ってなわけで後編いってみよー
一度自分の家へ戻り、紫から借りたままだったあの傘を持って家を出る。紫曰く、俺が何処にいるのか分かる目印だったかな。
紫の住んでいる場所なんて俺にはわからないし、行くこともできない。だから、向こうから現れるのを待つだけ。
行儀は悪いけれど、紙煙草を口に加えながら、ゆっくりと再思の道を歩く。秋になれば、真っ赤な花を咲かせた彼岸花で埋め尽くされてしまうが、今は夏。所々、茎の伸び始めた彼岸花も見えるけれど、花が咲くのはもう少しほど後だろう。
煙草から落ちる灰は花びらに変えながら、のんびりとお散歩。
別に此処へ訪れる意味なんてないけれど、ゆっくりと一人で考え事をするのにはちょうど良い。
それに、俺が一人だけでいた方が紫も出てきやすいだろう。アイツのことだ、今だって俺のことを見ていると思う。
さて、紫と会ったら何て声をかければ良いのだろうか。
確かに今まで長い付き合いではあったけれど、紫とそう言う関係になるとか、そんなことは考えたこともなかった。紫がどう思っていたのかは分からないが。
慰めるのは違うだろうし、謝るのも違うだろう。
……まぁ、なるようになるか。
吸いきった煙草をピンと指で弾いて飛ばす。
放物線を描いた煙草を花びらに変え、傘をクルクル回しながら進む。
そして目の前に現れた一人の女性。
「や、紫。さっきぶり」
「こんにちは、黒」
うっわ、本当に現れやがったよ。
ヤバい、まだ何の準備もしてない。……どうすっかね。
「少し、歩きましょうか」
紫は静かにそう言った。
その紫の隣に立ち、ゆっくりと歩を進める。流石に邪魔となるから傘は閉じた。
季節は夏なはずなのに、空気は何処か冷たく何ともよく分からない感覚。
「黒は昨日のことどれくらい覚えているの?」
「ん~……何も覚えてないよ。4人で乾杯して気がついたら朝だった」
それで目が覚めると、紫の顔が目の前にあり滅茶苦茶驚いた。何事かと思った。
「えと……昨日の俺って紫に何言ったの?」
あまり、聞きたくはないけれど気になった。変なことを言っていないと良いが。
「『いつもはつい冷たく接しているけれど、本当は好きだ。だから、ずっと俺の隣に居てくれると嬉しい』……そんなことを言っていたわね」
滅茶苦茶、変なことを口走っていた。
「いや、お前……それは、絶対おかしいって気づくだろ」
なんということを口走っているんだ。聞いているこっちが恥ずかしくなる。
「だって……確かにおかしいとは思ったけれど、それよりも嬉しくて……」
顔を赤くした紫。その目は薄ら潤んでいるようにも見えた。
「…………」
「…………」
そして、お互い無言に。全く、八意さんはなんということをしてくれたんだ。どうすんだよ、この空気。
「あー! もう! 何だか腹が立ってきた。どうして私がこんな目に合わなきゃいけないの。黒。あの医者の所へ行くわよ。何か仕返しをしないと気がすまない」
突然、紫が吠えた。いや、もう俺のことは放って置いて……ああ、ダメですか、そうですか。
そして、俺はスキマの中へ飲み込まれていった。
俺、もう疲れたよ。
スキマから吐き出されると、驚いた顔の八意さんがいた。
どうやら、お茶を飲んでいたところらしい。お邪魔します。
「えと、何か用かしら? 確かに遊びへ来いとは言ったけれど、こんな形で来るとは思わなかったわ」
うん、俺もこんな形で会うことになるとは思わなかった。そして、別に遊びに来たわけではないです。
「文句を言いに来たのよ。貴方でしょ? 萃香と幽々子に妙な薬を渡して黒に飲ませるよう言ったのは」
俺に続いて現れた紫が叫ぶ。
これって俺が来る意味あったのかな。
できれば、帰りたいのですが。なんとなく嫌な予感がするし。嫌な予感ほどよく当たる。
「確かにそうだけど、何かあったの?」
お茶を飲みながら八意さんが聞いた。
貴女って存外マイペースですよね。
「何かって貴方……あの薬のせいで黒があることないこと言ったから、私が無駄に恥をかいたの!」
「うん? あること……ないこと?」
あっ、ヤバい。
なんとなく落ちが見えてきた。
こ、これは逃げる準備をしなければ。だ、大丈夫、まだきっと逃げられるはずだ。
「何を考えているのか知らないけれど、どうしてあんな薬を渡したのよ」
「……なるほどね。なんとなく状況が分かったわ」
八意さんと目が合う。
優しく微笑まれた。
流石月の頭脳。頭の回転はやはり速い。
……大ピンチだ。
「何か勘違いしいるみたいだから言っておくけれど、あの薬に相手を好きにさせる効果なんてないわよ。その人が思っていたことを、ただ口にしやすいようにするだけ。あれはそう言う薬よ」
「……えっ」
八意さんの言葉を聴き終える前に、その場から俺は走り出した。惚けたような紫の声が聞こえたが、今は無視。
走り出してすぐ、足元にスキマが開いた。
それくらいは予想済み。
スキマへ落ちる前に飛び上がる。
そうすると、上から弾幕が降り注いできた。その弾幕は自分へ当たる直前に花びらへと変える。
薄桃色で埋まった視界を全力で飛んだ――先にもスキマがあり自分からそこへ飛び込んでしまった。
三段じこみの罠とかどうしろと……
はっはっはー敵ながら天晴だぜ。
全く笑えないが。
まぁ、どうせ逃げられなかっただろうけどさ。
スキマから吐き出された先は、何処かの部屋の中だった。
見覚えはない。幻想郷にあるような部屋と言うよりも、どちらかと言えば外の世界の部屋に近いと思う。
逃げることはできなさそうだ。
ここが、紫の家なのかねぇ。長い付き合いではあるけれど初めて来たよ。
「此処は?」
スキマから現れた紫に聞いてみる。
「私の部屋よ。藍も入ることはできない、私だけの部屋」
予想は当たっていたらしい。
なるほど密室か。殺人事件が捗りますね。
しかし、まっずいっすな~……どうするよこれ。紫と目を合わせないよう下を向く。まるで判決をくだされる被告人になった気分だ。
そんなの、なったことないけど。
「……何か、私に言わなきゃいけないことがあるんじゃない?」
漸く、紫が喋ってくれた。
圧倒的に不利な立場。も、黙秘権を行使します。弁護士呼んでください。
はぁ、どうにかして、逃げられないものか。
だいたい、今更なんて言えば良いんだよ。もっかい言えと? 素面であの恥ずかしい台詞をもう一度言えば良いのか?
そ、それはちょっと、勘弁して下さい。
本当なら、そろそろ紫をいじってやろうとか思っていたのに、どうしてこうなったよ。
一発逆転にも程がある。
「何か喋ってくれないと分からないわよ?」
紫が言った。
きっと、とても良い笑顔なのだろう。見たくはないが。
紫の言葉に俺は顔を背け、断固拒否の姿勢を示した。もう、お家に帰りたい……こんなに恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。
――はぁ。
なんて紫のため息が部屋に響いた。
「私は嬉しかったわよ」
二人しかいない空間に紫の声は広がった。
「いつも私のことを莫迦にするけれど、本当は私のことを思って言ってくれているのは知っていた。たまに腹が立つこともあったけれど、本当に私が困っているときはいつも助けてくれた。最初に月へ攻め込んだときも、幽々子のときも、幻想郷を作るときも……いつだって助けてくれた。だから昨日は黒の気持ちを聞いたときは本当に嬉しかったの…………ねえ」
――貴方のことが好きよ。黒。ずっとずっと昔から。
紫はそう言った。
恐る恐る紫の顔を見ると、顔は真っ赤になっていたが優しい顔をしていた。それは見蕩れるような笑顔だった
ずっと、ずっと昔から……か。
紫と出会ってから、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。俺にとってはそれほど昔ではないけれど、幻想郷の中では一番付き合いの長い存在だろう。
「だからもう一度、貴方の気持ちを教えてくれると嬉しいのだけど……」
不安そうな顔をして紫が言った。
……うん、大丈夫。
これ以上は逃げるつもりもない。随分と情けない形にはなってしまったけれど、そろそろ俺も口に出さないといけないのだろう。
たまには素直になるのも、悪くはない。
いい加減、自分へ正直になってみよう。
「好きだよ紫。何百年も昔からずっと。だから……俺の隣に居てくれると嬉しいかな」
――――――――
そんなことから数日ほど。
とりあえず、紫とそんな関係になったことを萃香と幽々子へ報告することに。
萃香に報告すると――
「えっ……黒もしかして、まだ薬抜けてないの?」
なんて、本気で心配された。大丈夫です。薬の効果はもうなくなっています。
その後、スキマの中へ萃香は消えていったけれど、まぁ、どうせまた直ぐに会えるだろう。
幽々子へ報告した時は――
「あら、そうなの。それはおめでとう」
なんて言われて、普通に祝福された。
なんだか調子が狂う。
多分だけど、幽々子はあの薬の効果を知っていたんじゃないかと思う。何を考えているのか分かり辛いけれど、幽々子はかなり聡明なのだし。どうせ萃香は知らなかっただろうが。
一通り報告をし終わり、俺の店で一休み。
移動は紫のスキマを使った。ホント便利なものだ。
まだ二人にしか教えていないけれど、どうせ俺と紫が一緒になったという噂は直ぐに広まるだろう。そう言う話が好きな奴らばかりだし。
そんな未来のことを考えると、無意識にため息が出た。
「どうしたのよ? ため息なんてついて」
いんや、何でもないよ。
「ああ、そうだ。何か飲む?」
まだ、昼間ではあるけれど、昼間から飲むお酒というのも悪くはない。あの背徳的な気分がなかなかに心地良い。
「そうね……じゃあ、お茶でもいただけるかしら?」
「おろ? お酒じゃなくて良いの?」
紫にしては珍しい。
どうしたのだろうか。
「だって、酔ってしまったらもったいないでしょ? せっかく貴方と二人でいるのだし」
クスクスと笑いながら、ものすごいことを言われた。相変わらず顔は真っ赤だったが。
紫ってすぐ顔赤くなるね。口にすると怒られそうだけど。
「いきなり変なことを言うなよ」
「口、にやけているわよ?」
何処か楽しそうに紫が言葉を落とす。うっさい、分かってるわ。
全く……あ~、顔が熱い。
たぶん、これからもこんな関係が続いていくのだろう。お互いに冗談を言い合って、助け合って……そんな関係。
「ほい、お茶」
一見すると今までとそれほど変わっていないように見えるけれど、お互いの距離はあの日からかなり近くなったと思う。
「ありがとう」
この関係がいつまで続くのかは分からない。
「どういたしまして」
けれども、まぁ大切にはしていきたい。
「ああ、そうだ。黒、ちょっとこっちに来なさいよ」
な~んて思ったりします。
恥ずかしいから口には出さないけどさ。
さて、俺と紫のお話はこんなところだろう。
ずっと見守ってきてくれたカメラさんにも感謝です。本当にお疲れ様でした。
だからいつもように、俺は言った。
「おい、カメラ止めろ」
ここから先は、また別のお話なのです。
カメラ止めて何をしたんですかねぇ(マジギレ)
と、言うことで第恋話~紫ルート~でした
疲れました
本当に疲れました
前編の前書きにも書いたように、これで東方酒迷録は終わりにする予定です
長かったですね~
お酒のお話をもっと書きたかったですが、わりとやりきった感はあります
と言うか疲れました
皆さんの感想がなければ失踪していたことでしょう
ここまで読んでくださった読者の皆さんには感謝しております
ありがとうございました
では、またいつかお会いしましょう
感想・質問何でもお待ちしております