、行動を、否、目的を共にしたのが、《竜殺し》だった。

 

 

 それと、出会うことはない。

 

 

 

 

 竜がいないのだ。

 

 

 竜が、消えた。

 

 

 いない。

 

 

 

 

 

 

 莫大な喪失感が、ミュルツを襲った。

 

 

 いつでもどこでも独りだったミュルツが、それまで経験したことのない、衝撃的で壊滅的な、激情。

 

 

 

 

 彼は、山の奥、国境、森の中で、叫んだ。

 

 

 叫ばざるを得ないほどだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、ミュルツはついに、自分の産まれた王城へ戻ることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

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 城は相変わらず、ミュルツに冷たかった。

 

 

 かなりの量に及ぶ竜の鱗や血を送られたはずの王から、労いの言葉ひとつ貰えなかった。

 

 

 ミュルツがいない間、彼の血のつながらない兄たちは全て病死してしまったらしい。その為、もしも王に何があれば、王位はミュルツが継ぐことになる。

 

 

 

 

 ミュルツは、理解した。

 

 

 自分は殺されるのだ、と。

 

 

 

 

 実際にミュルツを殺すことは難しいだろう、とミュルツ自身は思った。死にかねないことは自分でたいがい試している。火も毒も、ミュルツを殺すことはできない。

 

 

 だが、自分を殺したい者がいる。

 

 

 

 ミュルツは、殺す側から、殺される側になった。

 

 

 殺される者。領民。竜。

 

 

 

 竜の気持ちを想像して、できない。

 

 

 ミュルツは竜ではなかった。

 

 

 

 

 それで、ふと、思う。

 

 

 その思いつきが、妙案に思えた。彼の望みを叶える、唯一の方法だと。

 

 

 ミュルツはある晩餐で、それを実行した。

 

 

 

 

 

 

… … …

 

 

 

 

 

 

 毒の入った杯を、呑み干す。

 

 

 

 

 食卓中の人間が、皆、彼を見ていた。

 

 

 彼が殺される、殺されそうになっていることを知っている。誰も、彼に何も言わなかった。

 

 

 死ね、でなければ、死んでも良い、と思っているのだとミュルツは思った。

 

 

 

 彼は、彼らの願いを叶えてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 ミュルツは命じる。魔剣に。自分の母を殺した刃で、自分を刺す。

 

 

 

 

 

 

 ―――俺を、竜に生まれ変わらせろ。

 

 

 

 

 魔剣はその通りにして、ミュルツを死なせた。不死は消え、杯の中の毒が彼を殺す。ミュルツの意識はすぐになくなった。彼の体がぐらりと倒れる。

 

 

 

 

 そして、その肉体から大量の血が噴出した。

 

 

 食堂中を赤く染め、人々から悲鳴が上がる。ミュルツの肉体は脈動し、見えない何かに捏ね回されているように変形していった。手足がいくつにも曲がり、胴体と一体化。そしてその肉塊は真っ赤な、楕円形の球体となる。

 

 

 赤い球に、罅が走った。

 

 

 

 

 

 

 咆哮。

 

 

 

 

 

 

 中から、爆発するように、一匹の黒い竜が誕生した。

 

 

 

 

 竜に転生した、ミュルツだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 竜になったミュルツは城をその炎で焼き払うと、夜空に向かって囂々と吼えた。

 

 

 

 

 竜の瞳は、夜だというのに昼間と変わらずに見える。広く、遠くまで、視界に収めることが出来た。

 

 

 

 城下の町は、燃え盛る城に何が起きたのか分からず、騒然としている。まだ、狼煙が足りない。あれを呼ぶには。

 

 

 

 ミュルツは飛ぶ。翼をはためかせ、空中へ飛翔した。その巨体からは信じられないほど、体が軽い。どれだけ空中で動き回っても、自分が天と地の間のどこにいるのかが分かった。人間の感覚では味わえない、竜の世界だ。

 

 

 ミュルツは家々の上を飛びながら、火炎を撒き散らす。石さえ燃やすことの出来る、竜の焔だ。人間はあっという間に消し炭にさえた。炎はあちこちに燃え移り、路地という路地を火の海に変えてやる。火の粉が月光を受けて眩く煌めき、人間たちの絶叫に踊っていた。

 

 

 

 

 家という家と、人間という人間と、煙に変えて報せてやる。

 

 

 ミュルツの願いはそれだけだった。

 

 

 

 

 

 来い。来い。

 

 

 

 

 

 

 来た。

 

 

 

 

 

 

 竜の視覚の端、夜気を引き裂いて、遙かな高空から駆けて来るものがいる。

 

 

 ミュルツはさらに高く飛ぶ。対峙するために。

 

 

 完全に、認識できた。

 

 

 

 

 早い。おそらくは音の三倍近い速度を出している。翼はないが、明らかに自分の意志で飛行していた。黒曜石に似た、矢じりのような三角状の相手。

 

 

 

 

 《竜殺し》。

 

 

 

 

 

 

 ミュルツは啼いた。歓喜で。

 

 

 

 

 

 

 空中で翼を一振りし、空気を逆巻いて突進する。

 

 

 《竜殺し》は速度を緩めない。衝突する。ミュルツはそのまま敵手を歯牙で噛み砕いてやるつもりだ。

 

 

 

 

 

 激突する。

 

 

 

 

 ミュルツだけが。地面に。

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 何が起きたのか、彼には分からなかった。

 

 

 

 正面からぶつかるはずだった。けれど実際は、彼の巨体が自分から城下町に落下するよう突進してしまった。頭上を《竜殺し》が通り抜ける。

 

 

 

 

 その《竜殺し》は、複数体、飛行していた。

 

 

 全く同じ形状、全く同じ速度のそれが、何体も彼の上空を旋回している。

 

 

 

 

 

 幻覚だ。

 

 

 

 

 《竜殺し》が複数現れたことはミュルツの記憶にない。《竜殺し》が自分の視覚に幻覚をかけている。

 

 

 

 彼は竜の眼に力を入れた。複数を映していた視界は、それらを霞のように消し去り、相手本体の位置を探し出す。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、再び異変が起きた。

 

 

 

 

 

 燃えていた町の色が、灰青色へ。燃え盛っていた橙色の炎も、苔のようなくすんだ緑に変化する。炎も、まるで溶けた鉄が空中で踊っているような奇妙な姿になり、家々は大量の粉末が崩れては集まるのを繰り返している、不可思議なものへ変異していた。

 

 

 

 

 これも幻覚だと理解する。

 

 

 

 竜眼が幻惑を打ち破り、抗おうとした。

 

 

 しかし、その異様な世界が消えることはない。天空では星々が無作為な軌道を描いて走り回り、月が驚くべき早さで満ち欠けをしている。

 

 

 

 

 そのうち、竜であるミュルツの身体感覚にも異常が出始めた。

 

 

 

 ミュルツは大地から立ち上がろうとするのだが、それが上手くいかない。手足を動かしているという実感はあるのに、目に映る手足はわずかも動いていなかった。

 

 

 目に映る風の向きと、鱗を通じて感じる風の向きも一致しない。何かが接近する音が確かに聞こえるのだが、それがどこからくるのか、いくつ来ているのかも分からない。

 

 

 

 

 まるで酩酊だ。

 

 

 自分の感覚が外を向いているのか、内側を向いているのかも分からない。

 

 

 

 

 ミュルツは辺り構わず、炎をばらまく。

 

 

 いや、炎を吐き出している感覚はあるのだが、本当にそうなのか、分からない。

 

 

 ありとあらゆる感覚が、妨害されていた。周囲の環境、風や家の素材が何で出来ているのか、どう動いているのかも、竜が掴めないように感知封鎖されている。

 

 

 ミュルツは、人間だった時には気づかなかった《竜殺し》の能力に戦慄していた。

 

 

 

 

 そして、確信する。

 

 

 この《竜殺し》は、違う種族を殺していたのだ。

 

 

 

 

 ミュルツの知る竜、空を飛び、炎を吐く、巨大な獣。それとは別種の、もっと高次の竜の種族があり、それを屠る為に、このような強力な幻惑能力を保有しているのだ。

 

 

 

 それがどのような類の竜なのかは、ミュルツには分からない。

 

 

 分かるのは、ミュルツの知る竜、彼が転生を願った竜の能力では、《竜殺し》の幻覚は突破できないということだ。

 

 

 

 

 

 それでいい、と彼は思った。

 

 

 これが自分の望みだ。

 

 

 

 

 《竜殺し》に比肩しうる竜などいない。清々しいほどの圧倒的な力の差で、屠られる。それが、《竜殺し》のうつくしさだと、彼は思った。

 

 

 

 

 

 夜の黒を移していた空が、紫色に変わり、次第に赤へ。赤色の空を《竜殺し》が舞う。

 

 

 

 《竜殺し》が変形した。

 

 

 三角だったその身を、コウモリのような翼を逆向きに生やした五角形へ瞬間的に変える。

 

 

 

 その一対の黒い翼の下に、一本ずつ、矛を抱いていた。

 

 

 矛が、揺らめく。消えた。

 

 

 

 

 2本の矛が再び現れたのは、ミュルツの目の前だ。

 

 

 矛が、爆破。

 

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 

 爆風がミュルツの、竜の巨体を呑み込んだ。若竹色の熱風だった。

 

 

 

 変異した城下町を悠々と薙ぎ払い、粉々にする。

 

 

 

 異世界がさざめいた。金属のように光る細片が赤い空に吸い上げられ、逆に空を駆け回っていた星々が地面へ落下。

 

 

 星の落ちた大地は薄紫の波紋を立てて隆起し、一瞬で凍結する。 凍り付いた大地がひび割れ、中から真っ青な粒子が無数に飛び出た。

 

 

 

 

 

 そんな中、ミュルツはなんとか原形を留めていた。

 

 

 竜の鱗は吹き飛ばされ、肉と骨がむき出しだ。腹部からは内臓がはみ出て、大量の血を垂れ流している。頭部は半分無くなり、片方しかない視界で、ミュルツは《竜殺し》を探す。

 

 

 

 

 

 

 次が、最期だ。自分の。

 

 

 

 

 

 《竜殺し》は大地の粉塵を飲み続ける空の中を、白い軌跡を描いて飛翔している。

 

 

 形は、翼ある五角形から、二重螺旋の尾を持つ銛に似た姿だ。幾つもの突起状の刃を生やしていた。

 

 

 

 

 

 

 その刃が、赤い空を斬る。

 

 

 

 砂地に小枝で線を引くよう、赤い夜空に白線が刻まれた。

 

 

 

 

 

 白線が、増える。

 

 

 その白い線は夜空をいくつにも細分化し、ついには大地にも浸食した。崩壊と形成を繰り返す地上は区切られ、死に損なった黒竜も白線で切り分けられる。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、世界が、別たれた。

 

 

 

 

 

 竜の躰も、意識も、魂も。

 

 

 

 

 

 

 崩れ落ちたその夜を、《竜殺し》が舞う。

 

 

 

 

 

 

 一匹の竜を町ごと葬り去って、《竜殺し》は菱形に変形した。そして夜天の彼方へ天翔る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、其のとある王国は、王と王子たちを一夜にして全て喪った。

 

 

 

 

 王のいなくなった国は、隣国へ自然と吸収された。その国も、時代の流れの中で消え去り、別の名前になったっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 竜のことは、だれも憶えていない。

 

 

 

 

 

 《竜殺し》も。魔剣使いの王子も。

 

 

 

 

 

 昔々の、時代の話だった。

 

 

 

 

 

                                     (完)

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