待ってる人いないだろうけど……
グレモリー達が友野の護衛がついてから数日が経過したある日、その話題は唐突に告げられた。
「堕天使が騒ぎを起こしてた?」
「ええ、昨日の夜に監視用の使い魔から報告があったの。そこまで強い訳でもないし、特に害があるわけでもないから泳がして居たんだけど尻尾を出したのか、昨日の夜で近くの公園に結界が張られて居たのよ。私達が向かった頃にはもう誰も居なくて誰かと交戦した様な跡が残っていて……」
「へー……それってオレ目的?」
「それはないですわ。それなら直接コチラに乗り込んで来ればいいはず。堕天使は他者を見下す傾向が強いですから、特に中途半端な力を持ってしまったものはね、それをしないということは……」
「オレ以外の別件で堕天使が動いてる方が可能性としては高いってことか……」
「そういうことです。この件に関しては友野くんはあまり関わらなくてもいいですわ。あくまでこちらで処理すべき案件ですので、仮にもまだ無関係である人間を巻き込んでは領主としての地位が危ぶまれてしまいますから」
「あ、そうですか、でも困ったら言って下さいよ?一応これでももうそっち側の世界に足突っ込んでんですから」
「あらあら嬉しいですわ?それじゃあいつか頼みますわね?」
朝の友野家にて、友野は今日の護衛役である姫島と朝食を共にしていた。今日のご飯は姫島特製の朝定食らしい、和食メインのヘルシー志向でお茶まで尽くしに尽くされた優しい味だった。
しかし友野は姫島が淹れたお茶を飲みながらとある仮説を立てていた。
(昨日の夜中に公園で争いの跡……兵藤の奴、大丈夫か?ひょっとしてあの彼女が例の堕天使って可能性も……捨て切れねぇな)
未だに少しばかり寝ぼけたまま考え事をしている友野を見て、姫島は微笑ましげに自分の分のお茶を入れる。そしてその会話を皮切りに、二人の間に沈黙が続いた。
ーーーーーーーーーー
「ういーっす、おっはよおおおお!?」
沈黙の食事会を終わらせ、教室に訪れた友野に、走り込む男がいた。その男は友野を見つけ走り出すと、肩を無遠慮に掴み、友野に呼びかける。
「なあ友野!お前夕麻ちゃんって覚えてるよな!」
兵藤であった。兵藤は血気迫る表情で俺に迫ってきた。
俺は揺さぶられながらも、兵藤の質問に答えようと、必死に訴えかけてくる手を肩から降ろさせる。
「ああ、覚えてるって?夕麻ちゃんって子だろ?顔は知らないけど、お前がやたら幸せそうにデートの計画してたの覚えてるからな。あのニヤケっつら忘れるには中々にうざいから難しいと思うぞ?」
「………… !そ、そうだよな!夕麻ちゃんは確かにいたよな!」
「いやだから俺夕麻ちゃんの顔知らないっての、実在してるかどうかも今俺の中では怪しいとこなんだぞ」
友野は兵藤の突然の質問に困惑しながらも答え、兵藤はそれを聞いて安堵感を顔に浮かべる。そんな表情を見た友野は猜疑心から兵藤に尋ねる。
「なぁどうしたんだよ兵藤?お前が馬鹿なのは前からだけど、昨日一昨日でできた彼女の存在を忘れるほど馬鹿じゃないだろ?」
「……実はよ」
「おう」
兵藤は話した。自分が今まで経験してきたことを。彼女が突如として自分を殺しにかかってきた事。気が付いたら自分の家のベットに寝込んでいた事。今日の朝に元浜と松田に彼女のことを聞いたら二人とも、彼女の存在を忘れている事。その全てを友野に話した。
「おいおい兵藤。そりゃちと大袈裟が過ぎるぜ?そんな『BROACH』みたいな使い古された漫画の導入部分じゃないんだから、どうせ緊張してそこから変な夢でも見たっていうオチだよ。そんな嘘言ったって、すぐにあいつらに見透かされるぜ?」
(と言いつつ、なんかオレの中では一種の可能性が見えてきたんだけど……それはまだ言わない方がいいか……)
友野は兵藤の話に相槌を打ちつつも頭を働かせる。そして兵藤の気を逸らそうと、近くにいた元浜、松田に声をかける。
「ほら、あの二人いた。おーい元浜!松田!こいつ夕麻ちゃんと破局したってよー!」
そして友野は廊下にて出くわした元浜と松田に声を掛ける。
「ん?友野、お前何言ってんだ?こいつに彼女なんてできるわけねーだろ?」
「そうだぜ友野。お前まで兵藤みたいな嘘ぶっこくのか?つくとしたらもう少しましな嘘つけ」
「……あれ?」
(やっぱり兵藤の言う通り覚えてねぇ……ってことは十中八九今朝姫島先輩の言ってた『堕天使が起こした騒ぎ』が関係あるぞ……)
友野は表面上では驚きつつも、冷静に頭を働かせる。そして元浜と松田の反応を確認した兵藤が再び友野の肩を揺さぶり、必死に話しかける。
「ほ、ほらな!友野!あいつらはああ言うんだよ!なあ友野!お前しか夕麻ちゃんのこと知ってる奴はいねぇんだ!お願いだ!夕麻ちゃんがどこに行ったのか、探すの手伝ってくれ!」
「……いやまぁ、暇だから手伝うけど、オレその子の顔しらねぇぜ?」
「あ……」
「今気づいたのかよ……」
友野の指摘に気づいた兵藤の顔は、とても申し訳ない顔をしていた。
ーーーーーーーーーー
「収穫なし……か」
「悪りぃな友野。付き合わせちまったのに何も進展しなくてよ……」
「気にすんなって。普段のお前らの馬鹿騒ぎ未然に防ぐ為に割いてる労力に比べりゃだいぶマシだ」
その日の夕方頃、友野と兵藤は自販機のそばでジュースを飲みながら休憩をしていた。自販機で買った炭酸飲料のペットボトルの蓋を開けながら友野は物思いに耽る。
(何も進展がなかったって事は、益々今朝の一件の堕天使の可能性が湧いてきたぞ?堕天使がどれくらいこの街にいるのか知らねぇが、昨日の夜中に公園にいた奴なんてたかが知れてるしな)
(けど、仮に見つけたとしても俺たちじゃどうすることも出来ねぇ、同じ人外のグレモリー先輩があんなドラグソボールみたいな技使えんだから、
「……の…もの!友野!おーい聞こえてるかー!」
「あ、あああ!悪りぃな、考え事してた……」
「はぁあ、しかしどうしたもんだろうなー、これ以上は調べようもないし、どっから手ぇつけたもんかなー?」
兵藤の呼びかけにより、思考の海から抜けた友野を尻目に、兵藤は肩を落とす。兵藤は自販機で買った缶ジュースを飲みながらふとあたりに目をやる。
「……あれ?友野?なんかやたらと静かじゃね?」
「え?」
何故か誰もいなかった。時刻はもうすぐ夜中、会社から帰るサラリーマンや、夕飯を買うためにスーパーに向かう主婦などがいてもいい時間帯であるにもかかわらず、そこには誰1人としていなかった。その不気味なまでの静けさに、2人は少しばかり背中に悪寒が走り始めた。
「な、なぁ?なんかヤバくね?こう、言葉には出来ないけど、変な冷たさを感じるっつうかよ?とにかく一旦ここから離れようぜ?」
「同感。なんか分からんけど、ヤバイな……」
「どこへ行こうというのだね?」
「「!!??」」
先程まで誰もいないと感じ取っていた2人に、突如として第三者の声が聞こえる。2人は驚いて声のした方へ振り返ると、そこにはポークパイハットを被った、茶色いコートを着た中年の男が立っていた。
その男を見た瞬間、2人はさらに悪寒が強くなるのを感じ取った。
心臓が警鐘を鳴らし、頬から冷たい汗が伝い、奥歯が小刻みに震える。
しかし男はそんな2人は気にもせず、ゆっくりと近づいてくる。
「ふん、急遽貴様ら2人を捕らえろとの命令だが、どうにも気が乗らんな。何故私が人間どもに気を使って生け捕りにしなくてはいかんのだ、そういう訳だ。貴様ら、私についてきてもらおうか?もし歯向かえば……分かっているだろう?」
男は手元に光を集めながら友野達ににじり寄る。
それに伴い二人も足を後ろに引くが、事態は進展する。
「逃げろ!なんかヤベェ!」
「ちょ、友野!」
「待て!人間ども!」
二人は走った。それと同時に男も手元にあった光を投げる。
光は友野と兵藤の間をすり抜けて二人の目の前で地面に刺さり、地面が爆ぜた。
コンクリートの破片が宙を舞い、爆煙が二人の視界を遮り足と止めさせる。
突然視界を遮られ困惑している二人の背後から、男の声が聞こえた。
「今のは忠告だ。もう一度聞く。黙って私についてこい」
男の顔はひどく冷たい表情であった。その声には有無を言わさない気迫があり、並大抵の精神力の持ち主では卒倒してしまうほどに不気味であった。
「そう言うのって、命令でしょ?言うこと聞かなかったらどうするわけ?」
「私の槍で四肢を貫いて抵抗出来なくしてから貴様らの神器を抜き取るまでだ。神器持ちがまさか二人もいるとは、これでレイナーレ様の野望に貢献できると言うもの」
「レイナーレ?」
「友野?」
友野の呟きに兵頭が聞き返す。しかしそんな二人をよそに男は鬱陶しげに溜息をつく。
「貴様らは知らなくてもいい名だ、全く時間を使い過ぎたな。もういい、貴様らは八つ裂きだ」
兵頭の問いかけを無視して男は光を束ねて巨大な槍を生み出す。それを構え、兵藤達めがけて撃ち抜く……
「そこまでよ、堕天使」
「ぬ!?」
「「うおあ!!」」
紅い光が男の投げた光を相殺した。
爆風が二人を襲い、二人は倒れこむ。
「くっ!誰だ!」
男は腕で顔を覆い衝撃に耐え抜くと、紅い光が放たれた方角に目をやる。
その方角に目をやると、男の顔はひどく歪んだ。
二人は起き上がると男の向いている方角を見る。
「こんにちわ、いい夜ね?堕天使さん」
「グレモリー家の者か……猪口才な……まさかずっと監視していたのか?随分と小賢しいな?悪魔のプライドとやらはどうした?」
「もちろん持っているわ。だからこそ許せないのよ、
リアス・グレモリーは男に向かって手を突き出して光を生み出していた。その座標は男だ。先ほどの光を打ち出したのはグレモリーらしい。
「グレモリー先輩!」
「ごめんなさいね有希くん、あら?その子は……」
グレモリーは友野の横にいる兵藤を見つけると不思議そうな顔を浮かべて首を傾げる。その仕草に見惚れていた兵藤は意識を元に戻すと、思い出したかの様に慌てふためく。
「おい友野!どういうこったよ!なんで二大お姉様のグレモリー先輩がお前のこと下の名前で呼んでんだよ!説明しろ!」
「いの一番に聞くこと他にもあんだろ?」
兵藤の主張に友野は多少の呆れを含んだため息を吐いた。先ほどまでの緊張感が嘘の様に飛散する。しかしそれはほんの数舜の事だった。
「ユーキ君?どうして貴方が巻き込まれてるのか聞くつもりは今は無いけど、後で覚えておいてね?とにかく今は走って!」
「うす!行くぞ兵藤!」
「ちょ!?おい!」
友野はグレモリーの命令に力強く頷くと、兵藤の手を引く。自身の疑問にも答えてもらえず、急に腕を引っ張られたので兵藤の困惑はさらに加速した。
「……どうやらここは引き時の様だな……」
「逃すと思う?」
残ったコートの男とリアス・グレモリーは互いをじっと見つめ合う。その目はまるで一騎討ちをする騎士の様な厳格な空気が漂っていた。
「『逃すと思う?』違うな。私がお前を見過ごすのだ」
「……!待ちなさい!」
男の声と同時に足元に魔法陣が浮かび上がる。それを見るとグレモリーは必死の形相で手に籠めた魔力を打ち出すが、それは無駄玉に終わった。
「…………逃げたわね……とりあえず、まずはユウキ君に会いにいかなくちゃいけないわね……」
グレモリーは深追いはせずにその場を去る。そしてそこには静寂だけが残った。