結局、スーペルたちの物資は、ドライの追手をごまかす事へあてた。アホではあるが腐ってもA級な魔術士を野放しにできなかったのと、物資を使う気がまったく起きなかったからだ。……気持ちとしては後者の面が強い。
いったい、どんな使い方をしたらあんな状態になるのやら。特にテントの状態がひどかった。染み付いた強烈な刺激臭に女性陣は猛反発。俺ですら、あとずさってしまったほどだ。最初から最後までずっと放心状態だったセシルちゃんの
食料もなんか嫌な予感がしたし、特定の物だけ残されていないのも不自然だということで、そちらも妨害工作へとあてた。
義賊の夢は諦めるように釘を刺しておいたし、あとは本人の運とドライ国の動き次第だが、根は良いヤツっぽいから生き残ってほしいものだ。魔王を倒したらダンジョン探索に付き合わせるのもいいかもしれないな。
そんなわけで──、人力車の採用が確定しましたとさ(絶望)。
「いきなり2人制か……」
俺の予想どおり、俺と姫さん、勇者殿とセシルちゃんの2組に分かれたまではいいんだが……最適解を求めるがあまり、ひとつ忘れていたことがあった。
勇者殿のチラ見がだな、非常に鬱陶しい。目を向けては外し、また目を向けては外す、を繰り返している。その様子は、首を横に振り続けていると言ってもいいくらいだ。首を鍛えているのかってほど、チラ見の回数が尋常じゃない。首の素振りってなんだよ。挙動不審だな。
自分に気があるっぽい
姫さんは姫さんで、念願叶ってご満悦の様子だ。そんなに楽をしたかったのか。その代償に俺と勇者殿が名状しがたい苦痛を受けているんですがね? お願いですから、俺の首に手を回すのはやめてください。いや姿勢を安定させるためだとは解ってはいるんですがね? 近いんですよ、お顔が。お姫様だからって姫抱きは安直じゃあないですかね? ご尊顔が真っ赤に染まっていらっしゃいますよ。……お姫様だし男慣れしていないのは理解できるけどよ、勇者殿の視線と挙動が痛々しいんだよ。これはアレか、勇者殿の嫉妬心を煽っているのか。俺には理解できない女心なの? 高度な恋の駆け引きなの? これだからパーティ内恋愛は嫌なんだよ。ろくなことになりそうにない。
運搬方法を、下心を感じさせない消防夫搬送[*1]に変えてやってもいいが、そんなことをしたら姫さんがキレること間違いなし。アレは完全に
「……ッ、……」
意を決して勇者殿を直視すると、やはりどこか思いつめた
いまやるべきことは砂漠越えだ。
「さて、もう充分明るくなったな。そろそろ出発するか?」
「……うん」
「セシルちゃん、速度強化を頼む」
「はぁい、《
事前の打ち合わせどおり、セシルちゃんの呪文を合図に駆け出す。
いつもと比べると強化具合がかなり強いが、まあ許容範囲内だ。
姫さんの機嫌を損ねないよう慎重に、躰が
「ン……想像よりも快適ですわ。馬車と違って揺れませんのね」
快適じゃあなかったら文句をつけていましたよね?
「──ん?」
ふと勇者殿のほうから妙な気配を感じて、首を動かして見ると──
「っ、っ、っ、っ、っ、っ、っ」
勇者殿の躰がものすごく揺れていた。セシルちゃんの首もカックンカックン揺れているのだが大丈夫……なわけねーだろ! 白目を剥いてんぞッ!!
「勇者殿! もう少し静かに走れないのか?!」
「えっ、ガイさん、こそ、どう、したら、そんな、走り、方、が、できる、んだっ?」
「……根性と執念? 感覚的なことだから説明が難しい」
「根性とっ、
「そんな事より、セシルちゃんの首を支えてやってくれ! そのままだと死んじまうぞ!」
「わかっ、たっ!」
勇者殿は相変わらず上下に揺れているが、セシルちゃんの首を支えたことで、さきほどよりはいくらかマシになった。強化なしの予行練習はしていたが、こんな
今回の人力車作戦は失敗だな……。俺の見通しが甘かった。勇者殿も走らせることで、将来的なセシルちゃんの負担を減らすつもりが、完全に裏目に出てしまった。俺も何人も乗せて静かに走れるかどうかは分からないから結果論のようなものでしかないが、セシルちゃんには気の毒なことをしてしまった。
ひとり反省をしていると、また妙な気配を感じた。
今度は気配が増えた……? 謎の気配の正体を確かめるべく、再び首を動かして見ると──
「……」
「は?」
なぜか人型のアデニウム[*4]らしきなにかが並走していた。……おいおい、砂のモンスターだけじゃないのかよ。この2年間で、ドライは想像もつかない魔境へと変貌しているようだ。
「!!」
「あっ……」
突然現れたアデニウムはこれまた突然、俺の隣から消えた。
たぶん、コケたんだな……。
起き上がって追ってくる気配もない。いったい何だったんだろうか……。
「うっわ……」
今度は、胴体だけで1m超はありそうな巨大なサソリが目に留まった。俺は高速で移動しているしサソリは止まっていたから、ほんの一瞬の
「どうかしまして?」
「厄介そうなモンスターの姿が見えただけだ。ドライでは特に姫さんの呪文攻撃に期待したいところだな」
サソリが元々持っている毒も怖いが、巨大化した針も脅威的だ。どれほどの威力があるかは判らないが検証してみようとは思わない。君子危うきには近寄らず、ってな。この場合の意味は少し異なるが、接近戦を不安に思うなら遠距離攻撃で始末してしまえばいい。ドライには燃えて困るようなものはあまり無いし、姫さんの有効活用だ。
「……いいでしょう。
「ああ、そんときは頼む」
姫さんは少し考える素振りを見せたが、意外にも
あの森での出し渋りはなんだったんでしょうかぁねぇ……? 勇者殿との駆け引きだったのだろうか。それくらいしか思い当たる節がない。やっぱパーティ内恋愛はクソ要素だ。俺は改めてそう思った。
そんな出来事ややり取りを何回か繰り返しながら走っていると、
巨塔の建設の際にいろいろと無理をしたらしく、一度は財政が大きく傾いたらしい。ドライ王
「塔が見えてきた。勇者殿、あともう少しだ。がんばろう」
「──ヘッ、ヘッ、ヘッ、ヘッ、ヘッ」
勇者殿は返事をする余裕も残っていないようだ。息が荒い。よくがんばったな、と褒めてやりたいが……内心だけに留めておこう。このパーティのリーダーは勇者殿だからな。見下したと思われてはかなわない。すでに手遅れな気もするが、直接的かつ明確な格下認定は避けておきたい。
「あ、強化呪文が切れちゃいましたけど、掛け直しますかぁ?」
「いや、もう着くし……別にいいだろ。勢い余って壁に激突したくはないだろ?」
「そ、そうですね……」
塔へたどり着くと、そこでは戦闘が行われていた。高さ5mはありそうな砂の塊が5体も居る。スーペルたちの言っていた、人の形をした砂のモンスターだ。名称は確か……《サンドマン》。そのまんまだな。
サンドマンから塔を守っているのは──俺のよく知る人物、《オッジ》さんだった。
かつての仲間が、見知った顔が、そこに居た。
俺は懐かしくて、嬉しくて、つい呼び慣れた愛称を口にしていた。
「オッさん!!」
ついでというか、オッさんの周りには見覚えのある鎧姿の女の子が11人も居た。どうやら2年前のパーティ解散後も仲良くやっていたらしい。相変わらず面倒見のいい人だ。
「アァッ?! オメェ、ガイか!? なんだってこんなトコに……いや今はンなコタァどうでもいいか。手ェ貸せ!」
「ああ! 勇者殿、加勢す──」
加勢するぞ、と提案しようとしたら、隣で勇者殿がセシルちゃんごと砂の上に突っ込むように倒れ伏した。限界だったんだな……ホント、よくがんばったな……。だがセシルちゃんを巻き込むのはやめてやってくれ。
ああ……手足をバタバタとさせて、もがいている……。
俺は姫さんをさっと降ろし、セシルちゃんを助け起こしに向かう。
「セシルちゃん、大丈夫か? 敵と戦えるか?」
「はぇ……む、無理ですぅ……ごめんなさぁい……」
移動中の振動で酔ったのか、セシルちゃんは尻餅をついて立ち上がれないでいる。まるで初めての船旅を終えたばかりの人のようだ。たとえ後衛だとしても、これでは使いものにならない。
「まともに動けるのは俺と姫さんだけか……。──オッさん!
「頭だ! 頭を吹き飛ばせ! ちっせぇヤツはそれでヤれたが、でけぇヤツ相手にゃあ火力が足りねェ!」
「頭かー……!」
オッさんのパーティは11人が放つ呪文攻撃で応戦しているが、握りこぶしくらいの大きさの火球や氷塊程度では、たしかにサンドマンへの有効打にはなりえていない。せいぜい表面の砂がわずかに砕け落ちる程度だ。
俺の《
予想に反して《
「あの大きさだからか、敵の動きは緩慢だ。俺は隙を見て2人を塔の中へ退避させるから、姫さんは──」
「その必要はありません。一気に片付けます! さあ覚悟なさい! 木端微塵にしてあげますわ! 《
「ちょっ──」
姫さんは不思議な踊りを始めた!
サンドマンの頭部は爆発四散した。
姫さんは2体目のサンドマンを指差した!
敵の頭は爆発四散した。
姫さんはさらに踊るように3体目のサンドマンを指差す!
敵の頭は爆発四散した。
姫さんは続いて4体目のサンドマンの爆破に取り掛かる。
よく見ると指を差す直前に、指を鳴らしているようだ。
敵の頭は爆発四散した。
5体目──最後のサンドマンに姫さんの魔の手が伸びる。
敵の頭は爆発四散した。
この
バァン、という小気味よい爆発音が5回ほど響き渡り、モンスターたちは全てただの砂に還っていた。
──は? おいおい瞬殺だよ。こっわ……。
「退避、退避ィィッ!」
「退──ヒィッ!?」
敵を手早く片付け、振り返った姫さんは──やはりと言うべきか──ドヤ顔だった。
その後ろでは、オッジさんのパーティが押し迫る砂の波から全力で逃げていた。俺の想像どおりでしたね。
必死に最適解を模索した俺の労力を返せ。無に返してやったぞ、ってか? ああ?
「フフ、わたくしはあなたの期待に応えられたかしら?」
「ああ……
国境の森でもそうだったが、このヤロウ、躊躇なくやりやがったよ。
姫さんの指先が今後、俺に向けられない事を心の底から祈り願う。
こうして勇者一行のドライ国での初戦闘は呆気なく終わったのだった。
この搬送方法は要救助者に意識がある場合のものと考えたほうが無難。普段から鍛えている人でも、脱力した人間はおそろしく重く、まともに持ち上げることさえ難しいのだから。