東方酒迷録【完結】   作:puc119

10 / 69
第7話~迷いの里~

 

 

「助けて……」

 

 天気は雨。

 視界は最悪。

 

 夏の終わりが見え始め、秋が近づいてきている季節。そしてザーザーと降る雨は私の体温と、気力を奪い続けた。

 

 ちょっとした好奇心だった。

 

 山菜を取りに村の外へ。村を出る頃はまだ天気も良く、いつもより少し遠くへ出かけた。

 

 次第に天気は崩れ始め、雨へと変わった。

 

 そんな時だった――目の前にフヨフヨと浮かぶ黒い球体が現れたのは。

 

 宵闇の妖怪。

 その妖怪のことは聞いたことがある。

 

 曰く、人喰い妖怪。

 つまり、あちらは捕食者。こちらは、ただのエサ。

 

 逃げなきゃ……逃げなきゃ駄目だ。

 

 私は震える足を無理やり動かし逃げた。何処へ向かっているのかもわからず逃げた。

 

 なんで? どうしてこうなってしまったのだろう。改めて現実の無常さを感じる。

 

 足が縺れながら、転びそうになりながらも仄暗い道を必死で逃げた。

 

 神様、助けてください……

 

 

 

 そんな願いが通じたのかわからないけれど、目の前に真っ白な鳥居が現れた。

 

 後ろからはまだ、妖怪の気配を感じる。

 

 鳥居? 夢? 現実?

 

 様々な思考が頭の中を交差する。そして私は、どことなく優しさを感じたその鳥居をくぐった。

 

 一転、視界が暗転。

 

 どうか、どうか、生きて帰ってこられますように……

 

 

 

 

 

 

 

 そして、鳥居の先は田んぼと麦畑があった。

 天気は晴。

 

 思考が追いついて来ない。ここが天国……という場所なのかな?

 

 田畑の先には洋風な建物が見える。霧の湖に建つ洋館には、恐ろしい吸血鬼が住んでいると聞いた。あの家もそうなのかな?

 でも、人が住んでいるかもしれないし……

 

 興味半分、恐怖がもう半分。

 

 少しだけ休ませてほしいな。駄目かもしれないけれど。

 

 洋風な家の扉には木の板が吊り下げてあって『OPEN』と書いてあった。

 

 う、うん……読めない。外の世界の言葉かな?

 

 

 重みのある扉を開け中へと入るとカランカランと鈴の音が響いた。

 

 そして目の前の机に――男の子が気持ちよさそうに寝ていた。

 

「えと……」

 

 男の子の見た目は、私と同い年からちょっと下くらいだと思う。妖怪ではないんじゃんかな。……たぶん。

 

 どうしよう、なんて声をかければいいんだろう。

 

「あ、あの……」

 

 聞きたいことが沢山あった。

 ここは何処なのか。

 貴方は誰なのか。

 

「んむぅ……っと……ありゃ、寝ちゃってたか。おろ? お客さんかえ? いらっしゃい。ようこそ、カフェ迷い人へ」

 

 男の子が起きた。

 どうやらここは「かふぇ?」という場所らしい。

 

「えと……その……」

 

 言葉がうまく出てこない。なんだっけ? 何を聞こうとしたんだっけ?

 

「ん~何か混乱しているみたいだね。とりあえず手とか顔とか洗ってきな。美人さんが台無しだよ? 洗い場は外に出て左手の方にあるからさ」

 

 ――あ、これ手拭いね。

 

 なんて言って男の子が枕に使っていた手拭いを渡してくれた。

 そして、どうやら汚れていたみたいだ。ちょっと恥ずかしい……

 きっとそれだけ必死だったのだろう。

 

 

 

 

 

 汚れていた手や顔を洗うと、漸く気持ちが落ち着いてきた。手拭い汚れちゃったな。洗って返さないと、でも、またここに来られるかわかんないしなぁ。

 

 それにしてもここって……

 

「どこなのかしら?」

 

 う~ん、まぁ考えてもわかんないか。

 

 建物の中へと戻ると、男の子は机の反対側に立っていた。

 

 

「うん、やっぱり顔を洗ったほうが美人さんだね。改めて、いらっしゃいだね。迷子さん。あ、何か飲む?」

 

 『美人さん』と『迷子さん』という言葉に苦笑い。恥ずかしいな、もう。そしてどうやら、かふぇというものは、お茶飲み屋さんみたいなものなのかな。

 

「……すみませんが、今持ち合わせがないので遠慮します」

 

 財布は屋敷に置いてきてしまった。たぶん持ってきていたとしても、逃げる途中で落としただろうけれど。不幸中の幸い。

 あ、ついつい敬語で話してしまっているけれど、彼の見た目は私と同じくらい。敬語じゃなくてもいいのかな?

 

「ありゃ、そうなんだ。ん~まぁ、いいや。初回限定のサービスしとくよ。さ、座って座って」

 

「えっ、そんな悪いですよ。あ、手拭いは今度洗って返します」

 

 匿って(?)もらい、さらにお茶までもらうなんて流石に図々しい。確かに喉はカラカラだけれど……

 

 私がそう言うと、彼は少し驚き――珍しくいい娘だ……。なんて呟いた。

 

 いや、普通だと思うけれど……今の言葉は聞かなかったことにした方が良さそうだ。ちょっと、涙ぐんでるし……それは流石に引きます。

 

「さっきの様子じゃあ、外で大変なことでもあったんでしょ? 遠慮なんていらないよ。ホットミルクでいい? あ、お酒のがいいかな? あと手拭いはあげるよ。高いもんでもないし」

 

 ほっとみるく? また知らない言葉が出てきた。あとお酒はいらないかな。こんな昼間から飲むのはちょっと……

 

「えと、手拭いいいんですか?」

 

「うん、いいよ。……もしかして、臭かった?」

 

「えっ、いえ。そんなことありませんでしたよ。はい」

 

 石鹸の良い香りでした。

 

「そかそか、それなら良かった。もう一度聞くけれど、ホットミルクでいい?」

 

「は、はい。それじゃあご馳走になります」

 

 ほっとみるくが何なのかわからないけれど。

 

「了解。ちょっと待ってね今作るから。ま、そこの椅子に座って待っててよ」

 

 彼はそう言うと調理に取り掛かった。

 

「それで、今日はどうしたの? 外は雨みたいだけれど。妖怪にでも襲われた?」

 

 調理しながら私に尋ねてくる彼。

 

「それが人里の外へでかけたら、急に雨が降ってきて宵闇の妖怪に襲われ、逃げていたら此処に……」

 

「宵闇の妖怪? ああ、あの黒フヨフヨか。そっか、そりゃ災難だ。ま、生きているんだからそれだけで十分だね」

 

 ご尤もです。

 

 それからも彼と話を続けた。彼の名前は黒と言い、ここは幻想郷と外の世界との間にある場所らしい。

 どうして、こんな場所にいるのか聞くと黒さんは――

 

「ん~……ほら。俺って人混みが苦手なんだよ」

 

 と笑いながら言った。

 むぅ、誤魔化された。

 

 それから私のことへと話は移り、私が稗田家で奉公させてもらっていることを言うと

 

「えっと、今の御阿礼の子は……ああ、阿求ちゃんだっけ? 確か九代目阿礼乙女だったよね。直接会ったことがないから自信ないけれど」

 

 と黒さんは言った。その言い方だと、まるで前代の稗田家当主には会ったことがあるみたいだ。

 不思議な人。

 

「そっか御阿礼の子……か。ま、今の幻想郷は昔より妖怪と人間の距離は縮まっているから、彼女達のことを覚えている奴らも増えるよ。俺もちゃんと覚えておくしね」

 

 そう黒さんは言って笑った。その時の私は、黒さんの言葉の意味がほとんどわからなかったけれど、優しい言葉だということだけはわかった。

 

 貴方は何者なの?

 

 その後、ほっとみるくをいただいた。さらに、香草の香りが仄かにする焼き洋菓子まで出してもらい、美味しくご馳走になってしまうことに。甘いほっとみるくに焼き洋菓子は良く合った。

 美味しかったです!!

 

 黒さんは黒さんで、真っ黒な飲み物を飲んでいた。一口いただいたけれど、この世の物とは思えないほど苦かった。

 

 私が渋い顔をしていると黒さんに――

 

「お子ちゃまにはまだ早かったね」

 

 と言って笑われた。

 貴方には言われたくない。

 

 さてさて、あまりのんびりもしていられない。私もそろそろ帰らないと。

 

「あの、帰りはどうすればいいですか?」

 

「んと、人里で良いんだよね? うん、来た道を真っ直ぐ戻ってみて。そうすれば人里に着くよ」

 

 どういう仕組みなんだろう?

 半信半疑。不安が頭の中を過ぎるけれど、大丈夫な気がする。自信ないけど。

 

「このお返しをしたいのですが……」

 

 こんなに、もてなしてもらって何もしないのは流石に気が引ける。

 あ、でも黒さんって人里に来ないのかな?

 

「別に気にしなくてもいいのに。ん~そだね。今度、人里に行くからその時、稗田家に寄らせてもらうよ。そこでお茶でももらおうかな」

 

 と言って黒さんはまた笑った。ふふっ、ちょっと奮発して高いお茶を用意しておこう。

 

「はい! お待ちしております。じゃあ、行きますね。本当に……本当にありがとうございました」

 

 ほっとみるくも洋菓子も美味しかったです。

 

「ん、じゃあね。今度は迷子にならないように気をつけてね。あと若いからって無茶しちゃダメだよ?」

 

 耳が痛い……

 でも貴方だって十分若いでしょ?

 

 

 黒さんと別れて帰路に着いた。言われた通り、来た道を真っ直ぐと戻った。

 すると、また視界が暗転。

 

 

 そして、再び視界が戻ると人里の門の前に立っていた。

 なんだか化かされた気分。

 

 雨は止んでいて、雨上がりの独特な匂いが鼻の奥まで届いた。

 そっか私、生きてるんだ……

 

 ただいま、戻りました。

 

 山菜を持ち帰ることはできなかったけれど、気分は上々。まるで夢のような体験だったけれど、黒さんからもらった手拭いとほっとみるくと洋菓子の味が、あの体験が現実だったことを教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷に戻り、阿求様に黒さんのことを話すと――

 

「ええ! 迷いの里に行ったのですか!? いいな~私も行ってみたいです」

 

 迷いの里?

 

「はい、そう呼ばれています。曰く、普通には行くことができず、何かに迷った人だけが行ける特別な場所だそうです。私はまだ行ったことがなくて……羨ましいなぁ」

 

「あの、阿求様は黒さんのことを知っているのですか?」

 

「ええ、私はまだ会ったことがありませんが、代々私達がお世話になっているそうです。人里にも来るそうですが、なかなか会えないんですよね」

 

 えっ……え? 黒さんって何歳?

 

 その後、黒さんが今度この屋敷に訪ねてきてくれることを教えると、阿求様はとても喜んでいた。ふふっ、ちゃんと御洒落しないとですね。

 

 う~ん、お返しはどうしようか。

 私もまた会えるのが楽しみです。

 

 






こんな感じのお話がもう少し続きそうです
続かないかもしれませんが……


感想・質問など何でもお待ちしております
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。