白いツツジは未だ咲かない   作:月見 栞

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よろしくお願いします。


(1)

「ユニットで卒業ソング?」

 ラブライブの決勝を終え、後は閉校式を待つのみとなったある日。図書室に入って来るや否や、千歌ちゃんは私にそう提案した。

「そうだよ! ほら、もうそろそろ3年生が卒業しちゃう訳だから、ユニットでの活動も最後になるでしょ?」

 確かに。すっかり忘れていたけれど、もうユニットも事実上の解散になってしまう。

 少しだけ、胸に寂しさがよぎるのを感じた。きゅっ、と胸が締め付けられる感覚を微かに感じる。

「なら、ユニットとしても最後に1曲作って終わりたいなーって! 折角だし、ユニットそれぞれの個性が乗った卒業ソングとか、いいと思うんだよね〜」

 そう言いながら目を瞑って楽しげに頬を緩める千歌ちゃんは、きっともう個性的な卒業ソングをいくつも思い浮かべているのだろう。

 楽しげに体を揺らすその姿を見ていると、何故だか私まで楽しい気分になってきて。先程訪れた寂しさなど元からいなかったような心地になる。

(相変わらず、太陽みたいずら)

 気付けばみんなの中心にいて、いつも心を暖めてくれる。まるで晴れた午後の日差しのように。

 そんな事を考えていたら、不意に目が合った。先ほどまでの陽気で呑気な雰囲気とは少し違う、人の心を察する視線。

「それに、ね。色々伝えたいこともあるでしょ? ……本当に、最後になっちゃうからさ」

「……そう、だね」

 

 千歌ちゃんは本当に、人をよく見ていると思う。

 確かにあるのだ。伝えたいことが、色々と。

 卒業、解散、お別れ。

 脳裏をよぎるのは、2人の3年生の背中。

 

 

 

「と、言うわけで」

「いや、どう言うわけ?」

 千歌ちゃんが出て行ってすぐに、私は果南ちゃんとダイヤちゃんに連絡を入れた。

 運良く2人とも特に予定がないとのことで、早速放課後の図書室にてAZALEA新曲会議を開くことに。

「なるほど、卒業ソングですか」

「いいんじゃない? 確かに、ここ最近決勝のことばっかりで、ユニット活動全然だったもんね」

 そういいながら、頭の後ろで手を組んで背もたれに体重を預ける果南ちゃん。

「……果南さん、行儀が悪いですわよ」

対照的に、背中に棒でも入ってるみたいに背筋がピンとしているダイヤちゃん。少しだけ眉間にしわを寄せて、果南ちゃんに小言を一つ。

「えー、別に普通でしょ? むしろダイヤがピシッとし過ぎなんじゃない?」

「普通な訳ないでしょう? わたくしがピシッとし過ぎているのではなく、果南さんがだらしな過ぎるのですわ」

 この言葉の応酬は、AZALEAとして集合したときの”お決まり”だ。大雑把な果南ちゃんと細かいことが気になるダイヤちゃんは、些細なことで面白いくらい意見が食い違う。でも2人とも付き合いが長いから、こうやって言い合うのもいつものことみたいで。

 少し、懐かしい。最初の頃は、先輩2人がケンカしてる!って勘違いして涙ぐんで、2人を心配させたっけ。

 先に涙ぐんだ私に気付いた果南ちゃんが大慌てで慰めようとしてくれて、結局何をしていいか分からずに頭を撫でてくれて。遅れて気付いたダイヤちゃんが、これまた慌ててハンカチで涙を拭ってくれた事を覚えている。

 その一件で随分距離が縮んで、不安だったユニット活動が少しだけ楽しみになったことも覚えている。人見知りの私には、2つ上の先輩2人と半年以上も一緒に活動することがちょっと不安だったから、その日すごく安心したんだっけ。

 あの日長いと思っていた半年以上は、気づけばもう終わってしまう。

 もう、卒業してしまうんだ。

「ーール、マル? 聞いてる?」

 思考の海に沈んでいた私を、果南ちゃんの声が現実に引き戻す。

「……あっ、ごめん果南ちゃん。ちょっとぼーっとしてたずら。何?」

「私とダイヤ、どっちが正しいと思う? 私、別にだらしなくないよね?」

「うーん……」

 前後逆にした椅子に跨るみたいに座り、あごを背もたれに乗せた状態で可愛らしく怒る果南ちゃん。漫画だったらぷんすこ、という擬音が頭の辺りに漂っていそうな感じだ。

 その様子は可愛らしいけど、流石にスカートで足を開くのはちょっと行儀が悪いと思う。

「ちょっと、今の果南ちゃんの座り方はだらしな過ぎると思うずら」

「えっ」

「ほーらご覧なさい! 花丸さんはわたくしの味方ですわ!」

 急に表情が曇る果南ちゃんに対して、勝った!とばかりに立ち上がって声を上げるダイヤちゃん。満足気に腕を組み、これで2対1ですわね、と得意気だ。

「……マルの裏切り者」

「ええっ、別に裏切ってないずら! ただ、流石にスカートで足を開くのは、って……」

「その通りです! 花丸さんは、果南さんと違って慎みというものを良く分かっていますわ!」

 いつの間にか私の側に来ていたダイヤちゃんは、そのまま私の頭を抱えるように抱きしめて撫でくりまわしてきた。ダイヤちゃんの撫で方は優しくて丁寧で、あったかくて気持ちいいけどちょっとだけ照れ臭い気分になる。

「ちょっ、ダイヤちゃん、くすぐったいずら」

「花丸さんは1年生だと言うのに、ちゃんと慎み深くしているのですから。果南さんも見習ってください」

 私の頭を撫で回しながらそう言い放つダイヤちゃんに対して、おおよそ趨勢がついた事を理解した様子の果南ちゃんは、参ったと言わんばかりに軽く両手を挙げた。

「はいはい、分かった! 私が悪かったってば! っていうか、今日は新曲会議するんでしょ? ほらほら、始めるよ!」

 パンパン、と果南ちゃんが手を叩く音で、AZALEA恒例の茶番劇は幕引きとなった。

 この他愛もないやり取りも最後になるのかな、と不意に考えて、その思考を慌てて沈める。

 今はまだ、それを考えたくなかった。

 

 

 

「やはり、ここはAZALEAらしく恋の歌にするべきだと思いますわ」

 図書室の長机で会議が始まる。私と果南ちゃんが向かい合って座り、ダイヤちゃんがお誕生日席に座るのがいつもの配置だ。

 こういうときのダイヤちゃんは、顔の前で手を組んで議長みたいな雰囲気になる。

「だね。ユニット対抗でやる以上、しっかりAZALEAらしさをぶつけてかないと!」

 と、勝手に対抗戦扱いにして闘志を燃やしているのは果南ちゃん。今度は普通に行儀よく座っている。

「あ、でもテーマは『卒業』なんだっけ? 両立できる?」

 おっと。それは流石に一端の本の虫として聞き捨てならない。

「それは勿論、可能ずら。むしろ、卒業と恋愛なんて王道ずらよ、果南ちゃん!」

「え、そうなの?」

「そうずら! 卒業を機に離れ離れになる2人、とか。卒業式で遂に募らせていた想いを伝える、とか。あとは、制服の第2ボタンとか! 卒業と恋愛イベントは、切っても切れない関係ずら」

 ここぞとばかりに、身を乗り出して力説する。今も昔も、卒業と恋愛の組み合わせは王道だし、その中には私の大好きな物語もたくさんあるから。

「へぇ〜。流石マル、詳しいね!」

「……果南さん、割と誰でも知ってるベタなものですわよ、今のは」

「えっ、そうなの!?」

 果南ちゃんは、私やダイヤちゃんほど読書をしない。その上、普段はダイビングとスクールアイドルの2つをストイックに頑張っているから、余り色恋沙汰は得意ではないのだ。

「うん、正直かなりベタな話ずら」

「あ、あはは……やっぱり私、疎いなぁ……」

 ただ、私とダイヤちゃんは知っている。この3人の中で一番乙女なのは、実は果南ちゃんであると。

 歌詞の方向性が決まらなくて悩んでいた時、偶然目に留まった百科事典を見て「ときめきを分類する、ってどうかな?」と言い、とある曲の方向性を作り上げたのは何を隠そう、果南ちゃんだ。

 他にも、ものは試しと貸してあげた王道の恋愛小説を一気読みして、夜中にメッセージアプリで長文の感想コメントを送ってきたこともあったし。

 その話をした後、ダイヤちゃんと2人でこれまたベタな恋愛映画を選び"AZALEA恋のイメージトレーニング"と称して3人で見たときなんて、目をキラキラさせて夢中で見入っていた。

 もっとも、その話をすると果南ちゃんは顔を真っ赤にして怒るし、そのあと暫く拗ねてしまうのでこの場で言及はしないけど。

「まあ、とにかく。卒業がテーマなら、我らAZALEAにとって有利な戦いである、ということずらよ、松浦将軍」

「うむ、苦しゅうない!」

 こういう、唐突なフリにも笑顔で応えてくれるのは果南ちゃんの良いところだと思う。苦しゅうない、は将軍っぽいセリフではない気がするけど、それはご愛嬌だ。

「……で、どうしますの? 取り敢えず、歌詞の案出しからいたしましょうか?」

 そしてダイヤちゃんは、この辺の茶番を敢えて無視して話を進めていく。もっとも、こうして進めてくれる人がいないと一向に話がまとまらないから、とても有り難いことなんだけど。

 

 さて。

 実は、私にはもう歌詞の案が1つある。

 ただし、ちょっとした悩みがあってーー少し、考える時間が欲しかった。自力で、それに決着をつけたいから。

 だから私は、少しだけ嘘をつくことにする。

「……実は、千歌ちゃんからこの話を貰ってすぐに、歌詞のイメージは浮かんでいたずら」

 これは、嘘ではない。

「本当!? 凄いじゃん、マル!」

 果南ちゃんの無邪気な反応が胸に痛い。でも、ここは嘘を通したかった。

「でも、まだ大体のイメージしか浮かんでないから、もう少し具体的な形にする必要があるずら」

「なるほど、では、それを3人でやるとしましょうか」

 ダイヤちゃんならそう言うと思ったし、私も本当はそうしたかった。でも、今回はちょっと事情があるから。2人にだけは、知られる訳にいかない事情があるから。

 私は話に、嘘を混ぜる。

「そうしたいんだけど……その、歌詞のイメージにマルの好きな小説を使おうと思ってて。その小説、すごく思い入れのある小説なんだけど、長編だからみんなで共有するには時間がかかるずら。だからーー」

 好きな小説があるのは本当。すごく思い入れがあるのも本当。でも、長編というのは嘘だ。むしろ、ちょっと短すぎるくらいの短編で、その物足りなさが私は好きだった。

 一旦息をつく。声が震えないように、平静を装って。

「だから、少し1人で考える時間が欲しいずら」

 私は、嘘をついた。

 

 普通に起こり得る会話の間が、やけに長く感じる。果南ちゃんもダイヤちゃんも勘が鋭いから、もしかしたら気付かれるかも。

 口を開いたのは、ダイヤちゃんだった。

「そうですか。そういうことであれば、歌詞の草案は花丸さんにお任せしますわ」

「とびっきり良いのを頼むよ、国木田先生!」

 優しい了承に、冗談混じりの激励。

 どうやら、上手くいったみたい。気づかれていて、敢えて泳がされているのかも知れないけれど、それは構わない。

 私は、1人で考える時間を確保したかったのだ。

「ありがとう、2人とも! とびっきり良いのを作ってくるから、待っててね」

「ええ、楽しみにしています。でも、1人であまり根を詰め過ぎるのはブッブー、ですわよ? 行き詰まったら、わたくし達も頼って下さい」

「そうだよ、私ならいつでも力になるから!」

 あくまで私を信用してくれている2人に、やっぱり胸が痛む。でも、歌詞が完成したら打ち明ければ良い話だから、やっぱり今は我慢しよう。

「……果南さんは、余り力にならなそうですが」

「ちょっ、ダイヤそれどういう意味!?」

 そんなことを考えていると、ダイヤちゃんの小言が果南ちゃんに刺さる音がした。

 ああ、これは一悶着ある。痴話喧嘩の始まりだ。

「言葉通りの意味ですわ。あなた、花丸さんの力になれるほど語彙が豊富ではないでしょう?」

「むぅー…………ていっ」

「ピギャッ!! ち、ちょっと、何故抱きつくのですか!」

「…………怒りのハグ」

「はぁ!? 意味が分かりませんわ、離して下さいます?」

「嫌ですーダイヤが反省するまで離しませーん」

「もうっ! 子供じゃないんですから、こんなことで拗ねないで下さい! 苦しいですっ!」

「きこえなーい」

「嘘ですわよね!? 返事をしてますわよね!?」

「……えっと、じゃあ、オラはこれで」

「ちょっ、花丸さん!? その前に私を助けて下さい、花丸さーー」

 パタン、と扉を閉める。最後に賑やかな2人が見れて、少し胸の痛みが和らいだ気分だった。

「……本当に仲良しずらね、2人とも」

 

 さて。

 私は早くこの悩みを解決して、2人に歌詞を届けなくちゃ。

 相談したい人は既に決まっている。

 きっと、部室にいるはずだ。

 

 

 

 

 




続きます。
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