ロイヤルロリコンクエスト   作:それも私だ

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 俺は《戦士 ガイ》。我らが祖国《ツヴァイ》では《ナイス・ガイ》のダサい二つ名で通っている、国お抱えの専属傭兵だ。主な得意武器は剣と槍。未来あふれる20代前半にして勇者パーティの新メンバーでもある。

 そうとも、打倒魔王を目的に掲げる勇者パーティへと()()()()()も同行することになって早十数日が経過している。そんな俺の愉快なパーティメンバーたちの事を振り返ってみよう。

 

 最初は、リーダーである《勇者 アルス》[*1]。年齢は15~16くらいだろうか[*2]。見た目はなんか全体的に()()が、どこにでも居そうな青少年だ[*3]。神のお告げとやらで現れただけあって、性格は潔癖・誠実・頑固・熱血・青臭さ・その他諸々を足して掛けたような、面倒くさい部類の男。

 正直なところ頼りないが、戦闘力は悪くはない。勇者殿は剣と各種呪文をそれなりに扱うことができる、いわゆる《魔法戦士》の類いであり、万能・汎用といえば聞こえは良いが、悪くいえば半端者だ[*4]。

 事実、パーティメンバー全員を足して割ったような能力の持ち主といえる。だからこそ、前衛専門である俺を仲間に引き入れたのだろう。

 

 次に、パーティの主力である《魔術士 ソフィーリア姫》[*5]。隣国《アイン》のお姫様だ。姫さんは呪文攻撃特化のバ火力なので回復や補助は出来ない。外見は豪奢(派手)な金髪ロング碧眼巨乳長身美人(16歳)で、性格は使命感にあふれる自信過剰な高飛車[*6]。個人的に、お近付きにはなりたくないタイプ。

 

 最後に、パーティの命綱である《僧侶 セシリア》。我らがセシルちゃん。穏やかな性格で人懐っこい女の子だ。少々気弱なところもあるが、細かな気配りや気遣いが出来るのも()い。他2名が濃過ぎるせいで、たまに振り回されている、パーティの癒し枠にして準苦労人枠。この子は、俺が勇者パーティに参加することになった要因のひとつでもある。

 見た目はペド……ロリ。声も幼い感じだし最初は年齢一桁かな、と思っていたんだが、なんと勇者殿と同い年(15~16)であり幼馴染なんだとか[*7][*8]。勇者殿とは真逆で全体的に白っぽい。きれいな銀髪と赤眼のせいで、たまにウサギに見えてしまう。

 そんなセシルちゃんは見た目どおり物理・呪文ともに攻撃力は皆無で、呪文による回復や補助しかできないが、限定的な状況判断力に優れていて適切な支援をくれる有能ちゃんだ。姫さんともほぼ真逆の子。

 だが、か弱い。その優れた支援能力の代償とでも言いたげに、か弱い。小盾すら持てないって……。幼い風貌も合わさって、腹パンしただけで死んじゃいそうな気がする。体力的な意味では俺の真逆とも言えるか。

 モンスター共もそれが判っているのか、戦闘となると優先的に彼女を狙ってくる。そうでなくとも敵の回復役は邪魔だしな。そりゃ狙いもする。俺だってそうする。

 要するに、セシルちゃんは俺の最優先護衛・保護対象だ。勇者殿ひとりじゃ前衛の手が足りないからな。

 

 以上の面々が、誉れある勇者パーティのメンバーたちなのだが……。

 やっぱり、このパーティは色々とおかしい。

 

 ハッキリといおう。勇者殿と、勇者を送り出したアイン国の王族ってバカなの?

 不敬罪? 名誉毀損? 知るか。そんなもの、口に出さなければ何も問題はない。

 

 姫さんってホントなんなの? 呪文攻撃力の高さは俺も認めるところだけど、一国の姫が護衛も付けずにホイホイと城の外を出歩いたらダメだろ[*9]。敵はモンスターだけじゃないんだぞ[*10]。魔王という人類共通の敵が居るからって人間が安全だとか思っているのか? そうだとしたら、大変おめでたい頭をしていらっしゃると見える。

 魔王が台頭し、モンスターが跋扈(ばっこ)する、こんな御時世だ。どこの国も物資の不足やら未来への絶望やら自暴自棄やらで、基本的に治安が悪い。都市部ではスリや万引きは当たり前。山や森なんかには盗賊がゴロゴロと潜んでいて、商隊を襲う問題が頻発している。そんな危険地帯を護衛も無しに悠々と闊歩(かっぽ)するとか、身代金目的の誘拐や、逆恨みの暗殺・襲撃の危険を考えていないのだろうか。

 せめて見た目だけでも忍んでほしい。高そうな格好しやがって。どうぞ襲ってください、って言っているようなものだぞ。アホか。ただでさえモンスターの脅威だってあるというのに。

 ノブレス・オブリージュ……だったか。王族としての義務を果たそうとする姿勢は立派だと思うけど、あんた、やり方を間違えてんぞ。高貴な身分に在らせられる尊いお方が最前線にお立ちになられるとか普通に迷惑です。責任ある立場だというのなら安全地帯で構えていてくださいな。あんたが怪我をしたら誰が責任を取ると思ってんの? 現場のヤツらだよ。

 ついでにこの姫さん、性格もいわゆる()()()()()()系で感じが悪い。特に俺に対して当たりが強い。そのせいで苦労が絶えない。姫さんにも色々と気を利かせてやっているのにこれだよ。

 しかもだな、他国のとはいえ民に当たるとか王族としてダメだろ。最低だぞ。民は国の宝なんだぞ。他国(うち)の宝に当たるとかアレか、ツヴァイ国(うち)への宣戦布告か? やんのか? ああ?

 勇者殿、お前の母国(くに)のお姫様だろ。早くなんとかしてくれよ。

 そっちはノブレス・オブリージュっていうけど、こっちはギブ・アンド・テイクがしたいんだよ。勇者パーティの性質上、そんなことは期待できないけどな。クソが。

 まあ、アイン国は勇者輩出国だし、調子に乗っているんだろうな。あとは各国への示威行為みたいなものもあるのだろうか。国同士の関係って、どこか下に見られたらお終いなところあるし。だからって、これはないが。

 頭に回るはずだった栄養がご自慢のお胸にお回りになっていらっしゃるのでしょうかねぇ。おかげさまで巨乳嫌いが加速して反比例的に貧乳に傾いてロリコンになりそうだよ。姫さんは俺に特殊性癖を持たせたいの? なんか俺に恨みでもあるの? なんなんだよ。

 

 パーティ人数もおかしい。なんだよ、3人だけって。純前衛枠の俺を入れても4人だぞ。古来より、数は力だって決まってんだろ[*11]。どうして《国》という枠組みがあると思ってんだ? これじゃあ、勇者一行というより暗殺者一行だろ。少数精鋭のつもりなの? (生存)戦争なめんな!

 魔王は世界中・全ての国々・全人類に対して宣戦布告をしてんだぞ。万をゆうに超える軍団戦力(推定)を所持しているんだぞ? 月一で大襲撃をかましてくるくらいだっていうのに、そんな一大勢力の親玉を倒すのに、たったの4人で挑むとか、なんなの?

 敵は強大だから暗殺って手段を取るのも解らなくはないけど、それって勇者的にOK(おうけい)なの? 卑怯そのものなんだけど。勇者殿って正義感が服を着て歩いているような男じゃん。正義漢じゃん。それでいいのか? それともただのカッコ付け野郎なんですかね? 4人で世界を救うとかカッコイイもんな。どこの四天王だよ。まあ、俺も勇者殿くらいの年齢の時に、勢いだけで武者修行の旅をしたしな。気持ちは解る。

 だがそれを指摘したら逆に俺が非難されそうだから何も言わない。古来より、口は災いの元、って云うし。勇者殿は人類の希望扱いだ。そんな勇者殿を惑わしたらどうなる。仮にも《離間の策を講じようとした魔王軍の間者》扱いなんてされたら社会的に死ぬ。

 そして俺は名も顔も知らぬ人々から石を投げつけられ、やがて投擲術を極めた人類が魔王軍と対峙する場面を突拍子もなく思い付いてしまうくらい死ねる。しかし残念なことに、俺はそこまで自己犠牲にあふれてはいない[*12]。

 そんな誇大被害妄想を抜きにしてもだ。姫さんって性格キツイし、絶対ツッコんでくるだろ。判ってんだよ。セシルちゃんも、やたらと勇者殿のカタを持つし。……あれ? 同じパーティなのに、俺に味方が居ない……。

 

 

 …………。

 

 

 パーティ構成も(いびつ)だ。なんだよ、前衛1人・中(途半端)衛1人・後衛2人って。俺のほかにまともな前衛が居ねぇじゃねーか。探索役(シーフ)すら居ねぇし。なにが「過酷な旅に相応しい仲間が欲しい(勇者談)」だ。俺の実力が認められたのは、まあ、嬉しいといえば嬉しいけどよ。人材を選り好みしてんじゃねーよ。しかも役割分担が極端過ぎんだよ。特化型ばっかじゃねーか。誰かひとりでも倒れたらお終いだろ、このパーティ……。リスク管理って言葉の意味をご存知ですか? 人数から察しろってことですね。解りたくねぇ……[*13]。

 せめて勇者殿が《探索技能》を持っていたら良かったんだがな……。魔王軍の拠点とかダンジョン内に無造作に置いてあった宝箱をいきなり開けたときは驚いた。たまたま罠が無かったからいいけどよ。無用心過ぎんだよ。少しは怪しめ。どう考えても不審物だろ。仮に毒矢の罠が仕掛けてあったとして、俺や勇者殿は避けられても後衛2人に刺さったりでもしたら、どうすんの? あの子たち、ワクワクとした顔で後ろから覗き込むのマジで止めてほしい。心臓に悪い。

 これについては、たぶん、今まで罠付き宝箱と遭遇することがなかったんだろうな[*14]。だから勇者殿も「これ以上はパーティ人数は増やさない」とかトチ狂った事を言い出したんだろうし。曰く「あまり人数が増え過ぎても身動きが取り難くなる」んだとか。確かにそれは一理ある。人が増えるほど意見も増えるし割れやすくもなるし、隠密性や機動性といったものが損なわれてしまうしな。……やっぱり、暗殺者御一行様じゃねーか!

 新参者に発言力なんて無いし、必死こいて《探索技能》を身に付けたよ。クソが。俺はこんなバカ共の巻き添えを食って死にたくはないし、か弱いセシルちゃんが巻き添えを食ったら寝覚めが悪い。ついでに姫さんが重傷を負ったら外交問題に発展して俺の首が飛ぶ[*15]。勇者殿が再起不能になったら俺に石が飛ぶ。なんだよこれイジメかよ。どんな罰ゲームだよ。誰か、俺と役目を交代してください。後生ですから。

 

 年齢もおかしい。なんで元服(成人)を迎えたばかりの15~16(推定)そこらばっかなんだよ。これから様々な経験を積み重ねて成熟していく年齢(とし)だろ。剣とか術とか使えても、まだまだ未熟者の域だろ。あいつらよりも幾らか歳を重ねている俺でさえ、まだまだ自分の未熟さを感じてんだぞ[*16]。

 そんなヤツらに人類の命運を託してんじゃねーよ。思い立ったが吉日、とでも云いたいの? 《教会》が勇者出現の報を出したのって、本当は人々に希望を持たせるためだろ。意味を履き違えてんじゃねーよ。あの国(アイン)、マジで狂ってんな。

 どうせ旅を通して育つことを見越しているんだろうが、もしも途中で死んだらどうするつもりなの? 俺がパーティに加入していなかったら全滅していただろう場面が割りとあるんだけど? そういう意味では、うちの国王陛下(ツヴァイ王)はとても素晴らしい慧眼をお持ちでいらっしゃる。確りと関係各所へのフォローをなさった。おかげさまで俺の苦労と苦悩とストレスがヤバイ[*17]。

 

 男女比もおかしい。なんで女の子が混ざってんの? 魔王暗殺の旅なめてんのか。観光でも旅行でもねぇんだぞ。勇者殿も男だし「ハーレムじゃなきゃ嫌だ!」なんて言わなかったのは、同じ男として褒めてやるよ? 俺がパーティに加入するまでは事実上のハーレムだったけどな?

 それは別にいいんだけど、女の子には生理があるって知っているよな。人にもよるそうだけど、生理って辛いらしいな。俺は男だが、前にも女剣士とかと行動を共にした経験(こと)があるから、旅をするに当たって生理ってものが、どれほど面倒くさい枷になるか、よく解っているつもりだ。

 具体的には、情緒不安定に加えて注意力散漫・集中力欠如になって危なっかしいし、戦闘では使い物にならないし、濃厚な血の臭いに釣られてモンスターや野生生物が集まってくるし、気まずい雰囲気に陥りやすいし、次の町やダンジョンまでの行程・日数・物品その他諸々の入念な管理や計算が必要になるし、お世辞にも「女の子の躰は旅にも戦闘にも向いている」とは言えない。

 だから今回もまた、女の子と共に旅をするに当たって最善を尽くすべく、2人の生理周期を訊こうとしたら姫さんに(はた)かれた。理不尽だと思ったね。万全でない体調で命のやり取り(殺し合い)や長距離移動が出来ると思っていたあたり、本当におめでたい頭をしていると思う。

 あの時は苦節数十分間もの力説を経て、やっと解ってもらえた。なんでも生理が終わってから旅に出て、次の生理が来る前だったから、事の重大さに気付いていなかったとか。

 2人とも勇者殿に話すのは恥ずかしいのか、2人の生理周期は俺が管理・把握することになった。勇者殿に「生理だからしばらく休みたい」とは直接言えないんだとか。その時になったら、俺からそれとなく伝えることになっているが……。

 なんで俺には言えんだよ。アレか、勇者殿のことが好きなのか。だから言いたくないのか。だからって、好きでもない男に生理周期を教えちゃうのも()()だろ。生存戦争だからって色恋沙汰を持ち込むんじゃねぇよ。恋慕とか、不和の原因(もと)になりかねないだろ。魔王暗殺する気、本当にあるの? 実は遊び半分だろ、姫さん。

 あんた王族だろ。腹芸のひとつやふたつくらいやってみせろよ。言葉巧みに誘導しろよ。つーか、恥を捨てて(じつ)を取れよ。恥ずかしいなら隠し通してみせろよ。上流階級って、そういうの得意だろ。出来ないならセシルちゃんみたいにキッチリと恋愛感情を否定しとけよ。なに思わせぶりな態度取ってんだよ。清純気取りか[*18]。

 

 そんな事もあって新参者の俺、サブリーダーへとパーティ内地位が昇格。なんでだよ。

 

 こんな滅多にお目にかかれない嫌なパーティなんか参加したくはなかったが、姫さんのせいで強制参加の運びとなった。かのアイン国は自国のお姫様まで派遣したっていうのに、我らがツヴァイ国は誰も派遣しないだなんて、下手をすれば外交問題に発展する(因縁を付けられてしまう)。しかし、これが《勇者》だけだったら無難に資金とか物資の援助だけで済んでいた(追い払っていた)のだと思う。……おのれ、姫さん。

 

 勇者殿は蛮勇だし。姫さんはバカだし。セシルちゃんは俺の唯一の癒しだし。普通に優しいし、小さくて可愛(かわい)らしいし、戦闘中は指示が無くともちゃんと俺の後ろに隠れてくれるし。あまり手間が掛からない子は好きだよ。思っクソ、手間しか掛けない勇者殿とお姫さんは嫌いだよ。

 

 ……セシルちゃん。あぁ、セシルちゃん。

 

 そんな趣味は持っていなかったつもりだけど、我ながらヤバイ扉を開けちゃいそう。セシルちゃんと一緒にあいつらを置いて逃げて、静か()つ幸せに暮らしたい。気分は新世界のアダムとイヴ。ロリコンの起源になってしまった男の心境って、たぶん、こんな感じだったんだろうな……。

 これが《悟りの境地》なのだと、今なら解る。《悟り》と書いて《小五ロリ》と(ほど)く、っていうしな。セシルちゃんは平民だから、6年制の貴族学校(小学校)じゃなくて日曜教会なんだろうけど。誤差だよ誤差(幼いことに変わりはない)

 

 俺が勇者パーティに加入して間も無いけどよ、その結果がこれ(ロリコン化促進)ってどうなの?

 俺の知っている《過酷》と意味が違う気がするんだけど、そこんとこ、どうなの?

 

 

 

「ッ! 姫っ、危ない!」

「あら、気が利きますわね」

「おいおい……」

 

 夜の森で野犬の群れと交戦中だというのに、散々感傷に浸っていた俺が指摘する(いう)のもなんだけどよ。もっと緊張感を持てよ。戦闘中になぁに無防備に突っ立っているんですかねぇ……姫さんよぉ。野犬の牙か爪にでも引き裂かれたのか、あんたを庇った勇者殿がズタボロでございますよ。

 

「勇者様ぁっ!」

「《単体小回復(ヒール)》! これくらいの傷なら自分で回復できる! セシはガイさんの援護を!」

「は、はいっ! 《単体敏捷強化(インクリーズ・アジリティ)》!」

 

 おお、支援きたきた。勇者殿のことが心配なのは分かるけど、それでせっかくの持ち味(優れた状況判断力)を潰してちゃ意味がないよ、セシルちゃん。もうちょっと勇者殿のことを信頼してあげな。さすがに野犬に倒されるほど弱くはないはずだ。

 さて、ご指名を受けたからには働かないとな。気を取り直して、手近な野犬を斬り伏せる。所詮は犬っころ。強化された一太刀の(もと)にあっさりと沈む。数は多いがそれだけだ……と言いたいところだが、今はその数の多さが問題だ。

 

「いくら倒しても、次から次へとワンさか出て来やがる。これがホントのワンコ・ソバってか。野犬の群れってのは厄介なもんだな。減る気がしねぇ。それどころか少しずつ俺たちを取り囲み始めているな。早くなんとかしないとまずい事になりそうだ。よし、姫さん。順次適当な群れに範囲攻撃をぶち込んで一掃してくれ」

 

 実戦を通して指揮と情報の重要性を未熟な仲間(パーティメンバー)たちに叩き込むべく、わざとらしく状況を口にしながら俺は姫さんへと指示を飛ばす。具体的な《最悪の状況》を語らないのは、わざとで、各々の想像力と判断力を育ませるためだ。

 

「なぜこのわたくしが下賤な者の言う事を聞かなくてはならないのかしら」

 

 ですよね。まずは指示を通すための下地作りからですよね。俺と勇者パーティとじゃ、そもそもの価値観(考え方)からして違うし。心の底から発言力がほしいと思う、今日この頃。

 だが今はそんな悠長に構えている場合じゃあない。俺の目論見は簡単に崩れ去ったが、危険な状況になりつつあるのは変わらない。俺たち前衛組が盾になることで後衛への被害を防いでいるが、敵の包囲網が完成してしまえば前衛組の手が回らなくなる。

 

 察するに、野犬共の作戦はこうだ。1匹2匹では歯が立たないのなら物量で押し潰せばいい。前に邪魔な壁があるなら回り込めばいい。実に単純明快。

 ならばこちらも単純明快に範囲攻撃で踏み潰せばいいのだが……一国の姫より犬畜生のほうが賢いって、それってどうなの? うだうだ言ってないで、とっとと一掃してくださいよ。

 

「……勇者殿っ!!」

 

 ああ、もう、こんなときは勇者殿(他力本願)だ。自分の意見が通らないときは、他人をダシに使ったほうが楽だし早い。緊急性を伝えるべく、とりあえず、一睨みしておく。……敬意? そんなもん、こいつら自身の手で粉々にされましたよ。ええ。

 

「ひ、姫! 範囲攻撃呪文を早く!」

「ええ、もちろんですわ。燃えなさい! 《術者軸全方位広域火炎放射(ファイア・ストーム)》!」

「あっ、おい、バカッ! こんな森の中でそんなもん使ったら……ッ!!」

 

 当然というか、飛び火するわけで。呪文の対象識別? 仲間保護? 地形無視? そんな便利な機能なんて有るわけが無いわけでして[*19]。

 俺の訴えも空しく、無慈悲にも姫さんを中心に炎を帯びた風が現れ、誰彼構わず無差別に襲い掛かろうとしている。こうなってしまっては最早、打つ手などない。俺に出来る事は、セシルちゃんを守る、それだけだ。

 事前に敏捷強化が掛かっていて良かった。俺はセシルちゃんを素早く抱え、覆い被さるようにして地に伏せた[*20]。

 

「……ッ!!!」

「うわあぁぁっ!?」

 

 直後、炎の嵐が俺の上を通過する。熱い。背中がものすごく熱い。目や(のど)を焼かれないように、俺は必死に食いしばったが、勇者殿はバッチリと悲鳴をあげたようだ。可哀相に。やっと動いたと思ったらこれだよ。

 姫さん、今のあんた、最高に魔王してるよ。もういっそのこと、あんたが《魔王》を名乗れよ。人の身にして魔に至りし王女、ってことで《人魔王女》とかどうよ? それっぽい響きだろ。魔王の2文字が中心にくるから目立つし。

 

 ……アホな事を考えている間に嵐は過ぎ去ったようだ。現実逃避って、やっぱ大事。体感時間が短くなる。辛い時はこの手に限る。

 だが今現在一番大事なのはセシルちゃん(現実)だ。いろんな意味で癒してくれるしな。

 姫さん(魔王)(空想)はお呼びじゃないし、及ばないんだよ。すっこんでろ。

 

「せ、セシルちゃん……大丈夫かっ?」

「あ、ありがとうございますぅ……。あっ! 《単体中回復(ヒール)》!」

「ふぅ……。さっすが、判ってるぅ」

 

 状況を把握するべく起き上がって辺りを見渡すと、そこには燃え盛る木々と吹っ飛ばされた野犬の群れと勇者殿の姿が!

 

 笑えるだろ? これ、味方の攻撃なんだぜ。

 

「うぅ……あぁ……」

「ゆ、勇者様っ!? 勇者様ぁ! 《単体大回復(ヒール)》! 《継続小回復(リジェネレート)》!」

「ああ、勇者よ! 倒れてしまうとは情けない!」

「情けない、じゃねーよ。どうしてくれんの? これ。この状況」

 

 我らがツヴァイ国で森林火災を起こすとかやめてくれよ。動く生肉(野犬)はともかく、木材・山菜・薬草などの貴重な資源が現在進行形で失われていってしまっているんだけど?

 

「ハァ? 元はと言えば、あなたがやれと言ったのでしょうに」

「確かに言ったが、実際にやらかしたのは姫さんだ。しかもここ、ギリうちの国(ツヴァイ)の領土」

「それが?」

「それが、って……。アイン国の姫さんが他国(ツヴァイ)でこんな事したら、まずいだろ」

「ツヴァイ国所属のあなたの要請に応えて、わたくしが直々に手を貸してあげたのですわ。感謝こそされ非難される覚えはありません!」

 

 ダメだこれ話が通じないヤツだ。仕方ない。この事は記録に残しておいて、あとでうちの国王陛下(ツヴァイ王)へと報告しよう。そして正式に抗議していただく(きっと国王陛下もブチキレる)

 ……しかしなぜ急に姫さんは不機嫌になったのだろうか? 意味が解らん。女心は男には理解が難しいとは云うが、そんな意味不明なモノのせいで森に火を放たれたとしたら堪ったものじゃない。もっとほかに遣り様があっただろ。なんで、よりによって火炎呪文なんだよ。アレか、これは嫌がらせか? 嫌がらせなのか? コラテラル・ダメージ(必要な犠牲)ってか? 陰湿(ド派手)だな。

 

「け、ケンカしちゃダメですよぉっ」

 

 姫さんの発する怒気(?)にあてられたのか、セシルちゃんが慌てた様子で仲裁に入ってきた。

 ケンカ? しないよ。思うところはあるけど外交問題になるからね。それは俺の領分(仕事)じゃあない。女の子をいたぶる趣味もないし。……相手が平民野郎だったら遠慮なくぶっ飛ばしているがな。

 とりあえず、火ぃ消してもらえませんかね?

 

「はぁ……。せめて消火してくれ」

「お断りしますわ。これだけの火を消すとなると、わたくしでも精神力が枯渇して気を失ってしまいます。……ああ、そういうことですの。気絶した わたくしに()()()()()()()()をする算段でしたのねっ!!」

「しないからな。したくもないし」

 

 嫌ですか、そうですか。俺も嫌だよ、こんな面倒くさい女は。韻を踏んだあとに倒置法で強調したいくらい嫌だ。俺にだって相手を選ぶ権利くらいはあるし、それ以前に王族に粉をかけるとか断頭台待ったなし。俺は無難で幸せな人生と老後を送りたいんだよ。勘弁してくれ。

 

「なんですって? したくもない? 誰もが羨む美貌を持つこのわたくしに向かって、なんて口の利き方なのかしら!」

「いかがわしい事をされたいのか、されたくないのか、どっちだよ。わけわかんねーよ」

「まあっ! やっぱり下心を持っていましたわね! なんてイヤらしい……!」

 

 姫さんは吐き捨てるようにそう呟くと、自らの躰を抱いてクネクネとし始めた。躰ごと頭を振り回しながらも視線は俺から外さないのが妙に鬱陶(うっとう)しい。ニヤついた顔がさらに鬱陶(うっとう)しい。

 その踊りをやめろ。その攻撃は俺に効く。俺の精神力が枯渇しそう。だれかたすけて。

 

「あのぉ……」

「ん? どうした、セシルちゃん」

 

 防具の隙間からハミ出た服の裾をクイクイと掴んで気を惹こうとするなんて、かわいいな。

 その攻撃は俺に効く。いいぞもっとやれ。ヤバイ何かに目覚めそう。

 

「火が……ケホッ、ケホッ……!」

 

 セシルちゃんに促されて、再度、周囲を見渡す。

 

 野犬の群れは見事に全滅している。

 勇者殿は相変わらず、ぐったりとしている。

 そして俺たちを取り囲むように炎が燃え広がっている。

 

 姫さんは不思議な踊りを踊っている。地味に体力あるな。

 セシルちゃんは不安そうに俺のことを見上げている。かわいい。

 そして炎の勢いは増すばかりだ。

 

 ……俺にどうしろっていうの? 俺、しがない戦士だよ?

 でも、やるしかないよね。姫さんはやる気ないし、勇者殿は気絶しているし、セシルちゃんはカワイイし(混乱)。

 

「早く避難しないとダメなのにぃ……どうしたらいいんでしょうかぁ……」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 かわいい女の子に頼られたら、がんばっちゃうのが男のサガってもんよ。道がなければ作ればいいじゃない。

 適当な方向へと剣を構えて衝撃波を放つと、目論見(またの名を直感)どおり、衝撃波は炎の輪を割り裂き、なんとか人が通れるくらいには抜け道を作ることができた。

 

 戒めをこめて、今の今まで無名だったこの技を《クソッタレ・オブリージュ(俺がやらねば誰がやる)》と名付けよう[*21]。

 あ、やっぱ《オブリージュ》だけで。クソ≒尻拭い≒ケ○穴≒放屁≒衝撃波みたいで汚いじゃん。嫌だよ、そんな連想ゲーム。

 

「す、すごいですぅ!」

 

 想像以上の成果だったのか、これにはセシルちゃんも(おお)はしゃぎ。いいんだぜ、もっと褒めても。

 興奮したセシルちゃんの姿をこのまま眺めているのもいいが、そうは言ってはいられない。

 

「よっこら──」

「キャッ」

「──っと」

「……」

 

 この惨状現場から離脱をするために、続いて左腕でセシル(子猫)ちゃんを抱え、右腕で倒れ伏した勇者殿を抱える。勇者殿がまったく反応が無くてちょっと怖い。

 姫さん? 自分で走れよ。あんた五体大満足だろ。無傷だし、なんか余裕そうだし。俺の両手は塞がっているし、残る箇所は背中か首くらいなものだが、誰が貸してやるものか。

 ……ん? 背中……? って、あぁ……。遠くで俺のキャンプセットがメラメラと真っ赤に燃えていらっしゃる……。あまりの事態に頭からスッポリと抜け落ちていた。いや、存在そのものを忘れていた。

 いつの間にかキャンプ地から離されていたようだ。犬畜生なんかに出し抜かれるなんて屈辱だ。どうせ燃え尽きる運命だったのだろうが、なんか悔しい。

 

 チクショウ! 毎日が厄日だ!! お家帰りたい!!!

 

「離脱すんぞ! セシルちゃん、頭を守っとけ!」

「は……、はいぃっ! 《単体腕力強化(インクリーズ・ストレングス)》! 《複数体敏捷強化(マス・インクリーズ・アジリティ)》!」

「これだから下賤の者は仕方ないですわね……って、どこに行きますのっ?!」

 

 呪文の効果によってセシルちゃんは元より、勇者殿の重みが無くなった。これなら全力で走り抜けることができそうだ。

 抜け目なく俺と姫さんを強化するとか、ホントこの子好き。マジ有能。最高、かわいい。

 

 この森を抜けると、いよいよ砂漠の国《ドライ》か。国境代わりの森が焼け落ちたせいで領土の区切りが曖昧になったドライ国が「この土地は我が国(ドライ)の領土だ」とかアホな事を言い出さないといいなぁ……。

 

 アホはアイン国だけで充分なんだよ。

 

*1
アルの法則。命名法則のこと。主役の名前によく付けられるアル。

*2
DQ3の勇者は16歳の誕生日に魔王討伐の旅に出る。創作物の主人公達および仲間達の年齢は大体それくらいが多いように思える。

*3
モデルはDQ3勇者+なろう系主人公。しかし大分マイナス補正を掛けてあります。なろう系特有の黒髪黒目、黒い服、特徴のない顔と髪型。ついでになよなよとした身体つき。どれも示し合わせたように似たような様相なのはなぜ?

*4
絶対にパーティから外せない主人公は大抵の場合、器用貧乏か器用万能になりがち。

*5
フィーの法則とリアの法則の合わせ技。悪役令嬢モノで『○○リア』と名付けられる確率は高いような気がする。

*6
モデルはジェミニシードのイネス。性格までは参考にしなかったのですが、貴族のパーティで平民の彼氏をお披露目するとかいう無鉄砲なエピソードが意図せず被ったのには笑えました(投稿後に読了)。

*7
いまや、あらゆる創作物で特別席が用意されているロリ枠。それも戦闘員として扱われることも多くなってきている。庇護下にいるべき存在を戦場に出すなよ、というツッコミは逆に野暮ったいか。

*8
描写に年齢制限が掛かるような作品では成人済み(18歳以上)であることを主張するのはもちろんのこと、あまり知られていないが頭身規制なんてものもある。建前を逆手にとって、見た目はロリ、中身はババア、繋げてロリババアなんてジャンルまで存在するし、果ては巨乳属性まで付けたら一粒で二度おいしい、なんてことも(幼いのに胸は豊かという一見して矛盾したような筆舌に尽くし難い名状し難き要素、ロリと巨乳を同時に楽しめるお得さ、さらには性格付けでトッピングまでできる)。ロリは応用が利く。……ところで頭身制限は小人症の方に対する差別または侮辱、もしくは不当な扱いになってしまうのではないだろうか。そもそもの話、ロリが規制される尤もらしい理由を並べてみるとしたら、年齢による経験不足に伴う判断能力等の不足、個人の財産を明確に所有していないこと、そして、既存の固定概念による思い込み(子供は庇護下・支配下に置かれるべきである。子供は大人扱いしてはいけない等)……このあたりだと個人的に思う。これらが混ざりあって法律やら条令が出来上がり、ガチガチに固められたのだと。子供を支配しようとする不届き者の手から守るために、先んじて子供を支配するとは皮肉が利いている。その支配者達はこれまで先人達が培ってきた常識という概念に、さらに支配されていると。以上のことから、頭身制限は小人症の方を子供と同等の存在だとしているも同義であり、未熟で支配下に置かれるべき存在であると喧伝しているも同じであると考えられる。いやよく知らないですけど。実際問題、こうツッコミ入れられたらどうするんだろうか。私、気になります。

*9
戦う王族はDQ2/5/7、TOAなどが印象に残っています。権力を行使せず暴力で訴えるとか戦闘民族か何か? 箔付けならせめて護衛くらいは付けるべきでは。

*10
これまたテイルズオブシリーズが印象深い。TODはモンスターは霧散しても、人間は倒れるだけで消えないのは芸が細かい。

*11
ゲームバランスの犠牲となったリアリティ。ゲームなのにリアリティとはこれいかに。しかし控えメンバーもいるのに戦闘参加メンバーが全滅するとゲームオーバーになるのは少し理不尽では? 裏で戦っているにしても経験値が入らない場合はどういうことなのか。DQの馬車システム、普段は別行動で必要なときに呼び出して入れ替え(FF)、控えメンバーなしの固定3~4人、控えなしかつ仲間全員が戦闘に参加する、といった手段でシステム的な都合を無理やり解決しているゲームも少なからずあります。

*12
反撃されない弱攻撃で経験値を稼ぐ、タクティクスオウガ(SFC)でよく見られる光景。FFTではやり方次第では本当に極まった威力になるとかならないとか。

*13
これらすべてを体現したのがウィザードリィライク。盾持ちを身代わりにしつつ回復、その間に火力枠が敵を倒す。探索のために火力枠を削ったりも。ゲーム・PT構成次第ではあるものの、盾、回復役、火力枠、誰かが倒れたら即全滅もありえる。運よく生き残っても今度は逃走による脱出劇が待っている。

*14
ウィザードリィなら戦闘終了後の罠付き宝箱、ヴァルキリープロファイルの毒ガス・冷凍ガス・爆破罠付き宝箱、FF・DQのモンスター入り宝箱、じゅうべえクエストの嫌がらせ箱、スカイリムの連鎖罠など。まじめに考えると無警戒さ・間抜けさに訴える、とんでもない罠の数々。何気に多い。

*15
FF6のバナンなど、護衛対象者が倒されたら即全滅という実例があったりする。これはRPGだけに限らず、アクションにも適応されることがある。「その蘇生アイテムは飾りか?」とツッコミを入れたくなるが、一組織に所属する者が権力者に嫌われたらどうなるかなど想像に難くない。

*16
創作物あるある。この問題に真っ向からケンカを売ったのがFF4。賢者のジジイ(ボケ気味)、技師のジジイ(非戦闘員)、拳法家のおっさん(記憶喪失から回復したばかり)、騎士の青年(不幸体質)。しかも全員男。どっちもどっちですね。

*17
ゲームあるある。重要な役職に就いていたり、物々しい肩書きや二つ名を持っているのになぜか低レベル(一桁)。この矛盾をうまく料理したつもりなのがTOA。システム的にもストーリー的にもレベルが高くて強かったけど能力を封印されてしまい弱体化、という体で仲間に加わるキャラがいる。「封印されてんじゃねーよ」は、おそらく誰もが思うこと。

*18
SO2の女主人公兼メインヒロインのレナがこれに当てはまる場合がある(SO2は男と女どちらかから主人公をひとり選べる)。SO2の目玉のひとつが仲間との交流、個人イベント。各キャラにそれぞれ愛情または友情度が割り振られている。それもA→B、B→Aといった具合に細かく(例としては、AはBが好きで好きでたまらないのに、BはAをただの友人だと思っている等)。これはエンディング内容にも関わってくる。問題は、ほかの女キャラとクロード(男主人公兼攻略対象)をくっ付けようと画策したときで、それまで大した交流をしてこなかったレナが心配のあまりクロードに抱きつく姿は薄ら寒いものがある。たとえるなら、同級生や職場の女がいきなり彼女面してきたようなもの。怖い。

*19
魔法の火は不思議な力または要素によって燃えているのか、それとも物理的な火であるのか。本作品は後者のつもり。魔法によって引き起こされた超常現象は、すべて物理判定に置き換わります。

*20
味方の攻撃魔法に対して防御体勢を取るゲームに、ポポロクロイス物語(PS)があります。そのゲームでは誤射や同士討ちはないのですが、加入する大人キャラの初期HPが高かったりと妙なところでリアルさを匂わせてくれます。

*21
これが原因で、先のイネスの愛称が『クソッタレ』になりました(友人間)。見る人が見れば、何をモデルにしたのか分かるものなんですね。一発で見抜かれましたとも。


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