白いツツジは未だ咲かない   作:月見 栞

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 内浦は今日も晴れ。

 屋上から見える景色は、どこまでも澄んでいて。

(最高の、本番日和ずら)

 そう。本番。

 私にとって、これは"本番"だ。

 傍らには、教室から運んできた机が1つ。

 私は1人、ここで2人のことを待っていた。

 

 神の降臨を待つような、静謐で清らかな想い。

 肉親の仇を待つような、殺意にも似た緊張と覚悟。

 

 相容れない筈の感情を胸中に秘めて、私は待った。

 永遠に思える程の時間を味わってーー遂に扉が、音を立てる。扉の隙間から2人の姿を確認した私は、素早く机の上へと飛び乗った。

「マル!? 何してるの!?」

 突然の私の行動に驚く果南ちゃんに、無言で目を見張るダイヤちゃん。

 

「ーーーー聴いて!!」

 

 突然の大声に果南ちゃんが息を飲み、動きを止めた。

「今から、歌うから。聴いて、欲しいずら」

 1歩前に出ようとした果南ちゃんを、ダイヤちゃんがそっと制止する。腕を掴んで、小さく首を横に振って。

(ーーありがとう、ダイヤちゃん)

 本当、そういうところがーー大好きだったよ。

 果南ちゃんも無言になり、真剣な表情で腕を組む。

 準備は整った。

 観客は2人。

 晴れ渡った屋上の風景を背にして私は歌う。

 

 有り難いって、思ってね。2人とも。

 私が独唱を聴かせるなんて、滅多にないんだから。

 

 

 

 息を吸う。

 

 昨日1日で体に叩き込んだ感覚を頼りに、私は歌い出しへと踏み込んだ。

 

 

 

ーーここから 右、左へ 貴方と私は

 目に浮かぶ情景は2つ。

 お互いの身分の違い故に卒業と共に離れ離れになる、小説の中の2人。

 そして、東京と海外へ、それぞれ別の目的で進む先輩2人。

 さらに、その2人に対して置いてきぼりの私。

 

ーーそれぞれの未来選ぶでしょう もう会えなくなるのでしょう

 もう会えなくなる。

 彼ら2人も、果南ちゃんとダイヤちゃんも。

 それから、私自身とこの先輩2人も。

 仮にその先の未来で出会っても、それは今の私達とは違うから。

 学校で出会う私達は、もうここで終わりだ。

 

ーーいくつもの夢を分かち合い 季節が過ぎ去る この速さ

 想起する。

 何度も衝突と和解を繰り返し、恋仲へと進展した2人を。

 "馴染みの薄い先輩"だった2人と、気付けば他人に話さないような事も話せる仲になった自分を。

 関係が進展すればその分、季節もどんどん流れていく。気付けばもう、1周を迎えるところまで来てしまった。

 

ーー卒業ですね 今までの私達から

 「卒業ですね」と、ようやく言える。

 目を逸らし続けていた。これを考えるのは後にしようと、向き合う事から逃げていた。

 

ーー手を離してしまったのは何故でしょう

 子供が駄々をこねるように、何故手を離さなくてはいけないのか問いたくなる。

 何故、愛し合っていたのに。

 何故、やっとここまで仲良くなれたのに。

 これから、これからなのに。

 

ーーいつの間にか少しだけ 大人になったと感じてるの

 卒業は即ち、季節が一巡した事を意味している。

 私の気持ちなんて置き去りにして、季節は勝手に私を大人に仕立て上げる。

 卒業を受け入れ、聞き分けてしまう私に。

 

ーーたぶんね きっと誰もが通る道

 でも、たぶんこれは特別なことじゃない。

 きっと、どこにもありふれたことで。

 誰もが、ここを通って行ったのだろう。

 誰もが、ここを通って行くのだろう。

 

ーーですね

 一度息を吸い、殊更に感情を乗せて3文字を歌う。

 この感傷を、情景を、胸に刻んだ何もかもを、そっと言葉の裏に添えて。

 

ーーお別れ告げるまえに 貴方も私も

 再び、情景が浮かぶ。

 別れを告げる前日、校舎を巡りながら思い出を語らう本の中の2人の姿。

 そこに今の自分を重ね合わせる。

 

ーー思い出のなかを泳ぐでしょう

 恋心と慕情は似ているようで全然違う。

 それでも、私の中で2つの情景は違和感なく重なりあっていた。

 

ーーもう会えないって知るでしょう

 思い出のなかを泳ぐのも、その結果もう会えないって知るのも。どちらにもあったことで。

 根が違えど、卒業の下に晒されたそれらは、1つの共通する色に彩られていた。

 "切なさ"だ。

 

ーー出会えた喜び 悲しみを持ってた

 出会った喜びがあるなら別れの悲しみが来る。

 日が登れば夜が来るように。

 潮が満ちれば引くように。

 

ーーそれでも悔やまない

 それでも、それを悔やむのは違うのだとようやく分かった。

 死によって生が輪郭を得るように、闇の中にあって光が際立つように。

 別れが、悲しみがあって初めて出会いの喜びは色付くのだ。

 

ーー卒業だけど 忘れないで抱きしめていたい

 その、喜びと悲しみのすれ違う瞬間、日の沈む手前の黄昏時。

 それが、"切なさ"の正体だと私は思う。

 それを、一生忘れずにいたい。

 昼でも夜でもない、不安定な美しさのそれを、永遠に抱きしめていたい。

 

ーーいつか懐かしいときめきに変わる

 そしていつか、その切なさをそっと取り出して眺められたらいい。

 懐かしいと、胸のときめく感覚と共に愛おしげに眺められたら。

 

ーー二度とないってわかるのは もっとずっと先ね

 そうして眺めるとき、この瞬間が二度とない、あの時だけのものだったと知るのだろう。

 今は、頭で分かっても心からの理解は出来ないのだから。

 

ーー今は遠ざかるだけ そして明日は別の道

 いずれ分かってしまうなら、今は敢えて理解せずにいよう。

 今は、ただ距離が離れるだけとしか考えない。

 ただ、別の道へ進むだけとしか考えない。

 本の中の2人の行く末も、私達の行く末も。

 

ーーですね

 強く意思を込めて、3文字を踏む。

 うっすらと見える答えを敢えて見ず、今この瞬間の心情を刻み込む。

 

 さっきから、涙が溢れてきて止まらない。

 お願いだから、今は引っ込んでいて欲しい。

 泣いてしまって歌いきれないなんて、私は絶対に嫌だ。

 最後まで歌い切る。

 貴女達の後輩は、1人でこんなに出来るようになったんだって。

 胸を張って旅立って大丈夫だって。

 そして何より、そんな風に育ててくれてありがとうって、伝えなくてはいけないのだ。

 

 息を吸う。

 奥歯で嗚咽を噛み殺し、最後の山場へと踏み切った。

 

ーーいくつもの夢を分かち合い 季節が過ぎ去る この速さ

 改めて、季節の速さを思い知る。

 私が親友の背中を押して、その結果自分までステージに立つようになってから、まだ1年経っていないなんて。

 ましてや、この2人と関わるようになってからは半年経つかどうかといった所だ。

 それでも、季節は次々と流れていく。

 容赦も例外もなく、それは来る。

 

 

ーー卒業

 息を吸い、2文字を謳う。

 容赦無く人を隔てるそれを。

 誰しもの心に訪れる黄昏時を。

 その刹那に生じる感情を。

 "切なさ"を。

 

ーーですね 今までの私達から 手を離してしまったのは何故でしょう

 この歌が、ずっとこの世に残ればいい。

 ひっそりとでいいから、私が年をとっても、いつか死んでしまっても、その後までずっと。

 

ーーいつの間にか少しだけ 大人になったと感じてるの

 そうして、見知らぬ誰かの別れにこの曲が寄り添えればいい。

 誰しもに訪れるであろう、卒業という名の隔たり。

 そこに生じる様々な感情から、切なさをそっと取り出して。

 ただその瞬間、その切なさを抱きしめ愛して欲しい。

 

ーーたぶんね きっと誰もが通る道

 本の中の2人も、私達も、ここでないどこかの誰かも。

 そんな、遍く世界の切なさをこの曲が束ねられたら。

 

ーーですね

 それはきっと、素敵なことだ。

 

 

 

 




続きます。

歌詞引用:卒業ですね(作詞:畑 亜貴)
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