白いツツジは未だ咲かない   作:月見 栞

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最後になります、よろしくお願いします。


(5)

 歌い、切った。

 

 緊張からの解放で、頭は真っ白で何も考えられない。

 他人事のように聞こえる、自分の心臓が打つ早鐘。

 カラカラに乾いた喉と、激しく運動した後のように乱れる呼吸。

 

 ああ、まだだ。

 最後の最後、もう一言。

 元はと言えば、これを言いたかったのだから。

 踵を合わせ、背筋を伸ばし、腰から深々と頭を下げる。

「今、まで、……っ」

 涙を抑えきれずに声が震える。

 それでも、それでも言い切らなくてはいけなかった。

 これを、言い切るためにここまでしたのだから。

 

「ーー今まで、ありがとうございましたっ!!」

 

 1人学年の離れた私を受け入れてくれて。

 私の詞を、好きだと言い続けてくれて。

 根気強く、トレーニングに付き合ってくれて。

 たくさん甘えさせてくれて。

 たくさん成長させてくれて。

 本当に、ありがとう。

 

 今度こそ本懐を遂げた私は、ゆっくりと屋上へ降りる。

 最早涙を抑える気力はなく、次から次へと溢れるそれは、1つ湖でも作れてしまえそうで。

 泣きじゃくりながらも、改めて2人の表情を確認しようとしてーー強い衝撃に襲われる。

「ちょっ、2人とも、苦しい、ずらっ」

「…………素晴らしい歌でしたわ、花丸さん」

 珍しく、ダイヤちゃんが泣いていた。涙ぐんだ声で私を褒めて、優しく優しく背中を撫でる。

 愛情が染み込んでくるようなその手つきは、本当に心地良くて。安心して、胸が暖かくなる。

「…………ありがと、マル」

 果南ちゃんの表情は、確認する前に抱き締められたから見えなかった。でも、耳元で聞こえる声は明らかに涙に震えていて。こんな果南ちゃんも珍しい。

 痛いくらいの強さで抱き締めながら、髪型がぐしゃぐしゃになってしまうような乱暴な手つきで撫でる。私が1つ成長する度にしてくれた、果南ちゃんのハグ。

 3人揃って泣きべそをかきながら抱き合う姿は、傍目に見ればかなり奇妙なものだったと思う。でも、私にとってはとてもとても大切な時間だった。一生忘れずに抱き締めていたい、温かな時間。

 そのまましばらく、私達は3人揃ってめそめそと泣き続けた。

 

 

 

 ひとしきり泣いた私達は、ようやくまともに会話できる程度に落ち着いた。

「でも、本当びっくりしたよ。あの日のうちに歌詞が出来たってだけで驚いてたのに、まさかマルが私達に歌ってくれるなんてね」

 胡座をかいた果南ちゃんが言う。

 確かに、冷静に考えると随分突貫工事だ。

「卒業前に花丸さんの独唱を聴けるなんて、光栄でしたわ。流石は聖歌隊、素晴らしい歌唱力ですわね」

 ダイヤちゃんはいつも厳しい代わりに、褒めるとなると徹底的に褒めるところがある。

 光栄とか素晴らしいとか、嬉しいけど少し照れ臭い。

「でも、何で急に? 卒業祝い、ってこと?」

「……それも、あるんだけど」

 果南ちゃんの疑問に答えようとして、少しうつむく。本音を言うのは、やっぱり少し恥ずかしくて。

「2人には、色々我儘も言ったし、練習に付き合ってもらったりもしたし……。ユニットとして活動した時間って、Aqoursとしての活動に比べれば少なかったけど、マルにはすごく、楽しい時間だったんだ」

 不思議と、この2人の間にいると我儘が言えた。

 普段の私は、どちらかと言えば誰かに合わせるのが得意だ。ルビィちゃんといる時は、静かに本を読んだり女の子らしい遊びをして。善子ちゃんといる時は悪ふざけに興じたり、漫画の話をする。何をしたいか聞かれれば、相手がやりたそうなことを提案するのが癖だ。

 別に、無理をしていた訳じゃない。元々、そういう風に動くのが得意で、楽だと感じていただけだ。

 だから、スクールアイドルを始めるまで、私は自分を前に出したことは殆ど無かった。

 でも、自分の気持ちに従ってスクールアイドルを始めてから、私は徐々に自分を出すことを覚えていった。

「2人はね、お姉ちゃんみたいだったずら。私の我儘に付き合ってくれて、でもダメなことはちゃんとダメって言ってくれる」

 その中でも特に、ユニットとして活動している時は自分を出せたと思う。

 この2人は余裕を持って私を丸ごと受け止めてくれるし可愛がってもくれた。家族のような暖かさと安心感があった。

 だから、遠慮なく我儘な私をぶつけられた。相手を不快にさせてしまうのでは、とか、悪く取られてしまったら、とか。そういうことを恐れなくてよかった。

 

『倒れそうになったら私がちゃんと受け止めるから、まずは思いっきりやってごらん!』

『花丸さんの思うように、好きなように書いてみて下さい。ちゃんと修正まで付き合いますから』

 

 怪我をするかも知れないと、いまいち踏み込み切れないステップがあった。何度も倒れかかる私を受け止めてくれた果南ちゃんが、思いっきり踏み込む度胸をくれた。

 Aqoursの曲には向いていないように思える恋にまつわる歌詞を、どこかで書きたいと思っていた。ユニットをその場所にしてしまおうと言ってくれたダイヤちゃんが、羽を伸ばす場所をくれた。

「2人とも、気付いてた? オラ、2人といる時は自分のことばっかり喋ってたんだよ。他のメンバーといる時はあんまり言わない、子供っぽい我儘もたくさん言ったずら」

 駄々をこねたり、すぐに拗ねてみたり。

 思い返せば、かなり子供っぽい事もたくさん言ってきた気がする。

「でも考えてみたら、改めて2人に向けての感謝って伝えてないなって。伝えないまま終わっちゃうのは、嫌だなって。そう思ってたずら」

 2人は、静かに聞いてくれていた。

 いつもそうだった。ちゃんと最後まで全部聞いてくれていた。遮らずに、全部聞いてから答えてくれた。

「だから、AZALEAのメンバーとして、2人にお返しがしたいなって思ってて。そんな時に千歌ちゃんから卒業ソングの話が来て、これだ!って思って」

 伝えたいことがたくさんあった。

 だから、私の大好きな歌で表現しようと考えた。

 2人の前で独唱するというのは、実は結構前から考えていた。時期的に見ても、今しかないと思った。

「色々考えて、大切な人と卒業によって別れる切なさを、AZALEAらしい恋の歌にも聞こえるように書いたずら。

 2人に会えた喜びと、2人と別れる悲しさをどっちも抱きしめていきたいって。2人と出会えたことを、ずっと大事にしていたいって」

 書き上げた歌詞は、思いの外すんなり私に入ってきた。本の中の2人と自分達の、どちらの姿も重ねられた。

「そんな気持ちを込めたこの歌を、一番最初に2人に聴いて欲しくて。だから、AZALEAの国木田花丸として、果南ちゃんとダイヤちゃんに想いと歌のプレゼントずら」

 今度こそ、笑顔で言い切る。

 涙はさっき出し尽くしたし、完璧にやり切った今、私はすごく晴れやかな気分だったから自然と笑うことができた。

「花丸さん……そうだったのですね」

 ダイヤちゃんが微笑む。

 綺麗な笑顔。褒めてくれる時、ダイヤちゃんはこの表情になる。

 始めて詞を褒めてくれた日の事を思い出して感傷に浸っていると、ダイヤちゃんが果南ちゃんにちら、と目配せをするのが見えた。

 それに応じた果南ちゃんが立ち上がる。

「……じゃあ、私達からも渡そうか」

 続いて、ダイヤちゃんも立ち上がる。

「そうですわね。花丸さんのプレゼントに比べると、些か即物的ではありますけれど」

「え?」

 混乱する。

 別にまだ誕生日は遠いし、私は2人から何か貰う義理はない筈だ。

「実は、私達からもマルにプレゼント持ってきてたんだよ。まさか先にあんな素敵なプレゼントを貰うことになるとは思ってなかったから、大分見劣りする感じになっちゃうんだけど……」

 そう言いながら恥ずかしそうに頬をかく果南ちゃん。

 

 ねえ、待って。待ってよ。

 

 一度扉の向こうに消えたダイヤちゃんが、大きな袋を2つ持ってくる。

 片方を果南ちゃんに渡して、2人揃ってこちらへと1歩踏み出す。

「花丸さん。これは私と果南さんからの、感謝の気持ちですわ」

「2つも学年の離れた私達と仲良くしてくれて、たくさん素敵な歌を作ってくれたお礼!」

 私は、私は2人にお返しがしたかったのに。

 今までたくさんお世話になったから、最後くらい何か返したかったのに。

「AZALEAとして共に活動してくれて。素敵な歌声を聞かせてくれて」

「きついトレーニングにもちゃんとついてきて。楽しい思い出をたくさん作ってくれた」

 これじゃあ、また。また受け取ってしまう。

 受け取った気持ちが溢れて、枯れたはずの涙が滲んできてしまう。

 

「マル」「花丸さん」

 2人の声が、重なる。

 

「本当に今までーーーー」

 

 

 

 

 

 

『ーーーーありがとう!』

「………………ばか」

 今日のことを思い返しながら、布団の上で私は独りごちた。

「お礼を言いたいのはこっちだったのに、結局泣かされちゃったずら」

 結局、あの後プレゼントを渡された私は今度こそ完全に号泣してしまった。

 嬉しさと寂しさと安堵と、ちょっとした悔しさ。それらが混ざり合って、感情が抑えきれなくなった。あそこまで大声を出して泣いたのは久しぶりだ。

 果南ちゃんとダイヤちゃんは、優しげに微笑みながら私が泣き止むまでずっと背中や頭を撫でてくれていた。最後まで、2人は私のお姉ちゃんでいてくれた。

(……覚えてて、くれたんだ)

 プレゼントのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。爽やかな色合いのイルカと、ふわふわの抱き心地のペンギン。以前、水族館で遊んだ際に私が欲しがっていたものだ。

 自分でも忘れていた些細な発言を覚えていてくれて、こうしてプレゼントしてくれたことが嬉しくて。その嬉しさに連鎖するように、色々な記憶が蘇ってくる。

 

 2つのぬいぐるみの間に顔を埋めながら回想に浸れば、やっぱり寂しさが湧いてくるけれど。

 それでも私はもう、別れの悲しさを恐れない。

 喜びも悲しみも、全てまとめて抱きしめると決めたから。

 それをいつか、そっと眺めるという楽しみができたから。

 

 迫り来る4月の敷居を跨ぐのが、私は正直言って嫌だった。

 でも、ツツジの花は4月に咲くから。だったら、跨いでやるのもやぶさかではないと今は思える。

 今年の春はツツジの綺麗なところに遊びに行こうか、なんて考えながら、私は目を閉じた。

 

 

 

ーーツツジは、未だ咲かない。

 

 

 

 

 




最後までお付き合い頂き、有難うございました。
僕が”卒業ですね”から受けた印象を表現してみました。
切なさの籠った、良い曲ですよね。大好きです。

念のため言っておきますが、これはあくまで僕が曲を聴いて「こんな経緯があったのかもしれない」と勝手に推測し、想像し、妄想した結果の産物ですので、皆さんはそれぞれのイメージであの曲を楽しんで頂ければと思います。
「こんなこと考えてる奴もいるのか」程度に思ってくれれば良いです。

小説を書くこと自体ほとんど初めてで、拙いものであったとは思いますが、少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
また何か書く機会がありましたら、よろしくお願い致します。

あと1つ、後日談的なものを投稿しますので、お時間ありましたらそちらもどうぞ。

改めて、最後まで読んでくださってありがとうございました。
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